『
正
法
眼
蔵
』撰
述
に
お
い
特
に
十
二
巻
本
と
鎌
倉
教
化
と
の接
点
にお
いて
て
道
元
禅
師
の
探
求
さ
れ
続
け
た
こ
と
安
本
岱
隆
道 元 禅 師 が そ の 生 涯 を か け ら れ た の は 、 正 法 を 示す
以外
何も
な い 訳 で あ り 、 探 求 さ れ 続 け た こ と も 、 つ ま り は 正 法 以 外 に は な い 。 し か し 、 そ の 正 法 の 内 容 と な る と 一 概 に は 言 え な い も の が あ り 、 そ こ に 道 元 禅 師 が 何 を 求 め ら れ て い た か を 考 え る 余 地 が 残 さ れ て い る 。 筆 者 は か ね て よ り 「 業 」 ・ 「 因 果 」 と い っ た 方 面 よ り道
元 禅 師 の 正 法 に 肉 薄 し よ う と 試 み て い る 。 そ れ に は そ れ な り の 理 由 が 存 す る 。 と 言 う の は、 道 元禅
師 が 鎌 倉教
化 よ り帰
山 し て 直後
の 上 堂 法 語 が存
在 す る か ら な の で あ る 。 こ の 法語
は 夙 に 知 ら れ て い る が 、先
ず
挙 げ て み よ う 。 宝 治 二 年 〈 戊 申 〉 三 月 十 四 日 の 上 堂 。 云 く 。 山 僧、 昨 年 八 月 初 三 の 日 、 山 を 出 で て 相 州 鎌 倉 郡 に 赴 き 、 檀 那 俗 弟 子 の た め に 説 法 す 。 今 年 今 月 昨 日 寺 に 帰 っ て 、 今 朝 、 陞 座 す 。 こ の 一 段 の 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 二 十 三 號 卒 成 四 年 十 月 事 、 あ る い は 人 あ っ て 疑 著 す 。 幾 許 の 山 川 を 渉 り て 、 俗 弟 子 の た め に 説 法 す る 、 俗 を 重 ん じ 、 僧 を 軽 ん ず る に 似 た り と 。 ま た 疑 う、 未 だ 曽 て 説 か ざ る 底 法 、 未 だ 曽 て 聞 か ざ る 底 法 あ り や と 。 然 れ ど も 都 て 未 だ 曽 て 説 か ざ る 底 法、 未 だ 曽 て 聞 か ざ る 底 法 な し 。 た だ 他 の た め に 、 修 善 の も の は 昇 り 、 造 悪 の も の は 堕 つ 、 修 因 感 果、 墫 を 抛 つ て 玉 を 引 く と 、 説 く の み 。 … … 以 下 略 … … ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 三 、 二 五 一 番 ( 春 秋 社 刊 『 道 元 禅 師 全 集 』 三 、 四 巻 に 付 さ れ た 番 号 に よ る 。 以 下 同 じ 。 ) ) こ の 鎌 倉 教 化 以降
、 道 元禅
師 の 仏 法 に 変 化 が存
す る とす
る 意 見 は 多 く、筆
者 も そ の よ う に 思 う の で あ る 。 た だ そ の変
化 の 要 因 が 何 れ に あ る か は 意 見 の 別 れ る と こ ろ で あ ろ う 。 先 の 上 堂 法 語 に お い て道
元 禅 師 は 「 修 善 の も の は 昇 り 、 造 悪 の も の は 堕 つ 、 修 因感
果
」 と 述 べ ら れ て い る 。 こ の 言葉
に 筆 者 は 注 目 す べ き で あ る と 考 え る 。 と 言 う の は こ の 上 堂 語 以 二 九 九『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 後 「 業 」 ・ 「 因 果 」 に 関 す る 上 堂 語 が
多
く 見 受 け ら れ る か ら で あ る 。 こ の 上 堂 語 以 前 に そ れ ら の こ と に 触 れ る 上 堂 語 は 上 堂 。 百 丈 野 狐 の 話 を 挙 し 了 り て 云 く 、 将 為 え ら く 、 胡 鬚 赤 し と 、 希 に 赤 纉 の 胡 あ り 。 不 落 と 不 昧 と 、 因 果 さ ら に 因 果 な り 。 諸 人 因 を 知 り 果 を 識 ら ん と 要 す 也 無 。 払 子 を 挙 し て 云 く 、 看 よ 看 よ 、 因 果 歴 然 た り 。 払 子 を 擲 下 し て 下 座 す 。 ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 一 、 六 二 番 ) が 唯 一 と い つ て 良 か ろ う が 、 非 常 に 簡 潔 ・抽
象 的 で 解 り に く く な つ て い る 。 と こ ろ が 先 の 宝 治 二 年 の 上 堂 語 以 降 を 見 て い く と ど う で あ ろ う か 。 上 堂 。 古 仏 云 く 、 「 双 樹 に 滅 を 示 し て よ り 、 八 百 余 年 。 世 界 丘 墟 、 樹 木 枯 悴 す 。 人 に 至 信 な く、 正 念 軽 微 な り 。 真 如 を 信 ぜ ず 、 た だ 神 力 を 愛 す 」 と 。 何 に 況 や 、 今 時 は 双 樹 に 滅 を 示 し て よ り 後 、 己 に 二 千 二 百 歳 を 経 た り 。 明 ら か に 知 り ぬ、 人 に 至 信 な く 、 正 念 軽 微 な る こ と を 。 仏 法 を 学 す る 人 、 も し 至 信 正 念 な く ば 、 必 ず 因 果 を 撥 無 せ ん 。 古 者 道 く 、 「 因 円 か に し て 果 満 ち 、 正 覚 を 成 ず 」 と 。 且 く 道 え 、 大 衆、 永 平 門 下 、 仏 法 の 因 果、 如 何 が 批 判 せ ん 。 還 た 委 悉 せ ん と 要 す や 。 良 久 し て 云 く、 霊 山 の 拈 華 や 、 慈 悲 落 草 。 石 鞏 の 彎 弓 や、 習 気 な お 存 す 。 ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 五 、 三 八 六 番 ) ・…
