【解説】
植物が獲得した防御応答物質の 生合成遺伝子クラスター
イネにおけるファイトアレキシン生産の制御機構
宮本皓司,岡田憲典
自由に生息場所を移動できない植物は,外敵から身を守るた めにさまざまな化学物質を生産しその侵略に対抗する.これ らの化学物質のなかには病虫害などに対する防御物質として 知られているものも存在しているが,それらの生合成を担う 遺伝子はそのほかの代謝産物の生合成遺伝子と同様に,ゲノ ム中に散らばって存在していると考えられてきた.しかし,
近年,ある種の防御物質生産に関与する一連の生合成遺伝子 がゲノム中において集中して存在し,遺伝子クラスターを形 成していることが報告された.さらに,その存在は複数の植 物種において見いだされていることから,生合成遺伝子のク ラスター化は植物のゲノム構造における特徴の一つとして理 解され始めている.本稿では,植物の遺伝子クラスターの最 新の知見について述べるとともに,われわれが現在進めてい るイネの生合成遺伝子クラスターの転写制御機構の研究成果 について解説する.
原核生物においては,ある化合物の生合成に必要な遺 伝子群がゲノム上において近接して存在することでオペ ロンを形成し一つのポリシストロニックな転写単位とし
て転写される現象が一般的に見られる.真核生物におい ても,糸状菌(カビ)ではある特定の代謝産物の生合成 に必要な一連の生合成遺伝子がゲノム中において近傍に 存在し,遺伝子クラスターを形成している例が知られて いる.しかし,高等真核生物においては,これまでの知 見から生合成関連遺伝子のほとんどはゲノム中において 離れて存在していることが普通であると考えられ,下等 真核生物であるカビが特殊なケースであるという認識が 自然であった.これは,真核生物におけるmRNAの発 現が原核生物の場合と異なり,モノシストロニックな転 写単位として転写されるため,オペロン様構造をもつこ とのメリットが低いためと説明されるかもしれない.高 等真核生物である植物における生合成関連遺伝子のゲノ ム中の配置についても例外ではなく,ある化合物の生合 成に必要な複数の遺伝子はゲノム中に散らばり,個々に 転写されると考えられていた.
しかし,近年になって植物においても防御関連物質と して働く化合物の生合成遺伝子が原核生物のオペロン構 造を彷彿とさせる遺伝子クラスターを形成している例が 報告された(1〜3).われわれもイネにおけるファイトアレ キシン生合成遺伝子クラスターの存在を証明し,本誌 Operon-like Gene Cluster in Plant : The Regulatory Mechanism
of the Phytoalexin Production in Rice
Koji MIYAMOTO, Kazunori OKADA, 東京大学生物生産工学研 究センター
Vol. 47, No. 1, 2009において紹介したが(4),その後,生 合成遺伝子クラスターの報告例は植物種を超えてさらに 増えつつある(5).後述するように,これまでに報告され た生合成遺伝子のクラスター化が見られる代謝産物のほ とんどは,病虫害抵抗性などの防御関連物質としての機 能を有しており,植物が病原菌などの外敵に対する生存 戦略として進化の過程で獲得してきた化合物であると推 察できる.そう考えると,これらの化合物を単純に 二 次代謝産物 としてしまうのではなく,植物が特定の環 境において発達・進化・適応することで獲得してきた代 謝産物 specialized metabolites (適応代謝産物) と呼 ぶのがふさわしいのではないだろうか.このような適応 代謝産物の生産能を植物が獲得することは,自らの生存 戦略として理解できるが,その生合成遺伝子がゲノム上 でクラスターを形成することの生物学的な意味について は謎のままであった.その答えを探す第一歩として,ま ずはこれまでに報告されている植物における生合成遺伝 子クラスターの現状について以下に概説する.
