田 村 奈保子
は じ め に
本稿は,色彩をひとつのよすがとして『失われた時を求めて』(以下『失わ2 れた時』)の読解を試みるものである。主たる対象箇所は,第一篇「スワン家 のほうへ」の「コンブレーⅠ」「コンブレーⅡ」と第六篇「消え去ったアルベ ルチーヌ」のヴェネチア,パドヴァを舞台とした第三章である。話者が母とと もに訪れたパドヴァのアレーナ礼拝堂は,子どもの時にスワンから贈られた ジョット3の寓意画の複製写真の挿話をもって,コンブレーと2,000ページを隔 ててつながっている4。大きな間隔をあけておかれた挿話としては,フェル メールを共通項とした「スワンの恋」の『ディアナの水浴』5と「囚われの女」
の『デルフト眺望』6にまつわる挿話7や,「コンブレーⅠ」と「見出された時」
のそれぞれにおかれた無意志的記憶の挿話などがあるが,こうした構成はプ ルーストが細心の工夫をもって小説を構想していたことのひとつの証左であ る。本稿ではコンブレーからパドヴァへとつながる挿話を,色彩表現,特にそ こにおいて一対であるかのように扱われた青と金8に着目して読みつなげてみ たい。
青と金(色相環上では黄に読み替える)は,完全な補色からは少し外れると はいえ,鮮やかなコントラストを生む組み合わせである。上で挙げたフェル メールはその青が有名で,青と黄のコントラストが画中に多く見られることも
『失われた時を求めて』 :青と金で
たどるコンブレーからパドヴァ
1思い出される。小説にとりあげられた『デルフト眺望』の「黄色い小さな壁 面」9の前景にも青い屋根が配されている。そこで黄色と形容されている壁面 は,光を受けて輝き,ほとんど金といってよい。プルーストはこの二色の組み 合わせに強く惹かれていたのかもしれない。そもそも西洋絵画,特にキリスト 教絵画における青と金は,「天空の青と,聖なる光または天国の門の金」など として特別な色とされている。もともとそれは絵具の貴重さ,つまり高価さに 負うところが大きかった。金はもちろん,青色顔料の原料ラピスラズリも高価 な半貴石である。和名が「青金石」であるのは,この石が黄鉄鉱の粒を含んで おり,その深い青を引き立たせる金を一対として自らの中に併せ持っているか らだろう。顔料の高価さや神々しい色彩であることからか,時代を経てこの二 色はキリスト教美術において,聖母のマントの青と光輪の金のように,一対と してあらわれる象徴的な色彩となるに至った。また,色は単色でもそれぞれイ メージや象徴を持ちうる。キリスト教美術において,青はキリストの死を嘆く 聖母の悲しみを表したり,天上の国を頂く空の色として教会の内装に用いられ たりすることもある。また,黄は光を受けて金に転じれば栄光の色と見なされ るが,黄のままであれば悲しみや嫉妬,裏切りを表すことになる10。このこと をプルーストが知らなかったはずはないだろう。
以上を踏まえて,この二色が一対となってあらわれる箇所に着目しながら,
コンブレーからパドヴァを結び,この二色から読み取れる意味を考察する。そ の際,黄については,『デルフト眺望』の壁面のように光を受けて輝いている 場合や明らかにプルーストが同様に扱っているような場合には,金として扱 う11。なお,本稿では小説中の色彩を考える際,色彩語が明示された場合に限 らず,花の名や絵画などの具体的な描写から特定される場合は色彩に置き換え て考察する。プルーストがそれらの箇所を書いたとき,頭の中に実際の色が思 い浮かべられていなかったはずはないからである。描写から色彩を汲みとり,
小説世界を豊かに読み解くことも本稿の目的の一つである。
1.「コンブレーⅠ」における青と金 ―― 幻灯の挿話から
就寝劇まで
まず,「コンブレーI」冒頭からの色彩表現をたどり,小説におけるそれら の頻度や特徴を確認しつつ,青と金が一対の色であるかのようにあらわれる場 面に着目し,その二色が『失われた時』の中でどのように扱われているのかを 考察したい。
小説冒頭は闇に等しい暗がりの中で始まる。そのため,マッチの火やドアの 下から差しこむ一筋の光や記憶の中のランプの灯りが,話者の中に安心や分別 を蘇らせてくれている。光に関する言及はあるが,色は明らかではなく,冒頭 部分には色彩の描写は少ない。小説で最初に出てくる色彩語は赤(「夕陽の赤 い反射(I, p.7.)」)で,コンブレーでの帰宅時の思い出に結びついている。次に 色が読み取れるのはローズ(「デバ・ローズ紙(Ibid.)」),次は紫(「紫色のカー テン(I, p.8.)」)である。その後,習慣の力が部屋のカーテンの色や家具の位置 を見慣れた様子に変え,落ち着きを取り戻した話者は,子ども時代に休暇を過 ごしたコンブレーの回想を語り始めていく。
コンブレーでの物語は,寝つけずに苦しんでいた寝室の思い出からのつなが りか,一人で寝に行かなければならないことを辛く感じていた話者のために行 われた幻灯の挿話をもって始められる。不義の疑いを掛けられたジュヌヴィ エーヴ・ド・ブラバンの悲劇は,一人で寝に行く自身の辛さに一層拍車をかけ るものとなり,話者は食堂へ逃れ,母の腕の中に飛び込むのだが,母を愛しく 思うことに気が咎めると語る。これが就寝劇への導入となっている。
この幻灯の挿話には,小説冒頭には少なかった鮮やかな色彩描写があらわれ ている。特筆すべきは青と金・黄で,この二色が説明の余地のない一対である かのように登場する。というのは,青いベルトをしたジュヌヴィエーヴ・ド・
ブラバンが夢想している荒野と城が黄色であるということを,語者は見なくて
もわかるというのだ。それは,ブラバンという名に金褐色の響きがあるからだ と言う。
見えるのは城の壁面の一部にすぎないが,その前の荒野では,青いベルトをし たジュヌヴィエーヴが夢想にふけっている。城と荒野は黄色だが,見なくても 私にはその色がわかっていた。ブラバンという名の金褐色の響きla sonorité mordoréeで,色はすでに明らかだったからである。(I, p.9.)
幻灯の場面に関する研究はすでに多く重ねられているため,ここでは深く立 ち入らないが,青と金・黄が離れがたい一対の色として,良心の呵責を伴った 母への愛しさとともにこの箇所で初めて登場したことに着目しておく。
ここで再確認しておきたいのは補色の観念である。青と黄の色相環上の位置 を12色相で考えると,正確には青には黄味よりの橙が,黄には青紫が,それ ぞれ補色関係にある。また,青と黄はほぼ補色の位置にあるとはいえ,プルー スト自身が黄の補色を色相環でより近くに対応する紫と考えている描写が他所 に見られる12ため,『失われた時』において青と黄の二色を単純に補色と考える ことはできない。やはりこの二色は,サンザシに見られる白とバラ色やヴァン トゥイユの楽曲に見られる白と赤のように,『失われた時』における特徴的な 一対の色彩表現と考えておきたい。
幻灯の挿話の次に色彩表現が豊かになるのは,母への思慕という意味で幻灯 の挿話が引き継がれる就寝劇,特におやすみのキスにつながるスワン来訪の場 面である。そこに青と金が一対であらわれている。まず,話者が母と離れなけ ればならない時,母が青い服を着ていることが語られている。
麦わら編みの小さな紐のついた青いモスリンの庭用ワンピースの軽い衣
き ぬ ず
擦れの 音が聞こえてくるのは,私には辛い瞬間だった。(I, p.13.)
