︑
時
論一六二
時
論
輻島縣に於ける兼業農家の動向
●
庄 司 吉 之
助
繭島縣の農業纏濟及農家経管は日実事愛並に大東亜載畢を通
じて如何に憂貌をみつ上あるか︑特に最近異常に開心を昂めっ
つある兼業農家︑職工農家について専業農家及縣下農家全般と
關聯しながら述べる事とする︒調査は廣く資料として利用され
てるる昭和十六年の夏季調査に基き福島縣下の動向を検討する
と以下のやうな様相を呈してみる︒
︑戦時下福島縣農家の動向
縣下の総農家敷は昭和+三年の調査と+六年とを対比すると
三千三百七十八戸の檜加を示し︑全國的には累年の統計では減
少の傾向にあるが︑戦時下に福島縣が噌加した事は喜ぶべき現 象である︒この檜加内容と農家敷の内部機構は如何に塑化したかは現在及び將來について考ふる場合大きな指標と種々な問題を提出してくれる︒ 農家規模別に農家敷の愛化を見るに︑+六年調査の纏農家敷は十五萬一千四百四十二戸で︑これが廣狭別に分つと五反未満二二%︑三︑五反以上一町未満一六%︑一町以上二町未満三五%二︑二町以上三町未満二︑三%一や三町以上五町未満三〇%︑五町以上〇三%とな惹︒我國中堅農家とされる一町以上二町未満が大で︑縣下中農の堅實さをみせてみる︒しかし一町以下の農家が全瞳の牛敷を占めてみる事は注目さるべきである︒
そしてこれを昭和十三年の調査と対比すると︒
年
規模 別農家数
十十十
・』L=才 ノ、一
衣
年年年
纏 数西O盆全
一発出趨
一菖昌︑四四昌 五反未満晃︑O全農︑交四毫︑茜四
五反未満が三ケ年間に七百蝕戸減少してみるが・
町未満が二千八百徐戸の急措を示し更に二町以上三町未満がこ
れ又六百九十絵戸の櫓加をみせ︑その他一町以上二町乃至三町
以上の農家も漸檜を示してみる︒概して三ケ年間に漸槍傾向に
あるが︑これを全國的現象に対比すると全國は一町以上二町未
満は停滞の委であり且つ五町以上が全國減少にある之に反し本
麻は漸看にある︒この五反未満の減少︵全国と同じ︶は農業か
らの脱落と五反以上一町階層への上昇によって二千八百戸の急
増となρ︵現はれ・更に五反未満の一部は脱落によって三町以
規模別専業︑蕪業農家数
準第第專
農
蒙象
家業業業
_
縛一 五 七 四 玉 一
、 、 、
カ ん ペゴメゴ
≡会ズ里数
五反未満
七︑六蛍
6︑四豊一モ全︵
風冥
薦島縣に於ける余業農家の動向 五反以上一町未滞窒べ奎
昊3全
莞︑姦一五反以上一 一五六ズ三町反
三』三未以 穴≡重宝溝上
一町以上二町未満
四R︿交畳︑杢弛
吾一﹄三 二町以上三町未満 三︑突一 冤三蓋 刃飛轟 三町以上五町未満 ︑看一 ﹃天一 酋︑杢八 五町以上+町未満 究︵ 一室 一一量 +町以上
七」
上の土地集中が行はれ︑全國現象の逆をいったものと推測され
る︒地主経菅の手作化か︑他方賃第者への轄化となったものと
いへる︒何れにせよ五反以上の農家が上昇し︑二町以上の農家
が更に檜嵩の傾向にあるのは中核的農家への結集傾向が顕著と
なった事を示すものである︒
ところで︑何故一町以上二町未満の農家が漸揖的傾向で︑五
反以上一町未満が念書傾向にあるか︐専業及余業農家の左表を
みやう︒
昌昌昌町町 ヨ』ヨ未以 老実翌趨溝上
二町以上三町未満
三帰窒
出盆弗
矢︵
甚 三町以上五町未満 里言〇三 一︑善言 ︵四
濫 五町以上+町未満 一誉
藍
一四
一六三 +町以上
1四三
コ
時 論
本麻農家の三五%二が一町以上二町未滞で占めてみる事はい
ふまでもない︑そして専業余業別に於ても︑この中堅によって
占められてみる︒從って農業の安定性が︑停滞叉は漸櫓の條件
を形造ってみるといへよう︒これに反して五反以上一町未満の
農家は総農家の二六%で一町以上二町未満に次ぐ階層︑更に五
反未満は次位にあるもので最も浮動性を持ち︑不安定な階層で
ある︒+三年より三年後に於て急減し︑五反乃至一町へ上昇下
降の現肚を示してみる事はこの階層の性格を示してみる︒五反
未満の専業が五反乃至一町の半数で第︸︑第二兼業が塵倒的
に多い事は不安定性を現はし又五反乃至一町の専業及第一第二
自作︑自小作及小作農家数
年 次
+ 三 年
+ 六 年
︵農業者割合
+ 七 年
昭和+六年 専業農家 第一種爺業 第二種兼業
準 農 家 農家纏敷
一発δ茜
三一﹁四堅
一︑08
三一﹃晃五
だ︑茜昌葦君芙
茜︑朶四 奎一 貸付地一町歩以上を有し農を蕾む者
四︑葦一 三6
六︑六金
三︑四︵四
一δ六七
三
自 作 四一一︑三〇三 聖︑四究 ニや一 四=四〇〇一三﹂充五
三茜発出︑六三
6六
一六四 蒙藁との比較が正に逆現象にある事は注目すべきである︒しかし・五反一町の農家が五反より上昇した現象は喜ぶべきも専業より第一兼業が多数を占めてみる事は五反未満の性格と略同様な内容を持つものと推測される〇一町未満の不安定乃至浮動性といふ事はこの故で・一町乃至二町以上において初めて前記し ずた一鷹安定の諸條件︵経管内容の高度化︶が備はるものといへるわけである︒ 次に二町以上乃至五町以上農家の漸櫓傾向については自作・自小作及小作農家別にみる事が近道であ♂︒自作蒙
小 作六︑六豊 量2窒
三.七
三一盆〇三
一へO美=飛量
モ三四 ⁝一
小作条
自 作髭犬茜
寛夫一一
i盆当一
匹︑葦六二︑六豊
三︑六査 塁 小 作 四〇三四〇 豊︑一〇工 大凶 窒︑磐︵
三︑蛮西
宍︑一〇︵
=︑量八 四翼 土地を耕作せざる農家
莞︵
9ラ
ホ
一一美
霊一男
鬼
