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<抄訳> - 西ドイツにおけるセルフヘルプ・グループ

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<抄訳>  

西ドイツにおけるセルフ・ヘルプ・グループ  

〜この10年の発展〜  

Self−help groupsin West Germany   Developments of thelast decade  

著者:Jurgen Matzat   ギーセン、心身医学センター  

Acta psychiatr.scand.Suppl.337,  

Vol.76.1987.より   訳:岡   知 史  

大阪市立大学社会福祉研究会    研究紀要 第6号 抜刷  

1989年3月発行   

(2)

<抄訳>  

西ドイツにおけるセルフ・ヘルプ・グループ  

〜この10年の発展〜  

Self−help groupsin West Germany   Developments of thelast decade  

著者:Jurgen Matzat   ギーセン、心身医学センター  

Acta psychiatr.scand.Suppl.337,  

Vol.76.1987.より  

訳:岡   知 史  

〔要約〕   

西ドイツおよびその周辺諸国では、近年、セルフ。ヘルプ・グループと、その政治的社   会的背景、それを定義する試み、そして、その理論的考察と実践的経験について論じられ   ている。本論文は、そのような論議を、ここ数年、ギーセン大学の心身医学・心理療法ク   リニックで試みられてきた共同実践研究をモデルとして考えながら、報告する。このクリ   ニックには、精神分析的な方向づけがあり、集団心理療法や家族療法、社会療法の強い伝   統がある。  

1970年代の後半、西ドイツでは、セルフ。ヘルプと相互扶助、そして、その重要性は何   かということ、その考え方はいかにして喚起され促進できるかということについての論議  

が始まっていた。暗がたっにつれて、その論議は非常な勢いで激しさを増し、おそらくは  

セルフ。ヘルプ運動という社会現象そのものよりも激しくなりさえしたのである。そういっ   た論議をうんざりするはど聞いたために、もうこれ以上は聞きたくないと思うひとも少な  

くなかったはどである。そのことについて意見を表明しない団体。組織はなかった。どん   な会議でも、セルフ・ヘルプと論議の対象となったのである。   

そしてある時、それは1977年のことであったが、私たちは、ギーセンで活動しているセ   ルフ。ヘルプ・グループの様子や、その援助の結果、グループの分布に目を向けた。ハン  

ブルクとハイデルベルクの同僚が、のちに、この最初の調査計画に加わった。  

1980年代にはいって、新たな問題が前面に出てきた。それは、スペシャリストとセルフ。  

ヘルプ。グループの協力関係についての問題であ。その当時、多くのエキスパートがセル  

(3)

フ・ヘルプ・グループを受けいれているように思われたが、セルフ。ヘルプ・グループの   効果性をあまりに楽天的に過大評価しているように見えることもあった。彼等はセルフ。  

ヘルプ。グループと協力するつもりでいた。少なくとも口先ではそう言っていたのである。  

1982年に、セルフ・ヘルプ運動を支持したいと考えていたエキスパートの集団が、『ド   イツ・セルフ。ヘルプ。グループ協会』という組織をっくった。   

しかしながら、セルフ。ヘルプという考え方が最終的に成功をおさめたと思われたのは、  

ごく最近、1980年代の中頃のことであって、その結果、政治的領域の面でも発展が見られ   たのである。   

もちろん、既成の社会システムの危機的兆候をめぐる社会的不満は、この数年問、少な   くとも西洋の福祉国家においては共通して表われていたのである。そのような状況を批判   する論議の中で、セルフ。ヘルプ。グループの運動が生まれた原因として考えられるもの   がいくつか指摘されている。  

○制度や職位の、不当なまでに強化された専門化、細分化、そして特殊化。  

○官僚化と、それによる援助者と患者の疎外的関係。  

○社会的スーパービジョンの方法としての援助の誤用。  

○幼児的依存に患者を置くこと。  

○苦悩(suffering)を制御(control)するのではなく、管理(administration)して    いること。   

さらに、これに加えて比較的新しい問題としては、いわゆる『財政危機』があった。財   政緊縮政策において、社会的分野(socialsector)は比較的弱いところである。通例、こ   の分野に直接的な関心をよせるひとびとは、もっと強いロビー活動を行なうひとびと、例   えば機械産業や軍、学術的研究などに関心をもっひとびとと比べて、予算を制限されるこ   とに強い抵抗を示さないのである。このような歴史的状況のなかで、セルフ・ヘルプとい   うイデオロギーは非常に便利なものとなり、当初はためらいが見られたものの、驚くべき   早さで取りあげられたのである。今日の西ドイツにおいては、もはや政治的に重要なグルー   プは、ほとんどすべて、自分たちのプログラムの適正な事業報告書を(訳注:政府の援助   を受けるために)作成しているのである。このようにして、イデオロギーとしてのセルフ。  

