中学校国語科における説明的文章の読解指導研究
一〈考えの形成〉の深化を図る授業デザインー
丹 内 有希子 1 研究の目的と方法
1.1 研究の動機と目的
筆者は9年間の現場経験の中で、どの生徒にも「わかる」「できる」を実 感させられる授業を目標に授業実践を重ねてきたが、読解授業においてスキ ルを身に付けた「できる」が、テキストを理解していることやテキストに対 して自分の考えを深めていくことには必ずしもっながっていない、という現 状に課題を感じるようになった。特に説明的文章 1の授業では、意味段落分 けや要約などのスキル的知識を教えることが多いが、それらの習得だけを目 指した結果、説明的文章嫌いの生徒が量産されていく、という現状は改善の 余地がある。そもそも説明的文章読解とは、新しい認識や知見を得ることで 自らの認識を変革させていくことに意義があるのではないだろうか。その意 義が十分に実感されない授業では、生徒が今後の読書生活で自ら説明的文章 を手にする機会は失われていくだろう。
説明的文章を読む意義を実感させ、主体的な読み手を育てる授業はどうあ ればよいか。自己の認識の変革と再構成を促し、考えを形成していく授業は どうあればよいか。先行研究を踏まえて導き出した仮説に基づく授業実践を 通して、これらの課題の解決を目指し、よりよい国語科授業の在り方を探っ ていくのが、本研究の目的である。
1.2 研究の方法
中学校国語科における説明的文章読解とその後の〈考えの形成〉の深化を 促す授業デザインを本研究の対象とし、先行研究の検討と授業検証を本研究 の方法とする。尚、授業検証にっいては、文章として記述さ、れた生徒の考え
*1 日本国語教育学会(2009)では、説明的文章を「小中学校の中心的な教材の1っ。論理的思 考力や情報処理、整理力の育成を主な目的として指導が行われている」としている。日本国語 教育学会r国語教育辞典(新装版)』(朝倉書店、2009)p.247 同義で「説明文」「説明的な文 章」などの用語が用いられることがあるが、これにっいて大西(1991)は、「説明的文章」の中 に「①記録文 ②説明文 ③論説文」がある、という分類を提唱し、「説明的文章」と「説明文」
の意味を明確に分けている。大西忠治『説明的文章「読み」の指導技術』(明治図書、1991)p.
46〜48 これらを踏まえ、本研究では中学校国語科教科書で説明的文章教材として配置されて いる文章を総称して「説明的文章」という用語を使用するが、先行研究にっいては表記の通り の用語を採用する。
を主な分析対象とし、説明的文章読解と〈考えの形成〉の深化を促す効果的 な授業デザインを探る一助とする。
2 先行研究の検討と問題の所在 2.1先行研究の検討
日本国語教育学会(2009) 2によると、説明的文章指導は「三読法」が 1960年代からの主流であったが、1970年代以降はその深化を求める流れと反 発する流れが生まれ、様々な変革を経て現在に至っている。特に1980年代以 降は文学教育の読者論の影響を受け、意味理解に小幅ながら個性を認めよう
という考えが説明的文章指導にも表れ、これが表現的な学習活動への志向と 呼応して1990年代以降の活動学習の流れを生んでいる。
加えて、PISA型読解力や学習指導要領改訂の影響を受けた近年は、より 表現活動を重視するカリキュラム編成が特徴的となっているが、このような 現状の中で、従来の意味内容の一般化の学習過程と活動的な学習過程との有 機的な連続、関連が見極めにくくなっていることが課題となっている。
このような「読解活動とその後の表現活動の接続をどう図るか」という課 題の解決を目指す場合、説明的文章読解の意義をどこに求めるかによって、
その後の表現活動の質が変化することを念頭に置く必要があるだろう。
市毛(1997) 3は、説明的文章読解の意義を「説明文の構造上の約束事を 学ぶことで論理的思考力を育成し、生徒自らが説明文を書けるようにするこ
とにある」としている。近年の中学校現場ではこうした方向性が多く目指さ れ、生徒に一定の表現スキルの向上が見られたという成果が確認されている。
しかし、読解と表現の接続を考えた場合、「本文内容を理解していないの に考えは書けている」という生徒の学びをどうとらえるかが今後の課題となっ てくるだろう。
そこで、本研究で目指す方向性としているのが河野順(2007)曝4である。
