公 理 的 方 法 と 数 学 教 育
数学科教育教室序
公理的方法は数学の本質とかかわるもので あ り,現
代数学の性格や役割 を特徴づ けるもので ある。 公理的方法は演癬 体系を構成 してい くときの基本的 な考 え方であるが,そ
れと同時 に,今
日の数学 の変貌 をもた らし,諸
科学への広汎 な数学の応用 を可能 に したの も,こ
の公理的方法の なせ る業で ある。学校数学において も,こ
のよ うな数学 における公理的方法の機能 を無視で きない。 この公理 的方法の考 え方をいかにわか りやす く指導す るか,こ
れが今 日の数学教育における大 きな課題の一 つ となっている。 本論文では,こ
の課題へのアプローチ として,ま
ず数学 における公理的方法や公理の性格 につ い て分析,考
察す る。次 に,学
校数学の 目的 と照 らし,学
校数学において公理的方法 を取扱 うことの 意義やその指導のあ り方 について論究す る。最後 に,高
等学校 における公理的方法の指導につ いて の展 開案を提示 したい。I
数学 の本質的 性格 と公理
数学の本質的性格はいうまでもなく「あらゆるものを証明しつ くす」ということにある。赤氏は
,数学がギリシャ以来現代数学に至るまで大きな変貌をとげてきたが,こ の「あらゆるものを証明し
つ くす」という性格に関しては
,ギ
リシャ以来連綿と続いている数学の性格である
,1)とのべている。
公理の考えは,こ
の数学の本質的性格で ある「あ らゆるもの を証明 しつ くす」 ことと密接 な関連 をもって生 まれたものである。一般 に証明とは,あ
る判断の真 なることを,既
に正 しい と認め られ た判断から論理的に導 き出すこととされている。た とえば哲学辞典 (平凡社)に
よれば,証
明され るべ き判断を可証命題,そ
の理 として選ばれる判断を論列 とい うことにすれば,証
明とは,論
拠 を 前提 とし,可
証命題 を結論 とす る推論のことである,2)と してぃる。 ところで,数
学の本質が「すべ ての ものを証明 しつ くす」 とい うことであって も,こ
れは事実上不可能 といわざるを得 ない。証明の論拠に用いた命題を証明しなければならず,そ のためには新らたな命題を証明の論製として用い
なければ な らない。 さらにまた,そ
の新 らた な命題 をもある命題 を論製 と して証 明 しなければ な ら ない。 これは,原
理 的 には無 限の操作 を要求す るもので あ り,人
間の 力をもって して は不可能 なこ とで ある。 この無 限の運鎖 を断 ち切 るため には, ど う して も,あ
らゆ る証 明の根 本前提 と して無証 刀 ロ 田 笹笹田昭三 :公 理的方法 と数学教 育 明命題の設定が必要である。 この漠繹 体系 としての
,証
明の根本前提 として設定 されるのが公理で ある。す なわち,数
学の本質的性格で ある「あ らゆるもの を証明 しつ くす」 とい うことも,原
理的 に1よ「ごく少数の公理 を設定 し,こ
れか らすべての もの を論理的 に導 き出す」 とい うことによって 実現 される。 この「ごく少数の公理 を設定 し,そ
れか らすべての ものを論理的に導 き出す」 とい う 考え方 に基 き,理
論を構成 してい くのが,い
わゆる公理的方法である。 この「ごく少数の公理か らすべての もの を論理的 に導 き出す」 とい う思想は,紀
元前4世
紀のギ リシャにおいて倉↓成 された。 また,Eu clidよ,幾
何学 とい う恰好の舞台の上で,こ
の思想を見事 に 実演 してみせたのである。 この よ うに,数
学における公理的方法の原点はEuclidの原論である。 し か し,こ
のEuclidの原論に用い られ る公理・公準の意味は,公
理 とは「自明の真理である」 とか, 公準 とは「確実だ と仮定 してよいほ どの簡単明瞭 な幾何学の事実で ある」,
とい う意味 に用い られ ている。 また,考
察対象はあ くまで もわれわれの現象空 間内の図形や立体で あ り,そ
の取 り組 み方 も直接的 。即物的であった。た とえば,公
理的方法の原理か らすれば無定義用語 とすべ き点・直線 ・平面の用語の定義 も,原
論では,現
象空間内の実在の理念的状態の説明で行 なっている。 しか し, この定義 は後の証明に役立つ よ うなもので なく,数
学的 に全 く意味のないもので ある。 このよ うな 公理・公準の意味やその取 り組み方か らして,Euclidの原論は実体の模写 を意図 したもので ある。 す なわち,Euclidの幾何学はわれわれの現象空間内の図形や立体 に関す る一つの「 自然科学」 に他 な らない,9のである。 現代 においては,こ
の公理 とい うことばは極めて洗練 された意味 に用い られている。哲学辞典 に よれば,「
二 つの理論の中か ら,無
定義概念をい くつ か以 り出 し,こ
れ ら無定義概念 を含むい くつ かの命題 をつ くり,こ
れを無証明命題す なわち公理 とす る。 そ して,こ
の理論の うちにあ らわれる 他の概念はすべて,こ
れ らの無定義概 念によって定義せ られ,他
の命題はすべて,こ
れ らの公理 か ら証明せ られるよ うに理論 を組 み立て る。 このよ うに して得 られた理論 を公理論 とい う。ゴ'こ の よ うな新 しい公理観 に立つ現代数学は,著
しい抽象的傾向 を帯び,諸
対象の中に潜む構造 を抽出 し, これを公理で規定 してその構造 を考察の対象 とす る。 この構造の源泉 (すなわち公理の源泉)は
, 多 くの場合外界の事象にあ り,こ
れ らの分析 によって倉」造 されるが,ひ
とたび設定 されると後の数 学の構成はこれ らの事象か ら自由で あ り,拘
束 されない。数学の命題の真理性はこれ らの事象 にお ける事実関係から独立 している。す なわち,数
学は単一 の具体的対象の構造 を考察す るもので もな く,ま
た対象を直接的・即物的に考察 しない。 この意味で,現
代数学はもはや 自然科学ではない,9 ので ある。 このよ うな数学の変貌が,単
に自然科学のみならず,人
文 。社会の諸科学への 巾広い数学の応用 をもた らし,数
学をして現代社会 において欠 くことので きない位置 にならしめた。 この ことが数学 教育現代化の大 きな背景 となってい るので ある。 このよ うに,「
あらゆるもの を証明 しつ くす」 とい う数学の本質的性格 が変 らないとしても,上
述のよ うな公理の意味のちがいが,数
学 を して,別
の面で大 きな変貌 をとげさしたので ある。Ⅱ
公理的方法の進化 と数学思想の流れ
前章で,「
あらゆるもの を証 明 しつ くす」 とい う数学の本質的性格は変 らないが,公
理観の ちが いが数学の様相 を大 きく変えた,
と述べた。 まさに公理観の変遷が数学思想の流れともいえる。本鳥取大学教育学部研究報告 教 育科学 第18巻 第1号 章で は, このことにつ いて概観す る。 古代 ギ リシャの公理主義 ユークリッド原論の公理・公準の意味 に対する従来の通説は
,
さきに 述べたよ うに,「
自明の真理」 とか「確 実だ と仮定 してよいほ どの簡単明瞭な幾何学の事実である」 とい うことであった。 これに対 して,伊
東氏の著述6によれば,古
