トップPDF 多言語平行コーパスのための「言語学的におもしろい100の文」 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

多言語平行コーパスのための「言語学的におもしろい100の文」 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

多言語平行コーパスのための「言語学的におもしろい100の文」 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

0 .序  大阪外国語大学(現在は大阪大学外国学部)で発足した多言処理プロジェクトは,その 活動一環として多言平行コーパス構築を試みている。プロジェクトメンバー 1 人で ある筆者は,このコーパス収録するデータ一種として,「言語おもしろい100」 を選定した。「おもしろい」とは,この「100」を種々言語翻訳し対照させたデータは, 統語構造対照言語研究言語類型論研究にとって興味深いデータを提供できる(と思 われる)という意味である。
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感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

構成するものであるゆえ、バイリンガル経験は言語が深く絡んだこのプロセス解明役 立つと思われる。 異文化コミュニケーションと文化化問題  すでに述べた文化モデルや感情スクリプトが、 1 言語習得と社会化プロセスを通して 個人が内面化したものであり、規範働き、構成員行動や認識仕方や感じ方を制約する となると、異なった文化を内面化した人と出会いで、すなわち、異文化間コミュニケーショ ンにおいて、摩擦や誤解原因なりうるであろう。そして、それは言語文化Aで社会化され た人と、言語文化Bで社会化された人が出会ったことを想定した場合、スクリプト違いか ら予測される摩擦がおこりうることを示す。しかし、 2 言語習得やバイリンガル観点から は、いくつか問題が生じる。まず、これまで異文化間コミュニケーション研究お いては、現実そういった人と人が直接接触するとき、どの言語でコミュニケーションを図る かという点はあまり問題されていない。しかし、実際は、日本人とアメリカ人がコミュニ ケーションを図る多く場合、英語が使われるであろう。日本いるアジアから留学生と日 本人会話や日本企業勤めるブラジル人と日本人会話ならば、日本で行われることが多 いかもしれない。ヨーロッパ系外資系企業内部では日本あっても、コミュニケーション 言語は英語であろう。もし、ある人がほとんどネーティブ・スピーカーなみ英語や日本語 を使える場合、この人は対象文化意味空間においてかなり経験が豊富で、上述べたよう な文化実践や活動参加している。そうだとすれば、すでに 2 言語文化スクリプトやス キーマを獲得しており、使う言語応じて少なくとも表面な行動表出を切り替えることがで きているではないだろうか。そうすると純粋な文化AとB接触というは実際ありえる だろうか。しかし、一方で、社会化過程で、深く心刻まれた感情スクリプト不一致 は、違和感や不快感など情意反応を引き起こすかもしれない。
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ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 スイス標準変種記述が量的も質的拡大するにつれて、これまでは標準ドイツから 逸脱と考えられてきた言語形式を、標準一部と認めようという気運が生まれた。それによ り以前は専門家を中心議論されていたスイス標準変種が一般人々も周知されつつある。 この流れは、単一中心地言語観から複数中心地言語観へ転換を促すものではあるが、ス イス人意識あるドイツ標準変種優位性を払拭するは至っていない。スイス人ばか りでなく、Hofer (2006: 131 f.)よると、スイス在住ドイツ学習者も、一般ドイツ を単一中心地言語と看做している。ドイツは、経済力、人口ともスイス10倍以上規模を 持つばかりでなく、スイスと違って実際標準ドイツが日常会話でも使われていることから も、ドイツ変種が覇権影響力を持ち続けているというが実情だろう。理念上は確か多様 な変種が承認されつつあるが、これまで続いたドイツ変種優位性が簡単揺らぐわけではな い。そんな中で、規範作成者はスイス標準変種独自性を確立すべく、方言と標準境界線 上位置する語彙までも記述対象することがある。例えば、Läubli (2006: 125)は、 „Tätschmeister “や„Butz“、„Päcklisuppe“などが変異形辞典収録されているが、これら は本来なら方言分類されるべきであると指摘している。方言区分されるはずを標準変 異形「格上げ」することで標準変種を拡大する手法については、オーストリアでも行われた よう、さらなる言語研究によりその妥当性を検証しなければならないだろう。
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言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 思えば現代言語隆盛祖ともいえるチョムスキーが、デカルトを引用し、ポートロワイヤ ル文法言及したも、彼がそれを正当化する思想背景を背負った学者であること証左 他ならない。ごく初期生成文法では、文法適格なを生み出すため、さまざまな変形 規則が考案され、その適用順序が問題されるなど、きわめて具体かつ明快な議論が展開さ れた。私たち日本人研究者にとっても魅力な理論であった。変形規則を学習文法応用し ようという大胆な試みまで出現したもその頃である。ところが、人間生得埋 め込まれた文法解明が究極目標となり、そのためI 言語やE 言語話が出てくるあた りから雲行きは怪しくなる。後述べる理由で日本人にとっては受入れがたい(はず)主張 が濃厚なっていくである。議論は抽象化一途を辿り、理論枠組みが次々変化するこ ととも相俟って、傍目はチョムスキーが迷走を始めたよう映った。しかし、デカルトやポ ートロワイヤル文法へ言及と同じく、この受入れがたい主張も、また抽象化も思想必 然性があった。迷走どころか、いわば確信犯チョムスキーは、みずからが拠って立つ思想 がめざす理想を追い求めたである。
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故河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

