係 が出来て き てゐる︒それで︑諸分科及び分科 間 における問題性をま づ鳥撤 しておくことが必要 であらう︒
学 ことに フ p イドが盛んで︑分派も数多いが︑ な かんづく︑その左派といはれる 新 フロイド主義 は 社会科学に大きな 影響を与へてゐる︒その中で目立つのはニュー ヨークのホワイト研究所を中心とする一派で︑ H ・ s. サりバソ の流れ さ くみ︑人間の概念をかへたといはれる彼の ィ ソ ターパースナル・リレーショ ソ シップ定説を奉 じる︒それはいは ば フロイドの父主義に対して局主義の考へ方で︑ 人 問の基本的な形成を幼時の母子関係に見︑母の 是認 非認 ︑賞罰等に 応じて形成される為人は母の荷 ふパ タンのとほ りになって 釆 てゐるとみる︒それが 更 らに家族 関 係 ︑学童関係︑前 思 春期の対人関係等によって逐次韻 容 され規定さ れるといふのである︒一々ここにあげないが︑ ホ | ニー︑ フ p ム ・ ラ イヒ マン︑ E. フロム︑ M. ミードなどの名は 日本でも知られてゐる︒系統が少しろが ふ が ︑ A ・カ I ディナ l など も 興味ふかい︒彼はフロイドに於ける個体発生 の 公式を種属発生のそれに転用した越権や社会心 理学の貧困をあげ︑
個体発生の現在学が﹁制度﹂に於て決定されて ぬ ることを見︑これを未開社会の実態において 検 徴しょうとする︒ な ほ 以上の実験的立場と新フロイド主義の立場と は 今日境を接して 来 つつある︒イリノイの モウラ 1 0 批判 や エールの キャメ ロソ の転回を興味ふかくみることが出来 よ う ︒ かう い う 傾向の中で注目すべきことは諸科学の 協同によるイソ テグ ラティブな寄与といふことで ある︒さしあたり 力 ルチュワ・ エソド ・パースナリテ ィ ・ムーブ メントといわれるものなどがそれである︒この 動 きは人類学が主導し たもので︑サピア︑ルース・ べ不 ディクト︑ M. ミード︑リントソ︑クラックホーン或は デュボ ア︑八 ロウェル なゾ乙︑
多くの人々がめろ︒
未開 人 と文明人との間には文化の上で異質的な 断層があるといふのが今世紀の第一四半世紀にお げる研究者の黙契 であった︒これを破ったのはマリノウスキーな どであったが︑﹁生活体﹂としての人間は︑衣食 住 その他の欲求や適 応 において︑現在の未開 人 と文明人との間に 賀 的 相違をもってはゐないとみられ︑文字の有無も 文化の質的相違を構 成しないと考へられるそうになって︑現在では 方法論的にも対象的にも︑社会学や心理学と文化 人類学とは歩みよ っ
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ヨーロッパにおいても︑戦後フラ ソス で精神分析 学が アメリカとは別に再興されて 来 てゐる︒ ド イ ソ では べ ルリン 学派すでになく︑昔日のおもかげはないが︑ハ イ デルベルグのミッチェル りッヒ を十二心とする ア メリカ輸入のフロイ
向ド
主義研究がある " 医学の領域よりもむし ろ 社会科学関係に人気があるが︑そこで出して ゐ る 国際的な編集 層 をもっ 動 ぬ 機関誌﹁ プ シュケしは興味ある主題をのせ て み る ︒囲 深層心理学はスイスにおいて︑多くの 問 題性 をもってゐる︒ボスやバリーなどはフロイド から実存哲学に転じた 精
ロッパの動きで 注 目 すべ き ものは︑哲学自体のそれもあるけれども ︑ことに実存哲学や人間
雑学と精神医学や心理学との結びつきである ︒最近バロセロナで開かれた第四回国際精神治療 学会議では﹁実存分析﹂
117@ (411)
一
一
て み る ︒アメ りヵ の学界では少しこの傾向が過 剰 であるともいはれるが︑クラック ホ一ソは
でありすぎるといふ批評があり︑それは当って ぬ るといって ぬ た︒
精神異常者と子供と未開人はその心性において 通有性をもち︑かっ正常の成人と接続する
常の文明人の心性の特殊化された特性ともみら れるべく︑その索引ともされるべきであると
右にいったことははっきりするであらう︒
実験的立場の心理学も今日アメリカでは人類学 と 提携してゐる面があるが︑フロイド とく
は大 ぎく︑かつ多くの業績がある︒また︑社会 心理学や臨床心理学に対する精神医学の交流
札 にして考へれば容易に理解できよう︒もっと もあまり接触しすぎて︑ニューヨークでは 州
めたとのことであった︒もちろん かう い ふ 傾向 には難点もあり︑批判もあるが︑しかし一つ
しなければなるまい︒ 自分に対しては心理学的 ︒ い な︑彼等の心性は正
いふテーゼを考へれば︑
に 新 フロイド主義の提携
や疏通も右のテーゼを切
の法律問題にまでなって
の大きな動ぎとして注目
を 会議の中心テーマとした︒ 主体的な人間の在り方をみるにはアウトパテ 土 アッシな方向と ジソ パテーテッ シ な方向とがある ︒前者は自己をそ
0 名をあげよう︒ヤスパースの精神病理学の中 ではすでに哲学のことにもふれられてを り ︑その 後 彼には哲学の大著 が ︑この点に関して学派的な継承はない︒ ビソ もあるが︑しかし精神医学と哲学との連なりの スヮソガ ーはハイデッガーの哲学から精神医学の 問題は充 全 に展開されてみない︒今からの問題 基礎を得︑グン ッ は であるといって ぬ た イデッガーの存在論に於ける実存的な問題性を とりだして心理学をたてる︒なほかかる傾向は フアン・デル・ホル ストなど オラソダ の精神医学にも波及してゐる が ︑アメ ソカ でもかかる線が出て 釆 つつある︒ 東 部 ではパウル︐ テ リッヒの影響がつよく︑キ ェ ルケゴールの英訳 もこの線を助長したといはれ︑マルティン・ ブ ハ ーの影響もみられ
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宗教研究の問題と 動向
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