継農家は+六年に櫓加したが十七年には低減してみる︒これ
は暫く措いて︑貸付地一町以上を有し農業を菅むもの及自作︑
小作別その他の趨勢は自作が二七%一︑小作兼自作一九.六%︑
自作条小作に於て一二・七%といふ数字を示し︑小作が二八%四
を占め自作に近接してみる︒+三年乃至+七年の間に自作及自
小作が漸減して︑小作が漸櫓傾向にある事は何を物語るか︒そ
して自作の減少が緩慢なるに反して自小作がやx急減の形にあ
る︒ズ自作兼小作︑小作条自作の減少は韓化が停止した事を意
味しやう︒この分解の停止はそれム\の階層の経管内容が反影
してみるもので︑これを専業︑余業別にいへぱ自作彙小作︑小
作廉自作は專藁と第一種兼業たる農業を主としてみるものとが
接近してみる事︑しかし︑この接近は實は分解への紙一枚であ
る事に脆弱さがある︒ともかくこの二階暦は浮動性を持つが︑
さしあたり第二種条が少い事によって︑一億停止の形を取η得
たものと推測さる︒これに反して小作の措大傾向は専業が余業
第一種より少くそして第二種が多い事によって︑その弱盟を露
はし︑前記五反未満の階層と同じやうな性格にある︒
さて︑前述の二町以上の農家措大傾向を右のやうな親方から
押し進めて行くと貸付地一町以上の土地を有し農棄を菅む者が 十三年調査には現はれてるないが︑十六年には計上され四千五百像戸︑+七年には六千六百籐戸に増大してみる︒この措大傾向が一町乃至・二町以上の漸増に反影してみるのではあるまいか︒この傾向は地主手作の増大・この外例へば︑土地耕作せざる地主の減少一般的には小作蕪自作農の從來の例による轄落︑分解の停止といふこれ等の一聯の事實は自作農創設政策及び農地管理︑小作料統制等の諸政策の反影であらう︑自作並自小作等の韓落の停止傾向と小作農の櫓大傾向の二方向は縣農業螢展に一つの暗示をあたへるものである︒
二︑福島縣専業農家の性格︒
皇國農村の理想型は自作にして︑しかも専業農家で皇國の要
請を充足し且つ安定農家である︒福島縣の農家総数+五萬二千
餓戸中この理想型に襲展し得べき農家は専業農家に目標がおか
れる事はいふまでもない︒では専業農家の實際内容はどうか︑
前記夏季調査では農家総数を専業︑余業︑その他に国分して︑
その實態を明かにしてるるが先づ扇島縣と東北各縣との農家総
数の内容を比較して︑専業︑兼業の質感を把握しやう︒
農 家 纏 敷 の 内 容
嘱島縣に於ける余業農家の動向一六五
時
論
専
業
青岩宮秋山調
縣 名森手拭田形島
纏 数三竺四果
︵六︑昊四
(一
ョ美
全︑茜一︵へ発議
茜︑二8 耕種のみを膏むもの 昊3茜 四〇︑甚六 杢△= 昊︑窒七 四一︑ぎ三
果︑量O
象
一六六
業
養霊のみを管むもの
き一会
︵量
昊禽
突七
菖査
三一
農家纏敷に於て東北六縣中本縣は東北第一位にあるが︑専業
農家は第六位にして纏農家の三〇%四にしか當らず︑これを東
北六縣中にみると青森が第一位で七八%五といふ堅實な米作專 ね業農家が存し︑次が秋田の七五%七・宮城が五五%五・岩手四
七%・山形の四六%九となる︒福島・山形・岩手が纏農家の半
数以上が余業へ移行し・宮城が牛敷といふ現象をみせてみる︒
尤も・右は十六年以降+七・+八年に於て如何に痩化したか
は別であるり+六年調べに現はれた限Uでは右の如き駅態であ
る︒ 纏農家が東北一であるが︑耕種専業が第六位といふ事は︑專
業農家及兼業農家の性格を決定づけてるる︒却ち︑専業の中表
貫専業が東北一で一千蝕戸ある︒兼業は又米作︑養宜が多く
︵山形も︑これに準ず︶封種︑養畜︑又は三種蒙菅に於て最も 新種と養置の両者を管むもの 発︑8ん 美︑突如 畏六呈 署︑夫内 =£9一 六〇︵ 新種と養畜を管むもの 三﹄螢 里議案 ︵重三 ︵言発 一=茜色 一三究 耕種︑養置養畜の三者を暮むもの 旦﹃全一 一〇︑三蓋 一君秀 ﹃毫昌 =︑盟O ﹃昌七 其 他
一ま茜
﹃=畏量目
旦︑O︵〇
一、ヒ七
一一N一三
多数を占めてみる︒この事は米作軍一経管より多角経警へ進展
した鮎に於て別な親角があたへられるが︑ともかく︑専業農家
が纏農家の三〇%四である事と兼藁農家が六六%を占めてみる
事が問題である︒
專
専業及第一種余業農家封比表
血菓@ 十六年 十三年
纏 数
耕 種
養 宜
新種︑養菖
舶一
A七四昌 ︵O︑ん四ん
言言会 三︑三昌
毫工 一食
言一夫 盟盆岩 第一種余業
︵羅ぽ︶
岩言六〇 ﹃究一 碁︵︵δ突 第一種彙業
︵醗ぽ︶
二七︑九昊 一〇君舞 量四七︑四全
新種.養畜 玉︑︵蟹 三︑昊一 亘︑一一た 昌︑〇四〇
耕種︑春霞 一6夷発 三宕豊 ︵︑貴名 三︑︵呈 養 畜
其他三︑名四 − 呂七 六量
+三年︑+六年どの対比は専業総数に於て減少してみる事は
專業全髄の減少を意味する︑内容の推移は測定し得やう︒即ち
耕種及び耕種養獄の減少は養翼︑耕種養畜及耕種︑菱蟹︑養畜
の何れか〜移行したか︑若しくは第一種廉菅へ鱒落したかの二
つの方向へ進んだものと思はる︒右は現象的に推測し得るが︑
ともかく本縣専業農家が耕種︑養頚の二大産業によって立って
るる事︑しかも米作專業が本縣では第二位︑東北では第六位に
臆してみるといふ事が判らう︒第一第二種兼業農家の経管内容
も略同一趨勢にあるといへる︒
廃業農家が耕種養菖と耕種︑養竃︑養畜に於て多い事はこれ
等各種農業経管の組合せ︑経管の多角化によって相互補充的役
割をもつ︑この事は盟二経管が困難になれば︑なる程多角化し
てくる︒又逆に高度技術の導入によって高度化してくるが︑