・ 前 略 … : ・ 爾 の 時 世 尊 、 諸 の 比 丘 に 告 げ た ま う 、 「 悪 あ れ ぽ 罪 あ り 、 善 悪 の 行 み な 報 応 あ り。 も し 提 婆 達 兜 愚 人 、 善 悪 の 報 い の あ る こ と を 知 ら ば 、 便 ち 当 に 枯 竭 愁 憂 し て 楽 し ま ず 。 沸 血 便 ち 面 孔 よ り 出 づ ぺ し 。 彼 の 提 婆 達 兜 善 悪 の 報 い を 知 ら ざ る 三 〇 〇 を も っ て 、 こ の 故 に 大 衆 の 中 に あ っ て こ の 説 を 作 す 、 『 善 悪 の 報 い な し 、 悪 を な す に 殃 な し 、 善 を 作 に 福 な し 』 と L 。 爾 の 時 世 尊 、 便 ち こ の 偈 を 説 き た ま う 、 『 愚 者 は 審 ら か に 自 ら 明 す、 悪 を な す に 報 い あ る こ と な し と 。 我 、 今 、 予 め 善 悪 の 報 応 を 了 知 す 。 』 か く の ご と く 諸 比 丘 、 当 に 悪 を 遠 離 す べ し 、 福 を な す に 倦 む こ と な か れ 。 諸 比 丘 、 当 に こ の 学 を 作 す ぺ し 」 と 。 爾 の 時 諸 の 比 丘、 仏 の 所 説 を 聞 い て 歓 喜 奉 行 せ り 。 世 尊 ま た 諸 の 比 丘 に 告 げ た ま う 、 「 提 婆 達 兜 は 五 逆 の 悪 を 起 こ し 、 身 壊 し て 命 終 っ て、 摩 訶 阿 鼻 地 獄 の 中 に 生 ず 」 と 。 こ れ を も っ て 当 に 知 る ぺ し 、 邪 見 な か ら ん と 要 せ ば 道 う こ と な か れ 謂 う こ と な か れ 、 善 悪 の 報 応 な し、 何 れ の と こ ろ に 悪 あ り や、 悪 は 何 く よ り 生 ず る や 、 誰 か こ の 悪 を 作 し て 当 に そ の 報 い を 受 く べ き と 。 も し 恁 麿 道 わ ば 、 す な わ ち 邪 見 な り 、 必 ず 仏 法 の 身 心 を 断 絶 せ し む る な り 。 も し 仏 法 の 身 心 を 断 絶 せ ば、 仏 祖 の 坐 禅 弁 道 を 得 ざ る な り。 先 師 天 童 道 く、 「 参 禅 は 身 心 脱 落 な り 」 と 。 既 に 身 心 脱 落 を 得 た り 、 必 ず 邪 見 ・ 著 味 ・ 翳 慢 な し 。 祈 禳、 祈 薦 。 ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 六、 四 三 七 番 ) 上 堂 。 云 く 。 そ れ 仏 祖 の 児 孫 、 必 定 し て 仏 祖 の 大 道 を 単 伝 す 。 我 が 仏 如 来 言 く 、 「 仮 令 い 百 劫 を 経 る と も 、 所 作 の 業 亡 ぜ ず、 因 縁 会 い 遇 う 時 、 果 報 い 還 っ て 自 ら 受 く 」 と 。 第 十 九 祖 鳩 摩 羅 多 尊 者 、 閣 夜 多 尊 者 に 示 し て 曰 く 、 「 且 く 善 悪 の 報 い に 三 時 あ り 。 凡 そ 人 は た だ 仁 は 夭 、 暴 は 寿 、 逆 は 吉 、 義 は 凶 を 見 て、 便 ち 因 果 亡 く 、 罪 福 虚 し と 謂 え り 。 影 と 響 の 相 随 う こ と 毫 釐 も 志 う こ と 廉 く 、 縦 い 百 千 劫 を 経 る と も ま た 磨 滅 せ ざ る こ とを 知 ら ず 」 と 。 仏 祖 の 道 は か く の ご と し 。 仏 祖 の 児 孫 、 直 須 骨 に 刻 み 肌 に 銘 ず べ き の み 。 外 道 六 師 の 中 の 第 一 富 蘭 那 迦 葉 、 諸 弟 子 の た め に か く の ご と き の 言 を 説 く 、 「 黒 業 あ る こ と な く 、 黒 業 の 報 い な し 。 白 業 あ る こ と な く 、 白 業 の 報 い な し 。 黒 白 業 な く 黒 白 業 の 報 い な し 。 上 業 及 以 下 業 あ る こ と な し 」 と 。 第 六 尼 乾 多 若 提 子、 諸 弟 子 の た め に か く の ご と き の 言 を 説 く 、 「 悪 な く 善 な く、 父 な く 母 な く 、 今 世 な く 後 世 な く 阿 羅 漢 な く 修 道 な し 。 一 切 衆 生 、 八 万 劫 を 経 て 、 生 死 の 輸 に お い て 自 然 に 解 脱 す 。 有 罪 無 罪、 悉 く ま た か く の ご と し 」 と 。 明 ら か に 知 り ぬ 、 仏 祖 の 所 説 と 外 道 の 邪 見 と 、 終 に 同 ず べ か ら ず 。 謂 く 、 業 報 に 三 種 あ り、 一 に は 現 在 受 業 、 二 に は 生 受 業 、 三 に は 後 受 業 。 こ の 三 種 の 業 、 影 と 響 の 相 随 う が ご と く 、 鏡 を も っ て 像 を 鋳 る に 似 た り 。 ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 七 、 四 八 五 番 ) 上 堂 。 云 く 。 学 道 の 人 、 因 果 を 撥 無 す る こ と を 得 る こ と な か れ 。 