河野は説明的文章の授業改革の目指す方向性を「学習者にとって生きて働く 力」とし、「生徒の既有の知識に働きかけ、そこに葛藤を引き起こし、なぜ だろうか、どうしてだろうかという生徒の切実な疑問、問いから始まり既有 の知識を作り変え、新たな論理・構造を捉える技能を育てることのできる方 法論」と具体的授業方法の研究推進を求めている。
では、この説明的文章読解と既有知識にはどのような関係があるのか。
*
2 日本国語教育学会編『国語教育辞典(新装版)』(朝倉書店、2009)p.247〜248*3市毛勝雄r説明文教材の授業改革』(明治図書、1997)p.12〜15
*4 河野順子「説明的な文章を読む一中学校説明文教材の授業改革一」(「日本語学」26、2007/12)
鈴木(1989) 5は、必要な既有知識を読者があらかじめもっていて使える 状況におかれているということが、文章理解や記憶と深く関連している、と する。また、梅澤・岩永(1994) 6は、小学生の説明的文章理解において、
低学年から読解における既有知識の活用が始まっていることを明らかにして いる。加えて、教材内容が多岐にわたる高学年では、既有知識と新知識との
「ズレ」が読み深めの基軸になることを吉川(1998) Tが説明している。こ のような読解と既有知識の関係は、「読みのメカニズム」として森田(1985) 8 にも支持されており、説明的文章読解の授業への有効な活用が検討されるべ きだろう。
こうした具体的授業場面を考える場合、読解授業における知識・考えの変 容をどのように見取るかが課題として浮上する。本研究では、読解活動とそ の後の表現活動の接続を課題としているが、この表現活動の1っとして、新 学習指導要領「C読むこと」の指導事項である「自分の考えの形成」を中心
に据えたい。
文部科学省(2008)寧9は、「自分の考えの形成」に関して各学年2つずっ の指導事項を設けており、これらはその内容から「叙述形式」(本文の構成、
展開、表現)に関するもの、「叙述内容」(本文に表れたものの見方や考え方 など)に関するもの、の2種類に分類することができる。
この「自分の考え」については、河野庸(2006)申1°が、「自分の考え」は
「理解したことをどう思うか」であると定義し、読解活動と表現活動の接続 に言及している。また河合(2007) 11は、こうした読解活動が「何でもあり」
ではないことに触れ、「文章(テクスト)の中のすべての語、すべての文の 意味を矛盾なく説明できる一貫した論理性を持っていなければならないとい う制約を負っている」としている。これらは、形成された考えをどう評価し
*5鈴木高士「既有知識と文章理解」(『教科理解の認知心理学』、新曜社、1989)
*
6 梅澤実・岩永正史「小学校2年生は説明文をどのように読むのか一「っばめ」(教育出版2年 上)の場合一」(「山梨大学教育学部研究報告」46、1994)*7 吉川芳則「説明的文章の学習指導過程研究一読者の立場での読みと筆者の立場での読みを相 互交流させる学習を展開した場合一」(兵庫教育大学「言語表現研究」14、1998)
*
8 森田信義『認識主体を育てる説明的文章の指導』(渓水社、1985)p.11*9文部科学省『中学校学習指導要領解説 国語編』(東洋館出版社、2008)p.18〜19、p.35〜38 文部科学省(2008)では、「読むこと」の指導事項 内容(1)の構成の1っとして「自分の考え の形成に関する指導事項」を挙げている。これは、「書かれていることを読んで自分の考えをも っことを示している。」とされており、本研究ではこの文脈での「自分の考えの形成」を〈考え の形成〉と表記する。
*10 河野庸介rPISAテストを分析する」(r中学校「読解力」を鍛える説明文指導の新展開』、明 治図書、2006)
*11河合章男「たしかな「読解力」を育てるとは」(『読解力再考 すべての子どもに読む喜びを一 PISAの前にあること一』、東洋館出版社、2007)
ていくかという評価の観点にっながると考えられるが、実際の評価規準につ いて国立教育政策研究所教育課程研究センター(2011)噸12では、「各学校に おいて適切な評価規準が設定されることが期待される」としてその裁量を各 校に委ねているのが現状であり、実践を通した評価方法の確立も望まれると
ころである。
2.2 問題の所在と研究仮説
先行研究の検討を受けて、次のような課題を見出した。
