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鈴 木 邦 武

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(1)

ゲーテとオリエント(皿)

一戯曲断片》マホメットくについて

鈴 木 邦 武

祈りを捧げる者によって神の姿は被創造物の中にも求められる。クロップシ ユトックの砺合,勿論,呼びかけられるのは,明確にキリスト教の神であっ

た。

Anbetend, Vater, sink ich in Staub, und Heh,

Vernimm me量n Flehn, die Stimme des Endlichen,

Mit Feuer taufe meine Seele,

DaB sie zu dir sich, zu dir erhebe!

・  ●  ●

Ich hebe mein Aug au£und seh,

Und sehe!der Herr ist Oberall!

Euch Sonnen, euch Erden, euch Monde der Erden,

ErfUllet, rings um mich, seine g6ttliche Gegenwart!(1)

異教的なものがドイツの精神史の中に入って来るのはレッシングとゲーテと共 にであった。天体の中に神の現れを見るということは,とりもなおさず神の普 辺性への信仰である。神の普辺性に捧げられたクロップシュトックの上の詩

は,》マホメットく劇断片の中でマホメットが神に向って呼びかける頒歌を思

,い起させる。

戯曲断片として今日われわれに残されているものは,そのマホメットの独白 の形でなされる頒歌の外に,彼とその里親ハリーマとの対話,それに現在では

〉マホメットの歌Mahomets Gesang<として詩集の中に収められているマ ホメットを称える歌だけである。後にゲーテが〉詩と真実くの中で,この劇の プランについて触れたとき,〉マホメットの歌く以外の草稿は,彼の手もとに

(2)

36

はなく,粉失したものと思っていた。〉マホメットの歌くは,劇を手がける前 に,それに挿入するつもりで,あらかじめ製作していたらしい。②

この詩は,はじめ>Gesang<と題されて,1774年号の>G6ttinger Musen・

almanach<に発表されたもので1773年5月のJ. c・ ケストナー宛の手紙の中 で,>G6ttinger Musenalmanach<の編集者ボアのところに小荷物をとどけて

くれるよう依頼しているので,その中にあったものと推定される。(3)この草稿 の外に,ワイマル初期の頃の原稿の蒐集中に声るもの・1777年ゲーテがシュタイ ン夫人のために書いたものがあり,これらには〉マホメットの歌くと題され,

更にヘルダーの手もとにひとつあったがそれには題は付されていない。後に17 89年,最初の著作集の中に,>Mahomets Gesang<として収められた。(4)

砂漠に生きる人々にとって,最も必要なものは水である。水は彼らにとって はいわば稀なる天の賜物である。もしそれが乾燥した砂地の真中に湧き出して オアシスをつくると,あるいは,それが岩に飛び散ると,その光景は,それを 享受することは,疲れきった人を元気づけ,活気ある生命を生み出す。川の形 象で称賛されているマホメットは,まさに水と同類である。

〉マホメットの歌くでは,まず予言者の起源は神秘のヴェールにつつまれて 語られる。つまり,〉見よ!<と注目を向けられている岩間の泉は,高い山脈 の奥の,雲の上で,純粋に喜びに明るく(freudehell),星の輝きのごとく生れ でて,その青春時代を雲の上で良き精霊によって育まれ,若者らしく元気に,

天空を振り仰ぎ,歓声をあげつつ,大理石の上に飛び降りてくる。ごく自然 に予言者の全生涯が川の流れに喩えられる。川は踊り,歌い,導き,人を感動 させる。少年らしく戯れながら,川は色とりどりの小石を押し流す。若き予言 者としての川は,マホメットがその使命を親しい身内の者や友達に打明けたよ うに,まずその兄弟の泉を道すがら,その中に吸収し,しっかりとした先駆者 の足取りで,定められた方向に向けて個性化される。この指導者の作用は,は

じめは,純粋な,平穏な,精神的なものであった。詩人の想像力は,具象的に ・ 予言者の息吹きの穏やかな実り多い働きを描き出す。川は谷間に下る。すると その歩みのもとで花々が生じる。野原はその息吹きによって生命を得る。花々 はその足元にからみつき,止ってくれるようにと媚びながら懇願する。しかし それらは,止ることのできない川を止めておくことはできない。蛇のようにう ねりくねりながら,川は更に平野へと押し進む。そこでその流れは更に強力な

ものになり,至るところで,熱砂の中に吸い込まれそうになった,あるいは,

(3)

鈴 木:ゲーテとオリェント(皿)        37

暑い太陽のもとで干し上げられそうになった小川が,その流れの中に進んで加 わってくる。川はそれらを,永遠の父なる大洋へと導くために,迎え入れる。

予言者は如何なる秘密の隠れ家を求めることもなく,力強く,予定に従って広 い世界に押し進む。同胞が彼のもとに加わり,予言者は栄光を得る。人々は,

近くからも遠くからも彼に向って歓呼の声をあげ,永遠の父への道を示してく れるように願う。大洋なる父は,その両手を拡げて待ってはいるのだ。自力で は到達できないで,神の御手を求めて空しく手を差し延べている者たちは,予 言者の力にすがる。これらすべての者に対して予言者は指導者として相対し,

一族もまたマホメットを指導者として仰ぐ。国々は彼によって命名され,大理 石の宮殿を持つ首都はその岸辺で栄え,その頭の上では無数の旗が空にたなび く。しかし,それらすぺてを彼は後に残して,喜びに湧きながら,その同胞を 子供たちを,待ちうけている創造者の大洋の胸の中へと導く。

