悌教大皐大事院研究紀要第十二挽
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﹃緯湾土群疑論﹄の背景を考える時、懐感はどのような系統の唯識思想をうけつぎ、どのような経論を多く引用 しているかが問題となる。そこで今回は、 ﹃理湾土群疑論﹄の中に説かれる﹁饗現﹂という唯識の術語に焦点をあ てて、いかなる系統の経論の影響を多く受けて、いかなる意味によって用いられているのかを考察してみたいと思切 っ 。
一一、﹃寝浄土群疑論﹄における﹁蟹現﹂の用法
﹃懇湾土群疑論﹄において浄土を解釈する場合、﹁獲現﹂﹁似﹂等の唯識の術語が多く用いられている。そとで ﹃稗湾土群疑論﹄において、﹁愛現﹂の語がいかに用いられているかということに焦点をしぼって、それがいかな る思想背景かち生起したものであるのかを、思想的に考察してみたいと思う。 浄土の説明において最も早く﹁愛現﹂の語が用いられているのは、 ﹃撮大乗論﹄無性稗︵玄突誇︶である。すな わ ち 、ヲ テ ス ト ダ レ ガ ノ ミ エ ﹁最極自在浮識岳地 ν相 者 、 謂 悌 揮 土 最 極 自 在 清 海 心 識 以 矯 一 一 種 相 一 。 唯 有 v 識 故 、 − 一 チ ハ F ノ b yテ ル ユ ノ ス ヲ ① 別有一一費等一。郎潜心識如 ν是愛現似二衆賓等一。此匂額二示果園満一。﹂ ズ V テ ヲ ニ 非 = 一 離 v 識 外 と説かれる。乙の部分のチベット訳によると、﹁捕獲現﹂はいかなる原語が考えられるだろうか、 \ 門 出 u 包括河口円宮古
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② 件 。 \ ﹁自在なるところの完全なる極清浄である識を性とするといわれるのは、自在なるところの完全なる極清浄であ る識によるところの性質である。なぜならただ完全なる識のみあるからである。そこには完全なる識より他の宝 そのように顕現公ロm D
昇 。 ︶ し て い る の で あ る 。 等は存在しないのであるがただ、完全なる極清浄識それ自体が、 乙れによって果円満が教えられる。﹂ と説かれるようにω
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顕現の意味である。では無性は﹃揺大乗論棒﹄の中でいかに顕現の語を使用 しているのであろうか。﹃鯖大乗論﹄第三章﹁入所知相﹂無性懇︵チベット課︶によると、 ﹁もし外境は無の故に唯記識性に入るのであるならば︹それでは︺その唯記識性に入るとはどのようにであるか 味する語であって、 と ︹ 間 わ れ 、 その問いが︺棄捨せられる。 ︵中略︶相と見とを有するこというこのことが説かれる。外境が無で ﹃ 樟 薄 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察一
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九悌教大事大事院研究紀要第十二強 。 。 あっても、外なる境として顕現せる記識は、境としての名言薫習によって成り立つのである。そして、 。 。 る︺記識の顕現は見というように仮設されるのであるから矛盾がない。 相と見として顕現せるこれらの諸記識は変異せる種類のものであるというように、入るか、或は入らないかと
二
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︹ 能 取 な それ故に、種々の形相に入ると説かれている。一識こそが所取能取の関係で異態なる形相となって、一 0 0 0 0 0 時に種々の形相として顕現しているというように入るのである。種々とは、一識こそが多なる形相として自証す。
るのである。これら︹ただそれのみと、相と見とを有すること、種々の形相に入るという︺三種の観察は、解脱 分によって、名等の六種の境は無境性︹であり、またそれら名、境、自性等は所取能取の関係で現前し、そして、 ⑤ 同時に種々の形相なる境としての顕現が起るからである︺云々と、三︹種︺が説かれている。﹂ 言 え ば 、 と説かれ、種々相の註釈に相当する玄英訳を対照させると、次のようになる。 ﹁:::設悟入及種種性。謂唯一識所取能取性差別故、於一時間分矯二種。又於一識似三相現。所取能取及自詮分 名矯三相。如是三相一一識義分非一非異。如鈴鹿諮問。於一識上有多相現故、名種種。名等六相、無有義等寝前三種。 @ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 ﹂ ここにおいて玄英訳は所取、能取、自証分、 の三分説、すなわち三相を説いている。それに対してチベット訳には 三相及び三分説による註釈は見られない。またチベット訳に、﹁一時に種々の形相として顕現しているというよう 一識乙そが多なる形相として自ら知る︵自証する︶のである。﹂ に入るのである。種々とは、 ム ﹂ い vつ
﹁ 自 ら 知 る ﹂ のチベット語は、ロm
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で あ り 、 ﹁自証﹂又は﹁自内証﹂と理解される。 したがって三分説において相 分見分が成立するときに、自証が成ぜられるから、玄笑訳に見られるように、三分説が提起されても、玄笑訳の訳 文形態の上ではそれなりに理解できる。しかし、チベット訳に見られる註釈の形態の上で三分説による﹁自証﹂がチベット訳に伝承されていない所取、能 ① 取、自証分の三分説による三相を記述しているものと考えられるわけである。この説は、片野道雄先生の御指摘に よるものであるが、私もまた年代的にも学系的にも無性の唯識教学の中に三分説が含まれでいるとは考えていない。 むしろ護法系の訳者である玄突が無性の説を補って三分説によって理解したものであると考えた方が妥当であろう。 したがってチベット訳の﹃掻大衆論﹄無性轄の方が原文の意味に忠実であると考えられよう。よって﹃揖大乗論﹄ 無性理における顕現の語は三分説にかかわる意味ではないと言うことができよう。三分説にかかわらない意味で用 いられた顕現とはすなわち識と境との関係をあらわす概念であるといえよう。その代表的な例が﹃中遺分別論﹄の 中に説かれている。すなわち、 乙こに用いられたと見ることには早計の感をいだく。したがって玄笑は、 ﹃ 諮 問 中 遺 論 ﹄ ︵ 玄 実 誇 ﹀ ジ テ O O R ト ト ト ピ ト シ テ ノ ニ ハ ズ エ キ ガ ニ モ V ③ ﹁ 識 生 饗 ニ 似 義 、 有 情 我 及 了 一 、 此 境 賞 非 ν有 、 境 無 故 識 無 。 ﹂ ﹃ 中 透 分 別 論 ﹄ ︵ 真 諦 誇 ︶ ト V テ ジ テ タ リ ニ p テ 一 ノ ミ V キ ガ ニ モ V ⑤ 叫 ﹁ 塵 根 我 及 識 、 本 識 生 似 v 彼 、 但 有 v 識 無 v 彼 、 彼 無 故 識 無 己 \