一人で寝に行かなければならない悲しみのせめてもの慰めとなる母からのお やすみのキスさえも奪ってしまうのは来客のスワンであったが,その来訪を知 らせるのは来客用の鈴の黄金色の音であった。
チリン、チリンと二度,おずおずとした楕円形の黄き ん金の音色le double tintement timide, ovale et doréが響くと,来客用の小さな鈴の音だとわかり、皆はすぐに
「お客さんだ、いったいだれだろう」と顔を見合わせ,それでいてスワン氏でし かありえないのは百も承知なのだ。(I, p.14.)
以下しばらく続くスワン来訪の挿話を含めてここまでに登場する色彩語は九 つである13が,そのうちの最後の三つがスワンに関連し,しかもその色は金で ある。その三つとは,上で引用した鈴の音,スワンの父の心の美しさcœur d’or(I, p.15.),スワンの会話にある金縁の書物le volume doré(I, p.26.)で ある。話者が母から引き離される悲しみに金が関連していると考えてよいだろ う。また,母の服の青とジュヌヴィエーヴ・ド・ブラバンのベルトの青との呼 応は,就寝時の母との別離への悲しみの感情と結びついていると解釈できる。
この挿話には母が寝室で話者と過ごすことを父に認めてもらえたという続き があるのだが,話者は寝室にとどまるという譲歩の苦しみを母に負わせてし まったことで「最初の白髪を生じさせた気がした(I, p,38.)」,つまり自分の行 為が母を老いさせ死に近づかせるのだと罪悪感に泣くことになる14。そんな話 者をなだめようと,母は話者に「お馬鹿さんmon petit jaunet(Ibid.)」と声を 掛ける。jaunetの第一義は「薄黄色」で,この語はプルーストが母にあてた手 紙にも小説中と同義で使われていることが知られており,また草稿にはカナリ ヤ色とほぼ同義ととれる書き込みがある15。カナリアは傷つきやすく弱い者の 象徴となることから,わが子への愛情深い呼びかけの語として納得できる。ま た,jaunetは古くは「金貨」も意味した。話者にこの語があてられていること に着目しておきたい。そして,色彩語が少ない中,母がまとっていた青と,母
と別れなければならない話者の悲しみに関連して何度も登場した金が,母への 強い思慕とそれゆえの罪悪感を併せ持った悲しみに結びつけられていることを 確認しておく。
2. 「コンブレーⅡ」における青と金
(1) マドレーヌ=ショーソン=ブリオッシュ
「コンブレーⅠ」最終部のマドレーヌ体験には,「輪郭がはっきりし,色づき
(I, p.47.)」という表現がある。記憶の中にあった町や庭が形と色彩をもって ティーカップからあらわれ出たというのである。この描写から思い浮かぶ鮮や かに色づいた世界は無意志的記憶との関係でも考察されうるとの研究がある16 が,何にしても不眠の夜の暗がりの中で始まった小説がマドレーヌの挿話以降 はより色彩豊かに繰り広げられていくであろう印象を,読者はここでもったは ずだ。しかし,その期待を裏切るかのように,直後に始まる「コンブレーⅡ」
の冒頭での町は暗く陰鬱に描かれている。最初にあらわれる色彩語は,家々が 軒を連ねる様子を形容する際に使われている灰色grisである。その直前では,
町を凝縮し代表する教会の塔がしたがえる街並みが黒っぽいsombreマントと 形容されている。
コンブレーは,遠くから見ると,十里四方から眺めても,復活祭直前の週に私 たちが汽車でやって来るときに車窓から眺めても,ひとつの教会にほかならず,
(…)近づいてみると,野原の真ん中で,風に吹き飛ばされまいと,まるで羊飼 いの女が羊の群れを引き連れるように,すらりとした黒っぽいマントのまわり に羊の毛を想わせる灰色の背中の家並みをたぐり寄せている。(I, p.47.)
このあとも,コンブレーは陰気なtriste町で,家は黒味を帯びnoirâtre,切 り妻の屋根が家の前に落とす影l’ombreのせいで暗いobscureと表現され,陰
鬱さを思わせる形容詞が-rで韻を踏みながら,暗さを畳み掛けるように並んで いる(I, pp.47-48.)。通りにつけられたいかめしい聖人の名前が町に古さや堅 苦しさ,重々しさといったイメージを付すとの解釈もある17。はるか昔の時代 のコンブレーのイメージが,話者が思い出す町の記憶をより一層遠い過去のも のとしているのかもしれない。そのためか,コンブレーの町が目の前の世界を 彩るのとまるで異なる色彩で描かれているため,幻灯よりも現実味を欠いてい るとしか思えない(Ibid.)と話者は考える。ここで話者は世界を色彩でとらえ ようとしている。
現代,映像の中でモノクロームで描かれるシーンは,しばしば現実の物語に 差し挟まれる回想として提示される。「コンブレーⅡ」の冒頭で,町は無彩色 の様相をまとっている。この箇所に関しては写真との関連ですでに考察されて いる18が,小説執筆当時は白黒写真からカラー写真への転換期にあったことか らも,無彩色の色合いはプルーストの中でノスタルジックな記憶につながって いたのかもしれない。
ところで,「コンブレーⅡ」の冒頭は,「コンブレーⅠ」の内容をさりげなく 再録している。たとえば,上の引用に続く描写には幻灯の挿話への言及が見ら れるし,少し先にはマドレーヌ体験への言及もある。レオニ叔母がマドレーヌ を浸したお茶を話者に伴してくれるというくだりだ(I, pp.50-51.)。そして,そ の直前には,感覚をめぐって成り立っているといってよいほど精緻かつ執拗な までの密度をもったレオニ叔母の部屋の描写がある(I, pp.48-50.)。この箇所に 関してはすでに匂いをめぐっての考察がある19が,以下では色彩に着目して読 んでみたい。
話者は自分たちが身を寄せているレオニ叔母宅について語り始め,叔母の部 屋を中心に据えたコンブレーの地理の中へと読者を誘う。叔母の居室が面した サン=ジャック通りは大草原と呼ばれる緑豊かな場所に行きつくとされている が,通り自体はむき出しの石造りのように灰色を帯びている。小説世界はまだ 鮮やかに色どられているとはいえない。
叔母の居室が面していたサン=ジャック通りは,さきまでゆくと大草原を意味 するグラン=プレに行きつくが(街なかの三つの通りに囲まれていながら緑あ ふれるverdoyant 小プ チ = プ レ草原と対をなす呼び名),どこまでも一様な,灰色をおびた 通りで,(…)その通り自体(…)石にじかに彫りつけられた感がある。(I, pp.48-49.)
