駒澤 大學佛 教學 部論 集第
32
號 卒成13
年10
月 (45
)仏教
と
人権
と
の
関
わ
り
合
い
一 〈言
葉
〉 と 〈羊 別〉 を中
心と し てジ
ョア
キ
ン
・モ ン
テ
イ
ロ(
一)
仏 教 と人権 を問 題にする前 提
〈 言
葉
〉 とく差 別 〉を中
心 と し て仏教
と人権
思 想 との関係
の 必然性
を問
題にす
るこ とが本論文
の 目的
で あ る。 けれども、 こ の 目的 を達
成 する た め に、 先ず
最 初に、 仏 教 と人権思想 との 関わ り合い と は 自明の もの で は あ りえ ない こ とを確
認 する必要
が ある ように考えられる。 つ ま り、 仏 教 と人権 思想と の 関係の 必 然性
を明らか にする た めに 、仏教 諸 教 団の 現 実 的課 題性
か ら出発し た厳密
な論 理 的な手続 きが必 要で あ るように考え られ る 。 日本の仏教教
団の ほ とん どは 人権
思 想 に積 極 的な意昧
を認め、 人権
を推 進 する政 策 をと る よ うに なっ たの は極 最近
の こ とである の で 、僧侶
や布教師
の多
くに は その必然
性を
了解
で きない の は当然の こ とで あ る よ うに考え られる。 仏教と人権 思想 との 関 わ りの必然性
を 自明の もの で あっ たか の ように了解で きない こ と は必ず
しも悪い こ とで は ない し、表面 的
、形式的
に了解す
る よ り も納得
がい け るこ と ろ まで問い続
け る姿勢
の方
が 正 しい と考
え て よい 。 つ まり、 仏 教と人権
思 想 との 関 わ りの 必然性 と は 自明の もの で は あ りえ ない 以上 、 教 団の 現実 的課 題 性 を出発 点に した両 者に対 する 理論 的な再検 討と は問題の本 質 を明ら か にする条件であ る と結 論し て も よ ろしい 。 以 上 を明 ら か に した上で は 、次に 、仏
教と人権
思 想 と の 関 わりの 必 然性
へ の 了解の障
害と な る諸要 因
を問題 に して お こ う。仏教
と人権
思想 との 関わ りの 必 然性
へ の 了解に対 し て多
くの障害
が存在す
る が 、次の 二点に よっ てその中
心 を 要 約 する こ と が 充 分に可能で あ る。 ・厳
密な意 味で の 人権 思 想と は ヨ ー ロ ッ パ の 十八 世紀 頃に成 立 したの で あ る 。 その 意 味 では普遍性を主張 し て い る人権思 想に は 明確な 歴 史的 限定性が存 在す
るの で あ る。 普遍性 と歴 史性と は 必ず
しも矛盾
する もの で は ない が 、 明確
な歴 史的 限 定性
の ある普 遍宗 教と し て の仏 教 と人 権 思想 と の関連の必 然性 を 一5e6
一(46 > 仏教と人権 と の関 わり合い (モ ン テイロ ) 論じ る場
合
に は、 両 ・者にお け るく歴 史性〉 とく普 遍 性〉の 意眛 を具 体 的に検 討 す る必要が あるよ うに考え られる。 ・日本
の仏教 教
団と宗
学の巾
で 、 あ る一種
の潜在的
な〈反
人権
イデオ ロ ギ ー〉 が存在
する。 〈反 人 権イデ オ ロ ギー〉 とは仏 教と人権 思想の 〈歴 史性〉 と く普 遍 性〉 に対 する具 体 的な再検 討に関 する 最 も重 要な障害の一つ に なっ て い る。 その 具体 例と し て 、人 権 思 想 を人 間の 共1
司性
を崩壊
させ る極端
な個
人主義
と して 見 る〈共
同主義
的偏
見 〉が存
在す
る 。 または 人権
思 想 を西洋 中
心 主義
と見なす こ とに よっ て東 洋 思 想 と し て の 仏教 との 本 質 的な対立を強 調 する く文 化相 対 鹽 主 義 的な偏 見〉 も存 在 する の で ある。 さら に は 、 人権 思 想 を 自然へ の支 配 を め ざす
人 間 中心主 義 と し て 見なす
くエ コ ロ ジ ー的偏
見〉 も存
在す
る の で あ る。 それ らの偏
見は 一種の く潜 在 的な反 人 権イ デ オ ロ ギー〉を形 成 し て い る が 、 こ の イデ オ ロ ギ ーに お け る仏教 と人権
思 想へ の 認識 は 正 しい と は考え ら れない 。 仏 教に関 して い えば、 仏教 は自然との 調 和 を説
くく 東洋
文化
〉 で も なければ 、伝統 共 同体 を自明の もの と見る く 日本 文化〉 に対 し て異 質な もの で あ るが故に、仏教 と人権 思 想との関係 を問 題にす る場 合には それ らの 文 化 的イデオロ ギーか ら明確
に区 別 された く仏 教の 規範
的 内容〉を前 提にす
べ き で あ る。 人権
思想
に関
し て い えば、 そ れ らの批判
にはく自然権
〉を前提
とす
る古 典 的な 人権思想 に対 し て部 分 的に正 しい 指摘が認め られ る が 、こ の 人 権 思想の あ り方は人権 思 想のすべ て で もな ければ 、 今日にお ける その正 当なあ り方で もない 、, 私 見によれ ば、 仏教 と人権 思 想との 真の 対 話とは く仏 教の 規 範 的 内 容〉 と 〈人権の社 会正義モ デル 〉 と の 間の対 話 を意味 する の で あるc 以 上の よ うに仏 教 と人権 思想 との 関連
性 を問 題にする前提
を問題に し た上で は 、次に 、 その 関連の 必 然性を 論 じて お こ う 。仏 教と 人権思 想 との 関連の 必 然性
に関し て 多 くの 論点が存 在 するが、次の 二 点 を以て その中
心 を充分に要
約す
る こ と が で き る。 ・日本の 仏 教 教 団の 現実 的な あ り方か ら数 多 くの 人権 侵 害 事 象や差 別 発 言が生 じ て い る事実か ら出発 すべ きで あ る 。〈差 別 戒 名 〉か ら見 られ る部 落 差 別の 問題 をは じ め と し て女 性 差別 、 民 族差別等と連関する多くの 事 象 が 生 じてい仏教と人権と の 関わ り合い (モ ン テ イロ) (47) るの で あ る。 そ れ らの 羊別
事象
は教 団の 日常の 現場
に限られた もの では な く、曹
洞 宗に おけるく町 田 発 言 〉や真 宗 大 谷派
にお け るく訓 覇 (く るべ )発
言〉 か ら よ く了解
で き る よ うに、教
団の信仰 的
、 思想的
な指導者
か ら も差 別発 言 くり が 多発 し てい るので あ る 。 ・そ れ らの 人権侵害事象
や差
別 発 言の 問題 性は教 団の 側か らの・時 的な対 策に よっ て解 決 しう る
質
の もの で は ない 。 凵本の仏 教教 団に おける差別 問題 を厳
密に分析 し、考 える場 合に は教 団の制 度 と思 想性