故河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 私は1979年(昭和54年) 4 月近畿大学教養部専任講師として赴任したが、翌年河合先生 も近大専任講師なられた。私は1991年(平成 3 年) 4 月関西大学文学部英文学科異動 したが、河合先生も1999年(平成11年)関西大学文学部移ってこられた。そして河合先生 は翌年創設外国教育研究機構ためご尽力いただいた。感謝堪えない。  特に河合先生は、外国教育研究機構発足と同時に新設した大学院文学研究科修士課程外 国語教育専攻英語教育部門で本領を発揮していただいた。現行独立研究科・外国教育 研究科ができるまで 2 年あいだ、彼は全精力をそこ傾注した。堅固な志操と使命感あ ふれた真教育者ならびに研究者であった。おそらくその 2 年間は彼生涯においては黄金時 代であったと思う。全院生に対する緻密で濃密な個別指導は正に教師鏡であった。先生は寝 食を忘れて院生指導当たられた。大学院で河合先生指導を受け、豁然と目を開かされた数 十名愛弟子たち体内で今なお河合先生は生き続けておられることだろう。
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惜別のことば 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

惜別のことば 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 煙草を吸いながら二人お嬢さまことを語られたとき、先生嬉しそうなお顔も忘れら れません。そして、立派育てられたはお子さまだけではありません。いまある外国教育 研究前身として、文学研究開かれた外国教育専攻大学院生たちを育て、組織隆 盛礎を築かれたも、他ならぬ先生でした。私は英語教師魅力は、派手なパフォーマンス でも、緻密なメソドロジー知識でもなく、いきつくところは、こよなく英語を愛し、学生た ちを包み込むような、温かい人間性あると思っています。一人よがり奢りや功名心とは無 縁実直さです。子は親背中をみて、学生は教師背中をみて育ちます。英語を楽しむ先生 実直な姿動かされ、いかに多く学生たちが学び舎を巣立っていったことでしょう。  たくさん写真はもちろんこと、形はならない先生と思い出は、私ポケット 大切しまってあります。いつか、ゆっくり思い出話花を咲かせたいという願いもむなし く、先生は、あっという間に私たち前を駆け抜けてゆかれました。訃報接し、胸が張り裂 けんばかり悲しみ、とめどなく涙しているは、けっして私ひとりではないと思います。 先生と出会うことができて、私も学生たちも幸せでした。
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『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

空よりも高いだが、/飛びゆく鐘音が聞こえる。)“El vuelo”や“el gritar”といった抽 象名詞色を見出すは、アルチュール・ランボーソネット「母音」を思い起こさせる。『水 鏡』発表された版では、この“Verde”という色言及した 1 行だけがずっと後方オフセ ットされており、視覚ひときわ目立つようされているだが、複数ある手稿や『四角い 地平線』版では削除されているは興味深い。“los árboles”という名詞から連想されるも であるところから不要と判断したか、あるいは両者結びつきがあまりに現実であるた め詩人創造する世界連想を陳腐なものすることを恐れて退けたであろうか。  もっとも、『水鏡』では、この「陽気な男」“Verde”表記しか見られない文字配列 効果は、異稿なると大文字のみによる表記や、単語オフセットなど、実験性が強くなる。 それは『四角い地平線』においてより強い自信を持って採用され、そこ収載された‘Paisaje’ 「風景」ような詩篇やTour Eiffel『エッフェル塔』(1917) ような詩集で展開される絵画
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フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

