大容量無線通信の実現に向けた非線形 MU-MIMO の伝送性能評価
矢野 一人
†a)塚本 悟司
†薗部 聡司
†∗侯 亜飛
†∗∗前田 隆宏
†伴 弘司
†∗∗∗宇野 雅博
†∗∗∗∗小林 聖
†∗∗∗∗∗Performance Evaluation of Nonlinear Multiuser MIMO Transmission for High-Capacity Wireless Communication
Kazuto YANO
†a), Satoshi TSUKAMOTO
†, Satoshi SONOBE
†∗, Yafei HOU
†∗∗, Takahiro MAEDA
†, Hiroshi BAN
†∗∗∗, Masahiro UNO
†∗∗∗∗,
and Kiyoshi KOBAYASHI
†∗∗∗∗∗あらまし 見通し伝搬路のような伝搬路相関の高い環境における大容量伝送実現に向けて,非線形マルチユー ザMIMO(multiple-input multiple-output)伝送が注目されている.本論文では非線形プリコーディングの一 種であるベクトル摂動(vector perturbation : VP)に着目し,その信号処理方法と特徴を概説する.次に,屋 内外伝搬路を想定した計算機シミュレーションにより下りリンクMU-MIMO伝送でVPを効果的に機能させる ための制約条件を明らかにする.そして,3GPP Release 10(LTE-Advanced)の物理フォーマットをベースに した実験システムの試作と屋外伝送実験を通じてVPに基づく非線形MU-MIMOの実現可能性と実環境での有 効性を示すとともに,実用化に向けた課題を述べる.
キーワード マルチユーザMIMO,非線形プリコーディング,vector perturbation,MMSE,下りリンク伝 送,屋外伝送実験
1.
ま え が き近年,ユーザ数の増加やスマートフォンの普及等に 伴い無線通信システムのトラヒック量が爆発的に増加 している
[1], [2]
.この傾向は今後益々加速すると予想 されており,無線通信システムのトラヒック収容能力 の著しい改善は急務である.無線通信システムの面 的周波数利用効率の改善手法の一つに,multi-input multi-output
(MIMO
)伝送[3]
がある.MIMO
伝送 では送信側と受信側に複数のアンテナを設け,複数の データストリームを空間的に重畳して伝送する.その 際,送信側あるいは受信側の少なくとも一方において データストリーム間の干渉を抑圧する処理を行う事に†(株)国際電気通信基礎技術研究所,京都府
Advanced Telecommunications Research Institute Inter- national, Kyoto-fu, 619–0288 Japan
∗現在,株式会社モバイルテクノ開発事業部
∗∗現在,奈良先端科学技術大学院大学
∗∗∗現在,高エネルギー加速器研究機構
∗∗∗∗現在,ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
∗∗∗∗∗現在,株式会社フジクラ a) E-mail: [email protected]
より,単位周波数当りの伝送容量を飛躍的に高める.
MIMO
伝送は同時に伝送を行う通信相手の数に よって,シングルユーザMIMO
(single user MIMO : SU-MIMO
)伝送とマルチユーザMIMO
(multi-user MIMO : MU-MIMO
)伝送[4], [5]
とに分類される.前者は単一の受信機に向けてデータストリームを伝送 し,後者は複数の受信機に向けて同時に異なるデータ ストリームを伝送する.
MIMO
伝送においては基本的 に,相互干渉を回避しつつ同時伝送可能な最大のデー タストリーム数は送信アンテナ数と受信アンテナ数の 小さい方に等しいという制約(注1)がある[3]
.近年,セ ルラシステムでは,基地局(base station : BS
)に搭 載可能なアンテナ素子数が増加しているのに対し,各 移動端末(user equipment : UE
)が有するアンテナ 素子数は大きさの制約から少数に止まる.このため,セルラシステムで同時伝送可能なデータストリーム数
(注1):近年,この制約を打破するために受信側で非線形演算等を用いて 信号分離を行い,受信アンテナ数よりも多くのデータストリームを同時 伝送する過負荷MIMOに関する検討が行われている.過負荷MIMO については,例えば文献[6], [7]等を参照されたい.
を高めるためには,
MU-MIMO
伝送は重要な技術で ある.MIMO
伝送は既に移動通信(セルラ)システムや 無線LAN
等,様々な無線通信の標準規格に採用され ている.例えば,移動通信システムの国際標準の一つ である3GPP
(The Third Generation Partnership Project
)の規格では,2006
年に策定されたRelease 7
(
High Speed Packet Access Plus : HSPA+
)におい て送信機,受信機共に2
素子のアンテナを有する,す なわち2 × 2
構成のSU-MIMO
伝送がサポートされる ようになった.2008
年に策定されたRelease 8
(Long Term Evolution : LTE
)では下りリンクMIMO
が4 × 4
構成まで拡張されるとともに,MU-MIMO
がサ ポートされるようになり[8]
,2011
年に策定完了したRelease 10
(LTE-Advanced
)では下りリンクと上り リンクの多重データストリーム(レイヤ)数が8
と4
にそれぞれ拡張されている[1]
.そして,2020
年頃の 実現に向けて議論中の第5
世代移動通信システムでは,より多数のアンテナ素子を利用した
massive MIMO
伝送[9], [10]
により,高周波数帯における利得確保,並 びに同時伝送データストリーム数の更なる向上を実現 することが期待されている[11]
.MIMO
伝送の性能改善は多重データ数の増加の他,送受信信号処理アルゴリズムの改良によっても実現可 能である.下りリンク
MU-MIMO
では各UE
は独立 に受信信号処理を行うため,UE
間の干渉は基本的 に送信側で事前に除去する必要がある[5]
.このため,BS
側で各データストリームの送信シンボルに対して 干渉を除去するための複素重み(送信重み)を乗じる プリコーディング処理を行いストリーム分離を実現す る.比較的簡易なプリコーディング手法としては,各 送受信アンテナ間の伝搬路値に応じてアンテナ重みを 選択あるいは生成し,これを送信シンボルに乗じて送 信する線形プリコーディング[4], [12], [13]
が挙げられ る.これは各受信アンテナ間の伝搬路相関が比較的低 い場合には高い伝送性能が得られるが,伝搬路相関が 高くなるにつれて伝送性能が劣化することが知られて いる[14]
.この問題を克服する手段の一つとして,送信信号処 理に非線形演算を用いる非線形プリコーディング
[15]
〜[25]
が注目を集めている.こちらは送信側で非線形演 算を適用して送信信号の振幅を制限することにより,送信電力効率を改善して伝送容量を改善する手法であ る.ただし,線形プリコーディングと比較して演算コ
ストが多大であることや,フィードバック情報量の削 減と性能劣化との間でトレードオフが存在することが,
実用化に解決すべき問題とされてきた.
