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鈴 木 直 治

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<論語>はどの程度まで話しことばに近いか

鈴 木 直 治

ま え が き

§1<論語>における2種の書きかた

§2修辞的な書きことばと見られるもの

§ 2 . 1 排 偶 的 な 書 き か た

§2.1.1記事文における排偶的な書きかた

§2.1.2発話内容の排偶的な書きかた

§2.2用語の修辞的な変換

§3実際の話しことばに近いと見られるもの

§3.1句末助詞の畳用

§ 3 . 2 同 一 句 の 反 復 む す び

223

ま え が き

く論語>は,孔子を中心とした言行録であり,その大部分が,孔子の話したことばであ る。しかし,その孔子のことばは,どの程度まで,その実際に話した通りに記録され,ま た編集されているものかということは,その思想を研究する上からしても,また,中国古 代語を研究する上からしても,よく考察しておく必要がある。この小論は,このような見 地から,古代語研究の上の一つの基礎的な研究として行ったものである。

引用したく論語>の本文は,院刻十三経注疏本により,また《論語引得>(ロ合仏燕京学 社,1940年)によって,ただその篇.章の番号だけを注記した。漢石経の残字と対照する 場合には 馬衡氏の《漢石経集存》(科学出版社,1957年)により,義疏本との対照は,懐 徳堂本によった。また,上古音を注記する場合には,主として,藤堂明保氏の《漢字の語

源研究>(学燈社,1963年)によった。

§1《論語>における2種の書きかた

く論語>の中には,孔子の話したことの内容だけではなく,その際における話しぶりま でも,そのままに記録しようとしたもののあることは否定することができない。く論語>

編纂の根本資料になったものは,孔子の弟子たちが記録していたものであったにちがいな く,人はある人物に傾倒するとき,そのもののいいぶりまでをも伝えとどめようとするこ との多いものと考えられるのであるから,《論語>の中に実際の話しことばに近いものの あることは,当然のことと考えられる。

<論語>の中においても,<郷党篇>は,孔子の日常の行動を記録したものであり,こ

(2)

224 鈴 木 直 治

れは,純然たる書きことばといいうるものである。しかし,その当時,ものを書く場合に 用いられる書きことばは,実際の話しことばと,その語彙・語法の上においては,あまり 大きなへだたりはなかったものと考えられ,《書経>やく詩経>などとは,いちぢるしく 異なっているのであるから,その書きことばは,やはり口語体のものであるということが

できる。

いったい,話しことばと書きことばとは,必ず異なるところがあるものであり,書きこ とばは,通常,話しことばに較べて,論理的にも,また修辞的にも,よりととのったもの になって来るものである。孔子のことばをそのままに記録したように見られるものも,そ の記録に際して,やはりある種の整理が加えられているはずであり,話しことばそのもの とはいいえないわけであるが,通常の書きことばを文章体と名づけるならば,これは,会 話体ともいいうるものであり,く論語>の中には,この二つの文体のものがあるというこ

とができる。

《論語>の中に,孔子が話したこととして記載されているものは,長い間,一般に,孔 子が実際にそのように話したものとして神聖視されて来ていたのであるが,その中には,

会話体のものとしては,あまりにもととのいすぎていると考えられるものが少なくない。

中国においても,崖東壁(1740〜1810)のように,<季氏篇>には,孔子のいったことの意 味を敷桁して文を作ったものの多いこと・を指摘している人もいる(<論語余説><崔東壁先 生遺書>)。崔東壁は,<季氏篇>には,排偶的な書きかたが多いということ,すなわち,

同一の字数,同一の文法構造をもつ句を排列して,リズムのととのった美しいものにして ゆこうとする書きかたをしていることに疑問をいだいたのであるが,このような点に着目

したことは,《論語>の研究に,一つの新じい面を開いたものということができる。

く論語>編纂の根本資料になった記録の中には,前述のように,孔子の話しぶりまでを も伝えようとしたものもあったにちがいないのであるが,また,その話したことの要旨だ けをまとめて記録していたものもあったであろうし,更にまた,その話したことを自分な りに解釈したものを記録していたものもあるにちがいない。これらの場合,その記録は,

