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生命保険金請求権の質権設定について

深 澤 泰 弘

1.はじめに

保険金請求権は一定額の給付を受けることができる財産的価値を有する債 権であるので,かかる財産的価値を利用して保険金請求権に質権を設定する

*平成23年10月23日の日本保険学会全国大会報告による。

/平成24年7月2日原稿受領。

■アブストラクト

第三者のためにする生命保険契約において,保険契約者は抽象的保険金請 求権に対し単独で質権を設定できるとする説(肯定説)と,明示的な保険金 受取人の自身への変更手続または保険金受取人の同意なしに質権を設定でき ないとする説(否定説)の対立が存在する。抽象的保険金請求権が保険契約 締結時から保険金受取人の権利であることは間違いないが,保険事故の発生 までは何の請求もできず,被保険者の同意なしに譲渡や質入もできない,保 険契約者の意思次第で抽象的保険金請求権は減少したり消滅したりする脆弱 な権利であり,その権利性をことさらに強調すべきではない。保険事故発生 前は,保険契約者が保険契約の解約や保険金額の変更といった保険契約全体 の処分権を有しているのであるから,契約内容を変更するが如く,その処分 権に基づいて保険契約者は当然に単独で抽象的保険金請求権に質権を設定で きると考えるのが妥当である。

■キーワード

質権,第三者のためにする生命保険契約,抽象的保険金請求権

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ことができる 。保険事故発生後の具体的な保険金請求権(以下 具体的保 険金請求権 という。)については,保険金受取人に発生した権利であるの で,保険金受取人のみがこの請求権に質権を設定することができる。これに 対して,保険事故発生前の抽象的な保険金請求権(以下 抽象的保険金請求 権 という。)は条件付債権でしかないと考えられているが,その権利性を 認める以上,保険金受取人が抽象的保険金請求権に質権を設定することは可 能であると解されている 。そして,生命保険契約における質権の対象とな る請求権としては,満期保険金請求権,高度傷害保険金請求権,死亡保険金 請求権,解約返戻金請求権,または配当金請求権等が考えられる。したがっ て,生命保険契約の死亡保険金における抽象的保険金請求権に対して,質権 を設定することは当然に可能である。

ところで,保険契約者と保険金受取人が異なる第三者のためにする生命保 険契約(第三者のためにする生命保険契約では保険契約者と被保険者が同一 人である場合が多いため ,本稿でも特に断りがない限りこのような保険契 約者と被保険者が同一人の第三者のためにする生命保険契約を念頭に置く。)

において,保険契約者が抽象的保険金請求権に質権を設定する場合,保険実 務では生命保険契約に基づく諸権利の複雑な関係が生じるのを防止するため に,保険契約者と保険金受取人を同一人にして,つまり,自己のためにする 生命保険契約にしてから保険会社があらかじめ用意した書式を用いて質権を 設定してもらい,保険者が承諾するという方法をとっている 。しかし,保

1) 大森忠夫 保険法〔補訂版〕 304頁(有斐閣,1986年),西島梅治 保険法

〔第三版〕 371頁(悠々社,1998年)。

2) 大森・前掲注1)305頁。山下友信 保険法 541頁(有斐閣,2005年)。

3) 例えば,保険契約者兼被保険者が夫,保険金受取人が妻のような場合。河合 圭一 死亡保険金請求権への質権設定について 金澤理監修大塚英明=児玉康 編 新保険法と保険契約法理の新たな展開 353頁(ぎょうせい,2009年)。