4  フランス語教師必要な知識と技術  実際フランス語を教えるため必要な知識や技術をこの「教科教育法」だけで習得するこ とは時間制約からも不可能である。現状では、フランス語教員免許を取得した場合でも、教 師多くが現場立ったとき適切なクラス運営訓練や教育を受けていない可能性が非常 高い。また大学では、まったくフランス語教育関連授業を受けず現場立つ教師も少なか らず存在する。それぞれ現場で、状況応じて各自工夫による独自教授法を開発してい るが実情であろう。このような日本教育現場で各教師が抱える問題を解決するため、自 ら技術改善方法や情報をどのよう集めることができるだろうか。たとえば、教授法関 する文献やインターネット上で提供される情報を集め、工夫手がかりとする事も可能であ
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標準ドイツ語の収束と分散 ―標準変種の確立と脱標準化に関する考察― 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

標準ドイツ語の収束と分散 ―標準変種の確立と脱標準化に関する考察― 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 .発音変異形標準と非標準に関する考察  脱標準化と関連で以上音声特徴を考察してみたい。ドイツ模範話者は成文規範から 逸脱は極めて少なく、成文規範準拠していることがわかる。逸脱している音声は、いずれも 地域特性を帯びたものではなく、調音時縮約によるものばかりである。Duden Das Aussprachewörterbuch (2005)(以下Aussprache-Duden)では母音〈s〉は有声と規定 されているが、Großes Wörterbuch der deutschen Aussprache (以下GWDA)(1982: 72) よると、s音は完全な発声開始時では有声性喪失により軟音化が観察され、有声性を誇張し ようとすると逸脱形式よう感じられるとしている。このよう発音辞典間においても差異 があるは、GWDAが音声により精密な説明をしているからである。音響音声有 声性を確保するはVOT (voice onset time)が摩擦より先でなければならないが、自然な速 さ発話で完全VOTを制御するは困難である。したがって、ある程度有声性喪失は自 然な発話では当然現象と言わざるをえない。音節子音についてはどのよう規定されている だろうか。Aussprache-Duden (2005: 39 f.)とGWDA (1982: 35 f.)いずれもが、母音や 側音、鼻音、r音後で音節子音 [l`, m `, n `] を容認しておらず、 [El, Em , En ] と発音すべきこと
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外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

テーゼ 9 :学習対象言語種類や個別言語学習順序決定に際しては、各言語 学習目標や方法などプロフィルがより細分化され、それ伴い 「真」複数言語能力が育つよう考慮されるべきである。  近い将来、英語が学年進行型科目として初等教育段階から全学校で導入されるようなる が 5 、その結果、小学校 1 年生、或いは 3 年生から開始された英語が、学校教育最終段階 学年まで同じような方法で教授される事態が出現することは避けるべきである。なぜならばそ ような事態は、他言語を学習するため潜在な機会活用を困難するからだ(常設 部大臣会議事務局 1994)。他方で、前期中等教育段階教授方法をそのまま小学校へ適用し、 学習者適性や年齢を無視する方法で授業を行うことも避けられねばならない。むしろ真複 数言語教育が根付くためは、言語や学習目標応じてより細分化していくような方法で複 数言語能力育成が目指されねばならない。
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李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 ,まとめ  李氏朝鮮期中国会話テキスト『朴通事』における存在を調査した結果、顕著な特徴とし て動詞“有”より前目的が倒置されるという現象がみられる。従来研究ではこれをモン ゴル影響を大いに受けたと考えられる元代言痕跡を残すものとしてとらえるが、本稿 では、口語資料特徴としてとらえうるではないかという可能性を示唆した。今後、他資料による確認作業、また、何故口語において前置されやすいか、といった理論付け、な どが必要なるだろう。現時点では、主題化、“左移位”観点から説明が出来るではなか ろうかと考えているが、今後課題である。
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日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 Granger(1998:146)やNesselhauf(2003:224)は統語や結びつきによる制限ではなく、 恣意組み合わせが決まっている場合ような慣習な結びつきだけをコロケーションとし ている。  コロケーション教育示唆としては、個々単語をいくら身つけてもそれは言語学習 は直結しない。先も述べたよう句単位で習得することで次生成段階進むことはそ れほど困難ではないが、個々単語から生成進むはその間いくつもステップがあっ て容易ではない。上級学習者ほどコロケーションを習得しており、そのため母語話者らし い自然な発話ができると言われているが、それでも上級学習者が母語話者並みコロケーショ ンを使いこなすことは困難である(Bahns & Eldaw 1993)。また、De Cock et al.(1998)報 告では、上級学習者と母語話者間ではコロケーション使い方が異なるとしている。  個々単語を習得してもそれらがどのような他単語と結合できるかを知っていなければ非 英語な不自然な表現を産出することなる。native-likeな選択を身つけるということはコ ロケーション知識を身つけるということもなる。日本人学習者が英語がうまくならない 一因は、上述べた連続体「自由結合」とどまっていて、しかも日本語から類推でき る範囲「自由結合」から抜け出せないからであろう。例えば、自由結合において、動詞続く目的は特定意味名詞句が来るという情報がなければ、学習者は母語基づいた推 測か類推で語彙結合を作る傾向がある(Howarth 1998:163)。大多数単語はある特定コロ ケーションをもっているが、コロケーション知識がなくては語句産出も流暢さも望むべく もない。母語話者らしいコロケーション能力がないということがNSとNNS違いを浮き立た せるである。つまるところ、コロケーションが英語教育示唆するところは、二つが共 起するため適切な語彙を選ぶ語彙選択重要性である。
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中国語の構文分析法 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語の構文分析法 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