このように,この詩の中で,人間の生涯が,とりわけ予言者の発展が岩間の 泉から大洋に至る満ち満ちた流れとして把えられている。流れは,同時に,山 脈の静けさの中で培われ,暗闇の中から出て来て,遂には,人類全体を,民族 も,国々も,その理念の流れの中に巻き込んで流れてゆく,偉大な歴史的な天 才でもある。彼の方ではその人格的な魅力によって人々を魅き寄せる。そして 魅き寄せられたそれらの支流は,すぺての側面から,彼を支える。多くの忠実 な信奉者は彼のことばを受けとめ,それを燃え立たせつつ,人々の群へと拡大 してゆく。日常生活の項細な,甘美な,狭隆な関係は,彼を充たしている厳し い神に追いやられて,彼を止めておくことはできない。花の鎖で彼の足にから みっこうとした愛にもそれはできない。彼は改革的な軌道の上を更に進む。彼 が居なかったら平凡な日常的なことにのみ終始しているであろう人々をも彼は 魅き寄せる。彼らは大いなる行為の波によって運ばれてゆく。かくて彼の名声 は高まり,かくて彼は,生に精神の充実をもたらし,征服し,互解し,転覆し 構築しつつ,ひとつの世界を造り,その世紀を彼の世紀となし,遂には普辺的 な生の偉大な大洋の中に消えてゆく。そのような川が,宗教の創始者,征服者 その民族の強力な担い手,マホメットであった。

以上のことが,>Gesang<では,マホメットの従弟で,女婿でもあり,その 熱心な信奉者であるアリー(5)とその妻,つまりマホメットの娘ファーティマと の対唱の形で,また,〉マホメットの歌くでは,10節からなるトロカイオスの 詩句で歌われる。

(4)

/      〔

38

GESANG      MAHOMETS−GESANG

ALI      Seht den Felsenquell Seht den Felsenquell      Freudehell,

Freudehell,      Wie ein Sternenblick!

       ・  o

vie ein Sternenblick!      Uber Wolken FATEMA       Nahrten seine Jugend Ueber Wolken         Gute Ge1ster

Nahrten seine Jugend        Zwischen Klippen im Gebtヒsch.

Gute Geister,

Zwischen Klippen Im Geb且sch.

ALI

Junglingsfrisch      Junglingsf士isch

Tanzt er aus der Wolke     Tanzt er aus der Wolke Auf die Marmorfblsen nieder,   Auf die Marmorfdsen nieder,

Jauchzet wieder       Jauchzet wieder Nach dem Himmel.         Nach dcm Himmel.

FATEMA

Durch die Gil)felgange        Durch die Gipfblgange J・gt・・bunt・n Ki・・eln n・・h.  J・gt・・bunt・n Ki・・eln nach・

ALI       Und mit frUhem FUhrertritt Und mit f6stem F曲rertritt     Rei信t er seine 13ruderquelleη Rei8t er seine BrUderquellen    Mit sich fbrt.

Mit sich fbrt.

FATEMA

Drunten werden in dem Thal    Drunten werden in dem Tal Unter seinem FuBtr量tt Blumen,   Ullter seinem FuBtritt Blumen,

Und die Wiese lebt von     Und die Wiese

Seinem Hauch.       Lebt von seinem Hauch.

ALI

Doch ihn halt kein Schattenthal,   Doch ihn halt kein Schattental,

Keine Blumen,       Keine Blumen,

Die ihm seine Knie umschlingen,  Die ihm seine Knie umschlingen,

Ihm mit Liebesaugen schmeicheln;  Ihm mit Liebesaugen schmeicheln;

Nach der Ebne dringt sein Lauf   Nach der Ebne dringt seih Lauf,

Schlangewandelnd.      Schlangewandelnd.

(5)

4

鈴 木:ゲーテとオリェント(皿).        39

FATEMA

Bache schmiegen       Bache schmiegen

Sich gesellschaf士lich an ihn;        Sich gesellig an.       

Und nun tritt er in die Ebne     Nun tritt er

Silberprangend.       In die Ebne silberprangend,

AI.I      Und die Ebne prangt mit ihln,

Und die Ebne prangt mit ihm!   Und die FIUsse von der Ebne Und die FhBe von der Ebne,    Und die Bache von Geb丘rgen FATEMA       Jauchzen ihm und rufヒn:Bruder,

Und die B註chlein von Gebirgen   Bruder, himm die BrUder mlt,

Jauchzen ihm, und rufヒn:     Mit zu deinem alten vater,

BEYDE       Zu dem ew gen Ozean,

Bruder!       Der mit weitverbreit ten Ar±hen Bruder, nlmm die BrUder mit 1   Unsrer wartet;

FATEMA       Die sich, ach, vergebens 6fFnen,

Mit zu deinem alten Vater,    Seine Sehnenden zu fassen;

Zu dem ewgen Ocean,      Denn uns friBt in 6der WUste Der, mit weitverbreit ten Armen   Gier,ger Sand,

Unsrer wartet,      Die Sonne droben Die sich, ach!vergebens 6ffnen,   Saugt an unserm Blut,

Seine sehnenden zu fassen.      Ein HUge1

ALI       Hemmet uns zum Teiche.

Denn uns friBt, in 6der WUste,  Bruder,

Gierger Sand;die Sonne droben   Nimm die BrUder von der Ebne,

Saugt an unserm Blut;       Nimm die BrUder von GebUrgen Ein HUgel      Mit, zu deinem Vater mit!

Hemmet uns zum Teiche.

Bruder!

Nimm die BrUder von der Ebne!

FATEMA

Nimm die BrUder von Gebirgen!

BEYDE

Mit zu deinem Vater!mit!

