河 原 田 盛 美 ・ 史 料 ノ ー ‑
1 大 久 保 政 権 の 「 社 会 的 支 柱 」 に 寄 せ て ‑
本 稿 は ' 主 と し て ' 維 新 期 か ら 明 治 十 年 前 後 に い た る * 時 期 の ' 政 治 史 へ の 関 心 に も と づ い て 作 成 し た '
河原 田 も り は る
盛美お
よ び 河 原 田 に 関 す る 史 料 の ノ ー ト ‑ 党 雷 で あ る .
そ の 関 心 は ' 研 究 史 の 現 状 に 即 し て t よ り 具 体 的 に 表 現 ヽ ヽ ヽ す れ ば ' 維 新 政 権 の シ ッ ポ で あ る と 同 時 に 明 治 絶 対 主 義
国 家 の 「 原 型 」 を 作 り 上 げ た と い わ れ る ' 大 久 保 政 権 の
社 会 的 支 柱 ⁝ 支 持 基 盤 の 問 題 t の 1 都 に つ き る .
明 治 絶 対 主 義 国 家 が ' そ の 固 有 の 社 会 的 支 柱 を 欠 如 し
河 原 田 盛 美 ・ 史 料 ノ
ート
(鎌田)鎌 田 永 t
吉(‑)
て い た と い ‑ 一 つ の
指摘に注 意 す る 切 合 ' そ こ で い ‑ 権
力 の 支 配 株 式 に お け る イ デ オ tI ギ ー 的 ・ 政 策 拭 縦 的 要 素
が ' 当 該 社 会 の い か な る 階 層 を 通 じ て ' ど の よ ‑ に 歴 史
具 体 化 し て 行 く の か 。 そ れ は 例 え は ' 「 政 府 の 人 民 ‑ 政 (2 ) 党 へ の 超 然 主 我 と 国 民 の 非 政 治
化」が進 行 す る と い ‑ 拒
摘 と も か か わ り を 持 つ 問 題 と 思 わ れ る が ' そ の 場 合 ' ヽ ヽ ヽ ヽ 非 政 治 化 と は ' 国 民 の 側 か ら は ' ど の 階 層 に よ っ て ど の
よ ‑ に と ら え ら れ ' 進 行 し た 事 実 を 拾 す の か 。 あ る い は
ま た 「 国 家 稗 成 の 原 理 と 支 配 様 式 に お け る 両 極 的 二 元 論 」 (3 ) に も と づ く 「 体 制 的 中 間 層 」 と は ' い か な る か た ち で み
九 三
史 料 館 研 究 紀 要
第四号ず か ら を ・ 主 体 的 に そ の も の と し て 自 己 形 成 し て い く 階
層 を 揖 し て い る の か 。 本 稿 で は こ ‑ し た 問 題 に 関 心 を 寄
せ つ つ '当 面 '大 久 保 政 権 成 立 の 時 期 に お け る 権 力 川 支 配
体 制 の 創 出 に 下 か ら 参 画 し て 行 く で あ ろ ‑ 階 層 の 歴 史 具
体 的 な 在 り 方 の 一 つ を '幕 末 の 農 村 社 会 に 求 め 'そ の 雅 新
後 に お け る 権 力 と の か か わ り 方 の 一 つ の 姿 を 追 求 す る 。
一 方 で ' 「基 底 か ら と 権 力 か ら と の 引 力 の 均 衡 点 」 に (4 ) 位 置 し て い た こ れ ら 「明 治 的 な 中 間 層 」 の ' そ の 反 体 制
的 側 面 の 分 析 は た い へ ん に 多 い 。 と く に こ の 時 期 に 関 し
て い え ば 、 大 久 保 政 椿 成 立 期 前 後 に お け る 民 衆 の 蜂 起 の
分 析 を 通 し て ' こ の 時 期 の 支 配 層 内 部 の 対 立 抗 争 ' そ れ
が 生 み 出 す t よ り 広 い 局 面 に お け る 政 治 的 矛 盾 の 本 質 に (5 ) 迫 っ た 佐 藤 誠 朗 ・ 井 川 一 良 民 の 研 究 は ' 示 唆 的 で あ る 。
こ こ で 意 図 し て い る も の は ' こ ‑ し た 階 層 の そ れ ら へ の
対 極 的 側 面 の 分 析 で あ る 。
本 稿 作 成 の も と に な っ た 史 料 は ' 当 面 t A = そ の 大 部
分 を 占 め る ' 文 部 省 史 料 館 所 蔵 「祭 魚 洞 文 庫 旧 蔵 水 産 史
料 」 (﹃ 史 粁 館 所 蔵 史 料 目 録 ﹄ 第 八 集 所 収 ) と t
B‑同 「 陸 奥 国
九四南 会 津 郡 官 沢 村 河 原 田 家 文 書 」 (潤 .﹃ 目 録 ﹄ 第 十 蛮 所 収 。 「祭 魚 洞 文 庫 旧 蔵 史 料 」 の 内 )' お よ び C ‑ 河 原 田 の 生
家 で あ る ' 現 福 島 県 再 会 浮 郡 伊 南 村 宮 沢 九 三 八 河 原 田 家 (6 ) (現 当 主 河 原 田 盛 雄 氏 )所 蔵 史 料 を 主 と す る 若 干 の 現 地 史 (7 ) 料 で あ る 。 右 の ‑ ち ' 主 と し て A の 史 料 群 に よ っ て わ れ
わ れ は ' 明 治 期 の 尚 古 沢 農 政 (史 ) 学 者 と し て 著 名 な 級 田
完 之 ( 1 八 四 二 I l 九 二 三 ) に 近 い ' 農 政 家 ・ 官 僚 と し
て の 河 原 田 の 相 貌 を 概 括 的 に 把 握 し ‑ る L t
Bに よ っ て
河 原 田 が 明 治 期 に 登 場 し て 来 る 歴 史 的 背 景 の 1 両 を さ ぐ
る こ と が 可 能 で あ る 。 C は ' 今 の と こ ろ ' こ れ ら を 補 足
的 に 説 明 し ‑ る 史 料 群 で あ る 。
本 稿 で は ' 先 述 の 関 心 に 即 し て ' こ れ ら の 史 料 の 整 理
ノ
ー ト 夙 に ' 河 原 田 に 関 す る 問 題 息 の 予 備 的 な 指 摘 を 目
指 す 。 こ の た め に 、 末 尾 に 主 要 な 史 料 を 掲 げ た 。
* 後 述 「履 歴 」 お よ び 「碑 文 」 の 呼 称 に よ る 。 一 般 に は 「 モ ‑ ヨ シ 」 と 称 し て い る 。 な お 同 人 は ' 弥 藤 太 ・ 盛 征 ・ 愛 七 郎 ・ 数 衝 ・ 久 弥 ・ 弥 六 な ど の 異 称 を 時 々 に 持 つ が 、 本 稿 で は 便 宜 上 ' 盛 実 と 称 す る こ と に す る 。
な お ' 以 下 文 中 で の 「A ‑ 1 、 A I 2 ' ・・・ ‑ 」 は 前 記 史 料 群 の 種 別 と 整 理 番 号 を ' 「史 料 3 ' 史 料 ㈲ ' ・・・ ‑ 」 は ' 本 稿 後 掲 史 料 の 番 号 を 示 す 。
二
ま ず ' 盛 美 の 経 歴 を 概 観 す る 。
こ の た め の 基 本 史 料 は 明 治 三 五 年 1 1 月 作 成 の 「河 原
田 盛 業 履 歴 」 (A I 78 ‑ 30 ) な る 自 筆 稿 本 で あ る が ' 該 書
は ' 同 月 二 八 日 付 を も っ て ' 盛 美 と 同 族 で 現 地 の 郷 土 史
家 政 河 原 田 徳 作 氏 の 編 集 と し て ' 活 版 印 刷 で 頗 布 さ れ て (8 ) い る 。
こ こ で は ' こ れ に も と づ い て 経 歴 を 摘 記 す る よ り も '
最 も 簡 潔 で 要 を 得 た ' 放 田 克 之 の 撲 銘 文 (史 料 3 ) を 掲 げ
た 方 が よ い 。
右 書 に は 「東 京 牛 込 区 払 方 町 九 番 地 碑 文 協 会 」 と '
閲 了 を 示 す 「完 之 」 の 二 つ の 押 印 が 見 え て い る 。 功 徳 碑
が ' 実 際 に ど こ に 建 立 さ れ た か は ' H 下 の と こ ろ 明 ら か (9 ) で な い 。 碑 文 協 会 は 織 田 の 創 立 に な る も の で あ る
が'単
河 原 田 盛 美 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) に 右 の 碑 文 は 「 四 方 の 請 に 応 じ て 撰 文 甜 竜 せ る も の 」 の 1
つ で は な い 。 前 出 碑 文 の 末 尾 に '盛 美 と は 「若 松 県 以 来 之
知 人 」 と あ る ご と く ' 松 本 壬 生 門 下 の 粒 田 が ' 国 鮮 映 掌
を 名 と L t 長 州 藩 に 入 ろ ‑ と し て 慶 応 三 年 に 岩 国 で 捕 え
ら れ ' 明 治 二 年 二 月 に 釈 放 さ れ て 後 ' 同 年 六 月 弾 正 台 を
経 て t T 〇 月 '若 松 県 知 事 光 城 主 四 条 隆 平 の 推 挙 に よ っ て
同 県 権 少 属 と な っ て 以 来 ' 監 察 局 頭 取 兼 主 事 と し て 教 学