ヘルプの政治性は、以前では患者団体や学術的調査によって少しばかり論議されたにすぎ   なかったが、現在では公的な論議の場においても重要な位置を占めるようになったのであ  

る。   

もちろん、このような国家のサポートは、その福祉システムの内部にあるはとんどのセ   ルフ・ヘルプ。グループを援助する傾向にあるが、その福祉システムの外部にあるセルフ。  

ヘルプ。グループにおいてはむしろ援助することは少ない1)。また、その福祉システムに  

対抗するような働きをしているセルフ。ヘルプ。グループを援助することはほとんどない  

のである。行政側は、セルフ・ヘルプ。グループを、その『被援助適合性』にしたがって、  

一68一   

(4)

調査。分類しているのである。このようにして、セルフ。ヘルプの運動の批判的精神は抑   えられるのである。しだいしだいに、セルフ。ヘルプ。グループの『オータナティブな形   のケア』は『セルフ・ケア』に変質し、そしてやがて『安あがりのケア』になるのである。  

すでに、セルフ。ヘルプ・グループによる『包括的ケア』のためにプランが発案さればじ   めているし(例えばガンの分野で)、アルコール依存症者に対しては、セルフ。ヘルプ・  

グループへの参加を『宣告する』という発想もあるのである(例えば運転免許の再取得の  

ために)。このように、セルフ。ヘルプ。グループが国家のプランニングによって利用さ   れ制度化されるという危険性は見過してはならないことである。   

しかし明らかにセルフ・ヘルプ。グループは、このようなプロセスの『被害者』である   ばかりではない。多くのセルフ。ヘルプ。グループが、あまりにも容易に伝統的な患者役  

割に引きこもってしまい、再び一部のリーダーや専門職に依存するようになってしまうの   である。また、自分たちが『世話をしている』ひとびとがいかに多いかを強調し、充分な   財政的資源がもらえるとわかれば援助という『ェサ』につられて簡単について行くという  

グループもあるのである。   

国家は、ここでは制度の計画者として、財源提供者として、決定的な役割を果たしてい  

るのである。国家は、財政の節約のために、草の根グループに期待してはいるが、同時に   監督しきれないものとして、あるいはさまざまな批判や要求を出してくるものとして草の  

根グループを恐れている。福祉団体(welfare associations)は西ドイツでは社会的サー   ビスの供給において異常なはど重要な役割をもっているのであるが、それらの団体は、新   しいセルフ。ヘルプ運動に直面し、自分たちの領域の競争相手として恐れながらも、自分  

たちの既得権を守っていく方針をすすめている。また、一方、福祉団体は、自分たちのや   や古いタイプに属するグループ活動をセルフ。ヘルプ・グループと呼ぶことにしたり、あ  

るいは、もともとは自発的に結成されたグループを自分たちの大きな傘下に入れようとし   たりすることによって、この新しい社会的活動の分野を自分たちのものにしようとしてい  

るのである。つまり、セルフ。ヘルプ運動は、自律性と自己決定性を保持しなければなら   ないというニーズと、しだいに高まっている財政的援助を求める声の間にはさまれて苦し  

んでいるのである。というのも、財政的援助にはたえず依存の危険性が潜んでいるからで   ある。   

このように政治的な論議がマスコミの注目のもとに、そうぞうしく行なわれたのに対し   て、我々専門職がセルフ・ヘルプ運動にどのように対処していくかという学術的な論議は、  

やや後退してしまったようである。『無力な援助者』2)や『援助者治療原理』3)についての  

思慮深い自己自己批判的な論議には、数年前と比べると今日では、誰も興味をもたなくなっ   てしまったのである。   

これまでのところ、西ドイツでは『セルフ。ヘルプ』という用語は以下の3つの意味で   用いられている。  

(5)

