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︒ 五 % 瞼 ﹂大正四五・一五二頁上︒岡君︑大正四五・一五二頁上︒
﹁ 摩詞 般若波羅蜜 経 ﹂ 問乗品 第十八︑大正八・二五 0 頁 申 ︒
﹁中論﹂観行 品 第十三・第八 偶 ︒
岡君︑観行 品 第十三・第九 侵 ︒
岡君︑ 観浬架品 第二十五参照︒
阿古︑ 観浬穏品 第二十五・第十九 偶 ︒
岡君︑ 観 四諦 品 第二十四・第十八 % ︒
周君︑観法 品 第十八・第九 % ︒
阿古︑観法界 笛 十八︐ 弗セ褐 ︒
﹁大智度論﹂ 巻 第三十二︑大正二五・二九七頁 下 ︒
﹁中論﹂ 観 四諦 品 第二十四・第十四 % ︒
山口監博士﹁般若思想史﹂四七頁︑六八 @ 七一頁孝昭
﹁ 櫻 略本業経﹂賢聖学館 品 ︑大正二四・一 0 一四頁 中 ︒
非有罪 無と 非有非空については︑中村元博士﹁十曲 と 在 ・Ⅱ 一 Ⅰ 描 城北千引戸Ⅰ @ ゃ︐ Ⅰ仏教思想史 P 世一
﹁ 摩詞 止観﹂ 巻 第三上︑大正四六・二四頁︒
岡君・ 巻 第三上︑大正四六・二四頁 下 ︒
﹁法華玄義﹂ 巻 第二上︑大正二三一・六九七頁 中 ︒
岡君・ 巻 第二上︑大正三三・六九 セ 真上︒
阿古・ 巻笘三 上︑大正三三︐六九 セ頁中 @ 丁︒
湛然﹁浅葉田井釈義﹂ 巻 第四︑大正三三・八四五頁 下 l 六頁上︒
﹁法華玄義﹂ 巻 第二丁︑大正三三・七 0 四頁 中 ︒
岡君・ 巻 第五丁︑大正三三・七四三頁 下 ︒
阿古・ 巻 第一下︑大正三三・六九 0 直中︒
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五
五
頁
87 (87)
とになるが︑源信のものでないことは︑い う までもな いとして︑鳥羽院政期︵一一五 C 年前後︶の 皇 箕作 に してほ︑はやす ⑭︶阿古・ 巻 第一七︑大正三三・六八二頁 下 ︒
@ ︶﹁法華文句﹂ 巻 第七上︑大正三四・九四頁上︒
焚 ︶﹁法華玄義﹂ 巻 第二上︑大正三三・六九四頁上
@ ︶拙稿﹁天台哲学を中心としてみた絶対の探究﹂ 生結 片孔托 田井記念・ 仏打 m ぃ 旭町内 集 ﹂ セ 八三 @ 九八 頁 ︶参照︒
お ︶大宝字 脱 ﹁法華玄義釈義講述﹂第二上︑仏教大 系 ・法華玄義第一︑六三一頁︒
︵Ⅱ ‑ 恵与︵ 一 ①六五 | 一一三八︶の 作 となっている が ︑門下の皇覚や五代の法 孫 の 詳 明の学説が引田きれ ており︑また︑本覚 思想の教判の一つであるコ四重興廃しがみえているこ となどから︑鎌倉中期二三世紀後半︶の 作 とかんが えられるっ む ︶﹁法華略表見聞﹂ 中 ︑大日本仏教全書二六︶ 一 一 ‑‑ 八百月 尽 ︒
お @ 同右・ 中 ︑大月本仏教全書︵一六︶ 三セ頁 ︒
初 @ 同右・ 中 ︑大円本仏教全書二六︶三六 @ 七頁
@@ ﹁玄義 私 類聚﹂ 巻二 ︑大同本仏教全書二七 ‑ 一六一頁︒
‑ 俺 ︶真諦 訳 ﹁大乗起信 論 ﹂大正三二・五七六頁 中 ︒
宥 ︶﹁本覚講釈﹂大日本仏地全書︵二四︶ 三 二二頁
穣 ︶岡君︑大日本仏教全書︵二四︶ 三 二六頁︒