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﹁︹外︺境と有情と我と了別として顕現する識が生ずる。しかし識には真実の境がない。彼が存在しないから、 彼 ︹ 識 ︺ も ま た な い 。 ﹂ と説かれるように、外境︵義、塵︶、有情︵根︶、我、了別︵了、識﹀の四つの対象として顕現︵変似、似︶1
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凶器するものが識であると一示されるのである。図解すれば次のようになる。 すなわち、境も有情も我も了別も、ともに等しく投げ出された識の影である。その投げ出す作用が顕現、変似、 ﹃ 程 揮 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 芳 察傍教大事大事院研究紀要第十二競 投げ出す作用 識 vijnanaの影 | | 真実の境ではない=無 とらえるべき境が無であるからそれを投げ出した識も無である。 似 H H M︶
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で あ る 。 対象を見ると し た が っ て 、 いうことは、識がその対象を投げ出していることであ り、識と対象とが同一化していることである。その時 その対象以外識はなく、能所不可分の状態こそが 同 ︶g
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という概念が説明される時、﹃掻大衆論﹄無性緯 h vテ ル ﹁静心識如 v是愛現似−一衆賓 ︵ 玄 控 人 課 ︶ に お い て 、 等一。﹂と説かれる﹁饗現似﹂とそがω
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巴 明することができよう。 であると説 以上のような意味、概念によって説明される嬰現似 も ﹃悌地経論﹄に至るとその概念に変化を生ずる。 す な わ ち 、 ﹁揺大乗論﹄無性寝︵玄実需︶において説 かれた果円満とまったく同一の偶が、 ﹃ 併 地 経 論 ﹄ に おいては次のように解釈されている。すなわち、 ﹁果相云何。最極自在揮識矯 ν相 。 謂 一 一 大 宮 殿 一最極自在悌無漏心以矯一面胞相一。唯有 ν 識故。非一ニ離 ν 識 外 別 有 ニ 費 等 一 。 郎 悌 湾 心 如 v是 捕 獲 現 似一一衆賓等−。如一一前己設一。境界相故。如下入ニ青等一遍 ν庭 定 ム 者 。 識 所 現 相 此 郎 如 来 大 国 鏡 智 相 藤浮識。由ニガ昔所修自利無漏/湾土ノ種子 J 因 縁 力 一 故 − o 於 一 一 一 切 時 一 遍 一 一 一 切 慮 一 ﹁ 不 ν待一作意一任運捕獲現。衆 テ ノ ノ ノ ι キ 費癌巌受一−一用悌土輿ニ自受用身一作ニ所依止一慮。利他無漏揮土種子因縁力故。隠二他地上菩薩所 v宜 − 一 キ ジ 饗−一現海土一。或少或大或劣或勝。輿ニ一他受用身一作一一所依止一露。謂 v随 ニ 初 地 菩 蔭 所 v宜 。 現 ν少 ズヲ F ノ V テ チ 現レ劣。如 ν是展轄乃至一一十地一。最三大最四勝於二地地中一。初中後等亦復如 ν是 。 如 v 是 浮 土 果 相 国 ス ③ 満 。 ﹂ と説かれるように、自利無漏の浄土の種子の因縁カによるところの自受用身の浄土と、利他無漏の浄土の種子の因 縁力によるところの、地上の菩薩の宜き所に隠って変現する他受用身の浄土と、初地の菩薩の宜き所に隠うところ の少、劣なる浄土との三種の浄土が示されている。すなわち、まったく同じ十八円満説でありながら自利の浄土し か説かない﹃揖大衆論﹄無性懇と、自利、利他双方を説く﹃傍地経論﹄とでは異った解釈がなされているというこ とができよう。そこで次の文に注目したい。すなわち、﹃悌地経論﹄によると ニ 、 テ ﹁謂初地上諸菩薩衆。難 v不 v能 ν集−一諮梯自利受用部伊土一。而能集一一曾諸傍利他受用湾土一。諮悌慈悲於−一自 ノ ユ テ / キ ニ ズ ノ ヲ ハ テ ノ 、 ユ テ ノ ユ テ ノ / E ユ ズ ヨ モ V 識上一。随ニ菩薩宜一現ニ愈妙土一。菩薩随ニ自善根願力一。於一一自識上一似ニ悌所生田伊土相一現。雄二是自心各 ト ヤ y 別 養 現 一 。 而 同 一 慮 形 相 相 似 。 謂 矯 一 ニ 一 土 共 集 ニ 其 中 一 。 知 ν是 地 上 菩 薩 湾 土 。 矯 ニ 是 有 漏 二 潟 ニ 是 ト ャ ⑫ 無 漏 一 。 ﹂ と説かれるように、地上の菩薩は、諸傍の利他受用の土に集会するのであるが、 々に変現するのであるから、 それぞれの心にしたがって各々別 ﹃ 寝 静 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察 その中には無漏なる浄土もあれば、有漏なる浄土もあると示される。この浄土理解は
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傍教大事大事院研究紀要第十二挽 一 一 四 後に述べる﹃理浄土群疑論﹄に説かれる浄土と極めて類似した理解であることに気づかねばならない。次に、有漏、 無漏それぞれの浄土について説明されている。すなわち、﹃僻地経論﹄によると ν J ナ ル Z ﹁十地菩薩自心所愛揮土有乙一。若ジ第八識所饗 J 務 土 ヲ イ ヘ バ O 是 正 漏 識 相 分 掻 故 。 是 有 漏 身 所 依 魔 故 。 モ ノ ユ タ テ ズ ト ノ ナ ル ヲ モ V ノ ナ リ テ − − z h 骨 F P V テ J 雄 = 一 無 漏 善 力 所 資 窯 ニ 其 相 湾 妙 一 。 市 是 有 漏 苦 諦 所 揺 。 随 ニ 加 行 等 一 所 現 亦 爾 。 若 随 ニ 後 得 無 漏 ズレヲイヘバノヲ ν 0 0 ノ ナ ル ニ テ J Z ズ レ ガ 品 ハ ν / ナ ザ 命 唱 心 一 幾 三 湾 土 影 像 一 。 是 無 漏 識 相 分 掻 故 。 従 ニ 無 漏 善 種 子 一 生 故 。 鰻 是 無 漏 遺 諦 所 嬬 J と説かれるように、有漏の浄土は有漏識相分の摂であり、無漏の浄土は無漏識相分の摂であると示されている。乙 こで注目せねばならないのは、 乙の相分の語である。 ﹃悌地経論﹄においてこの相分という術語は次のように説明 されている。すなわち、 ノ テ ユ ノ リ テ F J − 一 ズ ヲ p − 一 ハ ﹁此就二食相一諸心心法。