トップPDF キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

一連会話中で二言語を織り交ぜながら併用する CS は、二言語併用中でも特に動的なも であるいえよう。  ソ連崩壊後旧ソ連諸国では、基幹民族 2) (titular nation)中心国家運営一環として、各 基幹民族を「国家(state language)」として推進する言語政策が実施されてきた。キルギ ス共和国では、国家であるキルギスに加え、ソ連時代に広く普及したロシアが「公用 (offi cial language)」として定められ、首都を中心として現在もなお様々な領域で使用されてい る。すなわち、同国では公的に二言語主義が実施されているである。その一方で、特に行政 や学術分野でキルギス普及が進まない現状が問題視され、語彙整備や辞書出版など、 同言語をあらゆる領域で使用するため取り組みも行われてきた。その過程では、国会議員に 対してロシアを混合せずに「純粋な」キルギスを話すよう要請が行われるなど 3) 、一部で CS がキルギス普及障害として表現される傾向が見られる。このように、CS 現象存在自 体は現地人々によっても広く認知され、言語政策上主要な論点 1 つとなっている。また、 国内外研究者や現地メディア、そして一般人々によってもある種社会現象(キルギス ロシアを混合する話し方)として指摘されてきたが、これまでその実態は、事実上、学術 的に解明されてこなかった 4) 。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