○第1に、外部からの援助、とくに専門職の援助の不在や終了を意味している。ここには、  

援助を必要としていたひとは、現在はなんとかひとりでやっていけるのだという意味が含   まれている。特にソーシャルワークやJL、理療法的カウンセリングにおいては、『自立(セ   ルフ。ヘルプ)への援助』という古くから使われている言葉がよく使われる。しかし、こ   のことば障害や病気をもったひとがなるだけ早くなるだけ広い意味で独立と個人的イニシ   アティブを再び手にいれることを意味するのかどうか、あるいは、進歩的に聞こえる考え   方のなかで表明されている継続的サポートの否定を意味するのかどうかを、問うべきであ   る。心理学の分野では、この間題については『無力な援助者(helpless helper)』とい   う言葉をめぐって論議が行なわれたのである。この言葉が意味するものは、非常に簡単に   言えば、援助する専門職についている多くのひとびとは、援助を必要として自分たちに依   存してくるひとびとを、専門職自身のパーソナリティに心理的安定をもたらしてくれるも   のとして必要としているのだということである(『援助者シンドローム』)。一方、保健。  

社会の両セクターにおいて人員と予算を削減するという耐乏政策も重大な意味をもってい  

る。『政府助成金主義』という考え方のもとに、患者自身、その親族、そしてセルフ・ヘ   ルプ運動さえも、財政削減への協力を求められているのである。ここにおいて、国のプラ  

ンニングによってセルフ・ヘルプ運動が利用され制度化されるという明白な傾向があらわ   れているのである。  

○第2に『セルフ。ヘルプ』は、官僚的あるいは専門的、そしてほとんど商業的な制度に   対抗する概念として使われている。その真の意味は援助と連帯である。このような援助の  

なかには、素人の援助、無給の援助、近隣からの援助、友人や親族からの援助が含まれて   いる。ここにおいてもまだ確かに援助を与えるひとと求めるひととの明確な区別はあるが、  

与えられる援助は専門的に与えられるのではなく、また支払われるのでもなく、制度上の   あるいは法的な規則に従って行われるものでもないのである。我々の日常生活は、多かれ   少なかれ、そのような人間同士の好意に満ちたものなのである。そのような援助をするこ   とは楽しいことであり、特に理由というものもなく、特別な感謝を求めるわけでもない。  

実際それはすべての良い人間関係に自然に含まれているものなのである。   

西ドイツのかなり最近の研究の動向を見ると、経済学者たちもまた、日常生活のネット   ワークのなかで行なわれるサービスの価値を考えはじめている。例えば、祖母が孫を一日   面倒をみていた場合、彼女のコストはいくらであり、どれくらい経費を節約できたのだろ  

うか。あるいは家を建てる場合、友達同士の助け合いということで手を借りることと、違   法なことだがこっそりと『やみ値』で建ててもらうことの違いはどこにあるのだろう。我々   の国では、このような問題は『シャドー・エコノミー(shadow economy)』という概念   のもとに論議されつつある。  

○第3に『セルフ。ヘルプ』は、セルフ。ヘルプの集団づくり(grouping)という意味   で使われる。ここには、もちろん『非外部的援助』とか『非専門的援助と連帯』という要  

−70   

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素が確かに含まれている。しかし『セルフ。ヘルプ』が独立的な特別な意味をもつのは、  

『連合』とか『グループ』『グループづくり』『組織』などといった用語と共に使われると  

きのみである。そのときにのみ『セルフ。ヘルプ』は、他の日常生活のプロセスとは違っ   た人間の活動を意味するのである。ここにおいて、ひとりのセルフ・ヘルパー(自助者)  

のなかで、グループ援助を求めるひとと援助を提供するひととの分離と再統合が行なわれ   ること(それは分裂的にさえ思える分離なのだが)について、なんとか解決がなされるの  

である。つまり、グループは、いわば高度に組織化された有機体なのだが、その内部にお   いてメンバーの問題と結びつくだけではなく、問題と取り組む能力とも結びっくのである。  

ひとりのひとが他のひとを助け、時がたてば今度は助けられたひとが助けたひとを助ける   相互援助なのである。必要に応じてひとは役割を変える。あるときは援助者であり、また   あるときは援助を求めるひとになるのである。  

