生命活動を維持するための摂食行動は,視床下部による制御 を受けることが知られている.しかしながら,美味の認知に よりもたらされる情動的な摂食行動を引き起こす高次脳機能 メカニズムは諸説あり,なかでも山本らによる報酬回路活性 説が有力視されてきたが,いまだその全貌は確立されてはい ない.本稿では,「甘味」や「うま味」といった味覚により も た ら さ れ る 情 動 的 な 摂 食 行 動 を 引 き 起 こ す 脳 活 動 に お い て,島 皮 質 味 覚 野 と 胃 腸 自 律 領 野 神 経 細 胞 間 で 生 じ る 神 経 ネットワーク活動が中心的役割を果たしている可能性を紹介 する.
はじめに
私たちの食欲は,腸管の内分泌細胞から分泌されるさ まざまな内因性脂質によって調節されている.空腹時に は,ラットやマウスの腸管において,脳内麻薬として知
られるアナンダミドの血中濃度が増加し(1, 2)
,
-オレオ イルエタノールアミンの血中濃度が減少する.満腹時で は,前者の血中濃度は減少し,後者の血中濃度は増加する(3, 4)
.また,空腹時,アナンダミドの濃度は,ラット
やマウスのさまざまな脳領域において増加することが知 られており,カンナビノイド受容体(CB1受容体)を活 性化して食欲を亢進することが報告されている(5)
.一
方, -オレオイルエタノールアミンを脳に投与すると,Gタンパク質共役型受容体119(GPR119)または
α
型ペ ルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPARα
)を活 性化して,食欲を抑制することが報告されている(6).
ラットの島皮質には,CB1受容体が豊富に発現してい ることが知られている(7)
.解剖学的には,島皮質水平断
切片において吻側から,皮質第IV層の顆粒細胞を欠く 無顆粒皮質,顆粒層が乏しい異顆粒皮質,顆粒層が発達 した顆粒皮質の順に配列されている(8).異顆粒皮質が舌
の味細胞からの化学受容感覚を受容する島皮質味覚野で あり,その尾側に隣接する顆粒皮質が胃腸管からの機械 受容および化学受容感覚を受容する胃腸自律領野である(図
1
A, B).このように,2つの領野が隣接しているた
め,空腹時または満腹時において,味覚野および胃腸自日本農芸化学会
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【解説】
Brain Mechanisms of Feeding Behavior Induced by Sweet and Umami Tastes
Youngnam KANG, Hiroki TOYODA, *1 大阪大学大学院歯学研究 科高次脳口腔機能学講座,*2 ソウル大学歯学部神経生物学生理学 教室
美味によって引き起こされる摂食行動の脳メカニズム
島皮質味覚野と胃腸感覚領野間の神経協調活動により生じる空腹感
姜 英男 * 1 , 2 ,豊田博紀 * 1
律領野で受容される感覚が統合される可能性が示唆され る.
機能的磁気共鳴画像法を用いた実験により,胃腸自律 領野の神経活動が空腹時に増加し(9)
,満腹時に低下する
ことが示されている(10).また,味覚刺激に応答する味
覚野の神経活動は,空腹時に増強され(11),満腹時には
抑制されることが示されている(12).さらには,味覚野
における「うま味」(13)や「甘味」(14)の認知により,食欲 亢進が引き起こされる一方,味覚の喪失または低下は,食欲低下につながることが知られている(15)
.このよう
な背景を踏まえると,味覚野における「うま味」や「甘味」の認知により,胃腸自律領野の神経活動が空腹か満 腹かにはかかわらず増加し,食欲亢進が生じるものと考 えることができる.したがって,味覚野と胃腸自律領野 の神経活動が協調する可能性が考えられるが,実際に,
どのような神経活動の協調が生じるのか,また,それが どのような神経メカニズムで引き起こされるのかについ ては不明であった.
