• 検索結果がありません。

 橘教諭自身の言葉を借りるならば、それは、まず、はじめてのことで も確実な方針を立てて積み上げていけばできる、という自信になったこ

とである。

 次いで、テコでも動かぬように見えるものも、こうすれば動かせる、

という1つの記録としての意味である。このことは、別の言葉で言えば、

「対象への自由」の獲得一自分の自由の拡大一であった(g)といえる

であろう。

 《註》

(1)橘 良子「生徒会活動を生き生きさせる一つのとりくみ」(昭和  54年度夏期研究集会報告レジュメ)。なお、同研究集会は、播磨教  育研究会(数名の教師からなる私的なサークル)の活動の一環とし  て持たれた研究集会である。

(2)学校における教科外の活動で生徒の自主活動は、生徒会活動の他  にホームルーム活動、部活動などがあるが、中山教師らは、そのな  かでまず活性化させるのは生徒会活動であると考えた。何故なら、

 ホームルーム活動を活性化させるには、クラス30人なら30人をまと  めていかなければならず、それだけでも大変なことであるばかりか、

 ホームルームは各担任のいわば 城 のようなもので、すべての担  任に共通の意識を持ってもらうことは、現状では不可能に近いから  である。また、部活動も各顧問の 城 的な性格は同じであるし、

 集まる生徒の目的も、運動部ならその運動種目をすることを目的に  集まって来ており、なかなか学校正常化というような目的とは結び  つきにくい。その点、生徒会活動は、学校をよくするという目的と  一致しやすいばかりか、組織も1つで、指導の見通しが立てやすい  という性格をもっている。

(3)現実には、取り組みはすべて成功したため、県教委の指導を仰が  なければならない場面はなかったが、中山教師らは、取り組む前か  ら、県教委一校長が困るような取り組みは絶対してはならない、と  固く心に決めていた。

(4)この間の具体的な経過は、次の通りである。

  3月17日の校務分掌選考委員会で、橘教論は生徒会係をやりたい  旨を教頭に申し入れる。

  22日のrS高校をよくする会」で、先走っている印象を与えては  ダメである、生徒会係も今年が無理なら1年延ばすことを考えよう  と話し合う。

  4月13日の生徒指導部会で、生徒会の現顧問が、 「53年度方針案  の生徒会についての部分に 他校に学び とあるのは、自分がやる  とすれば負担である。削除してほしい」との発言をする。この現顧  問は、生活体験発表会の校内大会をやることにも消極的な意見であ  つた。任務分担の話し合いでは、最後に現顧問の教師と橘教諭が残

 り、中山教師から「現顧問の先生は、以前誰か替わってほしいとも  言われた。同じ人に負担が集中するのはまずい」との発言があった。

 そこで、橘教諭が「生徒会係をやってもよい」と申し出ると、現顧  問は「別に自分はやりたくないのではないが、それでもよい」と答  え、ついに橘教諭が生徒会係になることになったのである。

(5)この後も校長は度々中山教師と打ち合わせ、生徒会室へ顔を見せ  に来ている。校長がわざわざ覗きに来てくれるということの、執行  部生徒に与える心理的影響は、いかばかりであったろう。

(6)S高校は定時制高校のため、昼間は生徒は職場で働いている(た  だし2年生以上)。橘教諭は、必要に応じて家庭だけでなく職場に  も(昼休みの時間帯などに〉積極的に電話をしているが、その意図  するところは、次のようなことである。

 ①生徒が「先生が職場にまで電話をしてきてくれた」と喜んでくれ   るであろう。

 ②職場において、その生徒の学校での存在感が確認でき、その生徒   に対する職場の上司や同僚の評価が高まるであろう。

(7)生徒会通信は、執行部全員が交替で作成したが、次のように段階  を踏んで、最終的に生徒の手で作れるように指導した。

 ①文章を顧問が作り、書き方を手取り足取りで教える(2枚失敗し、

 夜中の2時までかかって書いてきた生徒もいた)。→②おおまかな  文章を顧問が作り、書き方を簡単に教える。→③見出しやだいたい  の内容を打ち合わせ、おもしろい話の部分だけ顧問が書く。→④何  を取り上げるかだけ打ち合わせ、漫画やおもしろいことを入れて、

 生徒自身で工夫して書く。

(8)橘教諭の原稿指導は、まず、生徒とよく話し合って、いままでど

 んな経験をしてきたのか、どんなことが話したいのか、そのなかで  よいと思われることはどこかなど、生徒の純粋で素朴な心をできる  だけ引き出すということに主眼を置いてなされた。

(9)前掲レジュメ「生徒会活動を生き生きさせる一つのとりくみ」よ  り。

第3節授業をよくする取り組み

 前節では、S高校の授業を正常化させるたあ、生徒会を活性化させる という橘教諭の取り組みについてみてきた。それでは、橘教諭自身の授 業はどうであったのだろうか。実はこの年、橘教諭は生徒会への取り組 みと同時進行で、自分自身の授業をよくする取り組みも行っている。