……(中略)……   

さて、西ドイツでの学術的な論議においては、セルフ。ヘルプ・グループの現在の定義  

はおおよそ次のようなものである:   

セルフ。ヘルプ。グループは共通の問題(例えば病気)に関心をもつひとびとが集まっ   たものである。長期にわたって定期的なグループ・セッションを続けるなかで、たいてい   は専門的な援助者を抜きにして経済的な収益を目的とすることなく、自分たちの問題や社   会的環境に自分たちが対処していく方法を変えていくことを試みるのである。ここでの指   導的な原理は、対等な協力関係と相互援助である。このようなグループの良い効果は、極   端なまでの個人的な経験の交換や直接的な共感、連帯、そして社会的なサポートによって  

もたらされる。メンバーは互いに助けあい、共通の問題にう  まく取り組んでいるというモ  

デルを示しあうのである。  

……(中略)……   

ギーセンの我々の作業チームは、読者は我々の専門的バックグラウンドを思いだしても   らいたいのだが、つねに第一に『心理療法的なセルフ。ヘルプ。グループ』に関心を持ち   続けた4)。これは、もっぱら内省的な(inward−looking)集団的セルフ。ヘルプ活動に   かかわりながら、グループ。ディスカッションと対面的コミュニケーションが主たる活動   であるという小グループに、我々がっけた呼び名である。   

そのようなグループは、通例、5名から15名のメンバーを集めている。これよりメンバー   が少ないと、グループがバラバラになってしまうという心配が大きくなるであろうし、グ   ループ内に多様な人間関係が生まれる可能性もあまりに小さいに違いない。しかし、もし   グループが大きすぎると、個人的なっながりは難しくなる傾向があるし、人間関係を重視   することが不可能になる。グループのメンバーは進行していく会話のなかで、セラピスト   の介入なしで、自分の葛藤により適切に取り組むことを学ぶのである。そして、そうする   なかで、自分たちの心理的問題に対する集団的解決(collective solution)を発見しよう  

(7)

とするのである。数年問にわたって連続して、彼等は過1回、2〜3時間の会合を、なる   だけ中性的な(neutral)会場で行なうのである。このような治療的設定はもちろん絶対   的なルールではないが、理論的考察から導きだされ、また何よりもすでに活動しているセ   ルフ。ヘルプ。グループの経験から導きだされた望ましい形なのである。  

・…‥(中略)……   

セルフ・ヘルプ・グループの仕事や治療に関する考え方は、メンバー自身によって決め   られる。我々はそれを『ルールを定めないというルール』と呼んでいる。つまり、セルフ。  

ヘルプ・グループのなかではどういうふうにふるまうべきか、というような固定した規則   はないということである。グループのすすめ方は、各メンバーの個人的な問題によって、  

あるいはそのような問題をグループで取り組みたいという希望によって、決められるので   ある。   

心理治療的セルフ。ヘルプ。グループの働きに関する概念を明らかにするために、ここ  

で特に3つの治療原理についてふれておく必要がある。それはグループの原理、連続性の   原理、セルフ・ヘルプの原理である5)。   

グループの原理は、小グループの利点の活用を必要とする。グループの能力kapability)  

は、個人の能力よりも優れている。治療的な道具として、グループは次のようなことに役   にたっ。  

○外面的な孤立と、それに伴う内面的な孤独の除去。それは、同じような関心をもったひ   とびとが集まりあい、自分たちの問題を話す機会が与えられることによって行なわれる。  

これはおそらくすべてのセルフ・ヘルプ。グループの最も基本的で一般的な効果であろう。  

ひとをアウトサイダーにしてしまっていた病気や障害が、セルフ・ヘルプ。グループのな   かでは、多数のなかのひとりにしてしまうのである。これを『脱格印化Giestigmatization)』  

のプロセスと呼んでもよいだろう6)。  

○グループのなかに自分たちの自然治癒能力(naturaltherapeutic ability)をもちこ   む人びとの存在と協力によって、治療的可能性が増加すること、つまり、人々の『同一化   的共鳴7)』とつながりによって、問題の側面や原因、背景、そしてその解決の可能性につ  

