13 Lagrange の未定乗数法
13.1 はじめに : Lagrange の未定乗数法の使い方の復習
楕円面
x2 1 + y2
4 +z2 9 = 1
上での、関数 f(x, y, z) =x+y+z の最大値と最小値を求めよ。
このような問題は「よくある問題」で、理工系の多くの学科の学生、経済学部の一部の学生 が遭遇する。彼らは次のような答案を書く。
すごい? いや、実は論理の無い “解答”
g(x, y, z) :=x2/1 +y2/4 +z2/9−1,F(x, y, z, λ) :=f(x, y, z)−λg(x, y, z) とおく。“極値 の条件” は
Fx=Fy =Fz =Fλ = 0.
つまり
1−λ2x
1 = 0, 1−λ2y
4 = 0, 1−λ2z
9 = 0, x2 1 +y2
4 +z2
9 −1 = 0.
これを解くと、
(x, y, z, λ) =± (
√1 14, 4
√14, 9
√14,
√14 2
) . f
( 1
√14, 2
√14, 9
√14 )
=√
14, f (
− 1
√14,− 2
√14,− 9
√14 )
=−√ 14.
ゆえに最大値は √
14, 最小値は−√
14である。(図形的には、空間内の平面x+y+z =k が楕円面と交わりを持つための条件は−√
14≤k ≤ √
14で、k =±√
14が接するための 必要十分条件である。)
最初の3つ Fx = Fy = Fz = 0 は、∇f(x, y, z) = λ∇g(x, y, z) とも書ける。Fλ = 0 は g(x, y, z) = 0 ということである。つまり “極値の条件”は
(∃λ ∈R) ∇f(x, y, z) = λ∇g(x, y, z) = 0 かつ g(x, y, z) = 0 とも表せる。
上の議論の根拠となるのは、次の定理である。
定理 13.1 (条件つき極値問題に対する Lagrange の未定乗数法, Lagrange (1788年)) Ωを Rn の開集合、f と g を Ω で定義され R に値を持つ C1級の関数として、
Ng :={x∈Ω|g(x) = 0} とおいたとき
∇g ̸= 0 onNg
が成り立つとする。条件 g(x) = 0 の下で、f は a ∈ Ng で極大値または極小値を取るな らば、
(∃λ ∈R) ∇f(a) = λ∇g(a).
(条件g(x) = 0 の下で f が a で極大値を取るとは、
(∃ε >0) f(a) = max
x∈Ng∩B(a;ε)f(x) が成り立つことと定義する。また極小値も同様に定義する。)
この定理をどうやって使ったのだろう?と慎重に考えてみると…上の「答案」は実はツッコ ミどころ満載である。
(a) 最大値と最小値が存在するのはなぜか。
(b) 定理を使うわけだけど、極値は存在するという仮定は満たされるのか。
(c) 定理の仮定 ∇g ̸= 0 はチェックしなくて良いのか。
(d) 計算で求まったのは本当に極値なのか。それが最大値と最小値に等しいのはなぜか。
Ng はR2 の有界集合であり((x2+y2+z2)/9≤x2/1 +y2/4 +z2/9 = 1よりx2+y2+z2 ≤9.
すなわち |(x, y, z)| ≤3)、(g が連続であることから)R2 の閉集合でもある。f は連続であるか ら、Weierstrassの最大値定理により、Ng でのf の最大値と最小値が存在する。(a)はクリア。
Ng における最大値 (最小値)は、条件g(x) = 0 の下での極大値(極小値)であるのは明らか であるから52、(b) もクリア。
(c) の ∇g ̸= 0 はチェックする必要がある。やってみよう。
∇g = 0 ⇔ 2x 1 = 2y
4 = 2z
9 = 0 ⇔ (x, y, z) = (0,0,0).