必然,実際の話しことばからは離れて,よりととのった形の書きことばとしてのものにな るものと考えられる。そのように,ととのった書きことばとしてのものになっていても,

その当時の書きことばは,前述のように,本質的には,口語体なのであるから,それを見 分けることは容易ではなく,その簡単な記載のものにおいては,ほとんど不可能なことと いわなければならない。しかし,<郷党篇>における書きかたからしても,当時の書きこ

とばには,中国語独特の修辞の手法がすでにととのって来ており,そのような修辞的な書

きかたをすることが,書きことばとしての一種の定法となっていたように考えられるので あるから,そのような修辞が行われているか否かということが,この問題を解く有力な一 つの基準となりうるものであろうと考えられる。その修辞の手法の中,もつとも重大なる

ものは,すなわち,その排偶的な書きかたである。

(3)
(4)
(5)

<論語>はどの程度まで話しことばに近いか 227

次のように記載されている。

学而時習之'丞垂説子?有朋自遠方来,EI楽乎?人不知而不'隈,王変君子子?

この章においては,3件のことが述べられているのであるが,いずれも「不亦……乎̲|

といういいかたで結ばれており,しかも始めの2件においては,その字数も,ともに4字 で,美しい排偶をなしている。しかし,これをもって,ただちに,この章は,孔子のいっ たことばのままではなく,後から作文されたものであるとはいいえない。まず,このよう に「不亦……乎」といういいかたは,当時の文献によく見られることであり,恐らくは,

その話しことばとしてのいいかたであったろうと考えられる。また,話しことばの上にお いても,ある程度,排偶的ないいかたはありうるものと考えられるのであるから,このよ うに3件のことを排偶的にならべていうことは,話しことばとしてはありえないとはいい

えない。

この章の「学而時習之」については,それを主題をあげたものと解く説もあり,条件を 示すものと解く説もあるのであるが,その句の発端をなし,その陳述の場を開いているも のであるという点から,これを「起部」と名づけ,それにつづく部分を「述部」と名づけ ることにすれば,この章は,その述部が排偶をなしているものである。このように,並列 している句の述部が排偶をなしている例も,かなり多いのであるが,その起部が排偶をな しているものもまた多く,また,1句中において,その起部または述部の中に,排偶の見

られるものもまた多い。

〔2句の述部が排偶をなしているもの〕

2仁以為己任,不亦重乎?死而後已,不亦遠乎?(8.7)〔曽子のことば〕

3禄之去公室,五世英;政逮於大夫,四世実;故夫三桓之子微突。(16.3)一 一 一 O O o

〔2句の起部が排偶をなしているもの〕

4道之以政,斉之以刑,民免而無恥;遊之以徳,斉之以祉,有恥且格(2.3)

5直進而事人,焉往而不三瓢?任道而事人,何必去父母之邦?(18.2)

〔1句の述部が排偶をなしているもの〕

6関唯,楽而不淫,哀而不傷。(3.20)

7夫人者,己欲立而立人,己欲達而達人。(6.30)

〔1句の起部が排偶をなしているもの〕

8届̲上不寛,為礼不敬,臨喪不哀,吾何以観之哉?(3.26)

9食夫稲,衣夫錦,於女安乎?(17.19)〔正平版木・義疏本には,「稲」r錦」の次に

一 一 一 一 一 一 一

「也」の字がある。〕

以上のような句例は,全篇を通じて,きわめて多いのであるが,前述のように,それら がいずれも実際に話したことに近い記録でないとはいいえない。しかしながら,一つの章 または,一つの発話を通じて,その全部が,4字句,または3字句,または4字句と3字 句とによる排偶的な書きかたになっているものも少なくないのであって,実際の発話が,

(6)
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230 鈴 木 直 治

言似不足者。摂斉升堂,鞠躬如也,屏気似不息者。……(10.3)[この章は,前に

0 0

§2.1.1に,例9として,その全文を引用して説明しておいたように,排偶的修辞の上か らいっても,変化の妙をきわめているものである。この章で,始めには「如」を用い,後には r似」を用いているのであるが,それによって特に異なった意味を示そうとしているわけのも のではない。r屏気似不息者」についてのく義疏>にも,「……,如似無気息者也」とある。