「緑あふれる」と色彩への言及はありつつも,依然として無彩色の印象の中,
祖母の部屋の描写が始まる。その寝室には無数の匂いが漂うとされ,話者は光 を受けて輝くilluminée海を思い浮かべもする。話者の中でその海は,後述す るヴェネチアの海のように青く,表面は金色の光をちらつかせているかもしれ ない。祖母の部屋の匂いは,さまざまな匂いを経由しながら,果樹園を離れて 戸棚に収められたあらゆる果物のゼリーの中に閉じ込められる。光る海の描写 同様,ここにはまだ色彩語は乏しいが,匂いが実体化した色とりどりの果物や 果樹園の様子から色彩が想起される。ほかほかのパンの匂いを思い起こしたた めか,部屋の炉の火の香ばしい匂いからか,話者には部屋の空気自体がパイ生 地となりこんがりと焼きあげられていくように感じられ,とうとう部屋の空気 全体が目には見えないが匂いとして感知できる「巨大なショーソン」に焼き上 げられると語る。
火はその匂いを幾重にも折りかさね、皺をつけ、膨らませたうえ、こんがりと 焼きあげdorait、目には見えないが感知できる田舎のパイ、巨大な「ショーソ ン」をつくりあげる。(I, p.49.)
ここにも具体的な色彩語はないが,「(卵黄をぬって)焼きあげる」という動 詞dorerか ら 金 色doréeを 連 想 す る こ と は 容 易 だ20。 そ し て 話 者 は, 巨 大 な ショーソンを味わってすぐ,密かな渇望をいだきつつベッドに戻る。快と不快 が入り混じったベッドカバーの描写に,この渇望に漂う名状しがたい禁忌の感
が感じられる。
すぐに私は,いつも密かな渇望をいだきつつ,中央に位置する花柄のベッドカ バーの,べとべとして,むっとする,消化しにくいフルーティーな匂いにもぐ りこむのだ。(I, pp.49-50.)
ショーソンは,食感こそ違えど,同じくふっくらとまるい黄金色の焼き菓子 である「コンブレーⅠ」のマドレーヌを思い出させる。マドレーヌに近親相姦 的な欲望が結びつくとする考察は広く知られている21が,このショーソンを
「第二のマドレーヌ」としてとらえる考察もある22。それに従えば,上で言われ た話者の密かな渇望は母への強い思慕に結びつくと解釈しうることになる。
ここまで,「コンブレーⅡ」には色彩の明示は多くないが,匂いに触発され つつ小説世界が次第に色づく様子を見てきた。そこには感覚の有機的な混淆や 濃密な共感覚的な側面が見られた。また,レオニ叔母の部屋の描写にははっき りした青と金はあらわれないものの,光っている海と卵黄を塗られたショーソ ンからその色彩が読み取れた。特に,金色に焼きあがったショーソンが話者の 近親相姦的な欲望に結びつき,話者がそれに後ろめたさの感情を抱いていたと 読めることを再度確認しておく。
レオニ叔母の部屋の描写はまだ続き,先に述べたマドレーヌ体験への言及に つながっていく。「灰色の玉」「緑の蕾」「バラ色の月」「黄金色の小さなバラ」
(I, pp.50-51.)などの表現が見られ,小説世界は徐々に豊かに彩られていく。
次に色彩表現が目立って豊かになるのは,コンブレーの教会の描写の部分で ある。以下で見るとおり,教会の描写は青と金がその基調色になっていると いってよいだろう。次の引用では,墓石が時間の作用を受け液化して見え,
「ブロンドの波」と表現されている。
石それ自体,もはや無機質な固い物質ではなくなっていた。時間の作用で柔ら
かくなり,元来の四角い枠の外にまで蜜のように流れ出していたからである。
墓石は,こちらではブロンドの波となって溢れ出し(…)(I, p.58.)
これに続く教会内の描写では,ステンドグラスは玉虫色に輝きchatoyaient,
斜 め に 青 い 反 射le reflet oblique et bleuを 投 げ か け, そ の 基 調 色 は 青une certaine de petits vitraux rectangulaires où dominait le bleuとされている。
差し込んでくる光は教会を虹色の洞窟quelque grotte iriséeのように見せるの だが,ガラスの硬質さはサファイヤl’infrangible dureté de saphirsに例えら れ,太陽の微笑みはステンドグラスの宝石を浸しbaignait,青い光の波の中に dans le flot bleu認められると表現されている(I, pp.58-60.)。教会内の描写 はガラスの硬質さやまばゆさから水の比喩へと移り変わり,光にきらめく海を も思わせる。
この段落を締めくくっているワスレナグサの描写に着目したい。白色もある とはいえ多くの場合青い花として思い起こされるワスレナグサが,光を受けて 金色に輝いているというのである。ここでは青と金が分かちがたく一体となっ ている。教会の墓石やステンドグラスの描写にも見られた材質の変化を利用し た比喩的な表現は,プルースト独特のものといえるだろう。
その(=太陽の)微笑みは,私たちが復活祭の前に到着したばかりの日曜日,
まだなにも生えていない真っ黒な地面を嘆く私を慰めるために(…)ガラスで できたワスレナグサを敷きつめて黄金色にまばゆく輝く絨毯を咲かせてくれた のである。(I, p.60.)
これに続く段落には,エステルの戴冠が描かれたタピスリーへの言及があ る。そのドレスは黄色で,高いところに描かれた木々の枝々は「黄色を帯び、
黄金色」とある(Ibid.)。そして,少し後段には,ステンドグラスに描かれた 教会の守護聖女「サン=チレールさま」なる黄色のドレスを着た女性の描写も
ある(I, p.109.)。ステンドグラスの黄色は光を受ければ金色に輝いて見えるだ ろう。青が基調のステンドグラスに飾られた教会内で,金色の守護聖女サン=
チレールが青に映えている様子が想像される。
と こ ろ で, カ イ エ 6 に「 シ ャ ル ト ル の 鐘 塔 」 と い う 草 稿 部 分 が あ る(I, pp.736-738.)。実際のシャルトルの大聖堂のステンドグラスはシャルトル・ブ ルーと形容され,青い衣をまとった聖母が描かれていることでも有名である。
この草稿には決定稿のサン=チレールの鐘塔の描写に活かされている部分が散 見される。たとえば草稿では話者は祖母とそこに出掛けているのだが,決定稿 にある「もしこの鐘塔がピアノを弾くようなことがあれば,きっと無味乾燥0 0 0 0に は弾かないでしょうね(I, p.63.)」というレオニ叔母の教会への評価は,草稿で もほとんど同様の表現で祖母の口から発せられている。このことから,小説の サン=チレール教会のモデルはシャルトルの教会であり,青を基調とした内装 が構想されたと推測される。
草稿の続きには母との別離の悲しさが語られている。そこでは鐘塔が母との 別れが近づくサインになっている。
私はというと,反対に悲しさを感じることなくシャルトルの鐘塔を見ることは なかった。それは,母が私たちより先にコンブレーを離れるとき,一緒にいて くれるのはシャルトルまでのことがほとんどだったからだ。二つの鐘塔の抗し がたいinéluctible姿は,駅よりも恐ろしく見えたものだった。それらに近づく のは母に別れを告げなればいけない瞬間に近づいているようなものだった。(I, p.737.)
この母との別れは,決定稿の祖母のピアノ評の続きにはあらわれない。次に 見るコンブレーの教会のくだりに形を変えて移されたと考えられる。
そのコンブレーの教会は,「コンブレーⅡ」の冒頭から町の象徴的な存在と して登場していた。汽車で近づくと一番最初に地平線上に現れ,到着が近いこ
とを知らせてくれるほど町を代表する存在であり,町中でその姿を見て思わず
「教会だ!(I, p.61.)」と声を上げてしまうほど話者にとって町に欠かせないも のとなっている。次の引用では,この教会が町に秩序を敷く絶対的な存在であ ると語られている。
サン=チレールの鐘塔こそ,町のあらゆる活動に,あらゆる時刻と視点に,
しかるべき形を授け,仕上げの冠を戴かせ,それを神聖なものにしていた。(I, p.64.)
