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南アジア研究 第27号 005書評論文・田中 多佳子「田森雅一『近代インドにおける古典音楽の社会的世界とその変容 ―“音楽すること”の人類学的研究―』」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

はじめに インド古典音楽は、今日、南インドのカルナータカ音楽と北インド のヒンドゥスターニー音楽に分けられ、ヒンドゥスターニー音楽とは 「外来者が持ち込んだイスラーム音楽とイスラームへの改宗者が継承 したヒンドゥー音楽との融合の産物」[

217

1である。著者の田森雅一 氏(以下、敬称略)は1990年代よりヒンドゥスターニー音楽の弦楽器 サロードの演奏家であって、一般書2も著していた。その後、地域文化 科学専攻で東京大学大学院総合文化研究科後期博士課程に進み博士号 を取得した。本書は2011年提出の博士論文に加筆・修正し出版された ものである。 評者は、平成25年度から田森代表の科研「インド音楽世界の定量的 研究」の共同研究者として彼の研究に直接関わるようになった。この 研究は国立音楽芸能研究所発行の新旧二版の『インド音楽家名鑑』3に 掲載されている3

,

000件以上の音楽家データを、データベース化して比 較分析し、近代における音楽家たちの動向を全インド的にとらえよう とするマクロな研究である。本書では第9章で新版のみの手作業段階の データ集計結果に言及されている。共同研究の際に著者から手渡され た分厚い本書に向かおうとしていた矢先、本書評執筆の提案があった。 これを好機として精読させていただいたが、まずは、これまでありそう でなかったダイナミックかつ新しい北インド音楽史の登場を歓迎した い。ことにインド音楽研究者が決して多くはない日本から、日本語に よる独創的なインド音楽史が発信されたことは喜ばしい。さらに、研 究対象を問わず広く音楽研究一般に資する多くの示唆を含むものと見 え、民族音楽学の立場から長年北インド音楽研究に携わってきた者と

田森雅一『近代インドにおける古典音楽の

社会的世界とその変容 ─ “音楽すること” の

人類学的研究─』

東京:三元社、2015年、523頁、6100円+税、ISBN978-4-88303-371-3

田中多佳子

書評論文

(2)

して本研究の評価をさせていただく。 1 本書の構成と概要 本書は、序論、

III

部に分けられた全14章と結論、巻末資料A~C、 主要用語集4、参考文献、あとがき、人名索引等からなる。各章冒頭で は必ず前章の内容の総括と当該章の目的の確認が行われるため、内容 の難解さを比較的緩和する工夫がされている。 序論では、研究対象、先行研究、着眼点など、研究の概要が述べら れている。著者によれば本研究は「北インド古典音楽の社会組織・流 派とその集団概念の変化に焦点をあてつつ、近代のインドにおいて “音 楽すること” すなわち音楽で生きる人々の日常的実践とその社会空間を 探究しようとする人類学的試み」[

1

]であり、「(1)音楽と社会をめぐ る理論研究、(2)南アジア世界の音楽・芸能を対象とする社会歴史的 研究、(3)「近代なるもの」の布置と人々の日常的実践に焦点をあてた 人類学的研究」に貢献するものであるという[

4

](後述)。研究対象は 北インド古典音楽特有の「ガラーナー

ghar

ā

n

ā」という概念で、それ が実態として胚胎した18世紀後半から、音楽家たちによって積極的に 名乗られるようになった20世紀を経て、近代化によりガラーナーの名 乗りが全く別の意味を持つようになった今日に至るまでが記述の中心 となっている。 本文は、第

I

部:ガラーナーとは何か、第

II

部:近代におけるインド 音楽の社会空間、第

III

部:サロードのガラーナーをめぐって、の3部 で構成される。 第

I

部は全6章で、文字通り「ガラーナーとは何か」が多角的に検討 される。第1章ではガラーナーの定義と適用範囲が述べられ、第2章で はガラーナーの成員性を分析している。音楽財産「ターリーム」(家族 内部の成員にしか学習できない教え[