筆者らはラットの島皮質のスライス標本を用いて,味 覚野と胃腸自律領野の神経活動が,アナンダミドを含む 人工脳脊髄液を灌流投与したときに協調するか否かを膜 電位感受性色素を用いる方法で観察した(図1C)
.その
図1■ラット脳における島皮質味覚野およ び胃腸自律領野の位置(A)ラット脳の側面観の模式図.赤線で囲 まれた領域が島皮質で,味覚野および胃腸自 律領野をそれぞれ矢印で示している.(B)
島皮質をほぼ水平に切り出したニッスル染色 切片標本.味覚野と胃腸自律領野が前後的
(吻尾的)に隣接している.(C)島皮質スラ イス標本を膜電位感受性色素で染めると,神 経細胞集団の電気的活動を光学的に観察する ことができる.
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日常生活で空腹感が高まるのは,基本的には食事 によるエネルギー補給が不足しているときである.
大脳の奥の視床下部に食欲を調節する部位があり,
栄養源のグルコースの量(血糖値)などが減少すると 摂食中枢が刺激されて空腹と感じる.逆に,血糖値 などが高まれば満腹中枢により,食欲にストップが
かかることが知られている.それでは,「甘味」や
「うま味」など好ましい味覚を感じたときに,食欲が 増すのはなぜだろうか.
「甘い物は別腹」と言われており,甘いものを食べ ると脳内の快楽物質が分泌され,報酬回路が活性化 される.その結果,視床下部で食欲を増進する働き があるオレキシンが産生され,その働きにより消化管 機能も促進されるためだと報告されている.しかし,
そうした神経機構は十分に確立されたものではなく,
また,その全貌も明らかになっていない.
そこで,われわれは,味覚や内臓感覚運動機能を制 御する脳の島皮質と呼ばれる領域に着目して研究を
行った.ラットの島皮質のスライス標本を作製し,
95%酸素と5%二酸化炭素を含む人工脳脊髄液を潅流 し,大脳皮質の神経細胞集団を生きたまま維持し脳 回路が機能する状態で,食欲を増す脳内物質「アナ ンダミド」を潅流投与すると,味覚を認識する領域 に周期的興奮が引き起こされ,その興奮が隣にある 胃腸の感覚を受け取る領域に伝わり,食欲が増すと きのような脳活動を示すことを見いだした.このこ
とは,「甘味」や「うま味」など好ましい味覚を感じ
たときに,胃腸の状態とは無関係に胃腸の感覚を受 け取る領域の神経活動が亢進し,それを「食欲」や
「空腹感」として脳が錯覚することにより,食欲亢進 が引き起こされる可能性を示唆する.実際,アナン ダミドの拮抗薬を動物に投与すると甘味やうま味物 質を含む食餌のみ摂食が抑制され,通常の食餌の摂 食は抑制されないと報告されている.今回われわれ が明らかにした研究成果は,美味により引き起こさ れる摂食行動の脳メカニズムの全容解明に大きく貢 献するものであり,今後,過食や肥満による生活習 慣病(成人病)の予防に役立つ可能性がある.
コ ラ ム
結果,シータリズムの振動興奮が味覚野において誘導さ れた後,胃腸自律領野へ伝播し,味覚野と胃腸自律領野 の神経細胞間にシータリズムの神経ネットワーク活動が 生じることを見いだした(図
2
).また,アナンダミド
により誘発されるオシレーションは,CB1受容体拮抗薬 および -オレオイルエタノールアミンによって抑制さ れることを見いだした.さらに,アナンダミド誘発性オ シレーションは,PPARα
作動薬でなく,GPR119作動薬 により抑制されることを見いだした.また,そのような 神 経 ネ ッ ト ワ ー ク 活 動 が,GABAB受 容 体 を 介 す る フィードフォワード側方抑制によって修飾されることも明らかにした(図2B‒D)
.これらの結果から,CB1受
容体とGPR119の相反する作用により,味覚野と胃腸自 律領野の神経細胞間に生じるシータリズムの神経ネット ワーク活動が制御され,味覚野と胃腸自律領野における 満腹時または空腹時の神経活動の基盤となっている可能 性が示唆された(図3
).