4) 加藤昭 生命保険に基づく権利の担保化 ジュリスト964号57頁(1990年),

濱田盛一 生命保険契約と質権設定 石田満編 保険と担保 239頁(文眞堂,

1996年),松 田 武 司 生 命 保 険 契 約 の 担 保 的 利 用 産 大 法 学 40巻2号 20頁

(2006年)参照。

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険金請求権のような権利質の場合,第三債務者の承諾がなくとも質権設定者 と質権者の合意により質権を設定することができ,確定日付のある通知を第 三債務者に行えば,当該第三債務者に対してもその他の第三者に対しても当 該質権を対抗できると解されている(民法364条・467条)。そこで,第三者 のためにする生命保険契約において,質権設定者である保険契約者は,保険 者所定の書式を用いずとも,質権設定を第三債務者である保険者に通知する ことで抽象的保険金請求権における質権の設定を行えるかについて争いがあ る。この点につき裁判例および学説においては,保険契約者は保険者に対す る通知のみで抽象的保険金請求権における質権設定を主張できるとする説

(以下 肯定説 という。)と,明示的な保険金受取人の変更手続または保険 金受取人の同意がなければ,保険契約者は抽象的保険金請求権に質権を設定 することができないとする説(以下 否定説 という。)に意見が分かれて いる。そこで,本稿ではこの問題に関する従来の裁判例および学説を順に整 理し,それらを踏まえて検討を試みる。

2.裁判例

第三者のためにする生命保険契約において,保険者所定の書式を用いずに 保険契約者の行った質権設定の効力が争いとなった裁判例としては,①東京 地裁平成17年8月25日判決LEX/DB25464330,②大阪地裁平成17年8月30 日判決LEX/DB25464329 ,③東京地裁平成22年1月28日判決金判1359号 57頁,そして④東京高裁平成22年11月25日判決金判1359号50頁(③判決の控 訴審判決) がある。そこで,まずはこれらの判決を概観する(以下 商法

5) 事例の詳細及び検討に関しては,竹濵修 判批 保険事例研究会レポート 215号15頁以下(2007年),梅津昭彦 判批 保険事例研究会レポート221号1 頁以下(2008年)参照。

6) ④判決はこの問題における初めての高裁判決である。そのため④判決につい ては関心も高く,既に以下のように多くの先行研究がなされている。桜沢隆哉

判批 保険事例研究会レポート252号13頁以下(2011年),黒田直行 判批

JA

金融法務480号50頁以下(2011年),水野信次 判批 銀行法務21 730号

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とはすべて平成20年改正前商法を指す。)。

①判決では, 保険契約当事者とは別の第三者を保険金を受け取るべき者 とした保険契約は,原則として,その第三者は何らの意思表示等を行うこと なく,保険契約の利益を享受することができる(商法675条1項)が,本件 保険契約において,甲〔保険契約者兼被保険者:筆者注〕は,保険金受取人 指定変更権を留保していた(同項但書)から,第三者たる補助参加人の権利 が確定するのは,甲が保険金を受け取るべき者を指定又は変更する権利を行 わずに死亡したときである(同条2項)。

したがって,甲の生前である本件質権設定契約時には,甲は本件保険契約 に基づく生命保険金の受取人を変更することも可能だったのであり,補助参 加人は当時生命保険金の受取人として指定されていたからといって,その権 利は何ら確定していなかったものである。

そうすると,本件保険契約に基づく死亡保険金について質権設定する本件 質権設定契約において,その契約締結につき,当時生命保険金受取人として の具体的権利を有しているとはいえない補助参加人の同意を得ることが,契 約が有効に成立するための要件となるとは解されず,また,保険金受取人の 権利が優先すると解すべき理由はない。 として,肯定説の立場に立ち,保 険金受取人の同意がなくても保険契約者の質権設定の有効性を認めた。

また,③判決においても, 商法675条1項は,第三者を受取人とする保険 契約においては,当該第三者は,受益の意思表示(民法537条1項)を要せ ず保険金請求権を取得すると定めるものの,他方で保険契約者が別段の意思

70頁以下(2011年),吉川栄一 判批 保険毎日新聞2011年6月8日4頁以下,

井上健一 判批 ジュリスト1431号152頁以下(2011年),中込一洋 判批 保 険事例研究会レポート255号1頁以下(2011年),佐野誠 判批 福岡大学法学 論叢56巻2・3号277頁以下(2011年),岡田豊基 判批 私法判例リマークス 44号103頁以下(2012年)参照,竹濵修 第三者のためにする生命保険契約に おける質権設定権者 立命館法学339・340号124頁以下,田中秀明 判批 落 合誠一=山下典孝編 保険判例の分析と展開 68頁以下(経済法令研究会,