︵ 穏 ︶﹁真如 観 ﹂大日本仏教全書︵三三︶五四頁︒
繍 ︶﹁観心 略要 Ⅲ﹂大日本仏教全書︵三一︶一六三 ⑰︶国君︑大日本仏教全書︵三三︶五五頁︒
頁 ︒
信僕 を う たがわず︑序に日干 時 強国文 哉夏 五月序しと
あり︑その強国は下
︶の﹁諸家念仏
集 ﹂には﹁ 或 三観心 略 安井 二 源信之 作 ‑ 足佳人 偽
書地子
未 ド ニ二 真偽 こ ︵浄土宗全書十五・七六五頁 ︶とて︑ 偽撰説 のあることを紹介している︒
詰 @ ﹁ 枕 壁紙﹂第十四︑大同本仏教全書三三 ‑ 一 一 三頁︒
末尾の継 図 によれ ば ︑源信以来の口伝法門が ︑ 嫡々 柑 赤 きれ︑六代目の皇 常 にいたって ︑ 筆にの ぱ せられた
(SB) 88
仏教における 絶対 観
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デ ︶同志・巻末・大日本仏教全書︵一八︶一八九頁
90 つ ︶Ⅰ漠北 項 栄二第一︑大日本仏教全書︵一七︶ 六 頁 ︒ 律 ︶﹁法華文句﹂ 巻第セ上 ︑大正三四・九四頁 下 ︑ ﹁法華文句・ 記 二巻第七丁︑大正三四・二九二頁 下 ? 三 真土参照︒ 父 ︶﹁漠北類聚﹂第二︑大日本仏教全書︵一七︶ 四 O 頁 ︒
⑬︶﹁牛頭法門 要纂 ﹂ 第セ ︑伝教大師全集︐第五︑ 八一一員︒
総 ︶周君・第十︑伝教大師全集・第五︑六五頁︒ 行 ︶ う 相対の上の絶対円Ⅰ絶対の上の栢村邑という ことについては︑﹁三大草 琉セ 面相承口決しに︑㍉ 玄 師伝 云 ︒立年︒
文元意属ニ 相待 ‑ ︒止観兄貴属土絶待 ‑ ︒二部 雄 ︒ 有
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絶待㍉唯是相律上 m 三絶待一也︒ 待一 ︒赤星絶待 フルケリ
上柑待也 ナ @ ㌔ ︵伝教大師全集第五・一五 @ 四五頁︶ と とかれている︒ただし︑この書は︑止観の絶対を強調 するにあり︑ ま た ︑﹁三重 セ箇 L の目次をあげている点などから︑鎌倉 中期︵ 一 三世紀後半︶どろの成立とおもわれる︒
なお︑親鸞は ︑ ㍉絶対不二 之教 ︑一実真如二道﹂︵愚禿 紗 ︶としての浄土教を強調し︑また︑煩悩即菩提︑ 仏 凡 一如を主張 しており︑これは︑浄土教の相対的世界観を補整しよ フ としたものであるといえる 0 ただし︑相対的親月を 観念的に捨象 せ ず ︑その事実を直視し︑それに徹しつつ︑しかも︑ そ こに︑比較を他した絶対的境地を味得するにあったの で︑その意味で
縄 雙の立場は ︑ Ⅰ 柑 対の上の絶対ロといえよ う ︒
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キルケゴールに 於けるキリスト
教理解の諸傾向
