消費貸借契約における 返還時期の改正案の検討
畑 中 久 彌
*
目 次 はじめに
1.『基本方針』の検討
(1)期限の定めがある場合の返還時期 (2)期限前弁済における損害賠償の体系的意義 (3)消費者契約としての消費貸借の特則 (4)商工ローンの取り扱い
(5)期限の利益の放棄に関する一般法理との関係 2.『有志案』の検討
(1)現行 591 条の改正提案と期限の定めの有無 (2)現行の取り扱いとの相違―期限の定めのない場合―
(3)期限の定めがある場合にも適用されるとの解釈 (4)他の規定および特別法の活用
おわりに
はじめに
消費貸借契約における目的物の返還時期は、現行民法 591 条に定められて いる。同条 2 項によれば、借主はいつでも返還することができるとされてい
* 福岡大学法学部准教授
る。従来から、同項は、1 項を前提としたものであり、期限の定めのない消 費貸借について規定したものと解するのが一般的であった1。
これによると、消費貸借の期限前弁済については、現行 591 条は適用され ず、現行 136 条 2 項が適用される。一般的な理解によれば、借主は期限の利 益を放棄して借入金を弁済できるが、貸主の利益を害することはできないか ら、その損害を填補しなければならない。そして、填補すべき損害は、利息 付消費貸借一般については、弁済時から期限までの約定利息の総額とする見 解が示されてきたが、近時の消費者ローン・商工ローンの紛争を受けて、弁 済時までの利息の支払いで足りるとの立場が示されている2。
1 幾代通・広中俊雄編『新版注釈民法(15)債権(6)増補版』〔浜田稔〕(有斐閣、平成 8 年)
47 頁等。法典調査会における本条の趣旨説明においても、本条は当事者が返還の時期 を定めない場合の規定とされている(富井政章委員による説明)。法務大臣官房司法法 制調査部監修『法典調査会民法議事速記録四』(商事法務研究会、昭和 59 年)267-268 頁。
これに対し、同項は返還期限の有無に関わらず適用されるとする見解として、村上 恭一『債權各論』(巖松堂書店、第 3 版、1923 年)320-321 頁、鈴木禄弥『債権法講義 三訂版』(創文社、1995 年)344 頁、375 頁、栁澤秀吉・堀田泰司編『債権法各論』〔比 嘉正〕(嵯峨野書院、第 4 版、2002 年)95 頁がある。
また、森泉章教授と鎌野邦樹教授は、少なくとも貸金業者の利息債権については、
591 条 2 項により借主は自由に期限前に弁済できるとの鑑定意見書を提出している(鑑 定意見書そのものは未見)。全国クレジット・サラ金問題対策協議会『判例貸金業規 制法と救済の実務』〔茆原洋子〕(全国クレジット・サラ金問題対策協議会、2002 年)
50-51 頁。
2 わが国における期限前弁済の法状況については、尾島茂樹「期限の利益の放棄につ いての覚書」金沢 50 巻 2 号(平成 20 年)71 頁以下、同「期限の利益の放棄について の覚書・補論」金沢 51 巻 1 号(平成 20 年)55 頁以下、拙稿「判批」東亜 8 号(平成 15 年)41 頁以下、同「判批」福岡 51 巻 3・4 号(2007 年)381 頁以下、同「利息付き 消費貸借における期限前弁済―海外の法状況との比較から―」平野裕之・長坂純・有 賀恵美子編『現代民事法の課題 新美育文先生還暦記念』(信山社、2009 年)220 頁以 下を参照。
本稿は、以上の問題を中心として、消費貸借における目的物の返還時期の 立法提案を検討しようとするものである。
なお、現在のところ、消費貸借における目的物の返還時期を含む改正案と しては、『債権法改正の基本方針』3(以下、『基本方針』という。)と『民法 改正 国民・法曹・学界有志案』4(以下、『有志案』という。)が示されてい るので、本稿では、双方の提案する改正内容を検討することとしたい。また、
検討の順序としては、より詳細な改正案を提示している『基本方針』をまず 検討し、次いで『有志案』の検討に移ることとしたい。
1.『基本方針』の検討
(1)期限の定めがある場合の返還時期
『基本方針』は、現行 591 条 1 項および 2 項の文言を踏襲しつつ、さらに 2 項についてただし書を設け、「返還時期の定めのある利息付消費貸借にお いて、その時期の到来前に返還をするときは、借主は、これにより貸主に生 ずる損害を賠償しなければならない。」と規定している5。本文において、
「借主はいつでも返還することができる」と規定し、ただし書で返還時期の 定めがある場合についての損害賠償を規定していることからすれば、本文は 返還時期の定めがある場合をも含む規定ということになる。現行 591 条 2 項 については、前述のとおり、期限の定めがない場合の規定と解するのが一般 的であったことからすれば、『基本方針』は、同項に関する従来の一般的な