筆者らは非線形プリコーディングの一種であるベク トル摂動(
vector perturbation : VP
)[21]
〜[25]
に着 目し,3GPP Release 10
への適用を想定した検討を 実施した.具体的には,計算機シミュレーションを通 じて伝搬路推定値の複数サブキャリア間共用や量子化 ビット幅,及びUE
の移動が伝送性能に与える影響 を評価し,VP
が効果的に機能するための制約条件を 明らかにした.これに加え,市販の移動通信システム の信号処理モジュールを用いた無線装置の試作によるVP
の実現可能性検証と,屋外伝送実験を通じた実環 境でのVP
の有効性確認を行った.本論文ではこれ らについて述べるとともに,VP
に基づく非線形プリ コーディングの実用化に向けた課題について述べる.以下,
2.
では線形プリコーディングと非線形プリ コーディングを概説し,VP
に基づく下りリンクMU- MIMO
伝送について説明する.3.
では3GPP Release 10
への適用を想定した計算機シミュレーション結果 を示す.4.
では筆者らが試作した実験システムを概説 し,屋外見通し環境における伝送実験結果について述 べる.最後に,5.
にて結論を述べる.2. MU-MIMO
伝送2. 1
線形プリコーディングの概要線形プリコーディング手法としては,コードブック に基づくプリコーディング
[12]
や空間フィルタリン グ[4], [13]
が挙げられる.前者は事前に送信重みのリ ストを作成し,各送受信アンテナ間の伝搬路値(伝搬 路行列)に応じて使用する送信重みを選択する.FDD
(
frequency division duplex
)システムにおいても使 用する送信重みのインデックスのみをフィードバック すれば良いため,少ないフィードバック情報量で実現 可能である.ただし,使用可能な重みが限定される ため,高い干渉除去効果を得るには使用可能な送信 重みに適合するよう,同時伝送を行うUE
の適切な 選択が必要である.一方,後者は伝搬路行列を用い てzero-forcing
(ZF
)規範やminimum mean square
error
(MMSE
)規範に基づき送信重みを生成し,こ れを送信シンボルに乗じて送信することで,各データ ストリーム間の干渉除去を実現する.したがって,空 間フィルタリングはコードブックプリコーディングと 比較して高い干渉除去性能が得られるが,伝搬路行列図1 伝搬路相関とビームフォーミング利得の関係 Fig. 1 Relation between spatial correlation and
beamforming gain.
を送信側で必要とするためフィードバック情報量は多 くなる.
線形プリコーディングは各データストリームに対し て異なる空間ビームを形成し,これらを重畳して伝 送することに相当する.図
1
に伝搬路相関とビーム フォーミング利得の関係を示す.受信側のアンテナ素 子間の伝搬路相関が高い場合,データストリーム間干 渉を抑えるべくビームの中心から大きくずれた方向で 送信を行うため,ビームフォーミング利得が小さくな る.利得減少を補償するには送信重みのノルム(すな わち重みの絶対値)を大きくする必要があるが,実際 には送信機の総送信電力には限りがある.このため,利得補償を行うと送信時の電力効率が劣化し,達成可 能な
sum-rate
が低下する[14]
.アクティブなUE
が 多数存在する場合には伝搬路相関が低いUE
の組を選 択することでこの問題を回避できるが,小セル環境で はUE
数が比較的少ないため,伝搬路相関が小さくな るUE
の組が必ずしも得られない.そのため,小セル 化で期待される高い伝送速度が得られない懸念がある.2. 2
非線形プリコーディングの概要上記問題を克服する手段の一つが非線形プリコー ディングである.これは,線形プリコーディングを 適用した送信信号に
modulo
演算やオフセットベク ト ル の 選 択 的 加 算 等 の 非 線 形 演 算 を 行って 送 信 信 号 の 平 均 ノ ル ム を 抑 え ,送 信 時 の 電 力 効 率 を 向 上 さ せ る こ と で 伝 送 容 量 を 改 善 す る 手 法 で あ る .代 表的な手法としてはTomlinson-Harashima precod- ing
(THP
)[5], [15]
〜[20]
やVP [5], [21]
〜[25]
が挙げ られる.THP
は伝搬路行列のLQ
分解に基づき,最初のデー タストリームにはフルダイバーシチを得る送信重みを 生成し,第d
データストリームに対しては第d − 1
番 目までのデータストリームへの与干渉を抑圧する送信重みを生成する.したがって,
d
番目のデータスト リームは1
番目から(d − 1)
番目までのデータスト リームからのデータストリーム間干渉を受ける.そこ で,発生するデータストリーム間干渉成分を事前に送 信信号から減じ,データストリーム間干渉を除去する.その際,干渉抑圧後の信号の実部と虚部の双方に適切 なサイズで
modulo
演算を施すことで,送信信号の振 幅を一定範囲内に制限して電力効率を改善する.送信 側で行ったmodulo
演算の影響は,受信側では受信振 幅の変位となって現れる.そこで,受信側ではチャネ ルの等化処理を行った後にmodulo
処理を行い,送信 側modulo
演算の影響を除去する.なお,THP
はス トリーム番号の小さいものほど得られるダイバーシチ 次数が大きくなるため,各データストリーム間の伝送 品質が異なる[18], [26]
.このため,UE
間の公平性を 確保するにはスケジューリングや適応送信電力制御が 必要となる.一方,
VP
は送信シンボルベクトルの実部と虚部に 離散的なオフセットベクトル(摂動ベクトル)を加え ることにより,送信重みを乗じた後の振幅を最小化す る手法である.摂動ベクトルはTHP
と同様,受信側 でチャネルの等化処理を行った後にmodulo
処理を行 うことにより,摂動ベクトルの値にかかわらず除去可 能である.VP
は摂動ベクトルの探索が必要であるた めTHP
と比較して演算量が大きいものの,THP
よ りも良好な伝送特性が得られる[27]
.また,ZF
規範 やMMSE
規範に基づく送信重みを使用可能であり,その場合は各データストリームで同一の特性が得られ る
[18], [26]
.このため,VP
は高い伝送品質とUE
間 の公平性の双方を実現し得る方式である.筆者らは小セル環境での伝送品質改善と
UE
間公 平性の双方の実現に向けて,VP
を用いた下りリンクMU-MIMO
伝送の検討を行った.以下,空間フィルタリング並びに
VP
の詳細について述べる.2. 3
下りリンクMU-MIMO
のシステムモデル 本論文ではOFDM
(orthogonal frequency division
multiplexing
)ベースの下りリンクMU-MIMO
伝送 を想定する.BS
と各UE
のアンテナ素子数はそれぞれN
t及びN
rとする.K
台のUE
に対して同時に伝送 を行うものとし,各UE
に対してはそれぞれN
rデー タストリームを同時に伝送する.なお,N
t= KN
rが 成り立つとする.したがって,送信データストリーム 数N
dがN
tに等しい,すなわちフルランクの伝送を 行う.図2 空間フィルタリングとVPの送受信ブロック図 Fig. 2 Block diagrams of spatial filtering and VP.