2012年),山下典孝 判批 ジュリスト1440号108頁以下(2012年)等参照。

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表示をしたときはその意思に従う旨規定する(同項ただし書き)。そうする と,第三者を受取人とする保険契約が締結された場合においても,保険契約 者が保険金受取人の指定又は変更権を留保して当該保険契約を締結したとき は,当該保険契約に規定された保険事故が発生するまでの間は,保険金受取 人である第三者の保険金請求権は変更又は消滅させることができないもので はなく,むしろ,保険契約者がその処分権を有するものと解される。そして,

その処分の方法から質権の設定を除外すべき根拠はないから,保険契約者が 第三者を受取人とする保険金請求権に質権を設定することによって,これを 処分することも可能である。 保険金受取人は,保険契約の効力発生と同時 に同人の固有の財産として保険金請求権を取得すると考えられるけれども,

当該保険契約において保険契約者が保険金受取人の指定又は変更権を留保し た場合には,結局のところ,保険受取人が取得する保険金請求権は,保険事 故発生までの間に保険契約者が処分をしなかった部分に限定されたものであ って,これらを固有の財産として取得するに止まるのであるから,保険金受 取人の保険金請求権が固有の権利であることと,これに対して保険契約者が 質権を設定できることは矛盾せず,この場合には,保険金受取人は質権の負 担の付いた保険金請求権を取得するというべきである。 として,保険金受 取人の同意がなくても,保険契約者による質権設定の有効性を認めた。

さらに,③判決の控訴審判決である④判決では, 亡A〔保険契約者兼被 保険者:筆者注〕は,本件生命保険契約に基づく保険金請求権について死亡 保険金に関するものも含めて一定の処分権を有していたのであるから,保険 金受取人の有していた本件生命保険契約に基づく保険金請求権も,被保険者 が死亡するまではその限度で不確定なものであって,いわば期待権に止まる というべきである。すなわち,死亡保険金請求権も含めた本件生命保険契約 に基づく権利全般について,亡Aが上記処分権を有していたという意味で亡 Aの財産権に属するものであると解するのが相当である。 死亡保険金の受 取人の指定を変更するということは,それに伴い死亡保険金請求権の帰属を 他に変更して,従前の受取人から新たに指定された受取人に変更するという

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ことにほかならないのであり,これは,保険契約者の死亡保険金請求権に係 る処分権の一内容となっているものである。したがって,受取人の指定を撤 回,変更して死亡保険金請求権の全ての帰属を他に変更するのではなく,保 険契約者の債権者が有する債権額の範囲で死亡保険金請求権を債権者に帰属 させる質権の設定も,同様に保険契約者の処分権に属するといえるのであり,

保険契約者は,死亡保険金の受取人として指定した者の承諾がなくとも死亡 保険金請求権について質権を設定することができるものと判断すべきであ る として,原審である③判決の立場を支持し,保険契約者の質権設定を認 めた。

これに対して,②判決では, 保険金受取人の指定変更権が留保されてい る場合には,保険契約者が何時でも一方的に保険金受取人を変更することが できるとはいえ,死亡保険金請求権は,指定された保険金受取人が自己の固 有の権利として取得する(最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決・民集19 巻1号1頁参照)。

また,死亡保険金請求権は,被保険者の死亡時に初めて発生するものであ り,保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく,被保 険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって,死亡保険金請求権が実質 的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできない

(最高裁平成14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。

したがって,死亡保険金請求権に質権を設定するためには,死亡保険金受 取人の質権設定行為が必要であり,死亡保険金請求権に質権を設定するため には,死亡保険金受取人の同意さえ不要であるとする原告らの主張は採用で きない。 として否定説の立場を示している。