3 民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』別冊NBL 126 号(2009 年)。
4 民法改正研究会編『民法改正 国民・法曹・学界有志案』(日本評論社、2009 年)。
5 『基本方針』【3.2.6.11】(消費貸借の終了)<2> 参照。
解釈とは異なる立場をとることになる。もっとも、『基本方針』の改正案は、
従来の取り扱いと大きく異なるところはないと見ることもできる。これまで も、現行 136 条 2 項により、相手方に生じる損害を填補することで期限前弁 済が認められていたところ、『基本方針』は、こうした従来の取り扱いを消 費貸借の場合に明示したものといえるからである。
それでは、『基本方針』が、期限の定めがある場合でも借主は期限前に弁 済できると規定した意義は、従来の取り扱いをほぼ確認するだけにとどまる だろうか。従来は、期限の定めがある場合には期限通りに弁済するのが本来 の姿で、損害の填補による期限前弁済の認容はその例外的措置という性格が 強かったと思われる。それゆえ、『基本方針』に比べれば、特約をすれば約 定どおり期限までの借受けを強制できるとの解釈により近い立場にあるとい える。そうすると、それにも関わらず期限前に弁済しようとする行為は、期 限までの貸付けによる利益を侵害するものとなるから、借主は、それによっ て生じる損害を賠償しなければならないとの解釈に――『基本方針』よりも
――結びつき易いのではないだろうか。これに対し、『基本方針』は、借主 に原則として期限前弁済の権利を認めたものと思われる。この立場からは、
貸主は期限の利益を有しないから、期限までの借受けを強制できないし、借 主の期限前弁済によって期限の利益を侵害されるわけではない。そうする と、現実の弁済時以降の利息は賠償すべき損害にならないとするのが、自然 な解釈であるように思われる6。これらの解釈は、必然的なものではなく、
いずれも他の解釈の仕方を許容するものであるが、結論の導き易さという点 で違いがあるものと思われる。
(2)期限前弁済における損害賠償の体系的意義
従来、期限前弁済に伴う相手方への損害填補の法的性質が何であるかは、
必ずしも明らかではなかった。損害賠償と明示する見解が多かったが、損害
を填補すると述べ、賠償という表現を用いない見解もあった。『基本方針』
では、その法的性質が損害賠償として明記されることになった7。
ただ、この損害賠償が債務不履行によるものなのかどうかは明らかではな い。債務不履行責任とは別の責任として定められたものと解することも可能 だからである8。
(3)消費者契約としての消費貸借の特則
上記のように『基本方針』は、期限前弁済における借主の損害賠償義務を 認めているが、その特則として、乙案を併記している。それによれば、上記 のただし書は、「貸主が事業者であり、借主が消費者である場合には適用し
6 前掲注(1)で触れた森泉教授、鎌野教授の鑑定意見書は、このような解釈を示唆す るようである。同意見書は、「民法 591 条 2 項により借主は弁済期前でも自由に返還を なすことができ、その場合において、利息については現実の弁済時までの利息の支払 いで足り、このことにより民法 136 条 2 項但書にいう『相手方の利益』を害すること にはならないと解せよう。」と述べている。
民法(債権法)改正委員会は、損害賠償の内容に関連して、残存期間が長期に及ぶ 場合には利息総額の賠償は合理的とは思われないと指摘し、また、期限前弁済により 貸主に生じる利益(これは元本運用による貸主の利益を指すものと考えられる。)との 調整も問題となる余地があるとの指摘もしている。民法(債権法)改正検討委員会編『詳 解 債権法改正の基本方針Ⅳ各種の契約(1)』(商事法務研究会、2010 年)416 頁。
なお、この詳解が公表される前の指摘であるが、舛田雅彦弁護士は、この規定によ れば期限までの利息総額が賠償対象となるとして、後述の乙案が不可欠であると述べ ている。佐瀬正俊・良永和隆・角田伸一編『民法(債権法)改正の要点改正提案のポ イントと実務家の視点』〔舛田雅彦〕(ぎょうせい、2010 年)340 頁。
7 『基本方針』【3.2.6.11】の提案理由を参照。
8 我妻栄博士は、債務者だけが期限の利益を有しており単純にこれを放棄しうる場合 には期限前の履行が本旨に従った履行となることはいうまでもないが、そうでない場 合には一種の不完全履行とみてもよいとしている。我妻栄『新訂債権総論』(岩波書店、
1964 年)152 頁。