g(0,0,0) = −1̸= 0 であるから、(0,0,0)̸∈Ng. ゆえに Ng 上では ∇g ̸= 0. これで (c) クリア。
上の定理から、最大値、最小値を与える a は (対応する λ と合わせて) は∇f(x, y, z) = 0
かつ g(x, y, z) = 0 を満たす。その方程式の解が2つしかなかったから、大きい値が最大値、
小さい値が最小値である。
以上で、上の問題が完璧に解けたことになる。
たとえ話: ある殺人事件の犯人を捕まえたい。まずそれが本当に殺人事件であることを確認 する(事故や自殺で亡くなったのではない)。そうでないと、そもそも犯人がいないかもしれな い(無実の人を生んでしまうかも)。犯人がもし存在するならば、必ずある不審者条件を満たし ていることが分かっている。不審者条件を満たしている人はある方法でもれなくピックアップ
52f(a)がNg におけるf の最大値であるとは、f(a) = max
x∈Ngf(x)が成り立つということ。そのとき、ε= 1と すれば、明らかにf(a) = max
x∈Ng∩B(a;ε)f(x)が成り立つ。
出来る。実際にそれを実行したら該当者が2人だけ存在した。簡単な方法でそのうち一人は犯 人でないことが分かったら、残った一人が犯人である。
上の枠内の答案のやり方は、もしかすると無実の人を生むかもしれない杜撰な捜査方法で ある。
時間がおしているので、脱線はほどほどに。
このようにかなりこみ入った論理が必要になる理由は、問題が多変数関数であるため、1変 数のときのような増減表が使えないから、ということも出来る。増減表はとても良く出来た ツールで、表を完成させれば、ほぼ完全な捜査が出来たことになる。
参考文献
[1] 新井紀子:数学は言葉 — math stories,東京図書(2009), 数理論理の専門家によって比較 的最近書かれた本であり、 とても参考になる。
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[3] 田島一郎:解析入門,岩波書店 (1981).
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[6]
せき
赤攝也:実数論講義せ つ や ,日本評論社 (2014),元々はSEG出版から1996年に出版された。
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[9] 彌永昌吉:数の体系 下, 岩波書店(1978).
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[11] リヒャルト・デデキント:数とは何かそして何であるべきか, 筑摩書房(2013), 渕野昌翻 訳,有名な Was sind und was sollen die Zahlen? (1888 年) の翻訳と解説.
[12] 高橋陽一郎:実関数とフーリエ解析,岩波書店(2006),「実関数とFourier解析 1, 2,岩波 講座 現代数学の基礎 (2000)」の 単行本化.
[13] Ahlfors, K.: Complex Analysis, McGraw Hill (1953), 笠原 乾吉 訳,複素解析,現代数学社 (1982).
[14] 桂田祐史:多変数の微分積分学 1講義ノート(2013年度版),http://nalab.mind.meiji.
ac.jp/~mk/lecture/tahensuu1-2013/tahensuu1-new-text.pdf (2013).
[15] 桂田祐史:多変数の微分積分学 1 講義ノート, http://nalab.mind.meiji.ac.jp/~mk/
lecture/tahensuu1-2013/tahensuu1-2011.pdf (2011).
[16] 桂田祐史:多変数の微分積分学 2講義ノート 第1部,http://nalab.mind.meiji.ac.jp/
~mk/lecture/tahensuu2/tahensuu2-p1.pdf (2008).
[17] M.スピヴァック:スピヴァック多変数の解析学 — 古典理論への現代的アプローチ, 東京
図書 (2007),齋藤正彦訳. 1972年に出版されたものをお色直しして復刊.