キルケゴール ほ 一般には実存主義の祖とか詩人 哲 学者とか︑占方 教 思想家とか呼ばれる︑多種多様 な 謎に満ちた思想 家である︒いわゆるキリスト教思想家としての キルケゴールもやはり謎につつまれている︒小論 ほ ﹁キリスト教思想 家 ﹂としてのキルケゴールが︑如何にキリスト 教を理解していたかという間に対し︑微かな光を 投ずることを目的と するものである︒筆者は王 体的 キリス卜者生成 の面での彼の偉大な貢献を認めるのに吝かではな い にも拘らずキルケ ゴールの著書をどの一冊でも読むに当って ︑キ ルケ ゴールのキリスト教理解なるものが 檬瀧 たる 闇のかなたに置き去 られているのを感ずるのである︒これはキルケ ゴ |ルが 神学者として︑あるいは心木教学者として 発言することを 執拘 に 拒否し ︑ 単なる一人の敬虔な教徒の立場での 発 言 に終始しているからでもあろうが︑それにし ても︑彼がキリスト 教を語る限り︑その背後に構えている彼自身の キリスト教理解の客観的側面が存在するのほ明ら かである︒小論の意国 は︑キルケゴールに於けるその様なキリスト 教理解を開示するにある︒筆者はキルケゴールの キリスト教理解の全︶ 体を取り上げる力を有しないのであるから︑今 ほ その方法的諸傾向をめぐって論ずるにとどめた い 0 更にその際︑㈲ キルケゴールと新約聖書との関係︑㈲教義と の 関係︑㈱歴史理解との関係︑㈲彼のキリス ト 論の傾向︑の四つ
光男 渡部 キルケゴールに於けるキリ スト教理解の諸傾向
キルケゴールの時代のデンマークの神学的状況 は ︑一般に言われている様に完全にへ | ゲルに よ って影響されては
いなかったのであって ︑ 単に極 く 少数グループの 牧師や神学者が へ| ゲル体系を取り入れ︑思弁 哲学及び神学を積極 ハ ー︶ 的に推進していただけである︒その状況は多様 である︒教会的伝統の枠の中にとどまってほいる が ︑啓示と理性との
調和を前提とし︑理性は啓示によって補われな ければならないが︑啓示は理性に反してほならず ︑ 更に︑教会的教義
よりはむしろキリスト教的実践を重規する クラ ウセン︵ コ ・の臼の由のの コ ︶を代表とする合理主義︵ 毎のコオ曲ゴ 0 む % お日の︶︒
更に ︑ ルター教会正統派の超自然主義︵口の コぎ づの︐ ︒ p ︵ @0 コ曲売日 0 ︶︒ 又 ︑ コ ︒ヘンハーゲン大学神学 部に 於て勢力をふる
っていた調停神学︵ 監 コミ お阻ぎ窩宙 0 一 0 牡 ︶ 1, 伝 練釣教義を固持するが極端な超自然主義ではな く ︑聖書 各書は 解体
し 得ず ︑ 絶えざる史実的批判に服従することに よって意義を有するとする立場︒文一方には︑ グ ルント ヴィ︵ 2. 弓
中の︵ u ロ印 才挿 ︶を代表とする神学的 | 民族的 | 熱狂的 | 新正統主義があり︑その思想的核心 は︑ ﹁教会論﹂︵ ︐芥や e, ‑ 櫃の下二 寿 目凹のの︐︶の め の︶に於て示されている︒ 要 約すれば︑その主張は﹁キリスト教は正しい 信 仰 でも︑確実な 宗
教 体験でも︑ 又 特殊な倫理でもなく︑神と人間 との関係である︒バプテスマに於てキリスト教的 生 が生まれ︑ 聖肇に
於て支えられる︒神の言葉は聖書でほなく︑ 聖 礼典 とバブイスて に於て聞かれる " 生きた " 言葉 である︒﹂更に当時 ︵ 2 ︶ の神学界の第一人者ニコンスター︵まド コ降簗 ︶ は 超自然主義的キリスト教理解を代表する者と考 えられている︒彼に