各有一一相見二分一而設。集量論中簿一一心心法一皆有二三分一。一所取分。二能取分。 − 一 ハ ナ ロ キ ノ ハ ナ リ ハ ハ ハ ナ P U F F セ バ ユ P 三 自 詮 分 。 如 ν 是 三 分 不 一 不 異 。 第 一 所 量 。 第 二 能 量 。 第 三 量 果 。 若 細 分 別 。 要 有 一 一 四 分 一 。 V − 一 yテ ノ ハ レ ナ ロ ハ ユ V テ ハ ズ 其義方成ズルュ o 三 分 ハ 如 v前 。 吏 有 ニ 第 四 詮 自 詮 分 一 。 初 二 是 外 。 後 二 是 内 。 初 唯 所 知 。 徐 遇 ニ 二 種 。 謂 第 二 分 唯 知 一 一 第 了 。 或 量 非 量 或 現 或 比 。 第 三 自 詮 能 詮 ニ 第 二 一 。 及 詮 ニ 第 四 一 。 第 四 自 詮 ス ヲ ト ト ハ ノ ナ リ @ 能 護 ニ 第 三 一 。 第 三 第 四 皆 現 量 掻 。 ﹂ と説かれるように、相分とは、相分、見分、自詮分、詮自詮分の四分説の中における相分︵所取分︶の意味である ﹃傍地経論﹄に説かれる﹁襲現﹂は、三分説、又は四分説に と理解することができる。このように論を進めると、 多分に関係していると考えるべきであろう。では、この三分説、又は四分説とはいかに説明されるのであろうか。 親光の師、護法は﹃成唯識論﹄において次のように説いている。すなわち、 F ル ト ト ユ ズ ノ モ ニ ル タ リ F パ ニ ヲ キ テ ケ ト タ ル ﹁ 有 漏 識 自 僅 生 時 。 皆 似 一 一 所 縁 能 縁 一 相 現 。 彼 相 膝 法 臆 ν知亦爾。似一一所縁一相設名一一相分一。似ニ能
ユ キ テ F ト ト ト / / ヲ P ト チ ナ p v h y p ・ ’ ユ ル ラ セ ヲ 縁一相読名一一見分一。︵中略︶相見所依自糧名 v事 。 郎 自 詮 分 。 此 若 無 者 藤 v不 一 一 一 自 憶 一 一 心 心 所 法 一 。 ︵ 中 ル ニ ハ ズ ル テ ヲ ス ル ニ リ ト ト ト ナ ル ガ = ト ト ハ ズ ル ガ J 略 ︶ 然 心 心 所 一 一 生 時 。 以 v 理 推 徴 各 有 二 三 分 一 。 所 量 能 量 量 果 別 故 。 相 見 必 有 ニ 所 依 櫨 一 カ セ シ 故 。 ハ 中 略 ︶ 又 心 心 所 若 細 分 別 藤 v 有 一 一 四 分 一 。 三 分 如 v前 。 復 有 一 一 第 四 詮 自 詮 分 一 c 此 若 無 者 誰 護 ニ ナ ル コ ト ユ グ ケ レ パ ニ ス ナ リ ハ ユ カ ル ル ヨ ト ノ ハ ズ 凡 ガ ナ リ ヨ 一 第 三 一 。 心 分 既 同 蔭 ニ 皆 謹 一 故 。 又 自 詮 分 態 v 無 v 有 v 果 。 諮 能 量 者 必 有 v 果 故 。 不 v藤 ニ 見 分 ノ ナ ル ハ − ニ エ ス 凡 ガ ナ p p テ ュ 、 セ ヲ 見 ル ハ ヲ ズ ナ ル ガ ナ リ @ 是 第 三 果 一 。 見 分 或 時 非 量 揺 故 。 由 v 此 見 分 不 v詮ニ第一二一。詮ニ自謹一者必現量故己 ﹃梯地経論﹄に説かれる四分説は、﹃成唯識論﹄に依拠しているものと思われる。すなわ と説かれるように、 乙 の を 説 く 、 ち、四分説とは、有漏識及びそれに相応する心所が所縁の境に対して認識作用をする時、必ず乙の四分があること この中の相分とは所取分であり、見分とは能取分である。見分とは諸識の能縁のはたらきすなわち、相分 を知る作用を言い、相分に対してのみ能量であり、現量、比量、非量の三量に通ずる。自詮分とは識の自体であり 見、相二分の所依である。見分の作用を証知し、また詮自詮分の作用をも証知する。相分に対して量果となり、護 自詮分に対しては、能量、所量、量果の三となる。ただ現量のみの縁である。護自詮分とは、自詮力を証知する識 の作用である。ただ自詮分に対してのみ、互に能量、所量、量果となる。ただ現量のみの縁である、と一示されてい る。これを図解すれば次のようになる。 以上のような識と境との間の認識作用を護法は前述の顕現官民
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凶器とは別の概念を用いて説明している。 す なわち﹃唯識三十領﹄において、 ノ oov テ F P タ p ニ レ v u v ニ ナ P G 4 ﹁ 是 諸 識 轄 獲 、 分 別 所 分 別 、 由 此 彼 皆 無 、 故 一 切 唯 識 ♂ \5
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吻 \ 。 。 ﹁ここに識の転変が分別である。およそ、分別せられるものは、その故にあらわされるものではない。それ故に ﹃ 副 将 器 開 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察 一 一 五と説かれるところを、次のように解釈するのである。すなわち﹃成唯識論﹄によると、 ジ テ ハ グ ノ ハ ハ P ニ J F ノ ピ ノ タ リ F ジ テ タ リ ニ ﹁ 論 目 。 是 諸 識 者 。 謂 前 所 ν説 三 能 饗 識 及 彼 心 所 。 皆 能 饗 似 ニ 見 相 二 分 一 。 ノ ハ テ ク ト ク 凡 ガ ヲ ユ ノ ハ グ ト ノ ナ ル ガ ニ 命 世 饗見分説名一一分別一。能取 v 相故。所愛相分名一一所分別一。見所取一故己 と 説 か れ る よ う に 、 分 別 三 ︸ 内 乱 回 出 を 見 分 で あ る と し 、 所 分 別 山 、 山 門 才 一 日 ︸ 内 乱 古 山 、 ∞ 件 。 を 相 分 で あ る と す る 。 悌教大事大事院研究紀要第十二挽 見 、 相 二 分 の 所 依 識の内体
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・讃白諮分を託知す . 見 分 を 証 知 す ・ 相 分 の 量 果 乙の一切は、唯記識のものである。﹂ 一 一 六 白議分を証知する作用議
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削自俗であると概念規定するのである。 なぜなら安慧は別の考え方を示 この宮ユ包目印の概念は護法独自の考え方であると言わざるを得ない。しているからである。すなわち、 E 吋江告
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\ う 名 称 は 何 か L ﹁異ることであるよ と 説 き 、 乙の異ることとは何かを次のように説明する。 \ 古 ロ ミ 削 ぐg