味覚野におけるアナンダミド誘発性オシレーション の生成と胃腸自律領野への伝播
筆者らは以下の4つの観察結果に基づき,アナンダミ ドによるCB1受容体の活性化を介して,島皮質味覚野 図2■アナンダミドの灌流投与によって生じ る神経活動の時空間的興奮パターンの観察
(A) 島皮質スライス標本の明視野顕微鏡像.
(B)味覚野で生じた興奮(赤い部分)は味覚 野内で拡大した後,胃腸自律領野へと伝播し ている(ミリ秒=千分の一秒).青い部分は抑 制を示す.(C)味覚野および胃腸自律領野に おける神経活動強度の変化の時間プロファイ ル.胃腸自律領野では抑制成分が認められる
(黒矢印).興奮がシータリズムで繰り返し生 じている.(D)味覚野から胃腸自律領野にか けての第III層(Aで示すピンクの線)に沿っ て連続した各点における神経活動強度の変化 の時空間プロファイル(ラインプロファイ ル).胃腸自律領野の第III層では,興奮(赤色 部分)に先行して,フィードフォワード抑制
(青色部分)が認められる(白矢印).第III層
(Aで示すピンクの線)に沿って連続した各点 において,興奮がシータリズムで繰り返し生 じている.
図3■空腹時および満腹時における味覚野と胃腸自 律領野神経細胞間の周期的同期化活動
(A)空腹時,アナンダミド(AEA)の濃度が増加し,
-オレオイルエタノールアミン(OEA)の濃度が減少 するため,味覚野と胃腸自律領野神経細胞間に周期的 同期化活動が生じる.(B)満腹時,AEAの濃度が減 少し,OEAの濃度が増加するため,味覚野と胃腸自律 領野神経細胞間の周期的同期化活動が消失する.
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においてシータリズムオシレーションが誘発され,その 神経活動が胃腸自律領野へ伝播すると結論した.第一 に,オシレーションの5 Hzの成分のパワー密度は,胃 腸自律領野と比較して,味覚野において有意に大きな値 を示していた.第二に,アナンダミドにより誘発される オシレーションは,常に味覚野から胃腸自律領野へ一方 向に伝播したが,胃腸自律領野から味覚野へ伝播しな かった.第三に,味覚野と胃腸自律領野間の神経連絡を 切断した際,アナンダミドは味覚野と胃腸自律領野神経 細胞間で,異なる周波数のオシレーションを引き起こし た.味覚野においては,5.5 Hzの成分が主に観察された が,胃腸自律領野においては,主に3 Hzの成分が観察 された.このことから,アナンダミドによって誘発され るオシレーションの5〜6 Hzの成分は味覚野において生 成されるが,その後の胃腸自律領野への伝播は,神経連 絡の切断により消滅したことが示唆される.第四番目 に,脳スライス標本に味覚野が含まれていない場合は,
オシレーションの生成や伝播は全く観察されなかった.