以上,従来の裁判例をみると,肯定説が優勢であるものの,否定説も存在 し,裁判所の見解は統一されていない。意見が分かれているポイントとして は,保険金受取人が有する抽象的保険金請求権の権利性をどの程度認めるか という点にあると言える。肯定説の立場をとる判決(①③④判決)は,それ は単なる期待権にすぎない,すなわち,保険契約者の処分権が当然に及ぶ程

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度の権利であると評価しているのに対し,否定説の立場を採る②判決では,

2つの最高裁判決を引用してその権利性を強く認めている。しかし,②判決 に対しては,抽象的保険金請求権は保険金受取人が固有の権利として取得し,

保険契約者・被保険者の財産に属していたわけではないという理由から,当 然に保険金受取人の質権設定行為が必要であるといえるかには相当疑問であ るといった批判 や,保険金請求権に対する質権設定問題と②判決で引用す る2つの判例がいう保険金請求権取得の固有権性とは直接に結びつくもので はないとの批判 がなされている。

3.学 説

学説においても,肯定説と否定説が真っ向から対立する。以下では,否定 説,肯定説の順に学説の整理を行う 。

⑴ 否定説

否定説の論者は,第三者のためにする生命保険契約における抽象的保険金 請求権は,保険金受取人の固有の権利であるということを強調し,保険金受 取人の立場でしかこれを譲渡・質入することができないと説く 。したがっ て,保険契約者が抽象的保険金請求権を譲渡・質入したければ,保険金受取 人から同意を得るか明示的に自身を保険金受取人に変更しなければならない というものである。

また,肯定説では 保険金受取人は,自分が知らないうちに保険金請求権 7) 竹濵・前掲注5)17‑18頁。

8) 梅津・前掲注5)7‑8頁。

9) 学説の整理については,河合・前掲注3)356‑359頁,佐野・前掲注6)13‑15頁 参照。

10) 中西正明 生命保険法入門 235頁(有斐閣,2006年)。 阿憲 保険法概 説 246頁(中央経済社,2010年)においても, 保険給付請求権は,当該生命 保険契約の効力発生と同時に,保険金受取人の固有の財産となり,保険契約者 の財産から離脱しているから 保険契約者は保険金受取人の有する抽象的保険 金請求権を処分することはできないと説く。

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に質権が設定されることになるし,また,保険金受取人が保険金請求権を質 入れしていた場合,それを知らない保険契約者が第一順位質権として設定し た質権が第二順位質権の地位しか取得できないことにな り, 保険会社は 保険金の二重,三重の請求を受け,また受取人・質権者間の紛争にもなりか ねない として,肯定説から生じる弊害を理由に否定説の立場をとるものも ある 。

さらに,質権設定と受取人変更は次元の異なる問題(目的物の評価の問題 と権利主体に影響を及ぼす性質の問題)であるので,保険契約者が保険金請 求権に質権を設定できるとする考え方は当然に受け入れられるものではない との見解もある 。

保険法の立法担当官も,理由は明確に示されていないが,この抽象的保険 金請求権について譲渡や質入をすることができるのは,法文上明記してはい ないが,当然に当該保険給付請求権を有する保険金受取人であるとの見解を 示しており,否定説の立場に立っている 。

⑵ 肯定説

従来から肯定説の代表的な立場であると考えられてきた見解は以下のよう なものである。すなわち, 指定の撤回の意思表示は,とくに明示的である ことを必要とせず,前の指定と両立しない効果を内容とする他の意思表示に よって黙示的にもまたなされ得る 。 保険契約者が他人を受取人に指定した

(撤回権留保付)契約上の保険金請求権の全部又は一部を別の他人に譲渡し た場合には,その限度において前の指定は撤回されたものと推定すべく,ま たたとえば保険契約者がこれをほかに質入し又は譲渡担保に入れた場合には,