① 説明的文章読解の意義について河野順(2007)に依拠して考えていく 場合、それを具現化する授業にっいて提案の余地がある。
②①の方向性での授業展開にっいて考えたとき、有効性が理論の面から 支持されている既有知識の活用にっいても検討されるべきである。
③授業を通した個々の生徒の知識や考えの変容を見取るために、新学習 指導要領で目指す「叙述形式」と「叙述内容」の〈考えの形成〉の観点 から評価方法も含めた追究が望まれる。
これらの課題を受け、既有知識の活用を手立てとして〈考えの形成〉の深 化を図る授業の仮説を次のように立て、検証を行うこととする。
中学校国語科の説明的文章読解授業において、教材文との接触前に個々 の既有知識の状況を確認し、初読時に見出したズレを読解に活用するこ
とができれば、教材文に対して個々の視点からの主体的な関わりが促さ れ、〈考えの形成〉の深化を図ることができるだろう。
3 検証授業の実際と分析 3.1検証授業の構想
3.1.1検証日時・対象・教材
検証日時:平成25年5月7日(火)〜16日(木)全6時間実施
検証対象:いわき市立豊間中学校2学年18名(全6時間出席生徒/25名)
検証教材:「食の世界遺産一鰹節」小泉武夫〔『新しい国語2』東京書籍〕
(匡璽ヨ世界一硬い食品である鰹節が・先人の知恵によるカビを利用した 製法でっくられていることを説明し、その価値を理解して「食の世界遺産」
*
12国立教育政策研究所教育課程研究センター『評価規準の作成、評価方法等工夫改善のための 参考資料【中学校 国語】』(教育出版、2011)p.21〜42として伝承することを主張する。)
3.1.2 検証の方法
①プレ教材「生き物が消えていく」(同学年・同一目標・他社教材)で、
学習指導要領「C読むこと」領域ウ(叙述形式)とエ(叙述内容)を重 点目標とした授業を実施する。「叙述形式」「叙述内容」の〈考えの形
成〉にっいて、生徒の記述内容をデータとして収集する。
② 本教材「食の世界遺産一鰹節」で、検証に関連する手立てを加え、そ れ以外は①と条件をそろえた授業を実施する。「叙述形式」「叙述内容」
の〈考えの形成〉にっいて、生徒の記述内容をデータとして収集する。
③プレ教材と本教材の「叙述形式」「叙述内容」にっいての〈考えの形 成〉を比較し、評価・考察することで、検証の全体像と個々の学びの質 の変容を分析し仮説を検証する。
授業の進行〔========±===[::::==一・
初読前 内容確認 構成理解 考え形成(形式) 要旨確認 考え形成(内容)
プレ教材 従来方法
本教材
國
関 連共通 國 共通
共 通共通
匡亜] 初読前の知識状況の確認と個々の読みの視点の確立
→ 「鰹節」「カビ」「世界遺産」など、本教材中の語句にっいて、
本文との接触前に個々の知識状況を確認し、初読後に感じたズ レを各自の読みの視点とする。
(例)「カビ」にっいて【初読前】汚くじあじめしている 【初読後】鰹節をつくる工程で役立っ → 読みの視点 匿璽] 読みの視点に基づく段落の関係性のとらえ
→[…麺コで設けた個々の読みの視点に注目し、関係する段 落を中心として、その他の段落との関係をとらえていく。
(例)カビを使って鰹節をっくる工程が書かれている段落に注目 し、その前後や他の関係する段落について考えていくことで 構成をっかむ。
3.1.3 分析の方法
検証を通した〈考えの形成〉の深化にっいては、次の方法で分析する。
「叙述形式」にっいて
・ 「新学習指導要領C読むこと」の内容を受け、文章の構成や展開、
表現にっいて自分の考えをもっことを目指す。
・ 河野庸(2007)に依拠し、「自分の考え=理解したことをどう思うか」
ととらえる。
・ 「形式理解の深度」「考え形成の深度」の2っを観点に、形成された 考えを以下の4っに分類する。
A:理解國+考え國(本文から離れた感想、本文のなそり直し)
B:理解國+考え図(本文から離れた考え)
C:理解國+考え國(本文に即した感想、賛成・反対等の立場表明)
D:理解國+考え國(本文内容を踏まえた自分なりの見解)
A:理解國+考え國(文章中の気になる語句・話題の指摘や感想)
B:理解國+考え図(文章中の気になる語句・話題についての考え)
C:理解[図+考え國(複数箇所の関係性、論理展開の指摘や感想)
D:理解[図+考え[囲(複数箇所の関係性や論理展開に関しての見解)
※
!