普 及 の 任 に 当 っ て 三 年 七 月 に 柄 気 迫 任 す る ま で の 期 間 に (10 ) 交 流 が あ っ た も の で あ ろ ‑ 。 両 者 の 交 流 が そ の 後 河 原 田
の 死 に い た る ま で 続 け ら れ た で あ ろ ‑ こ と は ' も ち ろ ん
織 田 の 経 歴 に よ っ て み れ ば 当 然 で あ ろ ‑ L t 残 存 す る 省 (ll ) 伝 ( B ‑ 6 0 ) や 盛 美 の 「東 山 日 誌 」 中 の 多 く の 記 部 が こ れ
を 袈 づ け る o
盛 実 は 明 治 四 年 に 出 京 L t 六 年 一 一 月 ま で の 間 ' こ れ
ま で つ な が り の 探 か っ た 華 族 近 柵 家 の 家 政 改 革 に 従 事 し じ かた た が 、 こ の 間 に 「 日 本 凸 学 捷 径 」 全 三 巻 の 著 述 や 地 方 制
度 の 考 究 に 従 っ て い る (A ‑ 78 ‑ 30 に よ る ) か ら ' 同 年 一 一
月 に 大 蔵 省 租 税 媒 出 仕 と な っ た の は ' あ る い は 牧 田 の 推
九
五史料館研究紀要第四号
挙 が あ っ た た め か も し れ な い
。ま た さ ら に ' 盛 美 出 京 の
契 機 の 一 つ も ' 放 田 と の つ な が り に あ っ た の で は あ る ま
い か (な お 後 述 ) 0
こ こ で ' 右 の 二 書 に よ っ て ' ま っ た く の 便 宜 的 措 置 と
・ し て へ 盛 美 の 活 動 期 間 を ' 次 の 七 期 に わ け て お く 。 ′ 3: 天 保 1 三 年 ‑ 明 治 元 年
< 誕 生 時 か ら 戊 辰 戦 争 期 ま で >
⇔ 明 治 二 年 ‑ 六 年 1 0 月
< 若 松 県 生 産 局 御 用 掛 ・ 通 商 掛 に 取 立 て ら れ て 以 後 出 京 、
著 述 業 従 事 の 期 間 >
臼 明 治 六 年 1 1 月 I l 〇 年 八 月
< 大 蔵 省 出 仕 か ら 輿 論 島 支 庁 長 兼 督 部 心 得 罷 免 に い た る 期
間>
軸 明 治 7 0 年 末 ‑ 1 六 年 三 月
< 著 述 業 ' 物 産 開 発 = 指 導 ' 千 葉 県 出 仕 を 経 て 農 商 務 省 御
用 掛 に 任 命 さ れ る ま で の 期 間 >
田 明 治 1 六 年 三 月 ‑ 二 三 年 1 二 月
< 員 商 務 省 出 仕 と な っ て 以 来 貞 務 局 技 手
‑判 任 官 三 等
‑杏 九 六
辞 任 す る ま で の 期 間 >
㈹ 明 治 二 三 年 二 一月 ‑ 三 六 年
< 帰 郷 俊 ' 農 業 経 営 ・ 産 業 開 発 ‑ 指 導 に 従 事 し た 期 間 >
肘 明 治 三 六 年 ‑ 大 正 三 年 八 月
∧ 県 会 議 員 当 選 後 ' 死 去 す る ま で の 期 間 >
右 の ‑ ち ' 第 五 期 以 降 は 、 さ し あ た り 本 稿 の 直 接 の 取
扱 い 範 囲 か ら 除 く . 本 稿 は 河 原 田 盛 実 の 年 代 記 を 意 図 し
た も の で は な い が ' こ の 稿 の 性 格 上 ' 一 応 右 の 時 期 区 分
を 念 頭 に 置 き つ つ ' 若 干 の 問 題 点 に 関 し て 史 料 の 検 討 を
試 み る 。
ま ず 第 二 期 に つ い て と り 上 げ よ ‑ 。 第 一 期 の ' 幕 末 期
の 河 原 田 家 お よ び 河 原 田 家 を 中 心 と す る 村 落 社 会 の 動 向
に つ い て は ' 項 を 改 め て ふ れ る こ と に し た い 。
は じ め に 行 諭 上 の 都 合 上 ' こ こ で 父 弥 七 (盛 一 ) の 村 落
に お け る 地 位 を ‑ か が っ て お く (第
1表 ) 。 盛 美 は ' 文 久
三 年 ' 愛 七 郎 と 改 名 し て 多 々 石 ・ 朴 木 両 村 難 村 引 立 名 主
の 役 を 父 に 代 わ っ て 勤 め る 時 点 か ら 藩 の 統 治 機 構 と の か
か わ り を 正 式 に も ち ' 元 治 元 年 家 督 を 継 ぎ 五 人 扶 持 を 給
第1表 河原田家名主勤妹雷上井御賞方 (万延二年同名史料による)
年 月 l 事 萌 1 備 考
天
保四凶作二付窮民御手当寸志差
上難民御手当実利調達差上
御産物寸志差上 ・
調達金御請 二付
窮民御手当御備方‑寸志差上
(マ、)
但、文久元年迄六ヶ年相劫 調達金差上
/ /
//
名主格被仰付 上下御用拾被仰付 御褒糞金二分被下 三 ツ組盃一箱放下 苗字御免被仰付
御中納戸御上下地御用達被仰付 多 々石村仮名主被仰付 縞木綿弐反故下 吸物椀二十人前被下位 鉄銚子放下匿
朴木村名主打紐預百姓代兼帯被 仰付
官沢村等四力村名主立入社仰付
天保
5.8富永3.3
安政 2.12
//
/
y 3.2/
/ 3.3/ /
^
/ 3.ll/
/ 5.2/
/ 5.ll〃 7.3 万延元6
河 原 田 盛 美 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) さ れ る (以 下 ' 経 歴 に つ い て は 、 と く に 断 わ ら な い か ぎ り A ‑
78 ‑ 30 に よ る )。 段 応 三 年 六 月 に 金 持 箔 よ り 「 親 跡 目 指 揮
役 申 付 焼 魚 有 事 節 ハ 親 同 株 組 下 ノ 老 共 召 迎 レ 御 差 回 次 第
柳 無 手 細 閥 出 防 禦 方 可 取 計 快 事 但 石 工 付 而 ハ 規 弥 七 へ
相 接 任 侠 武 辞 始 縫 高 張 等 値 二 其 方 へ 相 波 思 快 事 」 と 譜 の
軍 事 焼 粉 の 末 端 を 担 ‑ 役 割 を 与 え ら れ ' 同 一 一 月 に は 数
荷 と 改 名 ' 小 習 院 掛 目 見 仰 せ つ け ら れ 、 こ の 間 扶 持 加 増
も あ っ て ' 翌 四 年 正 月 に は 御 近 習 一 ノ 寄 合 庸 と な っ て 三
月 下 旬 ま で の 間 ' 上 野 国 境 桧 枝 岐 村 の 暫 僻 の 任 に つ い て
い る . こ の 期 間 以 降 盛 栄 は 会 沖 藩 士 と し て 腎 僻 ・ 偵 察 ・
戦 闘 行 動 に 従 部 し て い る わ け で あ る が ' こ の 時 揃 の 動 静 (12 ) は ' 親 弥 七 の 自 筆 に な る 「 三 狛 雑 記 」
(BI朗 ) に 詳 し い 。
史 料 3 に も 見 え る よ う に ' 盛 実 は 四 月 三 日 に 藩 の 探 索
内 令 を ‑ け て 上 野 ・ 下 野 か ら 江 戸 に 出 て 閏 四 月 三 日 に 江
戸 を 発 L t 下 総 ・常 陸 ・下 野 を 経 て 塩 原 温 泉 口 か ら 帰 落 し
て お り ' こ の 報 告 が 若 松 滞 陣 中 の 板 食 ・ 小 笠 原 両 旧 幕 関 (13 ) に な さ れ た が ' こ の 期 間 の 動 静 ' お よ び 同 時 期 に 盛 栄 に 代
わ っ て 末 弟 末 書 が 担 っ て い た 河 原 田 家 の 「 袋 業 及 物 産 取
九 七
史料館研究紀要第四号
扱 」 ' 同 家 を 含 む 在 郷 商 人 層 の 横 浜 ・関 東 方 面 の 商 取 引 活
動 の 1 両 も '前 記 「 三 独 雑 記 」 で 知 る こ と が で き る (後 述 )0
つ ぎ に 明 治 二 年 一 〇 月 一 〇 日 ' 若 松 県 断 獄 方 に 捕 縛 さ
れ た 盛 美 は ' 一 五 日 に 放 免 さ れ て 以 後 二 月 か ら ' 恐 ら
く 三 年 一 杯 に わ た っ て 若 松 県 生 産 局 御 用 掛 ・ 通 商 掛 の 任
に あ る が ' こ の 間 の 活 動 状 況 の 一 斑 は ' 彼 の 手 留 と 思 わ (14 ) れ る 明 治 三 年 「 雑 記 」 ( B ‑ 77 ) で 知 り ‑ る 。 し か し ' 恐
ら く こ の 期 間 に 勧 業 ・ 指 導 の 立 場 か ら 生 産 局 資 金 貸 付 に
従 事 し て い た こ と を 示 す 史 料 ㈲ ' お よ び こ の 貸 借 内 容 を
具 体 的 に 示 す 史 料 榊 が ' と も に 盛 栄 の 生 産 局 辞 任 ‑ 出 京
の 背 景 の 一 面 を 物 語 る で あ ろ ‑ 記 録 と し て 重 要 で あ る 。