代ギ リシャの演繹 的数学の形成 を考証 した,ハ
ンガ リーの古典学者サボー教授(A.Szab6)の
最近の研究は,極
めて斬新 な着眼 によって,従
来の通説 を覆 えそ うとす るもので あ り,い
かに自明的に見える公理で さえ,原
初的 に は既 に自明とは考えてお らず論争の的であった, としてぃる。 す なわち,古
代ギ リシャの弁証法 において,論
者 が議論のための前提を相手に要請す る場 合,相
手がこの要請す る前提 を認容 して合意す るときは,こ
の前提は共通の前提 となるが,こ
の ときの要 請 を「ヒュポテシスJと
い う。 これに反 して相手の同意が得 られない場合,議
論 を進め る必要上, 論者の一方から要請 してお くのが,「
アイテーマ タ」および「アキ シオーマ タ」である。 これ らは 表面上 はともに要請を意味す るが,議
論の出発点 として上記のよ うな差異がある。ユー ク リッド原 論における公準および公理は,当
時 それぞれ「アイテーマ タ」,「
アキシオーマ タ」 を意味 してお り,自
明の真理 と考えられたもので なく, また論者の間で認容 される「ヒュポテ シス」で さえなか った,と
論 じている。 また,こ
のよ うなギ リシャの論証的数学の形成に決定的影響を与 えたのが, ParmenidesとZenonで
代表 されるエ レア学振で あった,と
している。後世,こ
の学問成立の根拠 が次第に忘れ られ,公
理・公準の内容 を皮相的 に経験空間の直観 に結びつ けて, 自明な理 と考える に至った,ηのである。 ユーク リッ ド原論の公理・公準が,原
論成立期 において「 自明の真理」であったか,議
論の出発 点 としての「合意なき一方か らの要請」であったか,の
いず れに しろ,考
察対象である現象空間内 の図形や立体の性質を追述 し,「
あ らゆるもの を証明 しつ くす」 とい う精神 にしたがい,根
拠・根 源 を求め,段
々とさかのぼって少数の命題 に煮つめて得 られたものである,と
い うことは疑 う余地 はない。すなわち,Euclidは,ZenOnの
逆理 を引っ提 げて論争す るエ レア学振を十分意識 しなが ら も,現
象空間内の図形の世界の実体 を模写 し,こ
れを公理化 したのである。このことは,原
理的 に は無定義用語 とすべ き点 。直線・平面などの基本的概念の用語を敢 えて定義 していることや,公
理 ・公準 として選ばれた命題が実際に検証可能なもの として,19世
紀 までの哲学者・数学者 に承認 さ れていた事実か らも了解で きよ う。つ まり,Euclidの幾何学は現象空間内の図形に関す る一つの 自 然科学である。 新公理主義 非ユークリッ ド幾何学の発見が現代数学の根本理念である,Hilbertの
新公理主義 の誕生の契機 となった,と
い うことは数学史上の周知の事実である。非ユークリッド幾何学の発見 の歴史は,ユ
ークリッ ド幾何学の平行線の公理 が通俗的な意味から公理的体裁を有 しないことの注 目よ り端 を発 し,こ
れを除いた他の公理 よ りこれを漠癬 しようとして,長
い間の空 しい努力を費や し,そ
の結果到達 したものであったFこ
の新 しい幾何学の発見 とそれ らのモデルの発見 働によって, それぞれ矛盾のない,互
に対立す る複数の幾何学が存在す るとい う事態が生 じた。 ところが,幾
何 学がわれわれの身の まわ りにひろがる現象空間に関す る自然科学であるという立場 に立つ以上,幾
何学は一つで なければならない。 したがって,そ
の何れかは砂上の楼閣として捨て去 らねばならな い。 しか し,一
方では,こ
の何れの幾何学 も人間の知性が構築 した体系であって,そ
の美 しさは何 ものにもかえがたぃ, したがってその何れも捨てがたいとい う願望があった10 この願望 を実現す るためには,数
学が自然科学 か ら精神的に独立 し,「
砂上の楼閣Jの
構 築への笹 田昭三:公理的方法 と数学教育 道 を進 まざるを得 ない。 ところが
,当
時数学がこの道 を進む ことを正当化する有力な根拠が含 々に 生れつつ あった, と赤氏はい う1いす なわち,現
実には存在 しない思惟 可能 なものを想定す るこ とに よって,数
学の実用度が著 しく増大 し,ま
た既成の数学理論が典雅 に整理 される,と
い う事実で あ る。たとえば,虚
数,無
限遠点,イ デアル数 などの理 想的要素を導入す ることによって既成の理論 が典雅 に整理 され,こ
れが間接的に実用に寄与 し,従
前 に比較 にな らないほど実用度を高めた,
と い うことで ある。 このよ うな背景によって,遂
に数学が 自然科学か ら訣別す る時期が到来す る。 そ の訣別の宣言は,D.Hilbert(1862-1943)に
よって,次
のよ うになされた。 「数学は思lt可能 なあらゆるものを対象 とす る。 ここに思隆可能 とは,そ
れを規定す る条件,す
な わち公理 が矛盾 を含 まないとい うことに他 ならない。ゴ これが現代数学の根本理念で あって,「
新公理主義」 とよばれている。 このよ うに して,数
学は 自然科学か ら脱皮 し,独
立 した。公理は真理で ある必要がない。 とい う よ り,真
理 かどうかを問題 とす ること自身が無意味 とされる。定理の意味は,そ
の真実性 にあるの で なく,そ
れが公理系から証明 されたとい う点だけで ある。 か くして,ユ
ークリッド幾何 も非ユー クリッド幾何 も同等の論理的価値 をもつ に至った。 これ らが共存す ることを明確 に意識す るために は,や
は り新公理主義の出現をまたねばならなかったのである。 現代数学 と構造 現代数学の考察の対象は構造で ある。現代の数学者は,あ
る対象を考察す る際, まず その構造 を分析す る。そ して,そ
の構造 をよ り簡単 ない くつ かの構造 に剣離 し,そ
の個々の構 造 を追求す る。最後 に,そ
れ らの成果 を適 当に練合 して,も
との対象を知 ろうとす る。赤氏は,現
代数学がこのよ うな姿 になったのは,新
公理主義 と構成主義の合流の当然の帰結 として,次
の よ う に説明す る19 理想的要素の導入 によって,数
学理論が拡張・整理 され,同
時 に理論の実用度も高め られた。 し か し,理
想的要素はあくまで も想像上のもので あ り,そ
の実在性は極めて薄弱である。 そこで,19
世紀の数学者達 は,理
想的要素 に対応す る具体物 を,す
で に数学的 に実在す ると確認 されたものか ら構成す る, とい う努 力をした。たとえば,虚
数 を「二つの実数の順序対」として構成す ることや, 射影平面 を球面上で対心点 を同一視 して構成す ることなどが,そ
れで ある。 このよ うな傾向が理 想 的要素で ない既成の要素 まで及び,「あ らゆるもの を構成す る」とい う思想を生むに至った。Dedekind(1831-1916)に
よる有理数の切断 としての実数の構 成,二
つの整数の順序対 としての有理数の構 成,二
つの 自然数の順序対 しての整数の構成,な
どはすべて この思想に基 くものである。 この「あ らゆるもの を構成す る」 とい う思想を構成主義 とよぶ。 この思想 と新公理主義 と合流 して,次
の よ うな数学観 が生 まれた。 「数学は思lt可能 なものをその対象 とす る。 そ して思惟 可能 とは,既