( )に示した各分類の基準を記述例として表すと次のようになる。
A,共感しやすい内容を書いている.接続詞を多く使っている。 } 1 【語句の指摘】l B、文末表現を断定的にすることで、説得力を増している。 i 1 【A+自分なりの解釈】l
c,導入.闘.まとめの轍で書かれてし・る。 i
【複数の関係性の指摘】l
D、前段で詳しく説明し納容をすぐ後の段でまとめているたあ、劃 者は「っまりどういうことなのか」と考えながら讃る. i 【C+自分なりの解釈】1 ノ
、一一一一一一一・一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
※ ( )に示した各分類の基準を記述例として表すと次のようになる。『
仕例として環境保護をテーマとした文章の場合〕 、
;A:自然がなくなるのはダメだと思いました。 i
i 【主題を理解していない単なる感想】!
lB:一人一人が思いやりの心を持っことが大切だと思います。友達に 1
1 優しくするなど、思いやりの心があれば私たちの生活はよりよい 1
1 ものになると思います。 【本文の主題から離れた考えの論展開】1
lC:自然は私たちの生活に大切なものだ考えている、筆者の考えは正1
1 しいと思います。 【賛成等の立場表明】1
lD:私たちの生活は、便利さを求めるあまりに自然との共存という観1
1 点を忘れがちになっている。その意義をもう一度問う筆者の考えl i を受け、私たちは自分たちの身近な生活をまず見直していくべき 1
1 だと思う。 【C+自分なりの見解】1
[ 1
\・一一一一一一一・一一一一一一一一一一一一.一_____一一_____________________________________一..__.一______ノ
以上の観点と基準により生徒の記述内容を分類し、人数分布による全体像 の把握と、個別の記述内容の分析を行う。
「叙述内容」について
「叙述形式」同様、新学習指導要領を受け、文章に書かれている内容 について自分の考えをもっことを目指す。
・ 「叙述形式」同様、「自分の考え=理解したことをどう思うか」とと
らえる。
「内容理解の深度」「考え形成の深度」の2っを観点に、形成された 考えを4っに分類する。
3.2 検証の分析と考察 3.2.1検証の全体像
「叙述形式」「叙述内容」にっいての〈考えの形成〉において、授業内で の生徒の記述内容を分類した結果、次のような結果が得られた。
叙 述 形 式
プレ教材 本教材 記述なし 3 1
A 9 3
B 4 0
C 1 5
D 1 9
10
8
ρ
)
4 2 0
記述なしA B C D
圃プレ教材 團本教材
叙 述 内 容
プレ教材 本教材 記述なし 4 0
A 5 0
B 7 1
C 1 10
D 1 7
10
8
農
)
4 2 0
記述なしA B C D
国プレ教材 團本教材
《考察》
〈考えの形成〉にっいて、「叙述形式」「叙述内容」ともに、手立て による一定の効果が認められる。
「叙述形式」では、読みの視点に基づいて考えさせた本教材で、複 数箇所の関係性を指摘して書いているC・Dの生徒が多く、事前に読 みの視点をもって文章を読むことにより自分の着眼点とその周辺につ いて、段落の関係性や論理展開を意識して本文を評価していると考え
られる。
「叙述内容」では、本教材においてC・Dの生徒が増加し、より本 文に即したかたちで〈考えの形成〉が行われている。手立てにより内 容理解が深まったことが影響していると考えられる。
3.2.2個々の〈考えの形成〉の変容
「叙述形式」について、「形式理解」「考え形成」の2観点で生徒の記述内 容を4領域に分類、プレ教材→本教材の〈考えの形成〉の変容をまとめた結 果、次のような動きが見られた。
図
11.1%
B文章中の気になる語句・話題についての考え
形式理解 國
A文章中の気になる語句・話題の指摘や感想
國
考え形成
D複数箇所の関係性や
論理展開に関して自分なりの見解
C複数箇所の関係性の指摘や感想 論理展開の指摘と感想
11.1%
【図:〈考えの形成〉「叙述形式」プレ教材→本教材の変容】
【生徒記述の変容例 プレ教材A→本教材Dの生徒】
《考察》
生徒①は、プレ教材では気になった導入部の話題提示を指摘してい るだけだが、本教材では筆者が情報をどのように読者に説明したかを 自分なりに考えて評価している。