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剖吉正 u 詰 岳 山 仲 ︿ 岱 目 。 \ ﹁前の状態と異ることであるよ と説かれるように、安慧のいう転変とは、識が一一利那一刻那ころころと変化していく状態をいったのであって、護 法のいうような、見相二分に識が分かれることという意味はない。このように考察する時、四分説、転変等の独特 な概念を用いて認識作用を説明する護法の立場は、当然それ以前の無著、世親、無性等の立場とは異なったもので あると言わねばならない。とするならば、親光が﹃悌地経論﹄において浄土を説く時、 かつ四分説が同論中に説かれているということを考えれば、当然親光の説く浄土の考え方の背景には、護注流の立 ﹁ 相 分 ﹂ と い う 術 語 を 用 い 、 場があると言わねばならないであろう。 以 上 ﹃ 掻 大 乗 論 ﹄ 無 性 棒 、 ﹃悌地経論﹄等に説かれる浄土を﹁饗現﹂という術語を通して考察してきたが、 ﹃稗淳土群疑論﹄に説かれる﹁獲現﹂がどのような意味をもっているかが最終的な問題となる。そこで﹃程調伊土群 疑論﹄に説かれる﹁饗現﹂以下を考察してみよう。まず ﹁ 如 来 所 愛 土 傍 心 元 漏 土 還 元 漏 、 凡 夫 之 心 未 v 得二元漏一依ニ彼知来元漏土上一自心嬰現作ニ有漏土一 ﹃ 稗 湾 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察二
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併 教 大 事 大 事 院 研 究 紀 要 第 十 二 挽 二 八 品 カ ハ y p ル 1 7 ス ト ノ 品 〆 − − ス ル ヲ イ ハ ミ y テ 而 生 − 一 其 中 一 。 若 約 − 一 如 来 本 土 一 而 読 則 亦 得 v名レ生一一元漏土一。若約一一白心所愛之土一而受用者亦得−一説 ス ト ノ エ ナ リ ト ノ 〆 ノ ユ O O ス ル ヲ ニ テ テ ノ ユ γ ⑫ 一 一 一 一
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生ニ有漏土一雄一一有漏一以下託ニ如来元漏之土一而療現ム故極似ニ梯元漏一亦元二衆悪過患一。﹂ と説かれる。乙乙で注目すべきは、如来の変現した土は併心が無漏であるから無漏であり、凡夫の自心変現した土 は、心が有漏であるから有漏であるとする主張である。すなわち、乙こで説かれる﹁饗現﹂とは決して如来所変の 浄土と行者の浄心識所変の浄土との不可分性を示す概念ではなく、凡夫各自の心の有漏なる状態に相応した土を現 わし出すことの意味である。そして、如来の無漏土とのかかわりにおいて、如来の無漏土にすべてを依拠すること によって、如来所変の無漏土に似た浄土を現わし出すことができると示されている。この意味から考えるならば、 乙乙でいう﹁嬰現﹂は﹃謡大乗論﹄無性緯に述べると乙ろの高度な止観行による如来の浄土と行者の浄心識変現の 土との不可分性をあらわす概念よりも、むしろ﹃悌地経論﹄に説かれるところの自利、利他、無漏、有漏それぞれ 心 識 、 智に応じた浄土が変現されるとする説に近いといえよう。次にもう少しくわしい説明がある。すなわち、 V ノ カ ス ル ナ p ナ レ ハ ナ u y ナ レ ハ ﹁湾機雨土由ニ湾横二業一令一一一其自心境現作一一湾穣相一此湾積相是湾横心現。心部伊土簿心機 ナ リ ル エ ⑧ 土 機 各 由 一 一 白 心 一 。 ﹂ と 説 か れ 、 ま た 、 ﹁此湾機土雄二同慮現−而二相別 ト ノ ニ エ ノ ヲ ⑫ 依他起性方成ニ土相− D ﹂ 皆由一一湾横雨業因縁差別一愛一現種種練林麗樹瓦磯珠磯一従縁所生 と説かれる。この二つの引用によると、 ﹁出演現﹂は各自の心の浄機にしたがって変現される浄土も、材料林︵いばら の 林 ︶ 、 理 樹 ︵ 玉 の よ う に 美 し い 樹 ︶ 、 瓦 磯 ︵ 瓦 や 小 石 ︶ 、 珠磯︵まるい玉と角ばった玉﹀等、美しいものから、く だらないものまで、各自の心しだいであるとして、浄土は、従縁所生の依他起性であると示されている。次に、 乙のような凡夫の自心変現の土も、阿弥陀如来の本願力の増上縁を加えられることによって来迎見悌せしめられる。 す な わ ち 、 ヲ 以 ム ノ / ル ヲ 〆 h y R 7 J テ ト ユ ﹁ 如 来 怒 悲 本 願 功 徳 種 子 増 上 縁 力 令 下 諮 衆 生 輿 v傍有 v 縁念悌修福作二十六鶴一諸功徳力以矯ニ因縁−自心 テ ユ F ト ハ ノ ス ト V ユ ス ユ / ト J F / ム 獲申現阿繍陀梯来迎行者随 v悌往士一一一口二彼悌遺来一不一一是賞選一。但是功徳種子輿ニ所化生一時機正合令 v − 一 応 v λ ト モ ニ 、 サ ノ ノ ハ ユ メ ナ リ 見ニ化悌来迎一故。言ニ彼遺一而賓不 v遺 阿 繭 陀 傍 悲 願 功 徳 湛 然 常 寂 元 去 元 来 衆 生 識 心 託 二 傍 本 願 功 。 〆 テ 見 ル ヲ ヲ ル ト V J 0 0 ナ ロ ル 品 ユ エ ノ ユ F ハ 徳勝力一白心掛捜現有 v来有 ν去迎ニ接行人一見 v有 ニ 往 来 一 是 自 心 相 分 非 v関 v 他 也 。 故 前 経 設 ニ 不 来 不 ト 〆 J − 一 F ュ P ハ ト 〆 ノ エ タ カ 〆 グ y − 一 oov 去一約一一傍功徳一読也。観経読ニ有 v来有 v去約一一衆生心相一読也。又有寝言如来際 v 機亦復織再現現一一作諸化 ス ユ フ J V テ 7 u p タ マ フ ト 緑 山 口 身 十 方 一 迎 一 一 接
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往生衆生一彼諸化悌従ニ傍鏡智大悲一流現故言一一彼悌遺 v 化 来 迎 一 ぷ と説かれるように、併の本願力の増上縁なくしては、有漏なる積土しか変現することのできない衆生の識心も、悌 の本願功徳の勝力の増上縁に依拠することによって、自心に梯の来迎を変現せしめられるのである。しかし、乙の 併の来迎は、実際に化併をつかわしているのではなく、本来無去無来なるものであるが、衆生の識心をすべて阿弥 陀傍の本願力にまかせきることによって、衆生自心の相分において実の来迎が変現せしめられるのである。また、 如来はそれぞれの衆生の機根に応じて大円鏡智の大慈悲から化悌を流現せしめ、迎接されると示されている。とこ において、本来無去無来なる来迎が衆生自心の相分に変現せしめられることによって実の来迎であると衆生は見る ことができるとするところに注目せねばならないであろう。そこで相分については次のように説明されている。す な わ ち 、 リ h y 下 ト ソ ノ ル ヲ ﹁問目、観経言是心作 ν梯 是 心 是 傍 。 諮 梯 正 遁 知 海 従 一 一 心 想 一 生 云 。 何 是 心 卸 能 作 レ 悌 也 。 韓 日 、 ナ リ ニ ニ ス V ハ ス 見 ν ハ 案一一唯識之理一心外元ニ別法一首同法高相皆是自心故起信論言心生諸法生心滅諸法滅。維摩経言随一一 ﹃ 副 将 糧 問 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察 一 一 九梯 教 大 事 大 事 院 研 究 紀 要 第 十 二 挽 二 一