以下,単一のサブキャリアに着目して説明を行う.
本論文において
( · )
∗,( · )
T並びに( · )
Hは複素共役,転 置,並びに複素共役転置をそれぞれ表す.また,j
は 虚数単位,E [ · ]
と·
2はそれぞれアンサンブル平均 並びに2
乗ユークリッドノルムを表す.受信信号
y = (y
1, y
2, . . . , y
KNr)
Tは次式で与える.y = Hz + n (1)
ここで,
z = (z
1, z
2, . . . , z
Nt)
Tはプリコーディング後 の送信信号ベクトル,H
はサイズが(KN
r×N
t)
の伝 搬路行列,n = (n
1, n
2, . . . , n
KNr)
Tは加法性白色ガ ウス雑音(additive white Gaussian noise
(AWGN
))をそれぞれ表す.
2. 4
プリコーディング方式2. 4. 1
空間フィルタリング図
2
上に空間フィルタリング適用時の送受信ブロッ ク図を示す.空間フィルタリングでは送信シンボルベ クトルx = (x
1, x
2, . . . , x
Nd)
Tに送信重み行列W
を 乗じて送信する.本論文では空間フィルタリングの送 信重み生成規範としてMMSE
規範を用いる.MMSE
規範に基づく送信重み行列W
は以下で与えられる[5]
.W = ˜ H
HH ˜ H ˜
H+ N
tγ
0I
−1(2)
ここで,
H ˜
は伝搬路フィードバック等の手法により送信 側が取得した伝搬路行列,I
はサイズが(KN
r× KN
r)
の単位行列,γ
0はプリコーディングを適用せずに各送 信アンテナから等電力で信号を送信した場合の受信側 における平均SNR
(signal-to-noise ratio
)(以下,こ れを平均SNR
と呼ぶ)をそれぞれ表す.空間フィル タリング適用時の送信信号ベクトルz
は次式で与えら れる[3]
.図3 VPで用いる拡大信号点配置の例(QPSKの場合)
Fig. 3 Example of extended symbol mapping for VP with QPSK modulation.
z = P
γ
SFW x (3)
γ
SF= E
W x
2(4)
ここで
P
は平均送信電力を表す.式(3)
から,W x
の平均2
乗ユークリッドノルムγ
SFが大きくなるほ ど,実質的な送信振幅は小さくなることが分かる.こ れは,実効的な平均SNR
を大きくするにはγ
SFを小 さくする必要があることを意味している.2. 4. 2 Vector Perturbation
(VP
)図
2
下にVP
適用時の送受信ブロック図を示す.VP
はDPC
(dirty-paper coding
)のコンセプトを用いてγ
SFを低減する手法である[21]
.具体的にはγ
SFを低 減するために,摂動ベクトル(perturbation vector
) と呼ばれるオフセットベクトルを送信シンボルベクト ルに加算して送信する.受信側では付加された摂動ベ クトルが不明であるため,摂動ベクトルは付加情報な しに受信側で除去できる必要がある.そこでVP
は図3
に示すように,通常の一次変調信号点をIQ
平面上 に一定間隔τ
で繰り返した信号点配置(以下,これを 拡大信号点配置と呼ぶ)となるように,摂動ベクトル の取り得る値を離散的にする.そして,電力正規化前 の送信信号の平均2
乗ユークリッドノルムが最小とな るように,各データストリーム対して送信シンボルx
i に対応する1
点をそれぞれ選択する.これらは˜ l = arg min
l
E
W ( x + τ l )
2(5)
l
i= a
i+ jb
i(6)
として式
(5)
を満たすl
を探索する処理である.ここ で,l
(l = (l
1, . . . , l
Nd)
T)は摂動ベクトルであり,そ の各要素a
i,b
iは整数値である.この結果,電力正規 化を行う前の,送信信号の平均2
乗ユークリッドノルムは次式で表される.
γ
VP= E
W x + τ ˜ l
2(7)
本論文では文献
[21]
と同様に,拡大信号点配置におけ る最小信号点距離が元の信号点配置におけるそれと同 一となるようτ
を設定する.以上より,VP
使用時の 送信信号ベクトルは次式で表される.z = P
γ
VPW x + τ ˜ l
(8)
理想的な摂動ベクトルは
sphere encoder
と呼ばれる 手法により求められる[21]
.ただし,sphere encoder
は実質的に全探索と同等の処理であるため演算量が大 きく,また摂動ベクトルの探索範囲を一意に定めるこ とができない.これは処理遅延の上限が変動すること を意味しており,システム運用の観点からは問題とな る.そこで,本論文ではVP
の装置化を念頭に,摂動 ベクトル探索にかかる処理遅延を少なくかつ一定量に 抑えるために各要素a
i,b
iの探索範囲を− T
からT
の間に制限する.受信側では図
3
に示すように,受信信号の各要素 に対してmodulo
演算を適用することで摂動ベクト ルの影響を除去する.第i
データストリームに対するmodulo
演算は次式で表される.˜ y
i=
ˆ g
i∗y
i|ˆ g
i| + τ
(1+j) 2
mod τ
− τ
(1+j) 2 (9)
ここで,
ˆ g
iは第i
データストリームの第i
受信アンテ ナにおけるプリコーディングを考慮した実効的な伝搬 路(以下,これを実効伝搬路と呼ぶ)に関する伝搬路 推定値を表す.受信側における拡大信号点配置の格子 サイズτ
はHW ≈ I
の関係からτ
= P
γ
VPτ (10)
となることが想定される
[21]
.しかしながら,受信側で はγ
VPが未知であるため,格子サイズを何らかの方法に より推定する必要がある.一般的にはP/γ
VP≈ | ˆ g
i|
であることが期待されるため,本論文では次式よりτ
の推定値τ ˆ
を得ている.τ ˆ
= | ˆ g
i| τ (11)
最後に,摂動ベクトル除去後の受信信号
y ˜
iを用いてシンボル復調を行う.
3.
