• 検索結果がありません。

生物多様性と食料・農業遺伝資源

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2023

シェア "生物多様性と食料・農業遺伝資源"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

生物多様性と食料・農業遺伝資源 Biodiversity and Genetic Resources for Food and Agriculture

今日、世界人口のカロリー摂取の 90

%がわずか30種の作物に由来しており 品種レベルの遺伝的多様性もきわめて狭 まっている。しかし、その後背地には約 種の栽培植物があり、さらにその 7000

ベースに30〜50万種ともいわれる高等 植物の多様性が存在する 。われわれは1 ) この多様性のなかから、食用に適する、

環境適応性を有する、収量が高い、病虫 害に抵抗性を有するなどの有用な遺伝的 変異性を選抜し、交配を重ね、数多くの 優良品種を生み出してきた。ところが、

その遺伝的変異性=生物多様性の喪失が さまざまな理由によって急速に進行して いる(図 1)。人口圧力による耕地拡大 と森林伐採、近代農業の普及に伴う品種 の画一化と在来種の淘汰、さらに工業化 のもとで進行する自然破壊等々の問題を 抱えるアジア諸国もその例外ではない。

遺伝資源の重要性と多様性喪失の潜在 的危険性が国際的に認知されるようにな ったのはけっして新しいことではない。

は戦後早い時期から遺伝資源の探 FAO

索・導入の重要性や国際協力の必要性を 認識していた。1972 年の国連人間環境 会議(ストックホルム会議)でも世界の 遺伝資源を保存するための国際計画・国 際連絡機構の設立が勧告され、74 年に

( )

はCGIAR 国際農業研究協議グループ

傘下に IBPGR(国際植物遺伝資源理事

会)が設立された。やがて 1980 年代に 入ると、遺伝資源の保全と管理のあり方 が国際政治を舞台とした「資源問題」に まで発展することになる2 )。「多様性の 中心地(原生地 」の多くが発展途上国) に分布するという資源の偏在がその前提 にある(図 2)。その上でとくにこの時 期に問題化した背景に、遺伝資源をバイ オテクノロジー産業の確立・強化におけ る重要な戦略資源と位置づけ、その囲い 込みを図ろうとする先進国および多国籍 企業の動きが活発化してきたこと、これ に対して途上国の反発が強まったことが 挙げられる。途上国内の遺伝資源は 人「 類共有の財産」として自由に利用(持ち 出し)できるにもかかわらず、何の経済 的見返りもないばかりか、先進国の種子 企業が遺伝資源を利用して開発した商品 種子を「私有財産」として購入しなけれ ばならないことへの反発である。

年の 第 回総会で決議さ

1983 FAO 22

れた「植物遺伝資源に関する国際申し合

」 、 「 」

わせ は 従来どおり 人類共有の財産 論を踏襲したが、その対象には改良品種 や実用化されている育種素材も含まれた

。遺伝資源の保全と管理にあたって発

3 )

展途上国への技術的・資金的協力の必要 性も謳われた。当然ながら、新品種保護 制度や知的所有権など既存の諸制度との 整合性が問題とされ、国際遺伝子銀行の

設立と管理に有する膨大な財源の負担問 題も争点となった。FAO を舞台とする 国際論争の発端である 。4 )

年の地球サミットの中心議題の 1992

一つとなった生物多様性をめぐる国際論 争もその延長線上にある。1 年半に及ぶ 交渉作業は難航したが、最終的には①遺 伝資源に対する国家の主権的権利、②バ イテク成果物など遺伝資源利用から生ず る利益の公正かつ公平な配分と技術移転 の促進など、途上国側の主張を概ね反映 した内容となった。そのため、バイテク 産業の競争力強化を国家戦略と位置づけ るアメリカ合衆国は知的所有権への配慮 の不足を理由に条約の調印を拒否した。

翌年にクリントン政権が署名したが、今 日に至るまで議会が批准していない。

生物多様性条約をめぐる争点に、遺伝 子改変生物の国際取引における安全性確 保の問題も急浮上している。アメリカを 中心に遺伝子組み換え作物の作付が急速 に広まってきたためである。1995 年 の 第2回締約国会議でバイオセイフティ議

99 2

定書を作成することが合意され、 年 月にコロンビアで開催された臨時締約国 会議での採択をめざして交渉作業が進め られてきた。しかし、規制対象の範囲や リスクアセスメントの内容、WTO と の 整合性などをめぐって、遺伝子組み換え 作物の輸出国からなる通称マイアミ・グ ループ5 )と、厳しい規制を求める途上国 グループとの対立が表面化し これに、 EU グループや中間グループ(日本と韓国を 含む)を交えた激しい論戦が繰り広げら

れた 。結果、完全に孤立しながらもマ6 ) イアミ・グループが調停案を頑なに拒否 したため、議定書の採択は 2000 年にケ ニアで開催予定の第5回締約国会議まで 先送りされることになった。トウモロコ シやダイズ、ナタネ等の作物を輸入に大 きく依存するアジア諸国にとって、自国 の判断でどこまで規制が許されるのかは 死活問題である。