これ等の動向は樹経管内容の分析によって明かにされねばなら
ぬ︒第一種蒙業の中主として農業を行ひ從として賃第を菅む
ものにあっては︑特に耕種農家が多い︒多角化し行はれてるる
が︑その性格は後述する事とする︒
以上本麻専業農家の性格をみたが︑要するに米︑養露の二大
輻島縣に於ける兼業農家の動向 産業が中核をなし︑漸次米萎︑養竃︑養畜へ登展し︑東北大縣の米作軍一経管縣中より多角経管へ早く入ってみる事を示してみるといへやう︒ ヨ
三︑兼業農家事情
本縣農家纏数の六六%が余業農家化してみる事は見様によっては︑本縣農業の方向を指示し又農業登建の過程を裏付けるものがある︒青森秋田の米作経管︑専業農家の優位︑山形福島の米養超等はそれぐ歴史的登建の諸候件を持つが︑さしあたり本蘇張業農家の性格を立入って蓮べる事とする︒これは今後の自作農創出や農業経管の多角化及工場第働の創出或は分村等に大きな内容を持ち︑惹ひては標準農村樹立叉は皇國農村の確立と關係深いものがある︒ 余業農家を農業を主とし農業以外の産業を自啓するもの及主として農業を蒼み從として賃勢働者職員たるものを第一余業とし︑更に農業以外の産業を.曹み從として農業を蕾むものと主として賃勢働者職員にして︑從として農業を菅むものを第二種兼業とし︑かくの如く廃業農家を二種四分類してみる︒この中先づ農業以外の産業を自管するものについてみるとその業別は森林關係︑水産漁業︑工業︑商業︑交通業.小作料その他財産物入等に分れるが︑こ払を前記の如く第一種︑第二種別に揚出すると左の如くなる︒ 一六七時
論
業 別
誹慰蓑業
漁﹁漁 掛 業 村一水産瘤植棄 器 難 爽交通薬
嚢小作翼餅農人 墜其の他筆
第一種余業一、
齠V
幾曇三 美︵
豊里
三〇モき三
四︑量四﹃全一
ヨ︑昌量一一
テ豊
第二種兼業 葦一 昌﹄茜 一≡ 四男 一δ ﹃︒9一 ﹃三七 七一〇 計一茜発
=君呈 究伽
て且査 署O
モ昌呈
七、
l九一.
二£︵一
一、
nO四 四︑二三西
日、
n霊 三︑八四︵
右の+産業別をみると山村地帯︑漁村地帯︑商工業地帯︑農
村地帯と大髄分けらるであらう︒山村地乗業農家総数一萬三千
八百蝕戸︑漁村地千五百蝕戸︑商工業地一萬二千六百蝕戸︑交
通二千五百蝕戸︑農村地が四千二百蝕戸.その他三千四百籐戸
となる︒右によるこの中一萬戸以上の余業に自菅する農家は林
業と商工業の二産業で次位が農業地となる︒福島縣が全國有数
の山林國たる事の反影が濃厚に現はれて居り︑商工業にあロて
は商業を自菅する性格は歴史的にいって︑これは他の﹃小作料
其の他収入防と闘聯深い農業の地盤に立つ農村を相手とする信
用貸及商品取引販費を条菅するものといへる︒そして︑この地 一六八盤が都市の中小商業とは別個な郷村的商業を行ふもの︵して︑現下の企業整備に苦汁を嘗めた階層である︒かくの如きもの七千四百戸存する︒工業は農家にして物の製造︑加工︑深沈︑選別︑包装又は修理を業として蕾むもので︑原料たる農産物︑水産物︑林産物を主として購入して製渣又は加工を行ふもので︑ ず從來の農村副業を工業化した所謂加工製造を行ふ農村工業である︒事愛及戦時下に從來の副業的に加工場として持ってみたものが・時局の進展に奮來の副業的形態を捨て工本格的な農産物を原料とする工業に向ひつ製あるものとする事が出来る︒この階層が商業と兼帯に行はれてるる事も考慮される︒ 以上によって福島縣の主として︑第一種兼業農家は農業以外に林業と工業及商業の三産業を主として行ってみる事が明かにさ専た︒この階層が現在進行しつ玉ある農業経管の饒化と如何に粗合せ高度化するかは注観さるべきで︑他の主として農業を菅み從として産業を蕾むものと︑余業で耕種養窟叉は耕種養慧養畜等を蒼むものエ趣蒼の高度化又は没落化とは最大の開心が向けらるべきである︒福島縣農業が米作経管より他の耕種養窟養畜経管へ相互組合せ多角経管へ移行した今日・東北六縣︑山形︑宮城を除いての農業経管と異色ある形態へ進展しつ製あるので︑第一種廉菅の内容分析は極めて重要であらう︒ 余業農家の弱い部面は米作本位が臨に立ちゆかず・米の社倉
的商品性の追求が不可能となサ自給性に移行し︑経管の低位生
産性とこれを補充的に貨幣牧人をもとむる事に兼業の本質があ
る︒從って兼業農家の上昇を求むる乏したなら︑経管内容の改
善に俟つより外ない︒そして︑諸多の上昇條件が具備されな
い場合は急激な轄落となって農業賃第か工場韓出となるであら
う︒
四︑農業賃勢働者
更に戦時下農村勢力の問題は一は農村自燈あ労力と他は工業
勢力の問題に關はつてみる︒この意味で兼業農家の措大傾向と
いふ事は農業政策の目標たる高度の農業生産技術を持つであら
う盧の専業農家の維持或は育成といふ貼と︑専業農家の脱落と
廃業農家の櫓大とは相互關磁性を持つものである︒兼業農家の
摺大傾向は全國的であるが・縣下の肌態は
兼業農家増大傾向表
年 次 農家総数 専業農家 兼業農家
+ 三 年 一発︑︒六四 a︑茜九 交︑二五
十六年 三七︑四天 也︑茜一一 量︑竺六
+三年比の+六年は專業農家が九千二百蝕戸減少し︑更に条
業も減少してみる︒この減少は兼業が減少してみるからよいと
いふのではなく︑問題は專桑農家の減少といふ事貴が︑専業農
家維持育成に關はつてみるので︑三ケ年に九千蝕戸の減少は甚
だ寒心すべき現象であり︒この事は本縣農業の脆弱性の一面を