ない。」とされている9。現行民法によれば、この場合でも消費者たる借主は 事業者に生じた損害を填補しなければならない(136 条 2 項)。『基本方針』は、
その損害填補を不要とする点で、従来よりも消費者に有利な取り扱いをする ものといえる。
ただ、乙案は強行規定として示されているわけではない。【3.2.6.03】が消 費者契約としての消費貸借を規定しつつ、これに反する特約を無効と明示し ていることからすると、そのような明示的規定のない上記ただし書は、任意 規定と解されるからである。そうすると、実際には、期限前弁済の場合の損 害賠償についての特約が締結されることになると思われる。その特約の効力 は、消費者契約の不当条項規制によって判断されることになる。具体的には、
『基本方針』【3.1.1.36】の適用がまず問題となろう10。
同規定は、「消費者契約の条項[(個別の交渉を経て採用された消費者契約 の条項を除く。)]であって、次に定める条項は、当該条項が存在しない場 合と比較して消費者の利益を信義則に反する程度に害するものと推定され る。」とし11、その条項を列挙している。そのうち、消費貸借の期限前弁済 と関係があると思われるのは、< イ > と < オ > である。
9 『基本方針』【3.2.6.11】(消費貸借の終了)〔乙案〕<3> 参照。奥国範弁護士は、乙案 は実務に大きな影響を及ぼしうると思われると指摘している。同「1 消費貸借~金銭の 貸付業務を念頭に貸主に与える実務上の影響~」銀法 711 号(2010 年)7 頁。
10 奥弁護士は、乙案が特約を排除する趣旨か否かは必ずしも明確ではないとしつつ、
不当条項規制と相まって特約の効力が否定される可能性があると指摘している。奥・
前掲注(9)。
11 『基本方針』【3.1.1.32】<1> は、「約款または消費者契約の条項[(個別の交渉を経て 採用された消費者契約の条項を除く。)]であって、当該条項が存在しない場合と比較 して、条項使用者の相手方が利益を信義則に反する程度に害するものは無効である。」
と定めている。これを前提として、信義則違反を推定または擬制される条項のリスト が定められている。
< イ > は、「消費者が法律上の権利を行使するために事業者の同意を要件 とし、または事業者に対価を支払うべきことを定める条項」と規定してい る。乙案が借主に損害賠償なき期限前弁済の権利を認めたのであれば、期限 前弁済に貸主の同意を必要とする特約や対価の支払いを必要とする特約は、
< イ > に該当することになろう。< オ > は、「消費者による債務不履行の場 合に消費者が支払うべき損害賠償の予定または違約金を定める条項 ただ し、当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであっ た損害が事業者に生じているときは、その損害額を定める部分については、
消費者の利益を信義則に反する程度に害するものと推定されない。」と定め ている。期限前弁済が債務不履行であるとすれば(債務不履行でない可能性 もあることについては、前掲 1.(2)を参照)、期限前弁済による損害賠償の 額をあらかじめ定めておく約定や違約金を定めておく約定は、< オ > に該 当することになり、貸主および借主が契約締結時までに予見可能性であった 損害については、信義則違反の推定が働かないことになる。
以上のうち、< オ > による取り扱いは、現行の取り扱いと比べて、以下 の点で相違する。まず、消費者契約法 9 条 1 項は、解除に伴う損害賠償額の 予定を平均的な損害に制限している。『基本方針』によれば、「解除に伴う」
との要件が外され、損害賠償額の予定は両当事者が契約締結時までに予見可 能な実損害に制限される。また、消費者契約法 9 条 1 項は無効と規定するの に対し、『基本方針』は信義則違反と推定するにとどまる。さらに、併記さ れた案では、個別の交渉があれば、信義則違反の推定もなされないことにな る(この点は上記 < イ > にも当てはまる)12。上記の第一点目の相違につい
12 『基本方針』【3.1.1.37】。そのほか、消費者契約法 9 条 1 項は、平均的損害額を超えた 部分のみが無効となるのに対し、『基本方針』では、当該条項が全体として無効になる という相違もある。
ては、現実の損害額と平均的な損害額の大小は場合毎に変わるから、『基本 方針』は消費者契約法に比べて消費者にとって有利にも不利にもなる。ただ、
少なくとも、利息は元本利用の対価であることから、この損害には、弁済時 以降の期限までの利息総額は含まれないというべきであろう。第二点目につ いては、『基本方針』によると、期限までの利息総額の支払いを損害賠償額 の予定として有効と認める余地が残ることになる。しかし、たとえそうであ るとしても、利息が元本利用の対価であることからすると、不当条項リスト に該当しないからといって、そのまま有効と認めるのは妥当ではない。『基 本方針』の公序良俗の規定13、損害賠償額の予定の規制14、利息制限法違反 を活用して15、規制すべきものと思われる。