計算機シミュレーションによる線形及び 非線形MU-MIMO
の伝送性能評価3. 1
空間フィルタリングとVP
の基本性能とサブ バンド幅の影響本節では空間フィルタリングと
VP
の基本性能を計 算機シミュレーションにより評価する.表1
に計算機 シミュレーション諸元を示す.アンテナ素子数はBS
が8
,各UE
が2
とし,BS
から見た方角がそれぞれ45
度づつ異なる4
台のUE
に対してそれぞれ2
デー タストリームを同時伝送する.したがって,総同時送 信データストリーム数は8
である.誤り訂正符号には 下記の生成行列G (D)
を有する再帰的組織畳込み符号 器に基づくTurbo
符号を用い,Turbo
インタリーバ にはブロックインタリーバを,また通信路インタリー バにはランダムインタリーバをそれぞれ用いる.G (D) =
1, 1 + D + D
31 + D
2+ D
3(12)
また,復号アルゴリズムには
soft-output Viterbi al- gorithm
(SOVA
)[28]
をそれぞれ用いる.使用するMCS
(modulation and coding scheme
)は表1
に示 す3
種類の変調方式と符号化率(R
)の組合せとした.表1 基本性能評価におけるシミュレーション諸元 Table 1 Simulation settings for fundamental evalua-
tion.
Sampling rate 30.72 Msamples/s
FFT size 2048 points
Length of cyclic prefix 4.7μs Number of subcarriers 1200 Subcarrier separation 15 kHz Number of antennas 8 (BS), 2 (UE)
Number of UEs 4
Direction of UEs ±22.5 deg.,±67.5 deg.
Channel coding Turbo code
MCS 16QAM (R = 1/2, 3/4)
64QAM (R = 3/4) Codeword length 4797 (16QAM, R = 1/2)
3597 (16QAM, R = 3/4) 5397 (64QAM, R = 3/4) Channel decoding SOVA [28] (6 iterations) Channel model WINNER II A1, B1 [29]
Array configuration Uniform linear array Antenna spacing 1λ(BS), 0.5λ(UE) Center frequency 3.36 GHz
Spatial filtering MMSE SNR estimation Perfect
CSI Known
Perturbation vector search QRDM-E [24] (T, M) = (3,7) Modulo boundary Known
なお,各
UE
の平均SNR
は等しいとし,全てのデー タストリームで同一のMCS
を使用するとした.アレーアンテナ形状は
BS
,UE
共に等間隔直線状 アレー(uniform linear array : ULA
)とし,素子間 隔はBS
側が1
波長,UE
側が0.5
波長とした.また,伝搬路モデルは
WINNER II A1
(indoor office
)及 びB1
(typical urban micro cell
)[29]
を使用し,伝 搬路は静的とした.シミュレーションパラメータの信 号サブキャリア数やFFT
(fast Fourier transform
) サイズ数等は信号帯域幅が20 MHz
の3GPP Release 10
下りリンクを念頭に設定した.ユーザ間及びユー ザ内のストリーム分離は送信側の空間フィルタリング のみにより行い,受信側では特段のストリーム分離処 理は行わない.送信重みはMMSE
規範で生成し,重 み生成に必要な伝搬路値(channel state information : CSI
)やSNR
,並びにVP
適用時の受信側modulo
サイズは理想的に推定されるとした.なお,SNR
の 算出に際して雑音はUE
受信機における熱雑音による ものとし,その電力値を既知とした.VP
処理における最適摂動ベクトルの探索にはQR- decomposition with M-algorithm encoder
(QRDM- E
)アルゴリズム[24]
を用いる.その際,摂動ベクト ルの各要素l
iの絶対値の最大値T
は3
,生き残り候補 数M
は7
とした.3. 1. 1
各サブキャリアにおけるパラメータが既知の場合の特性
まず,各サブキャリアにおける伝搬路値や
SNR
,並 びにVP
適用時の受信側modulo
サイズが既知の場 合における,WINNER II A1
伝搬路の平均SNR
対 周波数利用効率特性を図4
に示す.また,WINNER II B1
伝搬路の平均SNR
対周波数利用効率特性を図5
に示す.両伝搬路とも,VP
はMMSE
重みに基づ く空間フィルタリング(図中の「MMSE
」)と比較し て,同一周波数利用効率の達成に必要な所要SNR
を 大幅に低減できることが分かる.これは,各UE
にお ける受信アンテナ間隔が小さくフェージング相関が高 い状況において,空間フィルタリングによりストリー ム分離を行おうとするとγ
SFが著しく大きくなるのに 対し,VP
はこれを大幅に低減できるためである.ま た,所要SNR
の低減量は見通し外(non-line-of-sight : NLOS
)伝搬路より見通し内(line-of-sight : LOS
) 伝搬路の方が大きく,またA1
伝搬路よりもB1
伝搬 路の方が大きい.これは,伝搬路相関が高いほどVP
の適用効果が高いことを意味している.図4 WINNER II A1伝搬路における平均SNR対周波 数利用効率(上:LOS伝搬路,下:NLOS伝搬路)
Fig. 4 Spectrum efficiency versus average SNR over WINNER II A1 channel.
3. 1. 2
サブバンド化を行った場合の特性3GPP Release 10
のフレームフォーマットでは参 照信号が周波数領域で離散的に設けられているため,得られる伝搬路推定値も周波数領域で離散的となる.
また,
FDD
システムではプリコーディングのために,受信側で推定した伝搬路値を送信側にフィードバック する必要があり,実システムでは伝搬路フィードバッ ク情報量を小さく抑える必要がある.そこで,本項で はサブキャリアを複数束ねたサブバンドを設定し,サ ブバンド内で共通の伝搬路値を用いた場合の性能を 評価する.サブバンド幅(
SBW
)を12
サブキャリア(
180 kHz
)及び24
サブキャリア(360 kHz
)とし,サ ブバンド中央における伝搬路行列を用いてプリコー ディングを行った場合におけるWINNER II A1
伝搬 路及びB1
伝搬路の平均SNR
対周波数利用効率特性 を図6
及び図7
にそれぞれ示す.サブバンド化を行う 事により,高SNR
領域において周波数利用効率が頭 打ちになっていることが分かる.これは,サブバンド図5 WINNER II B1伝搬路における平均SNR対周波 数利用効率(上:LOS伝搬路,下:NLOS伝搬路)
Fig. 5 Spectrum efficiency versus average SNR over WINNER II B1 channel.