知の集合 から集合論的操作 で 構成 されることをい う。」0 ところで,あ
るものを構成す るとはどうい うことか。Hamilton(1805-1865)が
虚数 を「二つ の 実数の順序対」 として構成 したのは,虚
数その もの を構成 したのではなく,虚
数全体の集合 が もつ べ き構造 と全 く同 じ構造をもった一つのものを構成 したにす ぎない。すなわち,あ
るものを構 成す るとは,そ
れと全 く同 じ構造 をもったもの を,既
知の集合か ら構成す ることを意味す る。その背景 には,同
じ構造 をもつ ものは数学的に同 じ「機能」 をもつ, とい う考え方がある。 この よ うな経過 をへて,数
学者の関心は,次
第に対象それ 自身か ら,そ
の対象の もつ「構造」へ移っていった, と 赤氏は述べ る。鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第18巻 第1号 かくして
,現
代数学の考察の対象は構造で あるが,そ
の構造 を規定す るのが公理である。すなわ ち,「
一つの数学的構造 を定義す るには,集
合の要素を結び合わせ る一つ あるいは二つ以上の関係 を与える。次に,こ
の与 え られた関係 がい くつ かの条件 を満足 させ ることを要請す る。 これが考え ている構造の公理で ある。 ある一つの構造の公理論 をつ くるとい うことは,そ
こで考えている要素 に関す る他のすべての仮定 を捨象 して,純
粋 に構造の公理 か らの論理的帰結 を導 くに他 ならない迅 このような数学の変貌 は,数
学の各分科 を統合 し,ま
た数学の応用 として も,単
に自然科学のみ ならず,人
文 。社会科学 などへの幅広い数学の応用 をもた らす因をつ くったのである。 また,数
学 教育の現代化 として,学
校数学での 「構造への着 目Jと
か「公理的方法の指導」などの要請は,こ
のよ うな背景に由来す るもので ある。 Ⅲ 公 理 の 性格 本章では,数
学 における公理の性格 につ いて,次
章では,数
学における公理的方法 につ いて,そ
れぞれ分析 。考察す る。 このよ うな考察は,学
校数学で公理的構成 を取 り扱 う場合,そ
の指導の背 景 として欠 くことので きないもの と考える。1.公
理 は理論の前提 と して要請 (設定)さ
れた無 証明命題である。 通常,数
学の公理 については,命
題の論理的理由づ けにつ いての無限の遡行を断ち切 るために設 定 された無証明命題 として説明 される。 この無証明命題の設定は, I章
で述べたよ うに,数
学が,「 あ らゆるものを証明 しつ くすJこ
とを意識 し,そ
れを人間の 力 (有限の操作)で
実現す るために案 出 された,演
繹体系 を構成す るための口佐一の方途である。2.公
理 は無定義概念の内含的定義mで
ぁる。 どのよ うな学問の領域 においても理論の厳密 な展開を行 な うためには,ま
ず第一 にその中で使用 される用語の意味 を明確 に しなければならない。 しか し,一
つの体系内で用いる用語 をすべて定義 しよ うとす ることは不可能である。一つの用語 を定義す るには他のい くつ かの用語が必要である。 さらに,こ
れ らの用語 を定義す るには新 しい他の用語が必要で ある。 しか し,わ
れわれ人間の力で はこのよ うな無限の遡行tよ許 されない。 また,こ
の遂行 を不用意 に有限回に限定すれば,辞
書など にみ られる循環的定義 に陥 る危険がある。 そこで,演
繹体系 においては,こ
の循環論法 ない しは無 限の遂行 となる囚果 を断 ち切 るために,体
系内の用語 を二つのグループ,つ
まりその体系内の他の 用語 によって定義 されるもの と,定
義 されないもの (無定義用語)と
に分 ける。演繹体系 における 出発点は,こ
の無定義用語の選択で あるが,こ
の場合選択 された無定義用語群は体系の中の用語を すべて定義で きるもので なければならない。 それでは一体,こ
れ ら選 ばれた無定義概念は どのよう な意味・内容が与 えられるのか。前述のよ うに,演
繹 体系 においては,定
義 に関す る用語の系 と論 理的理由づ けに関す る命題の系の二つの系が考 えられる。数学では,こ
の二つの系を統一す るため に公理的方法 をとる。す なわち,で
きるだけ少ない無定義用語の リス トを選び,次
にこの無定義用 語で構成 されるで きるだけ単純 な命題の リス トを選び,こ
れを公理系 とす る。そ して,公
理系 を構 成す る文が真であるとい う観点でのみ,無
定議用語の意味・内容が与 えられ,そ
れ以タトの意味は何 ら与 えられない。つ まり,無
定義用語の意味・内容は公理系だけによって規制 される。 この無定義 用語 と公理系 との関係は,代
数学 における変数 と方程式の関係 に似ている。たとえば,方
程式x2
+y2_1
では,変
数の組(x,y)が
ある範囲の もので あれば,個
々の どの数の組で もよいので あ笹田昭三:公理的方法 と数学教 育
るか ら
,こ
の意味でx, yは
一 意 に定義 され ない。 しか し,変
数x, yの
動 き うる範囲は関係x2
+y2=1
で規定 されてい る。す なわち, x, yは
内合 的 に関係x2+y2=1
で 定義 されて い る。この よ うに
,数
学 にお け る公理 系 は無定義用語の内含 的定義 を与 える。3
公理 系 と構造 (公理 が構造 を規定 す る) 数 学 における公理 的方法 は,用
語 の定義づ けに関す る系 と命題 の論理 的理 由づ けに関す る系 とに お ける無 限の遡行 を断 ち切 る方途 と して,こ
の二 つ の系 を公理 系 によって統一 した。 この際,公
理 系 を構 成 する命題 が真で あ るとい う観 点でのみ無定 義用語の意味・ 内容 が与 え られ,そ
れ以タトの意 味 は与 え られ ない。 もちろん,無
定義用語 が もつ慣 用的意味 や公理 系の源 泉 か らくる直観的内容 は 一 切捨て去 られ る。つ ま り,公
理 的方法 は,公
理 系の源泉 が もつ 直観的内容 か ら形式 を意識的 に切 り離 な し,公
理 系 によってのみ その抽象形式 を規定す る,と
見 るこ とがで きる。要す るに,公
理 系 が抽象形式す なわち数学的構 造 を規定す る,
とい え る。 また,公
理 系 は諸対 象の本 質的構 造の抽象の結 果で もあ る。 た とえば,群
論の 公理 系 は,整
数 の 集合 にお ける加法,有
理 数の集合(0を
除 く)に
お ける乗法,移
動 ・変換 にお け る合成,ベ
ク トル にお ける加法,な
ど諸対 象の中 に潜む共通の演算構 造 を明澄 な洞察で認め,こ
れ を抽象 した結 果で あ る。N.BOurbaki
は,公
理 的方法 と構造 に関連 して,「
公理 主義の 目的 は単 なる論理・ 形式の ため で は ない,こ
れ は公理 主義 の一 面 にす ぎないので あ る。 公理 主義 がその本来 目的 と して い るの は数 学の もつ 深 い明澄性で あるゴ とのべ,次
の よ うな説 明 を加 えてい る。す なわ ち,皮
相 な観 察者 が外 見上 全 く異 なった二つ 以上 の理 論 と しか見 ない ところに,才