よれば︑キリスト教はまず第一に ︑ 神と単独な 魂 との内面的出会いであり︑内面性及びロマン 主 義的 瞑想はキリスト
教 にとって本来的生の形式である︒彼はこの 根 拠 に立って有名な コ キリスト教信仰論に関する 者 売栄 し︵ ︐ ㏄の下のぬ片目 ぎ 的のⅠ
c 斥 Ⅱ 笘 ㊦ 仁ア 〜 ‑ の ︵の ‑ 仁心㏄ 円ぺ cG 呂沫 Ⅱ 口 c づ ヲヨ c, P% びめ ︶月ご 著 わした︒そこに於ける第一の間は︐﹁如何に して私の疲れた 魂は
に 観点を紋 ヱ ﹂論ずることとする︒
(92)@ 92
キルケ ゴ 一 ルに於けるキリスト
まず 門 後書﹂には次の様な発言がある︒﹁もし 聖書が何が キソ スト 教 的であり︑そして何がキリ スト 教 的でないか
を 決定する最確実な規準と見 徴 されるなら︑皇室 目を歴史的 | 批判的に確認することが必要である ︒﹂︵のせ・ 目 ︶の︶︒
﹁博学な文献学﹂︑﹁博学な批判的研究﹂︵ 白ドづ ︶︒ これ等はキリスト教信仰の自己獲得の方法とし ての客観的考察とし て︑ョ ハンネス・クリマ クス が批判的に取扱う 聖 書 研究の節に於ける発言であるが︑いわゆる 聖 書 に関する学問的研 究は ついてのキルケゴールの知識を示すもので ある︒キルケゴールは聖書の批判的研究に全く 疎 遠 なのではなかっ た ︒彼はと トワテ Ⅰ 緒 毛の二の︒ ︐︐ Ⅰの ア弓す 二目汁 Ⅱ 才ずヰ oH 持リ ア す 乱り︵が 斗 0 コ山田 コ すぎ けコ抽 @ コ笘 ずい @ す の ︵ 卸甘 ︒ コ岸コ隼と り 建 ︒ コ
︵ー︶Ⅰ ま串 ・㎡ り ・㏄ ト
教理解の諸
傾だ一点に聖書からの引用句を論拠として立てる方法 ︶︑合理主義と結合した正統派︵聖書は引用文 や 神の意志表明の モ
ザイクとして使用され得る︶︑空想的超自然主義 的 正統派があったし︑急進的神学者の間では バ ウアー︵ 巾 ・ コ ・ 援ヰ 仁の づ ︶ ︵ l, ︶ ノュ トラク ス ︵し弓・ 絵ぷ巳 ③ ︑フ オイエルバッ ハ ︵ ア 弓の u の︵ す ac プ ︶等の批判的研究も紹介さ れている︒
数界
との関係を説明しながら矛盾なく自己の 道を進み︑あらためて人間の神に対するより内面 的な関係を理解し︑一点 安 患を見出すか﹂︵ H 才 o ︵祭主 ヨ ギ宙 き ︵︵の 望凹 ︵罠ゃ
︵ づヱ のじである︒即ち︑ミュンスターは 人 ぽの感情︑理性︑意志と 同程度のものとして︑人間の観念論とキリ スト 教 との間に如何なる断絶をも置かず連続性を 持つものと考えるの である︒ ︵ 1 ︶ Z. ロギ仁 ‑ のこⅡ二ロ @ い やⅡの コパげ弓オ の む ののⅡ 宙 ‑ 下田四月円ヰ 0 目 宙 の 目セ @ 宙の コ の ヰい す 由 @ ㏄円円︵ e Ⅱの オ % 安ヨ 0 ⅠⅡ コ缶 ‑ の宙巨 @ コ ㏄ 0 ㏄ 木
︒ Ⅱ ヌづ の㌧円 い Ⅱ・ロトののり
の ・㏄︒ ︵ D2 ロレト すぎ・の・㏄ ぃ
キルケゴールのキリスト教理解の問題 は ︑まず 発生的にほ右の様な状況に対する歴史的研究に ょ って明らかにされ るであろう︒それほさておき︑この様な神学的 状況に於ける新約聖書の取扱いには︑合理主義的 説明︵理性が神と世