重くのしかかってくるようだった。私たちはあれ以来アンジェロ姿を見ていなかったので、 私はどんな形でもいいから彼ことを知りたい思っていた。しかし、彼姿を見ることなく 数週間が過ぎ、あの異例取り引きあと彼側に何が起こったか分からないままでいた。 クリスマスがやって来て、それとともにいつも儀式季節到来だった。スクロープ私は 精力的に必要な方策を講じた ─ つまり、それは拳や肘や膝問題で ─ システィーナ礼拝堂 で行われる真夜中ミサに出席する二人女性ため場所を確保することだった。ワディン トン夫人が私特別任務だったが、外出するやいなや私たちは人ごみ中であと二人姿を 見失ってしまった。私たちはしばらく柱廊で待っていたが、通り過ぎる人たち中に二人姿 を見かけなかったので、彼らは勝手に帰宅する決めて、相手も私たちに同じことをするよう 期待しているに違いない考えた。しかし、ワディントン夫人宿にたどり着いても二人姿 はなかった。こんなにも長い間二人姿が見えないということは、彼らは聖ペテロ教会に行っ てあの広大な暗い空間中で細いろうそく輝きを眺めているではないか思った。若い女 性があれだけ「魅力に欠ける」若い男性午前三時に歩き回るというは通常あまり見かける ことではない。しかし、「まあ、あの娘は彼従姉妹みたいなものだから」ワディントン夫人 は言った。二人が戻って来たとき、彼女はそれ以上ものだった。私は家に帰り、ベッドにも ぐり込んで、クリスマス鐘で目が覚めるまで寝ていた。私は起き上がって、クリスマス 挨拶をするためにスクロープ部屋戸をノックしたが、戸を開けに出て来た彼は、それが いかにもその場に相応しくないことに気づいた。彼は身支度を半分整えただけで、部屋に戻る ベッド外側に身を投げ出した。私が思ったとおり、彼はアディナサンピエトロ寺院へ行 き、きらきら輝く美しいろうそく光を見つめていただった。彼は落ち着かない様子で部屋 中を歩き回っていた。何か言いたいことがあるだということが分かった。そしてとうとう 彼はそのことに触れた。 「実は、受け入れられたんだ。婚約したんだよ。いわゆる果報者という やつかな。」
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 バッファローに行く前から私は「物書き」をしていました。ある夏日、オワトナから帰っ て牧場家にいた時、ウィルおじさんが私儲けを数えていました。彼は私が 10 点ノートに書 き取ったら、1 ドルくれる言いました。何を書いたかは覚えていませんが、大きな誇り責 任を感じたを覚えています。母は子どもが書いたものに対して、子どもだからいって甘や かして、誇張した値段をつけるはよくない思ったかもしれません。しかし、その頃私が感 じていたマージェリー器用さうまくバランスをとるためには仕方ない思ったかもしれ ません。バッファローでマージェリーが土曜日に美術学校に行き始める、私は家で文を書い て母に見てもらいました。4 月吹雪について書いたを今でも覚えています。それはこんな ふうに始まります。 「春日差し日々を通して、お日さまは地球交わり、毎日とてもとても 素敵でした。」それは詩ような拍子であったことがとても気になりました。でも他にどのよう に表現したらいいか分かりませんでした。この頃までに、私はかなり本を読んでいました。 ディケンズ、特にデイビッド・コパーフィールド、そしてスコット、特に「アイヴァンフォー」。 でもそこから学ぶことは特にありませんでした。この時期までに読んだ本で聖書に優る本はあ りませんでした。ルツ(旧約聖書一書)話はラモーナより良く、ジョブ詩はロングフェ ローより良い思いました。今でも最初聖書を持っており、それは注意深く赤線が引 いてあり、一所懸命に書いた文章ページがはさまれています。バッファローに移った時から マージェリー私は教会に行く、週に 5 セントもらい、日曜学校で聖書 3 節を 1 日におぼ え、日曜日には 6 節おぼえる 1 ペニーもらえました。私は何十も章を暗記しました。 「エバ ンジェリン」「ヒアワサ」詩は高尚なものだ聞いていましたが、私はあまり好きではあ りませんでした。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 16 号(2017 年 3 月) 22 人書簡を翻訳する中で、私福井先生は当時状況現在社会情勢、そして我々学者役 割についてよく話しをする。世界は今 ISIS に怯えている。その恐怖を取り除くために外国人を 占め出し、自分たち価値観だけを守ろうしている。そして、メキシコから移民、イスラ ム教徒に対して度々暴言を放ったトランプ氏が先日次期アメリカ大統領に決まった。自分たち は違う人たちことを理解しようする姿勢がどんどん失われつつある。そうした社会を変 えるには、私たち研究者がベネディクトやボアズがしたように、こつこつ客観的な事実を集 め、どのようにして今社会状況が生まれたかを説き、科学的な方法で人間を分析し、それ に基づいて正しい判断をするように世界人を説得するしかないではないか思う。それが 私たち学者使命なではないだろうか。その足掛かりなるが、今福井先生やっている 翻訳仕事だ私は考えている。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ルクセンブルクが国語として法的に規定されたは 1984 年ことであり、国象徴位置 付けられている。文学作品もルクセンブルクで書かれたものがあるが、学術言語として整備 されているは言い難く、実際に学問を担っているはフランス語ドイツである。ドイツ は学術言語としても成熟しているので、ルクセンブルク人にとってはドイツを通じて勉学 を行うが最も効率的である。小学校では、まずドイツが主たる授業言語として用いられる はそのためである。しかし、学年が上がるにつれてフランス語が学術言語として機能を担 っていくシステムになっている。ルクセンブルクを学術言語として自立させるためコーパ ス政策を行わず、ドイツフランス語を使用するがルクセンブルク特徴だ。また、欧州 有力な言語であるドイツフランス語を使うことができるメリットは計り知れないほど大 きく、アイデンティティ言語としてルクセンブルクを話し、実用言語としてはドイツフ ランスを使うというルクセンブルク多言主義は現実的な形態であるいえよう。  外国学習では、母語に近い言語を学ぶ方が系統的に遠い言語を学ぶより容易であるは言 うまでもない。ルクセンブルクで公的地位を有するルクセンブルク、ドイツ、フランス語 言語間距離を考えれば、ルクセンブルク人にとって複言語主義がどの点で難しいか、あるい は容易であるかがわかる。また、英語関係も見ておかねばならない。ドイツフランス が重要な役割を果たす欧州においても、英語重要性は増すばかりである。公的地位を有す る 3 言語学習に加えて、英語学習もルクセンブルクでは必須である。さらに、人口約 43% 2) を占める外国人住民存在も、多言形態に影響を及ぼしている。外国人で最も多い
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Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 現代社会において、人々活字離れが進む一方で、オーディオヴィジュアルコミュニケー ションは、情報やエンターテイメントを提供したり、説得力を有し分かち合えたりできる いった面で重要な役割を果たしている。  この研究では、学部生対象プレゼンテーションコースについて述べている。学生による フィードバックを基に、⑴情報源 ⑵新しい経験 ⑶新しい知識 ⑷将来に向けて、いっ た4つエリアに分けられる。またその結果を受け、本研究ではこのコース長所を評価し、 改善すべき分野について提案している。
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想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 16 号(2017 年 3 月) を食べさせようご配慮によるもの。  さらに、折にふれて、梅田近辺から北新地界隈にかけて、和洋中レストランに招待をうけ ることもある。いちど、第一ビル神仙閣でひらかれた新年会では、ドン・ペリニョン(ブリ ュット)、同(ロゼ)を含めて、何と時価 17 万円相当シャンパーニュをふるまわれ、度肝を 抜かれた。わたしは生来、下戸なだが、美酒はいくら飲んでも悪酔いしないことを、その き実感した。たしかに微醺を帯びただけれど、きちんと佳肴に舌鼓を打つことも忘れなかった。  七子先生が避暑に出かけられる由布院常宿、玉の湯別棟暮らし話を聞かされる、そ もそも住んでいる世界が違う思い知らされるけれど、先生話は単なる自慢話で終わること はまれである。では、今度、いちど行ってみようか、という方向に発展することが多い。ただ し、玉の湯は、タクシーですぐ行ける距離ではないので可能性はうすいが、ひょっとしたら 思わせるところが七子先生なである。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