80

])の伝達媒体としてのガラー ナーには、父系的な系譜関係、女性が重要な連帯を作る婚姻関係、血 縁・婚姻関係によらない師弟関係の三つの次元があるとする。第3章で は音楽家の認識の分析であり、彼らが日常的実践の中でガラーナーとい う概念を用いる際の戦略性が指摘される。 第4 ~ 6章では、ガラーナーの社会史が、ムガル帝国前期(第4章): 形成期前期、ムガル帝国後期(第5章):形成期中期、英領インド帝国

(3)

期(第6章):形成期後期の3期に分けて展開される。形成期前期には、 インド内外からさまざまな「音楽で生きる人々」がムガル宮廷に集め られインド古典音楽の基礎が形成された。ヒンドゥーからイスラームに 改宗したミヤーン・ターンセーンが宮廷楽師の筆頭となり、その子孫 はセーニヤーと呼ばれる音楽的権威となった。形成期中期には、セー ニヤーにより、神や英雄を讃える声楽のドゥルパド様式をもとに、今 日北インド古典音楽の基本となっている器楽の独奏形式が生み出され た。地方宮廷では自由な変奏を伴うカヤールなど新しい声楽様式が誕 生し、地方名を冠した声楽のガラーナーが形成された。形成期後期に は、宮廷が弱体化して器楽演奏家の移動も活発化、セーニヤーから器 楽形式を学ぶ音楽家が増加し、器楽のガラーナーも形成されるに至っ た。 第

II

部は第7章~第9章の全3章で、第Ⅰ部に続く20世紀前半、英領 インド帝国下の「ガラーナーの形成期後期」から、独立運動を経て今 日に続く「ポスト形成期」までの時代が扱われる。ナショナリズム全 盛の激動の時代に形成されたマクロな社会音楽的環境が、その帰結と しての今日の音楽家のミクロな社会空間における社会的・経済的基盤 の変化と関係づけられる。第7章では、インド音楽とガラーナーの近代 化に奔走した3人のヒンドゥーの音楽改革者5のミクロな活動と、その 結果、形成されたマクロなガラーナー観・音楽史観が提示される。第 8章では、マスメディアという新しいパトロンの登場による音楽家の生 活基盤の変化と「国民音楽」創生に向けた意識の高揚により、ガラー ナーという言葉・概念が一般に認知される一方、ガラーナー固有の音 楽スタイル自体は不明確になっていったことが指摘される。第9章は前 述の『名鑑』の統計的分析にもとづき、ヒンドゥーや女性の音楽家の 活躍や、教育機関と教育制度の確立、新たなパトロンたる全インド国 営放送の影響などが、新たなガラーナー・アイデンティティの模索につ ながっていった過程が説明される。 第

III

部は第10章~第14章の全5章で、第

I

部と第

II

部の議論を土台 として、弦楽器サロードのガラーナーに限定した多くのミクロな事例が 検討される。第10章~第12章では、ガラーナーを支える系譜関係・婚 姻関係・師弟関係という三つの視点から、親族共同体と実践共同体と いう二つのあり方とその変容が検討される。特に第11章では、婚姻関

(4)

