Massive MIMO チャネルの漸近固有値分布と通信路容量
唐沢 好男
†a)Asymptotic Eigenvalue Distribution and Channel Capacity in Massive MIMO Systems
Yoshio KARASAWA
†a)あらまし 次世代ワイヤレスシステムでは,大規模アレーによるMIMOシステム(Massive MIMO)への期 待が高まっている.MIMOシステムの伝送特性評価(通信路容量やBER特性)には,通信路行列(A)のウィ シャート行列(AHA,AAH)の固有値分布を把握することが重要であるが,Massive MIMOでは,ウィシャー ト行列のサイズが大規模になり,従来手法によるアプローチでは解析が困難になる.一方,そのような大規模ラ ンダム行列の解析には行列のサイズが十分に大きいということを前提としたマルチェンコ・パスツール則に従う 漸近固有値分布の解析が行われる.本論文では,漸近固有値分布とそこから導き出される漸近通信路容量に対し,
限定されたMIMO(それほど大規模でないMIMO)の特性評価に,漸近固有値分布の理論がどこまで通用する かを明らかにする.
キーワード 大規模MIMO,漸近固有値分布,通信路容量,マルチェンコ・パスツール則
1.
ま え が き次世代のワイヤレス通信システムの鍵となる技術 として,多数のアレーアンテナで構成される
Massive MIMO
に期待がかかっている[1]
〜[6]
.MIMO
の基本 伝送特性(通信路容量やBER
特性)を評価するため には,通信路行列A
のウィシャート行列AA
H(ある いはA
HA
:上付き文字H
は行列の共役転置)の固有 値特性把握が本質的なことになる.Massive MIMO
では,その行列サイズが大きくなるので,従来のアプ ローチ[7]
〜[11]
では,解析が困難になる.そのため,行列サイズが十分に大きいということを前提とした漸 近固有値解析が有力な手段となる.
漸近固有値解析は,ランダム行列の理論がベース になる
[12]
〜[14]
.その漸近固有値分布はマルチェン コ・パスツール則(Marˇ cenko-Pastur law
:M-P law)
によって与えられている[15]
(詳しい解説は文献[13]
に).また,それに基づく通信路容量の解析も,既に,
†電気通信大学先端ワイヤレス・コミュニケーション研究センター,
調布市
AWCC, The University of Electro-Communications, Chofu- shi, 182–8585 Japan
a) E-mail: [email protected] DOI:10.14923/transcomj.2016API0001
一部については文献
[16]
〜[18]
において行われている.本論文では,これらをサーベイし整理するとともに,
新たな解析結果を加えて,漸近固有値分布と平均通信 路容量の性質を,任意素子数の
MIMO
の特性と比較 して議論する.そして,その結果として,かなり行列 サイズの小さいケースについても,漸近固有値分布の 適用が可能であることを示す.2. Massive MIMO
の通信形態Massive MIMO
はアレーアンテナの素子数が100
〜1,000
の大規模アレーアンテナを用いる通信システムで,第
5
世代の移動通信システムの主要技術として期 待されている.特に,スポット的なユーザ密集地にお いて,マクロセルにオーバーラップする形で,小さな セルを随所に配置する形が想定されている.Massive MIMO
では,送受信の双方で大規模なア レーアンテナを用いるシステム(図1(a)
のイメージ)と,基地局側を大規模アレーにして多数のユーザに 対する高機能通信を行うマルチユーザシステム(
(b)
のイメージ)がある.前者は,高い周波数帯(例えば20GHz
〜ミリ波帯)で,見通し通信でのビームフォーミング伝送(第一固有値のパスに情報を乗せる伝送)
を目指した提案がある
[6]
.後者は,見通し外も含めて,図1 Massive MIMOの通信形態 Fig. 1 Massive MIMO communication system.
