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ユーロ圏における国債市場統合と市場規律*

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Academic year: 2025

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全文

(1)

【 論 文 】

ユーロ圏における国債市場統合と市場規律 *

熊 本 尚 雄

・熊 本 方 雄

1. は じ め に

 2009年末にギリシャで発生した財政危機は,ギリシャ国債,および財政赤字の多い国の国債価 格を低下させ,これがこれらの国債を保有する欧州の銀行の財務状況を悪化させる銀行危機を引き 起こす欧州信用不安へと発展した。とりわけ,米国のサブプライム・ローン問題により,資本市場 が不安定化し,また銀行の財務状況が十分に改善されない中で発生したため,その影響は甚大なも のとなった。

 今回の財政危機の原因の一つとして,例えば,白井(2010)においては,財政規律が機能してい なかったことが指摘されている。財政規律は通常,国・地域レベルでの監視,および市場規律によっ て保証される。

 ユーロ圏における監督の仕組みとして,安定成長協定において,財政収支赤字は

GDP

比で

3%

を超えないことという規制があった。財政収支赤字がこの基準値を上回る場合,欧州委員会により,

過剰財政赤字と評価され,経済財務相理事会が是正勧告を行う,また,過剰財政赤字を是正できな い場合は,GDPの

0.2%

の固定部分と財政収支赤字の基準値(3%)との差の

10

分の

1

の変動部分 から構成される無利子の預託金が課され,さらに

2

年以内に是正されない場合には罰金に切り替え られるという制裁措置があった。

 これに関し,ドイツとフランスでは,2002年より

3

年連続で財政赤字が

GDP

比で

3%

を超える ことが見込まれたため,欧州委員会は,上記の手続に基づく勧告を行うように,経済財務相理事会 に提案したが,2003年

11

月の理事会では,これを否決し,両国が基準を達成するとしていた

2004

年の期限に

1

年の猶予を与え,過剰財政赤字手続の適用を一時停止することに合意した。これに対 し,2004年

1

月に欧州委員会は欧州司法裁判所へ提訴したが,2004年

7

月の判決では,「過剰財 政赤字の手続きの停止決定は安定成長協定に違反するが,経済財務相委員会は欧州委員会の提案を 拒否できる」として棄却されている。さらに,

2005

3

月には,財政赤字を算出する際の除外項目,

および過剰財政赤字手続きが適用されない例外的状況を緩和された。このことからも,ユーロ圏に おいては,監督が十分に機能しておらず,また,いわゆる「内輪の圧力(peer pressure)」が働い

 本稿の作成にあたっては,匿名レフェリーより有益なコメントを頂いた。また,熊本尚雄については本研究 にあたり,科学研究費補助金(若手研究B・24730265)の助成を受けている。記して感謝の意を表したい。

 福島大学経済経営学類,e-mail : [email protected]-u.ac.jp

 東京経済大学経済学部,e-mail : [email protected]

(2)

ていなかったことがわかる。

 一方,財政規律と市場規律の関係について,これまで金融市場統合が市場規律を改善するか,そ れとも悪化させるかについて研究がなされてきた。例えば,Manganelli and Wolswijk(2007)では,

金融市場統合により市場の効率性が上昇するならば,国債のリスク・リターンに基づいた正確な価 格付けがなされるため,不健全な財政政策を採用する国の国債の利回りは上昇し,市場規律は改善 する一方,金融市場統合が各国の財政政策の健全性を差別化する能力・意思を欠如させるならば,

市場規律は悪化すると指摘している。これに関し,ユーロ圏においては,例えば

2007

年のドイツ の財政収支は

GDP

比で

0.2%

であったのに対し,ギリシャでは

5.1%

の財政赤字であったが,2007 年

12

月における両国の国債の利回り格差は,わずか

0.32%

ポイントにとどまっていた。このこと から,ユーロ圏において市場規律は機能しておらず,各国における国債の利回り格差は各国の財政 政策の健全性の差を反映していなかった可能性がある。とりわけ,欧州中央銀行の共通担保オペレー ションにおいては,ユーロ圏各国が発行するユーロ建て国債はそれぞれのリスクに関わりなく対等 に扱われたため,これが市場規律を悪化させた可能性がある。

 本稿の目的は,ユーロ導入後のユーロ圏において国債市場が統合されてきたかどうか,また各国 における国債利回り格差が各国の財政の健全性を反映していたかどうかを実証分析することであ る。

 具体的には,国債市場統合の実証分析においては,Adam et al.(2002)により提示された名目金 利差における b 収束性と v 収束性をパネル単位根検定により分析する。また,国債の利回り格差 の決定要因に関する分析では,Bernoth et al.(2004)に基づき,危険回避的な投資家の最適化問題 より導出される信用リスク,流動性リスク,投資家の危険回避度という利回り格差の決定要因を説 明変数とした実証分析を行う。

 本章の構成は以下の通りである。第

2

節では,国債市場統合の分析に関する先行研究をサーベイ した後,分析方法を解説し,実証分析を行う。第

3

節では,国債の利回り格差の決定要因に関する 先行研究をサーベイした後,これに基づく実証分析を行う。第

4

節は結論である。

2. 国債市場統合の分析

2-1. 先行研究

 一般的に,金融市場統合の分析には,3つのアプローチがある。

 第

1

のアプローチは「価格に基づいたアプローチ」である。これは完全に統合された金融市場に おいては,経済主体の完全な裁定取引の結果,同じリスクを持つ資産は同じ期待収益率を持つとい う一物一価の法則に基づくものである。一物一価の法則は,短期金融市場,債券市場では金利平価 式,株式市場では国際