先に見たレオニ叔母の部屋のくだりには,「村の大時計のように,きちんと 時間を守るponctuelles comme une horloge du village(I, p.49.)」という描写 がある。この「村の大時計」とは,サン=チレールの鐘塔ではないだろうか。
時刻をつかさどるという側面において,この教会はレオニ叔母の部屋の描写の 中に描きこまれていたのである。レオニ叔母の部屋と教会はこの描写をもって もつながっている。そして,話者はその教会をブリオッシュに例えて語ってい る。
ミサが終わり,テオドールの店に入って,いつもより大きなブリオッシュを 届けてほしい(…)と頼むときには,目の前にある鐘塔は,これまたいつもよ り大きな祝別されたブリオッシュみたいにこんがり黄こ が ね金色に焼き上がりdoré et cuit,陽の光を鱗
うろこ
状にきらめかせ,ゴム状の樹液のようにしたたらせつつ,そ の尖った先端を青い空に突き立てる。(I, p.64.)
教会はこの前後でバラ色や赤みを帯びた色で描写されてもいるが,ここでは 黄金色があてられ,その背景色は空の青である。上で青を基調とした教会の内 部に描かれた「黄(金)色のドレスを着たサン=チレールさま」という描写を 見たが,ここでは金色の守護聖女が教会本体として青い空の下にあらわれたか
のようだ。また,先にふれたマドレーヌ=ショーソンとの関連を考えると,
「黄金色(に焼き上がり)」と鐘塔をブリオッシュに例えるこの描写は母をめぐ る同様の考察をうながす。
それは,この直後に続く描写が就寝劇や先にふれた草稿部分にあった母との 別れの悲しさを思い起させることによっても裏付けられる。また,草稿で教会 が与える威圧感を表していた「抗しがたいinéductable」とよく似た形容詞
「えも言われぬineffable」が用いられていることも,草稿の意図が決定稿に活 かされたことを強く思わせる。
そして夕方,私が散歩の帰途,もうじきお母さんにお寝みを言って別れなけれ ばならない時刻だと考えていると,鐘塔は,日も暮れようとするからか,反対 に非常に柔らかくなり,まるで褐色のビロードのクッションのように青白い空 の上に置かれ,空に沈みこむように見える。(…)そして鐘塔のまわりを旋回す る鳥の群れの鳴き声が,かえって鐘塔の沈黙を深め,なおも尖塔をそそり立た せ,えも言われぬineffable存在たらしめるのである。(Ibid.)
ここで鐘塔が変貌する柔らかい褐色のビロードのクッションは,ショーソン のくだりで話者がもぐりこんだベッドを思い起こさせる。鐘塔がクッションに 変貌するのは,母におやすみを言って別れなければならないことを思い出す夕 刻だ。母との別れのテーマは,草稿で見たシャルトルの鐘塔にまつわる悲しみ につながる。石造りの鐘塔が力なく変形して沈み込むように話者の目に映った ことは,夕刻の母との別れに心が揺らぐ不安や恐れのせいだろう。その比喩に あらわれたクッションは,レオニ叔母の部屋のベッドカバー同様包みこむよう な柔らかさとともに頼りなげな心許なさも感じさせ,母への強い思慕とそれゆ えに生まれる悲しみにも結びついているようだ。金色にきらめく教会の鐘塔が 尖塔を空に突き立てそそり立たせている,という描写にも着目しよう。ここに は男性的欲望が垣間見える。話者にとってサン=チレールの鐘塔は,日中は青
い空を背に太陽に輝く雄々しい姿を示すコンブレーの象徴であるのだが,夜が 近づくと,その男性性ゆえか,母への思慕が抱かせる悲しみや罪悪感を陰画の ようにあわせもつ存在となるようである。そして,その悲しみや罪悪感は,レ オニ叔母の部屋やコンブレーの教会などの詳細な描写の中に共通また相似的な 構成や要素をもって繰り返し語られていることに,私たちは気づく。
このように,鮮やかな色調をなし聖なる一対の色でもある青と金は,「コン ブレーⅡ」のいくつかの描写の中にやはり対をなすように描き込まれている。
そして,そこには母への近親相姦的ともいえる強い思慕とそれにつきまとう悲 しみや罪悪感が見え隠れすることが読み取れた。
(2) アドルフ叔父の部屋とジョットの寓意画
「コンブレーⅡ」で青と金が明確に一対となり扱われている二つの挿話を見 たい。まず,パリのアドルフ叔父の部屋での挿話である。叔父の部屋は以下の ように描かれている。
四方の壁は金泥塗りの刳り型で飾られornés de moulures dorées,天井が青く 塗られているのは空を模したものらしい。家具は祖父母のところと同じで詰め 物をしたうえにサテンが張ってあり,それは黄色だった。(I, p.72.)
この挿話は,話者がアドルフ伯父の部屋を訪ね,ここではまだ「バラ色の婦 人」とされていたオデットと出会い,彼女の手にキスをした挙句,舞い上がっ てそれを親に話したことで,叔父の女性関係を告げ口したような結果となり,
叔父と家族との交友を断たせてしまった,という顛末を語ったものである。家 族と離れたところで出会った大人の女性への恋心に思春期の少年の思いが読み 取れるが,それを母への思慕と結びつけることは少々いきすぎだろう。オデッ トが言う「カップ・オブ・ティーをご馳走しましょう(I, p.77.)」が後に言及 される彼女のイギリス趣味23につながるものであったり,青い天井の部屋で速
達をブルー bleuと言ったり(I, pp.77-78.)と,小さな工夫がいくつも見られる 点でも興味深い挿話である。ちなみに,このアドルフ伯父の部屋は,ジャン=
イヴ・タディエのMarcel Proust24で紹介されているオートゥイユのルイ・ヴェ イユ大叔父の家を思わせる趣がある。どちらも第二帝政風のインテリアで飾ら れ,あでやかな女性の影が感じられる部屋である。
そして,この挿話の直後にスワンから贈られたジョットの寓意画の複製写真 をめぐる挿話が始まる(I, p.79.)。そのことの意味を考えたい。ジョットの寓意 画はパドヴァのアレーナ礼拝堂の壁面を飾るもので,礼拝堂は青く塗られた天 井と青と金を基調とするフレスコ画に飾られた室内で知られている。空を思わ せる青い天井と金泥塗の装飾で覆われた叔父の部屋は,まるでアレーナ礼拝堂 のミニチュアのようだ。とすると,アドルフ叔父の部屋の描写はアレーナ礼拝 堂への言及が出てくることへの密やかな布石として置かれているとはいえない だろうか。密やかな,というのは,次に続くジョットの寓意画のくだりには,