内で発生する伝搬路値の周波数変動の大きさが受信機 で発生する熱雑音の大きさと比較して無視できなくな り,サブバンド内で共通の伝搬路推定値を用いてプリ コーディング等の処理を行うと実効的な
SNR
が制限 されるためである.文献
[30]
では,伝搬路のroot mean square
(RMS
) 遅延分散σ
DSと,伝搬路の周波数相関の大きさが|ρ|
を超えるコヒーレンス帯域幅
B(|ρ|)
との間の関係が 次式で示されている.B( | ρ | ) ≥ arccos( | ρ | ) 2πσ
DS(13)
h(f )
を周波数f
における伝搬路値とすると,異なる 二つの周波数f
及びf
の間の伝搬路の周波数相関ρ(f
− f)
は次式で示される.ρ(f
− f ) = E [h
∗(f )h(f
)]
E [h(f)
2] E [h(f
)
2] (14)
このことから,| ρ |
がある程度大きい場合においては,図6 サブバンド化を行った場合のWINNER II A1伝搬 路における平均SNR対周波数利用効率(上:LOS 伝搬路,下:NLOS伝搬路)
Fig. 6 Spectrum efficiency versus average SNR over WINNER II A1 channel with subband.
(1 − | ρ | )
はサブバンド内の両端における伝搬路変動の2
乗誤差におおむね相当すると考えられる.そこで,評価に用いた
4
種類の伝搬路モデルについて,RMS
遅延分散の値,各サブバンド幅をB( | ρ | )
として 与える| ρ |
の値,並びにη = ( − 10 log
10(1 − | ρ | )) [dB]
(おおむねサブバンド化を行った際の実効的な
SNR
の 上限に相当すると考えられる値)を表2
に示す.サブ バンド化適用時(図6
及び図7
)において達成されて いる周波数利用効率の上限は,サブバンド化非適用時(図
4
及び図5
)においておおむね平均SNR
がη dB
付近の値となっている.結果として,VP
を用いた場 合は12
サブキャリア程度のサブバンド化であれば,64QAM
・R=3/4
においてほぼエラーフリーでの伝送 に必要となる実効的SNR
が達成可能であることが分 かる.一方,MMSE
で同一の周波数利用効率を達成 するには30
数dB
以上の実効的SNR
が必要である が,これは12
サブキャリア程度のサブバンド化でも図7 サブバンド化を行った場合のWINNER II B1伝搬 路における平均SNR対周波数利用効率(上:LOS 伝搬路,下:NLOS伝搬路)
Fig. 7 Spectrum efficiency versus average SNR over WINNER II B1 channel with subband.
表2 各伝搬路モデルにおけるRMS遅延分散の平均値と サブバンド幅を最小コヒーレンス帯域幅とする伝搬 路の周波数相関値
Table 2 Average RMS delay spread in the assumed channel model and channel correlation in the frequency domain at which minimal co- herence bandwidth becomes the assumed subband width.
Channel Delay |ρ| η[dB]
model spread SBW SBW SBW SBW [ns] = 12 = 24 = 12 = 24 A1 LOS 38.0 0.9990 0.9963 30.3 24.3 A1 NLOS 25.1 0.9995 0.9983 33.9 27.9 B1 LOS 36.3 0.9991 0.9966 30.7 24.7 B1 NLOS 75.8 0.9963 0.9853 24.3 18.3
達成が難しくなる.以上から,
VP
を適用することに よりサブバンド化に対する制約をある程度緩和できる と考えられる.なお,サブバンド化適用時は高
SNR
領域でSNR
の 増加に対して周波数利用効率が劣化しており,サブバ ンド幅が大きいほど性能劣化が著しいことが分かる.図8 シミュレーションエリア Fig. 8 Simulation area.
図9 仮定したサブフレームフォーマット Fig. 9 Assumed subframe format.
これは
MMSE
重みの生成に際して雑音分散はUE
受 信機における熱雑音電力値に設定し,その電力値を既 知としたため,周波数選択性伝搬路においてサブバン ド化を適用することにより発生する伝搬路推定誤差 に起因する,実効的な雑音分散の増加が考慮されてお らず,最適なMMSE
重みが生成されていないためで ある.3. 2
ランダムUE
配置における性能評価 前節では各UE
のSNR
と間隔を均一にして評価し たが,実際にはUE
位置にばらつきが生じる.そこで,本節では扇型エリア内に
UE
をランダムに配置した場 合を想定した評価を行う.図8
にシミュレーションエ リアとUE
配置のイメージを示す.シミュレーション エリアは扇型とし,その内部にUE 4
台を一様ランダ ムに配置する.BS
は扇型エリアの要の位置に配置さ れ,アレーアンテナのブロードサイドが扇型エリアの 中央方向を向くものとする.一方,各UE
におけるア レーアンテナの向きは360
度一様ランダムとする.信号フォーマットは図
9
に示すように,信号帯域 幅が20 MHz
の3GPP Release 10
下りリンクサブフ表3 ランダムUE配置シミュレーション諸元(基本値)
Table 3 Basic simulation settings with random UE location.
Channel model WINNER II A1 LOS [29]
Range of UE’s distance [3 m, 100 m]
Range of UE’s angle [-60 deg., 60 deg.]