索 引
arcwise connected, 157
arithmetic-geometric mean, 31 bifurcation theory, 109
bounded, 21
bounded from above, 15 closed set, 76
closed subset, 76 closure, 42 compact, 80
composite function, 39 connected, 157
continuous (at a point), 35 contour, 110
convex function, 72 field, 13
folium of Descartes, 106 homeomorphism, 97
the implicit function theorem, 104 infimum, 20
intermediate value theorem (the), 59 the inverse function theorem, 97 level set, 110
lower bound, 20 manifold, 109
mean value theorem (the), 68 open set, 73
open subset, 73
squeeze theorem (the), 29 subsequence, 60
upper bound, 15
アルキメデスの公理,18 一様連続, 84
陰関数定理,104 上に有界, 15
上に有界 (数列が),26
開球, 34 開集合,73 開部分集合, 73 下界, 20
可換体,13 下限, 20
逆関数定理, 97, 145 逆関数の微分法,145 極限(実関数の), 33
極限の一意性(数列の),22 極限を持つ, 23
極小, 67 極小値,67 極大, 67 極大値,67 極値, 67 極値点,67 区間縮小法, 55 合成関数, 39
Cauchyの第二平均値定理,158 Cauchy列, 62
弧状連結, 157 コンパクト, 80
最大値 (R の部分集合の),17 算術幾何平均, 31
下に有界, 20
下に有界 (数列が), 26 実係数多項式, 38 実係数有理式, 38 実数の連続性, 14 収束(実関数の),33 収束する, 22
収束列,23 順序体,13 上界, 15 上限, 15
条件付き極値問題, 148 剰余項,71
数列, 22
整式, 38 相加平均, 154 相乗平均, 154 体,13
第二平均値定理, 158 多項式 (2変数の),46 多項式関数,38
多項式関数 (2変数の), 46 多様体, 109
単項式, 38 単調減少, 30 単調数列, 30
単調増加 (数列),29 中間値の定理, 58, 59, 157 Taylor展開,72
テイラー展開, 72 Taylorの定理, 71 デカルトの葉線, 106 Dedekindの公理, 14 点列, 42
点列コンパクト, 80 等高線, 110
同相写像, 97 凸関数, 72
長さ (ベクトルの),41 Newton法, 31
ノルム, 41
Heine-Borelの条件,80 はさみ撃ちの原理, 29 発散する, 23
発散する (∞ に), 32
発散する (関数が ∞に),52 部分列, 60
分割 (区間の), 87 分岐理論, 109 平均値の定理, 68 閉集合, 76
閉部分集合,76 閉包, 34, 42
Bolzano-Weierstrassの定理, 61 Maclaurin展開,72
マクローリン展開, 72 未定乗数, 149
未定乗数法 (Lagrange の), 149
∞ に発散する, 32, 52 有界, 21
有界(数列が),26 有理関数, 38
有理式 (2変数の),46 Lagrange の剰余項, 71 Lagrangeの未定乗数, 149 Lagrange の未定乗数法, 149 零集合,93
レベル・セット,110 レムニスケート,107 連結, 157
連続, 35
連続性 (実数の), 14 ロピタルの定理,159
Weierstrassの最大値定理, 79 Weierstrass の上限公理, 14
A 問の解答
間違いをしないように、また出来る限り分かりやすくするように努めているつもりである。
(でも限られた時間で作業しているので、時々見返すと「あっ!」ということはまだまだ残っ ている。) おかしなところを発見したら報告して下さい。また、分かりにくいと感じた場合は 遠慮無く質問して下さい。
解答 1. U = 2 とおくと、U ∈ R であり、任意の x ∈ A に対して、(1≤ x < 2 であるから) x≤U が成り立つ。
解答 2. U が A の上界であるとは、
(∀x∈A) x≤U ということであるから、その否定は
(∃x∈A) x > U.
解答 3. A が上に有界であるとは、
(∃U ∈R)(∀x∈A) x≤U ということであるから、その否定は
(∀U ∈R)(∃x∈A) x > U.