るさびれた裏通り入口にいた。むさ苦しい家屋が私たち前に並んでいた。アイルランド人 浮浪児が家入口間で六人ばかり私たち足もとで寝そべっていた。 「分かった!分か った!」彼は叫んだ。「分かりました ― 分かりました!」「何が分かったですか?」という 問いに対して、彼は次ように答えた。 「科学が長年にわたって探し求めてきたものです ― 測 り知れないものに対する解答です!おそらく、私運命でもあります。間違いなく私永遠 生命です!急いで、急いで!消え失せてしまう前に書きとめなければなりません」そして彼 薄汚い宿に私を急がせた。戸口で彼は立ち止まった。 「今は話すことができません」彼は叫ん だ。 「まず書きとめなければならないです。しかし、今晩公演を聞きにきて下さい。最初ひ らめきがやってきたとき、私は一気にお話しすることができる思います」公演には必ず行く 約束した。そのとき、大佐部屋窓から不吉なファーゴー教授顔が見えた。それまで私 は大佐情熱で興奮していたが、教授出現で体からさっと熱が引いた。大佐突然ひらめ きは素晴らしいものであったかもしれないが、自分宿屋根下で同僚に会ったというショ ックせいで、せっかくひらめきをつかみ損なうではないか心配した。一瞬彼をそのま ま姿勢にしておくため口実を見つけ、教授姿が見えなくなってしまうを待った。次 瞬間扉が開き教授が入ってきた。彼は急いで帽子をかぶっただろう。ふんぞり返った彼い つもの歩き方究極ように勢いよく一方に傾いていた。エクセルシオール・ホール きよりも明らかに彼は上機嫌だった。しかし、教授微笑もしかめ面も正直者それではなか った。大佐私に極めて寛容な微笑を向け、反対方向に帽子を傾け、前をとおり過ぎよう した。しかし、彼は突然思い直して立ち止まり、ポケットから黄色い小さなチケットを取り出 して私によこした。エクセルシオール・ホール入場券だった。
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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

