二
〇 一 六 年
十 月
「 今 月 の 言 葉
」 と
「 今 月 の 聖 語
」 に つ い て の 紹 介
今 月 の 言 葉
青 色
しょ う しき
青 光
し ょう こう
黄 色
お う しき
黄 光
お う こう
赤 色
しゃ く し き
赤 光
しゃ っこ う
白 色
びゃ く しき
白 光
びゃ っこ う
『 仏 説 阿 弥 陀 経
』
この言葉 は、
『仏 説 阿 弥陀 経
』と いう 経 典 に出 てく るも ので す。 お浄 土 の池 には 大 きな 蓮 の花 が咲 き、
「青 い花 は青 い光 を、 黄 色 い花 は黄 色 い光 を、 赤い 花 は赤 い光 を、 白 い花 は白 い光 を放 ち、 いず れも 気 高く 清 らか であ る」 と述 べら れて いま す。 この
『仏 説阿 弥 陀経
』の 内容 は私 たち に大 切な
こと を教 えて くれ てい ます
。そ れは
、こ の 蓮 の花 がそ れぞ れの 色 に光 って いる よう に、 私 たち もそ れぞ れの 色 をも つか けが えの ない 尊 い存 在 だと いう こと です
。み なさ んも お浄 土 の蓮 の花 のよ うに 学 校 生活 の中 で、 自 分 とい う 花 を自 分 の色 に精 一 杯輝 かせ てほ しい と思 いま す
。一 方
、周 りの 人 にも それ ぞれ 自 分の 色 があ りま す
。童 謡 詩人 の金 子み す ずさ んが
「わ たし と小 鳥 とす ずと
」と いう 詩 で述 べら れて いる よう に「 みん な違 って みん ない い」 とい う 見 方も 忘れ な いで くだ さい
。お 互 いを 理解 し合 い、 認 め合 って いく 関 係を 築 いて いく こと こそ 本 当 に大 切 なこ とだ と思 い ます
。
今 月 の 聖 語
先 ず 自 分 を 正 し く と と の え
、 次 い で 他 人 を 教 え よ
。
『 ダ ン マ パ ダ
』
スト レー トに 心 に響 く言 葉 だと 思い ます。ま さに 自分 自 身 のこ とを 言 われ てい るよ うな 気 にな りま せん か。 みな さん は、 この 言葉 を読
んで
、ど のよ うに 感 じた でし ょう か。 不思 議 な もの で、 人 の欠 点 はよ く 見え てし まい ます
。私 たち は、 つい 人 の欠 点 や至 ら ない とこ ろを 指 摘し がち です が、 自分 自身 のこ とは 案 外見
えて いな いこ とが 多 いか も知 れ ませ ん。 人 の言 動ば かり に気 を取 られ て、 肝心 の自 分 自身 を見 失 って しま って はい けま せ んね
。人 に何 か言 う前
には
、必 ず一 度 立ち 止 まり
、自 分自 身 の言 動 を振 り返 って みる こ とが 大切 です
。 仏 陀 が述 べる よう に、 日 々の 言 動 をこ の機 会 にし っか りと 見つ め直 して
、ま ず は自 分 自 身 を正 しく 整 える こと に努 めま しょ う。
合掌 宗 教教 育係