因 果 も し 撥 え ば、 修 証 終 に 乖 く 。 百 丈 野 狐 の 話 を 挙 し 了 り て、 乃 ち 云 く 、 あ る も の 疑 い て 云 く 、 「 野 狐 は こ れ 畜 生、 那 ぞ 五 百 来 生 を 知 る こ と を 得 ん 」 と 。 こ の 疑 い、 も っ と も 愚 な り 。 汝 等 、 須 く 知 る ぺ し、 衆 生 の 類 、 あ る い は 畜、 あ る い は 人 、 生 得 の 宿 通 を 具 す る こ と こ れ あ り 。 あ る い は 云 く、 「 不 落 ・ 不 昧 は 乃 ち 一 等 な り、 然 れ ど も 、 堕 ・ 脱 は た だ こ れ 自 然 な る の み な り 」 と 。 か く の ご と き の 見 解 は 乃 ち 外 道 な り 。 今 日 永 平 、 一 句 の 後 を 著 け ん 。 も し 不 落 因 果 と 道 わ ば、 必 ず こ れ 撥 無 因 果 、 も し 不 昧 因 果 と 道 わ ぱ、 未 だ 他 の 隣 珍 を 数 う る こ と を 免 れ ず 。 良 久 し て 云 く 、 多 歳 住 山 す 烏 抂 杖、 竜 と 作 り て 、 一 旦 、 風 雷 を 起 『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) こ す 。 ( 『 道 元 禅 郎 和 尚 広 録 』 第 七 、 五 噌
O
番 ) な ど が 先 ず挙
げ
る こ と が でき
よ う 。 ま た 再 び 第 十 九 祖 鳩 摩 羅 多尊
者 と 第 二 十 祖 闍 夜 多尊
者 と の 問 話 を と り あ げ て ・ … . . ( 前 略 V … … 「 何 ぞ 疑 う に 足 ら ん や 。 且 く 善 悪 の 報 い に 三 時 あ り 。 お よ そ 人 は た だ 仁 あ る も の は 夭 あ り 、 暴 な る も の は 寿 な が し、 逆 は 吉 な り、 義 は 凶 な り と 見 て 、 便 ち 因 果 亡 し . 罪 福 虚 し と 謂 え り 。 殊 に 知 ら ず 、 影 と 響 の 相 随 っ て 毫 釐 も 志 う こ と 靡 く 、 縦 い 百 千 劫 を 経 る と も 、 ま た 磨 減 せ ざ る こ と を 知 ら ず 」 と 。 時 に 闍 夜 多、 こ の 語 を 聞 き 已 り て 頓 に 所 疑 を 釈 き ぬ 。 或 し 人 、 永 平 に 如 何 な ら ん か こ れ 現 報 と 問 わ ば 、 祇 だ 他 に 対 え て 道 う べ し、 現 報 と い う は 乃 ち 蕎 麦 な り 。 或 し 如 何 な ら ん か こ れ 生 報 と 問 う こ と あ ら ば 、 祗 だ 他 に 対 え て 道 う べ し 、 生 報 と い う は 乃 ち 大 麦 な り 。 或 し 人 あ っ て 如 何 な ら ん か こ れ 後 報 と 間 わ ば、 祗 だ 他 に 対 え て 道 う べ し 、 後 報 と い う は 乃 ち 好 堅 樹 な り 。 ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 七、 五 一 七 番 V 右 に 挙 げ た よ う に 、 先 に 挙げ
た第
一 巻 ( 六 二 番 ) の 上 堂 法 語 に 比 較 し て 、 懇 切 ・ 丁 寧 な 上 堂 語 と な つ て い る の が 知 れ よ う 。 鎌 倉教
化 中 に 道 元 禅 師 の 心 中 に 去 来 し た 思 い は な ん で あ つ た の か 、 想 像 す る よ り 致 し方
な い の で あ る が 、 そ の 教 化 中 、 鎌 倉 出 立 直 前 に 書 か れ た と さ れ て い る 『 鎌倉
名
越 白 衣舎
示 三 〇 一『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 誡 』 と 呼 ば れ る 説 示 が 残 さ れ て い る 。 そ の 内 容 は 、 伊 藤
秀
憲 氏 の 解 説 に よ る と 本 文 書 は 宝 慶 寺 ( 福 井 県 大 野 市 ) に 所 蔵 さ れ て お り 、 禅 師 の 自 筆 と さ れ て い る 。 禅 師 が 宝 治 二 年 ( 一 二 四 八 ) 二 月 十 四 日 、 鎌 倉 名 越 の 白 衣 舎 ( 在 家 者 の 住 居 ) に お い て 書 か れ た も の で あ る 。 道 元 禅 師 は 前 年 八 月 三 日 に 永 平 寺 を 出 て 鎌 倉 に 下 向 さ れ 、 宝 治 二 年 三 月 十 三 目 に は 帰 山 さ れ て い る か ら 、 鎌 倉 出 立 直 前 に 書 か れ た も の で あ る 。 内 容 は 『 大 般 涅 槃 経 』 梵 行 品 か ら の 抜 粋 で あ る。 阿 闍 世 王 は、 父 王 を 殺 害 し て 王 位 に つ い た の で あ る が 、 そ の 罪 に 苦 し ん で い た 。 そ の 苦 し み を 癒 す 医 師 を、 六 人 の 大 臣 が 推 薦 す る が 、 そ れ が 六 師 外 道 で あ る 。 本 資 料 は、 六 臣 の 名 を 列 記 し 、 そ の あ と 、 王 の 父 王 殺 し が 罪 に な ら な い こ と を 述 べ た 各 大 臣 の 言 葉 を 、 『 大 般 涅 槃 経 』 よ り 抜 粋 し た も の に す ぎ な い 。 そ れ ぞ れ の 前 に あ る 王 と 大 臣 と の 会 話 も、 後 の 各 大 臣 が 語 る 外 道 の 説 も 省 略 し て い る 。 ( 春 秋 社 刊 『 道 元 禅 師 全 集 』 第 七 巻 ・ 解 題 ) 伊藤