蘭島縣に於ける蕪業農家の動向 物語ってみる︒そして︑蒙業農家の減少は全國と逆な路を辿ってみる事は注目されねばならぬ︒即ち専業から余業へ移行せずして直に他へ韓出した事實その他の實際事情があらう︒しかしこ玉には第一種廃業のみにして第二種兼業を含まないので︑一慮減少の如くみゆるが︑減少どころかもっと櫓加してみるであらう︒隅島縣の如き農村分解の恐しい露ではかくいって過言でない︒ この事實は先づ第一種余業の主として農業を菅み從として賃第働者職員たるものに於てみるに︑ 第一種兼業の賃勢働者 総数二七︑九五六︑耕種一〇︑七三 九︑︑養慧二五四︑耕種養慧七︑四八五︑耕種養畜三︑.〇四〇 耕種養寛養畜五︑へ〇五︑其他六三三 前節で蓮べたやうに兼業を専業と対比すると約四〇%に達するが・この余業農家の中の半数は賃第働者である事によってみても既に農村分解の甚だしい事が窺はれる︒ 右は農業を菅み賃勢働者となってみるものだが︑別な視角から農業を菅み余業に賃第者たるものエ内容を検討しやう︒これによって現在推移しつエある農業勢力り内容が表面に出てくるからである︒ 類別又は業別 第一種余薫 第二種廉藁 計 第一類農業闘係
農桑日傭
三盆老一、
Z茜
玉︑二豎一六九
時
論
農 業 定 雇 発︵
第二類 林業︑漉棄︑蹟栗餡係
林業賃勢働
一て実O漁業賃努働 見男 鑛業賃勢働
﹃男O第三類 商業︑交通業關係
商業賃勢働 交通賃勢働
第四類 其 の
家 事 勢 働
其の他の賃第働
他
発七一£奎
究七
一一
o杢
】、 ゴ西四 一δ量 柔一 一29一 昌三Z六〇 金口
﹃︵杢
六〇︵
一一゙呈
茜一笑9三
右の分類は便宜上からで特に意味はない︒
旋多くの賃勢者が從事してみるか虻明瞭であらう︑
全豊的にみて第二類の賃夢者が一位を占め︑特に林業︑鎖業
が主である︒次に農業闘係が第二位︑その他の第三︑第四の順
位となるが︑第二類の産業部門が林業の如き原始産業に從毒し
てみる事は本縣の森林國である事を反影して居η︑しかも各部
門中主位を占め︑林産物加工及製造業に從事してみるものであ
る︒この部門からどれだけ全き第働力を創出するかは立地條件 ずによって決定される︒これに反して鎖業は主要鋳巣地帯が他の
工場近接地農村と同じく所謂職工農家の範疇に厨するもので︑
+六年統計以後の現象では非常な速度で分解してみると推察さ 美六 ん査
一、q〇 四宕壬一
この表でどの部門 一七〇
れる︒ 第二類の農業闘係の日傭賃勢者は纏賃勢者中最高の戸数を有
し︑人夫日傭と圓じき階層に渇する︒日傭自燈の不安定農家で
ある事はいふまでもなく︑農業賃勢働がやがで︑工場へ轄出か
定雇化するかの一途を選ぶ階暦である︒從って勢力創出はこ義
からまづ開始されるであらう︒
こXで農業日雇や季節雇人夫︑日雇等が幾何工業勢働へ轄出
しつxあるかは判明しないが︑定雇が八百五十一戸ある︒中第
一種兼業が五百九+戸ある事は︑低位勢働経管が強く︑日傭︑
季節雇等と同じく東北農業経菅の特質を現はしてみる︒術ほ経
管耕地面積廣狭別農業者の雇傭する定雇敷をみると︒
総 敷
土地を耕作せざる農家及準農家
五 反 未 満
五厚 一町未満
一町i二町未満
二町一−三町未満
三町f五町未満
五町−−一十町未満
+ 町 以 上 五︑六三二人 九人 四九二人 六四六人
一︑四六七人
一︑六九二人
一︑一三一人
一五九入
三六人
全髄的にみて一町以上五町未満の農家が定雇を持ち︑嶽して
二町以上が定雇を多く持ってみる事になり︑家族第働に依存し
てるる事を表現して居る︒特に全国的には東北旺が五三%三で
闘東匠三九%三︑近畿の如きは一五%七にしか當らぬ事と︑五
反一二町が近蔑五九%八に封して東北三一%四を示するの逆現
象は東北農業の経管が定雇を持つ地主の手作が行はれてるる事
を示し手勢働の低位生産に依存してみるものである︒ 右は定雇が全賃勢者に比して少ないので︑日傭︑季節傭等の
多数勢働者創出問題からいへぱ問題が限定されるが︑地主手作
の側からいへぱ︑畜力︑器械の導入や共同作業等によって解消
か継続かyに分かれるものである︒
五︑工葉賃勢農者
こxでも表によって分析して行く事とする︒所謂職工農家が
事憂を契機としてどれだけ工業地帯へ農村第力が移動したか︑
従来本縣は養慧縣であり︑製糸工場に農村過剰人口をこの方面
に吸収されてるたが︑その内容は裏壁以來急憂貌を來たした事
は廃業農家の東北諸縣に比して多い事と︑工場分布からも多い
事によって東北各縣に比較して著しいものがある︒
工業賃第農家致
第一種兼業 第二種蒙業 計
廉 業 纏数 茜︑発︵ =︑︵茜 昊オ一三
大工乗賃勢家 畏天四 て量︵ 四︑六四一一
︐中小工業賃螢家
一一A合一一 =三︵ ﹃突O
圃島蘇に於ける蕪業農家の向動
計喪O発出︑轟六︵︑杏一一
大工業とは職工百人以上を使用する工場をいひ製糸工場が大部分を占めてみる一.中小工業も家内工業たる製糸工場が大部である︒これ等の工業賃農総計八千六百籐戸が職工農家として︑それぐの工場に第一種︑第二種たるを問はず通勤してみるわけである︒この職工農家を杢農家総数との割合をみると︑纏農家に於て+五萬二千七百除戸の0︑OO八に當る︒即ち第一︑二種兼業総数の大工業にありては二四%モ︑小中工業にありては二一%に當り︑この合計蒙業総戸敷の四五%七が既に職工農家に轄化してみるわけである︒ 以上条業農家を假に第一類より第五類に分類してそれくの分析を試みたが︑要するに本縣に於ては兼業農家の四五%七
が大︑中小工業に通勤してみる職工農家によって占めら.れてる