いての洞察を深めるのである。セルフ。ヘルプ。グループにおいては、各個人は同等の患   者(co−patient)であるだけではなく、同等の治療者(co−therapist)でもあるのである。  

我々は次のことを忘れてはならないだろう。すなわち、すべての心理療法の形式において、  

効果を生じさせる変数となるものは、日常の人間行動以外の何物でもないということであ   る。素人がそのような方法を自分たち自身で発展させ、それを自分たちの相互の利益にし   ていくことができないはずはないのである。  

○多くの側面をもっ人間のつながりが同時的に確立されること、しかも、そのつながりの   なかで、問題の原点であり現在の問題でもある葛藤に満ちた人間関係がよく再体験され、  

したがってそれに取り組むことも可能なのである8)。専門職による心理療法グループの患  

−72一   

(8)

者の間で生じる『2次的転移(secondary transferences)』と似た『転移関係』がここ   で考えられるゐである。   

第2の原理として述べられたものは、連続性の原理であって、これは、各メンバーがグ   ループに参加した理由になっている心理的困難にかなりの期間、メンバーを繰り返し集中  

的に取り組ませるものである。   

集会の継続においては、治療的作業には時間がかかるという事実が考えに入れられてい   る。セルフ。ヘルプ。グループは、2年から4年活動を続けてこそ意味がある。その理由  

としては:  

○互いに初めは他人同士なので、徐々にしか信頼関係や好意的関係ができない。グループ   内部の共通のつながりは『グルpプ精神(group spirit)』によって特徴づけられる。通   常、それはグループのなかでの安全感(feeiing of security)と結びっいている。  

○時間をかけなければ、ひとは自分自身の問題や他者の問題に近付くことはできない。自   分自身の理解と自分自身の心理的抵抗を処理し、自分自身の葛藤に取り組むには時間がか   かるのである。  

○そして継続する治療的作業においてのみ、ひとは自分自身の葛藤を解決したり変化をお   こしたりする力をっけることができる。はじめはグループのなかだけで、そうすることは   できるのであるが、やがて日常生活のなかでもそうすることができるようになる。このよ  

うに各個人が徐々に人間的に成長することは、グループの成長に伴って現われるのである。   

第3の原理である、セルフ。ヘルプの原至酌ま、これは個人的に(personally)組織化   された集団心理療法という、この形式に特徴的なものである。ここで言われていることは、  

現われてくるのは『外から与えられる相互扶助』であるというだけではなく、『内から出   てくる相互扶助』でもあるということである。つまり、ここでは他者を援助するひとが、  

援助したひとから援助されるということ(相互扶助)だけではないのである。各個人は自   分自身を援助(自助)し、そして自分自身でどうやっていくかということを他者に見せる   のである。このモデルから学ぶということ(セルフ。ヘルプ。モデル)は、治療的過程に  

おいて実に基本的な要素である。セルフ。ヘルプ。グループは、いわば『エゴイズムの博   愛的表現』のための会なのである。   

セルフ。ヘルプ。グループは、すべての人間が本来もっている潜在的な自立能力の活性   化を求め、またそれを育てるものである。医療や心理社会的な専門職は、みんなあまりに  

も多くの場合、援助を求めるひとを簡単に、病み、為すすべもない、受け身的な患者であ  

ると見てきたのである。   

しかしながら、身体的にあるいは心理的に疾患をもっすべてのひとは、病んでいるだけ   ではなく、同時に健全であり、健康を促進させるようなものも持っているのである。その   ようなパーソナリティのなかの健全な要素は、あまりにもしばしば、古典的な医療ケアの   形のなかでは見過ごされているし、部分的には、それは抑圧されさえしているのである9)。  

(9)

これらの(残余的な)潜在的能力は、もちろん患者によって違っている。しかし、人びと   のこれらの能力が積み重ねられるだけではなく、組み合わされたときに、それは生命力に   あふれ、健康を守り、実際に健康を作り上げるまでになる。そして専門的な治療者の存在   に匹敵するものとなるのである。  

……(中略)……   

我々専門職の時間の節約のためだけではなく、おそらく我々自身の従来の治療者役割に   戻って楽をしたいという誘惑から身を守るためにも有効であると思い、我々のクリニック   ではいわゆる『合同集会(joint meeting)』というモデルを作り出してきた4)5)10)。これ   は月1回、固定された日時に開かれる集会であり、他の週1回のグループ集会とは区別さ   れる。   