Number of antennas 8 (BS), 2 (UE) Array configuration Uniform linear array Antenna spacing 1λ(BS), 0.5λ(UE)
Number of UEs 4
Number of data streams 8 Center frequency 3.36 GHz Number of subcarrier 1200 Subcarrier separation 15 kHz Channel coding Turbo code [33]
Channel decoding Max Log-MAP (6 iterations) Used MCSs [34] QPSK, R=0.34
(MCS Index : 3) QPSK, R=0.73
(MCS Index : 7) 16QAM, R=0.47
(MCS Index : 10) 16QAM, R=0.76
(MCS Index : 14) 64QAM, R=0.60
(MCS Index : 17) 64QAM, R=0.73
(MCS Index : 19)
AMC Perfect
Spatial filtering weight MMSE weight
Perturbation vector search QRDM-E (T, M) = (3,32) Thermal noise variance Known
Transmission power 26 dBm
Channel feedback No quantization error Channel feedback delay 7 subframes (7 ms) Channel feedback interval 2 subframes
UE velocity 0 km/h
レーム(
subframe : SF
)フォーマット[31]
に若干の 変更を加えたものとする.これは次節にて述べる実 験システムに実装したものと同一である.なお,本 評価においては伝搬路行列の推定に用いるchannel state infomation reference signal
(CSI-RS
),並び に実効伝搬路行列の推定に用いるdemodulation RS
(
DM-RS
)は共に毎サブフレーム送信されるものとす る.VP
の摂動ベクトル加算はデータシンボルのみを 対象とし,参照信号であるcell-specific RS
(CRS
),CSI-RS
,DM-RS
,及びextra RS
(EX-RS
)には適 用しない.また,DM-RS
については文献[32]
と同様 に,データシンボルと同じ送信重みを乗算する.本節における基本パラメータ諸元を表
3
に示す.伝 搬路モデルはWINNER II A1 LOS
とし,UE
距離は 最小で3 m
,最大で100 m
とした.これはWINNER II A1 LOS
モデルの適用範囲に相当する.また,BS
から見た
UE
の角度範囲は±60
度以内とした.伝送路符号化には
3GPP Release 10
と同様の符号 化器構成[33]
に基づくTurbo
符号を用い,復号処理 には繰り返し回数が6
回のMax Log-MAP
復号を用 いる.MCS
は3GPP Release 10 [34]
で規定されたも ののうち,表3
に示す6
種類を用い,adaptive mod- ulation and coding
(AMC
)が理想的に機能すると 仮定して平均sum-rate
を算出した.なお,本論文で は式(2)
に基づき空間フィルタリングの送信MMSE
重みを生成している.この場合,空間フィルタリング 及びこれと同一の送信重みを用いるVP
は平均受信SINR
(signal-to-interference-plus-noise ratio
)が各 データストリーム間で揃うように動作する.すなわち,各データストリームは同程度の伝送性能となることが 期待される.そこで,以降の評価では両方式とも全て のデータストリームで同一の
MCS
を使用するとした.サブバンド幅は
24
サブキャリアとし,伝搬路推定処 理とプリコーディング処理はサブバンド単位で実施し た.送信重みはMMSE
規範により生成し,受信側で もデータストリーム間干渉を抑圧するためのMMSE
受信[35]
を行う.プリコーディングに用いる伝搬路推 定値はCSI-RS
の過去5
サブフレームにわたる同相平 均により得る.また,MMSE
受信及びmodulo
格子 サイズの設定に用いる実効伝搬路推定値は,各データ ストリームにて送信されるDM-RS
を単一サブフレー ム内で同相平均することにより得る.なお,MMSE
重みの生成に際して雑音分散はUE
受信機における熱 雑音電力値に設定し,その電力値を既知とした.以下,特に断りのない限り
UE
は静止状態とし,BS
の総送信電力は26 dBm
とする.伝搬路フィードバッ ク遅延は試作した実験システムに合わせて7
サブフ レーム(7 ms
)とした.また,各サブバンドにおける 伝搬路値(8
送信アンテナ× 2
受信アンテナ= 16
個 の複素数)は2
サブフレームに分けてフィードバック される.これは,実験システムにおいてフィードバッ ク情報を16QAM
を用いて上りリンクで伝送した場合 に相当する.ただし,量子化誤差は考慮しない.3. 2. 1
送信電力に対する平均sum-rate
特性 図10
に送信電力を6
,16
,26
並びに36 dBm
とし た場合における,VP
とMMSE
の平均sum-rate
特 性を示す.SNR
の増加に伴い各方式の平均sum-rate
特性は改善し,特にVP
の特性改善が著しい.一方,MMSE
は送信電力が36 dBm
の場合に平均sum-rate
が劣化している.これはMMSE
重みの生成に際して図10 異なる送信電力に対する平均sum-rate特性 Fig. 10 Average sum-rate performance versus trans-
mission power.
雑音分散は
UE
受信機における熱雑音電力値に設定し,その電力値を既知としたため,周波数選択性伝搬路で のサブバンド化適用により発生する伝搬路推定誤差に 起因する実効的な雑音分散の増加が考慮されておらず,
送受信で最適な
MMSE
重みが生成されていないため と考えられる.結果として,VP
,MMSE
共に送信電 力が26 dBm
程度で達成可能な平均sum-rate
がおお むね飽和しており,その状況においてVP
はMMSE
と比較して約1.6
倍程度の平均sum-rate
が得られて いる.3. 2. 2
伝搬路フィードバックビット幅制限の影響伝搬路フィードバック情報量と伝送性能との間には トレードオフが存在する.そこで,本項ではフィー ドバックする伝搬路推定値のビット幅を制限した場合 の性能評価を行う.各
UE
はフィードバックするプリ コーディング前伝搬路値(推定値)の実部と虚部をそ れぞれ一定のビット幅で量子化する.その際,同一サ ブフレーム内にてフィードバックされる全伝搬路値の 実部・虚部の中で最大の振幅となる値を算出し,その 値に基づきフィードバック値の正規化を行う.フィードバック値の実部・虚部ビット幅対平均
sun- rate
特性を図11
に示す.VP
はフィードバック値の 実部・虚部ビット幅が7
ビット以下になると,大幅に 平均sum-rate
が劣化している.したがって,VP
の 効果を遜色なく引き出すには実部・虚部共に8
ビット 相当の量子化レベルに相当する伝搬路フィードバック が必要となることが分かる.3. 2. 3
時変伝搬路の影響UE
が移動すると伝搬路推定時点と信号送信時点と で伝搬路が異なるため,伝送性能が劣化する.そこ図11 異なる伝搬路フィードバックビット幅に対する平均 sum-rate特性
Fig. 11 Average sum-rate performance versus feed- back bit width of channel information.
図12 最小2乗法に基づく伝搬路予測 Fig. 12 CSI prediction based on least square method.
で,本項では
UE
が低速移動する場合の性能,並びに 最小2
乗法に基づく伝搬路予測[36]
の適用効果を評 価する.図12
に伝搬路予測のイメージ図を示す.UE
はフィードバック間隔(K
サブフレーム)ごとに伝 搬路予測を行い,その結果をBS
にフィードバックす る.その際のフィードバック遅延はD
fbサブフレー ムとする.具体的には,UE
はK
サブフレームごと にその時点での最新L
サブフレームの伝搬路推定値(ˆ h(t − L + 1), ˆ h(t − L + 2), . . . , h(t)) ˆ
に対して最小2
乗法を適用し,その結果を用いた一次外挿補間により(D
fb+ K)
サブフレーム先の伝搬路値˜ h(t + D
fb+ K)
を予測する.すなわち,˜ h(t + D
fb+ K)
は以下より求 められる.˜ h(t+D
fb+K) = ˆ a(t)(t+D
fb+K) + ˆ b(t) (15)
図13 伝搬路予測に使用した伝搬路スナップショット数に 対する平均sum-rate特性
Fig. 13 Average sum-rate performance versus the number of channel estimates used for channel prediction.