礼拝堂の名はあるものの,中の様子やフレスコ画への言及は一言もなく,青と 金を基調とする内装という共通項は明示的でないからである。そもそも,礼拝 堂を飾るフレスコ画や印象的な堂内の様子ではなく寓意画のみを取り上げてい ることにも違和感を覚える。2,000ページ後の種明かしを効果的にするために,
ここでプルーストは多くを描かないようにしているのだろうか。
また,小説へのジョットの導入が複製写真が贈られたこと自体ではなく台所 の女中の描写を通してなされていることに,若干の疑問を感じる。寓意画の複 製写真は話者の情操教育を考えた祖母がスワンに相談したことをきっかけに贈 られたものとも解せる25が,そのつながりも明らかにされていない。詳細を意 図的に伏せたまま,パドヴァでの挿話へつなげようとしていたのだろうか。そ うであれば,この挿話はコンブレーにおかれた話者の芸術への導きの一つとし ての解釈も可能となり,一層興味深い。
3. 「囚われの女」における青と金 ―― フォルトゥーニの
ドレス
ヴェネチア,パドヴァでの描写を考察する前に,それに先立つ青と金の一対 が鮮明に際立つ「囚われの女」でのフォルトゥーニの部屋着のくだり26を見た い。話者は,やがて来るであろうアルベルチーヌとの別れ27を何とか引き延ば そうと,出来る限りの努力をしていた。その策の一つがフォルトゥーニの部屋 着を買い与えることで,話者は彼女が気に入った青と金の部屋着を注文したの だった。アルベルチーヌが初めてその部屋着を身につけた夜にヴェネチアへの 思いを強くした,と話者は語っている。また,子どもの頃から夢見続けたヴェ ネチアへの憧れは,スワンがくれたジョットの複製写真によるとある。ここで コンブレーからヴェネチア,パドヴァへの道がつながった。
私はヴェネツィアに出かけたことはなかったが,まだ子供のころ,ヴェネツィ アですごすはずであった復活祭の休暇のとき以来,いや,もっと昔,スワンが コンブレーでくれたティツィアーノの版画やジョットの写真版を目にして以来,
たえずヴェネツィアを夢見ていた。その夜アルベルチーヌが身につけたフォル トゥーニの部屋着は,この目には見えぬヴェネツィアの,心惑わす影のように 私には感じられたのである。その部屋着には(…)死と生を交互にあらわすオ リエントの小鳥たちを掘りつけた円柱のように,アラビアふうの装飾に覆いつ くされていた。その小鳥たちがくり返し描かれて鏡のようにきらめく布地の濃 い青色が,私のまなざしがそこを進んでゆくにつれて,加工自在な柔らかい金 の色に変ってしまうのは,ゴンドラが進むにつれて,眼前の大運河の紺碧色が 炎のように輝く金属みたいに変化するさまを想わせた。(Ⅲ, p.896.)
フォルトゥーニのドレスは細かい不規則なプリーツ生地でできている。その
ため,光によって青から金に色調を変えるように見えるのだろう28。話者はそ の生地から金属のように輝く紺碧のヴェネチアの大運河を思い浮かべている。
青と金が布地や海や金属という材質の違うものをつなぐ比喩表現29の中に用い られていることは,先に引いた「ガラスでできたワスレナグサ」と同様であ る。
また,青と金が分かちがたく混然一体となっていることに関して,ここでも う一度,青色顔料ウルトラマリンの原料であるラピスラズリについて考えた い。先にもふれたが,ラピスラズリは鉱物であり,副成分の黄鉄鉱の混入によ り金色を帯び,見方によって色を変化させる分かちがたい青と金という一対色 を含み持つ。花がガラスに,布地や海が金属にと,物質が様態や硬度や材質自 体を変化させる描写の発想の背景には,鉱物が顔料となったこのラピスラズリ の性質があるのかもしれない。もちろん,そのようにとらえることは,プルー スト独自の視点,感性によるものである。そしてウルトラマリンとは元来「海 の向こうoutre-mer」の意であり,西洋から見ればそれはオリエントを意味し うる30。上の引用に「死と生を交互にあらわすオリエントの小鳥」とあるが,
ラピスラズリ=ウルトラマリン=オリエントの関連から,ラピスラズリが併せ 持つ青と金という一対の色彩が東方の香りが感じられるヴェネチアに結びつく のは当然といえるかもしれない。
4. 「消え去ったアルベルチーヌ」のヴェネチア,パドヴァ
における青と金
アルベルチーヌの出奔から死を経てヴェネチア旅行への障害がなくなった話 者は,母と彼の地に旅行に出かける。到着してすぐに話者は,ヴェネチアとコ ンブレーを比較しその類似を語る。その比較において,コンブレーの教会が直 接サン=マルコ大聖堂につながっていることに着目しておきたい。まず初め に,無彩色を背景としたサン=チレール教会と金色の天使を頂くサン=マルコ
大聖堂の鐘楼が,以下のように対比的に語られる。
私はかつてはコンブレーでしばしば感じたのとよく似た印象を味わったが,(…)
私の目にはいるのは,サン=チレール教会のスレート屋根が黒大理石のように 輝くさまではなく,サン=マルコ広場のカンパニーレの黄金の天使が光り輝く さまである。(Ⅳ, p.202.)
次の箇所では,ヴェネチアにもコンブレーと同様に人々の生活があることを 実感しながら,ヴェネチアはサファイアの水に覆われていると描写されてい る。コンブレーの教会内の描写に「サファイヤ」「青い光の波」の語があった のは,ここに結びつけることを意図してのことだったのだろうか。
ヴェネツィアでも日常の生活はコンブレーのそれに劣らず現実的であり,(…)
その通りたるやサファイア色の水で覆い尽くされ(…)(IV, p.203.)
さらに,コンブレーのロワゾー通りや広場に落とされる褐色の影とヴェネチ アの青さとの対比が語られる。建物の足元のレリーフがまき散らす「青い小さ な花々」という描写は,先に引用した「ガラスのワスレナグサ」を思い起こさ せる。
髭面の髪の頭部は(…)こんどは地面の褐色ではなく,水面の光り輝く青味を いっそう濃くしている。広場ではコンブレーなら服飾店の日除けや理髪店の看 板が大きな影を落としていたところだが,その足元の,日の照りつける人けの ない敷石のうえに小さな青い花をまきちらしている。(Ibid.)
