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等方性の回復.

ドキュメント内 数理物理学 - Random walk と self-avoiding walk (ページ 44-47)

5 Pre-Sierpi´ nski gasket 上の random walk .

5.4 等方性の回復.

5.4.1 規則格子では非等方性が回復しない.

人が現象を理解するときの心の動きの一つに,現象に対称性を見いだそうとする傾向がある.プレ-フラク タルについて,図形が持つ対称性を満たさない電気抵抗回路を定義し,対称性のゆくえを追うことにする.

以下,横方向をx軸方向,縦方向をy軸方向とする.

まず,一辺2n の正方形Fn を単位正方形で埋めて,各単位正方形の左または下の辺に,x軸方向は1,

y軸方向はr の抵抗をおき,Fn の格子点Gn の各点で抵抗をつなぐ.言い換えると, r >0 を定数とし,

(仮想)電位分布がf(x, y)のときにFn が発するジュール熱が E(f, f) =1

2

y=0,2n1

x=0,2n1

((f(x+ 1, y)−f(x, y))2+1

r(f(x, y+ 1)−f(x, y))2) で与えられるとする.

Random walkで言えば横方向の jumpが各 1/(2 + 2r), 縦方向が r/(2 + 2r) の確率 (p1)の nearest neighbor jumpの random walkである(overall constantを除いてE が一致する).

そして横方向の有効抵抗Rx,nと縦方向の有効抵抗Ry,n を考える.即ち,(66)において,A={(0, y)| 0 y <2n}, D ={(2n, y)|0 y < 2n}, としたときのR(A, D) を Rx,nA ={(x,0) |0 x < 2n}, D={(x,2n)|0x <2n},としたときのR(A, D)をRy,n,とする.

各場合に実現する電位vx,vy,はつぎのようにすぐ与えられる42vx(x, y) = 2nx, vy(x, y) = 2ny, (x, y)∈Fn. よって(66)から,

Rx,n= 2, Ry,n= 2r , n∈N. 従って,

Hn= Ry,n

Rx,n

=r , n∈N.

42あらわに与えておいて,(67)(68)を満たすことを示せば,命題67の一意性からそれが解である.物理における電位等の計算 は事実上全てこの方法でなされている.

即ち,

規則格子の場合は,最初に手で入れた非対称性はそのまま大きなスケールまで保存される43

5.4.2 Pre-Sierpi´nski gasketでは等方性が回復する.

Pre-Sierpi´nski gasketに話を進める.板で考える代わりに,回路網(network)で考える.左下頂点をO = (0,0),右下頂点を A= (2n,0),上の頂点を B= (2n1,2n1

3) とする(finite) pre-Sierpi´nski gasketFn

の各単位辺に抵抗を並べた回路網を考えて,O, A,B で測定を行う.

x軸方向に並んだ抵抗を大きさ1とし,それ以外の ±120方向に並んだ抵抗は大きさrとする.対称 性から,120 方向と120方向は等しい.(一般化して3方向とも異なる値にとっても最後の結論は変わ らないことが分かっている.)

一様な場合と同様に,横方向(OA間)の有効抵抗Rx,n と縦方向(OB, AB間)の有効抵抗Ry,n を考 えてもよい44 が,別の言い方として,この抵抗回路網はOA, OB, ABに適当な抵抗を置いてつないだ三 角形回路網と等価(O,A,B で測る限り区別できない)になることから,この等価回路の,OAの抵抗値を Rnx(r),OBABの抵抗値をRyn(r)とすることもできる.以下では後者で考える.(値そのものは違ってく るが,比のnに関する増大度や等方な場合への接近の指数を考える限り両者に差はない.正三角形の各辺 の抵抗値がa,b,cのとき,BC,CA,AB間の有効抵抗はそれぞれa(b+c)/(a+b+c),b(c+a)/(a+b+c), c(a+b)/(a+b+c)である.)

この回路網の抵抗の非対称性(Sierpi´nski gasketの持つ120回転対称性を抵抗値が満たさないこと)を はかる量として,比

Hn(r) = Ryn(r)

Rxn(r) (69)

を導入する.

定義からR0x(r) = 1,Ry0(r) =rなのでH0(r) =rである.

電気回路の初等的な計算[15]によって,nに関する漸化式

Rxn+1= 2RxnRny(2Rxn+ 3Ryn)(3Rxn+ 2Ryn) (Rxn2+ 6RxnRny+ 3Ryn

2)(Rxn+ 2Ryn) , Ryn+1= Ryn(2Rxn+ 3Ryn)

Rnx+ 2Ryn

. を得て,

Hn+1(r) =g(Hn(r)), g(x) = 3x2+ 6x+ 1

4x+ 6 , (70)

が成り立つことが分かる.

9 (i) (70)を導け.(Y–∆変換(star–triangle relation) を用いる45 .)

(ii) 抵抗の recursionrandom walkに対するrecursionとしては何を考えていることになるか46

この場合のdecimationくりこみ群の結果が (70)であり,Y–∆変換がその計算の実質を担う.結果と して力学系のflowの固定点への収束を見ることに帰着する.

x= 1は gx >0 における唯一の固定点(g(1) = 1)である.r >0がどんな実数であろうと,

nlim→∞Hn(r) = 1 (71)

となることが分かる.

非等方的な電気抵抗を持つ素材を用いても,十分に大きなpre-Sierpi´nski gasketの全体としての電気抵 抗は等方的になることがわかった.言い換えると,電気抵抗が Sierpi´nski gasketの対称性を満たさないよ

43Rn,x自体が有限non-zeroの極限を持つのは2次元の特殊性で,本質的ではない.

