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き てゐる︒ことに研究上の分野が益々ひろがり︑  人文科学︑社会科学の多くの分科及び自然科学  の  一部とも密接な関

ドキュメント内 『宗教研究』163号(33巻4輯) (ページ 116-120)

係 が出来て き てゐる︒それで︑諸分科及び分科 間 における問題性をま づ鳥撤 しておくことが必要 であらう︒ 

学 ことに フ イドが盛んで︑分派も数多いが︑ な かんづく︑その左派といはれる 新 フロイド主義 は 社会科学に大きな  影響を与へてゐる︒その中で目立つのはニュー ヨークのホワイト研究所を中心とする一派で︑ ・ s. サりバソ の流れ  さ くみ︑人間の概念をかへたといはれる彼の ィ ソ ターパースナル・リレーショ ソ シップ定説を奉 じる︒それはいは ば  フロイドの父主義に対して局主義の考へ方で︑ 人 問の基本的な形成を幼時の母子関係に見︑母の 是認 非認 ︑賞罰等に  応じて形成される為人は母の荷 ふパ タンのとほ りになって 釆 てゐるとみる︒それが 更 らに家族 関 係 ︑学童関係︑前 思  春期の対人関係等によって逐次韻 容 され規定さ れるといふのである︒一々ここにあげないが︑ ホ | ニー︑ フ ム ・ ラ  イヒ マン︑ E. フロム︑ M. ミードなどの名は 日本でも知られてゐる︒系統が少しろが ふ が ︑ ・カ ディナ など  も 興味ふかい︒彼はフロイドに於ける個体発生 の 公式を種属発生のそれに転用した越権や社会心 理学の貧困をあげ︑ 

個体発生の現在学が﹁制度﹂に於て決定されて ぬ ることを見︑これを未開社会の実態において 検 徴しょうとする︒ な  ほ 以上の実験的立場と新フロイド主義の立場と は 今日境を接して 来 つつある︒イリノイの モウラ 1 批判 や エールの  キャメ ロソ の転回を興味ふかくみることが出来 よ う ︒  かう い う 傾向の中で注目すべきことは諸科学の 協同によるイソ テグ ラティブな寄与といふことで ある︒さしあたり  力 ルチュワ・ エソド ・パースナリテ ィ ・ムーブ メントといわれるものなどがそれである︒この 動 きは人類学が主導し  たもので︑サピア︑ルース・ べ不 ディクト︑ M. ミード︑リントソ︑クラックホーン或は デュボ ア︑八 ロウェル なゾ乙︑ 

多くの人々がめろ︒ 

未開 人 と文明人との間には文化の上で異質的な 断層があるといふのが今世紀の第一四半世紀にお げる研究者の黙契  であった︒これを破ったのはマリノウスキーな どであったが︑﹁生活体﹂としての人間は︑衣食 住 その他の欲求や適  応 において︑現在の未開 人 と文明人との間に 賀 的 相違をもってはゐないとみられ︑文字の有無も 文化の質的相違を構  成しないと考へられるそうになって︑現在では 方法論的にも対象的にも︑社会学や心理学と文化 人類学とは歩みよ っ 

(4100) Ⅰ t6 

ヨーロッパにおいても︑戦後フラ ソス で精神分析 学が アメリカとは別に再興されて 来 てゐる︒ ド イ ソ では べ ルリン  学派すでになく︑昔日のおもかげはないが︑ハ イ デルベルグのミッチェル りッヒ を十二心とする ア メリカ輸入のフロイ 

向ド 

主義研究がある " 医学の領域よりもむし ろ 社会科学関係に人気があるが︑そこで出して ゐ る 国際的な編集 層 をもっ 動 ぬ 機関誌﹁ プ シュケしは興味ある主題をのせ て み る ︒ 

囲 深層心理学はスイスにおいて︑多くの 問 題性 をもってゐる︒ボスやバリーなどはフロイド から実存哲学に転じた 精 

ロッパの動きで 注 目 すべ き ものは︑哲学自体のそれもあるけれども ︑ことに実存哲学や人間 

雑学と精神医学や心理学との結びつきである ︒最近バロセロナで開かれた第四回国際精神治療 学会議では﹁実存分析﹂ 

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一 

  

一 

て み る ︒アメ りヵ の学界では少しこの傾向が過 剰 であるともいはれるが︑クラック ホ一ソは 

でありすぎるといふ批評があり︑それは当って ぬ るといって ぬ た︒ 

精神異常者と子供と未開人はその心性において 通有性をもち︑かっ正常の成人と接続する 

常の文明人の心性の特殊化された特性ともみら れるべく︑その索引ともされるべきであると 

右にいったことははっきりするであらう︒ 

実験的立場の心理学も今日アメリカでは人類学 と 提携してゐる面があるが︑フロイド とく 

は大 ぎく︑かつ多くの業績がある︒また︑社会 心理学や臨床心理学に対する精神医学の交流 

札 にして考へれば容易に理解できよう︒もっと もあまり接触しすぎて︑ニューヨークでは 州 

めたとのことであった︒もちろん かう い ふ 傾向 には難点もあり︑批判もあるが︑しかし一つ 

しなければなるまい︒  自分に対しては心理学的 ︒ い な︑彼等の心性は正 

いふテーゼを考へれば︑ 

に 新 フロイド主義の提携 

や疏通も右のテーゼを切 

の法律問題にまでなって 

の大きな動ぎとして注目 

を 会議の中心テーマとした︒ 主体的な人間の在り方をみるにはアウトパテ  土  アッシな方向と  ジソ  パテーテッ  シ な方向とがある  ︒前者は自己をそ 

  

     

0  名をあげよう︒ヤスパースの精神病理学の中  ではすでに哲学のことにもふれられてを  り ︑その  後 彼には哲学の大著  が ︑この点に関して学派的な継承はない︒  ビソ  もあるが︑しかし精神医学と哲学との連なりの  スヮソガ  ーはハイデッガーの哲学から精神医学の  問題は充  全 に展開されてみない︒今からの問題  基礎を得︑グン  ッ は  であるといって  ぬ た  イデッガーの存在論に於ける実存的な問題性を  とりだして心理学をたてる︒なほかかる傾向は  フアン・デル・ホル  ストなど  オラソダ  の精神医学にも波及してゐる  が ︑アメ  ソカ  でもかかる線が出て  釆 つつある︒  東 部 ではパウル︐  テ  リッヒの影響がつよく︑キ  ェ ルケゴールの英訳  もこの線を助長したといはれ︑マルティン・  ブ  ハ ーの影響もみられ 

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宗教研究の問題と 動向 

へ  に  性  て  的  理  く  ナ 

ば  お が  は  プ  学     ,  か 

形  い  中     口  友  人  ッ  ラ 

態  て 応  制  ジ  び  間  ク  い  酌  も  に  度  .  ェ  機  生  な  ふ 

ドキュメント内 『宗教研究』163号(33巻4輯) (ページ 116-120)

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