(4)商工ローンの取り扱い
前述のように、『基本方針』乙案は、消費者契約としての消費貸借において、
期限前弁済に損害賠償が不要であることを定めている。それゆえ、期限まで の約定利息はもとより事務手数料の支払いも不要となる16。これに対し、事 業者への貸付を内容とするいわゆる商工ローンは、消費者契約ではないた め17、貸主に生じた損害を賠償することが必要となる。
13 『基本方針』【1.5.02】。特に暴利行為を定めた <2> の適用が考えられる。なお、期限 前弁済の場合に期限までの利息総額を支払う旨の特約を公序良俗に反し無効とした裁 判例として、大阪高判平 8 年 1 月 23 日判時 1569 号 62 頁がある。
14 『基本方針』は、予定された賠償額が現実の損害に比べて過大である場合には、裁判 所は合理的な額まで減額できるとしている(【3.1.1.75】<2>)。
15 拙稿・前掲注(2)45-47 頁。
16 これに対し、奥弁護士は、乙案は事務手数料その他実費の負担を禁止する趣旨ではな いと考えられるとしつつ、そうした手数料が未経過利息等の損害賠償の意味合いを一 切含まない、純然たる実費と言い切れるかは不安が残る、としている。奥・前掲注(9)。
しかし、消費者契約としての消費貸借でないからといって、商工ローンを 対当平等な主体間の消費貸借と考えるべきではない。消費者契約としての消 費貸借に認められる法理は、できるだけ商工ローンの場合にも適用すべきで ある18。商工ローンは、『基本方針』の定義によれば事業者間の消費貸借契 約といえようが、借主の有する生産手段は、元本利用の対価たる利息分の収 益を安定的に生み出せない場合も多い。それゆえ、約定期限までの元本利用 を強制することは適切ではなく、期限前弁済を原則として可能とする『基本 方針』の立場を徹底するのが望ましい。商工ローンの期限前弁済における損 害については、期限までの約定利息を含まないと解すべきである。
(5)期限の利益の放棄に関する一般法理との関係
現行 136 条 2 項は、期限の利益の放棄により相手方を害することはできな いとしている。従来の一般的理解によれば、相手方の損害が填補可能なもの であれば、損害を填補することで期限の利益を放棄できるが(相手方を害す ることにならないから)、填補不可能な場合には相手方の利益を害すること になるので、期限の利益を放棄できないとされている。
『基本方針』は、こうした期限の利益放棄の一般論を踏襲しつつ19、消費 貸借においては上記のうち前者を採ることを明記したものといえる。そし て、その場合の損害填補の法的性質は、損害賠償として明記されることになっ た。
17 『基本方針』【1.5.08】は、消費者契約を「消費者と事業者との間で締結される契約を いう」とし、【1.5.07】<2> において、消費者を「事業活動〔または専門的職業活動〕
以外の活動のために契約を締結する個人」と規定している。
18 商工ローンでも、貸主の期限の利益が問題となっている。茆原・前掲注(1)47-51 頁。
2.『有志案』の検討
(1)現行 591 条の改正提案と期限の定めの有無
『有志案』は、610 条において、有償消費貸借における返還時期について 定めている20。同条は、現行 591 条 1 項および 2 項の文言をそのまま踏襲し つつ、さらに現行 2 項にただし書を加え、「ただし、これによって貸主の利 益を害することはできない。」と定めている。
この改正は、『基本方針』と異なり、期限の定めのある場合にも適用され るか否かを明示していない。従来の 591 条 2 項の一般的な解釈に従うと、『有 志案』610 条 2 項本文は、1 項を前提とした条文であり、期限の定めない場 合に借主はいつでも返還できる旨を定めた規定と解することになる。そうす ると、2 項ただし書は、期限の定めのない消費貸借の借主は、弁済によって 貸主の利益を害することはできない旨を定めた規定と解することになる。「害 することはできない」とされることで、具体的には、たとえば、貸主が受領 の準備を整えるまでは弁済できないといった取り扱いが考えられる。あるい は、弁済はできるが、貸主に損害が生じた場合にはその填補をしなければな らないとの取り扱いが考えられる。
(2)現行の取り扱いとの相違―期限の定めのない場合―
判例によれば、期限の定めのない消費貸借においては、貸金債権は成立と
