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ドキュメント内 『宗教研究』180号(38巻1輯) (ページ 86-94)

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ぬ一 ︵ 綴 ‑ 

      ハり 3U‑ り 3 リ   

は 一 ‑% ︶ 小 くし Ⅰ 5 リ ︶ 

︒・ 

れト 

︒  五 瞼 ﹂大正四五・一五二頁上︒ 

岡君︑大正四五・一五二頁上︒ 

﹁ 摩詞 般若波羅蜜 経 ﹂ 問乗品 第十八︑大正八・二五 頁 申 ︒ 

﹁中論﹂観行 品 第十三・第八 偶 ︒ 

岡君︑観行 品 第十三・第九 侵 ︒ 

岡君︑ 観浬架品 第二十五参照︒ 

阿古︑ 観浬穏品 第二十五・第十九 偶 ︒ 

岡君︑ 観 四諦 品 第二十四・第十八 ︒ 

周君︑観法 品 第十八・第九 ︒ 

阿古︑観法界 笛 十八︐ 弗セ褐 ︒ 

﹁大智度論﹂ 巻 第三十二︑大正二五・二九七頁 下 ︒ 

﹁中論﹂ 観 四諦 品 第二十四・第十四 ︒ 

山口監博士﹁般若思想史﹂四七頁︑六八 七一頁孝昭   

﹁ 櫻 略本業経﹂賢聖学館 品 ︑大正二四・一 一四頁 中 ︒ 

非有罪 無と 非有非空については︑中村元博士﹁十曲 と 在 ・Ⅱ 一 Ⅰ 描 城北千引戸Ⅰ @ ゃ︐ Ⅰ仏教思想史 世一 

﹁ 摩詞 止観﹂ 巻 第三上︑大正四六・二四頁︒ 

岡君・ 巻 第三上︑大正四六・二四頁 下 ︒ 

﹁法華玄義﹂ 巻 第二上︑大正二三一・六九七頁 中 ︒ 

岡君・ 巻 第二上︑大正三三・六九 セ 真上︒ 

阿古・ 巻笘三 上︑大正三三︐六九 セ頁中 丁︒ 

湛然﹁浅葉田井釈義﹂ 巻 第四︑大正三三・八四五頁 下 六頁上︒ 

﹁法華玄義﹂ 巻 第二丁︑大正三三・七 四頁 中 ︒ 

岡君・ 巻 第五丁︑大正三三・七四三頁 下 ︒ 

阿古・ 巻 第一下︑大正三三・六九 直中︒ 

  

‑ 

五 

五 

    

頁 

     

87   (87) 

  

  

とになるが︑源信のものでないことは︑い う までもな いとして︑鳥羽院政期︵一一五 年前後︶の 皇 箕作 に してほ︑はやす  ⑭︶阿古・ 巻 第一七︑大正三三・六八二頁 下 ︒ 

︶﹁法華文句﹂ 巻 第七上︑大正三四・九四頁上︒ 

焚 ︶﹁法華玄義﹂ 巻 第二上︑大正三三・六九四頁上   

︶拙稿﹁天台哲学を中心としてみた絶対の探究﹂ 生結 片孔托 田井記念・ 仏打 ぃ 旭町内 集 ﹂ セ 八三 九八 頁 ︶参照︒ 

お ︶大宝字 脱 ﹁法華玄義釈義講述﹂第二上︑仏教大 系 ・法華玄義第一︑六三一頁︒ 

︵Ⅱ ‑ 恵与︵ 一 ①六五 | 一一三八︶の 作 となっている が ︑門下の皇覚や五代の法 孫 の 詳 明の学説が引田きれ ており︑また︑本覚  思想の教判の一つであるコ四重興廃しがみえているこ となどから︑鎌倉中期二三世紀後半︶の 作 とかんが えられるっ  む ︶﹁法華略表見聞﹂ 中 ︑大日本仏教全書二六︶ 一 一 ‑‑ 八百月 尽 ︒ 

お @  同右・ 中 ︑大月本仏教全書︵一六︶ 三セ頁 ︒ 

初 @  同右・ 中 ︑大円本仏教全書二六︶三六 七頁   

@@  ﹁玄義 私 類聚﹂ 巻二 ︑大同本仏教全書二七 ‑ 一六一頁︒ 

‑ 俺 ︶真諦 訳 ﹁大乗起信 論 ﹂大正三二・五七六頁 中 ︒ 

宥 ︶﹁本覚講釈﹂大日本仏地全書︵二四︶ 三 二二頁   

穣 ︶岡君︑大日本仏教全書︵二四︶ 三 二六頁︒ 

︵ 穏 ︶﹁真如 観 ﹂大日本仏教全書︵三三︶五四頁︒ 

  

