セミナー室
澱粉生合成研究の新潮流-3グルタチオンによる澱粉バイオマスの増産
小川健一
岡山県農林水産総合センター生物科学研究所
はじめに
バイオマスとしての澱粉の合成制御技術は各植物種で 固有な課題をクリアしなければならない.しかしなが ら,近年われわれのグループでその有用性を見いだした グルタチオンは,藻類を含む植物の光合成能力を向上さ せ,各種植物でのバイオマス増収を可能とすることが明 らかになってきた.ここでは藻類や陸上植物での澱粉合 成能をグルタチオン投与やその関連代謝改変によって向 上させることに成功した技術成果を中心に紹介する.特 に,藻類の澱粉は,粒子が細かく,新たな澱粉利用の世 界が広がることが期待できる素材である.グルタチオン の効果は,光合成能力だけでなく転流量の向上や根系の 発達促進など,実に生物反応の多岐に及ぶことが特徴で ある.これまでにわかったグルタチオンの作用点の観点 から,バイオマス生産性向上のメカニズムについても概 説する.
グルタチオンとは?
グルタチオンは,グルタミン酸とシステイン,グリシ ンが直鎖上に結合したトリペプチドであり,一部の例外 を除けば,生物界に遍在する天然物質である.グルタチ オンは,抗酸化作用をはじめ,異物の解毒などに機能す ることが知られており,一般的には1次代謝物であると
理解されている.体内のグルタチオンはほとんどが還元 型 (GSH) であるが,システイン残基で2分子が架橋し た酸化型グルタチオン (GSSG) も存在する.
グルタチオンは,日本では医薬登録されているが,ア メリカではサプリメントとして販売されている.われわ れは,このグルタチオンを農業生産の体系で利用しよう としている(グルタチオン農業(1),図
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)が,日本で は,2012年2月27日,GSSG由来の窒素量を保証する肥 料粒剤が初めて登録された.現在は,複数の肥料製剤が 登録されている.GSHは,溶液中で酸化されやすいた め,粒剤などの製剤開発は遅れている.なぜ,いま,グルタチオンに注目するか?
一般的な知見に加えて,われわれは,グルタチオンの 機能と生理作用について,独自の新たな知見を得てき
た(2〜12).花芽分化,特に春化および光合成機能との関
係に関する花芽形成制御に関する知見は,グルタチオン 研究に新たなステージへの可能性を提供した(4, 9〜11).細 胞分裂と分化の制御にグルタチオンの酸化還元状態の変 化が重要であることを示したことは,グルタチオンの機 能が個体の生長制御と非常に密接に結びつけられている ことを強く示唆するもので,グルタチオンの標的タンパ ク質の同定を行うきっかけとなった(11, 13〜16).研究の結 果,グルタチオンと結合するタンパク質のうち,興味深
い配列をもつタンパク質FBA1が見いだされた.その FBA1のアミノ酸配列は,アミノ酸の同一性で,従来カ ルビン回路酵素のアルドラーゼとして認識されるアミノ 酸配列(FBA2/FBA3型)と極めて高い相動性(80%以 上)を有する(図
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).シロイヌナズナの葉における FBA1発現量は,従来のカルビン回路酵素アルドラーゼ(FBA2/FBA3型)の数%であるが,比活性が高く,カ リ フ ラ ワ ー モ ザ イ ク ウ イ ル ス35Sプ ロ モ ー タ ー で,
FBA1遺伝子を発現させると,FBA1タンパク質量に応 じて,アルドラーゼ活性が上昇し,光合成能力およびバ イオマス生産性の向上が認められた(14, 15, 17).これらの ことから,図
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のようなスキームでグルタチオンがカル ビン回路を活性化し,その働きを維持するという作業仮 説を提唱した(11, 16).この図から容易に想像できると思 うが,もし,この仮説が正しければ,グルタチオンを植 物に与えれば,光合成能力が高まることが期待できるはずである.実際に,下記に述べる効果を含めてその作業 仮説に矛盾しないさまざまな効果が植物へのグルタチオ ン施用で得られた(18〜20).グルタチオン農業では,その 酸化による不安定性から還元型であるGSHよりは,そ の酸化型であるGSSG施用とその効果を高める品種の導 入を想定している.