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其 心 淳 一 郎 悌 土 準 又 言 心 垢 故 衆 生 垢 心 浮 故 衆 生 薄 。 故 知 寓 法 皆 心 幾 現 、 嘗 下 用 ニ 此 心 一 観 一 一 ル 彼 悌 一 時 心 阿 鵡 陀 傍 矯 一 本 性 相 一 衆 生 ノ 観 心 縁 一 一 ル 彼 如 来 一 不 v能 一 − 一 心 外 見 U 悌 / 岡 県 相 一 嘗 一 一 一 観 心 掛 境 作 一 影 像 相 一 是 J 影 ヲ テ O 像相名目一一相分一能観之心是於見分見相雨分皆不 ν離 ニ 於 自 詮 分 一 見 分 之 力 能 現 ニ 相 分 一 故 名 ニ 是 心 作 悌 一 也 。 此相分邸是自詮分心元ニ別有官細胞故名ニ是心是悌一。欲 v 観ニ如来一切功徳一皆用ニ自心所饗影像一故名目一諮 ト ⑧ 悌 正 遁 知 海 従 心 想 生 一 也 。 ﹂ 是心是悌﹂の句を解釈している。まず、あら ゆる存在が心の変現であると示され、同様に阿弥陀悌を観ずる時もまた、心以外に悌の真なる姿を見ることはでき ないとする。すなわち観心が変じて影像の相が現われた時、 と 説 か れ る 。 こ乙においては ﹃ 観 無 量 害 時 経 ﹄ に 説 か れ る ﹁ 是 心 作 悌 、 この影像の相が相分であり、 その影像の相を観じてい この見、相両分が自詮分を基盤として現じているのであるから自詮分から離れることはで きない。乙の状態において見分は相分を現ずるのであるから、そのことを﹁是心作 ν 悌﹂といい、相分の量果、 J ν ナ p すなわち自程が自詮分であるから、そのことを﹁是心是悌﹂というのであるとして、まさに﹃成唯識論﹄、﹃悌 地経論﹄等に説かれた三分説によって﹃観無量毒経﹄の匂を説明しているのである。したがって﹃懇浄土群疑論﹄ る 心 が 見 分 で あ る と し 、 において説かれる﹁襲現﹂の用法は多分に三分説とかかわり、﹃掻大衆論﹄無性理において用いられた ︵ ω ロ m w p 一 ω件 。
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との概念とは異なり、﹃悌地経論﹄において用いられた三分説にかかわる﹁饗現﹂ n V ﹁ 縛 饗 ﹂Q
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ろに近い意味として用いられていることが理解できる。 以上、思想的に﹃程湾土群疑論﹄において、 ﹁ 襲 現 ﹂ ﹁幾現﹂がいかに用いられているか、他の論とも比較しながら考察 ﹃ 穆 揮 土 群 疑 論 b における﹁愛現﹂の用法は、﹃掻大乗論﹄無性理における官民F
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的 用法ではなく、三分説と関連して用いられているところの匂向S
削B ω
的用法であることが理解される。乙の用法 し て き た 。 こ の 中 で 、は﹃梯地経論﹄における﹁饗現﹂の用法ときわめて近いことから、 ら な い 。 註 ①﹃大正蔵経﹄一三巻四四六頁 a ②﹃影印北京版西蔵大蔵経﹄一一三巻四八頁二
l
四 J 五 ③﹃チャンドラダス蔵英辞典﹄七六七頁 b ④吋翻訳名義大集﹄ア l 四四頁、五五六番、二l
一 七 三 頁 ⑤﹃影印北京版西蔵大蔵経﹄一一三巻二九八頁二l
一 一 一 J 二 九 九 頁 一i
一、片野道雄先生訳 ⑥﹃大正蔵経﹄一三巻四一五頁 b ①片野道雄著﹃唯識思想の研究﹄一O
一 一 貝 J 一O
二 頁 参 照 ③﹃大正蔵経﹄一三巻四七七頁 c ﹁ 同 百 三 日 . σ 富 田 P H M m H 右 側 自 岱 に 関 ナ る 研 究 は 上 田 義 文 博 士 、 長尾雅人博士等によってすでに詳細な研究がなされてい る。ここにおける考察はそれらの研究をもとにしてなさ れたものであるよ ① 同 右 コ 二 巻 四 五 一 頁 b ⑬ の − z m m m O E 忌 包 芝 削 E m i r g 官 l 回 E 3 ω 3 H M − H∞
w ロ ・ N H J t N N ﹃程揮土群疑論﹄における思想的背景の考察 ﹃悌地経論﹄からの影響について注目せねばな ⑬ ⑬ ⑫ ⑬ ⑬ ⑬ ⑬ ⑫ @ ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ 二 六 巻 二 九 四 頁 atb 同 右 二 六 巻 二 九 四 頁 b 同 右 二 六 巻 二 九 四 頁 c 同 右 二 六 巻 三O
三 頁 b 同 右 三 一 巻 一O
頁 aJb 同 右 コ 二 巻 六 一 頁 b∞
u L 4 巴 ロ F b a i E 叶 同 日 召 E W 削 r H M 削 39. .
H Y ω 印 ﹃ 大 正 蔵 経 ﹄ 一 三 巻 三 八 頁 c∞
u L H J詰 宮 H K A 小 − i a a 吋 巴 召 訟 ︸ 拘 似 r r 削 3 9 3 H M − H G F H ⑬⑫@は上田義文著﹃唯識思想入門﹄二五頁参照ω w
才 色 ロ F b 己主吋巳召止 W 包 u F 似 品 U ﹃ 9 3 匂 ・ H A V− −
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HH ﹃ 浄 土 宗 全 書 ﹄ ム ハ 巻 八 頁 b 同 右 六 巻 二 ニ 頁 b 同 右 六 巻 一 四 頁 a 同 右 六 巻 二O
頁 b t 一 二 頁 a 同 右 六 巻 八 三 頁 b @ @ @ @ @ @ @梯教大事大事院研究紀要第十二親
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三、﹃穆浄土群疑論﹄における背景の思想史的考察