繍 ︶﹁観心 略要 Ⅲ﹂大日本仏教全書︵三一︶一六三  ⑰︶国君︑大日本仏教全書︵三三︶五五頁︒ 

  

頁 ︒ 

信僕 を う たがわず︑序に日干 時 強国文 哉夏 五月序しと 

  

あり︑その強国は下 

︶の﹁諸家念仏 

  集 ﹂には﹁ 或 三観心 略 安井 二 源信之 作 ‑ 足佳人 偽 

書地子 

未 ド ニ二 真偽 こ ︵浄土宗全書十五・七六五頁 ︶とて︑ 偽撰 

説 のあることを紹介している︒ 

詰 @  ﹁ 枕 壁紙﹂第十四︑大同本仏教全書三三 ‑ 一 一 三頁︒ 

末尾の継 図 によれ ば ︑源信以来の口伝法門が ︑ 嫡々 柑 赤 きれ︑六代目の皇 常 にいたって ︑ 筆にの ぱ せられた   

(SB)  88 

仏教における  絶対 観 

( 

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0 5 ( 9  ( 8  6 

      ㏄⑬⑫徳の⑨ 徳    

末  ‑4n ‑gu 55 リ  リ 

  

( ハリ 5 8 Ⅱ 8 ‑77l Ⅱ リ  ‑6hu Ⅱ リ  ハ リ 55 し 55 550 寸  の  栢  ぎ   

  

          

  

                                        佳担 く 一 

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私 夫」  私 

巻 

喜夫 

巻 

大巻本番 

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。  二木                                     

  

                                                                                                

              

     

        

わ  廃  て 

五 

     

  

七 

日    

頁 。 

真  正    

  

  

  

           

       

  

   み  衆 

  

     

様 

  

草木下 はいな 

  

  

   L  ヵ  、  @, 

成仏 

Ⅰ    

  

   そ  と 

  

の  ま 

   直で 

      前主 

     

円心  に張 

  

  

  

相心  ま  し 

     

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   平  え  皐 

  

安  る  実 

  

  

  

           

     

     

Ⅹ け 

デ ︶同志・巻末・大日本仏教全書︵一八︶一八九頁    

90 つ ︶Ⅰ漠北 項 栄二第一︑大日本仏教全書︵一七︶ 六 頁 ︒     律 ︶﹁法華文句﹂ 巻第セ上 ︑大正三四・九四頁 下 ︑ ﹁法華文句・ 記 二巻第七丁︑大正三四・二九二頁 下 三 真土参照︒   父 ︶﹁漠北類聚﹂第二︑大日本仏教全書︵一七︶ 四 頁 ︒ 

⑬︶﹁牛頭法門 要纂 ﹂ 第セ ︑伝教大師全集︐第五︑ 八一一員︒ 

総 ︶周君・第十︑伝教大師全集・第五︑六五頁︒     行 ︶ う 相対の上の絶対円Ⅰ絶対の上の栢村邑という ことについては︑﹁三大草 琉セ 面相承口決しに︑㍉ 玄 師伝 云 ︒立年︒ 

文元意属ニ 相待 ‑ ︒止観兄貴属土絶待 ‑ ︒二部 雄 ︒ 有 

‑  ‑ 

絶待㍉唯是相律上 三絶待一也︒ 待一 ︒赤星絶待 フルケリ   

    

上柑待也 ナ @  ㌔ ︵伝教大師全集第五・一五 四五頁︶ と とかれている︒ただし︑この書は︑止観の絶対を強調 するにあり︑ ま  た ︑﹁三重 セ箇 の目次をあげている点などから︑鎌倉 中期︵ 一 三世紀後半︶どろの成立とおもわれる︒ 

なお︑親鸞は ︑ ㍉絶対不二 之教 ︑一実真如二道﹂︵愚禿 紗 ︶としての浄土教を強調し︑また︑煩悩即菩提︑ 仏 凡 一如を主張  しており︑これは︑浄土教の相対的世界観を補整しよ フ としたものであるといえる ただし︑相対的親月を 観念的に捨象 せ  ず ︑その事実を直視し︑それに徹しつつ︑しかも︑ そ こに︑比較を他した絶対的境地を味得するにあったの で︑その意味で 