植物へのグルタチオン施用
グルタチオン施用によって観察された農業上有用と考 えらえる効果としては(17, 18),根系の発達,シュート生 産能の向上,種子収量の向上,バイオマス重の増加,糖 類含量の向上,C/N比の向上,低栄養条件での収穫量 の向上などがある.有用性としては,農業上にとどまら ず,ユーカリ植林への施用によるバイオマス生産性向上 効果も認められ,林業などでの利用上でも有用性が期待 される.この場合,施用肥料N量に比べて,わずか千分 の一N当量のGSSG施用で,150%の光合成能の向上が 認められ,生育量との相関が認められた.現在のとこ ろ,通常栽培に比べてグルタチオン施用して作られた収 穫物からの得られた澱粉の構造特性に大きな差は認めら れていないが,イモ類やトウモロコシなどの澱粉作物で の収量増加が特に期待できる結果が得られている(図
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). 図2■従来のカルビン回路アルドラーゼとグルタチオン結合性 アルドラーゼ(FBA1) のアミノ酸配列をもとにした分子系統 樹さまざまな植物のプラスチド型アルドーラーゼとFBA1ホモログ の配列を分子系統樹で比較した.従来型は,FBA2/FBA3型で,
生理的な解析から結晶構造まで解析が進んでいる.FBA1型は,
われわれのグループによって初めてCO2固定に寄与することが明 らかになったものである.図中の%は,シロイヌナズナで決定し たプラスチド型アルドラーゼタンパク質量あたりの存在量を示し ている(14).
図1■グルタチオン農業の概念図
われわれが現在想定しているグルタチオンを利用した農業につい ての概念図である.その工程は次の行程で成り立つ.①バイオマ ス原料を使った循環的工程によって製造される酸化型グルタチオ ンを植物に施用するステップが組み込まれている.②酸化型グル タチオン施用によって少しでも従来化成肥料を削減させ化石燃料 の消失抑制に資する効果をもつ.③増収は「緑の革命」の効果と 遜色のない25%以上を達成している.④酸化型グルタチオン施用 の効果を高める品種開発や管理技術が組み込まれている.⑤循環 的経路については,藻類やイモ類,サトウキビなどを原料にした 発酵生産が含まれる.IT管理技術につながる研究成果について は,近い将来に別のどこかで概説したい.
利用品種
通常の窒素施肥は,品種を選定しない場合には,倒伏 を招くことが懸念され,施肥量に制限がある.緑の革命 では,従来品種から草丈の低い品種にスイッチすること で,倒伏の危険を減少させ,施肥による増収を可能にし た.利用された系統は,ジベレリンの応答もしくは合成 に変異をもつ変異体であったことが後に明らかにされ た.しかし,GSSG施用は,根系を発達させ,徒長より は,むしろ茎径の充実が主なため,倒伏による減収の危 険は,従来の化成肥料に比べて少ない.これまでに,開 発から外れた品種を利用するような,従来の緑の革命と は別な多収品種の利用が可能になる可能性があり,導入 時は現状の農業体系を大きく変えずにスタートできる一 方で,その将来は,農業体系を大きく変えていく可能性 を秘める.
グルタチオン農業では,GSSG施用の効果を高める組 換え品種の導入も想定される.FBA1量を高めた植物 は,窒素あたりの光合成能力が高い傾向があり,実際 に,さまざまな窒素栄養条件で生育させても非組換え体 よりも地上部バイオマスおよび種子の収量性が高い(14).
グルタチオンの内生量は,日周性があるが,その絶対量 は,生育光強度に依存している.FBA1の活性がグルタ チオンで上昇する(11, 14) ことを考えると,この組換え体 とGSSG施用との併用は,さらなる生産性の向上をもた らすと期待される.実際,陸上植物の生産性の向上に関 して,FBA1とグルタチオンの相乗効果は認められる.