・ 生徒②は、プレ教材では各段落冒頭の語句を部分的に指摘している だけだが、本教材では筆者が情報を伝えるために各段落にどのような 役割をもたせているかを考えて意見を述べている。
「叙述内容」にっいて、「内容理解」「考え形成」の2観点で生徒の記述内 容を4領域に分類、プレ教材→本教材の〈考えの形成〉の変容をまとめた結 果、次のような動きが見られた。
内容理解
図
A本文から離れた感想 本文のなそり直し
國
考え形成
D本文内容を踏まえた自分なりの見解
C本文に即した感想
賛成・反対の立場表明(同意含む)
11.1%
【図:〈考えの形成〉「叙述内容」プレ教材→本教材の変容】
【生徒記述の変容例 プレ教材A→本教材Dの生徒】
効率的に行えるようになり便利な 面もあるが、動物、植物、人間に 影響が出てしまっています。これ から先もずっと考え続けなければ ならない大切なことだと思います。
《考察》
・
生徒③は、プレ教材では筆者の主張部分をそのまま書き写してまと めているだけだが、本教材では自分なりに見出した鰹節の製法の珍し さと価値に触れ、それらを踏まえた上で現代社会における問題点を指 摘している。M
・
生徒④は、プレ教材では本文のまとめの一文をそのまま書き写し自 分の考えとしてまとめているが、本教材では自分なりに本文の内容をまとめた上で、筆者の主張を受けるかたちで論を展開している。
3.3検証授業にっいての結論 3.3.1検証の成果
本教材では、初読の前に、本文中に出てくる題材やキーワード等に関して 生徒が既に持ち得ている知識を個別に確認させた後、教材文との最初の接触 をさせることで、個別に確認した既有知識と教材内容とのズレを個人の読み 深めの基軸(=読みの視点)とする手立てを用いて授業を行った。「鰹節」
「カビ」「世界遺産」など、生徒が実生活の中で触れることの多い語句にっい て、自身のもつイメージを書き出した後に本文と接触し、既有のイメージが 覆された驚きを個々の読みのポイントとして、構成や展開をっかんだり内容 にっいて考えたりした。その結果、図式化して段落構成をっかむなど従来方 法を用いた授業を実施したプレ教材と比較して、本教材で「叙述形式」「叙 述内容」両観点の〈考えの形成〉に深化が見られた。これは、統一された視 点での読みや、上位生徒の意見を正解として1っに集約していくような〈考 えの形成〉ではなく、生徒が各自の読みの視点を基軸に教材文と関わったこ
とで、興味・関心に基づく主体的な読み深めと〈考えの形成〉が促されたこ とが要因だと考えられる。
3.3.2検証の課題
上記のように、本検証は対象生徒・対象教材におけるく考えの形成〉の深 化について、一定の手立ての有効性を証明できたと考える。これは、既有知 識の活用が文章読解に有効に働くという先行研究を支持する結果であるとい
える。
さて、本検証での既有知識の活用は、本教材の特徴と授業展開の構想から、
「鰹節」「カビ」「世界遺産」など、主に生徒の生活体験に基づく知識や考え の活用に限定された。しかし、既有知識という概念を考えた場合、それは生 徒の生活体験のみに限定されるものではなく、既習事項やそれに基づく考え なども含まれてくることを踏まえなければならない。今回の検証はその視点 までは網羅しておらず、既有知識の概念としてのとらえ方や既習事項の活用 などの点も検討されるべき課題となるだろう。また、本検証の結果はあくま で限定された条件下における対象生徒・対象教材にっいての結果である。対 象生徒にっいては、その都度生徒の実態に応じて調整されるべきものと考え、
ここでは対象教材についての課題を述べる。
本教材「食の世界遺産一鰹節」は生徒の生活体験に近い食材を題材にした 文章であり、全ての生徒に既有知識があることが前提であった。こうした教 材の場合、〈考えの形成〉に生活体験に基づく既有知識の活用が有効である
ことは本検証の結果が示すとおりである。しかし、中学校教科書に掲載され ている説明的文章教材のすべてが生徒の生活体験に密着したものではない。
また、論展開にっいても、単純に「導入・展開・まとめ」に括りきれない様々 な構成の特徴を考えさせるためには、既習事項を活用した系統的指導が望ま れるところである。