後に被担保債務が消滅することを条件としてのみ前の指定は効果を保有する 11) 巻之内茂 保険契約と債権保全をめぐる諸問題(中) 金融法務事情1416号

29頁(1995年)。

12) 石黒省治 生命保険における質権設定をめぐって 債権管理25巻30頁(1989 年)。

13) 萩本修 一問一答保険法 191頁注2(商事法務,2009年)。

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ものと推定しなければならない というものである 。この立場は,保険契 約者は質権設定の通知により保険金受取人の指定を撤回し,質権設定行為を 行い,後に被担保債務が消滅することで従前の指定は効力を有するものと推 定されるという考え方である。

また,被担保債権が弁済されて質権が消滅したことを停止条件として保険 金受取人の指定を認めるという見解もある 。

さらに,保険契約者が保険者になした質権設定の通知には,保険金受取人 の撤回(または自己を保険金受取人とする変更) 質権設定 被担保債務の 減少を条件に以前の保険金受取人の指定の効力が生じるという意思を読み込 むべきであるとの見解もある 。

これらの見解は,黙示的に保険金受取人の指定の撤回がなされている結果,

保険契約者が質権の設定を行っているときに保険金受取人の立場も伴ってい るといえる。したがって,この点については否定説と共通する(本稿ではこ の立場を 肯定説① という。) 。しかし,否定説との大きな違いは,

保険契約者の質権設定の通知から保険金受取人の指定の撤回または変更とい う意思まで読み込むことができるかという点にある。

他方で,自らを保険金受取人とすることなく,第三者を保険金受取人に指

14) 大森・前掲注1)306頁。

15) 山下・前掲注2)611頁。

16) 竹濵・前掲注5)19頁。同様の見解として,糸川厚生 生命保険と担保 保険 法の現代的諸問題 別冊

NBL

10号 165頁(商事法務,1983年)は, 保険契 約者による保険金請求権の質入は,債権質の機能を果たす範囲内で付随的に受 取人変更権も質入され,民法364条の指名債権質入の通知を受けたときは,同 時に受取人指定変更権の行使があったものと解釈すべき とする。この見解も 質入の際に保険金受取人の指定変更権の行使がなされたものと解している。

17) 松田・前掲注4)29頁。

18) これに対して佐野・前掲注6)13頁では,前2者の見解と3番目の見解は理論 構成としては若干異なるとの整理がなされている。しかし,本稿では,保険金 受取人の撤回がなされた以上,誰かが新しい保険金受取人になるわけで,それ は保険契約者に他ならないと考えるため,これらの見解を同じ立場として整理 した。

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定したまま保険契約者固有の権利として抽象的保険金請求権に質権を設定で きるとする見解がある(本稿ではこの立場を 肯定説② という。)。これは,

保険契約者に保険金受取人の指定変更権が留保されている生命保険契約にお いては,保険契約者がその財産的価値を利用することができる立場にあり,

保険金受取人にどれほどの権利を与えるかは,保険契約者の処分意思が決定 的となる。したがって,保険契約者は生命保険に基づく権利の処分権を有し ているのであり,保険金受取人の変更さえできるのであるから,それに質権 を設定できるのはいわば当然の権限であり,保険契約者が保険金受取人変更 権を行使して,質権者と従来の保険金受取人との間で質権付の死亡保険金請 求権として分有する形に変更したものと解すれば,質権設定に保険金受取人 の同意を求める必要はないとする見解である 。

同様に,保険金請求権への質権設定は保険金受取人変更行為の一態様であ る,すなわち,保険契約者による質権設定行為は,保険金受取人を 保険金 の満額について現在の保険金受取人とする ことから 残債務についての保 険金受取人を質権者にし,保険金から残債務額を控除した残額の保険金受取 人を現在の保険金受取人とする ことへの変更であるから,受取人変更権を 有する保険契約者の固有の権利であるとする見解もある 。

また,保険契約者には,保険契約者の処分権(保険契約の内容や受取人を 変更する権利,解約する権利など)から抽象的保険金請求権をマイナスした 権利(論者のいう 保険契約者留保権 )が残り,この保険契約者留保権は 保険金受取人の下にある抽象的保険金請求権とは別の性質の権利であり,こ の権利に基づいて質権設定をすることができるとする見解もある 。