に は本 質 的な問題が あ る と 認め ざるをえない 。 それ らの課
題と本質 的
に対
応す
る た め に、仏教
の 思想の中
で く社会
〉 とい う領域
を成立 させ るこ と が 必要 不可 欠の もの と な る。 人権 思 想 と は近 現代 社会
に おい て 差別を考え る最も中心的な前提で あ る が故に 、 現代仏教
の思想に おい て く社会
〉 とい う領 域 を成立 させ るため に人 権 思 想と の対 話は不可 欠の条 件となるよ うに考 えられる。 そ し て 、 こ の 対 話は 、もち ろん、〈仏教の規 範 的 内容 〉とく 人権の 社 会 正義
モ デル 〉との 対話 を意味す
るの で あ る。(
二)
差別 と言葉 〈言 葉 〉とく差 別 〉との 関係 を論 じ、差 別 問題に対 する人権 思想に基づ い た 認 識の 必然性
を了解
させ るため に は 差 別的 言説
をく文化
的 言説
〉とく思想 的 言説
〉とし て区
別す
るこ と が大
切で あ る よ うに考え られる。 な ぜ な らば、 日本の 仏 教 教 団にお け る差 別 発 言の問 題と は〈思 想 的 言 説〉と深 く連 関 し て い る に も 関わ らず、 これ まで の 問題の と ら え方はく文 化 的言 説 〉を 中心と し て い たよ う に考え られるか らで あ る。 こ の 区 別の意 味 を も う少 し説 明 する と 、〈文 化 的 言 説 〉とい うもの は 凵常生活における無反 省 的な言 説で あ り、文 化の構
造に由来
し て い る言 説で ある。 それに対し て 、〈思 想 的 言説
〉とい う もの は あ る特
定の 思 想 的立場、 もし くは、世 界 認 識に基づ い た自覚
的言説で あ る。 文化的
言説
の 多 くは無反 省 的であ り、無 自覚
的で ある とい うこ と は 、我々一人一人の 文化的
形 成 (人間形 成 )の過 程の 中で 当 然の もの と し て、 あた り前の もの と し て身に付
け られて い る性格
の もの で あ るか らである。 すべ ての 文 化 形態では差 別 的 な 構 造が存在 し て お り 、差別 を受けて い る 人 間の 集団 (民 族 ・性 ・身分等 ) が存 在 す る が故に差 別 的 占説とい う もの は必ず文化の 構 造の 中で含ま れて い る。 例え ば、 ブ ラ ジル で は黒 人に対 する厳 しい 人 種 差 別が存 在 する が 故に ブ ラ ジル で生504
(
48
) 仏教と人権と の 関 わ り合い (モ ンテ イロ ) ま れ育っ た 私 が 必 然的に こ の 差 別的 言説を身に付け て 自 己形成 を して い るの で ある。 あ るい は 、 日本では部 落 民に対 する差 別、 在日朝 鮮人に対 する差 別、女 性 差 別 等々様々 な差別 関係が存在 する が故に 日本で生まれ育っ た人、U
本の文 化の中
で 白己形成す
るほ と ん どの人は それらの差 別 的言 説 を当然の こ と で あっ た かの よ う に自己形
成 をす
るの で あ る 。 そ れ らの差 別 言 説 と は 、 も ち ろ ん 、不 変の もの で はあ りえ ない 。 被 差 別者 との出会い によっ て差 別 的 言 説と現 実 との 違い を 自覚 す るこ とが可能であ るし、被
差 別 民の歴 史 を学ぶ ことに よっ てすべ て の差 別の 不合理 的性格
をはっ きりさせ る こ とも充 分に可能
で ある。 その意味
で は 文化 と し て構 造 化 されて い る差 励 的 言説に対 し て 一種の 反 省 的作用 を与
え、差
別の 歴史的形成
を明らか にす
る もの と しての教育
の役割
が大
きい と考
え られる。 こ の よ う な〈 文化
的言 説〉 と は 凵本の 仏 教教 団に お け る差 別 発 言や差 別 事象 と深 く連 関 し て い る こ とはい うまで もない が 、〈思 想 的 言 説〉を中心に し て問題 を考 え るべ き理 由と し て その 自覚 的、反 省 的な性 格 を挙 げた い 。 自覚的
、 反省的
な く思想 的言 説 〉 と は く文 化 的言説
〉の 差 別性
を反省
し、克
服す
る た め に 必要 不可欠
の もの で あ る が 、〈思 想 的言説
〉 その もの は差別 的性格
の も の で ある場 合に は差別 を反 省し、克服 する営み のすべ ては本 質 的に不 可能 と な るの で あ る、、 曹 洞 宗にお け る あの有 名な〈町田発言 〉を具 体例 にすると、世 界宗教者 平和会
議にお け る町
田氏
の発言
と は全 日本仏教 会
を代表す
る 公的
な発言
で あっ た以上、無 意識 的、無 自覚 的な もの で は あ り え ない し、 そ し て 、 日本 国 憲法
に対 する特殊
な理 解を表
明 してい る点に おい て一種
の く思 想 的 言説〉 の性格
を持
っ て い るこ とが明らか で あ る。 さ らに は、 日本国
憲法
及びその根拠
とし て の人 権思 想に対 する町田氏の理解と は完全 に 間違っ てい るこ とが発言の 差別 性 を理 解させ る た め の 中心 的な論点となるよ う に考え られる。 な ぜ な らば 、< こ の 部落 問題、 部 落 解放 とい うこ とを理 由に して ですな、 な にか騒 こ う と して い る一部の人 達 は あ る よ うですが 、現 状 に お き ま して は 、 日本の 国の 中 で 差 別 待 遇とい うこ と は 、 全 く あ り ませ ん。 政 府 も して お り ませ ん。 誰 も して お り ま せ ん。 〉 とす る町田氏の 発 言で は人権 ・法律の 原 則 と社 会の具 体 的現 実 を混 同 さ せ 、両 者に対 す る認 識 を誤 ら せ る性 格の もの が は っ きり見 られる か ら で ある。 人 権や 法律の原 則 と は現 実の 差 別 性の 認識に山来 し、 差 別 的現実 と闘 うための 法 的な措 置で あ る が 故に、 法 的原 則 と社会
的現 実 を混 同 させ るこ とによっ て現 実社 会にお け るM
別の 存 在 を否 定す
るこ とが最 悪の 差別 イデオ ロ ギーであ るこ と が明 らか で ある。 (現 実 社会に は差 別 や 戦争が若 し存在し な か っ た な らば法 律や 人仏教と 人権との 関わ り合い (モ ンテ イロ ) (
49
) 権の原則は 全 く無用 な もの で あっ た と考え ら れ る が 故 に、法 律と 人権 と は 現実社 会の差 別性 を前提に し て い る反 戦 ・反差別の原 則で ある。) その意味で は 〈町 田 発 言〉 に お け るく思想 的言説