FATEMA

Kommt ihr alle;      Kommt ihr alle!_

Und nun schwillt er herrlicher;   Und nun schwillt er      」

(Ein ganz Geschlechte        Herrlicher, ein ganz Geschlechte Tragt den Farsten hoch empor;)   Tragt den FUrsten boch empor,

(6)

40

Triumphirt durch K6nigreiche;   Und im rollenden Triumphe Giebt Provinzen seinen Namen;   Gibt er Landern Namen, Stadte

FATEMA

Doch ihn halten keine Stadte,    ・unaufhaltsam rauscbt er uber Nicht der ThOrme Flammengipfd,  LaBt der TUrne Flammengipfb1,

Marmorhauser, Monumente     Marmorhauser, eine Schδpfung Seiner Gate, seiner Macht.     Seiner恥11e, hinter sich.

ALI

Zedernhauser tragt der Atlas     Zedernhauser tragt der Atlas Auf den Riesenschultern;sausend   Auf den R iesenschu丑tern, sausend Wehen, aber seinem Haupte,   Wehen Uber seinem Haupte Tausend Segel auf zum Himmel   Tausend Segel auf zum Himmel Seine Macht und Herrlichkeit.   Seine Macht und Herrlichkeit.

Und so tragt er seine Brtider,    Und so tragt er seine 8rtLder,

FATEMA      Seine Schatze, seine Kinder Seine Schatze, seine K三nder,     Dem erwartenden Erzeuger BEYDE      Freudebrausend an das正{erz,(7)

Dem erwartenden Erzeuger Freudebrausend an das Herz!(6)

       F

謔P節(以下節は>Mahomets Gesang<の節を言う),>Gesang<(以下>G<

で示す)の7,8行は>Mahomets Gesang<(以下》M−G<で示す)では,短 い詩行を避けるため1行になっている。

第3節,>G<の16行fヒstemは,》M−G<では若者の歩みに相応しく丘廿hem と変えられている。>G<17行のIB増derquellenは>M−G<ではBruderquellen,

この方が普通である。

第4節,>G<の21行のlebt vonは>M−G<では, Enjambementを避けるた めに次行へ。

第6節,>G<30行のgesellschaftlichは誤解を避けて>M−G<ではgesellig,

同じ行のihnと次の行のundは詩型を整えるため>M−G<では省かれる。

>G<31行in die Ebneは>M−G<では次行へ。35行Bachleinは>M−G<

ではBache。同じくGebirgenは>M−G<ではGeburgenとなり,1789年の著

 、?WではBergen。52行のGebirgenも同じ。>G<37行BrUderは>M−G<

(7)

鈴 木:ゲーテとオリエント(皿)        41

では前行(35行)へ。>G<41行weitverbreit tenは>M−G<でも同じだが,

1789年版ではausgespannten。>G<42行,>M−G<40行のunsrerは1789年版 ではunser,ただしこれは前者の方が正しい。>G<46行die Sonne drobenは

.   >M−G<では次の行へ。

第7節,>G<55行herrlicherは>M−G<では次の行へ。58,59行はかなり書 き改められている。>G<61行のStadteは次の行へ。

第8節,全面的に書き改められる。

第9節,>G<68行,>M−G<67行は,1789年版ではTausend Flaggen durch die Lafteとなっている。

行為の充実味を強調する動詞的な概念を充分に残した分詞が用いられ(weit・

verbreiteten・sehnenden・sausend, erwartenden),また,合成語をふんだんに使 って印象を強め,詩全体に充実味を与えるよう配慮されている(schlangewan・

delnd, silberprangend, f止eudebrausend, freudehell, jUnglingsf}isch, Sternenblick,

Marmorfblsen, Gipfdgange, FUhrertritt, BrUderquellen, Schattental, Liebesaugen,

Flammengipfd, Marrnorhauser, Zedernhauser, Riesenschultern)。 f士eudehellや Schattentalなどはクロップシュトックにも見られることばである(Messias 5.

Gesang, V.106;ZUrchersee V.74)。

 >G<17行,18行のRd8t er seine BrUderquellen mit sich fbrt,37行,38行 のBruder!Bruder, nimm die BrUder mit!39行のmit zu deinem alten Vater,

50行以下のBruder!Nimm die BrUder von der Ebne!Nimm die Brader von Gebirgen!53行のMit zu delnem Vater!mit!73行のUnd so tragt er seine BrUderにみられるように, BruderあるいはVaterのi繰返しがこの詩のLeit・

motiv的役割を果たし,ここではマホメットは聖者として言うより,その同胞 をただただ熱い友愛の情を持ってその胸に受けとめる偉大な人間として登場し ている。このマホメットの生涯のうちで最も輝やかしい時点を取りあげた対唱 は,この劇の盛り上がりの部分を構成するはずであったのだろう。

〉マホメットく劇断片を構成するはずであったもうひとつの頒歌は,マホメ ットが新たな宗教に目覚める,劇の冒頭の部分を占める予定であった。(3)

星のまばたく夜,荒野でマホメットは自分の高ぶる感情のやり場に悩みなが ら,彼の祈りに耳を傾けてくれるものを求める(第1節)。やがて親しみ深い 星Gad(木星)が昇るのを見ると・これこそわが主と叫び,止まってくれんこ

(8)

42

とを祈るが,やがてそれは沈む。わたしは沈むものは好きではないと彼は言う

(第2節)。やがて月が昇る。今度はそれに向って,これこそわが主だと言うが 月もやがて沈むと,それを神として崇めることができなくなってしまう(第3 節)。次いで輝やく太陽の昇るのを見て,これこそが真にわが神と確信し,太 陽に神として呼びかけるが,やがてそれも沈んであたりは暗闇となる(第4節)

そこでマホメットはこれらすぺてを,太陽も月も,星も天をも地をも1そして 己をも創造したものこそがわが神であると悟る(第5節)。

この原稿は,それに続くマホメットとその里親のハリーマとの対話の部分と 共に,ワイマルのGoethe−und Schiller・Archivに納められているということで あるが(9),それによると詩の形式は取らず,散文形式で,それぞれが3行から 成る5つの節に分けて書かれているだけである。しかし,それが後の各著作集 で示されているように,並列された最初の2行は,明確な休止によってはっき りふたつの部分に分けられる,ゆるやかな流れの行で,自然界ゐ観察者の比較 的冷静な心情を表わし,第3行で憧憬的な叫びや,絶望的な調子で急激な感情 の変化を示し,第4行でそれが再び退いてゆくといった,1節が4行からなる

アスクレピアデス詩節風の形式を取ることを意図されていたことは容易に理解

出来るように,各詩行の始めになるであろう文字が大文字で書かれている。    、

Feld. Gestirnter Himme1.

