230 化学と生物 Vol. 55, No. 4, 2017
イネのファイトアレキシン生合成を制御する新たな転写因子の発見
植物体での抗菌物質の生産を自在に操る
農業生産において病害による被害は大きく,被害を抑 えるために殺菌剤などの農薬が利用されている.一方で 農薬は環境に与える影響も少なくないため,環境負荷を 低減することが近々の課題となっている.解決策の一つ として,植物が本来有している病害抵抗性機構を理解し 利用することが考えられる.植物は病原菌などが感染す ると,抗菌活性のある低分子化合物ファイトアレキシン を生産する.この生産を自在に操ることができれば,農 薬に頼らずに病害による被害を軽減できるのではないだ ろうか? 本稿では,そのようなことを可能にするかも しれない転写因子がイネから発見されたので紹介する.
ファイトアレキシンとは植物が病原微生物などの感染 に際し生産する抗菌活性のある低分子化合物の総称で,
1980年ごろからその存在が知られていた.その構造か ら,アルカロイド系,テルペン系,フラボノイド系など に分類される.シロイヌナズナではアルカロイド系のカ マレキシンが,トウガラシではテルペン系のカプシジ オールが有名である.イネでは現在までにジテルペン系 ファイトアレキシン(DP)としてモミラクトン(ML)
A, B, ファイトカサン(PC) A~F,オリザレキシン A~F, Sおよび -10-oxodepressinの計16種が,またフ ラボノイド系ファイトアレキシンとしてサクラネチンが 報告されている(1).イネのDPの生合成については,マ クロ環(casbene)型の -10-oxodepressin以外の15種 類ではゲラニルゲラニル2リン酸からコパリル2リン酸 を経て生産される生合成経路がおおむね解明されてお り,生合成遺伝子についても10種類以上同定されてお り,ML生合成遺伝子は主に4番染色体に,PC生合成遺 伝子は主に2番染色体にクラスター上に存在することが 明らかになっている(2).イネのDPは葉へのいもち病菌 感染,塩化銅処理,植物ホルモンのジャスモン酸処理,
UV照射,それに懸濁培養細胞へのキチンエリシター処 理により生産が誘導される(3, 4).イネ懸濁培養細胞での キチンエリシター誘導的なDP生合成については,bZIP 型の転写因子OsTGAP1( TGA factor for phytoalexin production 1)が関与することが報告され ている(5).しかしながら,いもち病菌感染をはじめそれ 以外の処理によるDP生合成の誘導や,植物体における
生合成を説明できる転写因子の報告はなかった.
それに対し最近見いだされたbHLH型の転写因子 DPF(Diterpenoid Phytoalexin Factor)は葉へのいも ち病菌感染,塩化銅処理,ジャスモン酸処理,UV照射 により発現が誘導された(6).また, はイネ植物体に おいて非誘導条件では根や出穂後の穂で発現していた が,これはMLが同条件では根や籾(もみ)に存在して いるという事実をよく説明する. の発現をRNAi法 により抑制した ノックダウンイネでは,根と籾に おけるMLおよびPCの蓄積量が著しく低下していた.
さらに,このイネでは12種のDP生合成遺伝子のすべて において発現の低下が認められたことから,DPFはDP 生合成の特定のステップに限定することなく,すべての ステップにおいて生合成遺伝子の転写を正に制御してい ることが明らかになった.以上よりDPFはイネのDP生 産において,中心的な転写因子であると考えられた(6)
(図1).
転写制御配列についてもイネ葉鞘での一過的転写活性 化実験により明らかにされた.通常,植物のbHLH型転 写因子の多くはゲノム上のE-box(5′-CANNTG-3′)あ るいはG-box(5′-CAC GTG-3′)配列に結合することが 知られており,DPFタンパク質はその一次構造から
図1■DPFはイネのジテルペン系ファイトアレキシンの生産に おいて,中心的な転写因子である
日本農芸化学会
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G-boxに結合すると予想されていた.DPFは転写活性化 実験で,PC生合成遺伝子 の上流領域(G-box配列 を含む)を接続したルシフェラーゼ・レポーター遺伝子 を活性化した.そこでこのG-boxに変異を導入したが,
予想に反し転写活性に変化は認められなかった.この上 流領域には動物のbHLH型転写因子の結合配列として知 られているN-box(5′-CAC GAG-3′)が存在したので,
次にこの配列に変異を導入したところ,転写活性が失わ れた.よってDPFはN-boxを介して の転写を正 に制御していることが明らかになった(6).植物において N-boxが転写制御に必要であることが示されたのは,こ れが最初の例であろう.
イネのDPの生物学的役割については不明の点も多い が,DPFの発見により解明が進むことが予想される.
ゲノム編集の手法で 遺伝子を破壊するノックアウ トイネを作製しDPを生産できないイネを得ることがで きれば,DPの本来の役割に迫ることが可能になる.ま た,DPを高生産する植物は,個別の生合成遺伝子を高 発現しても基質の不足が生じるため,原理的に得ること が困難であった.しかしながらDPFは上記のようにDP 生合成のすべてのステップを正に制御しているので,
高発現イネでは実際にMLやPCが高生産され蓄積 していた(6).DPには抗菌活性があるため,高生産イネ はいもち病などの病害に抵抗性になることが期待でき る.また,MLには雑草の生育抑制活性も報告されてい るため,高生産イネは雑草抵抗性を示すかもしれない.
さらにトウモロコシのテルペン系ファイトアレキシンの 中には害虫の接食抑制活性や乾燥耐性活性を有するもの も知られているので,高生産イネも害虫抵抗性や乾燥耐 性を示すかもしれない.今後は のノックアウトイ ネや高発現イネの利用により,イネのDPの新たな生物
的役割が明らかになり,ひいてはDPを利用したイネの 育種につながることが期待される.
1) K. Horie, Y. Inoue, M. Sakai, Q. Yao, Y. Tanimoto, J.
Koga, H. Toshima & M. Hasegawa:
, 63, 4050 (2015).
2) H. Yamane: , 77, 1141 (2013).
3) A. Okada, T. Shimizu, K. Okada, T. Kuzuyama, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri & H. Yamane: , 65, 177 (2007).
4) M. Hasegawa, I. Mitsuhara, S. Seo, T. Imai, J. Koga, K.
Okada, H. Yamane & Y. Ohashi:
, 23, 1000 (2010).
5) A. Okada, K. Okada, K. Miyamoto, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri & H. Yamane: , 284, 26510 (2009).
6) C. Yamamura, E. Mizutani, K. Okada, H. Nakagawa, S.
Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Ya- mane, H. Takatsuji & M. Mori: , 84, 1100 (2015).
(森 昌樹,農業・食品産業技術総合研究機構生物機能 利用研究部門)
プロフィール
森 昌 樹(Masaki MORI)
<略歴>1983年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1988年同大学大学院農学系研究 科博士課程修了,農学博士/同年農林水産 省農業生物資源研究所研究員/1989年同 省九州農業試験場研究員(この間1989〜
1990年米国ロックフェラー大学客員研究 員)/1994年農業生物資源研究所主任研究 官/2010年同上級研究員/2016年農業・
食品産業技術総合研究機構生物機能利用研 究部門植物機能制御ユニット長,現在に至 る<研究テーマと抱負>イネの病害抵抗性 機構を解明し病害抵抗性作物の分子育種や 植物化学調節剤の開発につなげたい<趣 味>友人とうまい酒を飲むこと,たまの音 楽鑑賞(オペラなど)
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.230
日本農芸化学会