係と師弟関係の相関こそがガラーナーの学習過程を歴史的に支えてき た基盤であるとし、第12章では師弟関係の連鎖によるミクロな学習過 程が社会的・音楽的アイデンティティ形成につながっているとする。第 13章~第14章では、音楽家のガラーナーの語りにこめられた政治性や アイデンティティの再構築を指摘するとともに、音楽における伝統的学 習システムと個人的創造性という今日的な問題が考察される。 結論は、1)歴史の中のガラーナー:マクロ・レベルにおける音楽と 社会の再生産、2)共同体としてのガラーナー:メゾ・レベルでの社会 関係と学習過程、3)アイデンティティ化の源泉としてのガラーナー:ミ クロ・レベルでの実践と再帰性、4)結語にかえて:再帰的世界におけ る音楽の創造性、の4項目に分けて、以上の議論のまとめと展望が示 されている。以下、項を改め、序論に掲げられていた「本研究がめざ す三つの貢献」の各々を検証する。 2 音楽と社会をめぐる理論研究としての貢献 音楽における「流派」の問題は、楽派や様式研究と見なせば、あら ゆる音楽文化にとって本質的な研究テーマの一つであり、ある社会的・ 歴史的背景とその時代の代表的作品群の分析と様式の考察は西洋音楽 研究の主流ともいえる。音楽に限定されない広範な諸芸の「流派」に 関する研究として、代表的なものに西山松之助『家元の研究』(1982) があり田森も参考にしている。また日本の伝統音楽の流派に関する研 究として、例えば、雅楽に焦点を当て、パトロンの交替や身分関係に 翻弄される音楽家の姿や音楽の変容を浮き彫りにした、塚原康子の『明 治国家と雅楽―伝統近代化/国楽の創成―』(2009)や三島暁子の『天 皇・将軍・地下楽人の室町音楽史』(2012)などがあり、眼差しに本 研究との共通点が感じられる。また、権威ある後見人を失った音楽家 による古典音楽の地方への拡散という現象は、日本音楽史においても 平安貴族の没落と雅楽、武家社会の弱体化と能楽の関係等にも当ては まり、そういった類型から研究をあげることもできる。 しかしながら、本研究を貫く最大の特徴は、ガラーナーという概念 に着目しながらも、絶えず「マクロ/メゾ/ミクロ」という「三つの 時間性」の柱が常に意識され、区別されて記述が進められる点にあろ う。すなわち、「マクロ・レベル」とは、ヒンドゥスターニー音楽とガ

(5)

ラーナーの歴史を、宗教・政治・経済・教育などの制度の維持あるい は変化との結びつきに、「メゾ・レベル」とは、音楽家の系譜関係・婚 姻関係・師弟関係やパトロン

=

クライアント関係などにより生産・再生 産されるガラーナーの社会的関係に、「ミクロ・レベル」とは、個々の 音楽家が語り・学習し・教え・演奏するという主体的行為とその相互 作用に、各々対応するものであるとする[

434

]。これら三つのレベル が縦横に組み合わせて論じられる展開の面白さが、本研究の最大の魅 力であると思う。その反面、いささか読み手の混乱を招きやすい構成 になっているとも言える。 そもそも本研究は、著者が師事するサロード演奏の師匠を替えたと ころ「左指2本を使うか、3本を使うかの違い、運指の矯正という暗 黙知の意識的な実践を通して「ガラーナーとは何か」「ガラーナー間の 相違」を強く意識するようになった。」[

511

]のが出発点だという。研 究のきっかけとは往々にしてそうしたささいな事象かも知れないが、実 践的音楽家でなければわからないこのミクロな気づきをマクロな問題 に結びつけて考えようとしたからこそ本研究が誕生したのである。 いかなる音楽研究も、音楽をそれを行う人間や人間の集合たる社会 と切り離して論じることはできないが、インドの事例と音楽の普遍的 テーマを往来しつつ、しかも歴史的に記述してゆくような理論研究は、 あまり他に例を見ず、あらゆる音楽研究に示唆を与えるものと思う。

3

 南アジア世界の音楽・芸能を対象とする社会歴史的研究としての貢献 サンスクリット語の「イティハーサ

itih

ā

sa

」は一般に「歴史」と訳 されながら “

history

” とは全く異質なものであることはたびたび指摘さ れてきた。インド音楽のイティハーサは、今日、基本的に『ナーティ ヤ・シャーストラ』以来のサンスクリット古典文献の記述内容の変遷 をたどる音楽理論史をさすことが多い。井上貴子『近代インドにおけ る音楽学の変容と芸能』(2006)には、イギリス統治下でヨーロッパの 知識人や研究者の眼差しに刺激されつつ、独立を機にヒンドゥー

=

エ リートたちがこうした独自の音楽学や音楽史を再構築してゆく過程が 明らかにされている。田森も第7章で、この動きは、国民の大多数であ りサンスクリット的遺産を引き継ぐヒンドゥーが、自らの音楽こそが 「国民音楽」であるとして、ムスリム的要素の排除やムスリム音楽家が

(6)

ガラーナーによって保持してきた音楽財産の公共化を図った結果であ ると説明している。 しかし、本書の独自性は、欧米の音楽学者が西洋的音楽理論や尺度 を用いて行うようなインド音楽様式の構造的分析でもなく、 ヒン ドゥー