CAPM(International CAPM)として表される。したがって,このアプロー

チでは,一物一価の法則が成立するかどうかが分析される。

 第

2

のアプローチは「数量に基づいたアプローチ」である。完全に統合された金融市場において は,家計と企業は世界金利の下で,それぞれ貯蓄(消費)と投資を独立に決定するため,各国の貯
(3)

蓄と投資の間には相関が存在しないはずである。したがって,このアプローチでは,貯蓄と投資の 相関,すなわち

Feldstein=Horioka

の基準が分析される。

 第

3

のアプローチは「リスク・シェアリング・アプローチ」である。完全に統合された金融市場 では,国家間における資本移動により,各国特有の経済ショックに対するリスク・シェアリングの 機会が高まるため,各国は通時的に消費を平準化することが可能となる。したがって,このアプロー チでは消費と所得の相関が分析される1

 これら

3

つのアプローチのうち,「数量に基づいたアプローチ」と「リスク・シェアリング・ア プローチ」は金融市場全体の統合を分析する上で有用であるのに対し,本稿のように国債市場といっ た個別の金融市場の統合を分析する上では,「価格に基づいたアプローチ」が有用となる。したがっ て,本稿では「価格に基づいたアプローチ」を採用する。 

 先述の通り,国債市場においては,一物一価の法則は金利平価式として表される。この金利平価 式にはカバー付き金利平価,カバーなし金利平価,および実質金利平価がある。

 Frankel(1992)は,ある第i国と基準国の実質金利差を以下のように分解した。

(1)

ただし,ri t,

と r

t*

はそれぞれ第

i国と基準国の実質金利,ii t,

と i

*t

はそれぞれ第

i国と基準国の名目 金利,

p

i t,

p

*tはそれぞれ第i国と基準国の物価水準の自然対数表示,

fd

i t,

は fd

i t,

f

i t,t

s

,

1 i t

/ + -

と定義

される先物プレミアム

/

ディスカウントで

, f

i tt,+1

は t

+1

期に受渡しが行われる

t期の第i国通貨建 て先物為替相場の自然対数表示,

s

i t,t期の第i国通貨建て直物為替相場の自然対数表示である。

 (1)式の右辺第

1

i,

i

*

fd

,

i t- -t i t

は,カバー付き金利平価からの乖離であり,金融市場統合に対

するすべての直接的・間接的障壁を表す。ここで直接的障壁には,資本規制,取引コスト,居住国 によって投資家を差別的に扱う税率など,すべての法的・制度的な障壁が含まれる。一方,間接的 障壁には,国家間における会計基準,言語,文化的差異に伴う情報コストが含まれる。これらの障 壁は第i国特有の要因を反映するため,第

1

項はカントリー・プレミアムと呼ばれる。したがって,

カバー付き金利平価はカントリー・プレミアムがゼロのときに成立する。

 第

2

fd

i t,-D

s

i te,

は為替リスク・プレミアムを表し,第 1

項と合わせるとカバーなし金利平価か らの乖離 i,

i

*

s

,

i t- -t D i te

を表す。したがって,カバーなし金利平価はカントリー・プレミアムと為替

リスク・プレミアムがゼロのときに成立する。為替リスク・プレミアムがゼロとなるのは,投資家 が危険中立的で,先物為替相場が将来の直物為替相場の不偏予測量

f

i t,t

s

,

i te

1= 1

+ +

となるときである。

 第

3

s

,

p

*

p

, i te

te i te

D +D -D

は事後的な購買力平価からの乖離を表す。したがって,実質金利平価が

成立するのは,金融市場のみならず,生産物市場も完全に統合されるときである。

 また,第

2

項と第

3

項は当該資産が発行された国ではなく,それらが表示された通貨に起因する 収益率格差を表すため,通貨プレミアムと呼ばれる。

 Eijffinger and Lemmen(1995)は,1979年

3

月の欧州通貨制度(EMS)導入から

1992

8

月ま での欧州における短期金融市場統合を分析するため,(1)式に基づき,ドイツを基準国とした各国

1 以上のアプローチについては, Eijffinger and Lemmen(2003a, b)を参照のこと。

r r i p i p

i i fd fd s s p p

, *

, , * *

, *

, , , , *

,

i t t i t i te

t te

i t t i t i t i te

i te te

i te

=

= + + +

D D

D D D D

- - - -

- - - -

^ ^

^ h ^ h ^

h h h

(4)

のカバー付き金利平価,事後的なカバーなし金利平価,事後的な実質金利平価からの平均偏差の大 きさと変動を分析した。また,収束速度を測るため,これらの金利平価からの平均偏差をトレンド に回帰した。さらに,Eijffinger and Lemmen(1995)はカバーなし金利平価は,内外収益率格差の 変動に対し,投資家が国家間で資産を移動させる能力(ability)=カントリー・プレミアムと,意 欲(willingness)=為替リスク・プレミアムの両方を反映しているのに対し,カバー付き金利平価 は能力のみしか反映していないため,カバーなし金利平価の方が好ましいとしている。

 Adam et al.(2002)は,経済成長理論における b 収束性と v 収束性の概念を応用し,ユーロ圏に おける国債市場統合を分析した2。Adam et al.(2002)は,これらの概念をドイツを基準国としたユー ロ圏の国債市場に応用し,相対的に高い金利の国は,金利の低い国より速く低下しているかとい

b

収束性と,クロス・セクションの金利の標準偏差が通時的に低下しているかという

v

収束性

を分析した。

2-2. 分析方法

 本稿では,「価格に基づいたアプローチ」を採用する。また,その際,名目金利に基づく金利平 価式(カバー付き金利平価とカバーなし金利平価)を前提とする。なぜならば,実質金利に基づく 実質金利平価は,金融市場が統合されるだけでなく,生産物市場も統合され,常に購買力平価が成 立することを前提としているが,後者は本稿の分析目標ではないからである。また,先述の通り,

