704 化学と生物 Vol. 54, No. 10, 2016
植物由来の新しい抗真菌剤ポアシン酸の研究の魅力
新しい抗真菌剤ポアシン酸
世界の人口が増え続け,食糧危機が深刻化している現 代において,農業の重要性は以前にも増して高まってき ている.そのなかで,カビの仲間である真菌による感染 が原因となり,毎年約6億人分の食料に相当する農作物 が被害を受けていると算出されている(1).真菌の感染を 防ぐためには多くの農薬が使われているが,耐性菌の出 現や環境負荷の増加といったさまざまな問題が指摘され 始めた.最近われわれは新たな農薬に使える可能性があ る抗真菌物質ポアシン酸を発見し,その作用メカニズ ム,病原性真菌への効果について発表した(2)(図1).そ こで本稿ではポアシン酸の研究がなぜ多くの人の興味を 引くようになったのか,研究の特色,将来の展望などの さまざまな観点から解説する.
食の安全が意識され,消費者の間での農薬への負の印 象が依然として存在する現代社会で,化学的に合成され ていない農薬である有機農薬を用いた有機農業の人気が 高まっている.しかし実際には有効な選択肢はいまだ限 定的である.たとえばボルドー液に含まれる硫酸銅は幅 広い抗菌スペクトルをもつことから,代表的な有機農薬 として100年以上もの歴史をもつが,継続的な使用は土 壌汚染(銅の過剰蓄積)の原因となり,作物の生育への 悪影響や水生生物への強い毒性が問題化する.したがっ て,ポアシン酸のような天然物に由来し,持続的に使用 可能である次世代型農薬の開発が強く望まれていた.
環境負荷が低い農薬に対して社会からも大きな期待が かけられていることは,今回のポアシン酸の研究(3)に関 する新聞記事からも理解できる.「原料が植物からでき ているので,環境汚染のリスクは低い」(日経新聞).
「土壌汚染や健康への悪影響がある農薬に変わる新しい 農薬になる可能性がある」(朝日新聞).「環境に負荷を 与える重金属を使った殺菌剤のボルドー液の代替品に」
(読売新聞).これらの視点は,健康や環境への関心が高 まっている現代社会を反映しているのだろう.
ポアシン酸は木質系バイオマスであるリグノセルロー スの加水分解産物から見つかった(図1).トウモロコ シの茎部分の加水分解産物の中から,真菌の生育を阻害 する物質をスクリーニングした結果,植物細胞壁の糖鎖 を架橋し,植物体の強度を保つ物質であるジフェルラ酸 の誘導体の中に,出芽酵母の生育を阻害する物質がある ことがわかった(2).イネ科(Poaceae)植物に多く含ま れることから,ポアシン酸(Poacic acid)と名づけられ たこの物質は,真菌では細胞壁に結合し,細胞壁合成を 阻害することによって,病原性真菌の生育を阻害した.
論 文 発 表 後 に ポ ア シ ン 酸 の 研 究 は のNews and Viewsで植物細胞壁での役割と真菌での効果を対比 させながら,イラスト入りで紹介された(4).“Fungus against the wall” というタイトルには,植物の細胞壁 に由来する物質が真菌の殺菌剤であることが暗に込めら
図1■ポアシン酸とその研究の特徴
ポアシン酸のような新しい次世代農薬(抗真菌 農薬)の開発は,持続可能な社会の実現のため に求められていた(①).植物の細胞壁に由来す ること,真菌の細胞壁に作用することからもポ アシン酸は注目を集めている(②).ポアシン酸 の細胞内標的予想は形態表現型に基づくユニー クな方法で予想され(③),作用機構や病原性真 菌への抗菌活性が明らかになった(④,⑤).
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
705
化学と生物 Vol. 54, No. 10, 2016
れているのだろう.しかしながら,そのイラストにある ようにポアシン酸が植物細胞壁のなかで実際に細胞壁の 架橋を担っていると考えるのは誤りである.ポアシン酸 自体が植物細胞壁の成分であるという証拠はまだなく,
あくまでも加水分解産物として得られる物質というのが 正しい認識である.ただし,実際に架橋を担っているジ フェルラ酸自体が,植物がもつ真菌感染に対抗する天然 の抗真菌成分である可能性は僅かながら残されている.