O ◎

それで,始めの方をも『似不容者」と書くこともできるし,また,後の方を「如不足」「如不 息」と書くこともでき,また更に,全部を通じて,「如……者」という書きかたにすることも できるわけである。なお,この「者」は,類似を表わす助詞とも説かれているものである(拙 論く「者」の本質的機能とその発展><金沢大学法文学部論集・文学篇・第7巻>参照。〕

3見斉衰者,雌猟必変。見鳧者与瞥者,雌蕊,必以貌。凶服者式之。式負版者。有

● O ● 0 0

盛餓,必変色而作。迅雷風烈,必変。(10.18)〔前に§2.1.1に,例11として引用した

● 0 0 0 0 ● o

r子見斉衰者・鳧衣裳者与著者,見之,雌少,必作;過之,必趨。」とあわせ見ても,この章

● ◎

は,けつきよくは同じようなことを,ことばを変えて書いているものであることがわかる。〕

以上の諸例からしても明らかなように,同一の単語の重複使用を避けるということは,

その当時の書きことばにおいて,すでに通常の修辞法として一般に行われていたものと考 えられるのであるが,孔子が話したこととして記載されているものの中にも,この種の修 辞と見られるものが少なくない。

もちろん,日常の話しことばの中においても,この種の修辞は,やはり,十分にありう るものと考えられる。それで,用語の変換とみとめられるものがあるからといって,ただ ちに,それを修辞の手の加わった書きことばであるということはできない。

4人之言日: 為君難,為臣不易。,(13.15)〔定公が当時の諺をあげたもの〕

0 0 0

5崔子試斉君,陳文子有馬十乗,棄而違之。至於他邦,則日: 猶吾大夫崔子也,。違之。

O O O O

之一邦,則又日: 猶吾大夫崔子也。,違之。何如?(5.19)〔子張の問のことば〕〔正

0 0 0

平版本には,「之一邦」が,「至一邦」となっており,義疏本には,r之至一邦」となってお り,その疏に,r之,往也」とある。また,この二本とも,「則日」が「則又日」になってい る。]

上例4について,楊樹達氏は,同一の単語の重複をさけた修辞的なものとしているので あるが(<漢文文言修辞学>科学出版社,1954年,p、59),このようないいかたは,話しことば しても,十分にありうるものと考えられる。また,例5についても,義疏本によれば,そ の字数もととのったものになっているのであるが,この程度の変化は,話しことばとして も,そう不自然なものではないように考えられる。それで,このような例のものについて まで,書きことばとしての修辞の手が加えられたものときめてしまうことはでき難い。し かし,次にあげたような例においては,排偶している句の中に用いられており,その上,

そ句の中には,押韻しているものもあるのであるから,これらが,そのまま,実際に話し たことばのままの記録であるとは考えられない。

6不仁者,不可以久処約(・1ok),不可以長処楽(0喝k)。仁者安仁,知者利仁。(4.2)

0 . − −

7衆悪(・a9)之,必察焉;衆好(h63)之,必察焉。(15.28)[<風俗通義・正失巻>に

。 、 − − ヘ ー ヘ ー 0 = 一 一 一 一 。 〜 − − − ◎

(9)

<論語>はどの程度まで話しことばに近いか 231

は,r孔子日,衆善焉,必察之;衆悪焉,必察之。」とある。なお,r之」とr焉」を交錯し

O O O O

て用いることは,古くその例が多い。斐学海:<古書虚字集釈>参照。〕

愛喜,能勿労('・9)¥?忠亭,能勿諦(9,.9)王?('4.8)

千乗之国,摂乎大国之間,靭挙以師旅,騨以磯蠅;由也為之,比及三年,可使有

勇,且知方也。(11.24)〔「因」は,『かさねる」という意味である。<朱注>にも,「因,

価也」とある。]

三年之喪,期已久突。君子三年不為礼,匙竺騨;三年不壷塞,塞必増。旧穀既没,

89

10

新穀既升,鎖燧改火,期可已突。(17.19)