る事︑この農家の蹄趨如何が農村人口定有問題と食糧檜産問題
と︑そして工業勢働力創出と農業完全離脱の問題にか製はつて
くるのである︒現象的にはこの階層が現金収入によって一時安
定化を得てみるが︑併し完全離脱は侍の問題ではあるまいか︒
第二の群たる磧業︑林業︑漁業を菅むものは︑鑛業は工業賃第
と同一過程を辿るであらう︒そして︑漁業は第三類たる農業︑
日傭︑季節雇等と︑これも同一過程にあると思はれる︒︑併し︑
これ等の二層の強靱性は農業経管内容と闘聯深いので︑他の條
件が加は﹄なければ韓化がにぶいと思はれる︒
一七一
時
論
六︑兼業︑農家の實態
前節でみた十六年調査に表はれた兼業農家中大︑中工業に通
勤してみる農家は八千六百蝕戸ある・所謂職工農家に厨するも
のだが︑職工農家の問題は翠に職工農家だけを抽出しての問題
解決は部分的には可能であるが︑兼業農家全瞭よりみる事が正
しい指標をうる事となる︒縣下の中左の三ケ村について自村内
三ヶ村別余業農家数
一・自村内に工場設置︐しある村
村 名 総農家 専業農家数
戸 戸 戸
o村 窒O 一朶 国村 六里
一一︑自村内に工場設置なき村
0村 茜︵ 蓑二美六
G村は纏農家に封ずる余業農家の割合は二三%・N村は三二
%︑0村は五二%で各立地條件が現はれてるる︒次に余業農家
兼業農家耕地廣狭別
村 名 纏 敷 一反以上五反未満
戸 嘱 戸 幡
o村 δ貞δO 詣量
一七二に上掲の設置しある村と自村の内に工場設置なき村の三ケ村余業農家についてみる0 0村及N村は都市に近接し︑水田地︑しかも自村内に工場をもつ村︑0村は都市に接隣して主として畑作地に賜する村である︒余業農家は農林︑水産・工業︑鎖業日雇︑その他離村者を持つ農家等を含めた專業以外のものを集計した︒余業農家数
辱馨︶
一δ六︵調査︶
田畑総数
町 発四λ美七言
四四︵︑六
一一S︵調査︶
の耕地廣狭別を示すと︒
五反以上一町未満
戸 % 果 蓋八
醇 田
茜︵帰四〇三︑三
一宍﹄
一町以上二町未満 戸 拓 着 醤 畑 町
一室£
昊四茜
三一一盆
四戸町 以
耳夫%上
0封
計村村
一6六
一一
売ヨ
60
一〇〇一〇
Z
乗 量
八四 四〇
宍ん 欠画
三ヶ村挙均して一反以上一町未満に多く一町以上が次位とな
る︒内鐸は五反未満が第一位︑五反一町未満が二位で耕地面積
が多くなるに從ひ漸減する︒これを各村別に示すと・G村は五
反以上一町未満に多く・N村は一町以上に多い︒そして︑O村
は五反未満に多く出てみる︒
0村の一町以下に多いのは時局通勤工出現以前よサ都市交通
事務︑土工等及時局産業以外に途出して居った事と︑早くから
養質業の登逮の影響をうけ︑又農産物の商品化が都市と接近せ
るため早かった︒これ等の諸條件が轄落︑分解に表はれたもの
といへる︒自作が六=小作一七一を示す事はこれを裏付けて
みる︒N村は以前製糸工場があったが︑最近工場が自村内に設
置された・都市との近接はG村程でない〇一部梨園を経管する
ものあサ水田畑作地帯である︒商品生産物は米︑梨等の外畑作
物と養覚が行はれる︒他市町村民にして本村内に土地を所有し
てみる田︑畑合せて百五+八町蝕に上る︒小作化が激しい︑0
村は疏茶園藝を菅むが昭和二年前後に急激に獲達し︑それ以前
は養鎧を中心に畑作を行って來た︒現在園藝は高度化してみる
が︑以前より早場蔬菜を都市へ振費をするもの︑叉仲買をする
扇島縣に於ける兼業農家の動向 発売一査 茜歯
呈6
天∴ ε 男5 西日七 一因必 一〇 四人三 一由署 呂.Oもの等相當あったが事愛を模として生産統制︑その他商品化困
難となサ職工化するもの績出し︑又桑園整理︑養竃等の時局影
響等により韓業するものが生じて來た︒農産物の商品化の多い
畑作地は事健に大きな痩動をあたへたが︑本村余業農家が一反
乃至一町未満に多い事は右の事情の外︑本村の分家慣習が二・
三男をして分家の際土地付家屋を與へるか・土地なき場合小作
をさして土着せしむるの慣例が強く︑ために零細農家が非常に
多■い事である︒
右の三ケ村は各条業事情を異にしてみるが︑共通なのは一般
的規定たる低位農家が生活補充として︑飯米確保を限度として
農業を行ひ条業してみることである︒
兼業農家の中︑ 一経管主が農業を主として行って長男︑二
三男が職工をしてみる場合︑ 二一.一三男のみの逞出農家︑ 三
長男職工︑女子と戸主農業四戸主︑職工にして老人乃至女子農
業等分類は個々の農家の経管規模︑勢力︑器械︑畜力等によっ
て多岐にわたるこれ等の事情を三村別にすると︒
条 業農家 続柄
一七三
計
ONO村
時 村村村名
戸主 論
男
三
︵一
一究 長男 一三 蓋 雪. 空 二男 三
目 発
く︵ 男子 孟 三 舜 蛮
、
女子
二〇 云
雲量O
三ケ村織数五六三人︑この中戸主一九九人︑長男九一︑
計二九〇全艘の五一%に當コ︑農業経管主若しくは次代に農業
を襲ぐべき人が専心農業に従事し得ない農家で五一%の現象は
憂ふべき事である︒男子とあるは二男以下のものと孫等を含む
もので︑長男に次ぐ︑女子は嫁入前のもの大多数を占め工女︑
事務員︑その他に分れるが家族勢力中補助的役割の大きな役目
をもつものだ︑問題の中心は戸主及長男にある︒二三男及女子
は分家︑若しくは嫁入等によってやがて家族から分離する︒こ
の分離は叉収入の減少と耕地の分散・若しくは耕地の縮少を俘
ふ事となる︒分家は農業を行ふものは農家戸敷の上からは現象