能 あ る数学者 は これ らに著 しい類似 性 を発 見 し,こ
れ らに思 いがけない統一 を与 えるこ とが ある。 この よ うなと き,公
理 的方法 は,そ
の 発見 の深 い理 由 を探 り出 し,も
との理 論の特 有の外 見のため に,そ
の外 衣の下 に隠れて い る共 通構 造 を抽出 し,こ
れ を各理論 に共 通 な記号や用語で表現す る。 これ が,こ
れ らの理 論の本 質的構 造 を 抽象 して得 られた,新
しい理 論の公理 系 とな る。 この場 合,新
しい理 論 において演澤 され る論理 的 帰結 は,そ
れぞれの もとの理 論の特 有の 言語 に直す こ とがで きる。す なわ ち,構
造 の公理 論 を作 る こ とは,各
理 論での退屈 な反復 を避 けることがで き,数
学 にお け る思 考の経 済性 に連 が るので あ る。 この よ うに,新
しい公理 的方法の機能 は,単
に理 論の論理 ・形式 を整 えるとい うことだ けで な く, む しろこれは従で あって,主
とす るところは諸理 論の統合,新
理 論の倉」造 に あ るので あ る。 この場 合 の重要 な働 きは,構
造 の 抽象 で あ り,構
造 の 公理 化 で あ る。最近数学教 育の現代化 と して,学
校 数学 にお ける 比情造へ の着 目」 が しき りに強調 されて い る。 この「構造へ の着 目」 も,上
記 の よ う な新 しい公理 的方法の 考 え方 に結 びつ かない限 り,そ
れ は形式の押 しつ け とな り,教
育的 に不 毛 の もの となろ う。4.公
理 系 と解釈 (解釈 の 多価 性 と数学 の応 用) 公理 的 方法 における公理 系 と無定義用語の関係 は,無
定義用語の意味・内容 が公理 系だ けによっ て規定 される,と
い うことで あ った。す なわ ち,無
定義用語は公理系だ けに規定 され るとい う点で, その意味 ・内容の取 り方 に任 意性 があ った。 ここに,公
理 系の解釈 とい う概 念 が生ず る。 「 Σが公理 系で あ る と き,Σ
の解釈 とは,Σ
の なかの無定義用語 に何 か意味 を与 えて,変
項 の あ らゆ る値 に対 し,ど
の 公理 もすべ て正 しい命題で あ るよ うにす ることをい う。 この と き,公
理 系 Σ の一 つ の解釈 によって,公
理 は いず れ も意味 あ る概 念 につ いての正 しい命題 となる。 この公理 系 Σ の解釈 によって定 まる概 念 を,一
般 に公理 系 Σのモ デル とよぶ。」D鳥取大学教育学部研究報告 教 育科学 第18巻 第1号 た とえば
,群
の公理系 において,要
素の集合 を整数全体 と し,結
合関係 を加法演算 (十)と
みれ ば,公
理 はいずれも意味 ある正 しい命題 となる。 したがって,こ
の意味づ けは群の公理系の一つの 解釈 を与え,こ
の解釈 によって定 まるモデルが整数の集合の加法演算の構造である。同 じく群の公 理系 において,集
合 を合同変換の集合 とし,結
合関係 を変換の合成 とみれば,こ
れ も群の公理系の 一つの解釈 を与 え,そ
の解釈によるモデルは合同変換群である。 また,ユ
ークリッド幾何学のデカ ル トのモデル詢は,点
を実数の順序対(x,y),直
線 を1次
方程式ax+bytt c=0
を満足す る順序対
(x,y)の
全体,平
面 を順序対(x,y)の
全体,点 (p,q)が
直線ax+by tt c=0
を通 るとは
apttbq tt c=0
なること,な
どの解釈 によって構成 された ものである。す なわち,こ
のモ デルは平面解析幾何で ある。 公理系は諸対象の構造 を抽象す ることによって得 られるが,公
理系の解釈はこの逆で あ り,い
わ ば抽象化の逆演算 といえる。 したがって,多
くの諸対象 に共通 に存在す る構造を抽象 して得 られた 理論は,多
くの解釈 を許 し,多
くのモデルを提供す る。 数学の応用 と公理系の解釈は密接 な関係がある。 われわれが生存す る宇宙 を一つのユ ークリッド 空間と考えてみることは,公
理主義的なユークリッド幾何学 に一つの解釈 を与えることで あ る。量 子 力学的状態をヒルベル ト空間の点で表現す ることも,ヒ
ルベル ト空間の一つの解釈 を与 えることであるき
0
群論は
,数
学の他分野への応用
,素
粒子物理学への応用など
,数
学の応用としては最も
豊 か な応 用 をもた らす もので あるが,そ
の応 用 はすべ て群 の公理 系の解釈 を通 して行 われ る。 この よ うに,数
学 の応 用 はつ ね に公理 系 の解 釈 を通 して行 われ る。 した がって,多
くの解釈 を許す数 学 的理 論 は豊 か な応 用 をもた らす。 これは数 学 にお け る重要 な側 面で ある。数学 にこの よ うな機能 を 賦 与 したの は,一
つ には対象の直観 的内容 か らその形式 を意識 的 に切 り離 した,新
公理 主 義 の思 想 で あ り,
さ らには現代数学 が考察の対象 を構 造 に 目をむ けた点 にあ る。5,公
理 と実在 (理論 の前提 と しての 受容 性) 公理 は演繹 体系の出発 点で あ る。 公理 系の選 択 につ いて は,次
章 で述べ る公理 系の無 矛盾 性 が要 請 され るが,他
は非常 な任意性 があ る。 それで は,こ
の無 矛盾性以外 は数学者 が 自由 に公理 系 を設 定 して よいの か。 しか し,そ
れで は,得
られ た演糸畢体 系 の 多 くは何 らわれ われ に価値 を与 えず,数
学 を不毛の 学 問に堕す る結果 となるので あ る。 この点の警告 を発 して いる二 人の数 学者 の 言葉 を紹 介 す る。第一 の引用 はFo Kleinの もので あ り,第
二 の 引用 はR.COurantの
もので あ る。「 その さい理 論の法則 だ けが満足 され, と くにで き上 った理 論体系 に矛盾 がない ことだ け に注意 しさえす れば
,任
意 の 公理 をまった く無 制 限 につ くることがで きるので ある。私 は この よ うな立場 には決 して賛成で きない。 それはすべての科 学の死 だ と考 える。私 の考えで は,幾
何 学 の 公理 は任 意 の もので な く,一
般 に空 間の直観 に基づ き,一
つ 一 っ の内容 がその有効性 によって決 定 され るよ うな合理 的命題で あ る。r) 「数 学 は無 矛盾 以 外 は 数 学 者 が 自由 に創 れ る公 理 か ら演 繹 され た結 果 の 系で あ る, と い う主 張 の な か に は,科
学 の 生 命 に対 す る脅威 が含 ま れ て い る。 も し,こ
の 主 張 が正 しい な らば,数
学 は い か な る知 的 な人 も引 きつ け る こ とがで きない だ ろ う。 また,そ
れ は定 義 と規則 と理 論 だ け を もつ,動
機 も 目標 も な い,単
な るゲ ー ム に堕 す る こ と に な ろ う。とη それでは,数
学がこのよ うな不毛 に堕す る危険 を救 うのは何か。 それは公理 と実在 との関わ り合 いであ り,そ
れに対す る配慮であろう。 19世紀の末,Hilbertは