組換え体技術と藻類による澱粉生産
グルタチオン施用による増収効果を高めるためには,
それに適した遺伝的改変品種の導入が望まれる.われわ れはそれを目指して,モデル植物としての微細藻類クラ ミドモナスで,グルタチオン関連遺伝子の同定を目指し て研究を開始した.クラミドモナスには,FBA1にあた る遺伝子は見いだされない.しかしながら,グルタチオ ン合成の律速酵素であるGSH1を過剰に発現させた株で は,澱粉生産性が飛躍的に向上した(21).陸上植物での グルタチオンのバイオマス生産性向上効果は,FBA1だ けですべては説明できないことも考慮すれば,グルタチ オンによるバイオマス生産性向上は,FBA1依存と非依 存の経路が存在すると考えられた.遺伝的改変でさらに バイオマス生産性を高めるためには,クラミドモナスで 図3■グ ル タ チ オ ン 結 合 性 の ア ル ド ラ ー ゼ ア イ ソ ザ イ ム
(FBA1) およびそのほか,われわれが明らかしてきたグルタチ オン合成の光依存性などを考慮に入れた,グルタチオンによる 生産性向上におけるメカニズムの作業仮説
光合成によるエネルギー (ATP) でグルタチオンが合成され,そ のグルタチオンがFBA1を活性化,および活性の保持を行い,カ ルビン回路の活性を調節する.産生される糖は成長に利用される が,その成長過程についてもグルタチオンが調節を行うというも のである.ECS,γ-グルタミルシステイン合成酵素;Fd,フェレ ドキシン;GSH,還元型グルタチオン.
図4■GSSG施用によるスイートコーンの増収
キャンベラ86にGSSG施用を行った場合の子実部の発達程度を示 した.種子粒数と種子の大きさの両者が増え,増収が達成されて いる.栽培の詳細は,文献 (18) を参照されたい.
の知見が有用であることは間違いない.陸上植物では,
葉に一時的に澱粉蓄積の促進が認められても,ショ糖な どの糖へ変換されることで葉からシンク器官へ転流され るため,澱粉としての蓄積は,澱粉蓄積器官での差でし か見ることができない.一方,クラミドモナスの場合に は,単細胞で,陸上植物のような転流がないため,培養 液中の澱粉量で,明確な比較ができた.
このクラミドモナスによる澱粉生産には,いくつかの 特徴が見いだされた.その一つは,非栄養制限下でも,
澱粉や油脂の合成が亢進されていたことである.通常,
クラミドモナスのような微細藻類は,澱粉や油脂などの エネルギー貯蔵体を著しく蓄積させるには,窒素欠乏な どの栄養制限が必要である.しかしながら,もはや,
GSH1過剰発現体は,そのたがが外されている.つま り,増殖フェーズと澱粉生産フェーズでコストが著しく かかる培地交換が不要となった.もう一つ特徴的なの は,過剰生産された澱粉が培養液中に放出されたことで ある.そのため,澱粉の精製が簡素化し,精製コストが 大幅に下がることが期待できる.クラミドモナスの澱粉 は,陸上植物のものと比較して,構造的には類似である が,その大きさは非常に小さく(図
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),新たな澱粉利 用が期待できる.この意味で,クラミドモナスでの澱粉 生産は,グルタチオンによるバイオマス生産性の向上メ カニズムの解明を早めると期待されるだけでなく,物質 生産技術としての魅力も兼ね備えている.GSH1過剰発現株の澱粉増産にも光合成機能の向上が 伴っていた.その解析は,現在も継続中であるが,一部 の現象については,陸上植物でも共通であり,関与する 遺伝子も共通な可能性が高い.近いうちに,その内容を ほかのどこからの紙面にて公表できるように,研究を継 続するが,藻類の知見が陸上植物の品種改良につながる ことを期待する.
おわりに
グルタチオン施用によって光合成機能は高められるこ とは確実と言える.しかし,現状では,光合成産物を目 的の器官の収量に結びつけるためには,工夫が必要であ る.それは,施用時期である.グルタチオンは,シンク 器官への流れを増やすことはできるが,もともとマイ ナーな転流の流れを太くするのは苦手であり,その意味 で目的の収穫器官への光合成産物の流れが起きる時期を 特定し,グルタチオンを与える工夫が必要である.その ためには,作物ごとの生理の十分な理解とそれを踏まえ た投与体系の確立が必要であろう.もちろん,それに は,製剤の開発も含まれている.一方,人為的に転流の 流れを操作することが想定され,組換え体品種の導入も 想定される.
一方,単位面積当たりの生産力では,陸上植物よりも 高い生産性が期待されている藻類であるが,その利用に はいくつもの課題があった.われわれの技術では,すで にそのいくつかの課題がクリアされており,ますます,
藻類でのバイオマス生産が現実的となってきている.陸 上植物との共通なメカニズム解明は,さらに,藻類およ び陸上植物でのバイオマス生産性向上に拍車をかけるこ とを期待する.