氏 の 解 説 の ご と く 、 道 元 禅 師 の 言 葉 は そ こ に は な い の だ が 、 こ こ で は 寧 ろ 『 大 般 涅 槃 経 』 を 示 さ れ た と い う こ と が 重 大 な の で あ る 。 こ の後
、 道 元 禅 師 は こ の 経 典 を 重 要 視 し て いく
こ と は こ れ か ら 述 べ て い く こ と で あ る が 、 た だ 注 目 の 仕 方 が 、 こ の 『 鎌 倉 名 越 白 衣 舎 示 誠 』 と は 異 な つ て く る 。 と い う の は 、 こ の 『 鎌 倉 名 越 白 衣 舎 示 誠 』 に 引 用 さ れ た 部 分 は 、 ( 阿 閣 世 ) 王 が 父 を 殺 害 し た た め に 、 心 に 悔 熱 を 生 じ 、 そ れ 三 〇 二 が 原 因 で 身 体 全 体 に 瘡 を 生 じ 臭 穢 を 発 し た が 、 名 医 ジ ー ヴ ァ カ ( 耆 婆 ) に 導 か れ て ブ ヅ ダ の 教 え を 仰 ぎ 、 瘡 癒 え て 菩 提 心 を 発 し た と い う 。 親 鸞 は 『 教 行 信 証 』 信 巻 末 に 右 の 記 事 を 長 々 と 引 用 し、 謗 大 乗 ・ 五 逆 罪 ・ 一 闡 提 の 難 治 の 機 の 代 表 と し て 阿 闍 世 王 を あ げ、 も っ て 如 来 の 大 悲 に 背 き つ つ あ る 愚 悪 の 凡 夫 の 救 わ れ ゆ く 姿 を 暗 示 し て い る 。 ( 『 浄 土 三 部 経 』 下 『 観 無 量 寿 経 』 の 註 ) と あ る よ う に 、 阿 闍 世 王 が 中 心 と な っ て 真 実 の 仏 法 に 目 覚 め て い く と い う 内 容 な の であ
る が 、 道 元 禅 師 は 、 そ の 主 著 を 通 じ て 、 阿 闍 世 王 の そ の よ う な 劇 的 改 心 を 取 り 上 げ る こ と も な く、 「謗
大 乗 ・ 五 逆 罪 ・ 一闡
提
の 難 治 の 機 の 代表
と し て 」 は 、 提 婆 達 多 を も っ て そ の 代 表 と さ れ た の で あ り 、 そ の 変 容 は 後 に 述 べ る よ う に 『 大 般 浬 槃 経 』 が基
に な つ て い る と い え よ う 。 そ れ で は 、 何 故 『 謙 倉 名 越 白 衣 舎 示誡
』 に 道 元禅
師 が こ の 箇 所 を 取 り 上 げ た か を 考 え な け れ ば な ら な い の だ が 、 先 の伊
藤 氏 の 解 説 中 に そ れ に つ い て 二 氏 の 解 釈 を 挙 げ て お ら れ る が 、 伊 藤 氏 の 言 わ れ る よ う 「 書 写 の 意 図 は 今 後 の 研 究 課 題 で あ る 。 」 と す る よ り は な さ そ う で あ る 。 こ の箇
所 の 六 師 外 道 の 見 を 『 大 般 浬槃
経 』 よ り 引 か れ て 、 否 定 さ れ て い る 説 示 は 。 先 に 挙 げ た 上 堂 語 に あ る 。 外 道 六 師 の 中 の 第 一 富 蘭 那 迦 葉 、 諸 弟 子 の た め に か く の ご と き の 言 を 説 く 、 「 黒 業 あ る こ と な く 、 黒 業 の 報 い な し。 白 業 あ る こ と な く 、 白 業 の 報 い な し 。 黒 白 業 な く 黒 白 業 の 報 い な し 。上 業 及 以 下 業 あ る こ と な し 」 と 。 第 六 尼 乾 多 若 提 子 、 諸 弟 子 の た め に か く の ご と ぎ の 言 を 説 く 、 「 悪 な く 善 な く 、 父 な く 母 な く 、 今 世 な く 後 世 な く 阿 羅 漢 な く 修 道 な し 。 一 切 衆 生、 八 万 劫 を 経 て 、 生 死 の 輸 に お い て 自 然 に 解 脱 す 。 有 罪 無 罪 、 悉 く ま た か く の ご と し 」 と 。 明 ら か に 知 り ぬ 、 仏 祖 の 所 説 と 外 道 の 邪 見 と 、 終 に 同 ず べ か ら ず ( 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 第 七 、 四 八 五 番 ) こ の 箇 所 を 、 道 元 禅 師 が
掲
げ て 「名
越 白 衣 舎 」 に 示 し て い た な ら 、 六 師外
道
の 肝 腎 の業
に 関 す る 主 張 を 否 定 し え た と い え よ う か 。 し か し 、 こ の こ と に よ っ て、 内 容 の 吟 味 は 別 に 譲 る と し て も 、 道 元 禅 師 が 、 鎌 倉 教 化 と い う こ と を 契 機 と し て 『 大 般 涅槃
経 』 に 注 目 さ れ た と い う こ と が 言 え る の で は な い か 。 四 そ の何
れ に 注 目 さ れ た た め に 何 が 問題
と な っ て く る か と い え ば 、 先 に 名 の み に ふ れ た 提婆
達 多 を め ぐ る 問題
であ
り 、 そ れ は ま た 、 誹謗
大 乗 ・ 五 逆 罪 等 の 最 重 罪 を 犯 し た者
に 対 し て 、 如何
に仏
教 者 と し て 対 処 し て い く か と い う こ と で あ る 。 こ の こ と に つ い て 、 筆 者 は 以 前 に 『 正 法 眼 蔵 』 コ ニ 時 業 」 の る こ と を 巻 に 六 十 巻 本 系 と 十 二 巻 本 系 と が 有 り 、 少 な か ら ず 異 同 が あ 指 摘 し 、 そ の 異 同 の要