続いて,レオニ叔母の部屋の様子を思い出して言及し,そこには「青いサテ ンのカーテンの二張りles deux pans de satin bleu(IV, p.204.)」があったと
している。これは「コンブレーⅡ」にはなかった表現で,ヴェネチアからコン ブレーの回想に青い色が送り返されていることも興味深い。先にふれたオー トゥイユの大叔父の家にはブルーのサテン地の大きなカーテンがかかっていた というが31,ブルーのカーテンはプルーストにとって親しい人の部屋の心象風 景に欠かせないものだったのかもしれない。
ここで,コンブレーの教会が尖塔という男性的象徴ともとれる形状で表され ていたのに対して,ヴェネチアに散見される大聖堂の屋根はドーム状の丸屋 根,つまり母性的な形状であることを考えたい。丸屋根に細い尖塔が立ってい るのが典型的で,この形状をもつサン=ジョルジョ=マッジョーレ大聖堂の描 写では,その尖頭アーチは母親の唇と重ね合わせられ,話者はそこに母の愛情 深い微笑みと話者へのキスを垣間見たと語っている(IV, p.204.)。
ヴェネチアには喪のイメージがつきまとうが,それはアルベルチーヌの死の みでなく,母への思いにも裏打ちされている。コンブレーとヴェネチアの重ね 合わせも,大聖堂の形状が母性的であることも,ここで小説が母への愛を語っ ていたコンブレーに回帰したことを印象づけているといえるだろう32。サン=
ジョルジョ=マッジョーレ大聖堂の描写のくだりで母の髪の白さ33の痛々しさ を嘆いた話者は,続けて「美術館でこの窓の複製を見るたびにChaque fois que je vois le moulage de cette fenêtre私が涙をこらえざるをえないのは,
この窓が『わたしは母上をよく憶えています』と,なによりも私をいちばん感 動させることを言ってくれるからにほかならない(IV, p.205.)」と,語りの現 在から今や亡くなった母を偲んでいる。
ゴンドラから眺めるサン=マルコ大聖堂の丸屋根が「春の海の終着地(IV, pp.224.)」として話者の目に映ることも母体回帰を連想34させる。その礼拝堂 の中では,空気の冷たさから話者にショールをかけてくれた母の優しさが語ら れる(IV, p.225.)。そして,「いまや私にはどうしても無関心でいられない(il ne m’est pas indifférent)」と語りはまた現在の視点に戻り,サン=マルコ大 聖堂での思い出の中から「どんなことがあっても私が連れ出すことができずに
いる(rien ne pourra plus jamais faire sortir pour moi(ibid.)」母を偲ぶ。
ヴェネチアはアルベルチーヌへの恋の終焉が語られている場でもあるが,話 者はそこで多くの時間母と行動を共にしていた。大聖堂の丸屋根の形状や ショールをかけるというまさしく包み込むような母の優しさについての描写か らも,話者の母への思いが強く結びついた場であることが確認できる。サン=
マルコ大聖堂に飾られた『聖ウルスラ伝』の「嘆きの母」35の中に母の面影を見 た後,それを描いたカルパッチョを蝶番にしてアルベルチーヌの思い出が確か にいっとき蘇る。しかし,それも消え去った恋の終焉を印象づけるだけ36で,
次の段落での話題は母とのパドヴァ行きに変わっている。複製写真でスワンか らもらったジョットの寓意像を見るために,話者は母とともに彼の地を訪れる のである37。ここでコンブレーとアレーナ礼拝堂は2,000ページを経て結びつけ られた38。礼拝堂を訪れた話者があたかも中の様子を全く知らなかったように 描かれているのは,小説上の効果を高めるためだろう。また,以下の引用か ら,礼拝堂の中の基調色が青で,しかも金がその背景色として意識されている ことが一読してわかる。
さんさんと陽光のふり注ぐアレーナの庭園を横切って私がジョットの礼拝堂に はいると,丸天井の全体とフレスコ画の背景がどこまでも青いので,まるで快 晴の一日が,見物客といっしょに敷居をまたぎ,その澄みきった空を堂内のひ んやりした日陰へ移動させたかと思われた。澄きった空といっても,かすかに くすんで見えるのは外光という金箔をとり払われたからで,いかに快晴の日で もそれが翳かげる短い休息があり,雲ひとつ見当たらないのに太陽が一瞬わき見を しただけで,そのほうが穏やかとはいえ青空がふと翳ったと感じるのに似てい る。青味をおびた石の壁面へこうして移された空に,天使がたくさん飛んでい る。私はその天使をはじめて見た。というのもスワンがくれた複製は「美徳」
と「怠惰」の寓意像だけで,聖母マリアとキリストの生涯をものがたるフレス コ画の方は含まれていなかったからである。(IV, pp.226-227.)
スクロヴェーニ礼拝堂は,高利貸しで財を築いた一族出身のエンリコ・デッ リ・スクロヴェーニが聖母マリアに捧げるものとして建てたものである。当 時,高利貸はキリスト教において卑しい職業とされていたため,エンリコが私 財を投じて自身も含めた一族の贖罪のために礼拝堂を建立したとされている。
一方ジョットは,当時修道院から修道院へと歩いており,1302-05年に初めて パドヴァを訪れた際にエンリコと出会い,それをきっかけにこの礼拝堂の内装 に携わることになった。そしてそこに聖母マリアの生涯を描いたのである。礼 拝堂は表向きはスクロヴェーニ一族のための小礼拝堂だったが,受胎告知の祝 祭に関する公的役割の機能も持ち,聖母マリアとの関わりが深い場となって いった。長さ20.5m,幅8.5m,高さ12.8mの大広間のような身廊のみという 単純な構造の礼拝堂である。三面の壁がジョットのフレスコ画で埋め尽くされ ており,それ以外にはほとんど装飾がない。壁には四段にフレスコ画が並べら れ,上三段はマリアの生涯を描いた連作のための場である。奥の祭壇に面した 壁の右上から始まっており,マリアの母アンナの受胎告知,エルサレム神殿へ のマリアの奉献,それに続き,キリストの生誕,受難,復活,聖霊降臨,そし て最後の審判などが配置されている。それらのフレスコ画の背景はほとんどが 青く塗られており,描かれた聖人や天使たちが頂く光輪の金が鮮やかである。
そして四段目,つまり最下段にあるのが寓意画である。頭上の青く塗られた円 天井には金色の星がちりばめられ,その中にキリストとマリアが,まわりを囲 む四人の預言者たち共々,金色で縁取られたメダイヨンに描かれている39。青 と金を基調としたフレスコ画が並ぶ壁面と,金色の星とメダイヨンが描かれた 青い天井に囲まれた礼拝堂に入れば,人は金色に輝く聖なる青の洞窟に迷い込 んだ気持ちになるかもしれないし,天上の神の国を思うかもしれない。
そのような場所に足を踏み入れたにもかかわらず,プルーストが内部を詳述 しなかったのはなぜだろうか。先行研究では,それはラスキンから距離をとる ことを表すためであり,その論拠の一つは『ルモワーヌ事件』の一編「いのし しの祝別」にも見ることが出来るとされている。「いのししの祝別」とはラス
キンの文体模写でルモワーヌ事件を描いたとされるジョットの壁画をとりあげ たものであるが,画家が事件を描きたくなかったので実際には描かれていない というばかげた内容になっている。さらにそこでプルーストは自身のラスキン 翻訳に自虐的な揶揄を加えており,これをもってプルーストはラスキンからの 離脱を表明したとされている40。また,小説での礼拝堂の描写で,天使が飛ぶ 姿を絶滅した鳥の一種une variété disparue d’oiseauxや飛行機乗りの弟子た ちjeunes élèves de Garros(IV, p.227.)に例えていることには ―― 平面的で 少々滑稽にも映る天使の表情や姿を面白がっていただけなのかもしれないが
―― ジョットの宗教観を無視するようなプルーストの姿勢がうかがえる,と 解釈されてもいる41。
