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化学と生物 Vol. 54, No. 6, 2016
シグレックとムチン糖鎖の相互作用を介した炎症抑制機構
ムチン糖鎖のアレルギー性免疫応答における役割
Glycoimmunologyという言葉があるように,糖鎖と 免疫の関係は深い.細胞の表面は糖衣(glycocalyx)で 覆われ,細胞‒細胞間の相互作用において糖鎖の存在は 無視できない.免疫細胞は自己,非自己を峻別し,それ らに対する多様な応答性を示すが,その過程で実にさま ざまな糖鎖リガンドと糖鎖認識分子が介在している.病 原性微生物にさらされた苛酷な環境ダイナミクスの中で の進化ゲームの結果,免疫システムは糖鎖‒糖鎖結合タ ンパク質の相互作用による活性調節機構を多く取り入れ た.すなわち,免疫システムを支える糖鎖‒糖鎖結合タ ンパク質の相互作用に関する知見は,さまざまな免疫不 全症の新規治療ターゲットを提供する可能性を秘めてい る.
糖鎖結合タンパク質の一種であるシグレック(Sialic acid-binding immunoglobulin-like lectin)はシアル酸結 合性の膜貫通型レクチンであり,ヒトにおいては14種,
マウスにおいては9種の分子が同定されている(1).各シ グレック分子はシアル酸結合性ドメインを介してそれぞ れに特異的な糖鎖リガンドと結合する.さらにCD33
(Siglec-3)関連シグレックは細胞内ドメインに抑制性シ グナルモチーフあるいは活性化シグナルモチーフを有す る.ヒトCD33関連シグレックはマクロファージ,好中 球,リンパ球,好酸球といった免疫担当細胞の細胞表面 に細胞種特異的に発現しており,糖鎖リガンドとの結合 を介して免疫担当細胞による炎症を制御している可能性 が示唆されている(2).
ぜんそくなどのアレルギー性呼吸器疾患では,好酸球 による慢性的な炎症応答が誘導され,これが病態に深く 関与する(3).ヒト好酸球にはSiglec-8が,マウス好酸球 にはSiglec-8の機能的に相同な遺伝子であるSiglec-Fが それぞれ特異的に発現している.Siglec-8/-Fはともに CD33関連シグレックであり,細胞内に抑制性シグナル モチーフを有する.マウスにおいて,Siglec-Fの欠損,
あるいは
α
2,3-シアル酸結合の形成に必要なシアル酸転 移酵素(ST3GalIII)の欠損では過剰なアレルギー性好 酸球炎症が観察されることから,Siglec-8/-Fは糖鎖リガ ンドとの結合によって好酸球炎症に対して抑制的に機能 すると考えられた.それゆえ,これまでに創薬を目的としたSiglec-8特異的糖鎖リガンドの探索が行われてき た.糖鎖アレイ解析の結果,Siglec-8/-Fはともに,ガラ クトース残基の6位が硫酸化されたシアリルルイスX
(6′-Sulfo-Sialyl-Lex)あるいはその非フコシル化体に好 んで結合することが示された.しかしながら,多くの場 合,糖鎖はタンパク質や脂質と結合した形で複合糖質と して存在する.また好酸球炎症の解消メカニズムをより 深く調べるには糖鎖リガンドキャリアの同定が不可欠と なる.そこで,Siglec-F糖鎖リガンドのキャリア分子の 探索が筆者らによって行われた(4).