基地局側に置く大規模アレーの能力をフルに活用して,
大容量と耐干渉波性能の高いマルチユーザ通信システ ムの実現を目指すものである
[1]
〜[5]
.文献[1]
は,マ ルチユーザ通信の基地局側に大規模アレーを用いる ことの有効性を示したものとして,文献[2]
は,通信 路容量に焦点を当てて解析したものとして,Massive MIMO
研究の先駆的な論文である.また,文献[3], [4]
では,マルチユーザ応用によって,周波数利用効率と 電力効率が共に向上することを定量的に評価してい る.更に,文献
[5]
では,20GHz
帯20Gbps
を目標と して,見通し波が到来する有相関MIMO
チャネルに おけるリンクレベルシミュレーションにより,Massive MIMO
の基本特性を評価している.本論文では,これらの大規模アレーアンテナ構成に 共通するマルチパスリッチ環境での通信路特性の評価 モデルをまとめる.
なお,文献
[5]
でも議論されているように,移動通 信の第5
世代として検討されているMassive MIMO
は,図1(b)
のように,基地局側のみのアレー規模を 大きくするマルチユーザタイプであり,かつ,10GHz
以上の高い周波数を用いることによる電波伝搬上の制 約から見通し内通信を前提としたビームフォーミング 伝送に近い.本論文では,主に図1(a)
のような送受 信の双方で大規模アレーを用いるシステムを想定し,かつ,見通し外伝搬を代表するレイリーフェージング 環境を扱うので,直接の応用は,更に先の時代の通信,
あるは,第
5
世代とは別な無線システムになるかもし れない.その場合でも,第5
世代の移動通信を含めた 高機能無線通信システムにおけるMassive MIMO
の 基本伝送能力を把握する意味で,その伝送特性の規範 を与えるものであり,有意義なものと確信する.3. MIMO
チャネル特性の評価:その従来 手法3. 1 i.i.d
環境における固有値分布3. 1. 1
理 論 分 布ここでは,送信アンテナ数
M
,受信アンテナ数N
のMIMO
チャネルを想定し,その通信路行列の要素 は,独立な複素ガウス分布に従うi.i.d.
とする.これ は,ランダム行列であり,これを行列A
(行列サイズ:N × M
)で表す.チャネルの特性は,AA
H(N × N )
あるいはA
HA (M × M )
で調べることができ,この 行列はウィシャート(Wishart)
行列と呼ばれる.前者 は受信側で見た,後者は送信側で見たポート間相関行 列を表している.二つのウィシャート行列では,行列 サイズの違いによって固有値の数は異なるが,数の共 通する部分(m = min{M, N})
においては同じ値を もち,残りの部分の固有値は,全て0
になる.値の大 きい順に,λ
1, λ
2, · · · , λ
mとするとき,これは,順序 付固有値(ordered eigenvalue)
と呼ばれる.また,こ れらの順序を区別せず固有値全部をまとめて扱う場合 には,順序無固有値(unordered eigenvalue)
と呼ばれ る.平均通信路容量を求めたい場合には,後者の順序 無固有値の分布が求められていれば良く,本論文でも,以下の議論では,順序無固有値を扱う.
無相関で同一分布する
(i.i.d.)
要素で構成されるウィ シャート行列の固有値の確率分布は,以下の式によっ て,形式的には求まっている[7]
〜[10], [16]
.順序付固有値
λ
i(i = 1, 2, · · · , m)
の確率密度関数f
iordはf
iord(λ
i) =
∞λ2
dλ
1· · ·
∞λi
dλ
i−1 λi 0dλ
i+1· · ·
λm−10
dλ
pf
ord(λ
1λ
2· · · λ
m) (λ
1≥ λ
2≥ · · · ≥ λ
m≥ 0) (1a) f
ord(λ
1λ
2· · · λ
m)
= c exp
−
mi=1
λ
i mi=1
λ
ni−m m j=i+1(λ
i− λ
j)
2(1b)
m ≡ min{M, N }, n ≡ max{M, N } (1c) c: (1a)
の積分値を1
にするための正規化ファクタ で表される.また,順序無固有値λ
の確率密度関数f
unordは次式である.f
unord(λ) = 1 m
m i=1f
iord(λ
i)
λi=λ(2)
順序無固有値の分布は,更に書き下された式がある が
[16]
,ここでは,省略する.行列AA
H,A
HA
やそ の固有値の確率分布は総称してウィシャート分布と呼 ばれる.順序無,順序付のどちらの固有値分布についても,