名目金利に基づく金利平価式に関し,Eijffinger and Lemmen(1995)は,カバーなし金利平価は内 外収益率格差の変動に対して,投資家が国家間で資産を移動させる能力(=カントリー・プレミア ム)と意欲(=為替リスク・プレミアム)の両方を反映しているのに対し,カバー付き金利平価は 能力のみしか反映していないため,カバーなし金利平価の方が好ましいとしているが,ユーロ圏に おいては為替リスクは完全に除去され,

f

i tt,

s

,

1= i t

+

が成立するため,Eijffinger and Lemmen(1995)

が主張するカバー付き金利平価とカバーなし金利平価の区別は不要となる。

 なお,以下の分析では,基準国として,先行研究と同様にドイツを選択する。これは短期金融市 場の取引におけるドイツのシェアが高いこと,またユーロが導入される直前のドイツの金利が最も 低いからである。

2-2-1.b収束性

 いま,名目金利差

id

,

i

,

i

*

i

1, ,

N

i t/ i t-t

^

= g

h は

p次の自己回帰過程

AR(p)に従うとする。

(2)

ただし,ni

は第

i国特有の障壁を表す。(2)式は

2経済成長理論において,b 収束性は貧困の状態にある経済が裕福な経済より急速に成長し,その結果,一人 当たりの所得の点で,貧困の状態にある経済が裕福なものに追いつく傾向があることを意味する。一方,

v 収束性は一組の国家,あるいは地域の一人当たりの所得の対数値の標準偏差によって測定されるクロス・

セクションの分散の程度が,通時的に低下することを意味する。詳細については,Barro and Sala-i-Martin

(1995)を参照のこと。

id

i t,= +ni ai1

id

i t,-1+ai2

id

i t,-2+ +g aipi-1

id

i t p,-+1+aipi

id

i t p,-+fi t,
(5)

(3)

と書き直せる。ただし, i 1 jp ,

i j j k jp

1 k

i i

= =

b - -

_ ! = a ic ! =a である3。

bi=D D

^ id

i t,

h

/D

id

i t,-1

であるため,

bi

の符号が負であることは,金利差の変化分

D

id

i t,

は 1

期前

の金利差idi,t−1と逆方向に動くこと,すなわち相対的に金利の高い国は金利の低い国よりも,より

速く低下することを意味する。したがって,bi

の大きさは市場全体での収束速度の尺度となる。

 Adam et al.(2002)は(3)式をパネル固定効果モデルにより推定しているが,(3)式は説明変 数としてラグ付被説明変数が含まれており,ダイナミック・パネル・モデルとなっている。ダイナ ミック・パネル・モデルを固定効果モデルにより推定すると被説明変数と誤差項に相関が発生し,

これがラグ付被説明変数の係数の推定値を過小評価することが知られている。これは,収束速度を 過小評価することを意味する。

 ダイナミック・パネル・モデルにおいては,bi

の符号が負であることは,金利差

idi,tが定常過程 に従うこと,またはii,titが共和分ベクトル(1,−1)で共和分関係にあり,誤差修正項idi,t−1の 係数が負となることを意味する。したがって,本稿では

Levin and Lin(1992, 1993),Levin, Lin and Chu(2002)(以下,LLC

検定と略記),Im, Pesaran and Shin(2003)(以下,IPS検定)によっ て提案されたパネル単位根検定の手法を用いて,(3)式を推定する4。これらの検定は

Dickey and Fuller(1979, 1981)によって提案された Augmented Dickey and Fuller test(以下,ADF

検定)をパ ネル・データに拡張したものである。

 LLC検 定 と

IPS

検 定 の 違 い は, 前 者 が「 す べ て のiに 対 し bi= =b 0」 と い う 帰 無 仮 説 を 「bi=b<0」という対立仮説に対して検定するものであるのに対し,後者が「すべてのiに対 し bi=0」という帰無仮説を「

i

=1 2, , ,g

N

1

に対し

bi=0,

i

=

N

1+1,

N

1+2, ,g

N に対し

bi<0」 という対立仮説に対して検定することである。すなわち,LLC検定では,収束速度 bi

が国家間で

同質的であると仮定する一方,

IPS

検定では,国家間における収束速度 bi

の異質性を考慮した検定

となっている。

2-2-2.v収束性

 いま,簡単化のため,金利差idi,tAR(1)に従うと想定する。

(4)

ただし,ni

は各国特有の固有効果を表す。(4)式の両辺から

idi,t−1を差し引くと,

(5)

3 (2)式の右辺にaipidi t p,-+1 を足して引くと,

  を得る。次に,^aipi-1+aiphidi t p,-+2 を足して引くと,

  を得る。これを繰り返せば(3)式を得る。

4 パネル単位根検定については,Banerjee(1999),Smith and Fuertes(2004)を参照のこと。

id

i t, i i

id

i t, j

id

, , j

p

i t j i t

1 1

i

= +n b + c f

D - D +

= -

!

id

i t,= +ni a1

id

i t,-1+fi t,

id

i t,= +ni b

id

i t, 1 fi t,

D - +

idi t,= +ni ai1idi t,-1+ai2idi t,-2+ +g ^aipi-1+aipihidi t p,-+1-aipiDidi t p,-+fi t,

idi t,= +ni ai1idi t,-1+ai2idi t,-2+g-^aip-1+aiphidi t p,-+2-aipDidi t p,- +1+fi t,

(6)

を得る。ただし,b= -1 a1

である。次に,(5)式の両辺の i

=1, ,g

N に対する平均をとれば,

(6)

となる。ただし,

id N

1

id

,,

N

1

t iN

i t iN

1 1 i

/ -

!