植物における生合成遺伝子クラスター
植物における生合成遺伝子クラスターの最初の報告例 は,トウモロコシ ( ) における防虫・抗菌性化 合物として知られるベンザキソジノンの2,4-dihydroxy-
7-methoxy-1,4-benzoxazin-3-one (DIMBOA) の 生 合 成 遺伝子クラスターである(6).DIMBOA生合成遺伝子ク ラスターには,トリプトファン合成酵素
α
サブユニッ トのホモログをコードする ,4つのP450酸化酵素遺 伝子 / / / , グリコシル基転移酵素遺伝子 の6 つの遺伝子が存在しており,これらの遺伝子が4番染色 体上において約260 kbの領域に集中して存在している ことが明らかになっている(7〜9).カラスムギ属 ( spp.) の複数の種においては,
抗菌性化合物として知られるトリテルペンのアベナシン
(avenacin) の生合成遺伝子クラスターが存在すること が報告されている(10).アベナシン生合成遺伝子クラス ターには,テルペン環化酵素をコードする , P450 酸化酵素遺伝子 , アシル基転移酵素遺伝子 , グ リコシル基転移酵素遺伝子 の4つの遺伝子が 存在しており,約140 kbの領域に集中して存在してい ることが明らかになっている(2, 10〜12).
シロイヌナズナ ( ) においては,
トリテルペンであるタリアノール (thalianol) 類および マルネナール (marneral) 類の生合成に関与する遺伝子 クラスターがそれぞれ報告されている(13, 14).これら2 つの生合成遺伝子クラスターはそれぞれテルペン環化酵 素遺伝子およびP450酸化酵素遺伝子からなっている.2 つの遺伝子クラスターには共通してテルペン環化酵素遺
図1■植物における生合成遺伝子クラスター
これまでに報告されている9種類の生合成遺伝子クラスターを示した.また,それぞれの遺伝子クラスターに存在する酵素遺伝子の種類を 色で分けて示した.カラスムギおよびキャッサバの遺伝子クラスターが座乗する染色体は明らかにされていない.
伝子とCYP705Aサブファミリーに属するP450遺伝子 が存在している一方で,それぞれの遺伝子クラスターに 固有のP450酸化酵素遺伝子 ( , ) が存在し ている.このことから,シロイヌナズナにおけるこれら の2つの生合成遺伝子クラスターの進化的起源として,
祖先となる一つの遺伝子クラスターからゲノムのセグメ ント重複により2つの遺伝子クラスターが形成された 後,それぞれの遺伝子クラスターが固有の遺伝子を獲得 したことが考えられる(14).
また,ミヤコグサ ( )・トウキビ (
)・キャッサバ ( ) にお いて,昆虫などの食害に対する防御物質であるシアン化 グルコシドの生合成遺伝子がそれぞれクラスターを形成 していることが最近報告された(15).これらの遺伝子ク ラスターは,複数のP450酸化酵素遺伝子とグリコシル 化酵素遺伝子から形成されている.しかし,それぞれの 遺伝子クラスターに含まれる遺伝子は異なるファミリー に属しており,これらの遺伝子クラスターは単純に水平 伝播によって生じたものではないと考えられる.
図1にこれまでに報告されている植物の生合成遺伝子 クラスターをまとめた.その生理機能が未知であるタリ アノールおよびマルネラールを除き,ここに挙げた生合 成遺伝子クラスターは病虫害などに対する防御応答に関 連する化合物の生産にかかわる.このことから,このよ うな防御物質の生合成遺伝子がクラスターを形成し存在 する何らかの理由があるものと思われる.
以上のように複数の植物種で生合成遺伝子クラスター の存在が報告されていることから,植物における生合成 遺伝子クラスターの存在はある属種に特別なことではな く,植物全般にわたり一般的に存在する可能性が高まり つつある.それでは植物における遺伝子クラスターはな ぜ存在しているのであろうか? また,その存在は植物 にとってどのような利点があるのであろうか? これに 対する一つの考え方として,“push‒pull” 仮説が提唱さ れている(16, 17).
植物の生存にとって重要な適応代謝産物を生産するた めには一連の生合成遺伝子のすべてが揃っていることが 必要であるが,生合成遺伝子クラスターの形成は一連の 生合成遺伝子が共遺伝 (co-inheritence) される場合に有 利に働くと考えられる.その結果,遺伝子クラスターを 形成することに対して正の選択圧がかかると考えられる
(“push”).その一方で,遺伝子クラスターが形成された 後にクラスター中の生合成遺伝子の脱落が起きると,生 合成中間体が蓄積することになる.この生合成中間体が 植物にとって生理活性や毒性をもつ場合に,このような
生合成遺伝子の脱落は植物の生存にとって不利に働くこ ともあるだろう.その場合,遺伝子クラスターから遺伝 子 が 脱 落 す る こ と に 対 し て は 負 の 選 択 圧 が か か り
(“pull”), 完全なクラスターを保持した子孫のみが生き 残ると考えられる.実際に,タリアノールおよび後述す るイネの防御物質であるファイトカサン類については一 部の生合成遺伝子の過剰発現や発現抑制により,生育阻 害や擬似病班の形成が引き起こされることが明らかに なっており(13) (筆者ら,未発表データ),これらの生合 成中間体が植物にとって毒性をもっている可能性が示さ れている.