的にはよいが依然として兼業の場合は問題である︒
樹ほ三ケ村の戸主長男余業農家を中心として年齢別にみる︒
農業経管が家族勢力を中心に行はれるので︑補助勢力構成の農
業生産に及ぼす影響は頗る大きい︒
三ケ村兼業農家々族数
村 名 二一四人 三−−−六人 七!九人 乙・山四人
0 村 四戸
五一戸 四六戸 二戸三三 計
一霊昌塁
美三 この 一七四
N村 二五八 三一八 0村一九一〇七六六二八
三人から六人が︑第一位で0村が代表的な数字︑この村は五人家族四一戸・六人が三八戸ある︒第二位の七人!九人では0村が七人三〇戸︑0村が+九戸九人が+五戸ある・これ等を通じてみると漏島縣の奉均農家族敷は七人・八であるから・大恒
これに近い︒たヤ経管規模と家族努力の組合と技術の貼にか玉
はるわけである︒そして経管主たる戸主及長男蒙藁の場合・如
何にして鯉菅するかy問題であって︑中心はこエにある︒ ハ 次に続柄と年齢別を表示して三ケ村の實際をみる︒
劉殊f⁝−⁝−四・ 凹き歳以上
ONOONOONO
計村村神村村村村村村 岡同次同周長同同戸 男 男 主 九二二一 一一
三五一〇七六〇一一二
人
五 一一
〇八六四一〇四一三三 人
八 一
一一一一〇三二四一七五三九六 人
九人三〇
三八 四
二
一二
一
一 一七人一八二六
︒八八 六一
通勤工及余業に従事する者の年齢別は︑四+歳以上の戸主が
繕射的に多い事は年齢を考慮外においても戸主の家族地位が然
らしむるものだが︑戸主の職工化は総計一九九人︑これと対蹠
的なのは︑三十一歳以下の長男及次男に於て年齢が低下するに
從ひ多くなってみる︒
この表では戸主と衣男が多い事となU︑長男は中間にある︒
かくの如く三村が大髄同↓現象にあるが︑戸主の職工化乃至は
兼業化の多い事はそれだけ農業生産に影響が大きく︑工場自膿
にしても能率の低下を来してみる事は云ふまでもない︒戸主及
ぴ長男が出てみる農家の農作業は妻︑老人︑女子子供の勢働に
依存するので粗略化をみ︑低位収穫たる事はこれ叉改めて説く
までもない︒今年度よりの早期割當と褒賞制が個人の生産の櫓
減だけですまされず︑部落及村合髄の共同責任下にあるので︑
職工乃至蒙業農家の責任生産が叫ばれ︑割當絶対確保が要請さ
れてみるのはこのためである︒
余業農家及職工農家に封ずる現貴的要請は個々の経管規模と
その内容及び家族及第力構成にかエはって居る︑農工問題が軍
に飯米確保のみに限定されずに割當供出と低位農家維持に関聯
され又農工両全方策が緊要となってみる︒
七︑軽工業の登達.︑︶兼業農家の歴史的條件
輻島縣に於ける余業農家の動向 以上は顧島縣下の現在を推測するに足る蕪藁農家の現歌であるが︑兼業農家が特に製糸業を中心とする大工業及び中︑小工業に吸収されてるたといふ現在に至る過程は一時的現象で㌃くて歴史的條件が充分に存する事はいふまでもない︒ 昭和+六年現在工業賃第農家八千六百二戸は︑職工百人以上の工場及製糸工場に農業を警みながら通勤してみるものであるが︑縣下の工場数は昭和十二年り調べでは︑千四百十七工場ある︒即ち︑過去+六年間の工場の嚢達の概数を示すと左の如くなる︒
昭和十二年
昭和西年大正二年工場名
工場数工染 織機械器具
化 學
雑工場
電気金扇
飲 食
其の他
計備考 工場敷 元〇 一嵩 奉 量四 三六 葦 一︵四
一茜お 職工敷
一へ莞03一8
︵︑架︵一一
O巽
交四
善兀
究五三一
ト09一 男
一一
ゥ諺
一三老大︑莞一
一、旧
六六八 四毫
窓
量︑毫︵ 女三︑︵萱 景
一三薯
一一歪
一六
一〇昌 窒︵
死因茜 一さ一δ且O尭
三 晃
一一
場敷
瓦O君
盟
ぎ ︵
出O
発O
昭和+二年は福島縣工場要覧︵昭和+三年刊︶昭和九年は河北年鑑︵十二年展・職工使用通用工場のみ︶大正十一年は福島縣政一斑等による︒
一七五
時 論
工場総数は大正十一年に比すると三七%の櫓加をみせ︑大正
十一年の緯職工は一萬九千六百籐人︑昭和十二年三萬二千隙人
であるから︑ 一萬二千蝕人の増加となるわけである︒工場種別
は昭和+二年の統計では︑染織工場の製糸業四一︑織物業一三
八︑製綿九八︑その他を合せて二百九+工場が首位︵第一位は
製材四百七+七を主とする雑工場となるが暫らく除く︶第二位
は機械器具の製造工場︵金厨九八.機械五八y第三位が電氣金
鳥の中電氣一一三が主として行ふもの等といふ順位になる︒
ところで大正+一年及昭和+二年の全工場別にみたる産業別
は染織を主饅とする織物︑製糸工場が絶対優位である事︑これ
は今戦時下如何に輕工業よη重工業へ韓換したかは別の視角が
興へられるが︑本縣の工場工業の黄蓮がこの二大産業に中心を
おいて登展した事︑しかも︑+六年前記夏季調査の余業農家が
かエる輕工業に從事してみた事は前述によって首肯されるであ
らう︒ 翻って嚥下の重工業の襲蓮をみるに東北工業の低位性を叫ば
れてみる中にも︑例へば︑機械︑器具製造の大正十一年の工場
数二七に封して昭和+二年に一七四工場に壷達し︑電氣︑金局
が八工場に劃して昭和+二年に一二六に達してみる事は注目さ
れてよい︒
さて︑昭和+二年と+六年の調査の比載によれば余業農で織