史 料 物 は ' 名 主 (戸 長 ) の 手 留 と 思 わ れ る も の で あ る
が ' こ れ に よ れ は 盛 美 は 弥 六 と 称 し て い て 生 産 局 野 尻 分
局 の 大 元 〆 と し て 資 金 貸 付 業 務 に 従 事 し て お り ' 三 年 一
一 月 の 分 局 の 若 松 合 併 に よ る 貸 付 金 の 強 制 回 収 が 頃 務 農
家 各 戸 に 激 甚 の 打 撃 を 与 え て い る こ と が わ か 渇 。 河 原 田
家 の 場 合 ' 弥 六 が 数 日 合 計 四 千 両 余 の 貸 付 を 受 け て い る
と あ る が ' 史 料 刷 で は ' 四 年 末 現 在 ' 弟 末 書 名 儀 が 二 五 九
八〇 両 程 ' 久 弥 名 儀 が 二 ' 四 〇 〇 両 程 (証 文 喜 啓 に よ る 金 額
か ) と あ る 。 こ れ だ け の 史 料 で は 真 相 究 明 は 不 可 能 で あ
る が ' そ の 辞 職 ‑ 出 京 の 意 味 を ' 維 新 政 府 の 新 し い 統 治
体 系 の 整 備 過 程 の な か で ' そ こ か ら 疎 外 ‑ 排 出 さ れ て 行
く 経 営 の 一 つ の 典 型 の 現 わ れ と し て と ら え て い く こ と が
可 能 で あ ろ ‑ 。 そ れ は ' 河 原 田 の 転 換 を 暗 示 し て い る 。
四 年 の 出 京 以 降 六 年 二 月 の 問 ' 盛 美 は 近 衛 家 家 政 改
革 に 従 事 し な が ら ' 著 述 に 従 っ た よ ‑ で あ る 。
盛 美 の い わ ば 思 想 形 成 の 背 景 に つ い て は 「履 歴 」 で 推
定 で き る 。 経 学 ・ 国 学 は も と よ り ' 俳 誰 ・ 和 歌 ・ 医 学 ・
剣 術 修 業 は ' 1 六 歳 か ら 数 次 に わ た る 諸 国 遍 歴 を 通 じ て
鍛 え ら れ た も の で あ ろ ‑ が ' 思 想 形 成 の 内 面 に わ た っ て
知 る こ と は 自 筆 日 記 が 欠 如 し て い る 現 在 不 可 能 で あ る 。
但 し t の ち の ' 農 政 官 僚 ・ 勧 業 指 導 者 と し て の 盛 美 の 出
発 点 が 、 「履 歴 」 に 「慶 応 三 卯 年 蚕 卵 紙 ノ 改 良 ヲ 計 画 シ
三 千 余 枚 ヲ 梨 シ テ 横 浜 二 出 シ 洋 人 工 販 売 シ 大 工 信 用 ヲ 得
ク リ 」 と あ っ て 幕 末 期 に 農 業 経 営 に 従 事 し て い た 時 期 に
あ っ た こ と は 勿 論 で あ り ' そ の 契 横 が 文 久 元 年 に 宮 崎 安
貞 「 農 業 全 書 」 に 接 し て 以 来 で あ る こ と を 自 ら 記 し て い
る 。 右 書 に は 七 年 の 内 務 省 出 仕 前 後 か ら ' 佐 藤 信 淵 家 学
に 憤 倒 し 小 野 樋 山 の 本 州 学 に 取 組 む こ と が 契 機 に な っ て
良 政 に 志 し た と あ り ' こ ‑ し た 上 京 前 後 に お け る 放 学 へ
の 没 入 の 1 つ の 成 果 が 「 日 本 段 学 班 径 」 全 三 巻 の 著 作 に
な っ て 現 わ れ た も の で あ ろ ‑ 。 こ の 期 間 に ' 前 記 給 田 完
之 と の 交 流 が 深 め ら れ て い た で あ ろ ‑ こ と は 前 述 し た 。
こ こ で 後 期 の も の を 含 め て 盛 美 の 著 作 物 を 一 覧 し て お
く (史 料 細) . 見 る と お り H そ の 大 部 分 は ' 内 務 省 お よ び
農 商 務 省 出 仕 中 に 著 わ し た 農 林 水 産 業 関 係 と く に 水 産 物
書 (官 撰 ・ 私 撰 を 含 む ) で あ っ て t と . TT 紀 行 ・地 誌 抗 が こ れ に 次
ぎ ' 臼 と く に 内 務 省 致 仕 後 明 治 一 一 ・ 一 二 年 ご ろ に 学 校
用 教 科 書 と し て 著 述 ・ 出 版 し た も の (「 明 治 用 文 章 大 全 」 ・
「 日 本 地 理 書 字 引 」 な ど ) も 含 ま れ て い る 。 こ の 期 間 は ' 東
京 に 在 っ て 学 校 用 教 科 書 出 版 業 を 行 な っ て い る が ' 一 七
年 現 在 の 記 録
(A‑78 ‑ g3) に よ る と 八 冊 の 書 物 の 版 権 を
所 有 し て お り
'‑ ち 四 冊 が 自 著 で あ る 。 こ れ ら の 著 作 物
は そ の 全 貌 が 不 明 で も あ り (A ・ B と も に ' 数 点 し か 現 存
河 原 田 盛 栄 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) (15 ) し な い )、 本 稿 で は 盛 糞 の 他 の 著 作 物 や 蔵 臼 の 枚 討 も 含 め
て そ の 思 想 史 的 位 置 づ け を 行 な ‑ こ と や ' 明 治 期 尚 古 派
良 (政 ) 学 の 系 統 的 解 明 を 志 す こ と も ' 客 観 的 班 情 か ら 不
可 能 で あ り ' こ れ ら に つ い て 心 他 日 を 期 さ ね ば な ら な い 。
次 に ' こ の 時 期 の 政 治 的 主 張 に つ い て み て お こ ‑ 0
こ こ で も ま た 当 然 の こ と な が ら ' 次 に の べ る 史 料 ㈲ '
脚 の 二 つ の 「建 言 書 」 も ' 盛 栄 の 思 想 的 系 譜 を た ど り そ
れ と の 関 連 に お い て 位 位 づ け る こ と は ' こ の 段 階 で は 困
難 で あ る が ' 史 料 に 表 出 し て い る 政 治 的 主 張 の 特 徴 点 だ
け に つ い て ふ れ て お き た い 。
史 料 糊 は 明 治 五 年 八 月 の 建 言 で あ る が ' こ の こ と は 「履 歴 」 に も 記 述 が な く ' ど の よ ‑ な 事 情 の も と で だ れ
に 対 し て な さ れ た も の か 不 明 で あ る 。 こ こ で の 主 張 の 目
的 は ' 「 国 体 ヲ 確 立 シ 富 強 ノ 方 法 ヲ 立 ル 串 」 で あ り ' 「富
強 ノ 道 」 は 「 百 工 物 産 ヲ 富 殆 シ 」 ' 「商 権 商 律 」 を 建 て る
こ と に 鐙 か れ て い る 。 し か る に 現 在 は 西 洋 思 潮 の 無 原 則
な 受 入 れ と 「頑 固 ノ 徒 」 の 因 循 姑 息 に よ る 無 方 向 ・ 無 秩
九 九
史料館研究紀要第四号
序 の 状 態 に あ っ て
'こ の 「 日 本 ノ 通 弊 」 を 打 破 す る 途 は
た だ 「政 府 ノ 政 令 教 官 ノ 告 諭 」 の み で あ り ' こ れ に よ っ
て は じ め て 「各 生 活 ノ 日 的 ヲ 立 ' 英 美 ヲ 営 ミ 国 内 ノ 物 産
ヲ 富 苑 セ シ ム ル 」. こ と が 可 能 で あ る t と い ‑ も の で あ
る
。
こ こ で ' 主 張 し て い る こ と は 、 い わ ば 上 か ら の 政 治 主
導 型 に よ る 物 産 開 発 ・ 生 業 振 興 な の で あ る が ' 次 の 史 料
脚 で は ' か な り ニ ュ ア ン ス の 異 な っ た 括 柄 を す る に い た
っ て い る 。
こ の 史 料 脚 は ' 「履 歴 」 に 「 六 年 三 月 左 院 二 衆 議 院 開
設 ノ 件 国 是 確 定 ノ コ ト ヲ 建 言 ス 」 と あ る も の を 拒 す と (16 ) 思 わ れ る 。 こ こ で は ' ま ず 現 政 府 の 失 政 と し て 批 判 し '
左 院 で 審 議 す べ き 点 と し て 挙 げ る の は 次 の 七 点 で あ る 。
す な わ ち t H 国 費 濫 用 を 招 く 無 原 則 ・ 無 制 限 な 外 国 文
物 制 度 の 輸 入 を 行 な っ て い る こ と t 的 豪 農 商 の 保 護 ・ 育
成 に よ っ て 財 政 強 化 を は か る べ き な の に ' エ 部 省 が 中 心
に な っ て 官 営 工 業 を 推 進 し て い る こ と ' 臼 豪 農 商 が 担 ‑
べ き 通 商 の 振 興 を 目 的 に 政 府 大 官 が 外 遊 し 国 政 を 放 耕 し 一〇 〇 .