また,植物の生合成遺伝子クラスターの多くについ て,それぞれのクラスター内の遺伝子の組織特異的な発 現パターンが似通っており,共発現していることが知ら れている.このような一連の生合成遺伝子の協調的な転 写制御においても,遺伝子クラスターを形成しているこ とが有利に働き,遺伝子クラスターの形成に対して正の 選択圧を生み出している可能性も考えられている(2).こ のことから,植物における生合成遺伝子クラスターの詳 細な転写制御機構の解明は遺伝子クラスターの存在意義 を理解するうえで重要なポイントになる.そこで次に,
イネにおいて生合成遺伝子クラスターを形成するファイ トアレキシン生合成遺伝子とその上流経路にかかわる遺 伝子の転写制御機構について,これまでに得られたわれ われの研究成果を解説する.
イネのファイトアレキシン生合成遺伝子とその協調 的な転写誘導
ファイトアレキシンとは植物が病原菌などの感染を受 けた際に生産が誘導される低分子の抗菌性化合物の総称 である.イネにおいては,これまでに15種類のファイ トアレキシンが単離,同定されている.図2に示すよう にフラバノン型のサクラネチン(18) を除き,残りの14種 はすべて環状ジテルペン型である.これらのジテルペン 型ファイトアレキシンはその基本炭素骨格により,モミ ラクトン A, B, ファイトカサンA-E, オリザレキシン A-F, オ リ ザ レ キ シ ンSの4つ の タ イ プ に 分 類 さ れ
る(4, 19).これらのうちモミラクトン類およびファイトカ
サン類は生産量が高く,主要なジテルペン型ファイトア レキシンであると考えられている.
モミラクトン類およびファイトカサン類の生合成経路 を図3に示す.ゲラニルゲラニル2リン酸 (GGDP) がジ テ ル ペ ン 環 化 酵 素 (OsCPS2, OsCPS4, OsKSL7, OsKSL4) により2段階の環化反応を受け,それぞれの 基本炭素骨格であるジテルペン炭化水素が合成され
る(4, 19, 20).その後,ジテルペン炭化水素は酸化反応など を経て,それぞれのファイトアレキシンへと変換され る.モミラクトン類の生合成においては,CYP99A2, CYP99A3および脱水素酵素であるOsMASが酸化反応 に関与すること(21, 22),ファイトカサン類の生合成にお い て は,CYP76M5 〜 CYP76M8お よ びCYP71Z7が 酸 化反応に関与することが,Iowa州立大学のPetersらの グループおよび筆者らのグループ により明らかにされ ている(4, 16, 17, 19, 23).そして,これらのモミラクトン生合 成 遺 伝 子 ( , , , ,
) は4番染色体上において,またファイトカサン 生 合 成 遺 伝 子 ( , , ,
) は2番染色体上において,それぞれ遺伝子ク ラスターを形成している(図1).さらに,GGDP以前の 生合成段階についても解析がなされており,ジテルペン 型ファイトアレキシンの生合成におけるイソプレノイド 骨格の供給にはメチルエリスリトールリン酸(MEP)
経路が関与することもわれわれの研究から明らかになっ ている(24).GGDPの環化反応以降を担う生合成遺伝子 がクラスターを形成しているのに対し,MEP経路上の 酵素をコードする遺伝子は,イネゲノム中において散ら ばって存在している.このことはファイトアレキシンだ けでなくさまざまなテルペノイドの生産に関与する generalな代謝経路であるMEP経路とファイトアレキシ ンという適応代謝産物の生合成に関与する遺伝子群の違 いによる可能性も考えられる.