〉 の問
題性
を正 しく認識
し、 〈文化的言説
〉の差
別性 を
反省
し、克 服 す るため に人権思 想 に対 す る的確
な 学びが 不 可 欠の もの と な る 。 人権 思 想 と く仏 教の 規範
的内
容〉 との対 話 と は 日本の仏 教 教 団の差 別 性 を克 服で き る正 しい意味
で の く思 想 的言 説〉の 成立条件
で あ る が故に、 〈思 想 的 言 説〉 を 反 省 しない で、問題に しない 差 別 問 題に対す
る対策
的なと ら え方は本質的
に無
力な もの で あ るように考え られる。(
三)
人権 思 想の本 質 人権 思 想の本 質 を明らか にする こ とに際 し て 、幾つ か の 前提 を明らか にする こ と に よっ て人 権 思 想に対 す る誤 解 を克
服す
る必要
が あ る よ うに考
え られ る。 それ らの誤解
の中
で人権
を人 を思い や る心や人を大切
にす
る心の よ う な情緒
的 な もの と して見る強い傾向
が存
在 す る。 こ の傾 向に対 し て 、人権 思 想と は政 治 社会 を構 成 する原則である こ とを明 確にする必要が ある。 人 を思い や る心や人 を大 切にする心の重 要 性 を否 定す る意味で は決 して ない が 、 人権
思 想 と は 別の 次元におい て、つ まり 、政治社会 を構成 す
る原則
と して問
題にす
る必要
が あ る と考えて よい 。 その中
で明 らか にすべ きもう一つ の大 切な点が ある。 つ ま り、 人権の 概 念 とは人 間に限 定 された もの で あるの で く 自然〉やく動 植物
〉 を含ん でい ない とい うこ とである。 それは自然に対 す
る人間
の支配 を肯定す
る発想
よ りも政 治社
会の構成員
に な る能 力
、 つ ま り、 〈社会契
約〉を結ぶ 能 力とい うも の は人 間に限 定 されてい るこ とを意 味す
るの で あ る 。 その限
定に おい ての み に し て人権
思想
は一種
の 人間中
心主義
で あ る と考
えて もよ ろしい 。以 上の よ うな
論点 を
明確
に した 上で は、 次に 、 人権 思想へ の 了解の 中心 的な 論点、 つ まり、人 権 思 想の原 理 的 普 遍性 と歴 史 的 限 定性の問 題に 入 っ てお こ う。 厳 密な意 味で の 人権 思想 と はい わゆ る く普 遍 宗 教〉 と本 質 的に類 似 し て い るに も関 わらず
、 ヨ ーロ ッパ の 十八世紀 頃に初めて成 立 した こと が間 違い の ない 事 実 で あ る。 そ うな ら ば 、こ の歴 史的 限定性の あ る人権思想はい か に し て普 遍 的 c2) で あ りう るの か とい うこ と が次の問
題と な る。 この閊
題の本質
を明 らか にす
る た め に、伝統 社 会 と現 代社 会に お け る〈人間の尊厳
〉の 意昧 を明 らか にす
る 必 要が あるよう に考 え られる。 共 通の文 化や共 通の伝 統 に よっ て成立 し て い る伝 統 社会
は、 その 差 別 性と閉鎖性 に も関 わらず 個 人の 尊厳 をそ れな りに守る装 置 一502
一(50 ) 仏教と人権と の関 わり合い (モ ンテイロ ) を持 っ てい たこ と が明ら か で ある。 つ ま り、有機 体 的な構 造の あっ た それら の 社 会で は個 人 を生まれなが ら に し て の 身 分や役 割に よっ て位 置 付け られて い た 点に よっ て本 質 的な差別
性
が存 在 し て い た が 、 その限
定内
に おい て個
人の尊巌
を守
る な ん らか の装
置 を持
っ てい た こ とも明 らか で あ るv けれど も、暴
力の 手 段 を独 占し て い る近代 国家と今日の経 済の グ ロ ーバ ル化に その帰 結 を持っ て い る資 本主 義 経 済の 世 界 化に よっ て 、 そ れ らの 伝統 共 同体は崩壊
し て い るが故に伝統 共同体
の手段
に よっ て個
人の尊厳
を守
るこ と が本質 的
に不
可能
で あ る と考
{3) えて よい .、 分か りやす
くい えば、伝統 共
同体
が崩壊
しつ つ あ る今
日に おい ては 人権 思想 以 外に個人の 尊厳 を守るこ と が不 可 能で あ る点に おい て 人権思想が普 遍 的で あると考え て よい 。 近 現 代の社 会 を美 化 する必要は ない が、こ の社 会の矛盾
を克
服 し、諸個
人の尊厳
を守
るこ とには人権
の原則
に基づい て伝統社会
か ら切 り離 され た諸個
人 を新 しい 形で 社 会の 中で位置付け る必要が あ る と考 え ら れる. な ぜ な らば 、近現代の 社 会にお い て伝 統 共 同体へ の回 帰は本 質 的に不 可 能で あ る以 上、人 権の 原則に基づ い た新しい 社 会 的 位 置付け を構成 する以 外に道
は ない と考
え るか らで あ るt,今
日の 日本
にお け る外国
人労働者
の 問題か ら考
えてみ る と 、問題の 本質
は非 常に明確
に な る よ う に考え られ る。 今「i
の 「1
本で は数 多 くの外 国 人 労働 者が見られる とい う こ とは、資本 主 義 経 済の グ ロ ーバ ル 化か らもた ら された必 然 的帰 結ではあるの で 、 労 働 者の 一 人 一人の 自由意 志に よっ て成立 し て い る状 況で は全 くない と考えて よい 。 こ の 状 況におい てIl
本に や っ て くる外 国人労働 者は、 日本の伝 統 的、民 族 的な共 同体の メ ンバ ーで は な い 点におい て 日本
の こ の共
同体
との 関 連に おい て彼ら彼 女 らの尊厳
を守 るこ と が本質
的に不 可能な もの で あ る。 同時
に、 日本
に お け る外 国
人労働者
は生 まれ 育ちの 共 同体を離れ て一個人 と し て 日本で生 活 し て い る場 合に おい て も 、少数者
の共同体
に所属
し て い る場合
におい て も、生 まれ育
ちの伝統共 同体
との関
連 に おい て彼
ら彼女
らの尊厳
を守
る こ と が不 可能
な もの と な る の で あ る。具体例
を一つ 出すと、東京で 一人で生 活 し て い る あ る特 定の イ ラ ン人はll
本の伝 統 共 同 体の メ ン バ ーで は ない 以 卜、U
本の こ の 共 同体 との 関連におい て彼の 人 間と し て の 尊厳 を守るこ とが不可能で あるよ う に考えられ る。 同時に、東 京で 一人 暮 らし を し て い る 点 に おい て イス ラ ム 教の 伝 統 共 同体か ら離れて い る が故に生 まれ育