て い る こ と t 的 現 地 情 勢 を わ き ま え な い 開 拓 使 の 中 央 集
権 的 ・ 官 僚 的 運 営 が 行 な わ れ て い る こ と t 的 司 法 権 限 の
一 方 的 な 地 方 分 散 が 行 な わ れ て ' 各 県 鎮 圧 が 行 な わ れ 難
く な っ て い る こ と ' 3; 文 部 教 部 の 丙 官 が 畠 国 学 を 普 及 せ
ず ' 共 和 思 想 の 滴 鞄 を 招 い て い る こ と ' 肘 大 蔵 卿 が 我 国
会 計 の 任 務 を 放 籾 し て 外 遊 し て い る こ と 、 以 上 で あ る .
右 に 続 い て ' 「国 体 ノ 大 道 立 サ ル ト 大 蔵 ノ 会 計 立 タ 」
ず と い ‑ 恐 る べ き 二 つ の 事 態 を 指 摘 す る 。 「国 体 」 ‑ ん
ぬ ん に つ い て は 具 体 的 な 展 開 が な い の で こ こ で は 後 者 に
つ い て み る . 征 韓 論 分 裂 に い た る こ の 時 期 の 政 争 が ' 基
本 的 に は 「富 国 」 ‑1 プ ル +シ ョ ア 化 の 課 題 に 優 先 し た 「強
兵 」 ‑ 軍 事 力 創 出 '階 級 武 装 方 式 と い ‑ 課 題 を め ぐ っ て 展
開 し た も の で あ る こ と は す で に 指 摘 さ れ て い る と こ ろ で (17 ) あ る が ' 当 時 そ の 権 能 の 閉 止 状 態 に 近 か っ た 左 院 へ の 右
建 言 書 で ' 盛 美 が 「 大 蔵 ノ 会 計 立 タ サ ル 」 事 態 を つ い た
現 状 認 識 や 大 蔵 卿 の 外 遊 批 判 は ' 井 上 ・ 渋 沢 の 動 き を め (18 ) ぐ る 留 守 政 府 内 部 の 矛 盾 を か な り 適 確 に と ら え た も の と
い ‑ べ き で あ ろ ‑ 0
前 記 の 失 政 七 ヵ 条 指 摘 の 事 実 も 含 め て 考 え る と ' こ の
批 判 の 立 場 は 反 井 上 ・ 渋 沢 の 政 治 的 立 場 に 連 な っ て い る
と い ‑ べ き で あ ろ ‑ が ' こ の 点 は よ り 総 体 的 な 判 断 の 材
料 を 待 つ こ と に す る 。
右 に 関 す る 部 分 の 結 論 は ' 「速 1) ・・・ ・・・ 会 計 奇 法 ノ 策 ヲ
設 ' 然 ル 中 二 正 法 ヲ 行 」 な ‑ こ と ' す な わ ち 国 家 財 政 の
急 激 な 増 大 に 対 す る 抜 本 的 な 方 策 を 樹 立 す る こ と ' そ れ
が も た ら す 破 局 的 事 態 を 回 避 す る た め に 「天 下 大 会 議 ヲ
以 テ 議 会 早 ク 此 事 ヲ 議 」 す る こ と を 力 説 し て い る 点 に あ
る 。 こ こ の 部 分 の 真 意 は 充 分 に は わ か り に く い 箇 所 も あ
る が ' 意 周 し て い る こ と の 内 容 が ' 当 段 階 の 左 院 の 機 能
充 実 化 の 主 張 で あ り ' そ の 点 で こ の 時 期 の 「国 会 議 院 」
構 想 な ど と 同 塀 の も の で あ る こ と の 推 測 が 可 能 で あ り t ヽ ヽ ヽ ヽ か つ そ の 国 論 統 一 が 共 和 思 想 の 危 険 性 を 指 摘 し つ つ ' 治
安 強 化 と 表 袋 の 関 係 で 提 議 さ れ て い る こ と を 見 逃 し え な (19 ) い 。 従 っ て 本 建 言 書 提 出 の 階 級 的 立 場 は ' 前 記 失 政 批 判
⇔ ・ 臼 項 の 拾 楠 と 合 わ せ 考 え れ ば ' ま さ に 「豪 農 商 」 の
そ れ で あ る こ と も 明 ら か で あ ろ ‑ . こ の 立 場 が ' 次 期 の
河 原 田 盛 糞 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) 民 撰 議 院 設 立 建 白 運 動 等 の 動 向 と ど ‑ つ な が り ' 盛 栄 自
身 が こ の 運 動 を ど う と ら え て い た か t . い ま は 判 断 の 材 料
がな
い 。
以上
が 本 建 言 容 の 現 段 階 で の 1 応 の 意 味 づ け で あ る 。
本 建 言 容 提 出 と 翌 年 の 内 務 省 出 仕 と の 関 係 の 有 無 を 枚 討
す る こ と も ' 今 後 の 仕 事 で あ る 。
三
つ ぎ に 第 三 期 に ‑ つ る 。
左 院 に 建 白 苔 を 提 出 し た と 同 じ 年 の 1 1 月 に ' 盛 美 は
大 蔵 省 租 税 奴 十 二 等 出 仕 と な っ て ' は じ め て 官 界 に 入
り '翌 七 年 1 月 に は '新 設 の 内 務 省 地 理 寮 に 配 属 さ れ て 地 (加 ) 理 説 ・ 記 録 課 の 仕 事 を し て
いる。こ の 期 間 の ま と ま っ た
史 料 は 見 当 ら な い 。 大 蔵 省 か ら 内 務 省 へ 所 属 部 局 負 が そ
の ま ま 自 動 的 に 配 転 さ れ た も の で は な く ' 新 設 内 務 省 の
充 実 に 意 欲 を 憤 け た 大 久 保 利 通 の 意 向 に よ っ て 「人 物 ‑ (21 ) ‑ 御 公 撰 」 が な さ れ た と 思 わ れ る が ' 盛 栄 を め ぐ る 具 体
的 事 情 は 不 明 で あ る 。 一〇 一
史料館研究紀要第四号
同 年 九 月
'盛 美 は 琉 球 洋 壌 務 取 調 掛 に 任 命 さ れ て 以 来 '
九 年 五 月 ま で 一 年 八 カ 月 に わ た っ て 琉 球 薄 事 務 取 扱 い の
第 1 線 の 仕 事 を 担 当 す る こ と に な る . 周 知 の よ ‑ に ' 廃
藩 置 県 以 降 六 年 段 階 ま で は ' 政 府 の 琉 球 併 合 に 対 す る 態
度 は 決 し て 積 極 的 な も の で は な か っ た の で あ る が ' 征 韓
論 分 裂 以 降 の 急 激 な 政 治 情 勢 の 変 化 の 中 で ' 大 久 保 派 の
政 治 的 立 場 の 強 化 (征 韓 沢 に 連 な る 反 政 府 分 子 附 不 平 士
族 層 を 中 心 と し た H の 懐 柔 と い ‑ 意 図 も 含 め て ) の た め
に ' 琉 球 「処 分 」 の 問 題 が 1 醍 政 治 課 題 と し て 登 場 し た
も の と 考 え て よ か ろ ‑ 。 盛 美 の 右 ポ ス ト へ の 着 任 は ' 琉
球 藩 事 務 が 内 務 省 所 管 と な っ た 四 カ 月 後 で あ る 。 ( こ の
事 務 取 調 掛 着 任 後 ' 内 務 権 中 録 か ら 中 録 に 昇 任 ) 0
八 カ 月 後 の 八 年 五 月 ' 琉 球 在 勤 を 命 ぜ ら れ て ' 七 月 に