.上記の俗流的論法に対する最も有力な理論的な反論はこれまでの主語、述語、目的語 3文成分間の関係を総括する朱徳熙(1983)の論文であった。即ち「正常な状況下で は、「主語」は必ず「謂語」の前にあり、「賓語」は必ず「述語」の後にある。「主語」 と「謂語」の間の関係は緩やかであり、中間に停頓(ポーズ)を置くことができる。 「述語」と「賓語」は意味上と構造上の関係はいずれも[r]

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中国語教育における習得語彙の広さと深さ 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語教育における習得語彙の広さと深さ 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

样需要通过 才能获得 对修辞性 词群做出 细 述是 种被 分类词 书 最 编纂分类词 是英 语言学者 P. M. Roget ,他于1891 出 了 Thesaurus of English Words and Phrases Thesaurus 意思是 箱, 目的是 供 个可供选择修辞性 词群, 帮助那 学生 高修辞能力 本词 出 了100余 ,再 了100多次,可 需要之 广 影响之大 Roget 修辞词 日本 立 语研究所 分类语汇表 1964 样板 但是 如 分类词汇表前言所说,编纂目的是 了语言研究 对外日语教学,而 是母语话者 写 分类词汇表 于2004 出 了增补改 大日本 书 ,收词增加了 3倍 在日本,修 辞词 功能是 种 样 词词 来 , 了满足 算机翻译研究需要,日 本出 了 日本语语汇大系 1997,岩波书店 等数种大型 词词 但是 研究 果 没有 映到对外日语教学词汇表制
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新時代の中国語教育 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

新時代の中国語教育 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国教育限らないが、いまや「新しい」というは実質な意味をもっている。すな わち IT 革命進展により、新しいハードウエアは、それふさわしい新しいコンテンツを 求めている。教育研究従事するものは、意識変革が必要とされる。国民半数近くが 大学入学する時代、これから外国教育が担う任務ゆずれない一点は「学生コミュ ニケーション能力養成」なる。しかし、それは単にことば発信と受信を意味しない。 特に中国においては今後コミュニケーション文法を解明し、異文化理解を深めることが 求められる。本論では二三ケースを取り上げるが、このような視点が重要度をますことは 疑いない。
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河合忠仁教授略歴及び主要研究業績 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

河合忠仁教授略歴及び主要研究業績 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

昭和38年 6 月 米国コネティカット州ニュータウンハイスクール卒業 昭和39年 3 月 奈良県立奈良高等学校卒業 昭和39年 4 月 奈良教育大学教育学部 中学校課程英語科入学 昭和43年 3 月 奈良教育大学教育学部 中学校課程英語科卒業