⑸  , by Hans Chrition Andersen as told by Marianna Mayer, illustrations by Thomas Locker. New York: Macmillan Publishing Company, 1987.  アンデルセン「醜いアヒル子」をマリアンナ・メイヤー(Marianna Mayer)が再話した ものをテキストし、ロッカーが絵を担当している。この「アヒル子」は、納屋中でも、 また外世界でも、他鳥たちから仲間はずれにされる。納屋描写が中心なる前半から、 後半は自然なかで鳥たち営みへ世界が広がっていく。この絵本特徴を端的に表わし ているが、表紙絵である。冷たい冬空下、凍りつつある湖面にこうこう輝く月が映っ ている。その月反射から離れた影部分に一羽鳥が浮かんでいる。この絵を見るもの注 意を引くは、自然風景であり、そこから伝わるはその中にいる鳥孤独である。ここに、 他絵本作家たちによる『醜いアヒル子』違いを見ることができる。他作家たちが、 子どもたち理解へ配慮からであろうか、「醜いアヒル子」に焦点をあて、他鳥たち
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し長く、7 月から 9 月にかけてほぼ三ヶ月に渡っている 3) 。  一時的にせよウイドブロがフランス都を離れたは、パリに迫りつつあった第一次世界大 戦戦火を避けるためで、マドリードにたどり着く前には、トゥール近郊に所在するボーリウ・ プレ・デ・ロッシュで過ごしている。この時、避難生活を共に過ごしたが、リトアニア出身 彫刻家ジャック・リプシッツスペイン出身画家フアン・グリスで、その僻村で彼ら家 族ぐるみ付き合いを持った。『北極歌』冒頭に載る二人友人へ献辞は、その時思い 出に寄せたものである。
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杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

1986 年 「たたかうルポルター ジュ文学 ― ギュンター・ ヴァルラフ『最底辺』をめぐって」 『新日本文学』10 月号 pp.34 40.(単著) 1995 年 「『外国としてドイツ』教材にみられるナチス時代扱い ― 戦争責任問題へ 一考察 ― 」関西大学経済・政治研究所 研究双書 95 冊『ドイツ・日本問題研究Ⅲ』 pp. 200 274.(単著)

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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Key words international collaboration, conflict resolution, facilitation skills 1 .ASEP 教育効果  毎年 12 月最終週、中華民国高雄市において、AJET (Advanced Joint English Tele commu- nication) WYMC (World Youth Meeting Committee)が主催し、高雄市政府、國立中山大学、 高雄高級中学、他後援により ASEP (Asian Student Exchange Program)が開催されている。 そこでは、アジア各国(台湾、日本、韓国、インドネシア、マレーシア)から中学・高校・大 学生が集い、ICT を活用した事前交流、2 カ国協同英語プレゼンテーション、対面交流を通じ た国際交流活動が行われている。(昨年度で 11 回目:[http://www.kageto.jp/asep/2010/]参照)  この ASEP による教育効果は、一言でいう「実践による学び奥深さ」である。このこ は、ネイティブ・アメリカンが遙か昔に気づいており、次ような諺として先祖代々語り継 がれている:
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外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