イネにおけるファイトアレキシン生合成遺伝子クラス ターも,これまでに報告されている遺伝子クラスターと 同様に,クラスター中の遺伝子の組織特異的な発現パ ターンが似通っており共発現している(25).また,ほか
の遺伝子クラスターには見られない特徴として,病害応 答時やストレス応答時にファイトアレキシン生合成遺伝 子の転写が同調的に誘導されることが挙げられる.たと えば,イネ培養細胞に対して,植物の病害抵抗性反応を 誘導するキチンエリシター( -アセチルキトオクタオー ス)を処理した際に,ファイトアレキシン生合成遺伝子 の転写が同調的に強く誘導されることが明らかになって いる(イネのファイトアレキシン生合成遺伝子クラス ターの発見とその同調的な転写誘導の詳細については本 誌 Vol. 47, No. 1, 2009 の解説を参照されたい)(4, 19).ま た,遺伝子クラスターを形成していないMEP経路遺伝 子についても,ファイトアレキシン生合成遺伝子と同様 に病害応答時やストレス応答時に同調的に転写が誘導さ れることも知られている(24).
イネにおけるジテルペン型ファイトアレキシン生産 を制御するbZIP型転写因子OsTGAP1
われわれはイネのジテルペン型ファイトアレキシン生 産の制御機構を明らかにすることを目的として,ファイ トアレキシン生合成遺伝子のキチンエリシター応答的な 転写誘導を制御する転写制御因子の同定を行った.
まず,モミラクトン生合成遺伝子の一つである についてプロモーター解析を行い,そのキチンエ リシター応答的な転写誘導にTGACG-motifが関与する ことを見いだした.このことから, の転写制御 にTGACG-motif に結合するbZIP型転写因子が関与す ることが予想された.さらに,その後マイクロアレイ解 析による の転写制御因子候補の絞り込みを行 い,最 終 的 にbZIP型 転 写 因 子OsTGAP1を 取 得 し た
(詳細については本誌 Vol. 47, No. 1, 2009 の解説を参照 図2■イネにおける15種類のファイ トアレキシン
フラバノン型のサクラネチンを除く 14種類がジテルペン型の構造をもつ.
また,ジテルペン型ファイトアレキ シンは,その基本炭素骨格から4つ のグループに分類される.
されたい)(4, 26).
その後の解析から,OsTGAP1過剰発現株の培養細胞 においては,キチンエリシター処理後のモミラクトン類 の蓄積量が顕著に増加すること, 以外のモミラ クトン生合成遺伝子についてもキチンエリシター処理時 の転写量が野生型株と比較して顕著に増加することを見 いだした.このことから,OsTGAP1は だけで なく,モミラクトン生合成遺伝子クラスター全体のキチ ンエリシター応答的な転写誘導に関与する転写制御因子 であることが明らかになった(26).
さらに,モミラクトン生合成遺伝子と同様にクラス ターを形成しているファイトカサン生合成遺伝子の転写
制御にOsTGAP1が関与している可能性を検証した.そ の結果,OsTGAP1過剰発現株の培養細胞においてはキ チンエリシター処理後のファイトカサン類の蓄積量につ いても顕著に増加することが明らかになった.このこと から,OsTGAP1がファイトカサン生合成遺伝子クラス ターの転写制御にも関与する可能性が考えられた.実際 にOsTGAP1過剰発現株の培養細胞におけるファイトカ サン生合成遺伝子の転写量はキチンエリシター処理時に おいて野生型株と比較して顕著に増加していた(26).さ らに,OsTGAP1過剰発現株培養細胞においてはMEP 経路遺伝子についてもキチンエリシター処理後の転写量 が野生型株と比較して増加していることも見いだし 図3■モミラクトン類およびファイ トカサン類の生合成経路
矢印の近くに各段階の反応に関与す るファイトアレキシン生合成酵素の 名前を緑字で示した.
た(26).このことから,OsTGAP1が上流の生合成段階で あるMEP経路からモミラクトン類およびファイトカサ ン類の生成に至る一連の生合成全体の制御に関与する転 写因子であることが明らかになった(図4).
OsTGAP1によるファイトアレキシン生合成遺伝子 の転写制御機構
それでは,OsTGAP1はこれらのファイトアレキシン 生合成遺伝子をどのように転写制御しているのであろう か? 単 純 な モ デ ル と し て 考 え ら れ る も の は,Os- TGAP1がファイトアレキシン生合成遺伝子それぞれの 上流域に結合し,転写制御を行っているというものであ る.この仮説を検証するため,最近われわれはクロマチ ン免疫沈降法 (ChIP) と次世代シークエンサーによる高 速シークエンス技術を組み合わせたChIP-seq解析を行 い,OsTGAP1のゲノム中における結合位置の網羅的同 定を行った.以下は未発表のデータであるが,ChIP- seq解析の結果とそこから想定されるOsTGAP1による ファイトアレキシン生合成遺伝子の転写制御機構につい て述べる.