琉 球 に 渡 り ' 同 1 1 月 に は 在 琉 球 内 務 省 出 張 所 長 心 得 と
し て 現 地 で の 第 一 線 行 政 に 当 る 。 以 下 ' 本 稿 で は ' 在 勤
中 お よ び こ の 前 後 に つ い て は ' 主 と し て 政 治 史 的 観 点 か
ら の 史 料 の 説 明 と 問 題 点 の 指 摘 を 行 な ‑ 0
こ の 時 期 に 関 す る 主 要 な 史 料 は ' ① 「琉 球 秘 録 井 鬼 界 1〇 二
島 取 調 箇 条 」 (A I L 71 2) ' ② 「琉 球 雑 録 」 (A ‑ )7 )5 )'
③ 「琉 球 在 勤 書 煩 」 ( A ‑ ) 7) 6) で あ る 。
こ れ ら は ' い ず れ も 多 数 の 書 類 の 綴 込 み で あ り ' こ の ‑
ち 最 も 多 い の は ' 物 産 取 調 ・ 開 発 お よ び 博 物 館 や 米 国 博
覧 会 出 品 に 関 す る 調 査 ・ 統 計 ・ 報 告 ・ 往 復 書 杭 で あ る 。
こ の た め に 本 島 の み な ら ず 、 先 島 も 含 め て 島 峡 の 実 地 調
査 も 行 な っ た 証 拠 を 示 す 日 記 ・ 統 計 資 料 も 断 片 的 な が ら
残 さ れ て お り ' 在 勤 中 ' 盛 美 が こ れ ら の こ と に 最 も 関 心
を 持 ち ' ま た 実 際 に 力 を 注 い だ 業 務 の 内 容 が か な り の 程
度 ま で 判 明 す る が ' 本 稿 で は こ れ ら の 史 料 の 全 面 的 な 紹
介 と 検 討 は ' 紙 幅 の 都 合 上 割 愛 せ ざ る を 得 な い 。
こ の 時 期 に お け る 明 治 政 府 の 「琉 球 処 分 」 に 関 す る 基 3榔 E 本 的 経 過 唱 が よ び こ れ を め ぐ る 政 治 史 上 の 諸
問題につ い
て は ' す で に 明 ら か に さ れ て い る 部 分 が 少 な く な い の
で ' こ こ で は ' 単 に 密 偵 や 治 安 関 係 者 の 観 点 か ら の 表 面
的 な 分 析 史 料 で は な く ' 実 務 の 第 一 線 に い て 常 時 琉 球 藩
当 局 者 と 交 渉 に 当 た り ' 或 い は 産 物 取 立 て 等 の た め に 直
接 藩 内 農 村 の 実 態 を そ れ な り に 掌 握 し て い た 河 原 田 の 閑
係 史 料 を 紹 介 し ' は じ め に 設 定 し た 視 点 に 限 定 し て 若 干
の 検 討 を 加 え て お く 。
盛 美 は ' 琉 球 藩 支 配 層 と の 交 渉 任 務 を 帯 び た 内 務 大 丞
松 田 道 之 こ ハ 等 出 仕 伊 地 知 貞 曇 等 と と も に 七 月 一 〇 日 に
那 覇 港 に 着 き ' こ こ に あ っ た 政 府 出 張 所 に 入 っ て い る 。
松 田 等 が ' 日 清 両 属 に こ だ わ り ' 政 府 の 辞 制 改 革 や ' 学
問 修 得 者 ・ 藩 主 の 上 京 要 求 等 に 言 を 左 右 に し て 応 じ よ う
と し な い 支 配 層 と 交 渉 を 続 け る 間 ' 盛 栄 は そ の 首 墜 城 や
那 覇 出 張 所 に お け る 交 渉 の 場 に も 終 始 同 僚 し て い る 。 こ (別 ) れ ら の 経 過 に つ い て は ' 松 田 の 記 録 に 詳 し い 。 八 月 二 〇
日 の 右 の 記 事 に '
午 彼 二 時 使 方 二 晩 テ 在 郷 研 港 内 内 務 省 出 張 所 二 於 テ 討 論 内 席
ヲ 開 ク 乃 チ 許 吏 ‑1 ハ 摂 政 伊 江 王 子 三 司 官 甜 添 親 方 池 城 親 方 富 (マ 〜) 川 親 方 与 参 ト シ テ 与 那 原 親 方 串 地 親 方 脊 良 武 親 雲 上 内 聞 親 雲
上 親 里 親 雲 上 等 出 頭 シ 内 地 官 吏 1 ア ハ 余 (筆 者 証 ・松 田 ) 井 二 伊
地 知 内 務 六 等 出 仕 及 ヒ 余 之 随 従 官 吏 中 田 内 務 八 等 出 仕 種 子 島
内務権大録当出張所在勤官攻福崎内務
九
等出仕
河原田内務中録 時 任 内 務 十 二 等 出 仕 等 出 頭
シテ 共 肺 二 着 ク ( 一 二 六 頁 )
河 原 田 盛 栄 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) と あ り ' 続 い て 彼 我 の 「 討 論 交 錯 」 の こ と を 伝 え て い る
が ' A ‑ 17 )2 に よ る と 盛 美 は こ の 同 じ 日 に 松 田 に 宛 て て
今 般 御 達 ノ 条 件 既 三 二 十 余 日 二 至 り 今 二 御 詔 二 不 及 侠 処 過 日
率 地 親 方 等 へ 談 話 之 議 モ 有 之 快 間 拙 者 存 付 ノ 研 ヲ 以 今 明 日 之
内 首 里 二 至 り 談 判 之 末 別 紙 ヲ 差 出 他 方 便 ノ 説 ヲ 加 へ 見 小 皮 此
段
相向恢 也
梢此他は張桝二
於
テロロ相<,似邦
も可和之帳間此段も御永知旺相成腔併官金柁之招]]付御
指紳
ヲ乞フと い ‑ 文 苔 を 差 出 し て ' 進 ん で 琉 球 藩 当 局 者 の 説 得 を 只
っ て 出 て い る こ と が わ か る 。 右 文 台 に は 松 田 の 承 認 印 も
押 さ れ て い る が ' 右 史 料 に 収 め ら れ て い る 、 八 月 ハ ・
1 七 日 同 日 付 の 盛 美 宛 事 地 親 方 書 状 ( 二 通 ‑ 原 本 ) に 、 と
も に 松 田 と の 段 階 の 交 渉 段 取 り を 「為 御 心 得 」 ' 「此 段 及
御 報 」 と あ る よ う に ' 直 接 松 田 の 命 令 系 統 に 属 し な い 内
務 省 出 張 所 受 任 者 (所 長 心 得 に な っ た の は 二 月 で あ る
が ) と し て の 一 応 の 独 自 な 地 位 と 宋 任 に も と づ い て 説 得
の 任 に 当 っ て い る の で あ る 。 松 田 に 伺 い を 立 て た の は '
前 記 ﹃ 琉 球 処 分 ﹄ 第 五 号 文 容 ( 二 〇 〇 頁 ) に あ る 約 定 に 従
一 〇 三
史 料 焔 研 究
紀要第pq号
「.
.....d1言 ]
̲.・IJ..・J
.∴・
咽.・・孟・f・・̲
葱.・;
.・L..也⁚
恥
招⁚ 銅
轟雷諸賢
的LW 蟹
L,,‑
弦
15+慧ナウ・′ム⁚,′‑為
W,・ナ 軽
7牙⊥i,.+.
.I・:I...㌻・:=.I:̲I..i・‑.・・・・{ :
;I). 門
..小二両々
手紙‑/
L人坤・.T封
‑・g敏ーLL
ン.l .I
、.本
・.I.
?忌⁚ナ汚学
食範耳tg巾入
itJ.屯池 亀 やCP獲
轍
一・ f
・軸
・ 7
㌧朝練
・
・..
. . . ㍉ i・ ‑(
:,
心:J.
i.・I ,
,. . I
1.‑
・
表出・丑・・ 港
人サ ー ̲L
サ t∫
乳
‑ 8仏 /及tl牛 謡⁚;・.I.