ˆ a(t), ˆ b(t)
=
arg min
a(t),b(t)
0 m=(−L+1)| a(t)(t+m)+b(t) − ˆ h(t+m) |
2(16)
そして,これを
BS
に間欠的にフィードバックする.BS
ではフィードバックされた伝搬路予測値˜ h(t+D
fb+K)
をサブフレーム単位で線形補間し,その結果を用いて 送信重みを生成する.伝搬路予測に使用した伝搬路スナップショット数に対 する平均
sum-rate
特性を図13
に示す.なお,横軸の「
0
」は伝搬路予測を適用しない場合を示す.伝搬路予 測を適用しない場合には平均sum-rate
が大幅に劣化 しており,劣化度はMMSE
よりもVP
の方が大きい.一方,伝搬路予測適用時は平均
sum-rate
の劣化が大 幅に抑えられており,UE
移動速度が1 km/h
では過 去20
個の伝搬路推定値を予測に用いることでMMSE
,VP
共に静止時からの劣化は5 %
以内に抑えられてい る.また,UE
移動速度が3 km/h
においても過去5
個の伝搬路推定値から予測を行うことで,MMSE
で 約30 %
,VP
で約40 %
の劣化に抑えられている.こ れはUE
移動速度が1 km/h
で伝搬路予測を適用しな い場合の劣化度に比べて小さい.結果として,UE
の 移動速度が1 km/h
,あるいは移動速度が3 km/h
で 伝搬路予測を適用した場合は,VP
はMMSE
に対し て著しい平均sum-rate
改善が得られている.MMSE
に対するVP
のsum-rate
改善度のCDF
(
cumulative distribution function
)を図14
にそれ ぞれ示す.ここでは,UE
移動速度が1 km/h
の場合は図14 時変伝搬路におけるMMSEに対するVPのsum- rate改善度のCDF
Fig. 14 CDF of sum-rate improvement brought by VP over time-variant channel.
伝搬路予測に使用した伝搬路スナップショット数は
20
,3 km/h
の場合は伝搬路予測に使用した伝搬路スナッ プショット数を5
とした.伝搬路予測を行わない場合,UE
移動速度が1 km/h
の場合で約10 %
,3 km/h
の 場合は約60 %
の確率でVP
の性能がMMSE
から劣 化している.これは,大きなプリコーディング誤差が 存在すると摂動ベクトルの付加に起因してストリーム 間干渉が増大することを意味している.一方,伝搬路 予測を適用するとVP
はMMSE
よりもおおむね性能 が改善することが分かる.以上から,VP
を適用したMU-MIMO
伝送においては低速移動時においても伝搬路予測の適用が不可欠であることが分かる.
4.
実験システムの試作と屋外見通し環境 におけるMU-MIMO
伝送実験4. 1
試作した実験システムVP
に基づく非線形MU-MIMO
伝送の実現可能性 と実環境での有効性検証に向けて,3GPP Release 10
の物理フォーマットをベースにした実験システムを試 作した.実験システム[37]
の外観を図15
に,諸元を表4
にそれぞれ示す.実験システムは8
素子線形アレー アンテナを有する1
台のBS
と2
素子アレーアンテナ を有する4
台のUE
より構成される.各局はアンテナ 数と同数のRF
モジュールを実装したRF
ユニットと,信号処理モジュールや
LAN
インタフェースを有する 信号処理ユニットからなる.各局の信号処理ユニット はアンテナ素子数と同数のCommAgility
社製信号処 理モジュールAMC-3C87F3-GPS
により構成されて いる.これは,主要部品として3
コアを内部に有するDSP
(TMS320TCI6487
,動作周波数1 GHz
)3
個と図15 試作したBSとUEの外観
Fig. 15 Developed BS and UE of the experimental system.
表4 実験システム諸元
Table 4 Configuration of the experimental system.
BS UE
Baseband Sampling rate 30.72 MHz
FFT size 2048
# of subcarriers 1200
Cyclic prefix length 4.7μs
# of operatable UEs 4 —
Modulation scheme QPSK,16QAM,64QAM RF Tx center frequency 3.36 GHz 3.26 GHz
Tx power (MAX) 4 W 1 W Signal bandwidth 20 MHz
Antenna # of elements 8 2
Height 1 to 4 m 1 to 3 m
FPGA
(Virtex-5
TMLX110T-2
)1
個を有する.フレームフォーマットは
3. 2
におけるシミュレー ションと同様のものを上下リンク共に実装した.ただ し,多元接続は性能評価対象の下りリンクではMU-
MIMO-OFDM
を,伝搬路値フィードバックのための上りリンクでは
OFDMA
(orthogonal frequnecy division multiple access
)をそれぞれ用いる.本実験 システムではVP
をリアルタイム動作させるため,図16
に示すように24
サブキャリア幅(最後の4
サブバ ンドのみ12
サブキャリア幅)のサブバンドを構成し,全信号帯域中の
1/4
のサブバンドのみをデータ伝送に 使用する.したがって,実効的なデータ伝送帯域幅は5 MHz
(300
サブキャリア)である.周波数ダイバーシ チ効果を確保するため,4
サブバンドおきに使用する.プリコーディングに用いる伝搬路値は,
CSI-RS
か ら推定した伝搬路値のI
,Q
各成分に対して8
ビット 量子化を行った後に,上りリンクのデータチャネルを 利用してBS
へフィードバックする.同様に,MMSE
重み生成に必要な雑音分散値もCSI-RS
から推定し,フィードバックする.このときのフィードバック遅延
図16 サブバンドとリソースマッピング Fig. 16 Subband structure and resource mapping.
図17 ATRグラウンドでの伝送実験における無線機配置 Fig. 17 Location of radio equipment for the experi-
mental evaluation in ATR ground.
は最小で
7 ms
である.なお,受信タイミング同期は 各サブフレームの第2 OFDM
シンボルにZadoff-Chu
系列より構成されるextra RS
(EX-RS
)の相互相関 受信によるピークサーチ結果に基づき行われる.その 他の処理については3. 2
のシミュレーションと同等の ものを実装している.4. 2
伝送実験結果試作した実験システムを用い,図
17
に示すように 無線機近隣に建物が存在しない環境(ATR
グラウン ド)と,図18
に示すように近隣に建物が存在する環 境(ATR
ビル傍)の双方において屋外伝送実験を実 施した.4
台のUE
はそれぞれBS
から30 m
の距離に 設置し,BS
から見た隣接UE
の間隔は45
度とした.表
5
に実験諸元を示す.BS
側アレーアンテナは送 信側周波数(3.36 GHz
)における8
素子半波長間隔ULA
とし,アンテナ素子はモノポールアンテナある いはパッチアンテナ,使用偏波は垂直偏波(V
偏波)とした.一方,
UE
側では各データストリームの受信図18 ATRビル傍での伝送実験における無線機配置 Fig. 18 Location of radio equipment for the experi-
mental evaluation beside ATR building.
