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南アジアにおける近代とは何か

南アジア研究 第22号 039第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  臼田 雅之「6 文学に見る近代の自画像と歴史認識」

南アジア研究 第22号 039第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  臼田 雅之「6 文学に見る近代の自画像と歴史認識」

... く外れてしまいます。タゴールに代表される抒情詩が変わって主流にな ります。そうした目で、この時期を見ます、まったく目に付かない ころで、ビハリラル・チョクロボルテイといった詩人が淳呼たる抒情詩 を試みており、かえってこちらの方が物々しい大叙事詩よりもナショナ リズムの心情的基盤を形成することに、より根源的に寄与したように思 われます。たとえば抒情詩、その土壌の上にナショナリズムが展開す ...

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南アジア研究 第22号 035第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  水島 司「2 植民地国家における経済構造の形成と展開」

南アジア研究 第22号 035第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  水島 司「2 植民地国家における経済構造の形成と展開」

... 詞がついていたために、この制度の下に入った地域、その後ずるずる 成り行き任せで長い年月を経験するしかなかった。 他方、インドで、もう少し制度らしい──つまり、手抜きでな い──、いうよりも既存の社会関係を根本的に変える制度が導入され ることになる。ライヤットワーリー制である。ライヤットワーリー制の最 ...

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南アジア研究 第22号 036第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  脇村 孝平「3 「開放体系」としてのインド亜大陸」

南アジア研究 第22号 036第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  脇村 孝平「3 「開放体系」としてのインド亜大陸」

... 1914 年の工場数 271 、雇用者数が約 26 万人にまで成長した。 いずれにしても、イギリスによる植民地支配の下で、インド系商人・ 企業家の経済活動、大きな変化を余儀なくされたが、必ずしも衰退を 強いられた訳でなかった。一方で退場せざるをえなかった商人・企業 家も多数存在したが、他方で事業機会をつかんで蓄積を可能にした商人・ ...

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南アジア研究 第22号 038第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  大石 高志「5 ムスリムにおけるアイデンティティの複合性とその物象化」

南アジア研究 第22号 038第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  大石 高志「5 ムスリムにおけるアイデンティティの複合性とその物象化」

... 2006 , Oishi 2008 ] 。 マッチ・ラベルでのモチーフやデザインの選択をめぐって、もう1つ の重要な要因に、消費の場であるインド市場での印刷物をめぐる政治・ 社会性がある。 19 世紀後半から 20 世紀前半のインドにおいて、最新の 多色刷り画像印刷の技法や新奇なデザインを伴って急速に流通するよ うになったポスター(政治宣伝や商品宣伝、諷刺画、宗教画など)やポ ...

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南アジア研究 第22号 037第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  井坂 理穂「4 歴史記述からみた「植民地的近代」」

南アジア研究 第22号 037第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  井坂 理穂「4 歴史記述からみた「植民地的近代」」

... 善事業での名声、ゾロアスター教に関する研究の進展、 「誤った」宗教 的慣習の廃止などが、複数の章のなかで紹介されている。これらを通し て描き出されるの、植民地支配下でエリートとして活躍し、インド社 会のなかで突出した地位にあるパールシーの姿である。さらにここで着 目したいの、カラーカーがゾロアスター教の教義や慣習について、近 年の研究を踏まえながら、きわめて詳細な分析を行っている点である。 ...

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南アジア研究 第22号 034第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  谷口 晋吉, 粟屋 利江「1 趣旨と概要」

南アジア研究 第22号 034第4回シンポジウム 南アジアにおける近代とは何か  谷口 晋吉, 粟屋 利江「1 趣旨と概要」

... 明らかにするように、 「開放体系の」世界であり、交易を通じて歴史的 に形成・再編を繰り返すグローバルなネットワークを有してきており、ど の側面をもって「近代」への移行するのかも問われることになる。 アジア歴史研究で、イギリス植民地支配期以降を「近代とら える時代区分が長らく定着してきている。しかし、経済的な指標であれ、 ...

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南アジア研究 第29号 008書評・中村 沙絵「石井美保『環世界の人類学―南インドにおける野生・近代・神霊祭祀―』」

南アジア研究 第29号 008書評・中村 沙絵「石井美保『環世界の人類学―南インドにおける野生・近代・神霊祭祀―』」

... 中村沙絵 本書インド・カルナータカ州沿岸部のカナラ地域で行われてきた 神霊祭祀、それにかかわる人々の生についての民族誌である。植民地 期における近代法制定の影響もさることながら、近年の大規模開発プロ ジェクトによって、カナラの人々土地・自然・神霊の関係大きく ...