19 民法(債務法)改正委員会は、現行の規定では「害することができない」という文言 の意味が必ずしも明らかではないため、期限前弁済を不可とする解釈も生じうると指 摘し、これを改正の一つの根拠をしている。『詳解』・前掲注(6)416 頁。なお、『基本 方針』は、現行 136 条 2 項の文言をほぼそのまま受け継いでいる(【1.5.64】<1><2>)。
20 無償消費貸借にも準用されている(『有志案』616 条)。
同時に弁済期にあるとされるから21、借主は借受時以降いつでも弁済するこ とができる。現行 561 条 2 項は、この立場に沿った規定と解することがで きる。
貸主は、突然の借主の弁済により不利益を受ける場合もある。たとえば、
煩瑣な事務手続きが生じたり、(期限の定めはないまでも)収受を見込んで いた利息を得られなかったりといった不利益である。現行 136 条 2 項によれ ば、期限が借主のためにのみ定められた場合でも、借主は期限前弁済によっ て貸主を害してはならない。たとえば、煩瑣な事務手続きが生じるような場 合には、借主は期限前弁済できない可能性がある。少なくとも貸主の損害を 賠償する必要が生じる。借主が期限の利益を有する場合は以上の取り扱いと なるが、借主が期限の利益を持たない場合はどうであろうか。借主に期限の 利益がある場合でさえ、貸主は上記の保護が与えられるのであるから、借主 が期限の利益を持たない場合にも同様の保護が与えられて然るべきだ、とい えるだろうか。もしそうだとすれば、貸主は 136 条 2 項の場合と同様の保護 を与えられるべきことになろう。しかし、期限が定められていない場合には、
借主は、弁済できるとの期待を契約成立時から有しており、また、貸主はい つでも弁済を受領できるよう用意しておくべきである。現行民法によれば、
期限の定めのない消費貸借の借主は、たとえ貸主を害するとしても、原則と して、いつでも損害の填補なく弁済できると解することになると思われる。
これに対し、『有志案』は、貸主の利益を害する場合には弁済できないと する点で、例外を設けるものといえる。
21 大判昭和 17 年 11 月 19 日民集 21 巻 1075 頁。このほか、大判昭和 5 年 6 月 4 日民集 9 巻 595 頁は、期限の定めのない消費貸借の「履行期ハ不断ニ到来シツツアリ」として いる(598 頁)。
(3)期限の定めがある場合にも適用されるとの解釈
『有志案』601 条が期限の定めの有無を問わずに適用される条文であると すれば、同条 2 項ただし書は、現行 136 条 2 項と同様の機能を果たすことに なる22。そうすると、約定期限までの利息総額の填補の是非は、601 条 2 項 ただし書の問題となる。利息は元本利用の対価であること、期限までの借受 けの強制は妥当ではないことを考慮した運用が必要と思われる(上記 2 を参 照)。
(4)他の規定および特別法の活用
『有志案』は、現行民法 90 条に対応する条文を持ち(50 条)、また、損害 賠償額の予定を規制する条文を新設している(348 条 5 項)23。消費者契約 法 9 条および 10 条の改正は提案されていない。これらの規定を活用して、
借主による期限前弁済を容易にするべきである。
おわりに
利息は元本利用の対価である。また、少なくとも、消費者ローンや商工ロー ン等、借主が元本運用により利息分の収益を生み出す手段を持たない、ある いは持っていてもその運用が安定しない場合には、期限までの元本借受けの 強制は妥当ではない。こうした観点からすれば、借主による期限前弁済につ
22 『有志案』は、現行 136 条の文言をそのまま受け継いでいる(94 条)。
23 当該取引の性質を考慮すると合理性を欠き、かつ現実に生じた損害よりも著しく過 大または過小であるときは無効となる、されている。
いては、なるべく容易にする方向で制度を設計し、また運用すべきものと思 われる。
現行の取り扱いに比べ、『基本方針』は、そのような方向により有利に作 用する仕組みになっている。ただ、『基本方針』の不当条項規制によると、
現行の消費者契約法よりも借主に不利な取り扱いとなる可能性もある。公序 良俗、損害賠償額の予定の規制、利息制限法の活用も必要となる。
『有志案』の改正案は、期限の定めの有無に関わりなく適用されるか否か を明示していない。期限の定めのない場合のみを対象としたのであれば、改 正案は、「貸主は借主の弁済により損害を被るときは弁済を拒絶できる」(あ るいは、少なくとも損害填補を請求できる)との準則を、現行の取り扱いに 追加したものといえる。これに対し、期限の定めのある場合をも対象とし ているのであれば、期限前弁済については、消費貸借の規定の運用という 形で、実際には現行と類似の取り扱いをすることになるだろう。