縄 雙の立場は ︑ Ⅰ 柑 対の上の絶対ロといえよ う ︒ 

      

ゑ 

キルケゴールに 於けるキリスト 

教理解の諸傾向 

キルケゴール ほ 一般には実存主義の祖とか詩人 哲 学者とか︑占方 教 思想家とか呼ばれる︑多種多様 な 謎に満ちた思想  家である︒いわゆるキリスト教思想家としての キルケゴールもやはり謎につつまれている︒小論 ほ ﹁キリスト教思想  家 ﹂としてのキルケゴールが︑如何にキリスト 教を理解していたかという間に対し︑微かな光を 投ずることを目的と  するものである︒筆者は王 体的 キリス卜者生成 の面での彼の偉大な貢献を認めるのに吝かではな い にも拘らずキルケ  ゴールの著書をどの一冊でも読むに当って ︑キ ルケ ゴールのキリスト教理解なるものが 檬瀧 たる 闇のかなたに置き去  られているのを感ずるのである︒これはキルケ ゴ |ルが 神学者として︑あるいは心木教学者として 発言することを 執拘  に 拒否し ︑ 単なる一人の敬虔な教徒の立場での 発 言 に終始しているからでもあろうが︑それにし ても︑彼がキリスト  教を語る限り︑その背後に構えている彼自身の キリスト教理解の客観的側面が存在するのほ明ら かである︒小論の意 

国 は︑キルケゴールに於けるその様なキリスト 教理解を開示するにある︒筆者はキルケゴールの キリスト教理解の全︶     体を取り上げる力を有しないのであるから︑今 ほ その方法的諸傾向をめぐって論ずるにとどめた い 0 更にその際︑㈲   キルケゴールと新約聖書との関係︑㈲教義と の 関係︑㈱歴史理解との関係︑㈲彼のキリス ト 論の傾向︑の四つ 

光男  渡部  キルケゴールに於けるキリ  スト教理解の諸傾向 

        

キルケゴールの時代のデンマークの神学的状況 は ︑一般に言われている様に完全にへ | ゲルに よ って影響されては 

いなかったのであって ︑ 単に極 く 少数グループの 牧師や神学者が へ| ゲル体系を取り入れ︑思弁 哲学及び神学を積極 ハ ー︶ 的に推進していただけである︒その状況は多様 である︒教会的伝統の枠の中にとどまってほいる が ︑啓示と理性との 

調和を前提とし︑理性は啓示によって補われな ければならないが︑啓示は理性に反してほならず ︑ 更に︑教会的教義 

よりはむしろキリスト教的実践を重規する クラ ウセン︵ コ ・の臼の由のの コ ︶を代表とする合理主義︵ 毎のコオ曲ゴ 0 む お日の︶︒ 

更に ︑ ルター教会正統派の超自然主義︵口の コぎ づの︐ ︒ p ︵ @0 コ曲売日 0 ︶︒ 又 ︑ コ ︒ヘンハーゲン大学神学 部に 於て勢力をふる 

っていた調停神学︵ 監 コミ お阻ぎ窩宙 0 一 0 牡 ︶ 1, 伝 練釣教義を固持するが極端な超自然主義ではな く ︑聖書 各書は 解体 

し 得ず ︑ 絶えざる史実的批判に服従することに よって意義を有するとする立場︒文一方には︑ グ ルント ヴィ︵ 2. 弓 

中の︵ ロ印 才挿 ︶を代表とする神学的 | 民族的 | 熱狂的 | 新正統主義があり︑その思想的核心 は︑ ﹁教会論﹂︵ ︐芥や e, ‑ 櫃の下二 寿 目凹のの︐︶の め の︶に於て示されている︒ 要 約すれば︑その主張は﹁キリスト教は正しい 信 仰 でも︑確実な 宗 

教 体験でも︑ 又 特殊な倫理でもなく︑神と人間 との関係である︒バプテスマに於てキリスト教的 生 が生まれ︑ 聖肇に 

於て支えられる︒神の言葉は聖書でほなく︑ 聖 礼典 とバブイスて に於て聞かれる " 生きた " 言葉 である︒﹂更に当時 ︵ 2 ︶ の神学界の第一人者ニコンスター︵まド コ降簗 ︶ は 超自然主義的キリスト教理解を代表する者と考 えられている︒彼に 