行列のサイズが大きくなると,項数も増え,具体的な 式を求めることが困難になる.順序付固有値について,
最大固有値の分布
[8]
から,第2
固有値以下を徐々に,求めてゆく方法が提案されているが
[11]
,それでも,N
やM
の値が10
を超えるようになると,式の導出 や表記が極めて煩雑である.M
やN
の代表的な組合 せについては,文献[11], [19]
に閉形式での式が与えら れているので,必要があれば利用してほしい.3. 1. 2
ガンマ分布への近似ウィシャート分布は,ガンマ分布によって良い精度 で近似できる
[11]
.N × M
のランダム行列における 固有値λ
iの確率分布は次式である.f
i(λ
i) ≈ f
gamma,i(λ
i) = 1
Γ (ν) β
νλ
νi−1exp(−βλ
1) ν = (M − i + 1) (N − i + 1)
β = ν/ λ
i(3)
パラメータ
ν
は固有値λ
i のストリーム伝送時の ダイバーシチオーダを与える.第一固有値のパスで は,ダイバーシチオーダがM N
に,第二固有値では(M − 1)(N − 1)
,というようにi
の増加とともに順次 低下してゆくことを示している.文献[11]
では,近似 式の精度を,様々なMIMO
構成に対して理論分布と 比較しているが,M, N
が10
以下のいずれの場合も,極めてよい推定になることが確認されている(ただし,
固有値
λ
iの平均値:λ
iを理論値で与える.代表的 な
MIMO
構成についての理論値は文献[11]
のTable 2
にまとめられている).この近似における順序無固有値の分布は,式
(2)
よ り次式となる.f
unord(λ) ≈ 1 m
m i=1f
gamma,i(λ) (4)
3. 2
通信路容量シャノンの情報理論に基づく
MIMO
伝送での1
秒1Hz
当りの伝送可能ビット数(ここでは,これを通信 路容量と呼ぶ)は,伝送の方法によって,異なる値を もつ.送信側で伝送路の情報
(CSI)
を有しない場合は,送 信アレーの素子アンテナからの平均送信電力は等しく,その場合の通信路容量
C
1は次式となる[16]
.C
1= log
2I + γ
0M AA
H=
mi=1
log
21 + λ
iγ
0M (5)
ここで,
γ
0は送信側の全電力が単一アンテナで放射さ れ,それがパス利得1
のパスで到来したとき,これを 単一アンテナで受信するときのSN
比である.送信側に
CSI
がある場合は,その情報を利用し て,最適な電力配分(具体的には注水定理に基づく配 分[19], [20]
ができるので,通信路容量C
2は次式で与 えられる.C
2=
mi=1
log
2(1 + λ
iγ
i) (6)
mi=1
γ
i= γ
0C
2を得る具体的な伝送方式は,全ての固有値のパ スに最適電力配分して伝送するマルチストリーム伝送 であり,固有モード伝送と呼ばれる.最大固有値のパ スのみを利用するシングルストリーム伝送は最大比合 成伝送,あるいは,ビームフォーミング伝送と呼ばれ る.そのときの通信路容量C
3は,式(5)
において,γ
1= γ
0,γ
2= γ
3= · · · = γ
m= 0
とすればよい.本論文では,
C
1の平均通信路容量C
1に着目する.
C
1= m
∞0
log
21 + γ
0λ
M f
unord(λ)dλ (7)
i.i.d.
レイリーフェージング環境において,MIMO
が理想的に動作したときの通信路容量の計算結果を図2
に示す[19], [21]
.図では,シングルストリーム伝送 の代表として,送受信ウェイト制御型最大比合成伝送(C
MRC: C
3)
を,また,マルチストリーム伝送とし図2 3伝送方式に対する平均通信路容量 Fig. 2 Average channel capacity for three transmis-
sion schemes.
て固有モード伝送(各ストリームに最適な送信電力配 分を行った最も理想的な伝送
(C
WF: C
2)
と各スト リームを同一電力とする伝送(C
EP: C
1)
の結果を 示す.送受信でアンテナ数が等しいN = M
のケース を扱い,SN
比:γ
0は− 10, 0, 10dB
で計算している.マルチストリーム伝送での
C
WFとC
EPの比較,及 び,マルチストリーム伝送(C
WF)
とシングルストリー ム伝送(C
MRC)
の比較を行う.図より,SN
比が大き いケースにおいて,シングルストリーム伝送(C
MRC)
では,アンテナ数が増加しても通信路容量は飽和傾向 になるが,マルチストリーム伝送(C
WF, C
EP)
では,アンテナ数にほぼ比例して通信路容量も増加していく ことが分かる.