ユークリッド幾何 を再編成 し,よ
り厳密 な立場で初等幾何学の公理系 を笹田昭三:公理的方法 と数学教育 確立 した。 また
,Pcanoは
数の世界で 自然数の公理系 を確立 した。 これ らの理論は,図
形 あるいは 数 とい う特定の世 界の中で,推
論の根拠 を求めて構成 されたもので あって,公
理系はそれ らの世界 をそれぞれ特徴づ ける。 これ らは,い
わば実体の公理化 とい うべ きもので ある。それゆえ,こ
れ ら の理論は厳密 な論理体系 とい うだけで なく,意
味 あるもの として迎 えられている。現代数学は,い
ろいろの対象や数学的実在 をその本質部分 まで分解 し,そ
の共通の構造 を抽象 し,そ
の構造 を考察 の対象 とす る。 このよ うに して得 られた抽象理論 においては,概
念 も定理 も糸の切れた風船の如 く 宙 に浮いて見 え,全
く実在性 に乏 しい。 しか し,こ
れ らは解釈 とい う操作 によって,多
くの具体的 な理論へ応用 され,ま
た現実世界における新 しい関係 につ いての推測 を与 える。 この現実の合理 的 側面の抽象 とその応用の多産性のゆえ,現
代数学はその確 固たる存在理 由を確イ呆で きるので ある。 す なわち,い
かに抽象的な公理系であろ うとも,そ
の背後 に実在がある。いわば,実
在は公理の母 体で ある,と
いえる。 このよ うに,有
益 な公理系の選択は,実
在 に対す る偉大 な直観や創造 力が要求 される,実
にデ リ ケー トなことで ある。数学の思考の方向を決定す るもの として,人
間の精ネ申とは別の拠 りどころが 存在す るので ある。それは実在で あり,実
在の合理的側面で ある。結局,公
理は,そ
れを設定す る 数学者の個人的 なもので なく,そ
れが理論の前提 として妥当であること,あ
るいはそれを前提 と し て論を進めてい くことの意義 を,議
論 に参加す る者 か ら認容 されるもので なければならない。 この lil論の前提 としての受容性 を保証するもの として,公
理 と実在の関わ り合 いがあるので ある。6.公
理は数学の 自由性 。自律 性の立脚点である。G.Cantorは
「数学の本性は,そ
の 自由性 にある」 と述べている。 この思想は,数
学の本性は思 考の完全 な自由にあり,数
学は思惟可能 なもの をその対象 とす る,
とい う思想と考えられる。数学 は自然科学 と異 なり, 自然空間や他の実在の性 質の解明を目的 とす ることか ら本来 自由で ある。 3, 5で述べてい るよ うに,公
理設定 に至る過程で実在の機構 に暗示や教示 を受けるが,た
だ設定後 に 上記のよ うな拘束 を受けない。つ まり,数
学 と数学の応用す なわち公理系 とその解釈は完全に区別 されるので ある。 また,数
学は思想・宗教 。政治 などのタト界の価値観 に左右 されない。 それは,数
学はその基礎 を学説や経験の上 に置かないので,学
説・経験の発達や変遷のために動揺 し,改
廃 さ れることがないか らで ある。 この意味で,数
学は自由性, 自律性 をもつ。 この数学の 自由性・ 自律 性を保証す る立脚点が公理 そのものである。 Ⅳ 公 理 的 方 法 の 分 析1.公
理系の無 矛盾性 無 矛盾 性 公理体系はいかなる事情のもとにおいて も矛盾のないもので なければならない。 矛盾 性は,体
系の中の用語がもってい るよ うな特別 な意味 とは何 ら関係 なく,そ
の体系の抽象的 な論理 構造だけに関わ りをもつ。つ ま り,あ
る公理系が矛盾 しているとは,論
理的に相反す る二つの定理 をともにその公理系から導 き出す ことがで きる,と
い うことである。 ここで,な
ぜ われわれが公理 体系が矛盾 しているか否かを注意 しなければならないかとい う理 由を考 えてみたい。解釈 された体 系 (解釈 によって無定義用語 に特別の意味 を与 えた体系)の
場合は,矛
盾の発見によって,そ
の体 系の公理全部が同時 に真で あ り得 ないことがわかる。 したがって,推
論の前提が偽 とな り,そ
れか ら論理的に導 き出 された命題の真理性は保証 されない。 また,解
釈 されない体系 (無定義用語 に特鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第18巻 第1号 別の意味 を与 えない
)の
場 合は,矛
盾の発見 によって,す
べての公理 を真 とす るようにその体系を解釈する道があり得ない
,
ということがわかるぎ
3どのような解釈によっても真となり得ない公理系
は,わ
れ われ に何 らの意味 あ る応 用 をもた らさず,全
くの空理 空 論 とな る。 この よ うな体 系 は研究 の対 象 と して価値 もな く,不
毛 の もので あ る。 この よ うに,公
理 系 にお け る無 矛盾 性 は,そ
の理 論体 系の存在理 由 と して必要 欠 くべ か らざるも ので ある。 無 矛盾 性テ ス トと解釈 公理 系 が無 矛盾 で あ ると断定す るこ とは極 めて 困難 なことで あ る。 あ ら ゆ る可能 な定理 を眼前 に揃べて,論
理 的矛盾の 有無 を細 かに調べ るこ とがで きない限 り,公
理 系 が 無 矛盾で あ ると断定で きない。 しか し,も
うこれ以上 定理 が出て くるこ とはあ り得 ない,
と確信 を もって い える ところ まで行 き着 くこ とがで きるか。 また,定
理 の数 が膨大で,
しか も複雑 さを極 め て い るため,互
い に矛盾す る定理 を見損 う危険 が ないか。で は一体,一
つ の体 系 が無 矛盾で あ るか 否 か をいか に して発 見で きるだ ろ うか。 相 対 的 な無 矛盾性のテ ス トの方法 と して,解
釈 によ るモ デ ルの構 成 が あ る。つ ま り,そ
の 公理系 のすべての公理 が確 か に真 となるよ うな解釈の仕 方 を見つ け ることで あ る。 この よ うな解釈 によ る モ デルの存在は,前
項 で述 べ た理 由 か ら公理 系の無 矛盾性 を保証す る。 た だ し,こ
の方法 には限界 があ り,解
釈 された陳述 の真 実性 につ いて われ われ は確 固 と した完壁 な知識 を備 えてい な くてはな らない。す なわち,解
釈 され た陳述の真実性 につ いて何 らの疑 いがない と きのみ,公
理 系の無 矛盾 性 が証 明 されたことにな る。 無 矛盾性の証 明のため に,あ
る公理 系のモ デル を数 学の他 の分科 の なか に求め ることがよ く行 わ れ る。 た とえば,KleinとRiemannは
非ユークリッ ド幾何 学の無 矛盾 性 を示す ため に,ユ
ー ク リッド 幾 何 学の 中 にモデル を構 成 したよ。この場 合,も
しユ ー ク リッド幾 何 学 が矛盾 を含んで いた ら,一
体 ど うい うこ とになるだ ろ うか。設定 したモ デル がユ ー ク リッド幾 何学の枠組 の中 にあるか ら,ユ
ー ク リッド幾何学が無 矛盾で あれ ば非ユ ー ク リッ ド幾何 学 も無 矛盾で あ る, と しか結論で きない。す なわ ち,非
ユ ーク リ ッド幾 何 学の相対 的 な無 矛盾性の証 明を与 えた にす ぎない。 また,Hilbertは