臣も各州に所属する。従って相互調整や共同政策に関する討議は定期的に開催される「常設 文部大臣会議」で行われる。但し、ボローニャ・プロセスを含む欧州統合や教育(行政・財政) 改革大きな流れなか、連邦政府研究・科学省間で、権限・管轄領域をめぐる議論が 高まりを見せているも事実である。既述ように欧州委員会は1995年「欧州市民 3 言語主 義」原則を提唱するが、『外国教育基本構想に関する検討』では既に1994年、小学校で 第 1 外国教育開始方向性、「母語プラス 2 外国」学習示唆、外国学習目標として 言語コミュニケーション能力並び、「視点を変える能力」を含む「異文化対応能力育成」 や「外国学習能力じたい育成」などが提示されていた。これら検討項目は、2003年12月 発表常設文部大臣会議で合意され各州指導要領等に共通する「全国教育スタンダード・第 1 /第 2 外国科目」に具体的に導入されている 6 。その他、出自言語増加を積極的に取り入 れ外国語種を拡大する視点や、重要性を増す外国教育に対し生徒や保護者対象に啓発活 動 を 行 う 必 要 性、 或 い は 言 受 容 領 域 で 「複 数 言 能 力 育 成」(Rezeptive Mehrsprachigkeit)など当時情況を反映した指摘が見られる。後者は、受容を中心に外国 運用力育成可能性を追究するもので、今日“Intercomprehension” という概念下に研究が 進められている。尚本文書にはかなり「各州外国教育実態」を含む「ドイツ連邦 共和国外国教育に関する評定書」が付けられており80年代から展開も含まれ興味深いが、 紙幅都合上割愛した。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女顔を見ていた。ときどき彼女 視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつ胸にわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブに必要なは、彼女が他人を利用した同じように彼女も人に利用されることだ 彼は独り言を言った。明らかに今牧師を利用している同じように。水流中ほどで空し く底を手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋に落ちていた。その間、乾いた靴を履いたまま 彼女は水辺に座っているだった。彼女は教訓を学ぶ必要があった。しかし、誰がそれを彼女 に与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上ことを彼女は知ってい るだ。男性は彼女に近づき、魅了され虜になるだけだった。もし彼女が、自分同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志を持つ者、あるいは師仰ぐ者に出会いさえすれば!テ ーブルをひっくり返し、彼女出先をくじき、彼女を虜にし、そして突然時計を見て別れ挨 拶をする、そんな男性に出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りにつく ことができるだろう。人心をもてあそぶということがどういうことか彼女にも分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブルを見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客には、彼が心に描く ― ブロンズ水晶頭を持つ ― 英雄にほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性をそばにはべらせるが似合う若者たちに過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会にいる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさにはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性心を最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品に白い花を咲かせるだっ た。オズボーンが辺りを見わたす、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンことを 一瞬忘れてしまったかように見える若い女性に目がとまった。彼が彼女ことを見ている に気がつく、もちろん、その女性はすぐに目皿に視線を落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味を読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易に翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」語っているように思われた。つ まり簡単に言う、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなるを感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢心を傷つけるに十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務を外に向かって表現するものだった。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活に彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常に恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心にしたことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解に迫ろうもがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようした。資料集めがうまくいき、いうより 納得いくまでやり続けたいうべきかもしれないが、そして多く人々に助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかにできたではないか思っている。  アメリカには 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーにあるベネディクト・コレクションを中心に、エール大学や議会図書館に も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果的 に私心配は杞憂に終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上に努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルように時間軸を中心に埋め込んで いかねばならない。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生は、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社契約して英語教育教材を開発されたり、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

五、中国近代化東アジア近代化  ある国言語変化問題を、伝統的言語から近代民族国家言語へ進化にまで広げて考え た場合、われわれは次ような事実に直面する。表意文字(または音節文字、形態素文字とも 呼ばれる)である漢字には、ヨーロッパやアジアその他古典言語(ラテン語、ギリシャ、 ヘブライ、アラビアなど)に備わっている宗教的神聖性がない。しかしそれは、漢字が言 を超えた表記システムなることを妨げなかった。漢字は東アジア各国に、古 テクスト 典言語記 録手段を提供し、漢字文化圏呼ばれる文化共同体を形成させた。漢字文化圏にとって、漢字 存在は書面による表現を可能にしたが、同時に、漢籍規範性によって言語使用者表現 自由が著しく束縛される結果をもたらした。このため、漢字文化圏域内各言語は「国語」 として成立する場合、脱漢文過程を経なければならない。しかし漢字は、様々な議論が交わ され、多く改革が実施されたにもかかわらず、その地位が揺らぐことはなかった 14) 。それば かりか、漢字文化圏では、正に漢字によってこそ西洋近代新知識受容を実現したである。 現在すでに漢字を使用していない国「国語」においても、「漢字」ならず「漢音」が書き 言葉主要部分を占めているである 15) 。
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