MAHOMET allein.

Teilen kann ich euch nicht dieser Seele Gef曲1。 FUhlen kann ich euch nicht allengantzes GefUhl, Wer, wer wendet dem Flehen sein Ohr〜Dem bittenden Auge den Blick.

Sieh er blincket herauf Gad der freundliche Stern。 Sey mein Herr du!Mein Gott. Gnadig winckt er mir zu!Blieb田lieb!Wendst du dein Auge weg.

Wie P liebt ich lhn, der sich verbirgt P

Sy geseegnet o Mond!FUhrer du des Gestirns. Sey mein Herr du mein Gott!

Du beleuchtest den Wee昏Lass!Lass!Nicht in der Finsternis Mich!

Irren mit irrendern Volck.

Sonn dir glUhenden weiht sich das gl註hende Herz. Sey mein Herr du mein Gott!Leit allsehende mich. Steigst auch du hinab herrliche!Tier hUllet miCh FinSterniSS ein.

Hebe liebendes Herz dem Erschaffヒnden dich!Sey mein Herr du!mein

(9)

鈴 木:ゲーテとオリエント(皿)         43

Gott!Du allliebender du!Der die Sonne den Mond und die Stern Schuff Erde und Himmel und mich.(lo)

そこに里親のハリーマが登場する。イブン・イスハークの〉マホメット伝く によると,〉ザード・ビン・バクル部族のアブー・ズアイブの娘のハリーマと いう婦人が,彼の里親となるよう頼まれたく(11)とある。彼女はマホメットを永

く自分の手もとに置いて育てようと思っていたのだが,何才まで保育したのか は明らかでない。ゲーテの計画の中でも年令は必ずしも明示されていないが,例 えばハリーマの>setze deine zarte Jugend nicht den Gefahren der Nacht aus<

(12)にみられるように,まだ成人には達していない。しかし,実際にマホメッ       ●

gが神の啓示を受けて,みずから神の使徒としての自覚を持つに至ったのは40 才の年になって,しかも,ハディージャと結婚してからのことである。この点 ゲーテでは,既にマホメットは若くして神の啓示を受けたように描かれてい る。ハリーマに呼ばれて,マホメットは宗教的な法悦から呼びもどされる。ハ

リーマはマホメットの身を案じて,太陽が沈んでからずっと彼を探していたと 告げる(マホメットは荒野に立って,少くなくとも2晩目を迎えたことにな る)。 ハリーマが夜にひとりで荒野に居ては危険である。盗賊に襲われかねな いと言うと,マホメットは自分はひとりではなかった,神が身近かに居られた

と答える。姿を見たのですかというハリーマに,〉あなたには神の姿が見えな いのですか,どあ静かな泉ででも,どんな花咲く樹木のもとでも,神は温い愛

を持ってわたしを迎えてくれます。神がわたしの胸を開いて,わたしの心臓の 固い殻を取り去ってくださったことに,わたしは,どんなに感謝していること でしょう。そのために神を身近かに感じることができたのですからく(13)と。神 が心臓を開き,その固い殻を取り去ったということについては,マホメットの 幼少のとき白い衣を着けたふたりの男がマホメットのもとにやって来て,彼の 腹を切り開いて心臓を取り出してそれを切り開き,中から何か黒いものを取り 出し,心臓と腹を洗い清めたということが,伝記に記されている。(14)フィッシ ヤー=ランベルクによればゲーテはJean Gagnierの>La vie de Mahomet・

Amsterdam,1732,2Bde〈によったということになっている。(15)また,〉コー ランくの20章25節に〉主よ,わが胸を広くして下さいくということばもある。

ハリーマにはマホメットは夢でも見ているとしか考えられない。胸を開かれて それでも生きていられるなどということは有り得ないからだ。ハリーマも神を 理解できるように彼女のためにも祈ってあげようと言うマホメットに対して,

(10)

44

彼女は,いったい,あなたの神は誰なのですか,Hoba1ですかそれともA1 Fatasですかと尋ねる。H・ba】は長い髪を生やした老人を刻み込んだ赤いメノウ でできたコライシュ族の偶像神であり,Al Fatasはアラビア族のひとっTajiten の偶像神である。マホメットは石や粘土に向って祈ることしかできないのは哀 れだと言うが,ハリーマはそれを聞き入れようとしない。イスラーム以前はア ラビアでは多神教が支配していたが,神々が多数存在しているということは,

例えば,ある氏族が別の氏族と争う場合,その氏族の神々も結果的には反目し 合うことになり,その力はお互に牽制し合い,大きいなどとは言えなくなる。

〉あなたの神様には仲間は居ないのですかくというハリーマに対して,そんな ものがあれば,神は神でなくなってしまう。〉どこに住んでいるのですかくとい う問には,〉至るところにくと答える。自分はおむつにくるまれた子供のよう な感じがする,暗い巻包(Einwicklung)の中に包まれているようだ,それでい てそれから自分を解放する力は自分にはない。どうか神よわたしを自由して下 さい,というマホメットの姿をみて,ハリーマは自分の里子が非常に変ってし まったことに気づき早く母親のところに返した方が身の安全だとつぶやく。こ こで〉マホメットく劇の対話の部分は終っている。(16イブン・イスハークの

