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化学と生物 Vol. 53, No. 11, 2015
「難生産性」タンパク質の生産法
菌体密度は酵母の組換えタンパク質分泌発現に影響を与える?
次世代シーケンサーの普及により,未同定核酸の配列 情報は急激に増大している.このなかには環境DNA中 の酵素遺伝子,培養困難微生物や極限環境微生物の酵素 遺伝子などが含まれ,産業上の潜在的有用性をもつ.ま た,ヒトmRNAの各種スプライシングバリアントや コーディング領域SNPなどの保健・医療上の価値を有 する多型性配列情報も増加している.これらの配列が コードする遺伝子産物の機能を評価し,さらに産業展開 するためには,組換え細胞を用いた当該遺伝子産物の
(小規模)生産,そして生化学的・酵素学的な解析が欠 かせない.しかし,期待する収量を活性型タンパク質と して得るのが困難な組換えタンパク質もある.これは組 換えタンパク質が,宿主細胞内で不安定である,不活性 な不溶性タンパク質として生産される,宿主の細胞機能 に損傷を与える,などの予測不可能な要因により引き起 こされる.このような組換え生産が困難なタンパク質は
「難 生 産 性 タ ン パ ク 質(difficult-to-express proteins)」
と総称される.
発現が困難な組換えタンパク質ということは,機能解 析もままならないということである.Difficult-to-express proteinsというキーワードを表題や抄録にもつ論文が現 れたのは1994年である.2000年前後の構造生物学の伸 展を背景としてdifficult-to-expressと形容されるタンパ ク質群の存在が広く認知されるようになり,これらの発 現を可能にする手法の開発が期待された.PEGS(1)(the Essential Protein Engineering Summit) がdifficult-to- express proteinsのセッションを設けたのが2005年であ り,このあたりから原著論文および総説数が増え出し
(図
1
),研究者コミュニティの関心の高まりがうかがえ る.難生産性の克服手段として現在よく大腸菌発現系で用 いられるのは,i)分子シャペロンの共発現(2),ii) csp プロモーターを用いた低温発現(3),iii)レアコドンに対 応するtRNAの共発現(4),iv)遺伝子の人工合成による コドン最適化(レアコドンの解消)の4つである.i)か らiii)は,いくつかの試薬会社がこれらに対応した製品 を販売している.またiv)に関しては,Web上でコド ンを最適化し,全合成まで行ってくれるサービスがあ
る.これらにより難生産性の問題は解決されるかという と,実際には活性型で発現しないタンパク質・酵素は依 然として多い.特に真核生物の分泌タンパク質や膜タン パク質,カビ・キノコ類の分泌性バイオマス分解酵素類 などは,まだまだ組換え大腸菌にとっては荷が重いよう である.
出芽酵母を用いた異種タンパク質の分泌生産は,培地 中に放出される内因性タンパク質が少ないこと(数 mg/L以下)から,培地上清を粗酵素液とした迅速な機 能スクリーニング環境を構築できる.生産された組換え タンパク質の精製も行いやすい.同じ菌類であるカビ・
キノコ類の分泌酵素の発現は,組換え大腸菌と比べ成功 率が高いと言われる.しかしながら,難生産性となる分 泌酵素もまた多い.
われわれは,組換え出芽酵母を用いてシイタケラッ カーゼの発現を試み,難生産性の問題に直面し,そして 思わぬ形で難生産性を回避し,性質決定が可能な程度の 生産量を得ることができた(5, 6).この難生産性回避法は 容易に実行可能で,これまでにいくつかの難生産性分泌 タンパク質の生産を可能にしてきた.出芽酵母を用いた 分泌発現系で同様にお困りの本誌読者諸氏の手助けにな ることを願い,われわれの見いだした発現系について以 下に紹介する.
シイタケゲノム中には11種のラッカーゼ遺伝子の存 在が予想される(7).これらアイソザイム遺伝子のうち,
図1■ “Difficult-to-express” のキーワードを含む論文数
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Lcc1は菌体外ラッカーゼを,Lcc4は子実体で発現する 菌体内ラッカーゼをコードしている.両者ともに組換え 出芽酵母を用いた発現系では難生産性を示し,発現誘導 とともに宿主の生育遅延およびプラスミド脱落が起こ る.結果として,生産されるラッカーゼはごく微量であ る(5).
この難生産は,非誘導培地で前培養した組換え菌
(OD=3程度)を集菌し,ごく少量(前培養液の1/5程 度)の誘導培地に懸濁して振とうする(図
2
)という単 純な操作で回避された(5).このときの初発菌体密度は,OD=15程度である.同じ誘導培地を用いた通常の増殖 連動型の発現誘導(たとえば誘導開始時OD=1)と比 較して,初発菌体量あたりのラッカーゼ生産量は10倍 以上,菌体懸濁液の体積あたり生産量(収量)は百数十 倍以上であった(5).後述する生産条件最適化により,収 量は最終的に数千倍に達した(6).低収量であったほかの 組換えタンパク質発現系についても同様の高菌体密度誘 導法を試したところ,ヒトペプチドトランスポーターで 50倍,ヒトジペプチジルペプチダーゼで34倍の収量増 大であった.いずれの場合においても菌体高密度化に よって菌体あたりのタンパク質生産量は増大している.