ところで,小説の描写にあたるような天使が描かれた絵を特定すれば,該当 するのは「キリストの磔刑」と「キリスト降架」の二枚と考えられる42。二枚 とも次の点において画面構成が似ている。この二枚には共に,画面上方には群 れて飛ぶ天使たちが,画面左下にはキリストとその死を嘆き悲しむ青衣の聖母 が描かれているのである。画面上方の天使たちの大げさな表情や身振りには一 種異様な感があり,これに目を奪われることは不自然ではなかろう。しかし,
プルーストはこの二枚を見て,画面下に描かれた嘆き悲しむ聖母に目を止める ことはなかったのだろうか。そして,記憶にとどめることはなかったのだろう か。それとも,そこからは目を背けたかったのだろうか。
ここでもう一度,青と金が基調色である礼拝堂の内部の描写の希薄さについ て考えたい。特に,この礼拝堂で誰しもの目を引くであろう「ユダの接吻」43
(図1)は,小説ではふれられていないが,われわれにさらなる考察をうなが す。その画中でユダは,キリストに接吻しようとして顔を近づけている。マン トをまとったユダは,キリストとともに画のほぼ中央に描かれている。そのマ ントは抱擁しようと腕を伸ばしたことでキリストの体のほとんどすべてを覆 い,観る者に強い印象を与えることは間違いなかろう。マントの色は金色に近 いが,相対するキリストの頭の光輪の聖なる金とは明らかに異なる色で描かれ
ている。わずかに光沢がなく,黄色に近いのである。そして,キリストや他の 使徒にはある頭の光輪がユダには描かれていない。
広く知られているとおり,黄色はユダヤ人を指す色として西洋では古くから 蔑みの含意を持ちうる。ユダは12使徒の中で唯一ユダヤ人だとされている。
ジョットはこの概念でマントを描いたのだろう44。礼拝堂には報酬を受け取る 姿が描かれた「ユダの裏切り」もある。裏切りをうながすかのように腕を添え る黒い悪魔を背後に伴ったユダは,そこでも光沢のある黄色の衣45をまとって いる。このユダにも光輪は描かれていない。このことからも,ジョットの中で ユダと黄色が強く結びつけられており,その黄色は光沢はあろうとも聖なる金 でないのである。
「ユダの接吻」に戻ろう。マントの色のみでなく,画中に描かれた「接吻」
という行為も考慮に値する。ユダの接吻は,銀貨30枚というわずかな報酬と 引き換えに権力側にイエスを引き渡すために自分が接吻した人物がイエスであ る,と知らせる役割を持っていた。つまり,この接吻はキリストを死に追いや る行為なのである。
就寝劇とこのことを結びつけたい。母のおやすみのキスを待ち眠れずにいた 話者は,母が自分の寝室で過ごすことを望みながら,それに禁忌の念を抱いて いた。そして,それが叶えられた時に母の髪に一本の白髪を見つけた思いが し,母を苦しめ死に一歩近づけてしまったと罪悪感に泣く。つまり,イエスへ のユダの接吻同様,話者の母へのキスは母を死に近づける意味を含み持ってい たことになる。そして,その時母からかけられた言葉が,薄黄色,金貨46も表 しうる「お馬鹿さんjaunet」であった。
ここまで,スクロヴェーニ礼拝堂の壁画の背景のほとんどを覆い聖母の衣の 色でもある青と聖者の光輪を描く輝く金が,母に対する複雑な思いを内包した さまざまな描写の中に描きこまれ,コンブレーからパドヴァに一筋の連なりを 見せていることを見てきた。青と金が一対になってあらわれるいくつかの場面 を考える時,この二色は美しいコントラストを生む一対,またキリスト教絵画
における聖なる一対であるだけでなく,小説中では母子の物語,それも母を強 く慕う息子の罪悪感や悔恨の情に結びつけられた一対の色でもあるといえるの ではないだろうか。コンブレーからパドヴァへの一連の挿話における青と金 は,就寝劇からアレーナ礼拝堂に至る描写を通して,話者の母への愛しさと母 をめぐる悲しみに結びついていた。そこには,母に強い愛情を持ちつつも,そ の思いの強さへの禁忌の念に苦しむ話者の思いが見られた。このように,小説 中で青は聖母にも例えられうる愛する母に,金は母をめぐる悲しみに,それぞ れ結びつく一面をもつと解釈したい。
ヴェネチアでのコンブレーへの回帰と恋愛の終焉,パドヴァでのラスキンか らの離脱の暗示は,話者の創作への再出発と最終巻での啓示につながってい く。パドヴァから帰ってすぐ,話者は若い女性たちを見て気もそぞろとなる。
ヴェネチア出発直前まで女性たちとの出会いを期待し街にとどまろうと迷う が,母を一人で発たせればまた自分のせいで母を苦しめたと悲しむことを思 い,急ぎ話者は母とともに汽車に乗る(IV, pp.227-234.)。これまでの母への 悔恨の情を生む行いを繰り返すまいと,話者は新たな自分としての一歩を踏み 出したのである。ヴェネチア,パドヴァでの記述には,恋愛への執着から離れ て「新たな生の意味を獲得」した話者の「芸術への帰依」や「仕事による新た な生の可能性」47などが感じられる。先にふれたが,ジョットの寓意画の複製写 真は,祖母が話者の情操教育を思いスワンを経由して贈られたものと解せる。
祖母やスワンに導びかれ話者の芸術への親交の始まりが,長い道のりを経て,
ヴェネチアで再出発の兆しを見たのである。その意味でもヴェネチアはやはり 再生の地といえる。上で大聖堂の屋根を母体回帰の象徴とみた意味はそこにも ある。
お わ り に
色彩にあてられた象徴的な意味や役割が,3,000ページという長い小説を通
して一義的なものにおさまっているとは考えられない。しかし,プルーストが 意図をもって一つながりの挿話とした部分においては,何らか一貫した意味を 付していたことも考えられるだろう。今回の青と金がその例である。本稿で は,プルーストがこの二色を一対として扱い,独自の意味づけをしていたので はないかとして小説の読解を行った。そして,コンブレーからパドヴァを ジョットで結んだ一連の挿話で,青に嘆きの聖母に例えられたわが母が,金色 に母をめぐる悲しみと自身の罪悪感が結びつけられるとし,隠された話者の贖 罪の念を読み取った。そして,そこには話者の創作への道筋も読み取れた。
『失われた時を求めて』にあらわれる他の色彩の意味に関しても,今後続けて 検討していきたい。
1 本稿は、関西プルースト研究会(2017年12月16日、於京都大学)において口 頭発表したものに加除修正したものである。研究会席上また後日にご意見ご助 言を下さった皆様に感謝してお礼申し上げます。
2 Marcel Proust, À la recherche du temps perdu, Gallimard, Bibliothèque de la Pléiade , 1987-1989, 4 vol. 引用箇所は巻数とページ数で略記する。引用 文中の下線や(注)はすべて引用者による。また訳文は,プルースト『失われ た時を求めて』(吉川一義訳,岩波文庫1~ 12,2010 ~ 2018年)を使用する。
3 ジョット・ディ・ボンドーネ(1266頃~ 1337年)。
4 Cf. 吉川一義「第二章 ジョットの寓意像と天使」,『プルースト美術館 『失 われた時を求めて』の中の画家たち』,筑摩書房,1998年。
5 1655年以前,油彩,画布,98.5×105cm,ハーグ,マウリッツハイス美術館。
『ディアナとニンフたち』とも呼ばれる。
6 1660年頃,油彩,画布,98×117.5cm,ハーグ,マウリッツハイス美術館。
7 Cf. 吉川一義「第三章 フェルメールの黄色い小さな壁面」,前掲書。
田村奈保子,「プルーストが描いたフェルメール」,『行政社会論集』,第29巻 第4号,pp.47-77, 2017年。
8 Davide Vagoは青と金を対にして考えることを特にフォルトゥーニのドレス に 関 し て 述 べ る 際 に 問 題 と し て い る。David Vago, Proust en couleurs,
Honoré Champion, 2012, p.190.