〉マホメット伝くによると,ハリーマは,マホメットが白衣をまとったふたり の男に腹を開かれたことがあってから,マホメットの身に何か起きるのではな いかという不安から不幸が起らないうちに親元に返した方が身の安全というこ とで,母親に返すことになっている。(t7)

1814年に〉詩と真実・第3部くが公にされるが,その中でゲーテは青年時代 に手掛けて,途中で止めてしまった〉マホメットく劇のプランをかなり詳しく 述ぺている。ここでゲーテは,その形式として・前にゴットフリート・フォン

・ベルリヒンゲンの歴史を戯曲化したときに大いに利用した,シュトルム・ウ ント・ドラングの時代になってはじめて演劇のために獲得された・時と所に関 する自由を適度に利用しながら,自分でも再び関心を寄せるようになった規則 正しい形式を考慮していたという。それによると,

第1幕,マホメットの新しい宗教への改宗,妻や自分の周囲の者への打明け。

妻とアリーが積極的に彼に従う。

第2幕マホメットとアリー,熱心に新しい信仰を一族に伝道しようとする。人 それぞれに応じて同意もあり,反抗も現れる。軋礫が生じ,斗争が激しくなり

マホメットは遁走せざるを得なくなる。      ,

(11)

鈴 木:ゲーテとオリエント(皿)        45

第3幕,マホメット,敵対者を屈服させ,自分の宗教を公けのものとし,偶像 を取り殿す・しかし必ずしも一切が力によって遂行されるというわけには行か ないので,時には術策をも用いる。やがて,地上的な要素が増大し,神的なも のが後退し,濁らされる。

第4幕,マホメットは征服をつづけ,教義は目的でなく,口実となって,あり とあらゆる手段をとるようになる。残酷な行為さえもするようになる。マホメ ットの指嚇によって夫を殺された女が,彼の毒殺を謀る。

第5幕,マホメット,毒を盛られたことを感じる。彼は冷静さを失わない。更 に,最初の自己の態度を,より高い志操を,取りもどす。それによって彼は驚 歎に値する人物になる。彼は自己の教説を純化し,彼の国を確固たるものにし て,死んでゆく。(18)

ゲーテは更にそのために挿入される予定になっていた幾篇かの歌詞も作製 し,現在われわれの手にし得る〉マホメットの歌くもそのひとつであるとし,

〉個々の場の計画を今でもなおよく覚えているが,それをここで述べてはあま りにも脇道にそれてしまうく(19)ということで省略してしまっている。しかし,

一ヒにあげた〉マホメットくのプランは,ゲーテがおよそ40年後に振り返って書 いたものであり,そして,〉マホメットの歌く以外の草稿は彼の手もとに無か ったので,屡々ゲーテの記憶力の良さは指摘されてはいるけれども,必ずしも 1770年代の前半のものと同じものと言えるかどうかということについては疑問 が残る。事実マホメットの独白の部分については,〉詩と真実く中に書いてい るものでは・最初彼は無数の星々をそれと同じ数の神々として崇拝し,それか らGadが現れ昇るのを見て,それに向って祈るのだが,(20)実際に書いた断章で ははじめからGadが現れて来ている。それに,〉詩と真実くのプランではマ ホメットは自分の改宗を真先きに妻に知らせると,伝記に則った記述になって いるが,劇断片では幼い時分に既に新しい宗教に目覚めたことになっている。

そして〉詩と真実・第3部くが公にされた1814年という年は,》西東詩集く中 に収められている詩篇が製作され出した年でもあり,ゲーテがたまたまハーフ

イズの詩集を手にしてそうなったというのではなく,それ以前かあるいはそれ と並行して,相当詳しくオリエント研究がなされた事実がある(21)ところから,

マホメットなりあるいはマホメット劇なりについての考え方が,若い時分のぞ れと必ずしも同じではなかったように思われる。

〉決して詐欺師とは見なすわけにはいかなかったマホメットくの戯曲化を考

(12)

46

慮していたことに触れている〉詩と真実くの前掲のところで,ゲーテは,その 動機として1773年の夏,ライン河の旅を共にしたラーヴァターとバゼドーのふ たりとの出合いをあげて,〉わたしには,ふたり共より高いものより低いもの       、 フために犠牲にしなければならなくなるであろうということが予見されるよっ に思われた。しかし,次にわたしは,こうした観察をことごとく極端にまで突

き詰めてゆき,またわたしの狭い経験を超えて,歴史上の類似の場合を捜し求 めく,(22)その結果マホメットに思い当ったことに触れ,このオリエントの予言 者の伝記をその少し前に非常な関心を寄せて読んでおり研究もしていたので,

そのプランに思い当ったときは可成準備も出来ていたことを記している。

この動機に基づく限り,》マホメット劇く断片の成立時期は1773年の夏以降 でなければならなくなる。しかし,その劇のために書いたという〉マホメット の歌くは既に1773年5月に,G6ttinger Musenalmanachの編者ボアに届けるよ

うケストナーに託されていて,その1774年号に掲載されているところから・そ の時期については必ずしも一定していない。例えば,木村謹治著〉「若きゲ

_テ」研究くでは,Max Morrisの1772年の夏から73年の春(der junge Goethe Bd.3, S.294)という説, F. Saranの1774年5月という説(Goethes Mahomet und Prometheus S.49)を紹介しながら,またゲーテの・〉詩と真実《の中で 述ぺている上にあげた,動機をあげながら,〉マホメットの歌くが1774年の G6ttinger Musenalmanachに発表されているところから・ゲーテの記述は誤と

しながらも》劇詩全体の構成から,かのラインの旅の結果として一層その輪郭 を明らかにした事は,当時のゲーテの思想的立場から考え得られるところであ るく(23)と述べているが,この見方が現在では一般的となっているようである。