, ユ ー ク リッド幾何学の無 矛盾 性 を証 明す るため に,い
わゆ るデカル トのモ デル を構成 した10そ の構 成 は,Ⅲ
章の4で
述 べ た よ うな,点 ,直
線 と呼ぶ こ とに した対象の系 とそれ らの相互関係 の系 か ら なる もので,ユ
ー ク リッド幾何 学の公理 系の解釈 が実数の理 論の対応す る定理 に基 いて正 しい と結 論 され るもので あ る。 した がって,Hilbertの
証 明 は,実
数 の公理 系 が無 矛盾で あればユ ー ク リッ ド幾何学の 公理系 も無 矛盾 で あ る,
とい う相 対 的 な無 矛盾性 の証 明で あ る。 この よ うに,公
理 系の モ デルの構成 は相対的無 矛盾性の証 明 を与 える。モ デル を構成 した基盤 に深 い確信 があれ ばあるほ ど,そ
れは無 矛盾 性 を信ず る強 力な根 拠 をわれ われ に与 える。 また,こ
の よ うな仮 定の もとに,わ
れ われは理論の展 開 を続 け るので あ る。 現 在,無
矛盾性の絶 対的証 明法 は確 立 されて い ない。絶対 的 なテス ト方法 が開発 されてい ない以 上,公
理 系の無 矛盾性のテス トはモ デルの構成 に依存せ ざるを得 ない。 ここに,無
矛盾性 と公理系 の解釈の間 に密接不離 な深 い関係 があ るので あ る。2.公
理 系の二つの類型 数 学の公理系 につ いて論ず る と き,公
理 系 は二 つ の タイプに分 けて考 え られ る。 Ⅲ章4で
述 べ た よ うに,公
理 系は無定義用語 に意味 。内容 を与 えるこ とによってい ろい ろの解釈 を許す。 この とき, 解釈 によって得 られ るモ デ ル2種
を どの よ うに とって も常 に同型の と き,公
理 系 はカ テ ゴ リカル (笹 田昭三:公理的方法 と数学教育 (categOrical)な 公理 系で あ る とい われ る。 た だ し
, 2種
のモ デルM,M/が
同型で あ る とは,Mの
全体集合からMアの 全体集合 の上へ の全単 射 な写像fが
あ って, fに
よって も逆写像f 11こよって も一 方の演算や関係 が保 たれ るこ とで あ る。つ ま り,カ
テ ゴ リカル な公理系 はただ一 通 りの型の 解釈 し か許 さない公理系で あ る。他 方,公
理 系 が同型で ない2種
以上 のモ デ ルの 解 釈 を許 す と き,こ
の 公 理 系 は非 カテ ゴ リカル (non―categorical)な 公理 系で あ るとい う。 この公理 系の2類
型 は,解
釈 の 単一 性 。多価性 か らくるもので,そ
の 公理 系 をもつ理 論の特徴 や応 用 と密接 に関連 して くるので あ る。 カテ ゴ リカル な公理系 カテ ゴ リカル な公理系 は,解
釈の単一 性 か らもわ か るよ うに,対
象の特 徴づ け を 目的 と して,一
つ の対象 を抽 象化・形式化 す ることによって得 られた公理 系で あ る。 い わ ゆ る実体 の公理化で あ る。抽象化 によって得 られた記号や無定義用語 はその指示す る実体 を背後 に もつ 。Euclidは直観 的空 間の基 本 的性 質 をあ ます とこ ろ な く取 り出 し,そ
れ を整理 す ることによっ て,彼
の公理系 を倉より上 げた。19世 糸己末 には,Hilbertは
Euclidの原論の 欠陥 を検 討す るこ とによ って,よ
り厳 密 な立場 か らユ ー ク リッド幾何 を再編 成 し,新
しい公理 系 を確 立 した。 また,Pcano
は,
自然認 識の も う一 つ の基盤 で あ る数 の世 界 にお いて,自
然数の 公理 系 を完 成 した。 ここで大 切 なこ とは,こ
れ らの公理 系 がカテ ゴ リカルで あ るこ と,つ
ま りこれ らの公理 系 を満 たす もの は,そ
れ ぞれユ ー クリッド空 間,
自然数 た だ一 つ に限 る (同 型 の意味で)と
い うことで あ る。す なわ ち, い くつ かの簡単 な命題で もって,Hilbertの
公理 系 は空 間 を完全 に模写 し,Peanoの
公理 系 は 自然 数 を論理 的 に描写 したので あ る。 この よ うに,カ
テ ゴ リカル な公理 系は,空
間や数 などの特定 な対 象の 中で,推
論の根 源的根 拠 を求め,対
象 の特徴づ け を 目的 と して構 成 され た もので あ る。 非 カテ ゴ リカル な公理 系 非 カテ ゴ リカル な公理 系 は,一
つ の対象の特徴づ けで は な く,諸
対 象 の 中の構造 の抽象や操作 の抽象 によって構 成 され る。 Ⅱ章で述べ た よ うに,非
カテ ゴ リカル な公理 系 こそ,現
代数 学 を特徴づ け るもので あ る。現 代 数 学 は,前
世紀 まで の数 学 と様 相 を一 変 し,い
ろ い ろの対 象 をその本 質部分 まで分 解 し,共
通構 造 を抽 象す る。 この よ うな 比備造へ の着 目」 に よっ て,新
しい公理系 が設定 され,群
の理 論,ベ
ク トル空 間の理 論や距離空 間の理 論の よ うない ろい ろ の抽 象理論 が演繹,展
開 され る。 これ らの公理 系 は,一
つ の対 象の特徴づ けを した もので な く,多
くの対象の中 に共通 にあ る基本構 造 を抽象 して得 られ た ものだか ら多 くの解釈 を与 える。 した がっ て,こ
れ らの公理 系で展 開 され る理 論 は,そ
の解釈の 多価性の ゆえ,多
くの具体的 な理 論 に応 用 さ れ る。 この解釈の 多価性 が非 カテ ゴ リカル な理論の特徴 で あ り,非
カテ ゴ リカル な公理化の効用 を もた らす もので ある。外見で は全 く異種 の対象 と思 われ るもの が,同
一 の公理 系で結 ばれ,同
一 の 公理 系のモ デル と して統合 され る。 この よ うに,非
カテ ゴ リカル な公理系 は,従
来 の複数 の科 学で あ った数学 を,基
本構 造 に着 目す るこ とによ って,単
一 の科 学 としての数学 に仕上 げ る役割 を果 た して い る。 要す るに,カ
テ ゴ リカル な公理 系 は対 象の特徴づ けで あ り,非
カテ ゴ リカル な公理 系 は構 造 の抽 象で あ る。 したがって,前
者 で は,で
きるだ け簡潔 な公理系で対 象 を特徴づ けるこ とが問題 とな り, 他 方後 者で は,い
か に して本 質的で 有益 な構造 を抽 象す るかが問題 となる。3.公
理 的方法に基 く数学理論 の3類
型 この節で は,東
京理科大 学教 授 柴 田氏 の 考 え方 を紹 介す る。 柴 田氏 は,公
理 に基 いて展 開 され る 数 学理 論 を,次
の二つ に分 類 して い るよ0 非 カテ ゴ リカル な理 論鳥取大学教育学部研究報告 教 育科学 第18巻 第1号 カテ ゴ リカル な理 論
歴 史的展 開 カテ ゴ リカル な理 論
現代 的展 開 非 カテ ゴ リカル な理 論 は
,非
カテ ゴ リカル な公理 系 に基 いて展 開 され る数学で あ り,い
わゆ る構 造 の理 論で あ る。 この理 論は抽 象・ 演繹 ・応 用の二つ の段 階か ら構成 されてお り,各