= n/ -

!

= n

である

5。 ここで,(4)式と(6)式を用いると,

(7)

を得る。ただし, ,

N id

,

id

2,

N

2,

,

id t iN

i t t iN

i t

2 1

1 2 1

1 2

/ /

v -

!

=

^

-

h

vn -

!

=

^

n-n

h

vf

はそれぞれ国家間における

金利差の分散,固定効果項の分散,および撹乱項の分散を表し,vn, ,id t-1

は固定効果

n と金利差 idt−1の共分散を表す6。以下では,撹乱項の分散 vf2,t

と固定効果

ni

と金利差

idt−1の共分散 vn, ,id t-1

通時的に一定であり,v2f,t=v2f,および vn, ,id t-1=vn,id

が成立すると想定する。このとき,(7)式は,

(8)

となる。(8)式は,金利差の系列

id

i t t, T 1

" ,

=

が定常過程に従うのであれば,すなわち

-1<a1<1

あるならば,-1<a12<1

であるため,金利差の分散の系列

id t t2, T

v =1

" , も定常過程に従うことを意味

している。

 Adam et al.(2002)は金利のクロス・セクションの分散を国家間における金利差4 4 4の分散 vid t2,

では

なく,金利4 4の分散 i t,

N

iN

i

,

i

,

i N i

,

i t t t iN

2 1 i t

1 2 1

/ / 1

v -

!

=

^

-

h

-

!

=

として定義している。(8)式が

vid t2,

はなく vi t2,

に対して成立するためには,各国の金利水準それ自体が定常過程に従う必要がある。し

かしながら,多くの国において名目金利は非定常過程に従うことが知られている。したがって,金4 利差4 4の分散の系列が定常過程に従う場合でも,名目金利が非定常過程に従うならば,金利4 4の分散の 系列は通時的に発散することになる。

 差分方程式(8)式は,

(9)

と解ける。ただし, * 2 2 1 , 2 / 1

id u id

2 / + + 12

v

^

vn a v vf

h ^

-a

h は

vid t2,

の定常状態の値を表す

7

 (9)式より,b 収束性が成立する場合,すなわち(8)式において -1<a1<1

が成立する場合で

も,初期時点において , < *

id0 id

2 2

v v

であるならば,

vid t2,

は通時的に上昇することがわかる。すなわち,

b

収束性は

v

収束性の必要条件であるが十分条件ではない。

 以下では,(9)式を拡張した,

(10)

(11)

ADF

検定により推定し,vid t2,

が定常過程に従うかどうかを検定する。ただし,

1 jp ,

j j k jp

1 k

= =

b - -

_ ! = ai c ! =a

5 撹乱項の平均はゼロであるため,(6)式の導出において,N 1 iN , 0

1fi t=

-!= を用いた。

6 説明変数と撹乱項の共分散はゼロであるため,(7)式の導出において,N , N 1 id id 0

, 1 1 ,

i

N i i t iN

i t t i t

1 =1n-n f = =1 - f =

- -

- -

^ rh ^ h

! !

0

N , N 1 id id

, 1 1 ,

i

N i i t iN

i t t i t

1 =1n-n f = =1 - f =

- -

- -

^ rh ^ h

! ! を用いた。 

7定常状態においては, id2* 2 id* 2 1 ,id

12 2 2

=

v vn+a v +a vn +vf が成立する。この式を(8)式から差し引けば,差分方

程式 , *

, *

id t id id t id

2 2

12

2 1 2

v -v =a v_ --v i を得る。

id

t= +n a1

id

t-1

, , 2 , , ,

id t id t id t t

2 2

12 2 1

1 1 2

= + + +

v vn a v - a vn - vf

2

, , ,

id t id id t

2 2

1 2

12 2 1

= + + +

v

^

vn a vn vf

h

a v -

, *

, *

id t id t

id id

2 2

12

20 2

v =v +a v

^

-v

h

, 1 , 2 , , ,

id t id t id t p id t p p id t p t

2 2 1

2 2

1 2 1 2

= + + + +g +

v n a v - a v - a - v - + a v - +f

, , , ,

i t i t j

j p

i t i t

2 2 1

1 2 1

= + + +

v n bv c v f

D - D

= -

!

(7)

, 1 pj

j j k jp

1 k

= =

b - -

_ ! = aic ! =a である。

2-3. 分析結果 2-3-1. データ

 分析対象国は,ユーロ

17

ヶ国のうちオーストリア,ベルギー,フィンランド,フランス,ギリシャ,

イタリア,アイルランド,ルクセンブルク,オランダ,スペイン,ポルトガルの

11

ヶ国である。

また,ドイツを基準国とし,ユーロを

2007

1

月より導入したスロヴェニア,2008年

1

月より導 入したキプロス,マルタ,2009年

1

月より導入したスロヴァキア,2011年

1

月より導入したエス トニアは除外した。

 分析期間は,ユーロが導入された

1999

1

月から米国でサブプライム・ローン問題が顕在化す るまでの

2007

12

月までと,直近まで含めた

2011

12

月までの月次データを用いた。

 国債利回りのデータとしては

10

年物の国債利回りのデータを用い,これらはすべてInternational

Financial Statistics(CD-

ROM)より入手した。

 1996年

1

月から

2011

12

月までの各国の国債利回りを示したものが図

1

である。図

1

より,ユー ロ導入以降,サブプライム・ローン問題が顕在化するまでの

2007

年末にかけて,国債利回りは収 束しているが,2008年以降,サブプライム・ローン問題が世界金融危機へと発展し,またギリシャ 財政問題が欧州信用不安へと発展する中,各国の利回り格差は徐々に拡大していることがわかる。