この月1回の集会では、すべてのセルフ・ヘルプ・グループのメンバーが招待され、オー   プン。ディスカッションでグループ活動の経験を交換しあい、互いにアドバイスしあうの  

である。セルフ・ヘルプ・グループと同様、この集会においても、20人以上の参加者があ   ることは、グループ。プロセスにとって望ましいものではないだろう。   

ここで肝心なのは、そして時に重要なのは、個々のメンバーの問題ではなく(それは正   確に言えばここでは論じるべきではないのである)、個々のグループがその活動において   かかえている問題なのである。オープン。ディスカッションにおいて、各グループはその   活動の目標や方法を提示し、別のグループの似たような、あるいは全く異なった経験に耳   を傾け、うまく行かないところがあればヒントを与えあったりするのである。このような   精神的な支え(moralsupport)は、グループ結成のときや、危機状態のとき、グルー  

プが独力で解決できるとは信じられないような問題にぶつかったときに、特に重要なので   ある。   

この月1回の合同集会を、我々は『セルフ。ヘルプ・グループのセルフ・ヘルプ・グルー   プ』と呼んできた。   

セルフ・ヘルプ・グループ間の相互カウンセリングという機能(これはもちろん、いく   つかの類似のグループがひとところに集まってはじめて機能するのである)に加えて、こ   の合同集会にはさらに2つの重要な仕事がある。第1に、そこは、新しく関心をもってやっ   てきたひとが、個々のグループ活動について最もはっきりとしたイメージをっかめる場所  

であるということである。おそらく、そういったひとびとにとっては、そこは、すでに活   動していて新しいメンバーを募集しているセルフ・ヘルプ・グループと接触をもっ場所に  

なるし、いっしょに新しくグループをっくっていくときの仲間を見つける機会にもなるの   である。   

また、何よりも、この合同集会は、グループが望めば、専門職と話をする機会も提供し   てくれるのである。   

類似のセルフ・ヘルプ・グループのメンバー間の相互カウンセリングが、合同集会で得  

一74一   

(10)

られる最も重要な成果である。   

ここには、グループ活動の問題を他のグループと話し合う機会がある。ある種の「相互   スーパービジョン』が行なわれるのである。ひとつのグループで問題になっていることは、  

しばしば他のグループでも問題になっているのである。そのようなときには、グループは   成功したものであれ失敗に終わったものであれ、その問題を解決しようとした自分たちの   試みについて報告しあうことができる。そのことによって、すべてのグループはそれぞれ   の経験をあらためて点検することができるばかりでなく、他のグループの経験からも学ぶ   ことができるのである。ある程度まで、交換しあうことのできる知識がここで見えてくる   のである。新しい、あるいは特別な困難が生じた場合には、合同集会は少なくとも個々の   グループ内で話し合ったときよりも、より多様なアイデアを提供してくれるのである。ま   た、小さなグループの話し合いのなかでは取り残されてきたひとが、そこで全く違った物   の見方を他の人に紹介することもしばしばあるのである。もちろん、経験豊富なグループ   が合同集会で発言することは特に有益である。というのも、かれらが長期にわたって活動   しているというただそれだけのことで、新しいグループは励まされるのである(同様のこ   とがアルコホリック。アナニマスから報告されている。つまり長期間断酒しているメンバー   の存在によってかなりの程度、グループの機能は支えられているのである)。   

合同集会において繰り返し論じられた話題は次のようなものである。  

○外接的なセッティングの取り扱い(グループの大きさ、メンバーの構成、集会の頻度と   1回あたりの集会時間)。  

○グループ。メンバーの脱落。特にグループ結成当初においての脱落。  

○メンバー  同士のあまりに密着しすぎる接触と情緒に傾きすぎる傾向への恐れ。  

○黙ったままのグループ。メンバーへの対応。  

○攻撃的な論争への恐れ。  

○グループ。ダイナミックス。ゲームと、セルフ・ヘルプ・プログラムの経験。  

○新しいメンバーの意見をきくこと。   

合同集会は、セルフ。ヘルプ。グループのメンバー  と専門職との出会いの場としても評  

価を得た。我々の経験では、合同集会は、理念的には、セルフ。ヘルプ。グループと専門  

的ケア。システムの連結(1ink)を確立しうるのである。このような場によって、グルー   プは、専門職と接触をもたずにやっていかねばならないというような思いを持たずに、自   分たちの機能の自律性を保持することができる。   