 もとより教師である以上、授業をよくする取り組みをするのは、当然 といえば当然である。が、そもそも何故この時期に、橘教諭は本格的に それに着手したのであろうか、そのことの意味は何であったのだろうか、

また、それはどのような観点で、どのような具体的な方法で行われたの であろうか。今節では、それらの点を1つひとつみていくなかで、そも そも教科指導の原点とは何かを探っていきたい。

 なお、取り組みの具体的内容については、橘教諭の「活動メモ」、教 科研究会、サークル活動等において報告されたレポートなどをもととし

た。

(1)取り組みの直接的動機

 昭和53年(1978)5月2日、教頭が社会科新任の某教師に、県教委の訪 問指導を受けるよう半ば強制的に勧めるという出来事があった。居合わ せた中山教師は、そのやり方に憤りを感じ、「自分に言えば受けてやる のに」と後で橘教諭に話す(中山教師は実習助手であったため、受けた くても受けられない立場であった)。一方、橘教諭は、やり方はたしか におかしいが、自分はとても受けることができないと思ったという。

 数日後、中山教師と橘教諭は、徹底して話し合った。 「訪問指導をよ う受けないのでは、教師として1番肝心なところで逃げている。他に何

をやっても駄目だ」と中山教師。橘教諭は、はじめは激しい拒絶感を感 じるが、「両者の差は、一方は自信があるからではない。自分で機会を 設定して、それに向けて努力する姿勢を持つかどうかの差だ」と言われ、

逃げの姿勢を今転換しなければこれからの進歩はない、という気持ちに 追い詰められる。橘教諭にとってこれまで1番自信のないのが授業であ

ったが、これを契機に自信を持てるよう勉強しよう、力をつける機会に しょうと、葛藤の末ようやく受ける決意をする。

 その後、橘教諭は、社会科主任ともう1人の理科の教師に了解を取っ た後、訪問指導を受ける意志のあることを教頭に申し出る。正式に決定 されたのは、15日の職員会議においてであった。4月に生徒会係になり、

17日の生徒総会に向けて全力を挙げている最中のことである。

 ふつう、訪問指導を受けるといえば、校長などに言われて嫌々受ける か、さもなくば、ちょっと認められたいと思う人が受けるかのどちらか であるが、この場合の橘教諭のように、他の人の強制に反対する、自分 の授業をよくする機会にする、という理由で受ける人は皆無に近いので はないだろうか。橘教諭は、やる以上はあらゆることを視野に入れた、

これまで誰もやったことのない日本一の取り組みをしょうと、11月16日 の訪問指導に向けて予料月も前(5月末)からその取り組みを始める。

取り組みに当たっては、「教科指導とは何か」など、その基本的観点と 具体的にやることを出発点で明らかにすることから始めた。

(2)教科指導とは何か一教育の本質に照らして  ア、教科指導の成り立つ条件

 筆者はすでに第1章において、教育とは何かについて述べた。その要 点は次の通りであった。

 教育には人類の遺産である知識を伝え、それを未来に継承していくと いう側面と、個人の人格を形成するという2つの側面があり、両者は互 いに絡み合っている。また、教育が成り立つ条件は、教師と(児童・)

生徒の「落差」である。「落差」にも2つの側面が考えられる。専門知 識の「落差」と人格のそれである。したがって、教育の本質は、教師自 身が自教科の学習を深めるという面と、人間的に変化するという面の両 方進歩させることにあるのではないか。その進歩した分だけ、生徒に影 響を与えることができるのではないか。

 以上のことを踏まえた上で、次に教科指導について考えたい。

 教科指導のなかにも2つの側面がある。教科の知識を教えるという

「狭義の」教科指導と、そのことを含めた教師との接触を通して人格を 形成するという側面である。したがって、教科指導が成り立つ条件も、

教師が専門知識においても人格においても、生徒との間に「落差」をも っということになる。

 ところで、専門知識の「落差」においては、教師が生徒に及ばないと いう状態は、実際には考えにくいであろう(教師になるには教員採用試 験をパスしなければならないということからしても、このことは容易に 想像できよう)。となれば、問題は人格の「落差」が果たしてあるのか、

という点になってくる。しかし、この点については、はなはだ疑問であ ると言わざるをえないであろう。たしかに年齢を重ねるにしたがって教 養く知識)は身につくかもしれないが、教師の方が年齢が上だからとい

って、必ずしも生徒よりも人格的にすぐれた人間であるとは限らないで あろうし、むしろ生徒の方が純粋で、逆「落差」が生じてしまっている 場合も珍しくないであろう。そう考えると、教科指導においても、教師

は自分自身の専門知識をますます深めると同時に、自己の人格を高める

関連したドキュメント