出芽酵母におけるポアシン酸の細胞内標的は,薬剤処 理時の形態表現型に基づいて予想された.出芽酵母の形 態解析に特化したCalMorphという蛍光顕微鏡画像の画 像解析システムを用いることで,酵母の形を501の観点
(細胞の大きさ,アクチンパッチの数,核の位置など)
から捉えることができる(5).CalMorphを使って,ポア シン酸を加えた際の細胞と類似した形態を示す遺伝子破 壊株を,4,718の遺伝子破壊株の形態データベースと照 合して検索した結果,細胞壁の合成経路の遺伝子破壊株 と顕著に類似していた.さらにポアシン酸を加えたとき の酵母細胞の形態の特徴を調べたところ,細胞壁異常の 指標となる形態変化(6)(長い芽のネック幅,形態的な不 均一性)を示した.化学遺伝学的なデータも合わせて,
ポアシン酸は細胞壁の合成に異常を与える物質であると 予測された.
その後,実際にポアシン酸が出芽酵母の細胞壁の合成 を阻害しているかを検証した.幸運なことに,ポアシン 酸は蛍光を発する物質だったことから,ポアシン酸を酵 母細胞に加えて調べてみたところ,細胞壁の主要な構成 成分であるグルカン層の部分に蛍光が認められた(図 2).同様の現象は
β
-1,3-グルカンの精製品に対しても認 められ,ポアシン酸がβ
-1,3-グルカンと結合することが わかった.その後,放射性標識した実験で,ポアシン酸 がβ
-1,3-グルカンの合成を および で阻害 することがわかった.以上より,ポアシン酸は細胞壁のβ
-1,3-グルカンに結合し,β
-1,3-グルカン合成を阻害する 働きがあることが証明された.形態表現型に基づく細胞内の標的予想(7)は,筆者らが 力を入れている研究の一つであり,標的未知の物質の標 的を予想し,検証まで行ったものはバニリンに続いて(8) これで2例目である.今までは非必須遺伝子の遺伝子破 壊株と照合することで標的を予想していたが,遺伝子破 壊株と照合せずに予想する新しい方法(9)を提案するとと もに,必須遺伝子の変異株と照合する方法も新しく確立
しつつある.
細胞壁を標的とする代表的な抗真菌剤であるキャン ディン系薬剤は
β
-1,3-グルカン合成酵素の触媒サブユ ニットFks1に直接結合して細胞壁合成を阻害すること がわかっている.それに対してポアシン酸はまず細胞壁 の主要なβ
-1,3-グルカンに結合し,それが原因となって 細胞壁合成を阻害することが示唆されている.β
-1,3-グ ルカンそのものに結合する抗真菌剤はほかに存在しない ため,ポアシン酸はユニークな作用機構をもっていると 言える.さらに,細胞壁に結合する性質によって,酵母 細胞を蛍光染色できる点も興味深い.これまでに真菌感 染症の検査時に,真菌を可視化するために細胞壁の染色 剤(例:カルコフロールホワイト)が利用されている が,ポアシン酸も検出試薬として利用できる可能性があ る.しかしながらよく考えてみると,ポアシン酸が具体的 にどのように細胞壁にダメージを与えているのかについ ては不明な点が多い.どのような結合様式で
β
-1,3-グル カンに結合するのか,どのような反応メカニズムでβ
-1,3-グルカン合成を阻害するのか,細胞壁リモデリン グ(タンパク質修飾や,糖鎖同士の架橋)への影響はな いのかといった問題の解決には,今後の研究が必要であ り,これらは多くの細胞壁研究者の興味を引く課題に なっている.ポアシン酸は広い抗菌スペクトルをもっている.複数
の植物病原性真菌( ,
)だけでなく卵菌 (真菌と類
似する性質をもつが,進化的に異なる原生生物で細胞壁 図2■ポアシン酸で蛍光染色した酵母細胞とグルカン標品 画像解析用の写真を撮っているときに,ポアシン酸で処理した細 胞壁が 不自然な 蛍光を発することに気がついた.当初この現 象のもつ意味がわからなかったが,その後細胞壁が標的ではない かと予測するようになったことから,「ポアシン酸がβ-1,3-グルカ ンと結合して働く」という作業仮説を立てるようになった.