因 と な つ た の が 『 大 般 涅 槃 経 』 で は な い か と 結 論 付 け た 。 ( 『 宗 学 研 究 』 第 三 十 二 号 所 収 「 六 十 巻 本 「 三 時 業 」 と 十 二 巻 本 ] 二 時 業 」 の 説 示 差 異 に つ い て 」 ) 『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 『 大 般 浬 槃 経 』 は 「 一 切 衆 生 悉有
仏 性 」 と い う 思 想 を掲
げ て 登 場 し た 経 典 であ
る こ と は よ く 知 ら れ て い る 。 そ れ な ら ば誹
謗 大乗
・ 五 逆 罪等
を 犯 し た 者 、 そ れ ら を 含 め て 、 所 謂 「 一 闡 提 」 の 問 題 は ど う な る の か 。仏
性 が あ る の か ど う か 、 そ れ を 大き
な 問 題 に し て経
は 進 ん で い く の で あ る 。 そ の 変 遷 に つ い て は 、 し ば し ば 取 り 上 げ て 論 じ ら れ る こ と が あ る が 、 そ の代
表 と し て 水谷
幸 正 氏 の 「 一 聞 提 攷 」 ( 『 大 谷 大 学 研 究 紀 要 』 第 四 十 号 ) が 挙 げ ら れ よ う 。 ま た 、 ま と ま っ た 書 と し て は 望 月 良 晃 氏 の 『 大 乗 涅槃
経 の 研 究 』 が 挙 げ ら れ る 。 こ の 書 に は詳
し く 一 闡提
の こ と が取
り 上 げ ら れ て い る 。 こ こ で 、 私 が あ え て 述 ぺ る 迄 も な く 、 特 に 望 月氏
の 研 究書
に は 、 『 大 般 涅槃
経 』 の 掲 げ る 「 一 切 衆 生 悉 有 仏 性 」 の 理 想 に 向 か う べ く 、 先 に 述 べ た 問 題 に 関 し て 逡 巡 し て い る 様 子 を 詳 細 に 述 べ てあ
る 。 そ の 『 大 般 涅槃
経 』 の 「 一 切 衆生
悉 有仏
性 」 の 理 想 を 承 け て 、 十 二 巻 本 系 「 三 時 業 」 に お け る提
婆達
多 の 記 述 は 、 六 十 巻 本 系 の そ れ と は 一 線 を 画 し た の だ と 結 論 付 け た の が 、 先 の 筆 者 の 論 文 であ
っ た が 、 そ れ で は 、 そ の 書 き 換 え が 何時
で あ っ た か と い う こ と は 触 れ る こ と な く 、 問 題 と な っ た ま ま で あ る 。 そ れ が 何 時 な さ れ た か を 勘案
す れ ば 、鎌
倉 教 化 以降
、 直 ぐ に な さ れ た の で は な く 、 道 元 禅 師 の 最 晩 年 に 近 い とき
で あ ろ う こ と は 、 先 に 挙 げ た 上 堂 語 に お い て 取 り 上 げ ら れ た 提 婆 達 多 に つ い て の 記 述 を 思 い 起 し て 考 え れ ば 三 〇 三『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 賜 か と な ろ う 。 彼 の 提 婆 達 兜 善 悪 の 報 い を 知 ら ざ る を も っ て 、 こ の 故 に 大 衆 の 中 に あ っ て こ の 説 を 作 す 、 『 善 悪 の 報 い な し、 悪 を な す に 殃 な し 、 善 を 作 に 福 な し 』 と 。
商
の 時 世 尊 、 便 ち こ の 偈 を 説 き た ま う、 『 愚 者 は 審 ら か に 自 ら 明 す、 悪 を な す に 報 い あ る こ と な し と 。 我、 今 、 予 め 善 悪 の 報 応 を 了 知 す 。 』 か く の ご と く 諸 比 丘 、 当 に 悪 を 遠 離 す べ し、 福 を な す に 倦 む こ と な か れ 。 諸 比 丘 、 当 に こ の 学 を 作 す べ し と 。 爾 の 時 諸 の 比 丘 、 仏 の 説 を 聞 い て 歓 喜 奉 行 せ り 。 世 尊 ま た 諸 の 比 丘 に 告 げ た ま う 、 「 提 婆 達 兜 は 五 逆 の 悪 を 起 こ し 、 身 壇 し て 命 終 っ て 、 摩 訶 阿 鼻 地 獄 の 中 に 生 ず 」 と 。 こ れ を も っ て 当 に 知 る ぺ し、 邪 見 な か ら ん と 要 せ ば 道 う こ と な か れ、 善 悪 の 報 応 な し 、 何 れ の と こ ろ に 悪 あ り や、 悪 は 何 く よ り 生 ず る や 、 誰 か こ の 悪 を 作 し て 当 に そ の 報 い を 受 く べ き と 。 も し 恁 麼 道 わ ぽ 、 す な わ ち 邪 見 な り、 ( 『 道 元 禅 師 和 壷 同 広 録 』 笛 工 ハ、 四 一 二 七 番囚 ) こ の 上 堂 語 は 建 長 三 年 の 明 全 の 二 十 七 回 忌 と 栄 西 の 三 十 七 回 忌 の 上 堂 語 の 間 に な さ れ て お り、 あ る 程 度 の 時 期 の 推 定 は 許 さ れ よ う 。 と す れ ぽ そ の 頃 に は、 ま だ 道 元 禅 師 に と つ て は 提 婆 達 多 は 極 悪 人 であ
っ た こ と に な ろ う 。 し か し 、 こ れ は 六 十 巻 本 の 「 三 時 業 」 か ら 十 二巻
本 の そ れ に 書 ぎ 換 え ら れ た と考
え て い る か ら で あ っ て 、 そ の 逆 も 考 え ら れ よ う 。 六 十 巻 本 系 書 写 本 の 奥 書 に は 、 建 長 五 年 癸 丑 三 月 九 日 、 在 於 永 平 寺 之 首 座 寮 書 写 之 。 懐 弉 と あ り 、 道 元 禅 師 の 最 期 の 年 に 懐弉