:
.紺.".I..I.fZiT.7・....‑:17..⁚:I.:.:.. 控:綿,FH⁚頂悠」は漂鳥Hr[緩り範早P・号‑丁孝ソ
ガイ鳥‑熊や増 第1図琉球漕当局者宛て河原田意見TJR草稿(部分)(A‑1712)
一〇
四ったためであろ‑。
右「別紙」は八月二一日付の盛糞の口上書を添えて'
今帰王子ら五名の藩高官に出されたもののよ‑である。
大筋は﹃琉球処分﹄第二冊所収の政府側諸文書と同様で
あるが'参考のためにその1部を写真に掲げた(第1図)0
ここでは'われわれは'着任後間もない、出張所とい‑
第1線に勤務する内務官僚としての盛葉の群棲的行動に
注目しておくに止めたい。
こうしたことについては、さらにも‑一つの側面も見
ておく0
月目の前後閑係が不明であるが'このころ「在琉内務
省出張公館諸務順序」全1歎(
A I
17
16
)を定めて執務体制の整備に当るとともに、二月三日には出張所長心
得河原田盛美の名をもってへ大久保内務卿宛てに「琉球(25)帯地出張所地所井二建物之義二付伺書」(
A I 1 7) 2 )
を提出して'これまで琉球藩が維持教を負担していた老朽庁
舎の官費による新築を建議するなどの意欲を示してい
る。この建議は容れられたものと思われ、のちに新築が
3
簡 E 許 可 さ れ て い
る。
し か し 勿 論 ' 課 題 の 最 た る も の は ' 「両 属 」 に こ だ わ
り 現 実 に 政 府 の 統 一 支 配 に 服 す こ と を 潔 し と し な い 琉 球
藩 当 局 の 権 能 を 削 減 し ' 出 先 機 関 と し て こ れ を ど ‑ 服 属
さ せ て 行 く か t と い ‑ 統 治 方 法 確 定 の 問 題 で あ っ た 。 こ
れ に つ い て 盛 美 は ' 「内 務 省 出 張 所 二 於 テ 裁 判 上 警 察 上
兼 務 ノ 件 」 お よ び 「港 内 人 民 ノ 為 メ ニ 着 手 ス .へ キ 件 々 1 ‑ 勧 盈 勧 商 ノ 事 」 の 二 章 の 建 議 を し て い る . こ の ‑ ち 第
1 草 の み を 史 料 S (A ‑ 17 16 ) と し て 掲 げ た . (㌘ ) 盛 栄 が 九 月 二 二 日
付で' 出 張 中 の 松 田 ・ 伊 地 知 丙 官 に
建 議 し た 趣 旨 は ' 「何 ヲ 以 テ 権 限 ト ナ シ 何 ヲ 以 テ 職 務 ト
ス ル 」 か 不 明 な 現 状 打 破 の 第 1 歩 と し て 「 確 乎 明 瞭 タ ル
成 規 定 例 」 を た て る こ と ' つ ま り 「出 張 所 職 務 権 限 粂 定
処 務 ノ 順 序 等 御 制 定 」 に 着 手 せ よ t と い ‑ こ と に あ る 。
現 状 で は 洋 治 は 藩 主 に 委 任 さ れ て い て そ の 権 限 は 強 大 で
あ る の に ' 現 実 に は ' 例 え ば 裁 判 等 は 旧 弊 ・ 無 力 に よ る
た め に ' 1 部 内 地 人 に よ り 無 法 状 態 が あ ら わ れ て い る が
こ れ に つ い て 出 張 所 官 員 は 容 唆 で き な い . と く に 「彼 藩
河 原 田 盛 美 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) 王 ハ 一 等 官 ニ ッ チ 是 レ 勅 任 也 ' 参 事 亦 奏 任 也 、 之 二 説 諭
卜 云 ヒ 指 揮 ス ル ノ 権 ハ 無 之 」 矛 盾 も あ る 。 内 務 省 に 裁 決
を 仰 ぐ と し て も ' 時 間 が か か り す ぎ る 。 こ の 問 題 は 実 際
に ど う す れ ば よ い の か 。 ま た ' 外 船 渡 来 等 の と き も そ の
応 接 権 限 は 外 務 省 に あ る 。 要 す る に 出 張 所 は ' 実 権 が な
く 浮 上 が っ た 存 在 な の で あ る 。
こ ‑ い ‑ ' い わ ば '内 政 外 交 の 両 面 に お け る 内 務 省 に よ
る ' 現 実 の 統 治 能 力 の 欠 如 を 強 調 し た 盛 栄 の 真 意 の 一 つ
は ' 出 先 機 関 の 強 化 と い ‑ こ と に あ っ た こ と は 勿 論 で あ
ろ ‑ 。 現 実 の 出 張 所 長 心 得 と し て の 自 分 の 、 内 務 官 僚 と
し て の 地 位 引 上 を 要 求 し た t と 見 る こ と も 可 能 で あ ろ う
が ' 右 の 分 析 に よ る 出 張 所 強 化 第 は 、 3: 内 地 人 民 に 関 す
る 裁 判 権 の 付 与 ' 3I 出 張 所 官 員 の 警 察 官 兼 任 ' 臼 建 物 の
新 設 (独 立 。‑ 前 述 )t 的 巡 回 費 用 の 充 実 t 的 藩 内 非 職 士 族
の 磁 似 t 的 地 誌 ・ 国 史 桐 輯 取 調 の 内 地 と の 同 列 化 t は 電
信 電 話 の 架 設 t の 会 計 規 則 の 制 定 ' 等 々 で あ る 。
と こ ろ で ' 右 の 出 張 所 権 限 の 強 化 (
‑明 確 化 ) を 実 施 す
る に 当 っ て ' 盛 美 の 実 施 過 程 に お け る 態 度 は ' か な ‑ 柔 一 〇
五史料館研究紀要第四号
軟 性 の あ る 現 実 的 な も の で あ る こ と も 見 逃 せ な い 。 右 史
料 の 前 段 に 注 意 し て み る と そ の こ と が わ か る 。 盛 美 に よ
れ は ' も し 清 国 と の 同 属 を 諦 め き れ ず ' 内 政 因 循 に 堕 し
政 府 の 政 令 の 趣 旨 を 理 解 し よ ‑ と し な い 支 配 層 に 決 定 的
打 撃 を 与 え る と す れ ば 「廃 藩 蔭 県 」 以 外 の 方 策 が な い と
い ‑ 意 見 は ' 「緩 急 得 失 ヲ 最 知 セ サ ル ノ 愚 策 」 で あ る 。
現 状 で は ' そ れ は 政 府 出 費 の 増 大 を 結 束 す る だ け だ か ら
で あ る . こ こ で は と り あ え ず ' 3: 藩 庁 ・ 内 務 省 両 裁 判 官
に よ る 協 議 ' 両 庁 名 に よ る 布 告 公 布 ' ⇔ 各 地 番 所 へ の 掲
示 場 設 置 ' 田 成 規 に よ る 裁 判 実 施 ま で の 両 庁 適 宜 処 分 t
的 両 庁 に よ る 合 議 尊 重 ' を 方 針 と し て 行 く べ き だ と す る
こ の 意 見 は ' 先 述 の 松 田 ・ 伊 地 知 両 官 へ の 建 議 の 趣 旨 か
ら か な り 後 退 し た 妥 協 的 な も の と い ‑ べ き で あ ろ ‑ 0
両 官 へ の 建 議 を 引 用 し た 右 史 料 は ' 最 後 尾 の 記 述 に よ
っ て み れ ば ' 退 任 ‑ 帰 京 直 後 に 建 議 さ れ た も の の よ ‑ で 3曜 E あ る が ' 右 史 料 の あ と に 一 葉 だ け 投 込 ま れ た 草 稿 に も ' 「時 勢 卜 利 害 卜 土 地 風 俗 人 情 等 ヲ 査 考 ス レ ハ 漸 ヲ 以 テ 旧
弊 改 正 ス 可 ク ' 先 ツ 帝 王 代 替 位 迄 ハ 成 丈 些 細 二 捗 ス ' 条 1 〇
六理 名 分 二 罷 り 差 任 レ 難 キ 霞 件 ノ 外 港 知 ハ 帝 王 へ 御 委 任 ノ
処 ヲ 以 テ 御 据 置 ノ 方 可 然 ' ‑ ‑ 我 日 本 政 府 ノ 版 図 ノ ㌻ l
坂 シ 且 洋 治 体 段 相 立 侯 上 ハ 少 ク 人 心 ノ 居 合 ヲ 見 合 ス シ テ
ハ 人 心 服 セ ス 」 と あ る 。
要 す る に ' こ こ で は ' 在 勤 当 初 提 示 し た 具 体 策 堅 不 さ
れ た 態 度 は ' 一 年 は ど の 在 勤 期 間 を 通 じ て 微 妙 に 変 化 し
て お り ' 勢 急 な 同 化 ‑ 権 力 剥 奪 を 主 張 す る 政 府 部 内 の 1
部 急 進 諭 を 「愚 策 」 と し て 退 け ' 人 心 掌 握 を 前 提 と し て '
現 実 的 ・ 妥 協 的 な 統 治 方 策 を 提 案 し て い る と い え よ ‑ 0
さ て ' 帰 京 後 間 も な く 出 さ れ た 右 意 見 書 に お い て 盛 美
の 主 張 し た 、 内 務 省 出 先 機 関 の 権 限 強 化 案 は ' ほ と ん ど
こ の 線 上 で 大 久 保 内 務 卿 の 認 め る と こ ろ と な っ て 具 体 化
し て い る 。 先 に 挙 げ た 庁 舎 新 設 ・ 事 務 機 構 改 革 ・ 諸 経 費