MIMO
に期待が集まるのは,まさに この点である.通信路容量とアンテナ数との関係において,
SN
比 が大きい場合にはC
WF とC
EPが,また,SN
比が小 さい場合にはC
WF とC
MRCが,ほとんど同じ値にな ることが分かる.この理由は,注水定理の働きから理 解できるが,詳しい議論は文献[19]
を見てほしい.本 論文は比較的SN
比の大きい環境(γ
0> 1 (= 0dB)
程度)を対象にしていて,C
1の平均通信路容量C
1(図
2
のC
EP)に着目する.(次章以降ではC
1を
C
と置き換えている).4.
漸近固有値分布アレー規模が大きくなって,
Massive MIMO
と呼 ばれる領域になると,固有値の確率分布を式(1)
,(2)
で求めることが煩雑になって,そのようなアプローチには限界がある.計算の容易性や拡張性はガンマ分布 近似の式
(4)
が勝るが,大規模アレーでの精度検証が なされていない.一方,アンテナ素子数が十分多いという前提に立っ た漸近的な確率分布(以下,漸近固有値分布と呼ぶ)
を求めるアプローチがある.本節では,これを述べる.
漸近固有値分布のより深い知識を得るためには,ラン ダム行列を扱った専門書(例えば文献
[12]
〜[14]
)で 学んでほしい.対象とする土俵は,前項で学んだ式
(2)
で表現され るウィシャート行列の順序無の固有値で,かつ,元に なるN × M
の行列A
の各要素は無相関(i.i.d.)
のラ ンダム行列である.行列
A
のN
とM
の比をβ
とし,そのもとでのM → ∞
でのウィシャート行列の順序無正規化固有値λ ˆ
の漸近固有値分布f (ˆ λ)
を考える.β ≡ N/M (8a)
ˆ λ = λ/M (8b)
f(ˆ λ) = lim
M→∞
M f
iunord(M ˆ λ) (8c)
順序無正規化固有値の確率分布は,マルチェンコ・パスツール則と呼ばれ次式で与えられる
[15]
(この解 説は[13], [14]
).f(ˆ λ) = (1 − β)
+δ(ˆ λ) +
(ˆ λ − λ ˆ
−)
+(ˆ λ
+− ˆ λ)
+2π λ ˆ
(9) ˆ λ
±=
1 ±
β
2(z)
+≡ max (0, z)
右辺第
1
項のデルタ関数δ
は,M > N
でA
HA
の 固有値を求める場合に,値が0
となる固有値を含むこ とによるものであるため,以下では,M ≤ N
,すな わちβ >1
に限定して,右辺第2
項のみで考える.そ のとき,式(9)
は次式のように書ける.f(ˆλ) =
⎧ ⎪
⎪ ⎨
⎪ ⎪
⎩
4β−(ˆλ−1−β)2
2πλˆ for (1−√
β)2≤λˆ≤(1+√ β)2
0 for others
(10)
β = 1 (N = M)
の場合には,簡単になって,図3 漸近固有値分布
Fig. 3 Asymptotic distribution of eigenvalues.
f(ˆ λ) =
⎧ ⎪
⎨
⎪ ⎩ 1 2π
4
ˆ λ − 1 for 0 ≤ λ ˆ ≤ 4
0 for others (11)
となる.累積分布関数は次式である.
F(ˆλ)
= 1 2π
−ˆλ2+ 2(1 +β)ˆλ−(1−β)2−(1 +β) sin−1
1 +β−ˆλ 2√
β
− |1−β|sin−1
(1 +β)ˆλ−(1−β)2 2√
βˆλ
+π
(12) N = M
であるβ = 1
の場合には,F (ˆ λ) = 1 2π
ˆ λ(4 − λ) ˆ − 1 π sin
−11 − λ ˆ
2
+ 1 2 (13)
となる.図
3
は,式(10)
,(12)
で与えられる固有値の確率密図4 β = 1における漸近固有値分布と2×2, 4×4 MIMOの正規化固有値分布の確率密度関数比較 Fig. 4 Comparison of eigenvalue distribution of M-P
law with those for 2×2 and 4×4 MIMOs in the case ofβ= 1.