§3実際の話しことばに近いと見られるもの

§3.1句末助詞の畳用

く論語>の中には,孔子が実際に話したことばを,かなりそのままに記録しているもの もあるにちがいない。しかし,同じく孔子のことばとして記載されているものの中には,

弟子たちの手による沓きことばのものも多いはずであり,それらの中には,前章に述べた ような特にいちぢるしい修辞の跡の見られないものも多いものと考えられる。しかも,そ の沓きことばは,本質的には口語体のものなのであるから,これを見わけることは,ほと んど不可能な場合もあるわけであるが,それにはまず,その話していることの内容よりも その話しぶりの記載に重点をおくべきであると考える。それで,まず,その発話の際にお ける語気を伝えているものに注目すべきであり,したがって,まず,句末の助詞に着目す べきものと考える。

く論語>の中において,もっとも多く用いられている句末の助詞は,「也」と「実」と である。《書経>の中には,「也」は,1字もなく,「夷」は,<周書・牧誓>に1字,

<周普・立政>に6字見えているだけであるが,く詩経>においては,「実」は,かなり 多く,205字,「也」も,特にく国風>に多く用いられるようになって来ており,全部で 90字を数えうるのであるが(森本角蔵氏のく五経索引>による。なお,<詩経>の総字数は,29,6 45字と計算されている),《論語>においては,「美」は,179字であるが,「也」は,

528字の多きを数えるようになっている(森本角蔵氏のく四書索引>による。なお,<論語>の 総字数は,15,917字と計算されている)。このことによっても,これらの助詞の使用は,周以 後,特に春秋以後に,いちぢるしく発達して来たものにちがいなく,また,この点からし ても,く論語>は,全体として,その当時におけるに│語休のものであったことがわかる。

この「也」は,提示する語気を示し,「美」は,決定する語気を示すものと考えられる のであるが(拙諭く「也」と「実」とについて><東京支那学会報・第10号>参照),このような 語気の表示は,その発話の内容だけを記録しようとする場合においては,必ずしも必須の ものであるとは考えられない。現に,《論語>の中においても,テキストによって,「也」

の有無に相違のあるものが,きわめて多く,80以上の数になっているのであるが,(<論

(10)

232 鈴 木 直 治

語引得>によって算出),そのテキストによって「也」のないものは,ことごとく,その句 意を理解しえないものであったなどとはいいえない。

もちろん,これらの助詞を用いているものは,ことごとく,実際に話したことに近いも のであるなどとはいいえない。明らかに書きことばといいうるく郷党篇>の中にも,これ らの助詞は,よく用いられているのであって,当時の書きことばは,この点においては,

かなり実│際の話しことばに近い口語体のものと考えられるのであるから,孔子の話したこ との要旨,または,それを自分なりに理解したところを記録していた書きことばのものに おいても,この類の助詞が多く用いられることは,当然のことと考えられる。しかしなが ら,この種の語気を示す助詞を,更に重ねて用いているものも少なくないのであって,そ れらは,恐らくは,孔子の実際の話しぶりをも伝えようとしたものではなかろうかと考え

られる。

「〜也英」「〜突也」と畳用することは,先秦には,恐らくは,そのようないいかたが なかったものと考えられ,《論語>の中にも,その例はないのであるが,「〜也已」「〜

已突」「〜山已突」と畳用している例は,かなり多い。

〔「〜也已」の例〕

1能近取響,可謂仁之方也已。(6.30)

0 0

2年四十而見悪焉,其終也已。(17・24)[漢石経も「也已」になっている。〕

0 0

3末之也已。何必公山氏之之也?(17.4)〔子路のことば〕

0 0

4如有周公之才之美,使驍且吝,其余不足観也已。(8.11)〔正平版本には,「也已英」

0 0

になっているが,義疏本には,「已突」になっているものと,「也已実」になっているもの とがある。武内義雄氏は,r也已突到になっているのは,異本対校の結果加えられたものであ ろうと論じている。<漢石経残字孜><論語之研究>(岩波書店,1939年)参照。〕

5攻乎異端,斯害也已。(2.16)〔漢石経も「也已」になっているが,武内義雄氏は,これ

O O

についても,異本対校の結果かも知れないと論じている。なお,正平版本・義疏本には,r也 已実」になっている。〕

6君子食無求飽,居無求安,敏於事而慎於言,就有道而正焉,可謂好学岬。( .