物及製糸工場と製材林業に後事するものが︑蒙業農家総数の三 一七六九%六に當る事憂前の軽工業が重工業へ韓摸する諸過程は前節で蓮べたやうに從來の軽工業の上に一先づ打ち樹てられ︑特に農村人口と努力の供源をこの地盤に求められた︒兼業農家が生活補充面として副業的に農林︑水産︑土木︑製糸等に出てみたものが集中的に工場へ注がれるに至り︑農村分解は新たに開始されるに至ったといへる︑これ等の諸過程の分析は別に祀角があるので他日にしたい︒ 八︑農産物の商品化.・︺専業︑兼業の地位 次に戦時下本縣農業の趣菅絵態について一瞥しておく事とする︒本縣耕地纏面積︵島地主義︶は十九萬三千百工+九町三反で︑田はその五四︑五畑は四五︑五とな︑田は畑に比して九︑0方多い︒畑が田に近接してみる事は本縣畑作経管の性格を決定してみる︒この事は後に述ぶるが︑これ等の田畑が自小作別に如何に別れてみるかといへぱ︑自作︑小作合計総数+へ萬八千七百九町四反で・ 自作地 一三δ一直宍︵発・四︶ 小作地 実︑交鴨八西O夫︶ 自作地が約六割を占めて居るが︑その内容は中堅自作農としての問題と︑小作への轄落又は上昇階層としての自作農との二に分れるであらう︒田畑別︑自作︑小作別にみると本縣の自作農は 田自作 葦三老︑昌£?四︶ 田小作 畳遠里盆︵究夫︶
畑自作 天君男茜︵ぎ人︶ 畑小作 茜︑量一言︵見ム︶
︑ で右の農業経管面積からすると︑田の自︑小作経管は両者すれぐに接近し・畑と田の自作比載は畑が七〇・八となって居り︑むしろ︑畑地利用が優位で畑小作は二九%二を示すにすぎない︑畑作経管の堅實性を物語ってみる︒田の自︑小作相年してみる事は畢一纏螢︑その他立地條件や杜會的に又は僧格等の諸條件に左右されるので攣動がはげしい事は云ふまでもない︒この事は本縣の兼業農家の多い事と畑作経菅と非常に關係深い︒ さて︑こ玉では專業︑兼業別に経菅内容からみた農家の現金収入を通じて兼業農家の歌態を概観してみる︒十六年夏季調査に現はれた前記兼業にして賃勢を行ふものは第一種︑第二種を問ぽず農業経誉をはなれてはみないので農産物は現金に代へられる.︑低位農家の唯一飯米程度の経菅と工場︑その他の収入に
/
/
牧
現金牧人別
專業余業別
/ 人馴/
∞ V紙
豆 第一現金牧 入 戸 昊︑碧一 一︑八舜 二≡ 耳〇四
三2
1/藷
1 1輻島縣に於ける兼業農家の動向 第二現金牧 入 =︑三六 乙︑茜六 一三交 一2尭 一︑圭︵
業農家
戸究﹄呈三占豊一£覧=四昌霊草︑=濫 よるものは暫らくおいて︑その上位にある兼業農家は何等かの農作物を販質してみるものが多数である︒そこで兼業農家の農産物の商品化の程度と作目の内容について専業農家と対比してみる︒この事は農業経螢の面からいって專業無業農家の作目と生産量の高度化の差異の問題が輯でくる︒廃業農家の経管内容が兼業であるから低位性を有つといふ意味でない︒勿論低位性を有する事は事實だそれはともかく︑廃業の作目は農業に準じて行はれてるる事と必らずしも低位のものばかりといふ事が出來ない︒ 夏季調査は現金牧人源と專業︑兼業別の現金収入を第一として経管してみるものと︑第二次的に経蒼してるるもの等を作目別に掲げてみるが・先づ表によって考へてみたい︒ ︵昭和十六年︶条業農家︵第一種︶
第一現金牧 入 量︑善美
﹁窒一
量︵
三倉
杢︵ 第二現金牧 入 戸 .七︑考量 六ε≡ 一δ天 一︑一一宍
一一ヨ9
全
國
計
戸量δ発
︵宍全一︑乗六
一盆兄
モ全五 專業第 一第二現金収入 お 杢夫 尭人 四人 る・昌
四由
一七七 衆 業︑第一第二現金収入 カ 垂必 量も 畢︵ δ主 甲︵
、
産畜駿樹果 紮読蹟ゴ
ノー
・{ 一一一一騨=一一一 @』一一ノ㌔一一臥合養馬養養搾鎧養桃葡梨草花葱胡結西大楽大煙時 麻 種 及 球 孝 王 嘩 製 白 逝
論葱
廠 計鶏事,豚牛乳造賀・ 萄作果卉作瓜菓瓜根種作草
六 プヤ ゼ 一一 し ヨ
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ヨ
の三〜昌三二_ 二三_ 三_ _ _ 二菰 角。一三三四四一一六七七〇三七四〇二三A名四
〇四七三颪五ん三四五湘一七一九四二四^一一
D四 ←.
〇 一 1三 一、 、 、 一 ︑
七六三名四 二六一 一一 二一三 玉一二
9果冥冥きぎ毫巻会査き9云9茜蓋果三8量三
プ』 =二
一 二= 七 六
、 、 、 一 、
o〈ヨ監ノセ玉一 四A 三一五二
=二一四 六 一四四二翼A三ん一七名四四六〇六名A三セ四八ん孟 昌昌且ん誕五六皿A二ん昌四二耳九〇ルA六四
,τマ7干99手99999999守デマ 7}七
1且二皿当風二A四四A八四んハど六〇九三六八 ___回る。美。。。。。。。。。___三
1画面宝玉主上主点皇玉虫西ゑ夫夫夫人島西歯
︑
収入源作目を 一︑穀裁其他 二︑工藝品 三︑蔬菜 四︑
果樹 五︑養窟 六︑畜産の六大別にして︑各の作目は二+二
品目ある︒専業・余業農家共第一及第二現金収入を求めてみる
のは玄米で︑これは全國共通の事である︒第二位が養竃︵全国
は三位︶三位が套で︑これは輻島縣の套作が全國的水準に一歩
手前にあるしかし︑やはり養簸が主である︒四位が煙草︵地域
的には田村郡その他を中心とする︶五位は豆︑六位馬事︑七位
藁工品及萎程眞田︑八位甘藷馬鈴薯︑九位菜種︑+位養鶏とい
ふ順位となる︒右の+種目は専業七百四+三戸以上余業八百五
+二戸以上の農家を抽出したものである︒右によると本縣の主
要収入源よりみたる農産物は米︑変豆と養置︑煙草︑菜種畜産
の中馬︑養鶏︑加工品たる藁工品類︑甘藷類となる︒その次が
大別して蔬菜︑畜産・果樹の順位である・畑作物が水田に比し
て畑地の大なる事を反影して居り専業・兼業共畑作依存度が大
きい︒装置業を中核とする畜産業の嚢蓮はこれ又・前節でみた