OsTGAP1過剰発現株の培養細胞を材料として,抗 OsTGAP1抗体を用いたChIPを行い,得られたChIP DNAを高速シークエンスに供することで,OsTGAP1 の結合領域の網羅的同定を行った.ChIP-seq解析の結 果,キチンエリシター未処理時および処理時においてそ れぞれ約2,700カ所のOsTGAP1の結合領域を見いだし た.キチンエリシター未処理時および処理時における結 合領域を比較したところ,約75%が一致した.このこ とから,OsTGAP1の結合領域はキチンエリシター処理
により大きく変化しないと考えられる.これらの結合領 域のうち,ジテルペン型ファイトアレキシン生合成遺伝 子および上流のMEP経路遺伝子の近傍におけるOs- TGAP1の結合位置に注目した.
まず,MEP経路遺伝子については,初発段階を触媒 するデオキシキシルロースリン酸合成酵素をコードする の転写開始点上流60 bp付近にOsTGAP1の結 合領域が見いだされたが,ほかの遺伝子の上流域に OsTGAP1の結合は認められなかった.さらに,
上流のOsTGAP1結合領域についてゲルシフト アッセイにより,OsTGAP1が認識し結合する配列を解 析したところ,この領域に存在していた2つのTGACG- motifがOsTGAP1の結合に関与していることが明らか になった.また,このOsTGAP1結合領域とルシフェ ラーゼ遺伝子を連結したコンストラクトを用いたレポー タージーンアッセイにより,この領域が の OsTGAP1依存的な転写誘導に関与していることも明ら かにした.これらのことからMEP経路遺伝子について は, のみがOsTGAP1による直接的な制御を受 けていると考えられる(図4).その一方で,そのほか のMEP経路遺伝子については,OsTGAP1からの間接 的な制御も含め,未知の制御機構によって同調的な転写 誘導が成り立っていると考えられる.
次に遺伝子クラスターの近傍におけるOsTGAP1の結 合領域に注目した(図5).まず,モミラクトン生合成 遺伝子については,これまでに上流域にOsTGAP1が結 合することが において示されていた 以 外にも , の上流域にOsTGAP1の結合 領域が見いだされた(図5).このことから,これらの 図4■OsTGAP1によるファイトア レキシン生合成遺伝子の転写活性化 モミラクトン生合成遺伝子,ファイ トカサン生合成遺伝子およびMEP経 路遺伝子の転写活性化にOsTGAP1 が か か わ る こ と が 示 さ れ て い る.
MEP経路遺伝子のうち, は OsTGAP1が転写開始点付近に結合 し,直接的に制御を行っていると考 えられる.また,モミラクトン生合 成 遺 伝 子 の , ,
の上流域にもOsTGAP1の結 合が見いだされている.
遺伝子についてはOsTGAP1により直接的に制御されて いる可能性が高い(図4).その一方で, ,
については上流域にOsTGAP1の結合領域は見い だされず,OsTGAP1により直接的に制御を受けていな いと考えられた.また,遺伝子クラスター領域全体に目 を向けると,クラスター領域の外側にもOsTGAP1が結 合していた.一方,ファイトカサン生合成遺伝子につい ては,すべての遺伝子の転写開始点近くにOsTGAP1の 結合は見いだされず,遺伝子領域から十〜数十kb離れ た遺伝子間領域および遺伝子クラスター領域の外側に OsTGAP1の結合領域が見いだされた.
以上のように,モミラクトン生合成遺伝子の一部およ びファイトカサン生合成遺伝子のすべてについては OsTGAP1の結合が上流域に認められなかった.では,
これらの遺伝子はどのようにOsTGAP1により制御され ているのであろうか? もちろんOsTGAP1の下流に存 在するほかの制御因子を介して間接的に制御を受けてい る可能性が考えられる.しかし,われわれはクラスター 領域の外側や遺伝子間領域におけるOsTGAP1の結合が これらの遺伝子の転写制御において何らかの重要な意味 をもっているのではないかと注目している.
この点に関して,最近われわれはOsTGAP1の相互作 用タンパク質のスクリーニングを行い,ヒストン修飾や クロマチンのリモデリングに関与することが予想される ENT-domainを有するタンパク質がOsTGAP1と相互作 用することを見いだしている(筆者ら,未発表データ).