表5 伝送実験における実験諸元
Table 5 Configurations of experimental evaluation.
BS–UE distance 30 m Angular sep. between UEs 45 deg.
BS’s antenna element Monopole antenna (2.1 dBi) or patch antenna (8 dBi) (polarization : vertical) US’s antenna element Monopole antenna
(polarization : ±45 deg.) BS’s array configuration 8-element ULA
(half a wavelength sep.) UE’s array configuration 2-element cross antenna Antenna height 3 m (BS), 1.8 m (UE)
Tx power Max. 15 dBm / element
MCS for CSI feedback 16QAM,R= 0.77
図19 ATRグラウンドにおける実験結果(BSアンテナ 素子:モノポールアンテナ)
Fig. 19 Experimental result in ATR ground. (BS’s antenna element : monopole antenna)
表6 各伝送実験における平均SNR Table 6 Average SNR in each experiment.
Location ATR ground Beside ATR building BS’s antenna Monopole Patch Monopole Patch
UE 1 20.1 dB 21.1 dB 26.4 dB 23.5 dB UE 2 21.8 dB 21.5 dB 24.9 dB 24.5 dB UE 3 21.6 dB 22.5 dB 26.3 dB 25.9 dB UE 4 19.9 dB 20.5 dB 23.7 dB 21.8 dB
電力を確保しつつも偏波ダイバーシチ効果を得るため,
UE
側アレーアンテナは地面に対して± 45
度の偏波を 受信するようモノポールアンテナ2
素子のクロス配置図20 ATRグラウンドにおける実験結果(BSアンテナ 素子:パッチアンテナ)
Fig. 20 Experimental result in ATR ground. (BS’s antenna element : patch antenna)
図21 ATRビル傍における実験結果(BSアンテナ素子:
モノポールアンテナ)
Fig. 21 Experimental result beside ATR building.
(BS’s antenna element : monopole antenna)
図22 ATRビル傍における実験結果(BSアンテナ素子:
パッチアンテナ)
Fig. 22 Experimental result beside ATR building.
(BS’s antenna element : patch antenna)
とした.
ATR
グラウンドにおいて,BS
側アレーアンテナ にモノポールアンテナを用いた場合の使用MCS
対ス ループット特性を図19
に,パッチアンテナを用いた場 合の特性を図20
にそれぞれ示す.また,ATR
ビル傍 において,BS
側アレーアンテナにモノポールアンテ ナを用いた場合の使用MCS
対スループット特性を図21
に,パッチアンテナを用いた場合の特性を図22
に それぞれ示す.加えて,これらの実験における各UE
の平均SNR
を表6
に示す.ATR
グラウンド(図19
及び図20
)の場合,いずれ のBS
側アレーアンテナ構成においても,MMSE
重みを用いた空間フィルタリングは
MCS Index 6
(QPSK, R = 0.63
)において最良のスループットが得られてい る.一方,VP
はMCS Index 12
(16QAM, R = 0.59
) において最良のスループットを示し,MMSE
空間フィ ルタリングと比較してモノポールアンテナ使用時で1.67
倍,パッチアンテナ使用時で1.92
倍に改善してい る.また,モノポールアンテナ使用時と比較してパッ チアンテナ使用時の方が高いスループットを示す傾向 にある.このことから,周辺に構造物が存在しない環 境においては利得の高いアンテナを使用することによ るSNR
改善が,スループット向上に寄与すると考え られる.ATR
ビル傍(図21
及び図22
)の場合,VP
適用 によりモノポールアンテナ使用時で1.83
倍,パッチ アンテナ使用時で1.66
倍にスループットが改善して いる.また,変調方式としてQPSK
(MCS Index
が3
〜8
)ないし16QAM
(MCS Index
が10
〜15
)を使 用した場合は,パッチアンテナ使用時よりもモノポー ルアンテナ使用時の方が高いスループットを示す傾向 にある.これは,水平面内で無指向性であるモノポー ルアンテナを使用すると周辺の構造物による反射波を 受信するため,指向性を有するパッチアンテナ使用時 と比較してSNR
が向上するとともに空間相関が低く なり,チャネル容量が改善するためと考えられる.た だし,モノポールアンテナ使用時とパッチアンテナ使 用時のいずれにおいても,ATR
ビル傍での実験ではグ ラウンドでの実験と比較して高いSNR
が得られてい るにもかかわらず,達成スループットはATR
ビル傍の 方が低い.これは,ビル傍の方が反射波の影響により 伝搬路の周波数選択性が高く,24
サブキャリア幅のサ ブバンド化による性能劣化が現れていると考えられる.5.
む す び本論文では線形プリコーディングの一種である空 間フィルタリングと
VP
に基づく非線形プリコーディ ングに関して,屋内外伝搬路を想定した計算機シミュ レーションを行った.評価結果から,VP
は屋内と屋 外のいずれの伝搬路においても空間フィルタリングと 比較して同一周波数利用効率達成に必要なSNR
を低 減できるポテンシャルを有することを確認した.また,市販の移動通信システムの信号処理モジュールを用い た
3GPP Release 10
物理フォーマットに基づくリア ルタイム処理が可能な無線装置を試作して屋外環境に おける伝送実験を実施し,VP
の実現可能性と実環境におけるスループット改善を実証した.
一方で,
VP
を効果的に機能させるには伝搬路フィー ドバックに際して8
ビット以上の量子化が必要なこと,周波数選択性の大きな伝搬路におけるサブバンド化の 適用や,数
km/h
程度の低速UE
移動でも伝送性能が 大幅に劣化することを確認した.このうち,UE
移動 による伝送性能劣化は伝搬路予測の適用により軽減可 能である.また,実環境では伝搬路変動に起因して同 期タイミングの変動が発生する可能性がある.この場 合,周波数領域における伝搬路が急速に変動して見え るため,UE
移動時にも高い伝送性能を得るには様々 な工夫が必要であると考えられる.また,本論文では 説明を割愛したが,MMSE
規範で送信重みを生成す ると受信側で無視できない程度のmodulo
サイズの推 定誤差の発生が確認された.この詳細と対策手法につ いては文献[38]
を参照されたい.謝辞 本研究は総務省の研究委託「非線形マルチ ユーザ
MIMO
技術の研究開発」により実施したもの である.VP
の装置実装について様々な助言を頂いた株 式会社モバイルテクノ 加藤俊雄氏に深く謝意を表す.文 献
[1] 中村武宏,ベンジャブール アナス,岸山祥久,“LTEの 発展と将来無線技術の展望,”信学技報,RCS2011-334, March 2012.
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