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南アジア研究 第22号 032第3回シンポジウム 「インド的文明」とは何かII  青山 亨「4 ベンガル湾を渡った古典インド文明」

南アジア研究 第22号 032第3回シンポジウム 「インド的文明」とは何かII  青山 亨「4 ベンガル湾を渡った古典インド文明」

... 年にかけての時期において、 アジアに始まり東南アジアに広がった、サンスクリットを公的な状況 で使用する社会の総体のことである。そして、その画期北インドにお いて 320 年頃から 550 年頃に栄えたグプタ朝であったいう。グプタ朝 の宮廷において、もともと聖職者が用いる宗教的言語であったサンスク リットが文学や行政などの世俗的な公的空間でも使われる言語へ変 ...

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南アジア研究 第23号 003小尾 淳「「伝統」の「担い手」とは誰か」

南アジア研究 第23号 003小尾 淳「「伝統」の「担い手」とは誰か」

... アマチュアを問わず、NTの「タランガム」のみを演奏することが条件 され、儀礼式典などを除き、期間中あらかじめ決められたプログ ラムに従って、タランガム演奏や舞踊劇などが行なわれる。参加費無 料で、主催者によって食事がふるまわれ、演奏者全員に若干の謝礼が支 払われるほか、遠方からの参加者に宿泊施設も用意されている。1980 ...

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南アジア研究 第22号 015テーマ別発表5 歴史における文学的教養とその場  北田 信「近代地方語文学の出現」

南アジア研究 第22号 015テーマ別発表5 歴史における文学的教養とその場  北田 信「近代地方語文学の出現」

... 修行法において「ラーガ」 (情欲、欲望)否定されず、むしろ修行 者を悟りに導く有効な手段見なされる。 このような思想後の時代に受け継がれてゆく。アパブランシャ語や 新期インド・アーリア語を用いたこれらの修行歌、カビールをはじめ するバクティ詩人の作品の間に、驚くほどの類似が認められる。密 ...

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南アジア研究 第22号 003書評・藤森 梓「清川雪彦『近代製糸技術とアジア─技術導入の比較経済史─』」

南アジア研究 第22号 003書評・藤森 梓「清川雪彦『近代製糸技術とアジア─技術導入の比較経済史─』」

... 国の製糸工場の経営形態、 すなわち所有者経営者の分離も重要な問題 の一つである。中国で「租廠性」呼ばれる所有者が経営者に 1 年契 約で工場を貸し付ける方式が主流であったが、このような短期の契約方 式で経営者が技術革新のインセンティブを持つの難しく、企業家精 神が根付かなかった。また、中国の市場が分断されていたことも、近代 ...

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南アジア研究 第21号 018宮本 久義「日本南アジア学会第21回全国大会シンポジウム報告 南アジアにおける《共生》の諸相と展望」

南アジア研究 第21号 018宮本 久義「日本南アジア学会第21回全国大会シンポジウム報告 南アジアにおける《共生》の諸相と展望」

... 古代よりアジアの人々いかに生き、いかに死ぬべきという問題を中 心にさまざまな価値観を生み出し、育んできた。しかし同時に、個人の尊 厳や平等といった問題が等閑視されてきた事実否めない。本シンポジウ ムでアジアという多民族、多宗教、多言語、あるいは階層的差別、経済 格差のある社会において、共生を醸成する、 ...

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南アジア研究 第22号 031第3回シンポジウム 「インド的文明」とは何かII  矢野 道雄「3 科学史からみたインド文化」

南アジア研究 第22号 031第3回シンポジウム 「インド的文明」とは何かII  矢野 道雄「3 科学史からみたインド文化」

... の発足にも参加した。 次の大きな転機藪内清先生の出会いである。先生から国際的に 通用するアジアの天文学史研究の意義を教えていただき、これを追求す るためにアメリカのブラウン大学大学院数学史科に留学した。そこで とくに David Pingree, Otto Neugebauer, E. S. Kennedy, Gerald Toomer ...