逆に,難生産性の程度が低い糸状菌分泌型
β
-ガラクトシ ダーゼ改変体などは,菌体密度増大分を上回る収量増大 は起こらなかった.これらのことから,一定の異種タン パク質の生産を抑制する何らかの宿主因子があり,菌体 高密度化によりそれが無効化されるようである.現在,この宿主因子について解析を進めている.全転写産物の データを見る限り,小胞体ストレス応答因子や小胞体 シャペロンの発現量は顕著に変動しておらず,単一因子 の関与ではないようである.
高密度菌体を用いた異種タンパク質分泌発現系を試す にあたり,鍵となる操作上のポイントがあるので紹介し たい.本高密度発現法は,静止期菌体密度の5倍以上の 菌体密度で発現誘導を行うため,通気速度が発現量を大
きく左右する.簡単な例を一つ.試験管(
ϕ
=18 mm)スケールの培養は,一般的には十分な通気が得られる.
しかしながら高密度系では,溶液量に依存して生産され るタンパク質の量は顕著に減少する(図
3
).したがっ て,スケールアップして組換えタンパク質を調製する場 合には,通気の良いバッフルつきフラスコに少量(フラ スコ容積の1/10程度)の菌体懸濁液を加えて発現誘導 する(5)か,ジャーファーメンターを用いて十分な通気(1.0 vvm程度)を与える(6)と期待どおりの収量が得ら れるであろう.
同じ菌体,同じ培地を用いているにもかかわらず,菌 体密度の違いだけで組換えタンパク質の分泌生産におけ る宿主細胞の振る舞いは大きく変わる.発酵のスター 図2■出芽酵母高密度菌体懸濁液を用いた 難生産性組換え分泌タンパク質の生産
図3■高密度菌体懸濁液を用いた難生産性組換えタンパク質の 生産は通気律速である
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ターや,前培養の後に集菌された菌など,通常の生育条 件とは大きく異なる人工的な環境におかれた菌には,わ れわれが気づいていない生命現象や潜在能力がまだまだ たくさんあるのかもしれない.
1) PEGS (the Essential Protein Engineering Summit): http://
www.pegsummit.com
2) タカラバイオ社シャペロンプラスミドセット:http://
catalog.takara-bio.co.jp/product/basic̲info.php?catcd=B1 000420&subcatcd=B1000421&unitid=U100004131 3) タカラバイオ社pColdベクターシリーズ:http://catalog.
takara-bio.co.jp/product/basic̲info.php?catcd=B1000420
&subcatcd=B1000421&unitid=U100004327
4) メルクミリポア社Rosetta2 competent cells: http://www.
merckmillipore.com/JP/ja/product/Rosetta™-2%28DE3%
29-Singles™-Competent-Cells---Novagen,EMD̲BIO-71400 5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake,
T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawara- saki: , 113, 154 (2012).
6) T. Kurose, Y. Saito, K. Kimata, Y. Nakagawa, A. Yano, K.
Ito & Y. Kawarasaki: , 117, 659 (2014).
7) K. S. Wong, M. K. Cheung, C. H. Au & H. S. Kuwan:
, 8, e66426 (2013).
(河原崎泰昌,伊藤圭祐,静岡県立大学食品栄養科学部)
プロフィル
河原崎 泰昌(Yasuaki KAWARASAKI)
<略歴>1992年名古屋大学農学部農芸化 学科卒業/1997年同大学大学院農学研究 科博士課程修了,博士(農学)/同年理化学 研究所基礎科学特別研究員/1998年名古 屋大学大学院生命農学研究科助手/2002 年テキサス大学オースティン校博士研究 員/2006年静岡県立大学食品栄養科学部 助教授(准教授),現在に至る<研究テー マと抱負>進化分子工学を用いた酵素・タ ンパク質の機能改良,進化分子工学を構成 する各種手法の開発<趣味>静岡県立大学 吹奏楽団Symphonic Winds(顧問)<所属 研究室ホームページ>http://sfns.u-shizuo- ka-ken.ac.jp/geneng/
伊藤 圭祐(Keisuke ITO)
<略歴>2008年東京大学農学生命科学研 究科博士課程修了,博士(農学)/2010年 日本学術振興会特別研究員PD(京都大 学)/2011年静岡県立大学食品栄養科学部 助教,現在に至る<研究テーマと抱負>ペ プチド栄養の分子基盤解析,機能性食品ペ プチドの開発<趣味>バリカン<所属研究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://sfns.u-shizuoka- ken.ac.jp/geneng/
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.741