我々の知っているセルフ。ヘルプ。グループの大多数は、この『バックアップ。サービ   ス』を非常に有益なものとして評価している。ここで問題なのは、グループが自分たちの  

問題を自分たちの手で実際に処理できないということよりはむしろ、非常に困ったときに   は誰のところに行けばいいかということを知っていることによる安心感なのである。特に、  

新しくできたばかりのグループは、グループが危機に陥ったときにはいっでも助けてくれ  

(11)

るのかどうか、何度も何度も我々に尋ねるのである。実際にはそういう状況ははとんど起   こったことはないのに!   

充分にうまく活動しているセルフ。ヘルプ。グループのメンバーは、いったい専門職か   らどんな援助を受けてきたのかと尋ねられて、こう答えた。『あなたがた専門職のみなさ   んが、そこにいるということが、どても大切なんですよ!』   

毎回の合同集会が始まる前に、どんなタイプのセルフ。ヘルプ・グループが参加するの   かを考えて、どういう専門職がそこで求められているのかを考慮するべきである。特に慢   性の器官疾患の患者が集まる集会には、カウンセリングのできる心理学者や心理療法士の   他に、医師や助産婦、口腔治療士、栄養士、ソーシャルワーカー等のスペシャリストの出   席が望ましいだろう11)。この合同集会の枠組のなかで、スペシャリストたちは新しい処遇   方法や法的条文に関する情報を提供できるのであって、また、その情報は各グループの参   加者によって拡大されうるのである。   

専門職はセルフ・ヘルプ・グループのメンバーが使いたいように使えるように、専門的   知識を提示するのである。メンバーは、その知識をどう利用していくかを自分たちで自由  

に決める。専門職は固定した『処方箋』を与えたり命令したりすることはできないが、同   様にここでは専門職としての特別の責任もないのである。これを次のように言ってもいい  

だろう。つまり専門職はグループに助言する(counsel)のではなく、グループと話し合   う(consult)のである。   

どのような場合でも、グループ。ワークの経験をもっアドバイザー  の援助は重要である。  

その仕事は、小集団のプロセスに関する専門的知識を使って、例えば、グループの外面的  

な要素(グループの大きさや集会の頻度など)の重要性を強調し、グループ。ダイナミッ   クスに関する問題の理解を促すことである。ここでもまた、アドバイザーは『素人』に決  

して『教える』ような態度をとってはならない。そうではなく、問題を自分白身で理解す   ることができるように励ましていくべきなのである。   

心理治療の分野やその他の分野のアドバイザーが出席する合同集会の経験から言えば、  

合同集会にも決して問題がないわけではない。問題をどのアドバイザーと論議すべきかと   か、どの問題の解決を優先させるべきか、ということで合同集会は分裂してしまいやすい。  

また、心理学者と内科医、アカデミックな専門職集団とアカデミックでない専門職集団、  

あるいは保守的なひとと革新的なひととの間の考え方の違いは、協同作業を難しくしてし   まうのである。この間題は、特に、合同集会に出席している人々がセルフ。ヘルプ・グルー   プへの積極的評価において合意し、対等の関係で話し合うことができた場合、うまく解決   できるのである。   

合同集会においては、グループのメンバーは次のことに気づくべきである。いくつもの   セルフ・ヘルプ・グループの境界を超えて、経験と創造性が適切に組合わされるとき、非   常に大きな業績を上げられるのだということ、そして、専門職の援助が必要になる場合は  

−76   

(12)

一般的に信じられているよりはずっと少ないということである。このような気づきを起こ   させるために、ひとつの『治療的テクニック』が専門職に求められる。つまりアドバイザー   は、セルフ・ヘルプ。グループから自分に向けられる質問や要求を、繰り返し繰り返し、  

合同会議に出席している他のグループに投げかえすのである。そして、すべての出席者の  

経験的な知識が組み合わされたのち、それが完全に出尽くした後に、  自分の専門的な知識   をっけ加えるのである。我々は、そうすることによって、我々がいうべきことの残ること  

がいかに少ないかに何度も驚いたのである。  

……  (以下略)…・‥  

〔参考文献〕  

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(Helpingin another way:Self−help groups and experts working together).Stuttgart:Klett−   

Cotta.   