=

エリートが構築した音楽理論史の再検証でもなく、ムスリム音 楽家の生き様をガラーナーという概念に代表させて北インド音楽の実 践史を描き出している点にある。しかも、ガラーナーという一側面から 北インド音楽を見るというよりは、「今日のヒンドゥスターニー音楽に おけるラーガの実践と演奏スタイル6は、デリー諸王朝期におけるイス ラーム音楽との融合に始まり、ムガル帝国期に宮廷音楽として発展を 遂げ、英領インド帝国支配下の地方宮廷において多様化し、“ガラー ナーの音楽” として完成をみたものである」[

434

]とすら言い切ってい る。 北インド音楽が南インド音楽と異なる歴史を歩み始めて以降、どの 時期に、どこの地域で、どのような場で、誰が誰のために何を演奏し ていたのか、先述のマクロな視点とミクロな視点を交錯させながら、丹 念な検証が積み重ねられ、あたかも歴史の一コマで、その空間に身を おき音楽を追体験するかのような興味深さがある。 ただし、学術書にしては、印刷ミスや重要なキーワードの表記ミス やスペルミス7、などが比較的多いのが惜しまれる。看過しがたいのは、 本論では重要であるはずのヒンディー語やウルドゥー語などの用語や 人名に初歩的な表記ミス8が目立つことである。「巻末資料Bフォーマ ル・インタヴューの概要」[

470-474

]には、インフォーマントの属性 や質問項目が日本語であげられているが、使用言語については触れられ ていないことから、恐らく音楽家たちのインタヴューは彼らの母語で行 われなかったものと推測される。外国語参考文献の大半が英語に集中 していることからも、本研究で重視されている音楽家自身の「語り口」 には、翻訳や通訳の段階で解釈や置換が含まれている可能性が大きく、 その意味では疑問が残る部分もなくはない。しかしながら、本研究の テーマの規模と単独の研究であることを考えれば、その危惧を補って あまりある歓迎すべき研究であると思う。

(7)

4

 「近代なるもの」の布置と人々の日常的実践に焦点をあてた人類 学的研究としての貢献 本研究は、タイトルに見られるように「音楽すること

musicking

」、換 言すれば「音楽で生きる人々」の人類学的研究であるという。そもそ も「音楽家

musicianship

」とは何かは、いかなる音楽を対象とする研 究においても複雑な要素をはらむ大きな課題である。本書の参考文献 には見当たらないが、ペルシア音楽を研究する民族音楽学者の柘植元 一は『世界音楽への招待―民族音楽学入門―』の中でこの話題に1章を 割いている。4「音楽を専門の職業とする人」という国語辞典の定義は 受け入れられても、聴き手にはまぎれもなく優れた音楽でありながら、 奏者や歌手たちは「音楽」と見なさない(見なされたくない)という 場合も多い。特に、宗教上は歌舞音曲が禁忌されるイスラーム世界で は、古典音楽演奏に携わる音楽的教養の高い人と、報酬を目的として 音楽を奏でる職業的音楽家とは今日まで一線を画されてきた背景があ るという。 本書にはそのような観点からは説明しきれないさまざまな「音楽で生き る人々」[

448

]が登場する。田森がガラーナーの形成母体とする13世 紀の四つの社会集団―カラーワント(ヒンドゥー歌謡従事者)、カッ ワール(イスラーム神秘主義歌謡従事者)、ダーディー(英雄讃歌や軍 楽に携わっていた音楽家たち)、ミーラースィー(宮廷の女性歌手や踊 子の楽器伴奏者)[

126

]―に始まり、今日に至る長い歴史の大きな空 間の中で、擁護者たちの興亡や社会の価値観の変化に翻弄され、共同 したり、争ったり、役割を終えて消えていったり、名称や役割を変え たりして、「音楽する人」は決して固定的な存在ではなかったことが示 される。田森の言う「日常的実践」とは、「個人的経験と社会的世界と の関係のなかで遂行されるすべての人間的営みであり、分析知と暗黙 知の隙間にあって日常の広大な領野に作用している生活知にもとづく 実践である」[