の 充 実 は も ち ろ ん で あ る が ' 内 地 人 民 に 関 す る 出 張 所 へ
の 裁 判 権 付 与 ・ 警 察 機 構 の 充 実 に つ い て も ' 港 内 警 察 権
は 藩 庁 '裁 判 権 は 出 張 所 、藩 民 ・ 他 府 県 民 と の 民 事 刑 事 事
件 の 出 張 所 臥 ! )な ど , 藩 権 力 の 抑 制 を 厳 し く し つ つ も ,
全 体 と し て ほ ぼ 建 言 に 沿 っ た 配 慮 を 加 え て 実 施 さ れ て い
る の で あ る
。す で に 述 べ た よ ‑ に ' 右 の 統 治 体 制 の 整 備 ・ 強 化 に 関
す る 改 革 意 見 は ' 琉 球 に お け る 産 業 開 発 に 対 す る 独 自 な
建 言 と い っ し ょ に 提 出 さ れ て い た 。 い ま こ れ を 詳 細 に 紹
介 ・ 検 討 す る 余 裕 は な い が ' 要 す る に そ れ は ' 沖 縄 に お
け る 生 産 性 の 低 さ ' 商 業 活 動 の 立 遅 れ の 克 服 を 強 調 し た
も の で あ り ' 沖 縄 の 「将 来 ノ 事 ヲ 按 ス レ ハ 専 ラ 勧 商 勧 農
ノ 事 ヲ 疏 念 」 す る 必 要 が あ る が ' こ れ ま で に 「調 査 熟 考
ス ル ニ ア ジ ア 洲 ノ 中 ノ 1 大 寄 島 ニ ッ チ 物 産 ヲ 繁 殖 セ シ ム
ル ニ 容 易 デ ル モ ノ 数 多 ア リ 」' 但 し そ の 開 発 は 「 一 時 二
之 レ ヲ 着 手 ス 可 キ ヲ 欲 ス 可 ラ ス 漸 次 二 施 行 ス 可 シ 英 資 街
ハ 藩 ノ 租 八 千 二 百 石 ノ 内 ヲ 幾 分 ト カ 定 ム 可 シ 」 i Jす る O
右 の 意 見 は ' 沖 縄 の 低 生 産 性 ' 立 遅 れ た 商 業 活 動 の 克 服
を 目 指 し て ' 島 内 の 詳 細 な 産 業 調 査 に よ る 資 料 を も と
に ' い わ ば 政 府 出 資 を 中 心 に し た 官 営 商 業 ・貿 易 を 進 め '
民 生 安 定 を 狙 っ た も の と 思 わ れ る 。 こ の た め に ' 彼 は 在
勤 中 に 内 務 省 勧 業 寮 担 当 者 と 虐 給 を と っ て ' 信 連 ・ 上 信
地 方 の 内 地 養 蚕 ・ 製 糸 の 技 術 導 入 と ' 生 産 I 販 売 計 画 を
河 原 田 盛 栄 ・ 史 料 ノ
ート (鎌 田 ) 樹 立 し て い る し 、 煙 草 に つ い て も 同 株 で あ る 。 開 墾 計 画
も 樹 て ら れ て い た (前 出 史 料 )。 右 建 言 書 で 触 れ て い る 品
目 は ' こ れ ら の ほ か ' 石 芝 ・ 胡 板 ・ 陶 韓 ・ 海 産 物 ・ 疏 菜
・ 牧 畜 ・ 薬 草 ・ 貝 細 工 ・ 貯 等 々 で あ り ' こ れ ら の 改 良 ・
開 発 の た め の 官 営 同 国 設 立 ・ 内 地 へ の 留 学 生 沢 迫 の 必 要
性 も 強 調 さ れ て い る 。
わ れ わ れ は ' い ま こ ‑ し た 産 業 開 発 意 見 書 の '結 果 に お
け る 影 坪 な ど を 史 料 的 に 詳 か に す る こ と が で き な い が '
こ こ で 指 摘 で き る こ と は '盛 美 の 意 見 の 骨 子 は '現 地 産 業
の 政 府 保 護 ・ 樹 導 に よ る 開 発 促 進 が 佼 先 す べ き で あ り '
そ れ は 後 進 地 域 沖 縄 に お け る 生 産 ・ 商 業 活 動 の 改 革 に よ
る 民 衆 の 生 活 安 定 と 統 治 政 策 推 進 の 前 提 で あ る こ と が 少
く と も 意 図 さ れ て い る こ と で あ る 。 そ れ は 基 本 的 に は '明
治 政 府 に よ る 上 か ら の 産 業 の 近 代 化 の 方 向 に 添 ‑ も の で
あ っ た も の の ' 同 時 に 薩 摩 藩 (血 児 島 県 )商 人 を 中 心 と す
る 内 地 人 の 伝 統 的 な 収 奪 商 法 と 対 立 せ ざ る を 得 な い 面 を
も つ も の で あ る こ と も 見 逃 し え な い 。 こ ‑ し た 現 地 で の
行 動 ' そ れ と 表 裏 の 関 係 に あ る 現 状 認 識 の 特 質 を 見 る か
︼ 〇
七史料館研究紀要第四号
ぎ り ' 盛 美 が 単 な る 内 務 省 派 遣 の 一 事 務 官 僚 た り え .な か
っ た こ と ' そ れ は さ き の 現 地 統 治 体 制 の 改 革 意 見 と 無 関
係 で は な か っ た こ と を ' こ こ で は 確 認 し て お く に 止 め た
い . そ の こ と が ' 出 張 所 長 心 得 解 任 ‑ 内 地 召 還 と ど う 関
係 が あ る の か t も 今 後 の 一 応 の 疑 問 と し て 残 し て お く 。
内 務 省 那 覇 出 張 所 長 心 得 を 解 任 さ れ た 九 年 五 月 以 降 の
こ と に つ い て は ' 以 下 必 要 な 事 実 の み に 触 れ て お く 。 ・
彼 は ' 翌 一 〇 年 四 月 ま で 内 務 省 庶 務 局 ・ 警 保 局 事 務 取
扱 と な っ て 約 一 年 を 過 ご し た の ち ' 四 月 一 四 日 ' 鹿 児 島
県 出 向 と な り ' 六 月 に は 輿 論 島 支 庁 長 を 命 ぜ ら れ て い る
が ' な ぜ か ' 四 カ 月 後 に は 着 任 前 に 兼 官 (司 法 省 十 二 等
出 仕 ・ 警 部 心 得 ) と も 罷 免 さ れ て い る 。 こ の 間 に ' 西 南
戦 争 の 実 戦 場 へ も 出 張 し て い て ' つ ぶ さ に こ の 戦 争 の 意
味 を 認 識 さ せ ら れ た は ず で あ る が ' そ の 心 情 を 徴 す る 史
料 は ' 西 郷 の 建 白 書 写 以 外 に 見 当 ら な い 。 以 下 第 四 期 以
降 に つ い て ' 主 要 な 点 の み を と り あ げ て お こ ‑ 0
退 任 後 は ' 専 ら 学 校 用 教 科 書 編 集 ・ 出 版 事 業 に 当 る か
た わ ら ' 大 日 木 魚 会 ・ 同 山 林 会 会 見 に も な っ て い て ' 一 一 〇
八三 年 に は 琉 球 産 物 拡 張 の た め 同 地 域 k
J.赴 い た り ' 薩 吟 選
島 水 産 会 社 設 立 準 備 の た め 北 海 道 に 渡 っ た り し て い る '
盛 美 が ' い わ ば 実 業 界 に 入 る ' 約 四 年 の 歳 月 が あ る 。 こ
の 民 権 運 動 ‑ 国 会 開 設 請 願 活 動 の 昂 揚 期 に ' か つ て 意 気
軒 昂 た る 政 府 批 判 の 筆 を 執 り ' 堂 々 と 国 会 開 設 (﹃ 履 歴 ﹄)
を 主 張 し た 盛 美 が 史 料 的 に は 全 く こ の 政 治 問 題 に 関 心 を
示 し て い る 事 実 が 窺 え な い こ と t に 注 目 し て お き た い 。
少 な く と も ' そ れ は 行 動 面 で 表 わ れ て は こ な い 。 琉 球 処
分 問 題 を 通 じ て 、 行 政 官 僚 と し て で は あ る が ‑ と い ‑
よ り む し ろ 通 常 の 行 政 官 僚 と し て の 実 務 の 範 囲 を 越 え か
ね な い 熱 意 を も っ て ' 墳 極 的 に 政 策 の 基 本 方 針 に わ た っ
て 取 組 ん で い た 時 期 が 一 つ の 頂 点 と な っ て ' こ の 前 後 か
ら ' ま さ に 政 治 か ら の 離 脱 が 始 ま っ て い る こ と が 看 取 で
き る 。
た し か に ' 彼 は 一 四 年 一 一 月 に 千 葉 県 七 等 属 を 振 り 出
し に ' 再 び 官 僚 の 世 界 に 入 り 始 め る 。 ハ年 に は 農 商 務
省 御 用 掛 兼 務 も 命 ぜ ら れ 、 翌 年 か ら 農 商 務 省 水 産 課 傭 と
な っ て 以 来 ' 水 産 局 に 拠 点 を 置 い て 精 力 的 な 水 産 行 政 と
技 術 拒 導 に 当 る こ と 二 四 年 ま で 七 年 間 ' 全 国 各 地 の 踏
査 ' 技 術 指 導 ' 共 進 会 ・ 博 覧 会 審 査 ' 講 演 等 に 寧 日 措 く