ちの こ の 共 同 体と の 関連に お い て彼の人間と し て の尊厳
を守
るこ と が 同 じような意 眛で不 可 能と な る の で ある。 その意 味で は 、共 同 体か ら切 り離 され た く抽 象 的個 人〉 の概 念に立脚 し た人 権 思想 以外に こ の 人の尊 厳 を守る方 法は仏教と人権との 関わり合い (モ ン テイロ ) (
51
) ないと結 論 し て もよ ろし い。 つ ま り、現 代 社 会におい て伝統 共 同体 との関 連に おい て個
人の尊厳
を守
るこ とが本
質 的に不 可能
である以 上、 〈抽象
的個
人〉の概
念に立脚 し て い る 人権
思想に よっ て個
人 に新 しい 社会
的位 置付
けを与
え る 以外
に個人の 尊厳
を守る方法
は ない と結 論 し て も よ ろ しい c その 意味
で は 人権思 想には一種の 普遍性が認め られる。 以上 を明 らか に した上で は、 次に、 人権 思 想 その もの を明 らかに し て お こ う。 人権 思想 を問題にする こ とに際 し て 、次の 二 点に注 目する必要が ある。 その .一一 つ は、人権 思 想の一般 的な規 定が成 立 し て い るに も関 わらず、人 権の 意 味と内容
に対
して対
立 して い る多
くの異
な っ た見解
が存在す
る とい うこ とで あ る。例
え ば、 人権の 【E
当化 根 拠に対 するく 自然 権モ デル 〉 とく社 会正義
モ デル 〉との 対 立や人権の内 容と し てい わゆ る〈社 会権 〉 が認め られるか どうか等の対 立が c4)存在す
る。 その 意味
では 、 人権
思想を学
ぶ過
程の中
に は そ れ らの論
点の 意味
を 正確
に考
え るこ と が極
めて大切
な こ とで あ る。 もう 一つ は 、今
日の く世界
人権
宣言〉に お け る 人権
思想は西洋 中
心的で、 極 端な個人主義
を前提
に し て い るく 自然権 〉的な人 権思 想 と本 質 的に異なっ て い る の で ある。 な ぜ な らば、< 世 界 人権
宣 言〉の 形 成過 程で は中国
や イラ ン の学
者の よう な非西洋
世界
か らの発言
に は重要
な意眛
が あっ た し、 そ して 、 人権
の内容
の 一つ と してい わゆ る く社会
(5) 権〉が明確な形で認め られてい るか らで あ る。 つ ま り、 十八世 紀 頃の ヨ ーロ ッ パ に限 定 された古 典 的な人 権 思 想の 欠 陥が部 分 的に克 服 されてい る の で ある。 その意 昧で は 、人 権思 想とい う もの は不変 的 な性格
を有 し てい るもの ではな く、 歴 史的過 程の 中で幾つ かの 新しい展開 を示 し て い るし、 そ し て 、未
来におい て も新 しい展
開を示す
であ ろ う。 けれ ど も、 人権
思想は不 変の もの で は ない とい うこ と は その中身 を無節操
に変
えて もよい こ とを意味
する の で は ない 。 現 実 的 な 必 然性が あっ て、 人権思 想の 本 質 的な論点 を厳 密にふ ま え た議 論の み に おい て人権 思 想の改 変が認め られる の で ある。 人権 思 想に は 多 くの論 点が存 在 する が 、 〈人権の 主 体〉、 〈人権の 正 当化根 拠 〉 と く 人権の 内容 〉の 三つ は そ の 中 く6 ) 心 を なし て い るの で あ る。 〈人権の 主体〉と は、 権利の 主体 をく抽 象 的個人 〉 に限定すべ き なの か 、 集団等の 権利 を 人権と し て認めて も よい か ど うか 等の 問 題 を中
心 に し て い る論 点で あ る。 〈 人権
の 正当化根拠
〉 とい う もの は 、 人権
を 成 立せ しめ る根 拠 を問題にする論 点で あ るe つ ま り 、 人権と は非 社 会 的、普 遍 的な人間の 本性に よっ て根拠 付け られ るの か 、 民主 主 義 的な政 治 共 同 体によっ て根 拠 付 けられ るの か とい う問 題で あ るc, こ の 論 点 は、 また、 〈 白然権
モ デ500
(
52
) 仏 教と 人権との 関 わ り合い (モ ン テ イロ ) ル 〉とく社 会正義モ デル 〉 の 対立 を中心 に し て い る点に お い て人 権 思想の哲 学 的、論 理 的な根 拠 付けと一番 深 く連 関し て い るの であ る。 〈 人権の 内容 〉 とい うもの は 、人権と はい わゆ るく 自由権
〉 (信教の 自由 、表現の 自由 、学問の 自由等) に限 定 すべ き なの か、い わ ゆ るく社 会 権 〉 依 食住の権 利 、生活 する権利) を も 含むべ き なの か 、 ま た は 、〈 自 中権〉 と〈社 会 権〉 の 二 つ 以外に認め るべ き権 利 が存在
す るか ど うか等の 問題 領 域 と関連
する論 点で あ る。 こ の 論 点は今 凵の 国 際 人権に対する論 争の 中心になっ て い る が 、 その意 味 を 了解す
る た め に く正 当 化根 拠〉の 論 点との 連 関性
におい て考
え る必要
が あ る よ う に考
え られ る。 こ の 三つ の論点 を詳
し く問題にする と次
の よ うになる。(
A )
〈 人 権の主 体〉 一人権 思想の ほ と ん どの 形 態で は共 同 体か ら切 り離 され たく抽 象 的個 人〉が権 利の主 体 と なっ てい る。 但 し、集 団 等の権 利は く人権〉 と し て 認め るべ き と主張
す
るい わ ゆ る 〈第三世 代人権
論〉 が代表
的な [7l例外
と な る。世
界で は被抑
圧民 族の よ う な厳
しい抑
圧 を受
けて い る多 くの 集 団が存 在 する が故に こ の 主 張には一定の 正 当性が認め られるs けれど も、 人 権 思想 とい うもの は 伝統 共 同体か ら切 り離 された個 人の 尊厳 を守るた め にあ る概 念で あ ることを∫解 し たL
で は集団の 権利 を 人権と して 認 め ること が困難で あ る。 つ ま り、
集
団特
有の権利
は認
め るべ きもの で あ る が、 一応 、 人
権
と別の 領域
に おい て位 置 付け るべ きで あ る と考え られる。 〈抽 象 的個 人〉の 概 念 を人権の主 体 とする こ とは極 端な個 人 主 義に導きやすい の で は ない か とい う恐 れが あるが、 それは必 然 的な帰 結と考え られ ない ,, なぜ ならば 、〈抽 象 的個 人〉 を非 社 会 的な もの と し て了
解す
る〈自然権
モ デル 〉 で は個 人 主 義 的な帰 結が必 然 的に 出て くるが 、〈抽 象 的個人 〉の
概