図5 β = 1における漸近固有値分布と2×2, 4×4 MIMOの正規化固有値分布の累積確率分布比較 Fig. 5 Comparison of CDFs of M-P law andM×M
MIMOs in the case ofβ= 1.
度関数
(a)
と累積分布関数(b)
を,β
をパラメータと して示している.それぞれ,正規化固有値が限定され た範囲に収まることが興味深い(β = 1
では0
〜4
の 範囲).図
4
は,β = 1
の漸近固有値の確率密度関数(図では
“M-P law”
で表記)について,アレー素子数が少ない代表の
M = 2 (2 × 2 MIMO)
と4 (4 × 4 MIMO)
の理論値(文献[19]
の式(9.23)
,(9.31)
で求めた固有 値分布を,式(8b)
による正規化固有値の分布に変換)と比較している(縦軸:対数座標).同図より,
M = 2
であっても,漸近固有値分布にかなり近づいているこ とが分かり,後に述べるMIMO
平均通信路容量の比 較において,ほとんど,漸近固有値分布を用いれば,ことが足りそうな予測ができる.図
5
は,β = 1
における正規化固有値の累積分布関数で,累積確率の 小さい部分での特徴が見えるように,両軸を対数に している.図より,漸近固有値分布は,累積確率
0.1
以下では,両対数グラフで直線となり,累積確率値が1/100
で一桁落ちるカーブ(ダイバーシチオーダ1/2
相当)になっている.一方,実線で示した
M = 1, 2, 4 (1 × 1, 2 × 2, 4 × 4)
の理論値(上述)から分かるよ うに,正規化固有値の小さいところで,M
の対数に 対して,等間隔(横軸真数スケールで1/log
10M
)に,左側に離れてゆき,離れた後は,累積確率値が
1/10
で一桁落ちるカーブ(ダイバーシチオーダ1
相当)に なっている.この図からも,M
が小さいところでの漸 近固有値からのずれは,累積確率の小さいところの部 分に顕著に現れることが分かる.なお,本章では,漸近固有値分布の計算結果と少数 素子アレー
MIMO
での理論値のみを示しているが,主要な部分については,計算機シミュレーションを 行って,提示した結果に間違いがないことを確認して いる.図
5
の例では,M = 1, 2, 4, 8, 16, 32
につい て,独立に複素ガウス分布する乱数でi.i.d.
チャネル を1,000,000
回生成し,このシミュレーション結果と の比較による妥当性確認を行っている.5. Massive MIMO
の平均通信路容量3.2
で述べたとおり,通信路容量は,送信側にチャネ ル情報があって,送信電力を最適に制御する場合(注 水定理に基づいて行われる)と,チャネル情報をもた ず,各アンテナから等電力で送信する場合で異なる式 になるが,ここでは,後者(すなわち式(5)
で与えら れるC
1)を対象とし,かつ,その平均通信路容量を議 論する.漸近固有値分布はM
が無限大のときの分布 であるが,この式を,有限素子数M (= m ≤ N)
の場 合に近似すると,平均通信路容量は式(7)
,(10)
よりC ≈M
∞0
log2
1 +γ0ˆλf(ˆλ)dλˆ
=
∞0
log2
1 +γ0λ M f
λ M dλ= M 2π
1+√
β
2 M 1−√β
2 Mlog2
1+γ0λ M
4β−λM−1−β
2λ dλ
(14)
となる.
