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二 〇 一 六 年 十 二 月 「 今 月 の 言 葉 」 と

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二 〇 一 六 年 十 二 月

「 今 月 の 言 葉

」 と

「 今 月 の 聖 語

」 に つ い て の 紹 介

今 月 の 言 葉 一

有 情

は み な も っ て 世 々

生 々

の 父 母

兄 弟

な り

『 歎 異 抄

一 切 の生 きと し生 け るも のは

、す べて み な、 あら ゆる い のち とつ なが り合 っ て生 きる 父母 兄 弟の よう な存 在 であ ると いう 意味 で す。 この 親鸞 聖 人の 言葉 は、 私た ち 一人 ひと りの い のち がど のよ うに 成 り立 って いる か を考 えさ せら れま す

。過 去か ら 現在 まで

、数 え切 れ ない 先祖 のい のち が 受け 継が れ、 両 親が いて

、今 の 自分 のい のち があ る とい えま す。 そ して

、そ こか ら 家族 や友 人な ど、 多 くの 人と 関わ り 支え 合い

、ま た 多く の動 植物 のい の ちを いた だ い て生 か され てい る こと に

、 あら た め て気 づか さ れ ます

。 い よ いよ 十二 月に 入り

、今 年も あと 一ヶ 月と なり ま し た。 こ の一 年 を振 り 返り な がら

、 日常 の 心得 の一 つで あ るい のち を大 切に 考 えて

、感 謝の 気 持ち を持 って 新年 を 迎え まし ょう

今 月 の 聖 語 邪

見 憍 慢

衆 生

『 正 信 偈

邪 見 とは

、真 理に そ むい た見 方や 考え 方 のこ とで

、自 分が い つも 正し いと 思 って いる 人( 悪 衆生

)の こと で す。 憍慢 とは

、お ご り高 ぶり の姿 の こと です

。自 分の 知 恵を ほこ り、 人 の話 を素 直に 聞か な い人

(悪 衆生

) のこ とで す。 こ のよ うな 人は

、ま わ りの 人が 意見 や アド バイ ス を して も

、 耳を か そ うと もせ ず

、全 く 聞こ う とし ま せん

。 社 会 心理 学者 のジ ョ ナサ ン・ ハイ ト氏 が

、人 は「 自分 が正 し い」 と思 うよ う にで きて いて

、 そう いう 思い 込み か ら抜 け出 すこ と が、 人間 関係 を 円滑 に進 める うえ で 重要 であ ると 語 って いま す

。「 自分 が正 しい

」と いう 見方 や考 え方 をあ らた めれ ば、 他人 の意 見も 自然 と 聞き 受け 入れ られ る ので はな いで し ょう か。 また

、 自分 の才 能や 能力 な ど、 自分 の方 が 優れ てい る と 慢心 す るこ とも

、 決し て 良い こと には なり ませ ん。 こ う した 邪見 憍慢 な 状態 にな らぬ よう

、 まわ りの 人の 意 見や アド バイ スを し っか り聞 き入 れ

、柔 軟の あ る 人に な るこ とが 大 切だ と 思い ます

宗 教教 育 係

参照