段 階 ともこの 理 論で は重要で ある。 また,こ
の理 論 を展 開 あ るいは学習す るため には,各
段 階 とも具 体 的 な理論 につ いての十分 な理解 が要求 され る。 た とえば,代
数 的 諸概 念,群
・環・ 体の理 論や線 形空 間,距
離空 間 な どの理論 は,そ
れぞれ非カテ ゴ リカル な理 論の例 で あ る。 カテ ゴ リカル な理 論の歴史的展 開は,カ
テ ゴ リカル な公理 系 に基 いて展 開 され る理 論の ことで あ る。 これ らの理 論 は,特
定の対 象の 中で,推
論 の根 製 を求め,対
象の特徴づ け を目的 と して構 成 さ れた もので あ り,い
わば実体の 公理 化で ある。Hilbertのユ ー ク リッド幾何やPcanOの
自然 数 論 は,そ
れ ぞれカテ ゴ リカル な理 論の歴史 的展 開の例 で あ る。 特 定の対象 がい くつ かの基本構造 をもち,か
つ それ らの基本構造の綜合 と して特徴づ け られ るこ とが あ り得 る。す なわ ち,特
定 の対 象 がい くつ かの非 カテ ゴ リカル な理論の綜合 と して特徴づ け ら れ る。 この よ うな特徴づ けを,カ
テ ゴ リカル な理 論の現代 的展 開 とよぶ。 た とえば,実
数 は制 限完 備 な順序体 と して特徴づ け られ子ηユー ク リッド平面は内積 をもった2次
元線形空 間 と して特徴づ け られ る。 これ らは,カ
テ ゴ リカル な理 論の現代 的展 開の例 で あ る。 さ らに,柴
田氏 は,こ
の数学の3類
型 と学校 数学 との間の相互関係 を分析 し,そ
の分析 の模様 を次の図表にまとめているよ
0(Diagram l)
この図表 において,COncrete
い わゆ る学校数幸の世 界で あ るとmaterial・ Actual wOrldと
InfOrmal Theoryの
関係の部分 力主 して,次
のよ うな解説 を与 えている。 この学校数学の世 界では, MathematisatiOn (hfOrma9 (Diagram l) Concrete materials Actual wOrld ぷFORMAL THEORY ChattctettsatiOn CMOdCrn dcvelopmeno笹田昭三 :公 理的方法 と数学教育
(1)現
実世 界か らよ り理 論 的世 界へ の数 学化(2)InfOrmalな
理 論の展 開(3)具
体 的世 界へ の応 用 の3段
階 が あ る。(1)と (3)の段 階で は,抽
象化,形
式化 の よ うな活 動 が繰 り返 え され,経
験 や 直観 が 重要 な役割 を果 たす。 また,(2殿
階で は,Informalな
意 味 ではあるが,演
癬 的 考察 や帰納 的 考察 の 多 くの機会 が ある。 この学校数学 における3段
階 は,厳
密 さの違 い があ るが,非
カテ ゴ リカル な理 論の3段
階 に似 て い る,と
してい る。Informal Theoryと Non―categorical Theoryと の相 互 関係 は
,前
述 の カテ ゴ リカル な理 論 の3段
階 を示 した もので あ る。Informal Theoryか
ら CategOrical Thcoryへ の移行関係 は,一
つ の対象 に関す るInfOrmal
な理 論 を分析 し,そ
の推論 の根 興 を追 求 して公理化す るもので あ る。 す なわ ち,そ
れ は実体の 公理化で あ り,カ
テ ゴ リカル な理 論の歴 史的展 開で ある。 また,Non―cate―gorical TheOryか ら CategOrical Theoryへの移行 関係 は
,特
定 の対象 をい くつ かの非 カテ ゴ リ カル な理 論の綜合 と して特徴づ け る関係 を示す もので あ り,す
なわ ち前述 の カテゴ リカル な理 論の 現代的展 開 を示す もので あ る。 柴 田氏 の この分析 は,現
代 数学 と学校 数学 との関連 での 洞察 が深 く,ま
たその呈示 も簡潔で 明確 で あ る。 これは,公
理 的方法 をど うと らえるか,学
校 数 学 と しての公理 的方法 は ど うあ るべ きか, などを考 える際の,貴
重 なが考 となるもの と考 える。4.公
理的方 法の利点 と弱点 公理的方法の利点 数学が公理的方法 をとることの意義・ 利点 として,次
のよ うなことが考 え ら れる。(1)公
理的方法は,理
論の責任の所在を明確 にす る。 公理的方法は,定
義 に関す る系 と命題の論理的根拠 に関す る系 を,公
理系によって統一 してい る。 これによって,循
環論法や論理的不明確 に陥 ることが回避 され,定
理の証明も容易とな り,証
明の 厳密性が強化 された。 また,数
学は絶対的真理 につ いて何一つ述べていない。つ ま り,数
学 におけ る結果 とい うものは,い
つ も前提 (公理系)が
あっての話で ある。Pを 公理 とすれば Qと い う結果 が得 られる。 この場合,Pを
前提 として認めればQと い う結果 も認めなければならない といってい るだけで, Qが
絶対的に正 しいなどとは少 しもいっていないので ある。 このように,公
理的方法 は, その理論の正当性の唯一の根拠 を公理系 においている。 この意味で,公
理的方法はその理論の責任 の所在 を明確 にしているといえる。(2)公
理的方法は労 力節約の方策である。 この利点は非カテゴ リカルな理論の特徴で ある。非カテ ゴリカルな理論は,多
くの対象の中 にあ る基本構造 を抽出 し,そ
の基本構造 に関す る演繹体系 を創 る。直観的内容を切 り離 した「構造」の 理論は演繹 が容易で あると同時 に,そ
の理論で得 られた結果はすべて抽象の素材に した対象 に適用 で きる。 また,こ
の「構造」の理論は,従
来無縁 と思 われた分野への数学の応用をもた らす ことが よくあるので ある。 (Ⅲ3,4参
照)こ
のよ うに,非
カテ ゴリカルな理論は,各
具体的な理論での 退屈 な反復 を避 けることがで き,数
学における思考の経済性 に連 がるのである。(3)公
理的方法は数学の分科 を同化・統一す る。Bourbaki学
振は,数
学の全分科 に潜む構造 を分析 し,共
通の基本構造 として,順
序構造,代
数 的構造,位
相構造を抽出 した。そ して,こ
れ らの基本構造 に着 日して,単
一の科学 としての数学の鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第18巻 第1号
建設をめざしている
Pこ
のように
,数
学をして同化・統合の方向に向かさせしめたものは
,ま
さに
対象の直観的内容か らそれ らの形式 を意識 に切 り離 した,新
公理主義 に他 ならない。(4)公
理的方法 は数学的対象を特性化す る。 カテゴリカルな理論の歴史的展開は単一の公理系 による対象の特徴づ けで ある。 また,カ
テゴリ カルな理論の現代的展開は複数の非カテゴリカルな公理系 による対象の特徴づ けで ある。(5)公
理的方法は理論 を一般化 した り,新
しい理論 を倉J造す る。 数学的な主題の公理的取 り扱いは,い