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前項において﹁幾現﹂という術語に焦点をしぼって、 その用法を考察してきたが、 その﹁愛現﹂が浄土の説明に 用いられている例が、きわめて十八円満説中の果円満の中に多い。そ乙で、 こ こ で は 、 ﹁愛現﹂と密接な関係にあ るところの十八円満説、 すなわち議伽行派の浄土を思想史的に考察してみたい。 ﹃程湾土群疑論﹄において﹁饗現﹂は、 ノ ハ ナ V ハ モ F ナ u J ハ ヲ テ ノ ノ ノ ノ ニ O O 〆 テ ノ ヲ ﹁如来所愛土悌心元漏土還元漏。凡夫之心未レ得一一元漏一依ニ彼如来元漏土上一自心饗現作ニ有漏土一 ユ メ ノ 品 カ ハ y p A 寸 ヲ 見 ト ノ ユ / ニ ス ル ヲ イ ハ ハ ン テ 寸 ヲ 而生ニ其中一。若約二如来本土一而読則亦得 v名 v 生一一元漏土一。若約一一白心所幾之土而受用者亦得ニ読言 v ナ リ ト ノ 〆 ノ ユ 0 0 ス ル ヲ ユ テ テ ノ 品 ジ 中 占 生 ニ 有 漏 土 一 。 雄 一 一 有 漏 一 以 下 託 一 一 如 来 元 漏 之 土 一 市 愛 現 よ 故 極 似 − 一 悌 元 漏 一 亦 元 コ 衆 悪 過 患 ︸ 一 。 ﹂ と説かれるように、自らの心を変じて浄土を現わし出すことの意味として用いられている D とのような ﹁ 愛 現 ﹂ の 用法は、すでに﹃掻大衆論﹄無性理︵玄突誇︶において存在する。すなわち、 ヲ モ テ ス ト ト ハ ハ グ ノ ハ ヲ テ 見 ト ダ ル ガ ノ ミ ユ ズ V テ ヲ ﹁ 最 極 自 在 湾 識 矯 v相 者 、 謂 併 湾 土 最 極 自 在 清 海 心 識 以 矯 一 一 種 相 一 。 唯 有 v 識故、非=一離 ν 識 外 ノ ル ニ チ グ ノ O O V テ 凡 ニ ノ ス 0 0 0 ヲ② 別 有 一 一 一 賓 等 一 。 印 湾 心 識 如 v 日 疋 饗 現 似 一 一 衆 賓 等 一 。 此 匂 額 二 示 果 園 漏 一 。 ﹂ と説かれるように、浄土の衆宝荘厳すべては、清浄心識の﹁饗現﹂にほかならないと示され、﹃稗漕土群疑論﹄に 説かれる浄土の考え方と類似した考え方を示している。また、乙の一匂が十八円満説中の果円満の説明であること か ら 、 ﹃程密閉土群疑論﹄における浄土の考え方の根本には多分に十八円満説的な思想の影響があったと考えられる。 そ乙で十八円満説の説かれるすべての経論を系統的に組織だて、 その中のどの経論が最も﹃緯湾土群疑論﹄の説に近いか考察してみたいと思う。 さて、十人円満説は単に﹃撮大乗論﹄のみにとどまらず、 ﹃解深密経﹄序品や﹃梯地経﹄序品など、唯識系の経 それぞれの経論を順序よく組織だてるには、源泉をさぐってみなければならな 論には多く存在している。そこで、 ③ はじめに﹃解深密経﹄について考察するならば、西尾京雄先生の詳細なる研究があるのでその説を用いて述べて 一般に大乗仏教経典の成立を論ずる時には、その経典が漢一訳された年代によってだいたい定められるので ﹃解深密経﹄に関してはそれが適応しないとされる。すなわち穣土説法を説く﹃解節経﹄より、浄土説法 を説く﹃深密解脱経﹄の方が早く漢訳されていたのであるから、訳経史上からいうならば﹃解節経﹄の型式は、 ﹃深密解脱経﹄の型式よりも発達したものであるべきであるが、実際は簡古な形態をもっ﹃解節経﹄よりも浄土説 みよ う 。 あ る が 、 法を説く﹃、深密解脱経﹄の方が附加、増広された形態であることが認められるからである。その意味において、無 著の時代には﹃解深密経﹄において十八円満説をもっところの序品は存在せず、そこには﹃解節経﹄の序分を有す ④ る程度のものしか窓在しなかったとされる。その理由として西尾京雄先生は次の三点をあげている。
一
、
﹃議伽師地論﹄撮決揮分第七十五巻より第七十八巻に引かれている﹃解深密経﹄の中に十八円満等の序品はな い一
一
、
﹃掻大乗論﹄彼果智分第十一、悌土を説く箇所に十八円満の浄土をあげているが、そこには﹃百千経﹄の菩薩 蔵縁起の中に説くとして、﹃解深密経﹄に説くとしていない。﹃解深密経﹄は稔伽行派において最も重要なる経 典であるから、もしその時﹃解深密経﹄に十八円満の浄土を説くところの序品があったならば﹃解深密経﹄の名 があげられているべきである。 ﹃ 四 押 湾 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察一
一
一
一
一
一
悌教大事大皐院研究紀要第十二強 一 二 四 ﹃掻大乗論﹄所知相分第三において、 ﹃解深密経﹄を引用し薄伽党の二十徳を明しているが、 そこに引用され ﹃解、深密経﹄の因縁分に説かれるものと内容は同等であるが、その一句一匂には変遷があって正 しく﹃解深密経﹄に説かれると乙ろを伝えていない。これは﹃解深密経﹄が﹃掻大粛論﹄に引用された後にも変 て い る 経 文 は 、 遷をさかんにした証拠である。 る か ら 、 以上の理由から﹃解深密経﹄に説かれる十八円満説は﹃掻大乗論﹄よりも年代的に後世のものであると考えられ ﹃掻大衆論﹄に影響をあたえたとは考えられない。 次に﹃悌地経﹄について考察するならば、日本の江戸時代の学匠、普寂徳門︵一七
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七 | 一 七 八 一ω
︶ は 、 ﹃ 揖 大衆論穆略疏﹄巻第五において﹃悌地経﹄説をたてている。すなわち、 ⑤ ﹁ 論 日 如 言 。 懇 目 線 翠 至 功 徳 。 程 一 一 如 言 一 之 文 可 ν怪 。 惰 誇 云 一 一 如 百 十 億 修 多 羅 菩 薩 蔵 縁 起 中 読 一 。 蔵百千契経序品中設一。然今此所 v 出経文部梯地経序品之説。市立二十八圏満名一以剣ニ経文一者是悌地論一五紙之棒 文也 D 由 V B疋 観 ν 之。今一悌地経乃百千契経中之一分乎。華雲恒雄 ν 有 二 十 寓 領 一 現 流 経 中 無 一 一 如 v此 設 一 。 可 v 考 必 ﹂ 唐 謬 云 − 一 如 菩 薩 と説かれている。すなわち、普寂は、真諦訳、玄英訳の﹃掻大衆論﹄にそれぞれ説かれている﹃百千億修多羅菩薩 蔵縁起﹄﹃菩薩蔵百千契経﹄の経名を﹃梯地経﹄のことであるとし、また十八円満の名によって経文を判断すると、 それは﹃傍地経論﹄に説かれる釈文にあたるとしている。乙の理由によって普寂は、 ⑦ 経﹄のご分﹂であろうと述べている。その上普寂は、 斗 晶 、 ﹃併地経﹄のことを﹃百千契 ﹃揖大乗論﹄世親稗︵真諦謬︶において﹃百千億修多羅﹄ ﹃華巌経﹄であると釈されているのを引用して、現在流伝されている﹃華巌経﹄には、十万領はないという理 由 で 、 ﹃百千傷修多羅﹄は﹃華巌経﹄ではないと批判している。