耕種養茸︑種畜農家の措大現象に照慮するものであらう︒
次に専業︑兼業別に六大品目別に封比しやう︒農産物を商品
化してみる専業農家は第一︑第二の現金吹入を目當とするもの
十二萬二千四百絵戸・蕪業九萬千鯨戸ある︒即ち
現金牧人別專・廉比較
專・蒙別 第一現金吹入 第二現金吹入 合 計
専業
六六・五四一 五六・〇五六 一二ニ・五九七輻島蘇に於ける余業農家の動向
余業
五〇・三七〇.四〇︑七〇二 九一︑〇七二上表は・第一現金収入を専業にしてみる商業的農作物を経管
してみる農家六萬六千五百簾戸と︑第二的に現金収入を得てみ
る農家が五萬六千蝕戸︑この計十二萬二千蝕戸ある︒兼業農家
にして第一現金収入が五萬儀戸第二が四萬蝕戸︑この計九萬千
鯨戸︒専業︑駐藁合計二+一萬三千六百籐戸となる︒
この二+一萬農家は六大別農産物を経管し︑直接又は間接に
商業的目安の下に貨幣経済と密接な關係を有ち・農産物債格と
市場と︑そして農家纏菅に結びついてみるものである︒前掲米
養慧等の十品目を主髄として立ってるるわけである︒ところで
專業︑兼業の現金収入度合別にみたる両者の比較は︑高度化農
業経管と專︑条の階層的地位をみる上に重要となる︒専業は自
己の経管に於て投下資本によって再生産を行ひ︑接大再生産も
行ひ得るし又勢力の機械化︑規模の摘張等高度化が可能であ
る︒既に米変は勿論・煙草︑疏菓・果樹・菱蟹︑畜産・等に於
て完全に専業化し︑適地︑適作︑その立地條件に鷹じた経管が
行はれてるるのである︒
これ等専業農家の動向は︑本縣農業経管登展に指標を興へる
ものだが︑これに反して呆業農家は六大作目を経管しながら︑
専業同様現金化し︑樹ほ他の賃螢に依存して居る︒かくの如き
もの九萬戸ある︒しかも農産物による現金収入を唯一とするも
の五萬戸︑農業経管を主として行ひながら︑他産業に従事せね
一七九 ︑
︑
時 ■ 論
ぱならぬ社倉︑経濟的原因あるが︑それはともかく︑この層を
して経管の高度化を阻害してみる事は事實で︑しかし︑専業化
への上昇が可能なのは農業を主瞭としてみるから︑集約︑多角
化によって経管の合理化を得られやう︒農産物の経管が専業に
藁工品 甘藷 菜種 豚 牛 梨
專 .業 七 ︵ 九 三 三 西
条 業 ︵ 老 天 ん 三 三
+五品目の中条桑農家が専業を乗りこしてみるのは甘藷︑養
豚︑養牛.梨︑翼種︑廠の六種ある︒畜産闘係が專業に接近︑
しかも上位にあるのは条業の多角化を暗示してみるρ
右は第一種兼業農家の現金牧人別にみたものであるが︑第二
種兼業農家たる農を從としてみるものが第一種以外にある事を
忘れられない︒職工農家が専業農家及第一種兼業に伍して経管
を合理化して行く事が望ましい︒しかし︑どの程度に高度化し
得るかは社倉的︑経済的諸傑作が決定的な條件であるが︑自畳
と農民的矜持を確認し國家の要請に鷹ずるならば向上するであ
らう︒ 以上︑現金収入よりみたる專業︑兼業別の商業的農産物の経
畳肌態を述べたが︑右によって大艶本縣の農業霞展の現實的基
礎が判然とした事と思ふ︒
九︑結
語
一八O
追憶してみる事は前掲表によって明らかな事だが︑専業よりお
くれて登展してみる事もみのがせない︑二十二品目の專業︑蒙
業別にみて順位は同様なものを除いて左に異った順位を掲げて
みる︒挑 胡瓜 篁種 苹果 廠 葡萄 搾乳 西瓜 花卉
一五
@ 凶六 一七 一︵ 二〇 昌一 一=一 昌葺 昌四
一名 昌O ︑ 一五 一=
一四
@ 昌昌 昌三 昌四 二三 ラ 一︑叙上︑系統的論述を避け︑現象的なものを無秩序に兼業 農家を中心にして爾島縣の農業の動向をみたが︑これを要する
に職時下農家は全國的動向と軌を一にするが︑特に東北地方の
中福島縣は山形縣と同じく難業農家が︑專業に近接してみる鐵
で米作專業縣に比して著しき様相を示して居ること︒ 二︑緊急課題たる食糧増産は專業兼業爾者を通じて全面的に 要請され︑専業農家にあηては標準農村皇國農村の確立を目標
に建設しつx米穀生産に努力する事と︑廃業農家は特に零細農
新制の上に自己保存量の維持︑割當供出量の確保と工場要員と
しての勤務を要請されてみること︒ 三︑特に兼業農家を没落せしめず︑年間保有不可能飯米農家 ら を可能農家に向上する事︒そして最下零細農の確保を如何にす
るか穿現實的解決を要する問題となった事︒ う 四・国民経済の一基貼をなす農業と工業の雨生産部門に於け る勢働生産力が相対的に隔軽しつXあ四︑農業の高度化が零細
農耕制によって阻止されて第働生産力の向上が捗々しくないこ
と・かエる意味で農産物の商品化と農業経菅の高度化及農産物
偵格形成の問題が前面的に解決を要請されてみること︒ 鋤︑専業農家の勢働生産力と工業の労働生産力の綜合的計諾 が必要となり︑更に条業農家の勢働生産力が雨者間の中間にあ
って最大の開心となった事︒ 却︑農業地域及び工場地域の設定︑これに俘ふ農業構造の再 編成が國土計醤的に要請されてみる事︒ 匂︑縣下農業の基本計書が叙上の﹂要素を考慮し︑急速に計霞 されねげ一ならぬ一塁︒
右の中剛はその一葉雑嚢畜力馨歪重て共同作 業に動員郭︑饗霧壌マあるが匡の箋農家特に職
工蒙星産力の問讐妹の解磐急務とす...︑さしあ告廃業農家の食糧櫓強は割當生産量の絶封確保を當該農家の耕地
及努力と睨合せ適正基準生産を計るが至當とならう︒工場側と
の問題はヵの具豊化と共に早急に解決を要するものである︒ ●
福島縣に於ける条業農家の動向 一へ一