オシレーションは味覚野で発生した後,胃腸自律領野へ 伝播したが,その尾側の心臓自律領野へ伝播することな く胃腸自律領野の終端で終止した.したがって,味覚野 と胃腸自律領野間には第三層錐体細胞の軸索側枝を介し た皮質‒皮質結合により媒介される神経ネットワーク活 動が存在するものと考えることができる.認知・行動・
情動などの高次脳機能は,一次皮質と高次連合野皮質等 の異なる階層間での神経細胞群の機能協関の結果生じる ものと考えられている(16)
.したがって,本研究におい
て明らかになった味覚野と胃腸自律領野間の機能協関 は,食欲亢進に関与する可能性が十分に考えられる.し かしながら,そうした活動が,実際に摂食中の動物標本 の島皮質から記録されてはじめて本論文で提唱した仮説 が実証されることになる.アナンダミド誘発性オシレーションの生成メカニズ ム
CB1受容体はGiと共役して,cAMPの産生を減少さ せる(17)
.また,内向き整流性K
+チャネルを活性化し,Ca2+チャネルを抑制することも知られている(18)
.ラッ
ト新皮質において,CB1受容体は主として,コレシスト キニン/カルビンディン陽性GABA作動性介在ニュー ロンの軸索終末に発現しており(19),CB1受容体の活性
化 に よ り,軸 索 終 末 のCa2+チ ャ ネ ル が 抑 制 さ れ,GABA放出の低下が引き起こされる可能性が示唆され ている(20)
.また,新皮質の第II/III層錐体細胞における
興奮性シナプス伝達も,CB1受容体の活性化により抑制されることが報告されている(21, 22)
.しかしながら,カ
ンナビノイドは前頭皮質ニューロンにおいて,CB1受容 体の活性化により,グルタミン酸作動性シナプス伝達を 増加させることも報告されている(23).cAMP産生の増
加により,前頭前野の第V/VI層錐体細胞からのグルタ ミン酸放出が低下することから(24),CB1受容体の活性
化によるグルタミン酸放出の増加は,シナプス前終末の Ca2+チャネルが抑制されたからではなく,cAMP産生 が抑制されたからかもしれない.実際,5-HT1Aまたは アデノシンA1受容体の活性化によるcAMP産生の減少 により,GABA放出の減少がもたらされることが報告 されている(25, 26).
アナンダミドが味覚野においてオシレーションを引き 起こし,CB1受容体の拮抗薬であるAM251が,このオ シレーションを抑制した.したがって,味覚野に生じた アナンダミド誘発性オシレーションは,CB1受容体の活 性化により生じることが示された.また,cAMPの加水 分解を抑制するロリプラムによって,アナンダミド誘発 性オシレーションが消失したため,CB1受容体の活性化 を介したcAMP産生の低下により,オシレーションが 発生する可能性が強く示唆された.さらには,PPAR
α
を活性するのではなく,GPR119の活性を介して,ア ナンダミド誘発性オシレーションを抑制することも以下 のように明らかになった.第一に, -オレオイルエタ ノールアミンがGW6471(PPARα
拮抗薬)の存在下に おいてもアナンダミド誘発性のオシレーションを抑制 し,GW7647(PPARα
作動薬)やGW6471がアナンダミ ド誘発性オシレーションに影響を与えなかった.第二 に,AR231453(GPR119作動薬)はアナンダミド誘発 性オシレーションを抑制し,アルバニル(GPR119拮抗 薬)は -オレオイルエタノールアミンのオシレーショ ン抑制効果を抑制した.これらの結果はまた,アナンダ ミド誘発性オシレーションの生成において,cAMPシグ ナル伝達が関与することを明確に示している(27).なぜ
なら,細胞内cAMP濃度がGPR119の活性化によって増 加することが知られているからである(28, 29).
-オレオイルエタノールアミンを腹腔内(30)または視 床下部(6)に投与すると,PPAR
α
の活性化を介して肝臓 および心臓の脂肪酸代謝および輸送を増加させることに より, -オレオイルエタノールアミンが食物摂取の抑制 効果を発揮することが報告されている(31).したがって,
-オレオイルエタノールアミンにより生じるPPAR
α
を 介するシグナル伝達は,大脳皮質情報処理とは無関係で あり,アナンダミド誘導性オシレーションに関与する cAMPシグナル伝達とは異なるものである.今後の研究日本農芸化学会
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として,GPR119のノックダウンまたはノックアウトを 用いて,CB1受容体により誘導されるオシレーションを 抑制するGPR119の詳細な役割を明らかにする必要があ る.
筆者らは味覚野において,CB1受容体およびGPR119 が,グルタミン作動性ニューロンおよびGABA作動性 ニューロンの両方の軸索終末に発現していることを見い だしている(32)
.したがって,樹状突起や軸索終末など
において,CB1受容体およびGPR119が共存している可 能性があり,それらの働きが拮抗することにより,cAMPの産生が調節されていると考えられる.