マウス気道上皮初代培養細胞(mouse tracheal epi- thelial cells; mTEC)抽出物,mTEC培養上清,マウス 肺抽出物,気管支肺胞洗浄液について,Siglec-Fキメラ タンパク質(Siglec-F-Fc)を用いたイムノブロットを 行ったところ,分子量約500 kDa付近および200 kDa付 近と比較的大きなタンパク質分子上にシアリダーゼ依存 的なシグナルが検出された.それらSiglec-F結合タンパ ク質のプロテオミクス解析の結果,500 kDaにはMuc5b とMuc4
α
鎖が,200 kDaにはMuc4β
鎖がそれぞれ含まれ ることが明らかとなった.Muc5bについては抗マウス Muc5b抗体を用いたイムノブロットによっても確かめ られた.また,Muc5bノックアウトマウスの気道組織 では,野生型において見られる粘膜下腺に選択的な Siglec-F染色は観察されなかった.このように,Siglec- FリガンドはMuc5bなどのムチン分子上に発現してい ることが明らかとなった.では実際にこれらムチンにはどのような糖鎖構造が付 加されているのだろうか.Muc5bは分泌型,Muc4は膜 結合型のムチン糖タンパク質であり,ともに多数の - 結合型糖鎖による修飾を受けている.精製したMuc5b/
Muc4混合物由来のLC-MS/MSによる -結合型糖鎖構 造解析の結果,シアル酸を有する少なくとも34種の多 様な構造が見いだされた.ところが,糖鎖の硫酸化は検 出されるものの,Siglec-Fの強力なリガンドである6′-硫 酸化は見いだされなかった.糖鎖アレイの結果では,
Siglec-Fは非硫酸化構造にも弱いながらも結合できるこ とが示されており,生体内で機能する真のリガンドは 6′-硫酸化糖鎖ではないかもしれない.事実,6′-硫酸化糖
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鎖を合成する硫酸基転移酵素(Keratan sulfate galac- tose 6- -sulfotransferase) の 欠 損 マ ウ ス に お い て も Siglec-Fリガンドの発現が見られることから,硫酸基は Siglec-Fの結合に必須ではない可能性がある(5).いずれ にしろSiglec-Fリガンドの立体的な構造も含めた具体的 な構造の解明は今後の課題である.
さらに,フローサイトメトリー分析の結果,Muc5b/
Muc4混合物はマウス好酸球とSiglec-Fを介して結合し,
さらに において好酸球の生存率を有意に低下さ せた.加えて,Muc5b遺伝子の肺特異的コンディショ ナルノックアウトマウスにおいて,IL-13の投与に応答 して好酸球数の顕著な増加と好酸球アポトーシスの減少 が観察された.これらの結果は,生体内においても Muc5bムチンが好酸球の過剰な炎症を抑制する可能性 を示唆している.Muc5b欠損マウスを用いた研究に よってMuc5bが気道における生体防御や炎症制御に重 要であることは既に明らかにされていたが(6),今回さら にマウスMuc5bの糖鎖が好酸球上に発現するSiglec-F 分子との結合によって肺における好酸球炎症を抑制方向 に制御しうることを初めて示した(図1).ヒトにおい てもMUC5Bをはじめとする少なくとも12種類のムチ ン遺伝子の発現が気道組織中に認められている.しかし ながら,ヒトのMUC5B上にはSiglec-8リガンドではな くむしろSiglec-9リガンドが発現しているとする報告も あり(7),マウスとヒトの免疫システムは必ずしも相似形 をなしているわけではないようである.いずれにしろ今 回の研究によって,ムチン分子上の -結合型糖鎖がリ ガンドとなって免疫応答を調節する例が示された.今後 もさらに,各粘膜組織に発現するムチン糖鎖の免疫活性 調節機能が明らかにされるだろう.また,Siglec-8の内
在性リガンドの同定と炎症メカニズムの解明によって,
好酸球炎症の解消をターゲットとしたぜんそくの新規治 療薬の開発がおおいに期待される.
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(加藤紀彦,京都大学大学院生命科学研究科)
プロフィール
加藤 紀彦(Toshihiko KATOH)
<略歴>2007年京都大学大学院生命科学 研究科博士課程研究指導認定退学/同年 ジョージア大学研究員/2013年石川県立 大学生物資源工学研究所助教/2015年京 都大学大学院生命科学研究科助教,現在に 至る<研究テーマと抱負>糖鎖生物学<趣 味>登山,そば
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.375 図1■ムチン糖鎖とSiglec-Fの相互作用による 好酸球炎症の制御
A: アレルギー性気道炎症下では気道内部に好酸 球をはじめとした炎症細胞が多く浸潤し,組織障 害をきたす.B: 炎症発生時に分泌されるMuc5b の有する糖鎖がSiglec-Fと結合し,好酸球細胞死 を促進,過剰な組織障害を抑制する.Artwork by Jacqueline Schaffer.文献8より転載.
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