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
706 化学と生物 Vol. 54, No. 10, 2016
に
β
-1,3-グルカンをもつ)の増殖を抑えた.植物への真 菌の感染そのものも抑える効果もあった(図1).一般 的に真菌の細胞壁中にはβ
-1,3-グルカンが存在するが,これがポアシン酸の抗菌スペクトルの広さに貢献してい ると推測されている.ヒトや動物に感染するカンジダ 属・アスペルギルス属などの病原性真菌も
β
-1,3-グルカ ンをもっているため,これらの病原性真菌にも効く可能 性がある.ヒトには存在しないβ
-1,3-グルカンを標的に するポアシン酸は,副作用が低いことが期待されるた め,農業・医療の両分野で使われているアゾール系抗真 菌薬に続き,新たな医薬品としてポアシン酸が利用され る日が将来くるかもしれない.薬としての実用化を考えるうえでは,量の確保は大き な問題である.残念ながら今回使用した加水分解産物に は,ポアシン酸は0.1
μ
Mとそれほど多くは含まれてい なかった.しかし2022年までに木質系原料によるバイ オエタノール生産は毎年6,000万kLに上ると予想されて おり(10),その際に毎年6〜12億kLもの莫大な量の加水 分解産物が得られることを考えると,さほど大きな問題 にはならないのではないだろうか.ポアシン酸は天然物に由来し,これからの環境型社会 を実現するうえで理想的な性質をもっている抗真菌剤の 有力な候補である.今後の実用化に向けて,現在ウィス コンシンで行っているほ場試験,環境負荷やヒトへの安 全性の検査といった多くの課題が残されている.これら をクリアーすることによって,植物由来の初めての抗真 菌剤としての有機農薬,あるいは医薬品としての活用が 期待される.
謝辞:ポアシン酸の研究は,ウィスコンシン大学のJeff S. Piotrowski, John Ralph, Fachuang Lu, Mehdi Kabbage, 理化学研究所のSheena C.
Li, トロント大学のCharles M. Boone, ミネソタ大学のChad L. Myersら との共同研究で行ったものです.この場を借りて感謝いたします.
1) M. C. Fisher, D. A. Henk, C. J. Briggs, J. S. Brownstein, L. C. Madoff, S. L. McCraw & S. J. Gurr: , 484, 186 (2012).
2) J. S. Piotrowski, H. Okada, F. Lu, S. C. Li, L. Hinchman, A. Ranjan, D. L. Smith, A. J. Higbee, A. Ulbrich, J. J.
Coon : , 112, 201410400
(2015).
3) 東京大学新領域創成科学研究科:新領域―植物由来の
次世代型農薬へ,http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/
22̲entry383/, 2015.
4) P. O'Maille: , 521, 168 (2015).
5) Y. Ohya, J. Sese, M. Yukawa, F. Sano, Y. Nakatani, T. L.
Saito, A. Saka, T. Fukuda, S. Ishihara, S. Oka : , 102, 19015 (2005).
6) H. Okada, S. Ohnuki, C. Roncero, J. B. Konopka & Y.
Ohya: , 25, 222 (2014).
7) S. Ohnuki, H. Okada & Y. Ohya: , 1263, 319 (2015).
8) A. Iwaki, S. Ohnuki, Y. Suga, S. Izawa & Y. Ohya:
, 8, e61748 (2013).
9) A. A. Gebre, H. Okada, C. Kim, K. Kubo, S. Ohnuki & Y.
Ohya: , 15, fov040 (2015).
10) J. Westbrook, G. E. Barter, D. K. Manley & T. H. West:
, 65, 419 (2014).
(岡田啓希,大矢禎一,東京大学大学院新領域創成科学 研究科先端生命科学専攻)
プロフィール
岡田 啓希(Hiroki OKADA)
<略歴>2008年東京農工大学農学部応用 生物科学科卒業/2013年東京大学大学院 新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博 士課程修了,生命科学博士/同年同大学院 新領域創成科学研究科客員研究員/2015 年同大学院新領域創成科学研究科学術支援 専門職員<研究テーマと抱負>酵母細胞壁 の生合成,ハイコンテントイメージング
<趣味>酵母産物(ビール,ワイン,日本 酒など)の鑑評,落語鑑賞,野球観戦 大矢 禎一(Yoshikazu OHYA)
<略歴>1982年東京大学理学部植物学科 卒業/1986年同大学大学院理学系研究科 植物学専攻博士課程中退/同年同大学理学 部助手/1988年理学博士/1993年同大学 理学部助教授/1999年同大学大学院新領 域創成科学研究科教授,現在に至る<研究 テーマと抱負>酵母遺伝学,バイオ・イ メージ・インフォマティクス,システム ズ・バイオロジー<趣味>マラソン<所属 研究室ホームページ>http://ps.k.u-tokyo.
ac.jp/top.html
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.704
日本農芸化学会