よれば︑キリスト教はまず第一に ︑ 神と単独な 魂 との内面的出会いであり︑内面性及びロマン 主 義的 瞑想はキリスト 

教 にとって本来的生の形式である︒彼はこの 根 拠 に立って有名な コ キリスト教信仰論に関する 者 売栄 し︵ ︐ ㏄の下のぬ片目 ぎ 的のⅠ 

c 斥 Ⅱ 笘 ㊦ 仁ア 〜 ‑ の ︵の ‑ 仁心㏄ 円ぺ cG 呂沫 Ⅱ 口 c づ ヲヨ c, P% びめ ︶月ご 著 わした︒そこに於ける第一の間は︐﹁如何に して私の疲れた 魂は 

  

に 観点を紋 ヱ ﹂論ずることとする︒ 

(92)@  92 

キルケ ゴ   一 ルに於けるキリスト 

まず 門 後書﹂には次の様な発言がある︒﹁もし 聖書が何が キソ スト 教 的であり︑そして何がキリ スト 教 的でないか 

を 決定する最確実な規準と見 徴 されるなら︑皇室 目を歴史的 | 批判的に確認することが必要である ︒﹂︵のせ・ 目 ︶の︶︒ 

﹁博学な文献学﹂︑﹁博学な批判的研究﹂︵ 白ドづ ︶︒ これ等はキリスト教信仰の自己獲得の方法とし ての客観的考察とし  て︑ョ ハンネス・クリマ クス が批判的に取扱う 聖 書 研究の節に於ける発言であるが︑いわゆる 聖 書 に関する学問的研  究は ついてのキルケゴールの知識を示すもので ある︒キルケゴールは聖書の批判的研究に全く 疎 遠 なのではなかっ  た ︒彼はと トワテ Ⅰ 緒 毛の二の︒ ︐︐ Ⅰの ア弓す 二目汁 Ⅱ 才ずヰ oH 持リ ア す 乱り︵が 斗 0 コ山田 コ すぎ けコ抽 @ コ笘 ずい @ す の ︵ 卸甘 ︒ コ岸コ隼と り 建 ︒ コ 

  

︵ー︶Ⅰ ま串 ・㎡ り ・㏄ ト 

教理解の諸 

傾だ 

一点に聖書からの引用句を論拠として立てる方法 ︶︑合理主義と結合した正統派︵聖書は引用文 や 神の意志表明の モ 

ザイクとして使用され得る︶︑空想的超自然主義 的 正統派があったし︑急進的神学者の間では バ ウアー︵ 巾 ・ コ ・ 援ヰ 仁の づ ︶ ︵ l, ︶ ノュ トラク ス ︵し弓・ 絵ぷ巳 ③ ︑フ オイエルバッ ハ ︵ ア 弓の の︵ す ac プ ︶等の批判的研究も紹介さ れている︒ 

数界 

との関係を説明しながら矛盾なく自己の 道を進み︑あらためて人間の神に対するより内面 的な関係を理解し︑一点    安 患を見出すか﹂︵ 才 ︵祭主 ヨ ギ宙 き ︵︵の 望凹 ︵ 

罠ゃ 

︵ づヱ のじである︒即ち︑ミュンスターは 人 ぽの感情︑理性︑意 

志と 同程度のものとして︑人間の観念論とキリ スト 教 との間に如何なる断絶をも置かず連続性を 持つものと考えるの  である︒ ︵ 1 ︶ Z. ロギ仁 ‑ のこⅡ二ロ い やⅡの コパげ弓オ の む ののⅡ 宙 ‑ 下田四月円ヰ 0 目 宙 の 目セ @ 宙の コ の ヰい す 由 @ ㏄円円︵ e Ⅱの オ 安ヨ 0 ⅠⅡ コ缶 ‑ の宙巨 @ コ ㏄ ㏄ 木 

︒ Ⅱ ヌづ の㌧円 い Ⅱ・ロトののり 

の ・㏄︒ ︵ D2 ロレト すぎ・の・㏄ ぃ 

キルケゴールのキリスト教理解の問題 は ︑まず 発生的にほ右の様な状況に対する歴史的研究に ょ って明らかにされ  るであろう︒それほさておき︑この様な神学的 状況に於ける新約聖書の取扱いには︑合理主義的 説明︵理性が神と世 

ドキュメント内 『宗教研究』180号(38巻1輯) (ページ 86-94)

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