2-3-2.b 収束性

 パネル単位根検定を行う際,(3)式におけるラグ次数piを決定する必要がある。ただし,LLC 検定と

IPS

検定においては共通のラグ次数を設定する必要がある。ラグ次数は国によって異なると 考えられるが,本稿では

3

ヶ月間のラグを考慮し,ラグ次数をp=

3

とした。

 LLC検定の結果については表

1

の上段に示されている。これより,標本期間を

1999

1

月から

2007

12

月までとした場合には,「すべてのiに対し bi=b=0」という帰無仮説は,有意水準

1%

の下で棄却されることがわかる。これはユーロ圏の国債市場は全体として収束過程にあったこ とを意味している。これに対し,標本期間を

1999

1

月から

2011

12

月までとした場合には,

帰無仮説は棄却できないこと,すなわちユーロ圏の国債市場は発散過程にあることがわかる。これ は図

1

で見た通り,2008年以降,サブプライム・ローン問題が世界金融危機へと発展し,またギ リシャ財政問題が欧州信用不安へと発展する中,各国における国債の利回り格差は大きく拡大して いることを反映している。

 しかしながら,先述の通り,国家間における収束速度 bi=

には異質性が存在すると考えられる。

0 このため,次に

IPS

検定を行った。この結果についても表

1

の上段に示されている。これより,標 本期間を

1999

1

月から

2007

12

月までとした場合には,「すべてのiに対し bi=0」という帰 無仮説は,有意水準

5%

の下で棄却される一方,標本期間を

1999

1

月から

2011

12

月までと した場合には,帰無仮説は棄却されないことがわかる。ただし,標本期間を

1999

1

月から

2007

12

月までとした場合,LLC検定では有意水準

1%,IPS

検定では有意水準

5%

の下で,帰無仮説 が棄却されることから,国家間で収束速度に差異が存在していた可能性がある。
(8)

2-3-3.v 収束性

 図

2

はクロス・セクションの金利差の分散を示したものである。図

2

より,1999年のユーロ導 入後,分散は低下しているが,2008年以降急速に拡大していることがわかる。金利差の分散の系 列に対し,ADF検定に基づく単位根検定を行った結果を示したものが表

1

の下段である。

 これより,標本期間を

1999

1

月から

2007

12

月までとした場合には,vid t2,

の系列は定常過

程に従うこと,すなわちユーロ圏では,クロス・セクションの金利差の分散は低下しており,v

束性が成立することがわかる。一方,標本期間を

1999

1

月から

2011

12

月までとした場合には,

, id t2

v

の系列は非定常過程に従うこと,すなわち v 収束性が成立していないことがわかる。なお,分

析においては,b

収束性の分析と整合的となるようにラグ次数を

p=

3

と設定した。

1 名目金利差

(出所) International Financial Statistics(CD-ROM)より筆者作成。

1 国債市場統合の検定

Method Statistic Prob.

b-convergence

LLC −4.521*** 18.001 0.000 1.000 IPS −1.908** 13.491 0.028 1.000

Fisher(ADF) 54.973*** 3.993 0.000 1.000

Fisher(PP) 53.968*** 3.863 0.000 1.000

v-convergence ADF −7.443*** 9.025 0.000 1.000

PP −6.909*** 27.346 0.000 1.000

(注1)   左列は標本期間を1999M1-2007M12,右列は標本期間を1999M1-2011M12 とした場合の推 定結果を表す。

(注2)  ***,**はそれぞれ99%,95%以上で有意であることを表す。

(注3)  各推定値については,小数点第4 位以下を四捨五入したものである。

(出所) 分析結果より筆者作成。

(9)

3. 国債の利回り格差の決定要因の分析

 以上の分析より,ユーロ導入から

2007

12

月までの期間においては,b

収束性,v 収束性とも

に満たされ,ユーロ圏の国債市場は統合過程にあったことが示された。その一方,2008年以降,

サブプライム・ローン問題が世界金融危機へと発展し,またギリシャ財政問題が欧州信用不安へと 発展する中で,ユーロ圏の国債市場は発散していることが示された。

 ここで問題となるのは,ユーロ圏の国債市場が統合される中で市場規律が改善されたのか,また は悪化したのかということである。先述の通り,国債市場の統合により市場の効率性が上昇するな らば,国債のリスク・リターンに基づいた正確な価格付けがなされるため,不健全な財政政策を採 用する国の国債の利回りは上昇し,市場規律は改善する。しかしながら,国債市場の統合が各国の 財政政策の健全性を差別化する能力・意思を欠如させるならば,市場規律は悪化しているはずであ る。したがって,市場規律が改善するという想定の下では,国債市場が統合され,各国における国 債の利回り格差が収束することは,財政収支の対

GDP

比率など国債の利回り格差を決定する要因 が各国間で収斂する場合にのみ妥当することになろう。すなわち,第

2

節の分析は,同じリスクを 持つ資産は同じ期待収益率を持つという一物一価の法則に基づくものであったため,財政政策の健 全性が異なり,異なったリスクを持つ国債は同じユーロ建てであっても,異なった価格付けがなさ れる必要があったことになる。したがって,本節では,ユーロ圏の国債市場が統合過程にあった

2000

1

月から

2011

12

月までの期間において,各国における国債の利回り格差がリスクを反 映していたかどうかを実証分析する。

3-1. 先行研究

 これまで,国債の利回り格差の決定要因を実証分析した先行研究は数多く存在する。これら多く の先行研究で共通することは,信用リスク,流動性リスク,投資家の危険回避度という

3

つの要因

2 クロス・セクションの金利差の分散

(出所) International Financial Statistics(CD-ROM)より筆者作成。

(10)

が国債の利回り格差を決定する重要な要因となっていることである。以下,Barrios et al.(2009)