念 を政 治 社 会に お け る位 置 付 けに お い て 了解 するく 社 会正 義モ デル 〉 か らみ ればそれは必 然 的帰 結 と は考え られな い 。 けれども、こ の 問題は く人 権の 主 体 〉と関連 する議 論 よ りも、〈人 権の正 当化根 拠〉 と本 質 的に関連 す る 議 論で あ る。 つ まり、 〈抽 象 的 個 人 〉の概 念に対 する了 解の 仕 方は く人 権 の 主 体 〉 よ り も、〈人権の IE当化 根 拠〉の 問題 とし て 了 解 すべ きもの で あ る。 (B
)〈 人権の正 当化 根 拠〉一 こ の 問 題 領 域の 意 味 を正 し く了 解 す る た め に次の 三点に触れ る必
要
が ある よ うに考え られ るn そ の つ は 、 < 人権の 正 当 化 根 拠 〉 に関 す る く 自然 権モ デル 〉 と く社 会正義モ デ ル 〉 との 対立 は 、く仏教と 人権との関わ り合い (モ ンテ イロ) (
53
)自由権
〉 と く社会権
〉 との対 立 とし て混 同 されて、 その真
の意味
が間違
っ て了解 される ところ が多
い 。 こ の 二 つ の 思想 対 立 との 間に深い 連 関性が存 在 する に も関 わらず異 なっ た問題 領 域に属し て い るの で あ る。確
か に 自然 権 論者の 中で く 自由権 〉を絶 対化
し、 〈社会権
〉 を否
定す
る強
い傾 向
が存
在 す
るの で あ る。 同 時に、 〈社 会正義モ デル 〉の 論 者に はく社会権
〉を強 調す
る発想 が 見られ るが、 これは絶 対 的、本 質 的な対立 なの で は ない 。 そ の具体 例 と し て 、 〈社会権
〉をく自然権
〉の 中で位 置 付け る〈自然権 〉論 {81, 者 も存 在 する と共に 〈社会
正義
モ デル 〉の論者
のほ とん どはく自由権
〉を 積 極 的に認めて い るの で あ る。 〈 自 由権 〉 と く社会
権 〉 と は〈 人権の 内 容〉 とい う問題 領 域に属 する問 題で ある こ とに 対し て 、 〈自然 権モ デル 〉 とく社会
正義
モ デル 〉 と はす
べ ての 人権
を成 り立た しめ る根 拠の 問題 領域
に属 するの で あ る。 つ まり、 〈自然権
モ デル 〉 では人間
の本性
と近い 、普
遍 的で 、 非 社 会 的なもの とし て の 〈 自然 権〉が 人権を成 立せ しめ る根拠
と な るこ とに対 し て 、 〈社会
正義
モデル 〉 で は政治社 会
へ の所属
、 また は、 人 間社
会に お け る多様 な、多元 的 な所 属が人権 を成 立せ しめ る根拠
と な る の で あ る 。 もう一つ は、〈 白然 権モ デル 〉 と く社 会正義モ デル 〉と はく抽 象 的個人 〉の概
念 を共
有 してい る が 、 その 理解
の 仕 方によっ て対 立 し て い る の で ある。 〈 自然権モ デル 〉 ではく抽象的個
人 〉の概
念とは先験 的
、 自 然的
な もの と し て 了解 されて い ること に対 して 〈社 会正義
モ デル 〉 で は法 律や政 治 社 会の あ り方 を決 定 する く社 会契 約 〉 に よっ て く抽 象 的個人 〉 の (9]概
念が初
めて成 立す
るの で あ る。 つ ま り 、〈社 会 正義モ デル 〉 に おける く抽 象
的個
人〉 と はく社 会契約
〉 を前提
とす
る後 験 的な概
念で ある。 私に はく社会
iEee モ デル 〉の 正 し さ を考
え させ られ るの は政 治社 会の 成 立 以外 に人権 を根 拠 付 ける こ とが本 質 的に不 可 能で あ る とい うこ とで あ る。 なぜ な らば、 フ ァ シズ ム 的、 全 体 卞義 的な社 会で は人権が存 在 し え ない の で 、 そ の よ うな社 会の lllで く 自然権〉 と し て の人権 を主 張 し てみ て も無 意 味 で ある。 つ まり、 人権の 原 則に立 脚 した 民 主 主義的 な 政 治 共 同 体の 存 在以外 に 人権 を根拠付
け、 実質化す
る 可能性
は ない と考
え て よい 。 最 後にい わな け ればな らない の は 、〈社 会 正 義モ デル 〉 に お い て も伝統 的 共 同 体か ら切 り離
された く抽 象
的個
人 〉 が 権 利の 主 体に な っ て い る の に も関 わらず
、 人権
の こ うし た あ り方で は個 人 をな ん ら か の形で社 会の 中で新 しく位 置付
け る以外に人 権 を実 質化 す る方 法は ない と結 論 し て も よ ろ しい 。 つ ま り 、< 一498
一(
54
) 仏教 と人権 との関 わり合い (モ ンテ イロ 〉社会
正義
モ デル 〉 で は個 人の社 会へ の所 属 と は生ま れ育
ちの 共 同体に限定 CIo) された こ とで もなけれ ば、国 家に一元 化 された こ とで も ない が、 人間が社 会的 存 在 と し て ゴ解されて い るの で あ る ,,〈自由権 〉や〈杜 会 権〉 の よ う な 人権の 内 容 と は く社 会 契 約〉 を結ぶ能 力の ある存 在、社 会 的 存 在と し て の 人間の権利
で あ る が故に政 治社会
との 関連 を抜きに し て は そ れ らの権利 を 正 当化 する可能 性は ない と考 えて も よ ろ しい 。(
C
)
〈人 権の内 容〉一く 自中 権 〉と〈社会権
〉 と は 人権の 中心的な内 容である。 〈 自由
権
〉 とは信教
の自由
、表
現 の 自 由、 思 想や学 問の 白由の ような古
典 的な権
利で あ る。 そ れ らの 権利は個 人の尊厳
を守
るため に あ る だ け で は な く、 民 主主 義 的、 公正 な社 会 を構 成 す るこ とに関 し て本 質的 な もの でもある、, 〈社 会権 〉 とは衣 食住の 権 利、 また は生 活 を
す
る権利
と し て常 識的に定 義 する こ と が許 されるが 、 その
中
で国
家に お け る 正義の 機 能、つ まり 、経 済 分 配の 機 能が 認 め られ るか ど うか が中心的 論 点 とな る。 そ し て 、
今 日におい て は 、
国家 を
超え た国際 社 会に お ける正 義の機 能、 経 済分 配の機 能の 必然性が問題に な りつ つ あ る。 現 在、市場 を
制限 す
る正義
の機能
の成立 に対 し て強 烈に反 対 する傾 向が存 在 するに も関 わ ら
ず
(または、こ うした傾 向が存 在する が故に)、 こ の機 能の 必 然性を 強 く主張 する 必要が あ ると考
えて い る。 な ぜ な らば、無
制限
の市場
経済
と は 必然 的に 貧 困と飢 餓の拡 大につ なが るか らで あ る 。グ ロ ーバ ル 化 されつ つ ある資本 主 義 経 済 を