こうした多くの問題を抱えながらも遺 伝資源の保全と管理に関する国際的な合 意と行動は着実に前進している 。7 ) 1983 年のFAO総会で設置され 「遺伝資源の、 保全と公益的活用のためのグローバル・

システム」の構築作業に取り組んできた

(植物遺伝資源委員会)は、 年

CPGR 95

( )

にCGRFA 食料・農業遺伝資源委員会

へ拡充改組された。1996年のCGRFA国 際技術会議で採択された「ライプチヒ宣 言 」 や 「 世 界 行 動 計 画」、「 世 界 の 植 物 遺伝資源の現状に関する報告書(遺伝資 源白書 」は今後の具体的な方向を示す) 文書として重要である。アジア地域はダ

、 、 、 、

イズやコメ キビ トウサイ タロイモ ヤムイモ、アンズ、モモ、バナナ等の作 物の「多様性の中心地」を抱えており、

(国際イネ研究所)等の国際研究機 IRRI

関とも協力しながら、各国・地域レベル で遺伝資源保全プログラムを策定・実行 している 。8 )

だが、技術的・資金的な限界から、収 集・管理体制が十分な水準に達している とは言い難い。そうしたなか、アメリカ は中南米やアフリカを対象とした既存の

(2)

遺伝資源保全プロジェクトにラオスとベ トナムを加える動きを見せており、イギ リスはインドネシアと合同プロジェクト を実施している。日本もまたバイオイン ダストリー協会(JBA)と新エネルギー

・産業技術総合開発機構(NEDO)を通 じてタイ、インドネシア、マレーシアと の間で熱帯生物資源に関する研究協力プ ロジェクトを進めてきた 。これらのプ9 ) ロジェクトがアジア地域における生物多

様性の保全と遺伝資源の公正な利用に資 す る か ぎ り 積 極 的 な 評 価 が 与 え ら れ よ う。しかし、その成果を各国・各企業が 囲い込むのではなく全世界的規模で共有 するためにも、先進国は FAO を中心と した「グローバル・システム」の早期構 築と実効化により大きな責任を果たすべ きであろう。

(久野秀二)

1遺伝資源の喪失を引き起こした原因

(注)国別レポート提出152ヶ国の回答数(複数)による。

The State of the World's Plant Genetic

(出所)FAO,

1996, p.34.

Resources for Food and Agriculture,

18

81 32

6

52 6

9 22

33 46

61

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

農業システムの変化 在来種の駆逐 過放牧 未開墾地の減少 種の乱開発 内紛 病虫害の蔓延 法制度・政策 環境悪化・自然災害 都市化の進行 耕地拡大・森林伐採

2 域内主要作物の遺伝資源の他地域依存度

FAO, p.23. Kloppenburg, J.R. and

(出所) ibid, 原資料は

Kleinman, D.L., "Plant Germplasm Controversy", Vol.37, 1987, pp.190-198.

Bioscience,

100 100 98.2 90.8 87.7 62.8 62.8 55.6 48.6 30.8

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 オーストラリア

北アメリカ 地中海 ヨーロッパ アフリカ 東アジア 東南アジア ラテンアメリカ 南アジア 西・中央アジア

1) FAO,The State of the World's Plant Genetic Resources for Food and Agriculture,1996.

2) Pat Roy Mooney, "The Law of the Seed: Another Development and Plant Genetic Resources", Development Dialogue, No.1-2, 1983; "The Parts of Life: Agricultural Biodiversity, Indigenous Knowledge, and the Role of the Third System",Development Dialogue,special issue, 1997.

、 『 』 。

3) FAO Conference, "The International Undertaking on Plant Genetic Resources", Resolution 8/83, 1983.な お 邦訳は国際食糧農業協会発行 国際農業技術情報 第39号に掲載されている ) 年の 第 回会期で「農民の権利」概念が導入され、植物多様性の創出に果たしてきた伝統的農民の遺伝資源に対する権利が明確に位置づけられた。特許権ならびに

4 1989 CPGR 3

新品種保護制度を知的所有権の柱に据える先進国からは歓迎されていない。

) マイアミ・グループには、アメリカ、カナダ、オーストラリア、アルゼンチン、ウルグアイ、チリの ヶ国が含まれる。最初に会合をもった地名が名前の由来である。

5 6

) バイオセイフティ議定書の合意に至る経過は、田畑真「生物多様性条約・バイオセイフティ議定書について 『輸入食糧協議会報』 年 月、および田中康久「バイオセイフ

6 」 1999 6

ティ議定書について 『世界の農林水産』」 2000年5月に詳しい。

) で の当該領域における活動の詳細について知ることができる。

7 http://www.fao.org/waicent/FaoInfo/Agricult/AGP/AGPS/pgr/ FAO

8) FAO,Conservation and Sustainable Utilization of Plant Genetic Resources in East Asis; --- in Southeast Asia; --- in South Asia,1995.