の分析に従い,これら

3

つの要因について概観する。

 信用リスクは,債務不履行リスク,信用スプレッド・リスク,および格下げリスクの

3

つのリス クを含むリスクである。債務不履行リスクは,発行体が金利支払い,または満期における元本の償 還という債務者としての義務を果たせなくなる可能性に起因するリスクである。信用スプレッド・

リスクは,当該国債の市場価格が同程度のリスクを持つ他の国債の市場価格よりも低下し,スプレッ ドが拡大する可能性に起因するリスクである。格下げリスクは,当該国債の格付けが格付け機関に より引き下げられる可能性に起因するリスクである。

 流動性リスクは,市場参加者が望む時に大きな価格変動を伴うことなく,自由にポジションを変 更できない可能性に起因するリスクである。市場の流動性を決定する要因は発行されている市場の 残高,取引量,およびヘッジを可能とするための先物市場の存在などに依存する。

 信用リスクと流動性リスクは,相互に関係を持っている。例えば,金融危機が発生する中で,国 内の景気を刺激するための財政出動が行われたり,また,国内金融機関を救済するため公的資金が 投入されたりする過程で,国債の発行残高が増大すると,それは流動性リスクを押し下げる効果を 持つであろうが,その一方,これらの政策に伴う財政収支赤字の拡大,および債務残高の増大はそ の維持可能性に対する疑問を増大させるため,信用リスクを増大させることになる。

 投資家の危険回避度は,投資家がリスクを相殺するために要求する安全資産に対する超過収益率 を決定する要因である。通常のモデルにおいては,投資家のリスク回避度などのディープ・パラメー タは通時的に一定とされるが,現実的には市場環境により変化すると考えられる。したがって,投 資家の危険回避度が増大するならば,国債が内包するリスクに変化がない場合でも,「リスクの価格」

は上昇し,国債の利回り格差が増大することになる。

 以上,国債の利回り格差を決定する

3

つの要因として,信用リスク,流動性リスク,投資家の危 険回避度があることを述べたが,以下ではこの理論的な背景を

Bernoth et al.(2004)のモデルに従

い分析する。

 いま,自国と外国(ベンチマーク国)に,それぞれ代表的投資家が存在しており,各投資家は自 国の国債と外国の国債に資産Wtを分散投資するものと想定する。また,外国の国債は無リスク資 産であるが,自国の国債には債務不履行に陥る可能性が存在するものとする。また,自国の投資家 はt+

1

期 に お け る 名 目 資 産

W

t+1 に 対 す る 期 待 値

E W

t

6

t+1

@

か ら 正 の 効 用 を 得 る 一 方, 分 散

Var W

t

6

t+1

@ からは負の効用を得るものと想定し,効用関数を

(12)

と特定化する。国内の代表的投資家は名目資産 Wt+1

のうち i

の割合を自国の国債D,残り

の 1-i

の割合を外国の債券

Fに投資するものとする。したがって,

(13)

(14)

が成立する。ここで,自国の債券は 1-

P x ^

t

h

, 0#

P x ^

t

h

#1

の確率で債務不履行に陥る信用リスク

, , 0, 0

U

t=

U E W ^

t

6

t+1

@ Var W

t

6

t+1

@ h U

1>

U

2<

W D

t t t

i =

1-it

W

t=

F

t

^ h

(11)

を持っている。ただし,xtは確率に影響を与える変数の集合である。債務不履行に陥った際には,

投資家は x!

6

0 1+, i

@ の支払いを受けるものとする。ただし,i

は自国債券の名目金利である。

 さらに,自国の債券の売買には取引高に応じた取引費用がかかるものとし,この取引費用は自国 の国債市場の流動性の減少関数であるとする。一方,外国の債券市場は十分に大きく,取引費用は ゼロであると基準化する。以上の想定の下で,

(15)

と表せる。ただし,i*t

が外国債券の名目金利,L

tは自国債券の売買にかかる取引費用である。外国 の代表的投資家の目的関数,および予算制約式はそれぞれ(12),(13)式に対応したものとなる。

ここで,債務不履行に陥った際には,国内投資家と海外投資家の区別はせずにx=x*

が支払われ

るとする。このとき,海外投資家のt+

1

期における資産の期待値は(16)式で表される。

(16)

自国債券に対する投資収益は不確実であるため,国内投資家と海外投資家のt+

1

期における名目 資産の分散は,それぞれ(17),(18)式で与えられる。

(17)

(18)

 効用最大化問題を解くと,最適な自国債券の保有割合が

(19)

(20)

と求められる。ただし,ここで 2

WU U

2/ ,1 * 2

W U U

* */ *

t= t t t 2 1

U - U =-

であり,それぞれ国内投資家と

海外投資家の相対的危険回避係数を表す。

Sを自国政府が発行する債券の総供給量とすると,自国の債券市場が均衡するためには

(21)

が成立しなければならない。これを国債の利回り格差について解くと,(22)式が得られる。

(22)

 右辺第

1

項は信用リスク・プレミアムを表しており,リスクのある国の発行した債券が債務不履 行に陥る確率 1-

P x ^ h

t

の増加関数である。信用リスク・プレミアムは,債務不履行に陥った際に

投資家が受ける支払い x

の増加に伴い低下する。また,

x!