制限す
る
国
家 及 び国際
社 会に お ける正義の 機 能 を認め ない 限 り、今日の 世界 にお け る貧 困と飢 餓 を解 決 する こ と が本 質 的に不 可能で あ る。 私 に して 見 れ ば 、こ の く社 会 権 〉の 概念 とは 、 凵本にお け る部 落差 別の 問題に関 し て も重
要
で あ る と考 え てい る. な ぜ な ら ば、 部 落 差 別とは単な る差 別 意 識や偏 見の問題 だけでは な く 、 労働 過 程か ら の除 外に よっ て成立する差 別で あるか ら で あ る。 (四 )仏 教 と人権 思 想 との 本
質
的な関連
につ い て 仏 教 と 人権思 想 との 関係 を問題にする場 合に は 、仏教思 想 にお け る一理 論 領 Cll) 域として の く 社 会〉 の形戊
が中
心的な課題 と な るよ うに考えられ る。 こ れ まで の 日木の仏 教 研 究で は差 別 問題 と関
連す
る幾
つ か の テ ーマ が問題と されてい た が 、仏教思 想特 有の 領域と し て 〈社 会〉を問題にする 発 想 は ほ とん ど なか っ た仏 教と 人権との関わ り合い (モ ンテ イロ) (
55
) と考 えてよい 。 具 体 例 を出 すと、 差 別 問題 と深 く関 連 する仏 教 思想の代
表 的な テーマ の 一つ と し て 〈業
〉 ・〈宿 業
〉 の問
題 が挙 げ
られる。仏 教
に お けるく 業 〉思 想の 差 別性を克服 しよ う とし た営み とし て二 つ の あ り方が存 在す
るの で あ る。 その 一つ は 、 〈業〉思想 を信 仰の 自覚 的、 主体 的な作 用と し て 了解 する {12) こ と に よっ て その 差 別性 を克
服 しよ う と した あ り方で あ る。 もう 一つ は 、 差 別 問 題と関連 する く業 〉とは く共 業〉なの で あっ て く不共 業 〉なの で はない こと をは っ き り させ るこ と に よっ て 〈業〉思想の差 別性 を克 服 しようと し た あ り方 [IH) で ある。 〈業〉の 問題 を自覚 的、主 体 的 な形で明らかにするあ り方に は大 きな 意眛
が あ ると考
えてよい が、 この営
みに よっ て仏教
の 思想
に お け る一理論領域
と しての く社会
〉が成立 し え ない の は明らか で あ る。 差 別 問題 と関連
するく 業〉 とは 〈共業 〉なの で あっ て く不 共業 〉なの で はない とい うことを問題にす る営み は 差 別の 社 会 的性格
を明確
に し てい る点に おい て極
めて有 意義
で ある が 、 そ れ だ け で は仏 教に お け る く社 会〉 が 明 らか に し う る と は考 え られ ない 。 差 別問題 と本質的に 連関 する も う一つ の代 表 的なテーマ とし てい わ ゆ るく本 覚 c14) 思想 〉、 ま た はく如 来蔵
思想〉が挙げ
られる。 〈本覚 思 想 〉 ・〈如 来蔵
思 想 〉 に対 する批 判の 中で仏 教における く社 会 〉 とい う領 域の成立及び人権 思 想 との 関 連 付けに関 し て 二 つ の重 要な論 点が明確に なっ た の で あ る。 その 一つ は、< 有 惜 と非 有情
との本質
的な区別 〉 (人 間 と 自 然 との 本質的 な 分離 )で あ る。 こ の論点
に よっ て人間
と自然
との 一体感 を中
心 に し た仏教
理解
が本質的
に克服
され
ただ けでは な く、 仏 教思想に お け る契 約 能力の あ る存在
と し ての 人間が明確
に された点に おい て仏 教 と人権 思 想の 重要な共 通 点 をはっ きりさせ た と考えて よ い 。 も う 一つ は、差 別 を肯 定 す るく社 会 有 機 体 説〉、 もし くは く有 機 体 的 な国 家観
〉 が批判的
に克
服された とい うことであ る。 その 意味
で は〈業
〉思想
の研
究よ り も く本覚思 想 〉 やく如来 蔵思 想 〉の 研 究におい て仏 教 に お け るく社会〉 へ の認識
を大き く前
進させ た が 、 それだ けで は仏教
の思想に お け る 一理論領域
と し ての 〈 社会
〉 が成 立 し た と は考え られ ない 。 仏 教に お け る〈社会
〉 を明 ら か にする色々 な あり方の 可能 性が存 在 するが 、私 は本 論 文に お い て 〈仏 教の 規 範 的 内容〉 とく伝 統 共 同体の イ デ オ ロ ギー と し ての 仏 教〉 との 区別 を中心に し て こ の間 題 を論じたい と考 え てい る。 現 代 社 会におい て崩 壊 しつ つ ある伝 統 共 同 体とは社 会の 秩 序 と自然の 秩 序 を同質の もの とする点におい て一種の 〈社 会 有機 体説 〉に基づ い て お り、 そ し て、 生 まれな が ら に しての 身 分 を肯定 化 し て い た点 に おい て一種 の 差 別 的 共1
司体 で も あっ た と考 えて よい 。 こ の共1
司体の あ496
(
56
) 仏教 と人権 との関 わ り合い (モ ン テイロ ) り方には個人の 尊厳 を守る装 置が存 在 し て い た点におい て 積極 的に評 価 し て も よい 側 面があっ た と し て も、 その現実 的 な差 別 性の 方が重い と考えて よい 。 日 本の仏 教が こ の 共 同体の イデ オ ロ ギーと なっ た こ と によっ て く業 〉や く本覚
思 想 〉等
を以 っ て こ の社会
に お け る差別 を正 当化
し た だ けで は な く、<仏 教の規範
的内容
〉とく伝統
共 同 体の イデ オ ロ ギ ー とし て の仏 教〉を完 全に同一視 し た こ とによ っ て仏教 に お け るく社 会〉を明らか にする問題 意識と能 力 を失っ た と 結 論 し て もよ ろ しい 。 文 化 相 対 主 義に基づ い て 人権 思 想 を西洋 中心 主 義と し て 批 判 し た り 、エ コ ロ ジ ー的な発 想に基づ い て人権思 想を人 間 中心卞義
として否
定 し た りす
る仏教
は く伝統 共同体
の イ デ オロ ギ ー とし て の 仏 教 〉なの で あっ て 、 〈仏 教の 規 範 的 内 容 〉 に立 脚 した仏 教理 解で は ない こ と が 明 ら か で あ る、, 〈仏 教の規 範 的 内容〉を詳 しく論 じるこ と は本 論 文に おい て不 可能で あ る の で 、仏 教 と人権 思想 と深 く関 連 する次の 二点におい て問 題の 本質に対しての 次の ような指 摘に とどめ たい 。(
A
)
〈仏
教にお け る抽 象的個
人の概