島皮質味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で生じる神経ネッ トワーク活動に対するフィードフォワード抑制の役割 脳には多数の興奮性および抑制性神経細胞が存在し,
抑制性神経細胞は興奮性神経細胞の活動を抑制すること で,神経回路の動作を制御している.興奮性神経細胞が 抑制性神経細胞を活性化することにより,ほかの興奮性 神経細胞が興奮性入力を受ける前や直後に抑制性入力を 受けて,スパイク発火タイミングが調節される.このよ うな制御機構は,フィードフォワード抑制と呼ばれてい る(33)
.筆者らは,本研究において,味覚野と胃腸自律
領野神経細胞間で生じる神経ネットワーク活動が,GABAB受容体を介するフィードフォワード抑制によっ て修飾されることを見いだし,それを可視化することに 初めて成功した(図2B‒D)
.これまで,フィードフォ
ワード抑制を検討した多くの研究が存在するが(33, 34),
フィードフォワード抑制の時空間的パターンを可視化し た研究は見られない.本研究により可視化されたフィー ドフォワード抑制の時空間パターンは,高次脳情報処理 機構の理解に大いに貢献するものと考えられる.アナンダミドはコレシストキニンあるいはカルビン ディン陽性GABA細胞の軸索終末に発現しているCB1受 容体を活性化し,軸索終末からのGABA放出を抑制する ことにより大脳皮質錐体細胞に脱抑制を引き起こす(35)
.
したがって,アナンダミド投与により,味覚野に豊富に 発現しているカルビンディン陽性GABA細胞からの脱 抑制により錐体細胞の興奮性が上昇するが,その結果,CB1受容体を発現しないパルブアルブミン陽性GABA 細胞が錐体細胞の軸索側枝からの入力により活性化され る可能性がある.不全顆粒島皮質でのオシレーション波 形に比べて,顆粒島皮質での波形は,その立ち上がり相 が強く抑制されており(図2C)
,その軸索終末にCB1受
容体を発現しないパルブアルブミン陽性GABA細胞に よるフィードフォワード抑制への関与を強く示唆する.観察された抑制は,GABAA受容体拮抗薬(bicuculline やpicrotoxin)感受性ではなく,GABAB受容体拮抗薬
(CGP55845)感受性であったことから,GABAB受容体 により引き起こされていることが明らかになったが,
シ ー タ リ ズ ム そ の も の は,bicuculline, picrotoxinや CGP55845により全く影響を受けなかった.このこと は,リズム生成に抑制性ニューロンはほとんど関与しな いことを示唆しており,錐体細胞の内因的性質あるいは ネットワーク回路によりリズムが生成されていることを 示唆している.したがって,フィードフォワード抑制の 機能的意義は,隣接する2つの領野の同期化の度合いを 調節するものである可能性が高い.
島皮質味覚野と胃腸自律領野神経細胞間で生じる神 経ネットワーク活動の機能的意義
筆者らは,島皮質味覚野におけるTRPV1の活性化に より,味覚野と全自律機能関連領野間にシータリズム
(4〜8 Hz)の周期的同期化が誘導されることをすでに明 らかにしている(36)
.TRPV1の活性化により誘導される
この神経ネットワーク活動は,スパイシーな食物を味わ う際に生じる自律神経応答に関与する可能性が示唆され る.TRIPV1の活性化により生じる振動性光学的応答 は,味覚野および自律機能関連領野の全域にわたって生 じていた.一方,アナンダミドは,TRPV1受容体に対 する作動薬であることも知られているが(37),アナンダ
ミド誘発性オシレーションは,心臓自律領野には伝播せ ず,胃腸自律領野の尾側端で留まっていた.したがっ て,この所見は,アナンダミドによるCB1受容体の活 性化が,心血管活動を引き起こさず,食物摂取にのみ関 与しうることを示唆している.近年,味物質情報が,味 覚野の局所フィールド記録における4〜5 Hz帯域の成分 として符号化されることが報告されている(38).一方,
胃腸自律領野の神経活動は,情動や食欲に依存して変化 することが知られている(11, 12, 39)
.本研究結果はこうし
た先行研究の知見と矛盾せず,それらをさらに発展させ たものと考えることができる.島皮質味覚野と胃腸自律 領野間で生じるシータリズムの律動的神経協調が,快楽 的な味覚認知による食欲亢進の新規脳メカニズムであ り,こうした神経ネットワーク活動により,味覚野にお ける味覚認知と胃腸自律領野における食欲認知が統合さ れた結果として食欲亢進が生じる可能性を筆者らは初め て提唱した(32).