14)〔漢石経には,「已突」,正平版本には,「也已美」になっている。また,義疏本には,

「也已笑」になっているものと,「也英已」になっているものとがあるが,後者は,恐らくは 筆写の際の誤りと見るべきものである。〕

〔「〜已突」の例〕

7賜也,始可与言詩已突。告諸往而知来者。(1.15)〔正平版本・義疏本には,章末の

0 0

「知来者」の次に,「也」の字がある。〕

8起予者商也。始可与言詩弓李。(3.8)

9若聖与仁,則吾豈敢?抑為之不厭,誰人不倦,則可謂云爾弓手。(7.34)

10士見危致命,見得思義,祭思敬,喪思哀,其可已突。(19.1)[32・1.2に,例

0 0

(11)

<論語>はどの程度まで話しことばに近いか 233

25として引用。〕

〔「〜也已実」の例〕

1泰伯,其可謂至徳煕李。(8・ )

12亦各言其志岬李。(11.24)〔この章に記載されている問答の中で,孔子は,前には,

単に「亦各言其志也」といっている。〕

13不日如之何如之何者,吾末如之何也已英。(15.16)

。 0 0

4法語之言,能無従乎?改之為貴。巽与之言,能無説乎?緯之為貴。説而不鐸,従而

不改,吾末如之イ可煕季。(9.24)〔§2.1.2に,例17として引用。〕〔武内義雄氏の

く論語>(筑摩書房・1963年)によれば,清原家本には,「已也実」となっているが,例13と 合せ考えても,恐らくは,筆写の際の誤り。〕

「巳」は,その上古音においても,「美」と同一の韻部に属するもので,きわめて近い 音のものであったと考えられ(藤堂明保氏によれば,「已」はdi、39「実」は伽99と推定されて

O

いる。Karlgren氏は,ともにzAg9と推定しているが,全く同一の音であったとはいいえない),し たがって,その示す語気もまた,きわめて近いものであったと考えられる。この「已」を 単独で句末助詞として用いている例は,く詩経>にはなく,<耆経>には,<周書.洛詰>

の中にi例見えているのであるが,上例のように,「也」「実」と畳用している例は,く詩

経>く書経>ともになく,また,春秋戦国のの頃の文献にも,次の表によって見られるよ うに,このような例は,決して多いものとはいいえない。

|左一別2△|lIlll

△△△

△△△

−11△|

郡l

848

季細

已突突

也已

一一一一

(ロ合仏燕京学社のく引得>によって算出)

上例4.5に注記しておいたように,これらの句末助詞を畳用しているものについて,

武内義雄氏は,その中には,異本対校の結果加えられたもののあることを論じている。し かし,上の表によっても知りうるように,先秦にそのようないいかたがなかったとはいい えないし,また,現在見られるテキストを通じて,異同のないものが多い。それで,この ように句末助詞を畳用しているものの多いことは,《論語>のもつ重大な一つの特徴とい うことができるわけであり,また,このことは,《論語>の中には,実際の話しことばの 語気をよく伝えているものが比較的多いということを示すものということができる。

もとより,この種の句末助詞を畳用しているものは,ことごとく,その章の記載全部が 実際に話したことに近い記録であるとはいいえない。その中には,上例6・10.14のよう に,排偶的な書きかたのものもあり,特に例10は,変則ながら押韻しているものなのであ

(12)

234 鈴 木 直 治

るから,それがそのまま実際に話したことの記録であるとは考えられない。このような例 のあることは その当時における書きことばは,前述のように,本質的には,話しことば にかなり近いもので,このような語気を示すものを書き入れても不自然なものではなかっ たことによるものと考えられる。しかしながら 全休としていえば,このように句末助詞 を畳用しているものには,やはり,実│際に話したことに近い記録のものが多いと見るべき であり また,このことは <論語>のもつ一つの特徴といいうるものと考える。

また 句末助詞として用いられる「夫」や「哉」が,更にほかの句末助詞と畳用されて いる例を調べてみても 次にあげた表によって知りうるように <論語>における用例は やはり 比較的多いものということができるのであって,それらの例も,その多くは,や はり 孔子が話した場合における実際の語気を伝えているものと考えられる。