に よ っ て 書 写 さ れ た こ と 三 〇 四 が 知 ら れ て い る 。 こ の こ と があ
る 故 に 、 ど ち ら の体
系 の 「 三 時 業 」 の巻
が 、道
元 禅 師 の真
意
か 測 り き れ な い と い う の が 、筆
者 の実
の と こ ろ の 思 い で あ る 。 五 道 元 禅 師 が 、 な に ゆ え 、 鎌 倉 教 化 以 降 「 業 」 ・ 「 因 果 」 と い う こ と に つ い て 、 『 道 元禅
師 和 尚 広 録 』 を 見 て も解
る よ う に 、 意 識 さ れ た か と い う こ と は 、充
分 に 考 え て み な け れ ば な ら な い こ と で あ り、 ひ い て は そ れ が 、 十 二 巻本
と 現 在 さ れ て い る 一連
の 撰 述 の 要 因 と も な る と 筆 者 は 考 え て い る 。 そ こ に は 、 た し か に 「 業 」 ・ 「 因 果 」 と い う こ と に つ い て の 言 及 が多
く 見 受 け ら れ る 。 そ れ と 同 時 に 顕著
に な っ て く る の が 『悲
華 経 』 に 収 め ら れ て い る と こ ろ の 「 釈 尊 五 百 大 願 」 を 表 に 裏 に 意識
さ れ て い る の で は な い か と い う こ と で あ る 。 こ の こ と に つ い て も 、筆
者 は 先 の 論 文 中 に 非 常 に 大 雑 把 な 意 だ が 、 十 二 巻 本 、 つ ま り 「 出 家 功 徳 」 よ り 始 ま る 巻 々 に よ っ て 道 元 禅 師 は あ ら ゆ る す べ て に 釈 尊 の 大 願 力 の 成 就 に 依 っ て 植 え ら れ て い る 所 の 善 根1
こ れ を 真 の 仏 性 “ 仏 の 生 命 ” と い っ て も 可ー
が 存 在 す る 事 を 示 さ れ 、 釈 尊 の 大 誓 願 成 就 の 中 に 生 か さ れ て 在 る 我 々 の 真 の 在 様 を 示 さ れ る べ く 「 出 家 功 徳 」 の 巻 よ り 配 さ れ た の で あ ろ う 。 『 大 般 涅 槃 経 』 ど 『 悲 華 経 』 を 基 底 乏 し て、 十 二 巻 本 は 、 釈 尊 の 大 誓 願 成 就 に 支え ら れ た 真 の 仏 性 宣 説 の た め に 体 系 化 さ れ よ う と し た 述 作 で あ る … … 右 の よ ヶ に 言 え ば 、 弥 陀 の 本 願 を 基
調
と す る 浄 土 教 思 想 と 基 本 的 に は変
わ り な く な っ て く る か も し れ な い 。 し か し、 道 元 禅 師 が 『悲
華
経 』 を意
識
さ れ 、引
用 さ れ た 時 点 で 、 そ の よ う に 禅 師 自身
が考
え ら れ て い た の で は な い か と 考 え て い る 。 『 悲 華 経 』 の引
用 が で て く る 十 二巻
本 の 巻 で 、 撰 述 の も っ と も 早 い巻
は 「 袈 裟 功徳
」 の 巻 で あ る 。 こ れ は、 仁 治 元 年 ( 一 二 四 〇 ) 開冬
日 、 興 聖 寺 に お い て 説 示 さ れ て い る 。 そ れ で は 、 そ の 後 の 撰 述 も そ れ を 意識
さ れ た よ う で あ る か と い え ば 、 決 し て そ う で は な い 。 弥陀
の 四 十 八願
に 対 抗す
る よ う な 形 で 釈尊
の 五 百 大 願 を意
識 さ れ は じ め た よ う に 思 え る の は 、 例 え ば 、 『 道 元禅
師 和 尚 広 録 』 第 五 ( 三 八 三 番 ) に は 上 堂 。 宿 殖 般 若 の 種 子 に 酬 い て 、 南 州 に 生 れ 、 仏 法 に 値 う 明 ら か に 知 る 、 身 の 障 り な く 、 法 の 縁 あ る こ と を 。等
が 挙 げ ら れ る が 、鎌
倉 教 化 以 前 ・ 以後
に 再 び分
け て み て み る な ら ば 、 そ れ 以 前 に は 、 そ の よ う な 表現
は 少 な く と も 『 道 元 禅 師 和 尚 広 録 』 で は 見 当 ら な い よ う で あ る 。 し か し 、 釈 尊 の 五 百 大 願 が 道 元 禅 師 の 思 想 に 大き
く 比 重 を 占 め てく
る で あ ろ う 前 提 と し て、 道 元禅
師 が 、 批判
的 に 阿 弥 陀 の 本願
を掲
げ る浄
土教
を意
識 さ れ た の は 、 最 初 期 の 著 述 に属
す る 『 弁 道 話 』 に 既 に見
っ け ら れ る 。 『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 読 経 ・ 念 仏 等 の つ と め に う る と こ ろ の 功 徳 を ・ な ん ぢ し る や い な や 。 た だ し た を う こ か し 、 こ ゑ を あ ぐ る を 仏 事 功 徳 と お も へ る 、 い と は か な し 。 仏 法 に 擬 す る に う た た と ほ く、 い よ い よ は る か な り 。 又 、 経 書 を ひ ら く こ と は 、 ほ と け 頓 漸 修 行 の 儀 則 を を し へ お け る を 、 あ き ら め し り、 教 の ご と く 修 行 す れ ば 、 か な ら ず 証 を と ら し め ん と な り 。 い た づ ら に 思 量 念 度 を つ ひ や し て 菩 提 を う る 功 徳 に 擬 せ ん と に は あ ら ぬ な り 。 お ろ か に 千 万 誦 の 口 業 を し き り に し て 、 仏 道 に い た ら ん と す る は 、 な ほ こ れ な が え を き た に し て 、 越 に む か は ん と お も は ん が ご と し 。 又 、 円 孔 に 方 木 を い れ ん と せ ん に お な じ 。 文 を み な が ら 修 す る み ち に く ら き 、 そ れ 医 方 を み る 人 の 合 薬 を わ す れ ん 、 な に の 益 か あ ら ん 。 口 声 を ひ ま な く せ る 、 春 の 田 の か へ る の 昼 夜 に な く が ご と し 、 つ ひ に 又 益 な し 。 ( 『 弁 道 話 』 ) 亠 ’ 、 道 元 禅 師 に と つ て 、 生 涯変