44即ち,(66)において,A={O},D={A},としたときのR(A, D)Rx,nA={O},D={B},としたときのR(A, D) Ry,n

45講義録としてはこれの説明もていねいにすべきであるが,半年以上この講義録だけに時間を割いており,もはや時間がない.次 回以降の課題として残す.

46Random walkの歩数の母関数や,遷移確率と抵抗との対応,特にくりこみ群の間の対応,はもっとていねいに講義録に書くべ

きだが,半年以上この講義録だけに時間を割いてきた結果,もはや時間がない.この問は,次回以降の改善のためのメモとして書か れている.

うな材質を選んでpre-Sierpi´nski gasketを作っても,細かい構造を入れていくと,対称性が回復する.この 現象が,フラクタルにおける対称性の回復のもっとも簡単な例である.

このような対称性の回復現象は並進対称な図形,例えば規則格子型回路網ではおきない.そのためか,

これまで知られていなかったか,注目されてこなかったようだ.しかし,電気的な非等方性を持つ材質は特 殊な物質ではないし,等方的な材質でも一方向に長くした図形を考えればやはり対称性を壊すことができ て,対称性の回復が観測される.

(70)からは対称性の回復のスピード(exponent)も得られる.実際,Hn(r)%1が満たされている間は Rn+1x (r), Ryn+1(r),Hn+1(r)はそれぞれ2Rxn(r), 3

2Ryn(r), 3

4Hn(r),に近く47Hn(r)が1 に近いときは Rxn+1(r)∼Ryn+1(r)(5/3)Rxn(r),

Hn+1(r)1 4

5(Hn(r)1).

なお,Hn(r)&1 のときはいきなり1/6 まで跳ね上がるが,3辺の3つの抵抗のうち2つが抵抗0 と いう状況はdecimationくりこみ群の固定点でないということである.これに対して1方向だけ抵抗が小さ いのは1次元鎖状に直列に抵抗が並んでいる状況なのでスケール変換でその形が保存される(固定点であ る).従ってそこからの等方性の回復は(jumpではなく)指数関数的になる.

13 以上は全抵抗についてのみ書いてあり,例えば途中点の電位分布について何も記述しなかった.起 きていることを2つ並べると一見奇妙である.

(i) 一つ一つの抵抗については r の比が残っている(電位分布を記述する差分方程式が r依存性を持つ) ので,例えば抵抗の両端の電位差を計るとr依存性はどんなに系を大きく(nを大きく)しても残る.

(ii) 他方で,nが大きいときの総抵抗がだんだんrによらなくなる,というのがrecursionからの結論(等 方性の回復)であった.

これはどうして起きるのだろうか?48

答は,固定した個数の抵抗の列の間の電位を計るとr依存性はnを大きくしても残る(第1の事実).

しかし,遠く離れた点の間(間にたくさん抵抗が入っている列の両端)で電位差を計ると,遠く離れれば離 れるほどその電位差は rによる差が小さくなる(第2の事実).回路が複雑になると大きさr の抵抗と1 の抵抗が入り乱れて,遠くで計るとならされてしまう,ということである.この現象は規則格子Zd や Rd では起こらなかったメカニズムによるので,これまで気づかれなかったと思われる.

この説明は,くりこみ群の軌道が全て1つの安定固定点に収束するということを現実の系の現象として 言ったことになる.くりこみ群で出発点が違うということは,対応する現実の系でlocal(小さい距離)には 大きく違う系を意味し,くりこみ群の軌道が同じ固定点に収束するということは,現実の系でglobal(遠く 離れた点の間,またはたくさんの自由度での平均)には似た現象が起きている,ということである.この状 況を統計力学ではuniversality の成立,確率過程論では invariance principle の成立,と呼ぶ49

逆に,軌道が双曲型固定点(安定方向と不安定方向を持つ)の近くを通る状況(Sierpi´nski gasket上の SAWではそのような状況を分析する)では,固定点に収束する軌道と,不安定方向にほんの少し離れた初 期値から始まる軌道(これは固定点に収束しないので,いったんは固定点に近づくが途中でそれて大きく離 れていく)を比べると,現実の系では localには似ているのに globalには大きく違うことになる.

例えば磁石は強く熱する(鉄が赤くなるくらい熱する)とある温度で磁石の性質を全く失ってしまう.そ

の温度(臨界点)の付近で温度を変える(系を変える)と,micro (local)には鉄原子(の周りの電子)の相対

運動が少し変わるだけだが,それが極めて多数(化学で習ったアボガドロ数6×1023 が「多数」の典型的 な「個数」)集まった磁石として(細かいところを無視して macro (globa)l)眺めると,臨界点付近で少 し温度を変えるだけで磁石になったりならなかったりする.

一般に,くりこみ群の1つの軌道が自明でない(固定点直上でない)ということは,現実の系のlocal

現象とglobalな現象が大きく違うことを意味する.自由度が多数集まって新しい現象が起きることを協同現

象ということがある.

10 3方向とも抵抗値が異なる場合を調べよ.3方向の素子の抵抗値をa,b,cとするとき,比だけが興 味の対象なのでa+b+c= 1 と規格化することで,正三角形

P =!

(a1, a2, a3)R3+|a1+a2+a3= 1"

.

47 lim

n→∞Hn(r) = 1なので,nが大きくなるとHn(r)1が満たされなくなるから,これらの事実をを使って漸近形で書く ためにはrnとともに適切に大きくしていくscaling limitで書かないといけない.ここでは直感を重んじるために,そのような 精密な式を書かなかったが,recursionの具体形があるからそれは難しくない.

48落合啓之先生からの質問.これは本質的な質問なので,言及しておきたい.

49現在universalityまたはinvariance principleと呼ばれているものの全てがくりこみ群の描像で理解されるべきであるという意 味ではない.

ドキュメント内 数理物理学 - Random walk と self-avoiding walk (ページ 44-47)