筍子|墨子|荘

一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 ‑ 一 一 一 一 一 一 一 一 三 三 = =

一 や ‑ 凸 凸 一 一 ① 一 ‐ 圭 一 一

子一

孟︽l一

室函一

△Ⅷ二三側

左 伝

82

2

△一△夫夫

実已一一一 8

3−1 19

一 一 ● 』 ■ 』 一 一 一 一 。 ■

一哉夫一

一突也一

一一

1−3

一一一宇一一一一一=‐一一‐一ー

6−6

27 2

△3

2−蛆△

19 4

〜 也 哉 1

1 2

3 11

〜 乎 哉 8

2−△

乎 哉 △1

也一也一一一一

与 哉

221815ア ? 26136

I

一一

§3.2同一句の反復

く論語>の中には,また,同一の句を反復して,ある種の感情を表示しているものが少

なくない。

〔2字句の反復〕

1帰与1帰与1吾党之小子狂簡,斐然成章,不知所以裁之。(5.26)

2剛不馴。剛哉1馴哉!(6.25)

3問子西。日: 彼哉1彼哉! (14.9)〔<公羊伝>(定公8年)にも,これと同じいいか

たがある。]

4山梁雌雄,時哉1時哉!(10.21)〔<釈文>には,単に「時哉」の2字をあげ,一本に はr時哉時哉」となっていると注している。義疏本にも,今見られるものはこの通りであるが,

この章の疏の中に引用している虞氏の賛,また,そのく論語序>の疏には,ともに「時哉」を 重ねていない。それで,義疏本も,もともとは,重ねていなかったものと考えられる。]

(13)
(14)

236 鈴 木 直 治

察 其 所 安 , … … 此 之 謂 視 中 也 」 と あ る こ と か ら し て も , そ の よ う に 考 え ら れ る 。 し て み れ

0 0

ば,この始めの3句は,かなりよく修辞の手が加えられているものといいうる。次に,注 記しておいたように,「人焉痩哉」の句を重ねていないテキストもあったものかとも考え られるのであるが,このように重複させているテキストのものが優位を占めて定着するに 至ったのは,その始めの排偶的な4字の3句に対して,その末尾も,4字の1句ではなく

4字の2句であることが,全体としての句調のバランスも取れ,また,その感情の表示も 力強いものになるという修辞上の優位によるものと考えられる。

また,同一句をつづけて繰りかえさずに,中間にことばをおいてから,また繰りかえし ていうということも,実際の話しことばの中に,十分ありえたことであろうと思われるの であるが,次のような例のものは,やはり,修辞の手が加わっているもののように考えら れる。前に,§2.1.2に,例26としてあげた「萬吾無間然突」章の如きは,明らかに 実際に話したことの記録とはいいえない。

11賢哉,回也1−箪食,一瓢飲,在随巷。人不堪其憂(・ro3),回也不改其楽(り13k), 賢哉,回也!(6.11)

12天何言哉?四時行(脳0)焉,百物生(sきり)焉。天何言哉?(17.17)[<釈文>

には,「天何言哉」をあげ,これは,古論に従ったもので,魯論では,「天」・の字がr夫」の 字になっていると述べている。<四書考異>には,章首の句は,魯論に従う方がよいとしてい

るのであるが,修辞の立場からすれば,同一句であるべきものと考える。〕

む す び

中国語には,中国語としての特徴的なもののいいかたがある。古代語を研究しようとす る場合にも,まず,このもののいいかたの特徴を,よく考慮に入れておかなければならな い。昨年度に発表した拙論く中国占代語における被勁表現の研究一古代語における表現 法の特徴を中心にして−>(<金沢大学法文学部論集・文学篇・第10巻>)は,このものの いいかたの重大な一面を明らかにしようとしたものである。しかし,このもののいいかた

とあいならんで,ものの書きかたということをも,よく考えておかなければならない。

く論語>は,本論の中で述べたように,古代語における話しことば・もののいいかたを 研究する上に,もっとも重要な根本資料となしうるものである。しかし,中国語における 書きことばに特徴的ともいうべき修辞の手法は,《論語>の当時において,すでにその書 きことばにおける一種の定法として一般に行われていたのであって,それは,中国語のも つ特質に深く根ざしているものと考えられる。この小論は,く論語>を資料として,この

ものの書きかたの重大な一面を明らかにしようとしたものである。('963, 0, ')

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