ただ,ここで,ラインの旅の結果として〉一層その輪郭を明らかにしたくと いう点について,今少し注目しておきたい。

ゲ_テは,1770年7月頃のAugustin TrapPに宛てた手紙の中で,また・〉牧 師の手紙B・i・fd・・P・・t…zu***・nd・nn・u・nP・・t・rzu***<の中で,

>die falschen Propheten<ということを筆にしている・(24)勿論これはマタイ伝 7章15節の〉偽予言者に心せよくによるものであり,上のふたっの場合・キリ スト教徒の立場で書かれたものであるけれども,この当時,ゲーテにとっては 予言者という概念がひとつの問題になっていたふしが窺われる。1770年代の前 半に,彼の周囲の人々が如何に熱っぽい調子で彼のことを讃美しているかをわ

       ㌦ 黷墲黷ヘ多々見聞する。

(13)

鈴木:ゲーテとオリエント(皿)        47

》この人物こそ,わたしの生涯で出合う最も特異な人物のひとりでありつづけ るでしょうく(Knebe1・Bertuchに,1774年12月23日)(25)    ,

〉頭の天辺からつま先きまで天才であり,力(Kraft)であり,強さ(Starke)

である…<(Heinse, GleimとKlamer Schmidtに,1774年9月13日)(26>

〉ハイゼンによると,ゲーテは頭の天辺から足の先きまで天才だということで すが,わたしは更に決して恣意的な行動を許されていないとりつかれた人(ein Besessener)でもあるとつけ加えて申しあげておきます…<(F. Jacobi, wieland に,1774年8月27日)(27)〉高い天才性と燃えるような想像力,深い情感に満ち た極めて特異な人物のひとり〉(G・Jacobi,7月23日の日記)(28)

》君でしたら,彼を,神様扱いにしてしまうでしょう。彼こそ最も恐るべき,

最も愛すべき人物です。<(Lavater, Zimmermannに,1774年8月27日)(29)

〉ゲーテでしたら王侯のもとにあっても,すばらしい行為的な人物でありまし よう。彼は王にでもなれるでしょう。彼は智慧と温厚さの外に力(Kraft)も兼 ねそなえています〉(Lavater, Z孟mmermannに,10月18日)(30)

〉このゲーテこそ,いわば,わたしがこれまで偉大な天才を直接見て感じたす べてのわたしの理想を超越しております。わたしは未だかって聖書の中のエマ オの少年たちの感情をこれほどよく解釈したことも,感じたこともなかったで しょう。…彼を常にわれわれの主キリストといたしましょう。わたしを彼の最 後の弟子に加えて下さい。<(werthes, F. Jacobiに,10月18日)(31)

H6pfner夫人は,彼女の夫が大学の教授たちがよく集るLokalで,夫の同僚 たちが,ひとつのテーブルを取り囲んで,あるものは坐り,あるものは立ちな がら,また何人かは椅子の上に立って同僚の頭越しに,熱っぽい調子で話をし ている青年に,熱心に耳を傾向けている様子を見,昼に自分の家にやって来た 見すばらしい青年がG6tterjUnglingに変っていたことを目撃したと伝えてい

る。(32)

またゲーテ自身,ISophie von La Rocheに宛てた手紙の中で,自分のことを 木に縛ばられ,腱に矢を刺されて,神を誉め称えて死んでいった聖セバスチャ

ンにたとえ}ている。(紛

このように当時のゲーテは,周囲からも,そして自らも,彼の中に天才的な もの,あるいは予言者的なものを見るよう余儀無くさせられるところがあっ た。》多くの同時代人はゲーテを新しい救いの宗教の創立者として迎えたく

(Staiger)(34)このことに関して,なおStaigerの見解に従ってみると,ゲーテ

(14)

48

は,人々との平穏な社交的な交わりを好んで,予言者的な態度を取ることによ って,長くそこから遠くのことがいやであった。そして,再び心地良い滑稽な ものへ向うために,聖なるものの束縛を破るという,敬虜な人々にとっては,

勿論最も不快極まる形で,自由を守ろうとした。㈹このように予言者的存在と しての生ということが,当時のゲーテにとっては,ひとつの問題となってい た。そのような意味では, ヨーロッパの世界に於いて,18世紀に至るまで・

〉偽れる予言者くとして取り扱われて来た,しかし,ゲーテ自身は〉コーラン<

の翻訳やその伝記などによって正しく理解していた,マホメットの存在がかな り強く意識されていたと見てよいであろう。

,   われわれは更に,もうひとつ,ゲーテの〉マホメットく製作の動機として,

ヴォルテールの戯曲>Mohammed<に対する反揆ということもあげておきた い。ヴォルテールの〉派閥的な不誠実さや多くの尊敬すべき対象の歪曲くに対

して,ゲーテは前々から腹立たしさを感じていた。ヴォルテールでは,従来の P・べ一ルやプリドゥーの見解を踏襲して,マホメットが描かれる。ここではア

ラビアの民族から予言者として崇められている,メディナの支配者マホメット が,彼の生地のメッカ帰還を企てるときのことが描かれている。彼はそこの族 長(Scheich)ZoP三reによって追放されたのだが, Zopireはマホメットを詐欺 師,好戦的な宗教扇動家,自分の妻子殺害の主犯として憎んでいる。マホメッ