6

0 1, +i

@ であるため,信用リスク・プ

レミアムは常に正の値を取る。

 右辺第

2

項は流動性リスク・プレミアムを表し,自国債券市場の流動性が高くなれば,流動性リ

E W

1 1

i WP x W

1

P x WL

1

i

* 1

W

t+ = +

^

t

h

it t

^

t

h

+x it t t

^

-

^

t

hh

-it t t+ +

^

t

h ^

-it

h

t

6 @

1

E W

1 1

i

*

W P x

* *

W

*1

P x

*

W L

* 1

i

* *

W

*

t+ =

^

+t

h

it t

^

t

h

+x it t t

^

-

^

t

hh

-it t t+

^

+t

h ^

-it

h

t

6 @

Var W 6

t+1

@

=it2

W

t2

^

1+

i

t-xt

h

2

P x ^

t

h ^

1-

P x ^

t

hh Var W

* *t2

W

t*21

i

t t 2

P x

t 1

P x

t

t+1 =i

^

+ -x

h ^ h ^

-

^ hh

6 @

1

i P x P x

P x i P x L i

1

1 1 1

2

*

t t t t t t

t t t t t t

= +

+ + +

i x

x

U - -

- - - t

^ ^ ^ ^ ^ ^ ^ ^ ^

h h hh

h h hh h

1

i P x P x

P x i P x L i

1

1 1 1

* * 2

*

t t t t t t

t t t t t t

= +

+ + +

i x

x

U - -

- - - t

^ ^ ^ ^ ^ ^ ^ ^ ^

h h hh

h h hh h

S D D i P x P x

P x i P x L i W W

1 1

1 1 1

* *

*

*

t t t

t t t t

t t t t t t

t t

t 2 t

= +

+ + +

x x

U U

= +

- -

- - -

^ ^ ^ ^

+

^ ^ ^ ^ ^

c

h h hh

h h hh h

m

/ /

i i i P x i L i

W W i

S i P x P x

1 1 1 1 1 1

1 1

*

* *

t

t t

t t

t

t t

t t t t t

t t 2 t t

+ = + + + + + +

x + x

U U

- - - - -

^

^ hh

b l

^ ^ h ^ h h ^ ^ ^ h hh

(12)

スク・プレミアムは低下する。

 右辺第

3

項は投資家の危険回避度に依存するリスク・プレミアムを表し,x

の減少関数,債務不

履行に陥る確率の分散

p x ^

t

^h

1-

P x ^

t

hh

,収益

^

1+

i

t

h

,国内投資家,および海外投資家の相対的危険 回避係数(U,および U*)の増加関数である。投資家が将来の資産Wt+1の分散に関心を持つほど(U2

が大きくなるほど),リスクのある国と無リスク国間の国債の利回り格差が大きくなる。

 以上,国債の利回り格差を決定する

3

つの要因として,信用リスク,流動性リスク,投資家の危 険回避度があることをモデルに基づき考察したが,ここで,問題となるのがこれら

3

つの要因をど のような変数で代理するかということである。以下では,ユーロ圏における国債の利回り格差を実 証分析した先行研究を中心に考察する。

 まず,信用リスクに関し,Manganelli and Wolswijk(2007)は,格付け機関による国債の格付け を用いている。ただし,格付けが変更される頻度は小さいため,月次の国債利回りのデータなど頻 度の大きいデータを用いて分析する場合には適当ではない。これに関し,ユーロ圏各国の国債の格 付と

ECB

が短期的オペレーションとして行う主要リファイナンシング・オペレーション(Main

Refinancing Operation, MRO)の最低応札レート(すなわち,政策金利)との相関が高いことから,

格付けダミーとこの

MRO

レートとの交差項を説明変数とした分析を行っている。

 Barbosa and Costa(2010)は,ドイツを基準国とした場合の

CDS

(Credit Default Swap)のスプレッ ドのデータを用いている。CDSはその買い手に対し,当該国債が債務不履行となった場合,金利 や元本に相当する支払いを保証する,いわば債務不履行リスクに対する

protection

であるため,そ のスプレッドは当該国債の債務不履行リスクを反映していると考えられる。Barrios et al.(2009)

においても,5年物の

CDS

スプレッドを用いた分析を行っている。しかしながら,格付け,およ び

CDS

ともに,市場参加者が評価する各国の国債の信用リスクを反映するものである。本稿では,

市場が正しくリスクを評価していたかという市場規律を分析することが目的であるため,これらの データではなく,信用リスクをより本源的に反映するマクロ・データを用いた方が好ましいと考え られる。

 これに関し,Codogno et al.(2003),Bernoth et al.(2004),Schuknecht et al.(2010)では,財政 収支の対

GDP

比,債務残高の

GDP

比,およびデット・サービスの対歳入比のデータを用いている。

デット・サービスの対歳入比は,企業金融の分析におけるデット・サービスの対キャッシュ比と同 様の概念であり,GDPが同等の国であっても,租税収入を増大させる能力に差異があることを考 慮し,支払い義務の多い国ほど,各年度の財政政策に制約がかかることに焦点を当てるものである。

 また,Haugh et al.(2009)はこれら財政の健全性を表す指標の現在値ではなく,将来における年 金支出などで測られる予測値の方が,重要な影響を与えることを指摘している。さらに,Bayoumi

et al.(1995)はアメリカの各州の州債の利回り格差(基準州は

New Jersey

州)を分析し,財政の

健全性を表す変数が国債の利回り格差に与える影響は非線形的であることを示し,その理由として,

財政政策の健全性が悪化するほど,市場による懲罰(credit punishing effect)が増大するためであ ると指摘している。

 また,Bernoth et al.(2004)は,当該国の名目

GDP

がそのトレンド(潜在的

GDP)よりも標準

偏差の半分以上増大する場合(0.5v)を好景気,半分以下に低下する場合を不景気(−0.5v)と
(13)