この事実は,クラスター領域の外側や遺伝子間領域に結 合したOsTGAP1を足がかりにENTタンパク質がクラ スター領域に結合し,この領域のヒストン修飾の変化や クロマチンのリモデリングを引き起こし,その結果とし て遺伝子クラスター全体の転写が活性化されるような機 構が存在している可能性を示している.また,この仮説 を支持するように,カラスムギのアベナシン生合成遺伝 子クラスターの転写制御においてクロマチンの構造変化 が関与していることが報告されている(27).すなわち,
アベナシン生合成遺伝子が発現している組織において,
遺伝子クラスター領域のクロマチンの脱凝縮が起きてい ることが示されており,アベナシン生合成遺伝子クラス ターの転写制御にクロマチンの構造変化が関与している と考えられている.
このように遺伝子クラスターの転写制御においては,
クラスター領域全体のクロマチン構造の変化を伴うよう なダイナミックな転写制御機構が存在することが明らか になりつつある.今後は取得したENTタンパク質の機 能解析やファイトアレキシン生合成遺伝子クラスター領 域におけるDNAの三次構造およびヒストン修飾の変 化,そしてクロマチン構造の変化などを解析していくこ とでこのような機構の存在の証明につながっていくこと が期待される.
以上のように,これまでの研究によりイネに存在する 2つのファイトアレキシン生合成遺伝子クラスターおよ びMEP経路遺伝子の転写制御にかかわるbZIP型転写因 図5■ファイトアレキシン生合成遺 伝子クラスター領域におけるOsT- GAP1の結合領域
モミラクトン生合成遺伝子クラス ター(上)およびファイトカサン生合 成 遺 伝 子 ク ラ ス タ ー(下)に お け る ChIP-seqの結果を示した.ChIP-seq の結果におけるシグナルはそれぞれ の位置におけるリード数を示してお り,ピークが見られる位置にOsT- GAP1が結合していると考えられる.
また,生合成遺伝子の上流域におけ るOsTGAP1の結合領域を黒の矢印 で,遺伝子間領域やクラスター領域 の外側におけるOsTGAP1の結合領 域を緑の矢印で示した.
子OsTGAP1が同定された.さらに,OsTGAP1の結合 領域の網羅的同定を行い,MEP経路遺伝子の一つであ る についてはOsTGAP1により直接的に転写制 御を受けていることが示唆された.しかし,その一方で クラスター上の遺伝子の転写制御機構の詳細はいまだ明 らかになっておらず,今後のさらなる研究が必要であ る.
植物における生合成遺伝子クラスターの存在は広く認 知されるようになってきたが,その存在意義については いまだ不明である.今後,本稿で取り上げた転写制御機 構の解析や,さらには遺伝子クラスターの進化的起源の 解析などを通じて植物における遺伝子クラスターの存在 意義が明らかにされていくことが期待される.
謝辞:本稿で紹介した筆者らの研究は,山根久和教授(現・帝京大学バ イオサイエンス学科)の統括のもとで,岡田 敦博士(現・日本農薬株 式会社)とともに行ったものである.また,吉川博文教授・松本貴嗣博 士(東京農業大学ゲノムリサーチセンター)をはじめとする多くの方々 との共同研究による成果であり,これらの方々に感謝いたします.
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プロフィル
宮本 皓司(Koji MIYAMOTO)
<略歴>2007年東京大学農学部生物生産 科学課程卒業/2009年日本学術振興会特 別研究員DC(東京大学)/2012年東京大 学大学院農学生命科学研究科博士課程修了
(博士(農学))/同年同大学生物生産工学研 究センター特任研究員,現在に至る<研究 テーマと抱負>植物における生合成遺伝子 クラスターに関して,転写制御機構や進化 的起源の研究を通じて,その存在意義を明 らかにしたい<趣味>テニス,また最近ゴ ルフを始めた
岡田 憲典(Kazunori OKADA)
<略歴>1993年島根大学農学部生物資源 化学科卒業/1998年鳥取大学連合農学研 究科博士課程修了(農博)/同年理化学 研究所国際フロンティア研究システムホ ルモン機能研究チーム基礎科学特別研究 員/2000年東京学芸大学教育学部第三部 生物学科助手/2003年東京大学生物生産 工学研究センター助手,現在に至る<研究 テーマと抱負>植物のテルペノイド生合 成とその制御機構の解明<趣味>トライ アスロン,キャンプ,山登り