トは彼の腹心Omarや奴隷のS6ideなどを伴ってメッカに現れ, Zopireを自 分の味方にしようと試みる。しかしそれはことごとく拒否される。表面上は平 和の使者として現れるマホメットは,陰では秘かに族長の暗殺を準備し,しか もそれが神の望まれたことだと思わせ,彼の信奉者たちの宗教的な狂信を扇ろ うと考える。殺害の役割は,奴隷女Palmireに思いを寄せるマホメットの恋敵 手であるS6ideに課せられる。アッラーによって,その仕事のために選ばれた と思い込んでいるS6ideはその狂信のために,目がくらみ, Zopireを殺害す る。死を間際にしてZopireは彼の殺害者と女奴隷Palm五reとは実は長らく死 んでしまっていたと思っていた自分の子供たちであることを知る。マホメット の好計を知って憤慨したS6ideとPalmireとは,父の復讐をし,マホメット を失脚させようとするメッカの市民の先頭に立って,マホメットに迫る。しか し,S6ideはすでにOmarによって毒薬を飲まされていて,マホメットはそれ を巧みに利用して,S6ideの死は神の裁によるものだと説明し・怒りに燃えて いるメッカの市民を味方にしてしまう。それを見てPalmireは,マホメット

(15)

鈴木:ゲーテとオリエント(豆)        49 を罵りつつ,兄の剣で自害して果ててゆく。最後のモノローグでマホメットは 自分の行為の犯罪的な衝動を告白し,Omarには熱狂的な民衆には彼の弱点を 知らせぬよう,そして自分の名声を保つよう命じる。以上がヴォルテールの

〉マホメットくのあらすじであり,(37)これが上演されたのは1718年であった。

ゲーテは後にこれを翻訳し,1800年に上演しているが,それを自分から進んで したのではなく,カール・アウグスト公の要請によってしたのだった。勿論ゲ 一テは予言者に対するこのような扱いには全く同意出来ず,前にも触れたよう に〉決して詐欺師とは見なすわけにはいかなかったく。

こうしてみると,ラーヴァターやバーゼドーとの出合いによって,〉一層そ の輪郭がく明らかになる前に既にマホメットのテーマがゲーテの内部にあった とみてよいと思う。そしてH.G16elの,ゲーテがヘルダー宛の1972年7月の 手紙の中で〉コーランくの第20章の一部をMegerlinの訳で引用しているとこ うから,そしてゲーテが〉コーランくを読んだのはマホメットの理解のためで あり,〉コーランくを読んでマホメット劇を思い立ったとは考えられないとし て,マホメットの戯曲化は既にヴェッッラー時代に計画されていたという見解 にも充分考慮を払わなければならないのかも知れぬ。Gl6elは更に,その当時 作製された>Ganymed<や》Adler und Taube〈と〉マホメットくの詩の雰囲 気や表現上の類似点をあげている。(38)以上のことから考慮するとStaigerの次 のような推察は極めて確かなものと判断される。》恐らく考えられることは 1773年に現在残されている部分が,ゲーテには全体的にはまだ明らかとならぬ まま作製され,ラーヴァターやバーゼドーとの交際の中で,ゲーテは再びその ことを思い起こし,ここではじめて,全体の筋が大詰めまで向うことになった のであろうということである。<(39)

前にあげた〉マホメットく劇断片の冒頭に掲げられているモノローグは,明 らかに》コーランくの第6章の76節から79節によっている(>76:すなわち,

夜の帳が彼をおおったとき,彼は一つの星き見て,「これぞ,わが主」と言っ た。やがて,それが沈んだとき彼は言った,「沈むものは好きでない」77:そ れから月の出るのを見たとき,彼は,「これぞ,わが主」と言った。しかし,そ れが沈んだとき,彼は言った,「もしも主が私を導いてくださらなかったら,き っと迷える民の仲間になっていただろう」78:それから太陽が昇るのを見たと き,「これぞ,わが主。これがいちばん大きいから」と言った。やがて,それ

9

(16)

50

が沈んだとき,彼は言った,「人々よ,私はおまえたちが併置する連中とは無 縁である。79:私は天地を造りたもうたお方に,純正の信者として顔をむけて いる。多神教徒ではないのだ」(4°))。

ゲーテはMegerlinのドイツ語訳によって,〉コーランくの抜粋をメモ風に 書き記したときに,この部分だけは74節から79節にかけてであったが,マラッ チのラテン語訳〉コーランくから,自分でドイッ語に訳している。Megerlinの

ドイツ語訳が,この部分だけ,特に問題があるわけではない。内容はMegerlin       (41)

訳でも充分伝え得るし,訳として特に間違った部分があるとも考えられない。

それなのに,ゲーテが特にこの部分だけを,マラッチに依ったのは何故だろう か。彼が〉コーランくの抜粋を作成したときに,既に,マホメットの戯曲化を 考慮していたことを示す具体的資料は何ひとつ見当らないから,ゲーテが明確 に戯曲化の意図を持って,特に彼の関心を魅いたここの部分だけを,Megerlin の外に,更に,マラッチに依ったということは,早計かも知れぬ。しかし,如 何なる理由によるかは別としても,ここの部分が特にゲーテの関心を呼んだと みることはできるのではないか。劇中のマホメットの語り方が,〉コーラン<

が伝えるアブラハムの神の体験の語り方と一致しているところからも,それは 理解できよう。

ところで,ゲーテのマホメットは》コーランくのアブラハムとは全く違った 描かれ方をしているのに,われわれは気付く。アブラハムは支配者としての星 に,月に,太陽に挨拶を送るが,それらが沈んでしまうと挨拶したときと同様 に素早く,それらを無視して,それらが彼の崇拝を失望させたということを嘆 く。しかし,ゲーテはここでも,マホメットを,愛する者として,語らせてい る。彼は沈みゆく太陽に向っても心魅せられて,〉すばらしき太陽よ(herrル che)!〈と呼びかけている。〉コーランくの中では,どんな偉大なものでも,

アッラーの目に見えない偉大さの前では,無価値なのだが,ゲーテの場合は,

創造されたものの中から語りかけることがなければ,アッラーといえども問題 にならない。ゲーテにとっては,星の中にも,泉の中にも,月や太陽の中にも 樹木の中にも,魂を把える神性なものが存在しているのだ。マホメットとバリ 一マとの対話の中で,偶像崇拝者のハリーマが,具体的な神の姿を要求して,

