8.1 本論文のまとめ
本研究では、弱い相互作用の代表的な現象の 1つであるミューオンの崩壊の観測し、
ミューオンの寿命を測定した。測定における同時計測と偶発的同時計測について考察し、
同時計測に適する入力パルス幅の決定を行った。更に、偶発的同時計測の計数率を求める 式が様々な条件下でも成り立つことを確認した。実験装置として、東京工業大学大学院 の「物理基本実験」で用いられている装置を基にして、従来の装置 (装置 1)、vetoカウン ターを3つに増やした装置 (装置 2)、ブロック型プラスチック・シンチレータの信号を両 側読み出しで計測できるようにした装置 (装置 3) の3台について、寿命測定を行った。
得られた寿命τµを用いて、フェルミ定数GF、弱荷g、Weinberg角θW を求めた。
• 装置 1
– 約18時間測定した結果、ミューオンの寿命τµ は(2.13±0.21)µs、バックグ ラウンドの計数率RBGは(3.9±0.4)×10−3 Hz が得られた。
– ミューオン崩壊の計数率とバックグラウンドの計数率の比は、1∼20µsにおい て5 : 4であった。測定されたミューオン崩壊の計数率Rµは(4.5±0.4)×10−3 Hzであった。
– 得られた寿命の値から計算したフェルミ定数、弱荷、sinθW の値は、それぞれ (1.18±0.10)×10−5/GeV2, (3.48±0.15)×10−19 C, (0.46±0.02)となった。
• 装置 2
– TACに入力するSTART信号の改良のために、新たに2枚の板状プラスチッ ク・シンチレータをブロック型プラスチック・シンチレータの側面の2面に取 り付けて、vetoカウンターを3枚に増やした。
– 約18時間測定した結果、ミューオンの寿命τµ は(2.04±0.21)µs、バックグ ラウンドの計数率RBGは(1.7±0.3)×10−3 Hz が得られた。装置 1の結果 と比較すると、τµ の誤差は小さくなり、バックグラウンドを1/2に減らすこ とが出来た。
– ミューオン崩壊の計数率とバックグラウンドの計数率の比は、1∼20µsにおい て5 : 2であった。測定されたミューオン崩壊の計数率Rµは(4.3±0.2)×10−3 Hzであった。
– 得られた寿命の値から計算したフェルミ定数、弱荷、sinθW の値は、それぞれ
(1.21±0.09)×10−5/GeV2, (3.52±0.13)×10−19 C, (0.46±0.02)となった。
• 装置 3
– TACに入力するSTOP信号の改良のために、ブロック型プラスチック・シン チレータの信号を両側読み出し出来るようにして、同時計測した信号を用いる ようにした。
– 約84時間測定した結果、ミューオンの寿命τµ は(2.09±0.11)µs、バックグ ラウンドの計数率RBGは(4.9±0.7)×10−4 Hz が得られた。装置 1の結果 と比較すると、バックグラウンドを1/8に減らすことが出来た。
– ミューオン崩壊の計数率とバックグラウンドの計数率の比は、1∼20µsにおい て5 : 1であった。測定されたミューオン崩壊の計数率Rµは(2.44±0.06)× 10−3 Hzであった。装置 1で測定されたRµと比較すると、1/2程度に減少し ている。精度の良いミューオンの寿命を得るためには、長時間測定をして十分 な統計量を持つ時間スペクトルを測定する必要がある。Rµが減少してしまう 原因は不明であり、今後解明する必要がある問題である。
– 得られた寿命の値から計算したフェルミ定数、弱荷、sinθW の値は、それぞれ (1.19±0.05)×10−5/GeV2, (3.49±0.08)×10−19 C, (0.46±0.01)となった。
8.2 今後の展望
更なるミューオン寿命測定の改良に向けた展望として、以下のことが挙げられる。
• START信号をより改良するために、vetoカウンターを更に増やしてブロック型
プラスチック・シンチレータを通過する宇宙線ミューオンを全て識別するというこ とが考えられる。現在は、ブロック型プラスチック・シンチレータの側面の内、2 面をvetoカウンターで覆っている。これ以外の 2面もvetoカウンターで覆って、
通過したミューオンを識別することが出来れば、ブロック型プラスチック・シンチ レータ内部で静止したミューオンの信号のみをSTART信号にすることが出来る からである。測定されるミューオン崩壊の計数率Rµは10−3 のオーダーなので、
STOP信号が102のオーダーであれば、バックグラウンドの計数率は10−6のオー ダーになるはずである。これより、(RBG/Rµ)∼10−3 となるので、バックグラウ ンドがほとんどないミューオン崩壊の時間スペクトルが得られると考えられる。
• ブロック型プラスチック・シンチレータの両側読み出しをした場合に、静止した ミューオンの崩壊の計数率が片側読み出しの場合に比べて減少した理由の解明をす る必要がある。この装置を用いて短時間の測定を行う場合は、この問題の解決が必
須である。
• ミューオンが静止するプラスチック・シンチレータの体積を現在より増やすことに より、測定におけるミューオン崩壊の有感体積を増やすということが考えられる。
装置は全部で6台あるので、それらを並列すれば可能である。
• ミューオン寿命測定に最適な信号のスレッショルドを決定することは、バックグラ ウンドを減らす上で重要である。本研究では、装置の改良による影響を見るため に、Discriminatorのスレッショルドを従来通りの−50 mVに統一した。静止し たミューオンの崩壊によって生じる電子のエネルギー分布と、プラスチック・シン チレータ中での電子のエネルギー損失を考慮したシミュレーションを行うことによ り、STOP信号の検出に必要なスレッショルドが分かれば、バックグラウンドの少 ない寿命測定が出来ると考えられる。
謝辞
本研究を進めるにあたり、多くの方々に大変お世話になりました。
指導教員の柴田利明教授には、研究の計画段階から論文の執筆に至るまで様々な助言を いただきました。
柴田研究室の中野健一助教には、研究の進行状況に応じて多くの助言をいただきました。
柴田研究室の大学院生の小野竜太氏には、実験装置の扱い方や回路の組み方などの基本 的な知識を教えていただくとともに、実験台の製作や装置の設置に際して数え切れないほ ど多くの助言をいただきました。同研究室大学院生の永井慧氏、小畑滋希氏には、実験方 法や解析方法について数多くの助言をいただきました。昨年度の柴田研究室卒業研究生で ある生越駿氏には、Rootを使用した解析の方法を教えていただきました。
この研究を行うことができたのは以上の方々のお陰です。心より感謝します。