定義し,景気循環を表すダミー変数を説明変数に含めている。これは,債務不履行リスクは景気が 悪化するほど高まることを反映させるためである。

 Barrios et al.(2009)では,経常収支赤字の対

GDP

比を用いている。これは金融危機が発生した 際,対外借入が困難となり,信用リスクを増大させることに基づいている。とりわけ,ユーロ圏域 内においては,経常収支赤字国は為替相場を減価させることを通じた経常収支赤字の調整は困難で あるため,ディス・インフレーションを通じて調整する必要が生じる。このような場合,税収が低 下し,財政収支赤字を拡大させる可能性が高まる。また,経常収支赤字は家計部門,企業部門の対 外借入を反映しているため,金融危機の際,危機に陥った国内銀行を国有化するなどの方法で救済 する場合,財政収支赤字を拡大させる可能性が高まる。

 流動性リスクについては,上記の先行研究の多くでは取引費用を測る指標としてビッド・アスク・

スプレッド(bid-

ask spread)や市場規模を測る指標として債務残高を用いている。Gravelle(1999)

はビッド・アスク・スプレッドと債務残高の相関係数は有意に負であることを示している。

 投資家の危険回避度については,上記の先行研究では,国債の利回りと社債の利回りのスプレッ ドを用いている。これは投資家が危険回避的になるほど,よりリスクの高い社債に対しプレミアム を要求することに基づいている。実際の分析においては,ユーロ圏における国債利回りと社債のス プレッドの代理変数としてアメリカにおけるそれが用いられている。Haugh et al.(2009)は投資家 の危険回避度を表す変数と財政の健全性を表す変数の交差項を推定式に含めている。これは,先述 の通り,財政の健全性を表す変数が,国債の利回り格差に与える非線形的な影響を考慮したもので ある。

3-2. 分析方法 

 以上の考察に基づき,以下では,

(23)

をパネル分析の手法を用いて,実証分析する。ただし,xi,tは第i国における債務不履行確率に影響 を与える要因を表し,本稿では,財政赤字の対

GDP

比率,債務残高の対

GDP

比率を用いる。こ れは,市場規律の有無を分析する本稿の目的において,それ自体が市場参加者のリスク評価を表す 格付けや

CDS

のスプレッドを用いることは適当でないという考察に基づくものである。

Li,tは流動性リスクを表す要因で,本稿では市場規模を測る指標として,各国の国債残高がユー ロ圏における国債残高に占める比率を用いる。これは,取引費用を表すビッド・アスク・スプレッ ドのデータが利用可能でなかったことによっている。しかしながら,先述の通り,Gravelle(1999)

は,ビッド・アスク・スプレッドと債務残高の相関係数は,有意に負であることを示していること からも正当化されると考える。ただし,推定結果の解釈においては,国債の発行残高の増大は流動 性リスクを押し下げる効果を持つ一方,信用リスクを増大させるという信用リスクと流動性リスク の依存関係に留意する必要がある。Ut

は投資家の危険回避度を表す指標で,本稿では,先行研究

に従い,アメリカの国債と社債の利回りスプレッドを用いる。本稿では,投資家の危険回避度の変 化が,各国における国債の利回り格差に異なった影響を与える可能性を考慮し,xi,t,およびLi,t

id

i t,=b0+b1l

x

i t,+b2

L

i t,+b3l

x

i t,Ut+b4

L

i t,Ut+

v

i+fi t,
(14)

の交差項として定式化する。viは各国特有の要因に起因する誤差である。これは,ユーロ圏におけ る国債市場は統合過程にあったものの,各国に存在する言語,慣習などの文化的要因,または取引 制度などの制度的な要因が完全な裁定の障壁となる結果,これが国債の利回り格差に反映される可 能性を考慮したものである。また,各国特有の要因を含む誤差項 ui t,/

v

i+fi t,

が取引費用など国債

市場の流動性と相関を持つ内生性バイアスの問題を回避するため,操作変数法により実証分析を行 う。

3-3. 分析結果 3-3-1. データ

 標本期間は,データの制約上,2000年第

1

四半期から

2011

年第

4

四半期までの四半期データを 用いた。また,標本期間を

2007

年第

4

四半期までの前半期間と

2008

1

四半期以降の後半期間 に分割し,分析を行った。

 分析対象国は,第

2

節の国債市場統合の分析と同様,オーストリア,ベルギー,フィンランド,

フランス,ギリシャ,アイルランド,イタリア,ルクセンブルク,オランダ,ポルトガル,スペイ ンの

11

ヶ国とし,基準国をドイツとした。

 国債の利回り格差には,第

2

節と同様,基準国ドイツに対する

10

年物国債の利回り格差を用いた。

 信用リスクの尺度としては,財政収支の対

GDP

比率のドイツとの格差,および政府債務残高の 対

GDP

比率のドイツとの格差を用いた。財政収支には一般政府歳入から一般政府歳出を引いた値 を用いた。また,政府債務残高には一般政府債務残高を用いた8

 流動性リスクの尺度としては,分析対象である

12

ヶ国の

10

年物国債発行残高の総額に占める各 国の

10

年物国債発行残高の比率のドイツとの格差を用いた9。具体的には,一般政府の株式以外の

8なお,先行研究で用いられているデット・サービスの対歳入比率については,国債償還費のデータが年次デー タからしか利用可能ではなく,かつフィンランド,ギリシャについては利用可能でなかったため,本稿では 説明変数から除外した。

9これは先行研究で用いられる取引費用を表すビッド・アスク・スプレッドのデータが利用可能でなかったた めである。

2 データ出所一覧

データ 定義 出所

国債利回り 10年物国債利回り IFS

財政収支 一般政府歳入−一般政府歳出 IFS

政府債務残高 一般政府債務残高 eurostat

国債残高 一般政府の株式を除く証券による長期債務残高 eurostat

GDP 名目GDP(季節調整なし) eurostat

アメリカ国債利回り アメリカ10年物国債利回り IFS 社債利回り アメリカ7-10年物社債利回りインデックスの利回り Merrill Lynch

(15)

証券による債務残高10

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