ろいろな事実の間の相互関係の細 かい網の 目を解 きほ ぐし, 構造の本質的な理論的骨組 を示すの に最 も自然な適切 な方法で ある。 また,概
念の直観的な意味・ 内容を捨象 し,形
式的 な構造 につ いて集中的に考察す ることは,直
観的な意味 。内容 に拘泥す る行 き方では見落すかもしれないよ うな一般化 を容易にす る。た とえば, n次
元ユークリッド空間にお ける距離関数の本質的性質を抽象 して一般距離空間の公理系が設定 されたど0ま た,Hausdorffは
, 距離空間における近傍族 が満足す る構造 を抽出 して彼の抽象空 間論 を倉Jり,一
般位相空間論の問戸を開いたよ
。これらは
,公
理的方法に基いての理論の一般化である。このような例は他の分野でも極
めて多い。 また,既
存の公理系 を改造す ることによって,新
しい数学が誕生す ることがある。同知のよ うにLobachevski, BOlyai,Rieman■
は,Euclidの
第5公
準の代 りにその否定命題 を公準 に組み 入れることによって,新
しい非ユー クリッド幾何学を創造 した。 これは,既
存の公理系 を改造す る ことによって,新
しい数学 を創造 した典型的な例 とい える。 また,P.J.Cohenは
このよ うな手法 を集合論における連続体仮説の問題 に採用 している 'Dと い う。 このよ うに,公
理的方法は新 しい数 学の分野の創造 にも寄与 し,研
究上の有 力な利器にもなっているので ある。(6)公
理的方法は,多
くの解釈 と広汎 な数学の応用を生む母体で ある。 これについては,既
にⅢ章4, 5で
ふれている。 公理的方法の弱点 何事 も完全 なものはない。数学 における公理的方法 もまたその例外ではない のである。公理的方法は,さ
きに述べたよ うな豊かな利点をもつ が,現
在の ところ次のよ うな弱点 をは らんでいる。 公理的方法は,無
定義用語 とそれ らの内合的定義で ある公理系,論
理的演澤,お
よび「ことば」 としての集合論 を基礎 としている。竹内氏は,現
代数学の各分野では,公
理系を確立す ることによ って数学内部での形式化 を果 しているが,漢
繹 論理や集合概念 につ いては,普
遍的なもの として何 の顧慮 もなく無意識 に用い られている '0と 指摘 してい る。 もし,基
礎 としての論理や集合論 に欠陥 があるので あれば,漢
澤 された定理 は信用で きない。実際,Cantorの
素朴集合論 には,Russell
のパ ラ ドックスなど多 くの矛盾が含 まれていることが指摘 されている。 このよ うな基礎 に関す る間 題が現代の公理的方法の弱点である。 このよ うな問題 に関連 して,前
原氏は「数学の形式化」 を次 の3段
階に分 けて考察 しているど' 第1段
階数学の公理化 (公理主義) 第
2段
階集合論の公理化 (公理的集合論) 第
3段
階論理の公理化 (証明の形式化) そ して
,通
常「抽象数学」 と呼ばれる数学理論はすべて第1段
階の形式化の洗礼を受 けただけで, 第2,第
3段
階の形式化 を受けていない,
としている。 したがって,数
学における公理的方法の上 記の弱点を補強す るためには,第
2,第
3段
階の形式化が必要で あろ う。 なお,第
2,第
3段
階の笹 田昭三:公理的方法 と数学教育 形式化は
,集
合論 におけるパ ラ ドックスの排除や数学 における証明の形式の確立をめざしているも のである。これ らは数学基礎論の専 らの研究対象である。 次は,公
理主義万能論 に文寸す る批判 とい うべ きもので ある。その批判 とい うは,数
学 を公理化す れば,た
ちまち形式化 された内容か ら数学的本質が外へ絞 り出されて しま う,と
い う考え方である。 数学生の重要 な発見や啓発的な洞察は公理的な手続 きによるのではめったに得 られない。直観によ って導かれる構造的な考え方 こそ数学の原動 力の真の源である。つ まり,公
理形式は表現 としては 理想的であろ うが,公
理的方法が数学の本質を構成す るなどと考えるのは誤った危険な考え方だデ0 とい うのである。 さきに引用 した,Kleinや
Courantの
言葉30も,こ
のよ うな立場 か らの警告で あろ う。 しか し,こ
れ らの批判は,公
理的方法の外的な形式面だけを攻撃 してい るよ うに思われる。Ⅲ章3で
も述べたよ うに,新
しい公理的方法の機能 は,単
に理論の論理・形式 を整 えることだけで なく, む しろこれは従であって,主
とす るところは諸理論の統合,新
理論の倉J造にあるのである。 この場 合の重要 な働 きをなすのは,構
造の抽象であ り,構
造の公理化で ある。 この意味で,公
理的取扱い における抽象,演澤・応用の3段
階は,数
学の研究の上で も,数
学の学習の上 か らも必須・不可欠 の ものである。抽象を欠いた形式,応
用 を欠いた演澤 は,数
学的本質を絞 り出 した,屍
の骨格 にす ぎない。学校数学で公理的取扱いをす る場合,こ
の点十分肝│こ銘ずべ きで ある。V
学 校 数 学 に お け る公 理 的 方 法1.公
理的方法の指導の意義 指導の意義 Ⅱ章で述べたよ うに,公
理的方法は,数
学の本質 とい うべ き「あ らゆるものを証明 しつ くす」 とい う根拠 を追求す る精神 に基いて,人
間の思考の到達 した偉大 な成果である。 また, Ⅲ,Ⅳ
章で考察 したよ うに,こ
の公理的方法の考え方は,単
に論理・形式 とい う面だけで なく,そ
の中に極 めて重要 な数学的考え方 を合み,ま
た豊かな機能 をもっている。 ここでは,学
校数学 とし て公理的方法 を取扱 うことの意義 につ いて考 えたい。 まず第1に,公
理的方法の指導は,根
拠 を追求 し,そ
の根源 をさかのぼって理論の立場 を築 く, とい う理論科学の基本的考え方 を教 える。 学校数学においても,こ
の 烏恨拠 を追求す る」 とい う 精神 を大切 にしている。た とえば,現
行学習指導要領で は,小
学校の算数科の 日標の中に「・・・,筋
道 を立てて考え,・…・・」 をうたい,ま
た中学校・高等学校の数学科の 目標の中で も「・…・・,論
理的 に考え,。…・・」 とのべている。 これ らは何れも,学
校数学の中で根製 を追求す る精神 を大切 にし, そのよ うな能 力や態度 を養 うことをめ ざしているもので ある。中学校 までの段階では,そ
の根拠の 追求に限度があ り,原
理・法則 に基いての計算や適用,天
下 りの教育的公理 (基本性質・法則)の
設定 による局所論証 などに終 っている。 このよ うな取扱いは,こ
の段階の児童・生徒の論理的な面 の成熟度や取扱 う教材のことを考慮すれば,当
然の こと)'考える。 しか し,こ
のよ うな局所論証の 方法だけでは,「
IR源 をさかのぼってその立場 を築 く」 とい う考え方を習得す ることがで きない。 「4R源 をさかのぼってその立場 を築 く」 とい う考え方は,数
学のみな らず演繹 体系 を構成 している 理論科学に共通 な基本的考え方で ある。高等学校 が普通教育の完成 をめ ざしていることを併せて考 えるとき,高
等学校のある段階で,こ
の基本的な考え方 を自覚的 に学ぶ ことは極めて意義あること と考 える。鳥以大学教育学部研究報告 教育科学 第18巻 第1号 第2に