) バイオインダストリー協会発行『バイオサイエンスとインダストリー』 年。ただし、アジア地域におけるプロジェクトの多くは医薬原料となる熱帯生物資源の

9 Vol.57, No.2, 1999

探索・収集・管理を目的とするものである。

(3)

表1 アジアにおける食料・ 農業遺伝資源の保全・ 管理の取り組み状況

日本 韓国 中国 台湾 フィリピン ベトナム マレーシア タイ インドネシア インド 米国

世界計 植物種の数 

1)

5,565 2,898 32,200 3,568 8,931 10,500 15,500 11,625 29,375 16,000 19,473 270,000

絶滅の恐れのある植物種の数 

 1)

707 66 312 325 360 341 490 385 264 1,236 4,669 33,798

絶滅の恐れのある植物種の割合 

1)

12.7 2.3 1.0 9.1 4.0 3.2 3.2 3.3 0.9 7.7 24.0 12.5

国家保全プログラムの策定・ 実施状況 

2)

○ ○ ○ - △ ○ △ ○ △ ○ ○ -

ジーンバンクの寄託数 

2)

202,581 120,000 350,000

n.d.

59,399 21,493 38,255 32,404 26,828 342,108 550,000 5,554,505

ジーンバンクの施設性能 

2)

L L L - L M M M M L L -

国際条約等の批准状況

 植物遺伝子資源に関する国際申し合わせ  × ○ × - ○ × × × × ○ × 111

 生物多様性条約 

4)

○ ○ ○ - ○ ○ ○ × ○ ○ × 175

 植物新品種保護国際条約 

5)

○ × × - × × × × × × ○ 38

各指標の世界全体に占める割合

(世界計=100)

 

6)

 科学技術者数

(1981-95年平均)

13.97 2.37 12.74

n.d.

0.13 0.49 0.04 0.20 0.70 2.79 20.67 100.00  研究開発投資

(1995年)

26.39 2.31 0.93

n.d.

0.01 0.01 0.06 0.06 0.07 0.49 33.30 100.00  特許料収入

(1996年)

12.47 0.35

n.d. n.d.

0.00

n.d. n.d.

0.05

n.d.

0.00 55.91 100.00  育種者権登録数

(1996年)

13.06 0.03

n.d. n.d. n.d. n.d. n.d. n.d. n.d. n.d.

11.40 100.00  種苗市場規模

(1998年)

12.60

n.d.

6.20

n.d. n.d. n.d. n.d. n.d. n.d.

2.23 27.54 100.00

1) World Conservation Monitoring Centre, 1997 IUCN Red List of Threatened Plants,1997; available in WCMC's website (http://www.wcmc.org.uk/species/plants/).

3) 1996年9月時点;available in FAO-AGP's website (http://www.fao.org/waicent/FaoInfo/Agricult/AGP/AGPS/PGR/globapp1.htm) 4) 1999年1月時点;available in CBD's website (http://www.biodiv.org/conv/RATIFY_date.htm)

5) 1999年1月時点。加盟国のうち知的所有権を強化した1991年条約を批准したのはアメリカ、日本、オランダなど計11ヶ国;available in UPOV's website (http://www.upov.int/eng/ratif/index.htm)

2) 国家保全プログラム欄の△は、公的な実施体制はないものの実質的には機能しているケース。ジーンバンク施設性能欄のLは長期保管対応、Mは中期保管対応。FAO, The State of the World's Plant

Genetic Resources for Food and Agriculture, 1997; available in FAO's website (http://193.43.36.6/wrlmap_e.htm)

6) 財政負担(利益配分)の具体化作業の一案として1999年4月のCGRFA第8回会期に提出される指標の一部。CGRFA, "Possible Formulas for the Sharing of Benefits Based on Different Benefit-Indicators:

Item 4 of the Provisional Agenda, CGRFA 8th Regular Session, Rome 19-23 Apr.1999", Nov.1998.

参照

関連したドキュメント

1, 2017 N 結合型糖鎖構造解析から植物の変遷を垣間みる 植物種間に見られる糖鎖構造の多様性 近年,植物体内における糖鎖の生合成およびその生物 学的意義に注目が集まっている.そこで本稿では,植物 の発生と生長における糖タンパク質糖鎖の生物学的意義 を追求することの重要性について筆者らの見解を述べた い. 糖鎖は十数種類の単糖から構成される生体高分子であ

【解説】 植物が獲得した防御応答物質の 生合成遺伝子クラスター イネにおけるファイトアレキシン生産の制御機構 宮本皓司,岡田憲典 自由に生息場所を移動できない植物は,外敵から身を守るた めにさまざまな化学物質を生産しその侵略に対抗する.これ らの化学物質のなかには病虫害などに対する防御物質として 知られているものも存在しているが,それらの生合成を担う