2

]。北インドの古典音楽家たちが、ガラーナーという概 念をよりどころとして、日常的な音楽実践や、状況依存的/戦略的に 自己と他者を位置づける言語行為を行いながら、今日まで生き延びて きた姿が巧みに描き出されている。 「近代的なるもの」は、最終章で、ガラーナーの変容を基軸に、社会 環境・社会関係の変化と音楽家個人の創造性という異なるレベルの関

(8)

係において具体的に示される。例えば、「市場経済の浸透により音楽家 は己の音楽を磨くよりいかに自分を売るかに専念するようになった」、 「早弾き10が伝統をだめにした」、「秘伝を受け継ぐ資格のあるものと音 楽家としての才能とは別もの」[

81

]といった、音楽家には耳の痛い指 摘が遠慮なく連発される。「父方の男系子孫にこだわったセーニヤーの 血統は絶えた」[

81

]との記述に、同様の現実に直面して悩んだ、「音 楽財産」を『教訓抄』(1233)として書き遺すことを選んだ雅楽師、狛 近真の苦悶が思い起こされる。「無形文化財」に象徴されるように、伝 統は「守る」べきものとして「保存・保護」される日本の古典音楽と は対照的に、インド古典音楽はメディアをスポンサーとし時代に適応し ながら絶えず変化して、しぶとく生き続けてきたことが提示される。 こうした田森の眼差しや思考法はとても刺激的で新鮮である。しか も、これまで述べてきたように、読み進めながら次々と頭の中に想起 される事例は、西洋音楽でなく日本の伝統的音楽の現状ばかりである。 その理由を自問自答しながら考えをめぐらすうちに気がついた。著者略 歴から推察するに、著者は西洋音楽学的背景を持たず、西洋音楽との 対比なしに正面からインド音楽だけを論じているため、日本人が日本の 伝統音楽を見る感覚が喚起されるのであろう。自民族中心的な尺度を 排し、文化相対的な見地から世界の音楽を研究するという民族音楽学 の基本理念を標榜しながら、無意識のうちに西洋を起点として音楽を 見ることに慣れていた自らを反省した。四百年間近くのイギリス支配を 経てもなお、他地域ほど西洋音楽の影響を受けず、むしろムスリムと ヒンドゥーとの巧妙な駆け引きにより作り上げられた今日のインド古 典音楽には、安易な西洋音楽学的手法はそぐわない。 さまざまな音楽文化の事例と重ね合わせ、研究上のさまざまなアイ ディアを得ると同時に、既知の歴史的事項を解釈し直しながら、今後 の北インドのガラーナーの音楽がいずれに向かうのかを考えたくなる、 斬新で読みごたえのある研究書である。 1 []は記述のあるページを示す。 2 『インド音楽との対話』(青弓社、1990)、『幻の楽器を求めて』(筑摩書房、1995)など。 3 Sangeet Natak Akademi (ed.), Who’s Who of Indian Musicians. 1st ed.: 1968, 2nd ed.: 1984.

(9)

4 全22語と本書の規模に照らすとかなり少ない。

5 S ·M・タゴール、V ·N・バートカンデー、V ·D・パルスカルをさす。

6 論の展開において大前提となる、インド古典音楽とラーガ、演奏スタイルなどの基礎知識に ついては、「巻末A ラーガ音楽の楽曲構造と演奏形式」[453-469]にまとめられている。 7 例えば、「民俗音楽 fork music[」32]「民謡fork[」36](→folk)、「民俗音楽学」[33](→民族音

楽学)など。 8 例えば、「サルガムと呼ばれる音階の口唱和」[368](口唱歌?)、「シュリーナース」(シュ リーナート?)、「スタッカード」[389](スタッカート?)、「トゥムリー・ガヤキ」[389](ガー ヤキー?)、「ジワジガンジ」[390](?)、「ラグナース・シン」[395](ラグナート?)など。 9 柘植元一「第4章 音楽家と音楽性」『世界音楽への招待―民族音楽学入門―』(音楽之友社、 1991年)59~75頁。 10 「速弾き」の誤りか。 たなか たかこ ●京都教育大学

参照

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世界規模でのがん研究支援を行っている。当会は UICC 国内委員会を通じて、その研究支

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