問い掛ける>sahst du ihn P<に答えて,マホメットは,>siehst du ihn nicht〜

an jeder stillen Quelle, unter iedem BIUhenden Baum begegnet er mir in der Warme sdner Liebe.〈(42)と述べるが,これも〉コーランくには求められない,

(17)

鈴木:ゲーテとオリエント(∬)        51

      L

Qーテのマホメットが語ることばである。ゲーテのマホメットは,星や,月や 太陽を,同時に,自分の感情の中に包み込むことができないことを嘆くのだ。

青年時代のゲーテは,Gundolfの指摘を借りれば,》事物を彼の能力や意欲 の尺度とはせず,自己を事物の尺度としたく(43)がそのような在り方が,オリエ

ントの予言者を描く場合にも基調になっていた。例えば,ヘルダーは,>Gott<

という詩の一節で次のように歌うが,

     Wie nenn ich dich, du Unnennbarer P du,

Der Wesen Quelhnd Ende seiner selbst;

Ein ewiger, endloser Quell,13egriff Von allem, was da lebt, genie£t und ist,

Anfセmg und Ende jeder Kreatur,

Ein,ewig Seyn, hoch廿ber allem Seyn,

Ein rastlos Weben ln der tie焦ten Ruh Gedankenquell, aus dem, was Bild und Form,

Vorstellung, Wunsch und Streben ist, entsprang,

Und stets entspringet und nach ihm verlangt,

Nie ihn erreichend, nie ihn fassend. Du,       層

Zusammenklang der Spharen, du, ihr Anklang Und Ausklarlg, Kraft der Krafte, ticf3tes Scyn Jedweden seyns:Der ist und war und seyn wird.(44)

ゲーテのマホメットが求めたものは,結局,この詩の中で歌われているような Gottではなかったのか。 R. Petschは>kein Pantheismus<(45)と言っているけ れども,われわれは,〉マホメット劇くの中に,汎神論的ゲーテの思想を認め

      曹

ネいわけにはいかない。      .

(1) Deutsche Nationa1−Litteratur, hrsg. von J. K曲rschner, Bd.47, Klopstocks Werke皿, S.99.

(2)Goethes Werke Hamburger Ausgabe(以下H. A.とする)Bd.10, S・41・

(3)Der junge Goethe, hrsg. von H. Fischer−Lamberg(以下F−L.とする), Bd・

      1

R,S.34, S.419.      ,

(18)

52

(4) J.Boyd:Notes to Goethes poems, Oxford,1961, Vo1・1, R 42,正L A・Bd・1・

S.434.

(5)H.A. Bd.1, S.434で>Fatema, Mahomets Gattin, und Ali, seinen

Schwiegervater<と解説しているのは間違いで,アリーはマホメットの父の弟ア      ,

ブー・ターリープの子で,第4代正統カリフになった人物である。

(6) F−L.Bd.3, S.130 ff.

(7)H.A. Bd.1, S.42 ff.この版のものは,ゲーテが1777年シュタイン夫人のため に書いた草稿による。

(8) H.A. Bd.10, S.39.

(9) F−L.Bd.3, S.450.

(10) F−L.Bd.3, S.128.

(11)筑摩書房,世界文学大系68巻6ページ

(12) F−L.Bd.3, S.128.

(13) F−LBd.3,S叉129。

(14)例えば,筑摩書房,世界文学大系68巻,8ページ,9ページ

(15) F−L.Bd.3, S.451。

(16) F−L.Bd.3, S.128 ff.

(17)世界文学大系68巻8べ一ジ

(18) H。A. Bd。10, S.39 f.

(19) H.A. Bd.10, S.41.

(20) H.A. Bd.10, S.39.

(21)菊池栄一:オリエントにおけるゲーテ(比較文学研究23号)に,ゲーデが扱っ たオリエント関係の書名が示されている。

(22) 正LA.Bd.10,S.3a

(23)改訂版,東京,1941.599ページ

(24) F−L.Bd.2, S.9;Bd.3, S.115.

(25)M.Morris:Der junge Goethe, Bd.4, S.370.

(26)M.Morris, Bd・4, S・121・

(27)ibid. S・118・

(28)ibid・S.115・

(29)ibid. S.114.

(30)ibid.

(31)M.Morris, Bd.4, S.369.

(32)M.Morris, Bd.2, S.322.このときのことは,ゲーテも〉詩と真実くに書いてい

(19)

F

鈴木:ゲーテとオリェント(∬)        53

る。H。 A. Bd.9, S.547.

(33) F−LBd.4,S.248.

(34) Staiger:Goethe, Bd.1, S.100.

(35)ibid.

(36) H.A. Bd.9, S.485.

(37)ここではゲーテによるドイツ語訳によつた。Goethes Samtliche Werke,

Jubil註ums・Ausgabe, Bd.15, S.181 ff.

(38)G16e1:Welche Gedichte Goethes sind in Wetzlar entstanden P Jahrbuch der Goethe−Gesellschaft,1916, Bd.3, S.104 ff.

(39) Staiger, Bd.1, S.102.

(40)中央公論社,世界の名者,15コーラン,158ページ

(41)このことについては,ゲーテとオリエント(1)(茨城大学人文学紀要,文学科論 集第6号)38ページで触れた。

(42) F−L.Bd.3, S.129.

(43) Gundolf:Goethe,8. Aufl. S.108.

(44)Herder,s S銭mmtliche Werke, Stuttgart und T茸bingen,1827, Bd.4, S.63..

(45)Goethes Werke, Festausgabe, Bd.8, S,617.

暫       

@       ,

参照

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