クルアーン第10章ユーヌス章 第1節~27節
23. だがかれが救助してみると、見よ、彼らは地上において正義をあなどって 不義を行う。人びとよ、あなたがたの反逆はただ自分自身の魂を害し、現世の
生活で享楽を得るだけであるが、あなたがたはすぐにわれに帰るのである。そ の時われは、あなたがたの行ったことを告げ知らせるであろう。
要点:多神教徒を含む人間の特質 解説:
前節で、アッラーは、目に見える奇跡を要求する多神教に対して、それは幽
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玄界の事象であると返答したが、ここでは別の返答をしている。それは、多神 教徒は奇跡を目の当たりにしても、それに満足することはない、ということで ある。なぜなら、彼らの特質として、彼らは頑迷であり、公平に判断しようと せず、策謀を企てるからである。
ここにある諸節は目に見える奇跡を要求した多神教徒に対する返答である。
そのような奇跡が起こっても、彼らはそれを認めようとせず、それから教訓を 得ようとしなかった。人間の悪い性質が現れている。その性質が目に見える奇 跡を否定するばかりではなく、人間性の基本さえも失わせる。その基本とは神 の恩恵に対する感謝の念である。忘恩は人間の本性に反することでもある。
ここで、アッラーは奇蹟について述べる代わりに、人間の苦難を取り除いた 時のことを事例にあげて人間の忘恩について説明している。それは奇蹟を目の 当たりにしても不信の人間は同様の反応を示すからである。
人々は災害や旱魃の後に、アッラーから慈悲によって雨や豊作を与えられる と、彼らはアッラーへ感謝すべきところであるが、それどころかアッラーから の恩恵に対して策謀する。策謀とは恩恵に対して嘲笑することであり、否定す ることである。
例えば、アッラーが雨の恩恵を与えると、人間は、丁度、雨の季節になった、
と言う。また、苦難から救ってやると、偶然にも助かったと言う。ほかにも、様々 な計画が成功しても、その成功の原因は人間の知恵と訓練によると言う。アッ ラーの助けによって助かったとは言わない、アッラーの援助によって成功した とは言わない。
そこで、アッラーは「言ってやるがいい。アッラーは、策謀に対して迅速に 処置される。」とムハンマドに返答させた。つまり、〔彼らがイスラームの光を 消そうと企んで、策謀を行ったとしても、その前に彼らの行為に対して速やか に報いを定めている。たとえ、彼らがアッラーは懲罰を行わないと思っていて も、それは延期しているだけである。〕ということである。
なぜなら、「本当にわが使徒たち(天使)は、あなたがたの策謀することを すべて記録するのである。」それから、天使たちは幽玄界も人間界もすべてを
第1回タフスィール研究会報告第10章ユーヌス章 1節~27節
ご存知のアッラーに、記録したすべてを伝えるのである。それは天使たちの役 目として行うことである。このことは、多神教徒たちの策謀などがすべてアッ ラーの許に記録されていることを示し、懲罰が必ず起こることを示しているの である。そのことをあえて人々に分かりやすく知らせるために、天使の役目を ここで記しているのである。当然、アッラーにとって、天使による記録などを 必要とすることもない。
それから、アッラーは多神教徒たちが恩恵を受けても、頑なにアッラーから の恩恵であることを認めようとしない、数々の例をあげて示している。人間 は航海するときなど、順風満帆であるときに喜び、海が荒れた時にはアッラー に助けを祈り乞うている。しかし、一旦、アッラーからの助けによって危機か ら救われると、アッラーに助けを乞うたことさえも忘れてしまう。それは先に 10 節にても説明したとおりである。
そして、元の多神教の信仰によってアッラーの存在さえも否定してしまう。
彼らが行う多神教の行為は不正であり、それは自分自身の罪となる。彼らは現 世の享楽をわずかに楽しむだけである。そして、死後、来世にてアッラーの許 に帰っていくのである。そこで、彼らが行ったことの報いを受けるのである。
まとめ:
1. アッラーの恩恵を否定する者たちの態度はすべてアッラーの許に記録され ている。その役目は天使が担う。それから、アッラーは人間のすべての行 為に対して裁きを下す。
2. 人間の苦難を救うのはアッラーのみである。
3. 人間は苦難の際の誓を反古にする。
4. 不義とは不正行為であり、多神教的行為である。
5. 不義の結末は不義者が担うものである。たとえ、それが現世における早め の懲罰であっても、来世における遅れた懲罰であってもである。
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(13)「現世のはかなさ」
24. 本当に、現世の生活を例えれば、天からわれが降らせる水(雨)のような