こ と の な い 行 動 を 見 せ て い る 。 こ の 間 ' 幹 事 と し て 会 の
運 営 に も 当 っ て い た 大 日 本 水 産 会 に も 出 向 し て お り ' 退
職 を 決 意 し た 二 三 年 に は 農 商 務 技 手 判 任 官 三 等 に 進 ん で
い る 。 今 日 残 存 し て い る 水 産 関 係 の 移 し い 著 作 物 ・ 稿 本
等 は ' 大 部 分 こ の 七 年 間 の 活 動 を 背 景 に 作 成 さ れ た も の
で あ る 。
し か し 断 わ る ま で も な く ' こ の 過 程 は ' 政 策 へ の ' い
わ ん や 政 治 へ の 関 与 で は な く ' 技 術 官 僚 あ る い は 尚 古 派
段 学 の 継 承 者 の 一 人 と し て の ' 水 産 行 政 に 投 入 し て 行 く
過 程 で あ る こ と は 明 ら か で あ ろ ‑ 0
二 四 年 に 、 末 弟 末 書 死 去 に よ り 老 父 孝 養 を 名 と し て 非
職 と な っ て 以 後 ' 盛 美 は 郷 里 商 会 搾 郡 伊 南 村 宮 沢 の 生 家
に 還 り ' こ こ に 段 業 者 と し て の 道 に 入 る こ と に な っ た 。 (討 ) こ の 後 は ' 自 家 経 営 の 拡 充 ・ 発
展に従 事 す る か た わ ら 自
村 の 産 業 開 発 '開 墾 ・ 水 利 部 業 の 指 導 ・ 育 成 に 当 り '野 岩
越 鉄 道 敷 設 ・ 田 島 銀 行 経 営 な ど 地 方 経 済 界 で も 拒 導 的 立
河 原 田 盛 実 ・ 史 料 ノ
ート(鎌田)場 に 立 つ L t 共 進 会 ・ 博 覧 会 等 の 審 査 を は じ め と す る 政
府 ・ 地 方 委 員 と し て の 全 国 的 な 仕 軒 に も 前 期 に ひ き つ づ
い て 活 発 に 参 加 し て い そ .二 二 六 年 の 福 島 県 会 議 員 当 選 ‑
‑ 以 後 死 去 の 年 ま で 1 k t こ ‑ し た 活 動 の 1 つ の 側 面
と し て 現 わ れ て 来 る も の と 思 わ れ る 。
し か し ' こ の 時 期 に つ い て は 主 題 の 対 象 外 に な る の
で ' 稿 を 改 め な け れ ば な ら な い 。
四
本 項 で は ' 第 一 期 す な わ ち 幕 末 ‑ 維 新 期 の 官 沢 村 の
社 会 経 済 状 態 お よ び 河 原 田 家 の 経 営 に つ い て 租 税 す る 。
現 地 史 料 の 発 掘 調 査 が 不 完 全 な 段 階 で ' 詳 細 な 枚 討 ほ 不
可 能 な の で ' 盛 栄 が 維 新 期 の 政 治 過 程 に 関 与 し て 来 る 背
景 を 考 察 す る た め の 手 が か り に な る 史 料 を 紹 介 し 若 干 検
討 す る こ と に よ っ て ' 文 字 ど お り 概 観 を す る に 止 め る 。
補 訂 は 後 日 を 期 す る こ と に し た い 。
再 会 印 郡 官 沢 村 (現 再 会 拝 郡 伊 南 村 宮 沢 ) は ' 幕 府 直
支 配 と 会 津 藩 預 り 支 配 と を 交 互 に ‑ け た 南 山 御 蔵 入 億 の 一 〇 九
史料館研究紀要
第 四 号
第2回 南 山地 方略 図
1 1 0
‑ ち
古 町
組 に
属 し '
近
世 の
村 高 は
本 田 I
二 二 八
石 〇
七
四 (
新 田
一 石 二 三 六' 合
計 二
二 九 石 三 二 二 ( 文 久 四 年 )' 明 治 三
年 の
調
べ で
は 田
五 町
四 畝
二 四 歩' 畑 一 六 町 三 反 八 畝
二 一
歩 の 畑
勝 ち の 山
村 で あ る 。
前 面 は
伊 南
川 に
画 し '
南 方 に 潮 れ は 檎 枝
蚊 を 経 尾 瀬 沼 か 沼 街 道 に 上 州 に て 田 出 て ら
達 し '
北 は
伊 南 川 が 只 見 に
流
れ が る
東
西 は
岐
峻 な 山
岳 に
遮 ら
れ て
お り へ
東 側 が
幕 府 代 官
所 の あ っ
た 田
島 に
向 ‑
山 道 が
作 ら
れ' こ
れ
を 経 て
若
松 に
達
す る ( 第 参 照 ) 図
2。
全
体 当
御 蔵 入 之 義 者 地
面 広 い L と
へ 四 と も
方 八 方
大 山 こ て し
田 畑
九 牛 か
1 毛 相 当 す' 雪 は 八 月 四 月 迄 山 上 二 q 二 ら .
不 絶'
誠 二
辺 郡 第
1 之
寒 国
也' 依 之 冬 春 迄 関 男 ハ
♂東
へ 出 '
夫 々
働 き を 致 叉 ハ 他 国 商 内 等 を 致 す 有 女 布 織 織 面 百 ハ 々 し も ヲ り
、姓 相 続
致 し
来 り
旗
へ バ
国 産 第
1 之 麻 布 絹 糸 て こ
御 収
納 方 相 励 ミ 快 事 故 江 戸 表
へ ひ さ 出 ぎ
供 商 人 無 之 侯 而 ハ 相 成
不 申
土
地 柄
(
下
略
)
( B ‑
劫
文政二二年
) と
い ‑
産 業 立 地 条 件 の
は' 南 山 一
帯 の
特 長
を 1
ホ
す の で も
あ っ
た。 経 済 圏 は' む 若 松 ろ よ し
▲り 上 下 野 州 か 江 戸 も ら
に 向
か 展 開 て て っ し
い
規 定 さ れ た 盛 民 層 分 解 皮 の 低 さ が 明 治 以 降 の 福 島 県 内 に
あ っ て も こ の 地 帯 に 特 異 な 政 治 ・ 経 済 構 造 を 作 り 出 し て (31 ) い く こ と は ' す で に 指 摘 さ れ て い る と こ ろ で あ る 。 山 間
地 と し て の 特 性 が 飯 米 の 買 入 米 依 存 の み な ら ず ' 年 貢 米
か ら の 越 年 夫 食 ・ 翌 年 開 作 拝 借 米 に 煩 ら ざ る を 得 な か っ
た こ と と 年 貢 石 代 納 制 が 結 び 合 っ て ' こ の 地 域 の 農 民 に
と っ て 毎 年 現 金 獲 得 が 至 上 の 課 題 と な っ て い た こ と が '
1 方 で 出 塚 や 副 業 的 な 商 品 生 産 を 必 然 化 し ' 他 方 ' 金 融
手 段 と し て の 質 地 の 増 大 を 結 果 す る 。 こ の 二 つ は ' 従 っ
て い ず れ も 幕 藩 体 制 が 必 然 的 に 作 り 出 す 現 象 で あ る こ と
は 詳 説 の 要 が な い 。 こ ‑ し た ' 体 制 の 生 み 出 す 矛 盾 の 現
実 は こ の 地 域 農 村 の 年 式 納 入 状 況 を 1 覧 し て も 明 ら か で (32 ) あ り , 官 沢 村 に お い て も 例 外 で は な い (史 料 ㈱ )。 見 る 通
り ' 米 納 高 は 三 斗 余 に 過 ぎ ず ' 二 四 塁 ハ 古 文 余 の 永 納 で
あ る が ' 未 進 累 覇 が 多 い の が 目 立 つ 。
第
2表 は ' 明 治 二 年 現 在 の 農 民 持 高 と 質 地 高
=質 地 金
高 の 関 係 1 覧 表 で あ り ' こ れ を グ ラ 化 し た も の が 第
3図で あ る 。 持 高 一 〇 石 二 斗 五 升 一 合 は ' 河 原 田 弥 六 (盛 美 )
河 原 田 盛 栄 ・ 史 料 ノ ー ト (鎌 田 )
+傍のh字は.T4収入乱無さはIt示す.
xJi穴JtTq体のない者
●2
4 3 + 2
● l ●
2●3 ●Z ●2●3 +
3 1 [ 2
●
●2
●2 4B
● ●● ●
●XXJ</tyくく
1 12 11 16 18 20 22 2
1
26 28 3 0 1 5
筋 3回 持高 と賀地高の関係図
第2表 明治2年宮沢村農民持高井二質地高 (B‑42による)
百姓恒 高 l 内 質 地 高(金) 恒 再 拝 可 内 質 地 高(金)
:=千手̲二千三二̲‑I ≡ ̲千̲
二 I ∴ ̲
1.617(ll
. 2 2 )
‑弥七
②・・079(10・00)‑
太 望
工門0.538(3.20)‑
多
吉6.834l1.079(3.30)‑弥七
6・834Fia:357Si(
… 二
g8∃=裏書5.395
2
210)02))‑
一事一太郎左二門''内@二 1‑̲‑≡ ‑I ‑̲‑
一書左工門 7.20)‑弥七 一8.20)‑多書
悪
● 外に無跡始末高あり。 ■' 無跡始末高 ・流地高あり。
質地高の欄,同一人内は件数をまとめた.0内が件数,無印は1件。@は無跡再興,⑳ ・㊨は隠居.
史 料
館研
究 紀 要 第 四 号
一 二 一