しかし、 この普寂の説には問題点がある。すなわ ち 、 十 八 円 満 説 は 、 ﹃ 悌 地 経 ﹄ 、 ﹃解深密経﹄両経に説かれているにもかかわらず、 ﹃悌地経﹄だけを引いて﹃解深密経﹄を引いていない点である。普寂は、﹃撮大乗論樟略疏﹄の中の別の箇所によく﹃解深密経﹄を引用してい るから、その存在を知らなかったとは思われない。それにもかかわらず普寂が﹃解深密経﹄を十八円満説の典拠に ﹃悌地経﹄には十八円満説をもって解説を加えている﹃悌地経論﹄が存在する 引いていない理由を考えるならば、 カf ﹃解深密経﹄には十八円満の名称をもって解説している論が存在しないことがあげられる。しかし、 乙の理由 も現在の梯教学から考察するならば、当時普寂の時代には見ることのできなかったところのチベット訳の無著撰述 ③ と伝えられる﹃解深密経疏﹄が存在し、そこには十八円満説が解釈されているところからするならば、前述の理由 は成立し得ないであろう。また﹃華巌経﹄には十万領はないとしているが、 ﹃悌地経﹄にも十万領はないから ﹃華巌経﹄が十万領ないことによって﹃百千侮修多羅﹄になり得ないのであれば、同じ理由で﹃悌地経﹄もまた ﹃百千備修多羅﹄にはなり得ないであろう。このように考えてくると、普寂が﹃百千偶修多羅﹄は﹃悌地経﹄のこ とであるとしたすべての理由が成立し得なくなる。そうすれば、普寂の﹃百千億修多羅﹄が﹃悌地経﹄であるとし た説も成立し得ないと言わざるを得ないであろう。 り と な る の は 、 以上十八円満説の源泉が﹃解深密経﹄にも﹃悌地経﹄ K も求められないとすると、最後にこの問題を解く手がか ﹃ 掻 大 乗 論 ﹄ 世 親 稗 ︵ 同 県 諦 謬 ︶ に 説 か れ て い る と こ ろ の 、 ﹁ 菩 薩 戴 中 有 ニ 別 海 土 経 一 。 経 有 二 百 千 億 一 。 故 名 二 百 千 経 一 。 又 華 巌 経 有 − 一 百 千 備 一 。 故 名 ニ 百 千 経 一 。 於 ニ 此 経 縁 起 中 一 ⑨ 慶 設 ニ 湾 土 相 一 。 ﹂ の一文の中の﹃湾土経﹄と﹃華巌経﹄とのこ経典の名称である。 はじめに﹃浮土経﹄については、どの経典をさしているのか明らかではない。現在の浄土教経典に百千億を持つ ⑮ ﹃賓警経四法憂婆提合﹄の中に説かれている﹃阿禰陀荘巌経﹄ではな ものはないからである。神子上恵龍博士は、 ﹃ 翻 梓 器 開 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察 一 二 五
梯教大事大撃院研究紀要第十二競 ⑪ いか。と述べられているが、 一 一 一 ム ハ ﹃阿調陀荘厳経﹄が現存しないので証明できない。 次に﹃華巌経﹄については、現存の華厳経典の一部を指しているものと思われる。たとえば﹃大智度論﹄巻第一 百 に は 、 ﹁ 有 二 不 可 思 議 解 脱 経 十 寓 偏 ザ ﹂ と説かれ、また法裁の﹃華巌経停記﹄巻第一には、 ﹁又如真諦三蔵云。西域停記説。龍樹菩薩往龍宮。見此華巌大不思議解脱経。有三本。上本有十三千大千世界微 塵数億四天下微塵敷品。中本有四十九高八千八百億一千二百品。下本有十高体四十八品均一 と説かれるように、﹃不可思議解脱経﹄には十万備があることが示されている。また、 本は﹁入不思議解脱境界普賢行願品﹂といわれ﹁入法界品﹂に相当し、その後記には、 ﹁大王手白書潟大方慶傍華巌経百千働中所設善財童子グ と説かれ、また﹃大方賢悌華巌経﹄八十巻本にも、後記において ﹁党本凡十寓傷。昔道人支法領。従干関得此三高六千偏
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﹃大方賓悌華巌経﹄四十巻 と説かれているところから考察するならば ﹃大智度論﹄にいうところの﹃不可思議解脱経﹄という経は、 ﹁入法界品﹂、すなわち、四十華巌経の﹁入不思議解脱境界普賢行願品﹂をさしていると思われる。 ﹃ 大 方 慶 悌 華 巌 経 ﹄ しかし、﹃掻大乗論﹄に説かれる﹃百千億修多羅﹄がそのまま﹁入法界品﹂であるとは思われない。というのは、 たしかに党本は十万傷あったかもしれないが、中国へもたらされ漢−訳された﹁入法界品﹂はその一部にすぎない。 その証拠に﹁入法界品﹂には十万備はない。また﹃掻大乗論﹄に説かれるところの十八円満説に説かれる備と同一 又は類似したものを見出すことはできない。そこで﹃華巌経﹄の中でも古い成立である﹁如来興額島に目を向けいrも吋小0 ).jQ鋭部主主11:抱糊揺下J4QD'題臨 1]-K1持十日包'f'¥ρ l:dI~召刊足いニ t-0 ベj 人J 心会 ~s,, , 組事選必 ).jQ器ij-1キ!匹買い
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梯教大事大事院研究紀要第十二挽 一 二 八 身体から生ずるものによって、基体は光線によって完全に飾られる。菩薩の身体自身において、完全なる成就を 存在する。大法の所依となり、法界はあらゆる容積を増加させ、如来の光明を所有する。虚空界の究極に至り、 智慧の境界にして、真実なる究極、実践の場は、いかなる障擬もない乙とによって、完全に明らかにされる。﹂ と説かれるようにこの部分には十八円満説に類似する表現を数多く見出すことができる。西尾京雄先生は、 ⑬ 密経﹄の正宗分、序分は﹃如来性起経﹄に準拠して構造されていると指摘されている。私は、とれと同じことが ﹃揖大衆論﹄に説かれる十八円満説にもあてはまると思う。したがって﹃華巌経﹄如来性起品の異訳である﹃如来 興 穎 経 ﹄ あ る い は 、 t 恒 同 ︶
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が﹃掻大乗論﹄に説かれる ﹃百千経﹄の一部を示していると結論しても正しいのではないかと思われる。そうすれば、世親が﹃掻大乗論﹄世 親調停の中で言うところの﹃百千経﹄は、単に入法界品を示すだけでなく、如来性起品をも含んでいたというととが ﹃ 解 深 で き よ う 。 そ乙で十八円満説の伝播経路を考えて図式するならば次のようになるであろう。 以 上 十 八 円 満 説 が 説 か れ て い る 経 論 疏 の 中 で ﹃ 懇 湾 土 群 疑 論 ﹄ に 引 用 さ れ て い る も の は 、 ﹃ 解 深 密 経﹄、﹃傍地経﹄、﹃傍地経論﹄、﹃掻大乗論﹄等があり、直接十八円満説ではないが三種二十九勾の荘厳浄土を 説く﹃無量害経論﹄もまた引用されている。これらの経論の中で﹃稗湾土群疑論﹄において、自心饗現の浄土の説 明の中に引用されているものは、﹃解深密経﹄、﹃悌地経﹄、﹃悌地経論﹄、﹃揺大衆論﹄等であるが、これらの 中でも特に﹃悌地経論﹄は次のように引用されている。すなわち、﹃津湾土群疑論﹄によると サ F ヲ ユ ケ リ 0 0 ハ 0 0 0 0 ノ 0 0 ヲ O R O ト ⑫ ﹁悌地論中亦作ニ是間一、前説二時伊土最極自在湾識矯 v 相 。 ﹂ ﹃ 華 巌 経 ﹄ 、 と説かれるように、まさしく十八円満説の中に説かれる果円満の匂が﹃傍地経論﹄の中から引用されていることに(十八圏満説