β = 1 (M = N )
では,C ≈ 1 2π
4M 0log
21 + γ
0λ M
4M λ − 1 dλ
= M γ
0ln 2
3F 2
1, 1, 3
2
; { 2, 3 } ; − 4γ
0∝ M
(15)
となり,アンテナ素子数に比例する.式中の3F
2はp
F
q 型の一般型超幾何関数である.上式の積分解法 は,数式ソフトMathematica
を利用しているが,文 献[16]
では,次式で与えられている.C= M ln 2
lnγ0−1 +
√1 + 4γ0−1
2γ0 + 2 tanh−1√ 1 1+4γ0
(16)
式(15)
と(16)
は,同じものの別表現であるので,当然ながら,数値計算結果は同一値になる.なお,文 献
[16]
では,e
を底とする自然対数(単位ナット)で 通信路容量を表しており,式(16)
では1/ln 2
を掛け てビットに変換している.図
6
は,β = 1
の場合について,平均通信路容量を,平均
SN
比:γ
0をパラメータに,M
の関数として示 している.図にはM = 1, 2, 4
について,式(7)
で求 めた理論値を•
でプロットしている(◦
は漸近固有値 分布に基づく近似理論値の計算点).図4
の固有値分 布での比較の際に言及したように,固有値分布の大部 分の確率範囲でM = 2
や4
の場合でも,漸近固有値 分布の形状によく一致していることから,平均通信路 容量を求めたい場合には,たとえM = 2
のような極 端にアンテナ数が少ない場合であっても,漸近固有値 分布からの推定が,非常に良い精度で可能であること が分かる.漸近固有値分布の適用範囲は極めて広いと図6 平均通信路容量(β= 1) Fig. 6 Average channel capacity (β= 1)
図7 βをパラメータとする平均通信路容量vsアンテナ 数M (γ0= 10dB)
Fig. 7 Average channel capacity as a function of the number of antennas as a parameter ofβ.
いえる.
式
(15)
(あるいは式(16)
)から,β = 1
(すなわちM = N
)の場合,漸近固有値分布に基づく平均通信路 容量は,アンテナ数M
に比例しているので,C/M
とした正規化通信路容量で表すことができる.図7
は,平均通信路容量
C
をγ
0= 10dB
として,β
をパラ メータとして,アンテナ数M
の関数で示している.β = 1
以外については,式(14)
の積分が解けず閉形 式にはならないため,数値積分で求めているが,図か らも明らかなように,どのβ
の値に対しても,M
に 比例していることが分かる.図では,比例関係の精度 が読めないが,式(14)
の数値積分結果から,非常に 高い精度で以下の形で表されることが分かった(例え ば,β = 4, γ
0= 10
におけるC
M P はM = 8
で41.371, M = 64
で330.97
となり,g
は共に,5.1714
であるので,数値計算の誤差の範囲でM
に比例).C
M P= g(γ
0, β)M (17)
図8
は,式(17)
のg(γ
0, β)
について,β
をパラメータ として,γ
0を関数として示している.図には,β = 1
については,M = 2
と4
の理論値(式(7)
による)を,β = 2
については,M = 2, N = 4(4 × 2 MIMO)
の 理論値(同)を,それぞれM
で除したものをプロッ トしている.同図より,MIMO
定義の最小数であるM = 2
においてさえ,式(17)
での推定が,非常に良 い近似になっていることは,4.
での固有値解析におい て予測していたとはいえ,驚くべきことと感じる.なお,文献
[2]
では,通信路行列の対角化により,通 信容量の極限の議論をしている.そこでは,送信側に図8 正規化通信路容量のSNR特性 Fig. 8 Normalized channel capacity vs. SNR.
図9 本論文が対象としたシステムイメージ Fig. 9 System image discussed in this paper.
大規模アレーを置くことによって,低
SN
比の場合で あっても,マルチストリーム伝送による多重化効果が 生まれることを示しており(同文献の式(14)
),漸近 固有値分布から求めた式(17)
に対応している.6.