〈考えの形成〉の深化について、限定的条件下での効果が確認された本検 証の手立てを、中学校3年間のどの段階にどのように組み込んでいくか。ま た、生活体験に基づく知識・考え以外の既有知識の活用を手立てとして組み 込むことは可能か。本検証結果を実際の授業場面に還元するためには、これ
らの課題解決の展望が求められる。
4 研究の考察と今後の課題 4.1検証の課題に対しての展望
前節で、検証結果の普遍性を検討したときに確認された課題を整理すると 以下のようになる。
教材に対して生徒が「生活体験に基づく既有知識」をもたない場合
・
「生活体験に基づく既有知識」以外の既有知識の活用4.1.1教材に対して生徒が「生活体験に基づく既有知識」をもたない場合 文章読解に個々の既有知識が関係することは各論により支持されており、
生徒の「生活体験に基づく既有知識」を活用した本検証においてもその有効 性は確認された。では、生徒が生活体験に基づく既有知識をもたない場合の 読解はどうなるのか。これにっいては岸(2004) 13の論を参照したい。
岸(2004)は、先行知識(=既有知識)を「①文章の説明内容に関連する 知識」「②文章構造に関する知識」に区分している。①の量が豊富なほど文 章内容の理解は促されるが、これがほとんどない内容の文章を理解するとき について、岸は②の重要性を述べている。また、②にっいては、小学校期を 通じて知識を拡大させていくことを明らかにしている。
これらを踏まえると、今回の検証で活用した生活体験に基づく知識の他に、
文章構造に関する既習事項が読解に深く関係する既有知識であることがわか る。「生活体験に基づく既有知識」をもたない場合の読解には、文章構造に
*13 岸 学『説明文理解の心理学』(北大路書房、2004)p.23、p,62〜65、 p.91〜96
関する既有知識(=既習事項)が重要となり、それらは基本的に小学校段階 で獲得されているため、中学校ではその活用に重きを置いた学習展開の検討 が望まれるだろう。
4.1.2 「生活体験に基づく既有知識」以外の既有知識
前節で述べたとおり、今回の検証で用いた「生活体験に基づく既有知識」
の他に、文章構造に関する既習事項が、既有知識として読解に深く関わるこ とが明らかになっている。また、この知識は小学校段階の学習によっても獲 得されていると考えられるため、中学校段階ではその系統的な活用が望まれ るところである。では、この他に既有知識として考えられるものにはどのよ うなものがあるか。これにっいては渋谷(1984) 14を参照したい。
渋谷(1984)は、文章読解において体験をもつことの有効性への過信にっ いて述べ、「問題は、生ま(いま)の体験・ものをどのような意味を持っも のとして思い出すかという思い出し方如何にある」とする。その上で、「実 際の体験は無くても、(中略)問題意識あるいは認識如何によって、文章内 容を間接経験としてわかる可能性は十分にあり得る」としている。
実体験をもたない場合も、その物事や事象について考えたことのある「間 接経験」があれば、それらは1っの考えとして生徒の内面に存在しているは ずである。こうした「間接体験」も既有知識の1っとしてとらえることがで
きるだろう。
既 有 知 識
既習事項 間接体験 生活体験
l i l
叙述形式
叙 述 内 容
生活体験に乏しいが間接体験のあるもの
構成・展開など 生活体験に乏しいが既習事項のあるもの 生活体験のあるもの
今後は、教科書掲載の説明的文章教材について〈考えの形成〉の観点から 分析し、教材特性に応じた系統的指導と既有知識の活用を組み込んだ3年間 の授業デザインにっいて、現場での実践を通してその有効性を検証していき たいと考えている。
(たんない・あきご 本学大学院人間発達文化研究科)
4.1.3課題にっいての考察と今後の展望
ここまで検証を通して得られた既有知識に関する2つの課題について考え た結果、検証で用いた「生活体験に基づく既有知識」の他に、「既習事項」
「間接体験」の2っが説明的文章読解に活用すべき既有知識として確認され た。これらと〈考えの形成〉の2観点「叙述形式」「叙述内容」との関連を 以下の図のようにまとめた。
*14 渋谷孝『説明的文章の教材本質論』(明治図書、1984)p.184〜186