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J − ワ ・ ﹁ ’ i 叶 者 一 無 玄 瓜 − J ” H UF 市 町 エ , W サ H ︷ 必 山 知 木 刀 牛 ぷ出リ 注目せねばならない。 嬬大乗論世親樺 法 諾 究 i i J A m i l l i l i − − − 吉 ロ 鍬 H H H h y ぷ 〆 ’ a t、 、 (手畢i
宇土群疑論(懐感)) ﹃調停滞土群疑論﹄の浄土と密接な関係にあるところの十八円満説、すなわち球伽行派の浄土を思想史的に 考察してきた o その中で、前に示した図式のような、極めて巾広く奥深い背景が、﹃寝湾土群疑論﹄の説かれる地 盤として存在していたことが理解される。これらの中でも特に親光の﹃梯地経論﹄から直接に十八円満中の果円満 の説が﹃寝静土群疑論﹄に引かれていることを考える時、親光と玄笑とが同じ学系であることを考え合わすと、か 以 上 、 ﹃ 寝 湾 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察 なり懐感は玄突系の法相唯識を学び、かつそれを強く意識しながら﹃稗滞土群疑論﹄を撰述したのであろうという 一 二 九併設大事大事院研究紀要第十二強 ととが推察される。 註 ①﹃浄土宗全書﹄六巻八頁 b ②﹃大正蔵経﹄コ二巻四四六頁 a ③西尾京雄著﹃傍地経論の研究﹄三四頁 ① 同 右 三 四 頁 ⑤干の誤りである。﹃揖大乗論稗﹄には百千偶となって い る 。 ⑥﹃大正蔵経﹄六八巻一九四頁 b ⑦﹁今悌地経乃百十契経中之一分乎﹂乃を用いて即を用 いていない乙とに注意、乎︵か︶という疑問詞を用いて いることから普寂自身も自信をもっていなかったと考え ら れ る 。 ③ E ω E E r 宮 町 B o o m Z 1 r E 3 9 3 M Y 吋 ぬ ・ 昌 宏 l f m g r 凶凶凶 HJJHIEm ﹃西蔵大蔵経総目録﹄第三九八一番。 そのほかに中国撰述の﹃解深密経疏﹄園測撰︵﹃大日本 続蔵経﹄二一巻﹀が存在するがインドにおける論ではな く、その基本は親光の説にもとづいているため十八円満 はとかれているが、親光の説の域を出ていない。 ①﹃大正蔵経﹄コ二巻二六三頁 a ⑮ 同 右 二 六 巻 二 七 四 頁 b 一 三
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ヤ Y ヤ ﹁ 又 此 世 尊 標 迦 牟 尼 悌 之 世 界 震 エ 是 清 淳 一 一 潟 二 不 清 湾 一 若 v 皆 ナ 清 密 閉 ナ V − , 建 一 仲 間 W 仇 川 勝 勝 飴 ノ 設 一 於 一 彼 ノ 経 中 一 如 来 ハ 鵠 助 言我今出ニ於五濁世一阿縛多羅三窺三菩提費己 ⑪神子上古川龍著﹃弥陀身土思想の展開﹄二八九頁 ⑫﹃大正蔵経﹄二五巻七五六頁 b ⑬ 同 右 五 一 巻 一 五 三 頁 atb ⑭ 同 右 一O
巻八四八頁 b ⑬ 同 右 九 巻 七 八 八 頁 b ⑬如来性起経典の成立にする論文が最近鍵主良敬先生に よって出されている。 ﹁如来性起経典の怪﹂鍵主良敬﹃悌教学セミナー﹄第一 八号三七頁 J 五六頁 ﹁華厳経性起品の研究﹂鍵主良敬﹁大谷大学研究年報﹄ 第二五集七一頁 J 一 五 三 頁 ⑪﹃大正蔵経﹄一O
巻五九二頁 c ⑬﹃影印北京版西蔵大蔵経﹄二六巻三二頁三|六t
八 ⑮﹁梯教経典成立史上に於ける華厳如来性起経について﹂ 西尾京雄﹃大谷大学研究年報﹄第二集一九八頁 ⑫﹃浄土宗全書﹄六巻七頁 b四
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す び 以上考察してきたように、 ﹃緯湾土群疑論﹄の背景の一っとして、十八円満説が考えられ、 その中でも特に﹃悌 地経論﹄を典拠として、十八円満中の果円満の備が﹃懇湾土群疑論﹄の中に引用されていることが明らかとなり、 ま た ﹃翻伊海土群疑論﹄に説かれる﹁獲現﹂の用法を考察する時、論中において﹁饗現﹂の語が﹃揖大乗論﹄無性 懇における官民F
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的 用 法 で は な く 、 二分説と関連して用いられるところの℃R
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的用法であることが 明らかになった。この用法は、 ﹃梯地経論﹄の中に説かれる十八円満説中の﹁嬰現﹂の用法と軌を一にするもので ある。このように考える時、 論﹄をあげることができよう。このことは単に思想的な背景だけでなく、懐惑の伝記において、懐感が善導に帰依 ① する以前に巾広く悌教を研鎖していたことが記されているところから考えても、当時中国悌教界を風廃していた玄 ﹃程揮土群疑論﹄の思想背景の一つとして、 直接に影響を与えたところの ﹃悌地経 突の法相唯識をかなり学んだものと推察される。そうすれば玄突の師戒賢、戒賢の先輩である親光、親光の師護法 等の系統の影響を強く受けていることも理解することができよう。 また﹃掻大乗論﹄無性棒、﹃悌地経論﹄、﹃懇湾土群疑論﹄それぞれの論中に説かれる﹁饗現﹂の語を考察する 時、それぞれに特徴が見出される。すなわち、﹃揺大乗論﹄無性轄には高度な止観行による浄土の変現がとかれ、 ﹃梯地経論﹄には、高度な大円鏡智所変の浄土も説かれるが、菩薩各自の心識に応じた浄土の変現も説かれる。ま た 、 ﹃程湾土群疑論﹄には、凡夫各自の心識に応じた浄土の変現があり、また如来の大慈悲本願力に依拠して変現 せしめられる浄土もある ζ とが理解されるのである。図解すれば次のようになるであろう。 乙の表を見ると、﹁愛現﹂のあり方のレベルが﹃掻大乗論﹄無性棒、 ﹃ 悌 地 経 論 ﹄ 、 ﹃ 四 伴 密 閉 土 群 疑 論 ﹄ の 順 序 で 下 ﹃ 程 器 開 土 群 疑 論 ﹄ に お け る 思 想 的 背 景 の 考 察一
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悌 教 大 事 大 皐 院 研 究 紀 要 第 十 二 挽 揖論無性韓 併地経論 群疑論 高度な止観による変現