9 III, p.692.
10 柳宗玄・中森義宗編『キリスト教美術図典』,吉川弘文館,1990年,pp.392- 393。
11 Vagoは金色を黄色として数に入れている。Vago, op.cit., p.435.
12 小説には「私がどんな女性を想いうかべても,たちまち女性の両脇に赤味を おびた紫色の鈴なりの花des grappes de fleurs violettes et rougeâtres が補色 のように立ちあらわれるしまつだった(I, p.85.)」との表現があり,ここにあた る草稿部分でのその花の描写は「黄色と紫色の鈴なりの花の赤味をおびた穂 des epis rougeâtres des grppes de fleurs jaunes et violettes」とされている。花 の中にまとめられていた黄-紫の補色が,決定稿では女性の存在(黄)と花
(紫)に分けられたものと思われる。この箇所の分析に関しては稿を改めたい。
13 嶋野牧子「『失われた時を求めて』の色彩についての一考察 : tilleulをめぐる Combrayの色彩について」,『フランス語フランス文学研究』第57号,日本フラ ンス語フランス文学会,1990年, p.25。
14 同論文,p.26。
15 I, p,1115.
16 和田章男「プルーストにおける写真と記憶 ―― コンブレーの生成過程におけ るイリエ ―― 」,『GALLIA』LV,大阪大学フランス語フランス文学会,2015 年,p.101。
17 同論文,p.103。
18 同所。
19 吉川一義「訳者あとがき(1)」,『失われた時を求めて1』,岩波文庫、2011 年、pp.439-440。
原田武『プルースト 感覚の織りなす世界』,青山社,2006年,pp.31-60。
20 この描写は「不眠の夜」での描写「(ひとが眠る)暖かく煙る大きな空気のマ ント(on dort dans)un grand manteau d’air chaud et fumeux(I, p.7.)」「部 屋の中に穿たれた大きな洞窟chaude caverne creusé au seine de la chambre même(ibid.)」を思わせ,小説冒頭との関連を感じさせもする。
21 Serge Doubrovsky, La place de la madeleine, Édition Mercure de France, 1974.(綾部正伯訳『マドレーヌはどこにある』,東海大学出版,1993 年。)
Philippe Lejeune, Écriture et la Sensualité , in Europe, Février-Mars, 1971.
22 原田武,前掲書,p.40。
23 田村奈保子「プルーストにおけるモード(1)― スワン夫人のイギリス趣 味 ―」,『 行 政 社 会 論 集 』, 福 島 大 学 行 政 社 会 学 会, 第16巻 第 3 号, pp.1-38, 2004年。
24 Jean=Yves Tadié, Marcel Proust, Gallimard, 1996, p.25.
25 祖母が話者への贈り物を様々考えあぐね,芸術作品の版画についてスワンに 問い合わせようとしていた書かれた部分がある(I, p.40.)。これはその後,スワ ンがジョットの寓意画の複製写真を話者に贈ったことにつながっていくと考え られる。
26 この箇所の分析は以下で詳しく行われている。長谷川富子『プルーストにお けるモード』,青山社,2002,pp.124-125。
27 ここで話者は,「その昔お母さんがもう一度お寝みを言ってくれずに私のベッ ドから立ち去ったときや駅で私に別れを告げたとき(III, p.895.)」に言及し,ア ルベルチーヌと母との別れを重ねている。
28 Vagoはこのドレスの青と金の二重性をアルベルチーヌの両性具有的な二重性 に結びつけている。Op.cit., p.192.
29 「ガラスでできたワスレナグサ」の箇所の描写とアレーナ礼拝堂の描写を過 去・現在,内・外の境界線をとりのぞいて,本質を描こうとしているとした観 点で述べた考察がある。真屋和子『プルースト的絵画空間 - ラスキン美学の向 こうに』,水声社,2011年,pp.151-152。
30 Cf. 小林康夫『青の美術史』,平凡社,2003年,pp.32-33。
31 Jean=Yves Tadie, Op. cit. p.25。
32 吉川一義「訳者あとがき(12)」,プルースト『失われた時を求めて12』,岩 波文庫、2018年,pp.650-651。
33 先に引いた就寝劇での母の白髪への言及(I, p.38.)との対応が考えられる。
34 ヴェネチアはアルベルチーヌのみでなく母,そしてその母が喪に服している 祖母を想ういわゆる喪の地であるわけだが,そこに母体回帰が連想させること は意義深い。このことは,ヴェネチアが恋愛の終焉を確認し、話者の芸術家と しての再生の地と解することが出来ることと関連するだろう。話者が仕事に専 心することは母の望みでもあった。Cf. 吉川一義,前掲書,pp.143-146。
35 吉川一義,同所。
36 この箇所での母と恋人との対比については,吉川の同書に述べられている。
同書,p.146。
37 ヴェネチアとパドヴァに関する描写は,実際プルースト自身が1900年に母と ともに訪れたことが下地になっているとされている。
38 ここでも「かつてスワン氏が私にくれた複製写真がコンブレーの家の勉強部 屋におそらくまだ掛かっていると思われる『悪徳』と『美徳』」という描写で,
コンブレーとパドヴァを目明示的につなげている。
39 ス ク ロ ヴ ェ ー ニ 礼 拝 堂 と 作 品 の タ イ ト ル に 関 し て は 以 下 を 参 考 に し た。
Francesca Flores d’Arcais, Giotto, Citadelle & Mazenod, 1996, pp.126-209, 374.
40 吉川一義,前掲書,pp.64-66。
A. Beretta Anguissola, <Giotto> , in Dictionnaire Marcel Proust, publié sous la direction d’Annick Bouillaguet et Brian G. Rogers, Honoré Champion, 2014, pp.420-421.
41 吉川一義,前掲書,p.56。
42 この二枚は身廊のほぼ中央部のフレスコ画の三段目に飾られ,四段目に飾ら れた寓意像「悪徳」のすぐ上段、特に小説に名があげられている「不正」(I, p.81.)の直上にある。プルーストの興味を引いたことは想像に難くない。Cf.
Francesca Flores d’Arcais, Op. cit., p.374.
43 Cf. 吉川一義,前掲書,p.46。この画は注42の二枚が飾られた壁の対面のほぼ 同位置,身廊の中央部三段目に飾られ,四段目に飾られた寓意像「美徳」のす ぐ上段,特に「正義」(I, p.81.)の直上に位置しており,見逃す可能性は少ない だろう。Cf. Francesca Flores d’Arcais, Op. cit., p.374.
44 ジョットの影響からか,ジョット以降,黄衣のユダが描かれるようになった とされている。数例をあげる。
ルーカス・クラナーハ(子),『最後の晩餐』,1565,聖ヨハンニス教会蔵。
ルカ・シニョレッリ,『聖餐式の使徒』,1512,コルトーナ司教区美術館蔵。
ハンス・ホルバイン,『情熱』,1524-25,バーゼル市立美術館蔵。
45 「ユダの裏切り」をはじめ,これらのフレスコ画に洗練された光沢のある色使 いや鮮やかな金色が見られるのは,14世紀半ばのゴシック絵画の進歩があり,
ジョットがそれを実践したためとも考えられている。Ibid. p.167.
46 ユダが受け取ったのは実際には銀貨30枚であるが,金貨も貨幣として俗世的 報酬の象徴と考えられる。
47 吉川一義,前掲書,p.144。
(図1) ジョット「ユダの接吻」,1304- 1306年,150×140cm,フレスコ , スクロヴェーニ礼拝堂(イタリア・
パドヴァ)。