念 〉一仏 教の 思 想、信
仰 における人 間の本
質
的な規 定 と は国家、 民 族の よ うな限 定性か ら切 り離 されたく抽 象 的個 人 〉 で ある。 仏 教で説か れて い る く六道輪 廻 〉 の 中で は無 常 を観 じ、仏の教え と出会うこ と に よっ て 〈成 仏〉 し た り 、〈往 生 〉 し た り
す
るこ と ができ るの は人 間 だけで あ る 、, その 意
味
で い えば、仏教
は その本質
におい て 一種の 〈人 悶
中
心 主義
〉 で あ る と考えてよ い 。 さ らに い え ば 、無 常 を観 じ、 仏の 教え と出会うこ と がで きる の は民 族や家の一員と し て の人 間なの で は な く、 あ くまで も 一 人の 人間で ある 。 そ し て、 こ の主 張は道 元の 思想にお い て極め て強 い 形で表 され る の で ある。無 常 とい う もの は道元の 思想全般 の 中心的なテーマ で あ る よ うに考え られ る が 、 こ の テ ーマ を徹 底 した よ うに 見 え る十二 巻
本 『
正法
眼蔵
』で は、 人問と し て生 ま れ、 無常 を観じ、 仏の 教 えと出会 う過程 の すべ て は信 仰の 卞体 と し て の く 抽 象 的個人 〉を根 本 o5] 前 提 と し て い るの で あ る。 さ らに い えば、道元 にお け るこ の 無 常の 認 識
は く 国工 大臣 〉 に対 す る批 判 的 相 対 化と本 質 的に 関連 して い る よ うに
考
え られる。 仏 教に おけ る く僧 伽 〉 とい う こ と も、仏 教 とい う杣 象 的理念 をその
根拠
と し て い る く抽 象的
諸個
人〉 の共
同体で ある点に お い て 、 伝統 的 共同体 と全 く異 質の もの で あ る。 (仏教の 〈僧伽〉 で は カ ース ト差 別が本 質 的に否 定 さ れて い た こ と が こ の 問題と深 く連 関 し て い る。) その 意 味で は仏 教 に お け
仏 教と 人権との関わ り合い (モ ンテ イロ〉 (
57
) るく僧伽
〉 は 、 ある 一種の抽 象 的理 念にお い て伝統共
同体
か ら切
り離
され
た諸個人 を新
しい形
で社 会的
に位置付
けて い る点におい て 人権
思想と本 質 くユ61 的に類似
してい るの で あ る 。 (B
)〈仏 教 における人権
の 正 当化根拠
〉一 〈伝統 共
同体
の イデオ ロ ギーと して の
仏教
〉 で は政 治共
同体 と し て の 国 家は自然の 諸現 象と同質
の 不変の も の で あ り 、 .桶 の 〈社 会有 機 体 説〉 で ある こ と が明らか で ある。 こ の 国家観
を以 っ て人権
を正 当 化す
るこ とは本 質 的に不 可 能で あ る よ うに考 え られる。 けれ ど も、 〈
仏教
の規 範的内容
〉 に よっ て 明らか に された政 治共
同体と し て の 国家の 形 成 と は、 あ る
種
の く社会契約説
〉に基づい てい る 人為 {17 )的な もの で ある。 仏教 特有の く社
会契
約 説 〉 で は国家
と自
然の諸
現象
が明確
に区別 されてい るだ けで はな く、 国 家は不 変の もの で はあ りえ ない と結 論 して も よ ろ しい 。 その意 味で は 、仏 教の 国家 観は く人権の正 当 化根 拠 〉と本
質
的な関係 を持ち う るの で あ る。 さ ら に は 、仏教の思想で は〈 自然権モデル 〉 に見られる よ う な 人
間
の本性
と近
い性格
の ものが認
め られない と c18)考え られるが故に 、仏 教の こ うした国家 観はく社
会
正義
モ デル 〉 に お け る o9) 人権の正 当 化と強い 関 連 を持 ちうる の で ある。 仏 教の 国 家観 は、 ま た 、人権
の内容
と深 く連関す
る側
面 を持
っ て い る。 な ぜ な らば、 『長 阿 含』
の「
転輪
聖王修 行経」
で は 〈業
〉 ・〈宿業
〉 を以っ て社会
の不平等
を正当 化する発 想が 全 く不
在
で あ る だ けで は な く、経 済 上の 分 配、経 済 的な正 義の (2e)機 能は国家の存 在理由と し て 了 解 されてい る と認めて も よ ろ しい 。 その 意
味で は 、原 始仏 教にはく社 会権 〉を根 拠 付 ける強い 発 想が
存在
する よ う に考
え られる。 結 論的に い え ば 、仏教の 国家 観は く 人権の正 当化 根 拠〉 とく 人権の 内容 〉の 両方と本 質 的に 関連し う ると考えて も よろ しい 。仏
教と人権
思 想と は 、もち ろん、同じもの で は あ りえ ない が、 両者と の 問に 本 質 的な関連 性 が認め られる 。 〈人 権の主 体 〉 に 関 し て い えば 、仏 教の く僧 伽 〉 にお ける個 人 とは世 俗社 会に おい て具 体 的に位 置 付け られた もの では ない 点に おい て 一種の 限 界性 を持っ て い る が 、〈抽 象 的個人 〉 の概
念その もの は充 分 に成立 し て い るの で あ る。 〈人権の 正 当化根 拠〉に 関 し てい えば、仏 教の 国 家 観は く社会
正義
モ デル 〉 に基づ い た 人権
の正 当 化に強い根
拠 を与 え る こ と が で き る と考え られ る 。 そ し て 、〈 人権の 内容〉 に 関 し て い えば 、仏 教 に お け 一一494
(
58
) 仏 教 と 人権との 関わ り合い (モ ン テ イロ 〉 るく 自由 権 〉の位
置付
け に は ・定の あい まい さ が感 じ られ る。 に の 点は く僧 伽 〉 を 中 心に した〈抽 象 的 個人〉の確立と連 関 し て い るよう に 見 え る)が、< 社会
権 〉と連関 する発想は極め て具 体 的で あ るr/その意味
で は、仏教
と 人権
思想 と の対 話に よっ て仏 教 思 想に お け るく社 会〉 とい う理 論 領 域 を形 成 し、仏 教 特有 の人権思 想を牛 み山す こ と が充 分 に 可能で あ る と結 論 し て も よ ろ しい 。(
五)
結語 現代 社 会に お ける伝統 共 同体の 崩壊 と は差 別 問題 に対 する批
判
意識 を 強 め 、 人権 思 想と仏 教 との対 話による理 論 領域 とし て の 〈
社会
〉の形成
及び 仏教 特 有の人権
思想の成 立に対
し て の強
い契機
で は あ りえ る。 伝 統 共 同体へ の回帰の 夢 をはっ き り と破 棄 し、 仏 教 特 有の 人権思 想 の形 成を ふ ま え た社 会 実践 に生 き る こ と は 、今
日に お け る仏教 者