解答 4. U を任意の実数とする。x:=U+ 1 とおくと、x∈R=A かつx > U. ゆえに (∀U ∈R)(∃x∈A) x > U
が成り立つ。ゆえに A は上に有界ではない。(独白: A=Nの場合も x= max{[U] + 1,1} ([ ] はガウスの括弧53) とすれば良いが、今の段階で [U] を使うのは厳密に言うと (実は) ルール 違反であるので、ここでは A=R という問題にしておく。
解答 5. 上限の定義の条件 (i)を見てみよう。S が A の上限であるためには、S は A の上界 である必要がある。
解答 6. (こうして出題すると、問のすぐ上に答が書いてあるので、人を馬鹿にしているよう な問題になってしまうけれど、こういう問 (◯◯の定義を書け)に答えられることは大事です。
用語・記号の定義を学ぶごとに、白い紙を前にして、自問自答することを勧めます。)
(1) A ⊂ R, U ∈ R とする。U が A の上界であるとは、(∀x ∈ A) x ≤ U が成り立つことを いう。
(2) A⊂R とする。A が上に有界であるとは、A の上界が存在することをいう。((1) の答と 独立にするならば、「A が上に有界であるとは、(∃U ∈R) (∀x∈A)x≤U が成り立つこ とをいう。」)
(3) A⊂R,S ∈Rとする。S が Aの上限であるとは、以下の(i), (ii) が成り立つことをいう。
53[x]def.= max{n∈Z|n≤x}. xの小数部分を切り捨てて整数にしたもの。−∞に向かっての丸め。[12.3] = 12, [−12.3] =−13. C言語ならばfloor()で計算できる(floor =床)。
(i) (∀x∈A) x≤S.
(ii) (∀ε >0) (∃x∈A) x > S −ε.
解答 7. S = 2 とおく。
(i) 任意のx∈A に対して、1< x < 2 =S であるから、特に x≤S.
(ii) ε を任意の正数とする。
ε <1 のとき、−1<−ε <0 であるから、1<2−ε <2. x:= 2+(22−ε) = 2−ε/2 とおく と、1<2−ε < x < 2であるから、特に x∈A, x > S −ε.
ε≥ 1のとき、2−ε <1 であるから、x= 3
2 とおくと、x∈A, x >1>2−ε=S−ε.
特にx > S −ε.
いずれの場合も(∃x∈A) x > S−ε が成り立つ。
以上より S は A の上限である。
解答 8. U を任意の実数とする。空集合∅は一つも要素を持たないので、(∀x∈ ∅)x≤U は真 である。ゆえにU は∅の上界である。(証明終) (念のため: (∀x∈ ∅)x≤U は、(∀x) [x∈ ∅
⇒ x≤ U] と書き換えられる。任意の x に対して、x ∈ ∅ は偽であるから、[x ∈ ∅ ⇒x≤ U] は真である。)
解答 9. (準備中)
解答 10. これも定義を写すだけだけど、この文書に書いてある定義は、分かりやすくする目 的でしばしば冗長になっている(同じことを表現を換えて繰り返し書いている)。問題の答とし ては冗長に書く必要はない。
supA:=
{
Aの上限 (A が上に有界であるとき)
∞ (A が上に有界でないとき).
解答 11. まず、例1.12 を前提として解答してみる。一般に「最大値は上限である」から、C の最大値が存在すれば、それは C の上限である 0に等しいはずである。ところが 0̸∈C. C の最大値は (最大値の定義によって)C に含まれる必要があるので、これは矛盾である。ゆえ に C の最大値は存在しない。(証明終)次に直接的な解答。C の最大値 M が存在したとする。
M ∈C であるから、(∃n ∈N) M =−n1. このとき、n′ :=n+ 1とおくと、n′ ∈N であるか ら、−n1′ ∈C. ところが 0< n < n′ より 1
n > 1
n′. ゆえにM =−1
n <−1
n′ ∈C. これは M が 最大値であることに矛盾する。 (より大きい −1
n′ が C の要素である。) 解答 12. (略解)A :={x∈Q|x≤x2 <2}とおく。実数や√
2を知っていれば、A={
x∈Q| −√
2< x < √ 2} である。A ⊂ R と見なすとsupA=√
2 であるが、√
2̸∈Q であるので、Q だけで考えたと き、A は上限を持たない。
解答 13.
(1) この命題は偽である。反例: a=−1,b= 1とすると、任意のn∈Nに対して、na=−n <0 かつb >0 であるから、na < b. すなわち(∃n ∈N)na > b は成り立たない。