空腹時と満腹時では味覚が異なることの味覚野脳メカ ニズムは不明であるが,本研究で明らかにされた神経 ネットワーク活動が関与する可能性がある.また,甘味
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や旨味の認知による食欲亢進は,空腹か否かにかかわら
ず生じ(13, 14)
,報酬系が重要な役割を果たす
(40〜42)と想定されているが,味覚依存性の情動的摂食行動を制御する 脳神経機構への島皮質の関与を除外する合理的理由はな い.CB1受容体の拮抗薬により,甘味や旨味による食欲 亢進が選択的に阻害されるが,通常の摂食行動は阻害さ れないと報告されている(43, 44)
.したがって,本研究に
より見いだされた島皮質の味覚野と胃腸領域という細胞 構築学的に異なる領野間のCB1受容体の活性化による 機能協関は,甘味や旨味,つまり,美味による食欲亢進 の脳メカニズムの基盤となる可能性がある.甘い物は別腹と言われているが,山本らによると,甘 いものを食べると脳内の快楽物質である
β
-エンドルフィ ンが分泌され,また,報酬回路が活性化され,その結 果,視床下部で食欲を増進する働きがあるオレキシンの 分泌が促進され,それにより胃や腸の動きが活発にな り,胃の内容物を十二指腸へと送り出すことで胃に余裕 ができるという(45).しかし本研究は,脳のより高次な
機能を営む島皮質が「別腹」の舞台である可能性を示唆 し,「うま味」や「甘味」により味覚野に引き起こされ るシータリズム神経活動が,胃腸の状態とは無関係に胃 腸自律領野の神経活動を引き起こし,それを「食欲」や「空腹感」として脳が錯覚することにより,食欲亢進が 起こる可能性が考えられる.
また,アナンダミドにより引き起こされた周期的同期 化はGPR119の活性化により抑制されることも明らかに したが,GPR119作動薬は,II型糖尿病や肝炎あるいは 肥満の予防薬としても有望視されており,同時に過食の 予防作用も明確になれば,GPR119の重要性はさらに高 まることになる.
おわりに
味覚認知によりもたらされる情動的な摂食行動を引き 起こす高次脳機能メカニズムは,未解明の問題である.
しかしながら,本研究により,アナンダミドにより生じ る味覚認知領域と胃腸自律領野間の神経ネットワーク活 動が,そうした神経基盤となっている可能性が初めて明 らかになった.今後,本研究が過食や肥満の制御,食習 慣に起因する成人病予防などの応用研究へ発展すること が期待される.
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プロフィール
姜 英 男(Youngnam KANG)
<略 歴>1977年 大 阪 大 学 歯 学 部 卒 業/
1982年京都大学大学院医学研究科単位取 得退学(1985年京都大学医学博士)/1985, 1995, 1997年同大学医学部助手,講師,助 教授/2000年北海道医療大学教授/2002 年大阪大学大学院歯学研究科教授/2016 年同大学大学院歯学研究科名誉教授,ソウ ル大学歯学部招聘教授,現在に至る<研究 テーマと抱負>大脳皮質における情報処理 機構<趣味>囲碁
豊田 博紀(Hiroki TOYODA)
<略歴>1998年北海道大学歯学部卒業/
2003年浜松医科大学大学院医学系研究科 卒業/2004年トロント大学医学部博士研 究員/2006大阪大学大学院歯学研究科講 師/2011年同准教授, 現在に至る<研究 テーマと抱負>大脳皮質における情報処理 機構<趣味>スポーツ観戦<所属研究室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://web.dent.osaka-u.
ac.jp/~phys/
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.483
日本農芸化学会