の生 き様で あ り、 僧 侶 とし て の 使 命で あ る よ う に考
え られ るc 【註】 (1)〈 町 田 発 言〉に関 し て 、 「曹 洞 宗報 』、1983
年 、573
号 を参 照。 こ の 発言 に対する 思 想 的検 討とし て、袴 谷憲 昭 「差別事象を生み出し た思想的背景に関する私 見」、 『本覚思 想批判」、 大蔵出版、1989
年 、134
−158
頁 を参 照されたい 。 〈訓 覇差別 発 言〉 に関し て 、真 宗 大 谷派1
司和推 進本 部 研究 紀 要 「身同 』、第 10号、1990
年 を 参 照。 こ の 発言に 対する 思 想的検 討と し て、ジ ョ アキン ・モ ン テ イロ 「曽我教 学批 判 と し て形成する批 判教 学」、 同朋 学 園佛 教 文 化研 究所 紀 要 、第13
号 、19911F
、111
−126
頁 を是非と も参 照されたい 。(
2
) こ の間題につ い て 、Jack Donne 】ly,‘℃ultural
Relativism
andUniversa
⊥Human
Rights1
’,U111versal
H
anRights
In
Theory
And
Practice
,Cornel1
University Press ,1989 ,P .109 ,
124
(以 卜、Universal
Rights
と略 す)を参照 。(3)こ の 問 題 につ いて 、
Jack
Donnelly
,Non
−Western
CollceptioIls
Of
Human Rights ,
Univerg
. alRights
,P
.49
,65
を 参 照、, (4
)こ の 問 題につ い て 、 寿 台順 誠 『世 界人権 宣 言の研 究 一宣 言の歴 史と哲 学』、日本 図 書刊行会 、2000
年12
月10
日 を参照、 (以下 、 『宣 言』と略す ) (5
>こ の 問 題につ い て 、『宣 葺』を参照 された い 。 (6
)こ の 問 題につ いて 、「宣 言』を 参 照r(
7
)こ の 問 題 につ い て、Humall
Rights
,Group
Rights
, And Cult,ura/Rights ,UIliversal
Rlghts
,P
,143
,
160
を参照。(
8
) その 具 体 例 とし て 、Jaek
Dom
/elly, Uiiiversal Rights を参!1
煢されたい .仏教と人権との関 わ り合い (モ ンテ イロ ) (
59
)(
10
)こ の 問題につ い て、 「宣 言」 を参照。(
11
)こ の 問 題 につ い て 、Buddhisln
And
Human
Rights
,
Curzon
,1998
,Edited
by
Damien
U
,Keown ,Gharles
・Prebish
, WayneR
Husted
を参照。 (12
)こ の問 題 につ い て は、「『修 証義』 布教の た めの ガ イ ドブ ッ ク」、曹 洞宗 宗務庁 、1989
、65
−90
頁 、及 び西田真 因、 「信 仰言 語とし て の 宿業一歎異 抄 第 十三条 を中 心 とし て」、教化 研究、1988
年 、21− 85頁を参 照。 (13
)こ の あり方の具体例とし て、 「「業 ・宿業」 研修資料一御 同朋の社会をめ ざし て」、浄ll
真宗本 願寺 派 、1992
年 、57
−110
頁 を参照。 (14
)〈本 覚思想〉の 問 題 に 関 し て、袴 谷憲 昭 『本覚思 想批判』、 大蔵 出版、1989
年を 参照。 〈如来 藏思想〉 の 問題に対し て 、 松本 史朗 『縁起と空 一如 来 藏思 想批 判』 、 大蔵 出版、1989
年 を参照 されたい e, (15)この 問 題 につ い て 、十二巻 『正法 眼蔵』、「禹家功 徳 」、日 本 思 想 大系13
、下、314
頁を 参 照。(
16
)こ の 問 題につ い て は 、UmaChakravarti
, TheSocial
Dimensions
Of
Early
Buddhism
,Oxford
University
Press
,1987
,P
.7
,
64
を参照。(
17
)仏教にお ける く社 会契約 説〉 につ い て は、 中村 元 『宗教 と社 会倫 理』、岩 波書店 、1959
年 、及びDavid J. Kalupahana, Ethics In
Early
Buddhism
,University
Of
Hawaji
Press
,1995
,P
.113
,146
を 是 非 と も参 照 さ れ たい 。(
18
)こ の 問題につ い て は、Santipala Stephan Evans, Buddhist Resignation And ;
Human Rights (Freedom Is What
I
Am
),
Buddhism
andHuman
Rights
,Curzon
,
1998
,P
.141
,154
を参 照。 (19
)それらの 問題につ い て 「小 縁経 」か らの次の文 を是 非とも参 照 され たい。 (新国 訳大蔵経 一阿 含 部 一大蔵 出版 一1993
年、253
−255
頁 。 ま た は、 大正蔵、 第 一巻 、38
−B
−C
。 婆悉 P£ よ。 此の 因縁に由っ て 始め て田地の 名の 生ずる有り。 彼の 時に衆生 は別 に封 して、田地に各おの疆畔 を立 て、漸 く盗 心 を 生 じ他の禾 稼 を竊む.其の 余の 衆生 は見己 りて語 りて言わ く。 「汝の 為す 所は非なり。 汝の為 す 所は非なりc、自 ら田地 有 り。 而る に他の物 を取る。 今よ り已 後 、復た爾るこ と勿れ」と。其の彼 の衆生は猶お盗む こと 己 まず。其の 余の衆生 は復た重 ね て 呵責する も、而 る に猶 お 己 まず 。 便ち 手 を 以 っ て之れ に 加 ねて 、諸 人に告 げて 言 わ く。「此の 人 は 自 ら 田 稼 有 りて 而 も他の物 を 盗 む」と。其の 人 復 た告げ てい わ く。 「此の 人 我 れ を打 つ 」と。時に彼の 衆人 は二 人の諍 う を 見 已っ て 、愁憂 し て悦ばず 、懊悩 し而し て 言 わ く。「衆生は転た悪 く、世 間に乃 ち 此の 不善有 り。穢悪 ・不浄を 生ず. 此 れ は 是 れ 生 老病死の 原な り。煩悩の苦報は 二 悪道に堕 す。 田 地の有る に由っ て 此の 諍 訟 を 致す。 今は寧ろ一人 を 立て て主 と為 し、以っ て之れ を治理す 可し。 護る可 き者 は 護 り、責 む 可 き 者 は責め、衆の 共に米を減 じ て以っ て 之 れ に供給し、諍 訟 を 理 め し め ん」と。時 に 彼の 衆中に 自ら一人の形 体の長 大 、顔 貌の端正に し て威492
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