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ご挨拶 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ご挨拶 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

iii ฀ 関西大学副学長 岩 見 和 彦 「言語関心は好奇心範囲を越えている。関心どころか情熱といってもい い。理由は明白だ。言語は、心もっとも見えやすい部分である。言語について 知りたいと思うは、言語について知ることが、人間本質を知ることつなが ると期待するからである」(スティーブン・ピンカー)。人間が人間=言語を知り たいと思うこの情熱と、その情熱によって知りえたことを他者も知ってもらい たいと思う情熱が、大学教育根幹あることは言うまでもありません。今日、 日本大学は様々な揺らぎ渦中ありますが、大事なは、無用な揺らぎと意 味ある揺らぎを峻別することでしょう。「知」を希求する情熱による揺らぎは、 大学発展にとってなくてはならないものであるはずです。
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ワーキング・メモリーの機能と言語の関わり 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ワーキング・メモリーの機能と言語の関わり 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

れる。我々は覚えるべき情報をループのように復唱する。それは大抵声に出さないで内的に、 即ち聞こえないように行われる。こうした聞こえない復唱は、英語で リハーサル と言われる。 このリハーサルには、ワーキング・メモリーの一部であるフォノロジカル・ループが係わる。 フォノロジカル・ループは情報をごく短時間、1 5から2秒間、保持することができる。しか し、この情報はリハー[r]

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メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーレス = ボデーは、1928年発表された「新しい詩」 9) と題する文章で、同時代行 方について省察をおこなっている。そのなかで、トーレス = ボデーは、文学全体が危機さ らされていることを認めながら、しかし、死にかけているは詩だけとどまらず、深刻な懐 疑主義陥った文明精神そのものであり、その元凶は実証主義ほかならないと主張している。 さらに、高踏派、象徴主義、ダリオようなモデルニスモ詩人たちを点検したうえで、従来 頽廃したロマン主義を乗り越えた同時代詩を生み出す必要性があることを訴えた。“A través del poema se sienten los andamios que el artista no tuvo tiempo de destruir. El lector atento podría hacer, dentro de cada uno de ellos, la historia de una emoción romántica y su tránsito al esquemático juego de inteligencia en que se realiza. Lo que era aritmética, nú mero lleno de sugestiones y de promesas, se ha ido trocando en álgebra, fría ecuación de astucia.” 「詩を通して、芸術家崩す暇なかったさまざまな足場があることが感じられる。 注意深い読者ならば、それぞれロマン主義な感動物語を作り上げ、その感動が成就 される図式な知遊びへと移し変えることができるだろう。算術なもの、つまり暗示と約 束で満たされた数字であったものは、代数、狡知冷たい等式転じてしまった」。トー レス = ボデーは、ここで示されたような変革意思が、まだ不完全なものであるしても、ジャ ン・コクトーやルヴェルディ、ヘラルド・ディエゴ Gerardo Diego(1896‒1987)やアルベルティ Rafael Alberti(1902‒1999 )、フェルナン・シルバ = バルデス Fernán Silva Valdés(1887‒ 1975)やオリベリオ・ヒロンド Oliverio Girondo(1891‒1965)といった詩人たち作品見 出せるとしている。
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マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

きかける姿勢が必要なである。ハイパーリンクを辿るとき、あたかも自分で情報を再構成し ているかような錯覚陥るが、それは新しい知発見や構築を必ずしも保証するものではな いことを悟るべきである。  また、ハイパーリンクを可能したデジタル情報簡便さや断片性は、逆一覧性欠如あ るいは困難さという新たな問題をもたらしている。つまり、ペーパーメディアを扱うときよ うに、ページ(群)という空間を一覧し、全体中で行きつ戻りつしながら言語を追うといっ た、従来型空間操作がしにくいである。もちろん、リンクを辿ることによって「行きつ 戻りつ」できるではあるが、それぞれリンクはいわば読み切り情報であり、全体を見通す という行為が希薄なりがちなだ。実は、グーテンベルクによる活版印刷術がもたらした大 量複製書物は、〈読み〉スタイルを音読から黙読へと移行させ、今しがた述べた「行きつ戻 りつ」空間操作を可能するとともに、読者注意を言語意味や論理へと集中させる効 果があったという。論理へ集中は、また、書物を批判読む態度をも養ったである。 27)
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