―学習コンセプト  教材学習コンセプトは大きく 2 種類に分けられる。Alphabetix、『話してみようフランス 』、『場面で話すフランス語 1』はフランス語でコミュニケーションを行うことを念頭に編ま れた教材である。特に後二者はそのタイトルが明示すように、フランス語で発信する能力を養 成することを念頭において製作されている。Alphabetix 『場面で話すフランス語 1』では機 能・概念シラバスが採用されている。前者では各課に単一あるいは複数社会的あるいは機能 的コミュニケーション目標(ex. 自己紹介する、注文する、情報を求める)が設定される。後 者では各課に「家族」「持ち物」ような大きな概念テーマがあり、そのテーマに応じて「家族 について話す」「持ち物を言う」などコミュニケーション各場面が展開される。文法要素や 語彙・表現はこれらコミュニケーション目標を実現するため「道具」として配置されてい る。『話してみようフランス語』は機能・概念シラバス他に文法項目がテーマなることもあ る(ex. 6 課:~へ行く、~から来る、8 課:~するつもり、~したばかり)。一方、『ピエール ユゴー』『カジュアルにフランス語』は、実践的な会話練習を取り入れながらも、伝統的 な文法中心学習進度に従って構成された教材である。前者は物語主人公である二人少年 が旅途中で出会う事柄(ex. 3 課:切符がない)が各課会話エピソードとして取り上げら れる。後者は 4 技能養成を重視する傾向に対応するため、「無理なくフランス語基礎がバラン スよく身につく(『カジュアルにフランス語』「はじめに」より)」ことを目標しており、大学 生日常生活場面(ex. 4 課:映画、9 課:キャンパスで)を題材に各課会話が作られてい る。両者ともに会話は日常的で自然なフランス語になるよう配慮されているが、会話テーマ 学習する文法項目や語彙機能・概念的関連性はほとんど見られない。
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ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

単著  昭和 60 年  Lotus(日本フェノロサ学会)第 5 号 pp. 4-9. “The Artists Stretch Their Legs: the “Sketch-tour” books and Other Developments in Japanese Graphic-Arts of the Early Twentieth Century” 単著  昭和 61 年 3 月  関西大学東西学術研究所紀要 第 19 輯 pp. 21-39. “Kanao Tanejiro and the development of Meiji-Taisho “sketch-tour” books”

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母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 伝統的な教授法時代に出版された教科書は、正書法から始まり、文字から発音記号へ、そ して発音記号を「読む」ため発音解説があり、母音発音解説には母音相互関係図が使 われていた。コミュニカティヴ・アプローチに基づいたフランス語教科書として日本で初め て制作された『フランス語 ’90』(1990)は、口頭運用能力養成を主眼した教科書だ。しかし 口頭運用基礎であるはず発音に関する記述はまったくない。この教科書は、文法授業 平行して使用されることを想定して書かれ、発音は文法授業で扱われることが前提なって いる。この時期以降数多く出版された口頭運用ため教科書大半は、発音練習を簡略化ま たは完全に省略している。発音が文法に委譲された顕著な例は、Manuel pratique de langue française(1991)、Grammaire Lecture 2 巻で構成された教科書で発音位置づけに 見られる。Lecture は日本語では「講読編」なっているが、19 課中 17 課まで会話、つまり口 頭運用を中心に構成されている。ところが発音解説は、Lecture ではなく Grammaire 冒頭 にあり、アルファベットを含め、5 ページが割かれている。
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