わ る 事無
く 批 判 を さ れ て い る こ と の ひ と つ に 「 心常
相滅
」 の 見 が 挙 げ ら れ る こ と は 異 論 の な い こ と で あ ろ う 。 『 弁 道 話 』 に お い て 「 心 常 相 滅 」 の 見 を 批 判 さ れ て い る こ と は 広 く 知 ら れ て い よ う し 、 ま た 、 従 来 よ り 道 元 禅 師 の 説 示 意 図 が 問 題 と な つ て い る 「大
修 業 」 と 「 深信
因 果 」 の 両 巻 に お い て も 不 落 因 果 ・ 不昧
因 果 の 言 葉 で み れ ば 説 示 差 異 が 存 す る よ う に も 感 じ る が 、 例 え ば 、 「 大 修業
」 で は す べ て い ま だ 仏 法 を 見 聞 せ ざ る と も が ら い は く 、 野 狐 を 脱 し を 三 〇 五『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) は り ぬ れ ば 、 本 覚 の 性 海 に 帰 す る な り 。 迷 妄 に よ り て し ば ら く 野 狐 に 堕 生 す と い へ ど も 、 大 悟 す れ ば、 野 狐 身 は す で に 本 性 に 帰 す る な り 。 こ れ は 外 道 の 本 我 に か へ る と い ふ 義 な り、 さ ら に 仏 法 に あ ら ず 。 ( 「 大 修 業 」 ) 方 や 「
深
信 因 果 」 で は 世 間 ・ 出 世 の 因 果 を 破 壊 す る は 、 外 道 な る ぺ し 。 今 世 な し と い ふ は、 か た ち は こ の と こ ろ に あ れ ど も、 性 は ひ さ し く さ と り に 帰 せ り 。 性 す な は ち 心 な り、 心 は 身 と ひ と し か ら ざ る ゆ ゑ に 。 か く の ご と く 解 す る 、 す な は ち 外 道 な り 。 ひ と 死 す る と き、 か な ら ず 徃 海 に 帰 す 、 仏 法 を 修 習 せ ざ れ ど も 、 自 然 に 覚 海 に 帰 す れ ば、 さ ら に 生 死 の 輪 転 な し 、 こ の ゆ ゑ に 後 世 な し と い ふ 。 こ れ 断 見 の 外 道 な り 。 ( 「 深 信 因 果 」 ) と 両巻
は 「 心 常 相滅
」 批 判 と い う 観 点 か ら は 変 わ り は な い の で あ る 。 こ の 点 よ り 見 て も 『 正 法 眼 蔵 』 新 草 ・ 旧草
の 別 な く 、道
元 禅 師 は 「 心 常 相 滅 」 の 見 を 批 判 し 続 け た と い え よ う 。 さ ら に筆
者 は 先 に 挙 げ た 『 弁 道 話 』 に お け る 念 仏 批 判、 そ し て 暗 に は浄
土 教 批 判 も、 上 堂 法 語 な ど か ら 、 道 元禅
師 に と つ て 生 涯変
わ ら な か つ た こ と で は な か つ た か と 考 え て い る が 、 そ の こ と を 次 に 考 え て み よ う と 思 う 。 七 例 え ば 、 『歎
異 抄 』 に お い て 、 親鸞
は 次 の よ う に述
べ た と 三 〇 六 伝 え て い る 弥 陀 の 本 願 に は 老 少 善 悪 の ひ と を え ら ば れ ず 、 た だ 信 心 を 要 と す る と し る べ し 。 そ の ゆ へ は 罪 悪 深 重 煩 悩 熾 盛 の 衆 生 を た す け ん が た め の 願 に ま し ま す 。 ( 『 歎 異 抄 』 ) あ る い は 願 に ほ こ り て つ く ら ん つ み も 宿 業 の も よ ほ す ゆ へ な り 。 さ れ ば よ き こ と も あ し ぎ こ と も 業 報 に さ し ま か せ て 、 ひ と へ に 本 願 を た の み ま ひ ら す れ ば こ そ、 他 力 に て は さ ふ ら へ 。 ( 『 歎 異 抄 』 ) 親鸞
の 真 意 は 、 同 じ く 『歎
異 抄 』 に 次 の よ う に 述 ぺ て い る よ う で あ ろ う 。 そ の か み 邪 見 に お ち た る ひ と あ て 、 悪 を つ く り た る も の を た す け ん と い ふ 願 に て ま し ま せ ば と て 、 わ ざ と こ の み て 、 悪 を つ く り て 往 生 の 業 と す べ き よ し を い ひ て 、 や う や う に あ し ざ ま な る こ と の き こ へ さ ふ ら ひ し と き 、 御 消 息 に 、 く す り あ れ ば と て ど く を こ の む ぺ か ら ず と あ そ ば さ れ て さ ふ ら ふ は 、 か の 邪 執 を や め ん が た め な り 。 ま た く 悪 は 往 生 の さ は り た る べ し と に は あ ら ず 。 持 戒 持 律 に て の み 本 願 を 信 ず べ く は 、 わ れ ら い か で か 生 死 を は な る ぺ き や と 。 か か る あ さ ま し き 身 も 、 本 願 に あ ひ た て ま つ り て こ そ、 げ に ほ こ ら れ さ ふ ら へ 。 さ れ ば と て、 身 に そ な へ ざ ら ん 悪 業 は、 よ も つ く ら れ さ ふ ら は じ も の を 。 ( 『 歎 異 抄 』 ) 右 の 、 親 鸞 の 述 べ た と さ れ る 事柄