考 察6. 1 M>N
のケースここでは,全て
β ≥ 1
のケース,すなわちM ≤ N
の場合(図9(a)
)を扱っており,M > N
の場合(図9(b)
),すなわち,β < 1
の場合は,確率分布を式(9)
に変える必要があり,通信路容量の評価等では結果 が少し変わって来る.しかし,実際には,M > N
で あっても,何らかの工夫により,伝送ストリーム数はmin { M, N }
とするであろうから,マルチストリーム伝送(固有モード伝送を想定)であって,かつ,スト リームごとの送信電力制御(注水定理に基づく)を行 わず,等電力で送信する場合には,ここで示した平均 通信路容量が,
β < 1
の場合にも適用できることに なる.6. 2
固有値分布導出法の特徴比較本論文では,
N ×M MIMO
チャネルでのウィシャー ト行列の固有値分布の求め方について三つの方法を示 した.一つの方法は式(1)
,(2)
による理論解法(方法1
)であるが,アンテナ素子数が多いMassive MIMO
に適用するのは困難になる.二つ目は,固有値の確率 分布を式(3)
,(4)
によりガンマ分布で近似する手法(方法
2
)で,これは,Massive MIMO
への適用は可 能であるが,あくまで近似であり,M
,N
の値が大き いところでの精度評価が定まっていない.一方,アン テナ素子数が十分大きいという前提(マルチェンコ・パスツール則)から導かれた理論式
(9)
,(10)
の漸近 固有値分布(方法3
)は,M
,N
の値を具体的に与え た時点で近似式に変わるが,固有値分布や平均通信路 容量の算定においては,4 × 4
や2 × 2 MIMO
など,およそ大規模とはいえないケースでも方法
1
での理論 値(式(7)
による)と比べることにより,かなり近似 精度が高いことを明らかにした.結論として,通常想 定されているMassive MIMO
の素子数(N
,M
のど ちらか一方が100
〜1000
)では,漸近固有値分布(方 法3
)を用いて精度良い評価が可能である.6. 3
そ の 他5.
では,漸近固有値解析を通じて伝送性能の代表的 評価パラメータである平均通信路容量の計算法を示し た.固有値分布が把握できていれば,通信路容量の確 率分布やBER
特性の評価も可能である.2.
で述べたように,第5
世代の移動通信に適用が期 待されているMassive MIMO
では,10GHz
帯以上の 高い周波数の利用が想定され,見通し内環境でのビー ムフォーミングによるマルチユーザ運用(図1(b)
のイ メージ)が検討されている.この場合,チャネル特性 は伝搬環境は仲上・ライスフェージングが規範になる.従来手法(方法
1
)においても,レイリーフェージン グから仲上・ライスフェージングへの拡張には,より 高度な理論が求められる[22]
のと同様,漸近固有値分 布(方法3
)についても,仲上・ライス環境への拡張 には,更なる研究が必要と思われる.これらは,今後 の課題である.7.
む す びMassive MIMO
の伝送特性評価の基礎として,ア ンテナ素子数が十分大きいという条件で導かれる漸近 固有値分布を取り上げ,任意素子数のMIMO
特性評 価への適用性を調べた.その結果,固有値分布につい ては,2 × 2
や4 × 4
のMIMO
のように,およそ素子 数が多いとはいえないケースについても,漸近固有値 分布は比較的良い近似になっていることを示した.こ の固有値分布の特性により,平均通信路容量の評価で は,上述の少数アンテナの場合を含んで,漸近固有値 分布からの算定値は,実用的に十分な精度であること が分かった.Massive MIMO
では,マルチユーザ応用など,単 純な対向の伝送特性評価では捉えきれない複雑さをも つが,その場合でも,検討の出発点として,本論文で の解析結果は,役に立つものと信じる.なお,本論文では,漸近固有値分布解析に基づく通 信路容量の平均値を求めることを対象としたが,瞬時 通信容量としての確率分布や,具体的な通信方式に対 する
BER
特性を求めることも,必要になるであろう.これらの評価については,今後の課題としたい.
謝辞 計算式の導出確認や,計算結果のシミュレー ションによる確認については,本学
4
年生の樋口和久 君に,また,数式ソフトMathematica
を用いた計算 については本学大学院学生の久野伸晃君に協力を得た.両君の貢献に対して感謝の意を表す.
文 献
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(平成27年12月28日受付,28年4月18日再受付,
6月9日早期公開)
唐沢 好男 (正員:フェロー)
昭48山梨大・工・電気卒.昭52京大大 学院修士課程了.同年国際電信電話(株)
(現KDDI(株))入社.以来,ワイヤレス
伝送技術(無線通信の電波伝搬,アンテナ,
ディジタル伝送特性)の研究に従事.平11 電通大・電子・教授.平17, 18年度電通大・
先端ワイヤレスコミュニケーション研究センター(AWCC)・セ ンター長.工博.昭57年度本会学術奨励賞,平9科学技術庁 注目発明,平10電波功績賞(ARIB),平17年度国際コミュ ニケーション基金優秀研究賞,平17年度本会論文賞(2件),
平19,20年度本学通ソ論文賞(Best Tutorial Paper Award) 等受賞.IEEEフェロー.