謝辞:筆者は,本研究・開発に従事・関与してくれた全研究者,技術者,
補助員,学生の方に多大な感謝の意を表したい.また,CREST領域「植 物の機能と制御」および「二酸化炭素排出抑制に資する革新的技術の創 出」の研究総括をはじめ,代表者の方々,関係者の方々のいろいろな形 での支援は,本研究・開発が進められるうえで重要な存在であったこと を記し,ここに謝辞の意を残したい.最後に,本研究がともしび程度で あったところから,一貫して励ましの言葉をいただいた浅田浩二博士に 特別な謝辞を表したい.
文献
1) 小川健一:植物の生長調節,47, 17 (2012).
2) 小川健一:植物の生長調節,37, 126 (2002).
3) 小川健一:化学と生物,40, 752 (2002).
4) A. Hatano-Iwasaki & K. Ogawa : , 1, 246 (2007).
5) K. Henmi, S. Tsuboi, T. Demura, H. Fukuda, M. Iwabuchi
& K. Ogawa : , 42, 673 (2001).
6) K. Henmi, T. Demura, S. Tsuboi, H. Fukuda, M. Iwabuchi
& K. Ogawa : , 46, 1757 (2005).
図5■澱粉粒の大きさ
左の写真は,クラミドモナスから得た澱粉粒子で,右がトウモロ コシから得た澱粉である.表には一般的な澱粉粒子サイズを示し たが,陸上植物に比べて,クラミドモナス澱粉のサイズが極めて 微小であることがわかる.
7) K. Henmi, M. Yanagida & K. Ogawa : , 1, 185 (2007).
8) M. Mino & K. Ogawa : ., 39, 23 (2005).
9) K. Ogawa, Y. Tasaka, M. Mino, Y. Tanaka & M. Iwa-
buchi : , 42, 524 (2001).
10) K. Ogawa, A. Hatano-Iwasaki, M. Yanagida & M. Iwa-
buchi : , 45, 1 (2004).
11) K. Ogawa : , 7, 973 (2005).
12) M. Yanagida, M. Mino, M. Iwabuchi & K. Ogawa : , 45, 129 (2004).
13) H. Ito, M. Iwabuchi & K. Ogawa : , 44, 655 (2003).
14) A. Hatano-Iwasaki & K. Ogawa : , 6, 1 (2012).
15) M. Matsumoto & K. Ogawa :“Photosynthesis 2007 : Ener- gy from the Sun,” Springer, Heidelberg, 2008, pp. 877‒
880.
16) S. Tsuboi, Y. Kotani, K. Ogawa, T. Hatanaka, S. Yatsu- shiro, M. Otsuka & Y. Moriyama : , 277, 4229 (2002).
17) K. Ogawa, M. Matsumoto & T. Shiraishi : US Patent 8097770 (2012).
18) K. Ogawa & K. Henmi : AU Patent No. 2007330795
(2007).
19) K. Ogawa : AU Patent No. 2008321944 (2008).
20) K. Ogawa & A. Iwasaki : AU Patent No. 2008205946
(2008).
21) K. Ogawa & M. Nishikawa : WO/2012/029727 (2012).
プロフィル
小川 健一(Kenʼichi OGAWA)
<略歴>1993年京都大学農学部林産工学 学科卒業/同年同大学大学院理学研究科植 物学専攻/1995年同大学大学院理学研究 科生物科学専攻,日本学術振興会特別研究 員(京都大学食糧科学研究所)/1997年東 レ株式会社ケミカル研究所/1998年岡山 県生物科学総合研究所細胞工学部門細胞機 能解析研究室室長/2007年岡山県生物科 学総合研究所主任チームリーダー/2010 年岡山県農林水産総合センター生物科学研 究所植物レドックス制御研究グループグ ループ長,現在に至る.博士(理学,京都 大学)<研究テーマと抱負>グルタチオン 農業の実現に関する基礎から現場までの広 い範囲を対象に,多くの人の協力のもと,
研究・開発を継続的に行っています.この 技術の有望性にハマルひとたちの笑顔を もっと見ていきたいです<趣味>釣り(な かなか行けないですが…)