が 、 正 し い 念 仏 者 の 在 り 様 で あ ろ う が 、親
鸞 が 注 意 を 促 し た よ う に 、 自 分 の 勝 手 な方
向 に 考 え る 念 仏者
は 、 多 か つ た で あ ろ う と 思 う 。 道 元 禅 師 の 批 判 は 、 お そ ら く 真 摯 な 念仏
者 等 に 対 し て の そ れ で は な か ろう が 、 念 仏 さ え す れ ば 、 他 に い か な る 無
慚
無 愧 な 行 い を し て も 、 そ れ は す べ て 宿 命 的 な こ と で あ っ て 、 自 分 に は 関係
な い と す る 念 仏 者 に 対 し て の 批 判 であ
ろ う 。 そ の 批 判 が 『 弁 道 話 』 に お い て 行 な わ れ た の で あ る 。 し か し 、 そ の 後 、 興 聖 寺 に お い て ・ そ し て 越 前 へ の 移錫
、 そ の 間 の 禅 の 高 揚 に 道 元 禅 師 は 心 を 尽 く さ れ 、 他 の 批 判 よ り も 、 自 ら の 信 じ る 仏 法ー
つ ま り は 正 法 の こ とー
を 説き
続
け ら れ た の で あ る し 、 そ の態
度 は 終 生 変 わ ら な か っ た と い え よ う が 、 対外
的 要 因 に よ っ て 変 化 が 生 じ た 。 そ の 変 化 の 牽 引 と な つ た の が 、 鎌 倉 教 化 であ
る と 考 え る 。 先 に 述 べ た 無 慚 無 愧 な 念 仏 者 ・ 宗 教 者 が 、 鎌 倉 の 往来
に は 多 か っ た に 違 い な い 。 自 ら の悪
い 行 為 は 総 て 宿 命 であ
る と し 、 自 身 の 行 為 に 全 く 貴 任 を 持 た な い者
、 そ れ は 必 ず し も 念 仏 者 だ け で は な か っ た で あ ろ う が、 そ の よ う な 者 が い た る 所 に存
在 し た た め に 、 道 元 禅 師 は 最 も 基 本 で あ る業
・ 因 果 を 説 く事
を 決意
さ れ た の で あ ろ う 。 そ の 思 い は 当 初 に 掲げ
た 鎌 倉 教 化 よ り帰
山直
後 の 「修
善 の も の は 昇 り 、造
悪
の も の は 堕 つ 」 と い う 上 堂 語 に 端 的 に 表 れ て い る 、 と 思 う の であ
る が ど う で あ ろ う 。 そ し て 、 そ の 言葉
は 、 む し ろ. そ れ を 聞 い た 学 人 に と つ て は 、 聞き
慣 れ な いも
の で あ つ た か も し れ な い 。 『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 餔 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 八 後 年 、 義 介 が 、 義 介 、 先 年、 同 一 類 ( の 者 ) の 法 内 に 談 ず る と こ ろ ( を 聞 く ) に 、 云 く 、 『 仏 法 の 中 に お い て、 諸 悪 は 作 す な し、 諸 善 は 奉 行 す べ し と 。 故 に 仏 法 中 に て は 諸 悪 は 元 年 莫 作 な り、 故 に 一 切 の 行 は み な 修 善 な り 。 所 以 に 挙 手 ・ 動 足 の 一 切 の 作 す と こ ろ 、 凡 て 一 切 諸 法 の 生 起 に し て 、 み な 仏 法 な り 、 云 云 』 と 。 こ の 見 は 正 見 な り や 。 ( 『 御 遣 言 記 録 』 ) と 述 べ る ご と く に 道 元 禅 師 の 膝 下 近 く に も 邪 見 を 起 こ し て い た 者 が い た こ と を 物 語 つ て い る の で あ る 。 道 元 禅 師 自 身 に も 、 誤解
を 起 こ さ せ る 要 因 は あ つ た と 言 わ な け れ ば な ら な い で あ ろ う 。 例 え ば 「 諸 悪莫
作 」 の 巻 は 、 一 歩 誤 解 を す れ ば 、 そ の よ う な 見 解 に な る こ と は 必 然 の 理 と 思 わ れ る 。 形 而 上 に な り すぎ
た と 言 う ぺ き で あ ろ う か 。 そ の よ う に思
わ れ た た め か 、 帰 山 後 、 説 示 年 代 の 明 確 な 『 正 法 眼 蔵 』 は 「 洗 面 」 の巻
に すぎ
な い 。 そ し て、 そ の 巻 は 実 際 の 修 行 と 密 接 に繋
が つ て 、 そ の 一 連 の 修 行 を 正 当 付 け る た め の 説 示 で あ る 。 決 し て 形而
上 の こ と で は な く 、 修行
の 実 際 と 極 め て 親 し い 説 示 と 言 わ な け れ ば な ら な い 。 三 〇 七『 正 法 眼 蔵 』 撰 述 に お い て 道 元 禅 師 の 探 求 さ れ 続 け た こ と ( 安 本 ) 九 そ の よ う な こ と 等 を 勘 案 し て み る と 、