11.Daum,K.一W.,Matzat,].and MoellerL,M.L.(1982).Selbsthilfegruppen ftu chronisch    Kranke(Self−help Groups for the Chronically111).In:Medizinische Psychogolie.Eds:Beck−   

mann,Davies−Osterkamp and Scheer.Berlin:Springer−Verlag.  

〔訳者あとがき〕   

筆者のJurgen Matzat は、現在、西ドイツのセルフ・ヘルプ・グループの研究のリー   ダー的存在である臨床心理学者である。彼の所属しているセンターの前任の責任者は  

MichaelLukas Moeller という人物であるが、彼が西ドイツのセルフ。ヘルプ。グルー  

(13)

プ運動の第1の理論的指導者であったことは誰もが認めている事実である。その人物の片   腕として働き、現在、ギーセンの研究所の実質的な責任者である Matzatが、このよう   に西ドイツのセルフ・ヘルプ・グループの研究の動向を総括的に述べた論文を書いている  

ことは、彼の現在の位置にふさわしいことであると思われる。事実、現在でも西ドイツで   は、このギーセンの研究所はセルフ・ヘルプ・グループの研究のメッカのように考えられ   ているようである。   

国家レベルでセルフ。ヘルプ。グループの育成に力を入れているという点では、西ドイ  

ツは世界で最も先端を走っていると言ってよい。アメリカでも、イギリスでも、セルフ。  

ヘルプ・グループの育成は注目されているが、私がベルリンのセルフ。ヘルプ。グループ   でワーカーから聞いたところによると、1マルク=70円としても年間7億円の巨費がセル   フ・ヘルプ・グループの育成だけのために使われているというのだから、驚くばかりであ   る。そのような行政側や専門職側の強い熱意のもとで、セルフ。ヘルプ・グループ自身が   どのような危機に直面しているか、この論文の前半の部分はそれを述べてくれていると思   う。   

中間の部分は、セルフ・ヘルプ。グループの3つの治療原理について述べている。これ   は特にギーセンの研究所に集まる理論家の共通の考え方であるようだ。これを見てもわか  

るように、西ドイツのセルフ。ヘルプ。グループは(少なくとも専門職が関心をもってい   るグループは)、心理治療的な志向が強いことがわかるだろう。これはアメリカやイギリ   スでは見られない傾向である。実際、セルフ。ヘルプ・センターで働いている職員も心理   学専攻のひとが多いようである。西ドイツのセルフ。ヘルプ。グループの理解の仕方を端   的に表現したものとして訳出した。   

後半の部分は『合同集会』というべきものである。これはギーセンの研究所が提出した   モデルであり、私の見た限り、西ドイツのセルフ・ヘルプ。センターは実際にこのモデル   を実践したり、あるいは実践しようとしたりしている。アメリカのセルフ・ヘルプ・グルー   プの論文にはこのような概念はでてこないし、イギリスのセルフ。ヘルプ・センターでも  

このような集会は持たれていないようだ。しかし、日本でセルフ。ヘルプ。グループと専   門職との話し合いの場をっくっていくときに、この『合同集会』のモデルは非常に有益な  

のではないだろうか。少なくとも私は、非常に有益であると考えて、これを訳出したので   ある。   

アメリカのセルフ。ヘルプ。グループの研究の動向は、久保紘章先生監訳の『セルフ。  

ヘルプ・グループの理論と実際』に詳述されているし、それを紹介した論文もいくつかあ   る。イギリスの場合も折りにふれ紹介されていることがあるようである。しかし、セルフ。  

ヘルプ・グループの研究と援助実践において特異な発展を続けている西ドイツの動向につ   いては、全くと言っていいほど紹介されてこなかったと思う。それがこの論文の訳出の動   機である。  

一78−   

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原論文はこの倍近い長さである。ギーセンで著者に会ったとき私がぜひ西ドイツの状況   を全般的に述べた論文を送ってはしいと頼んで、それで送ってくれたのが、この論文であ   る。快く訳出を承認してくださったJurgenMatzat氏に感謝したい。  

参照

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