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南アジア研究 第26号 001虫賀 幹華「「祖霊」とは誰か」

南アジア研究 第26号 001虫賀 幹華「「祖霊」とは誰か」

... 15 母方親族へのŚrāddha について、sapiṇḍa という父方母方の両方を含めた親族集団の 単位も示唆を与えてくれるように思われる。sapiṇḍa である女性を配偶者することを禁止 する婚姻規定のなかで、GautDhS 4.1‒5, VasDhS 8.1‒3, YājSm 1.52‒53, ViṣṇuSm 24.10 いず ...

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南アジア研究 第22号 030第3回シンポジウム 「インド的文明」とは何かII  田辺 勝美「2 インド人仏教徒は何故、仏陀釈尊像を創らなかったのか?」

南アジア研究 第22号 030第3回シンポジウム 「インド的文明」とは何かII  田辺 勝美「2 インド人仏教徒は何故、仏陀釈尊像を創らなかったのか?」

... 1 はじめに 釈尊(釈 牟尼)が誕生した前6ないし5世紀頃以降、数百年にわた り、インドで仏像、即ち狭義の釈尊の肖像が創造されなかった。この 「仏像忌避」あるいは「無仏像の伝統」の原因について、残念ながら 未だに解明されていない。本稿で、古代インド文化の一つの顕著な 特色、即ち d ā na ( dakṣin ā、布施)の視座に立って、この難問──イン ...

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憲法とは何か

憲法とは何か

... ですから、私も日本固有のものの価値観とか、日本 人としての生き方ある思っています。ただそれ、 本居宣長が言っているように、 「日本人だけがそう思っ ているのでなくて、本当は人間みんなそうなのだ。 死にたくないみんな思っているのだ」というわけで、 そういう意味で大和心に普遍性がある言っている ...

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EMC とは何か

EMC とは何か

... などの傾向、干渉の可能性をさらに増加させている 言えます。現代において、普通の家庭においても 実に多様な電気機器が使われており、それら互いに 相手の動作を妨害する可能性を持っています。干渉問 題決して珍しい現象でありませんし 、ラジオの雑 音のように単に迷惑なだけでなく、医療機器の誤動 ...

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南アジア研究 第22号 020第1回シンポジウム 南アジアという方法と視角  小西 正捷「2 「南アジア」と「インド世界」」

南アジア研究 第22号 020第1回シンポジウム 南アジアという方法と視角  小西 正捷「2 「南アジア」と「インド世界」」

... などという話から薦められて、同専攻に移籍することになった。ここに 名品主義がないのが救いであったが、一部の彩文土器や土偶など別 としても、美術史の場合逆に、発掘されたさして見栄えもしない厖 大な量の土器類の形式分類・計測・分析、正直言ってかなり退屈な作 業であった。地域的編年を確立し、異地域間交流の実態をも明らかにす ...

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南アジア研究 第27号 005書評論文・田中 多佳子「田森雅一『近代インドにおける古典音楽の社会的世界とその変容 ―“音楽すること”の人類学的研究―』」

南アジア研究 第27号 005書評論文・田中 多佳子「田森雅一『近代インドにおける古典音楽の社会的世界とその変容 ―“音楽すること”の人類学的研究―』」

... 化に奔走した3人のヒンドゥーの音楽改革者 5 のミクロな活動、その 結果、形成されたマクロなガラーナー観・音楽史観が提示される。第 8章で、マスメディアという新しいパトロンの登場による音楽家の生 活基盤の変化「国民音楽」創生に向けた意識の高揚により、ガラー ナーという言葉・概念が一般に認知される一方、ガラーナー固有の音 ...

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Vol.68 No.1 大阪大学経済学 June 2018 近代日本のナショナリズム 常木 淳 要約 序論 ナショナリズムとは何か? Anderson p.

Vol.68 No.1 大阪大学経済学 June 2018 近代日本のナショナリズム 常木 淳 要約 序論 ナショナリズムとは何か? Anderson p.

... しかし,戦後に軍部の重圧が取り除かれ,占 領軍による「平和民主主義」の掛け声とも に「国家」としての「戦前日本」が根底から反 価値化されたときに,社会主義者ともども息を 吹き返し戦後思想の中心に躍り出たの,この 教養派由来の知識人たちであった。この中に 大正デモクラシーを直接継承しているオール ド・リベラリスト,戦後デビューした,よ ...

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