これらの立場は,保険金受取人が有する抽象的保険金請求権は単なる期待 権でしかなく固有の権利であるということを強調せず,元来保険契約者の自 由な処分に服するものであるという考え方に立ち,保険契約者が抽象的保険

19) 竹濵・前掲注6)126‑128頁。

20) 佐野・前掲注6)18‑19頁。

21) 中込・前掲注6)6‑7頁。

(11)

金請求権に質権設定を行えるのは当然であると考えるものである 。

4.検 討

以上を踏まえて,抽象的保険金請求権における質権設定に関して,どの立 場が妥当であるかについて検討を行う。

否定説は抽象的保険金請求権が保険金受取人の固有の権利である点を強調 する 。固有の権利である以上,その処分権は保険金受取人にあり,保険契 約者が勝手に質権を設定することはできないというものである。確かに,契 約締結時から抽象的保険金請求権が保険金受取人固有の権利であることは最 高裁昭和40年2月2日判決も認める通りであり,また保険法においても保険 金受取人による抽象的保険金請求権の譲渡・質入が明文上認められている。

しかし,抽象的保険金請求権が保険金受取人に固有の権利であるとしても,

保険者に対して具体的な何らかの請求を行えるという権利であるわけではな く,譲渡・質入においても被保険者の同意なしに単独で行えるというもので もない 。保険金額の減額といった契約内容の変更や契約者貸付等がなされ れば抽象的保険金請求権はその分だけ減少するし,そもそも受取人の撤回・

変更や契約の解約・失効により従前の保険金受取人の抽象的保険金請求権は 消滅する。したがって,抽象的保険金請求権は保険事故が発生すれば具体的

22) 肯定説②も保険契約者が単独で質権設定が行える根拠として,質権設定を保 険契約の内容の変更あるいは条件の変更と考えるか,保険金受取人変更(の一 種)と考えるかで見解が分けられるものと考える。前2者の見解は受取人変更 権が保険契約者の下にあることを理由とするものと思われるが,3番目の説は 必ずしも受取人変更権があることを理由としているわけではないものと解され る。

23) 河合・前掲注3)360

-

362頁では,ドイツ保険契約法と比較して,ドイツ法で は,指定変更権が留保されている場合,保険金受取人は原則として被保険者の 死亡と同時にはじめて権利を取得する旨の規定(ドイツ保険契約法159条2項)

があり,それまでは法律上の権利を取得しないが,我が国ではそのような規定 はなく保険契約の効力発生と同時に固有となる権利となる点を強調する。

24) 竹濵・前掲注6)126頁。

(12)

保険金請求権を取得できるという単なる期待権であり,その存亡は保険契約 者の意思次第であるという極めて脆弱な権利に過ぎない 。これに対し,否 定説からは抽象的保険金請求権が脆弱な権利に過ぎないとしても,固有の権 利である以上,その処分権は保険金受取人のみが有するものであるとの主張 がなされる 。しかし,このような抽象的保険金請求権の固有権性が問題と なるのは,上記最高裁昭和40年2月2日判決のように保険事故の発生により これが具体化した後の相続の場面においてであり,ここでいう固有権性とは 保険金請求権が承継的に取得されるのはなく,原始的に取得されるという趣 旨で用いられる概念であると解される 。したがって,保険事故が発生し具 体的保険金請求権になるまでは,保険金受取人の有する抽象的保険金請求権 に対する処分権は非常に制限されたものであり,具体的保険金請求権のよう な保険金受取人に完全な処分権がある権利とは同質のものではない。保険契 約者は受取人変更権を留保している限りいつでも保険金受取人を変更するこ とができるし,また契約内容を変更したりすることで,従前の保険金受取人 が有していた抽象的保険金請求権を減少させたり消滅させたりすることがで きる。たとえば,保険料の負担の軽減や複数の者を保険金受取人に変更する などといった契約内容の見直し等により,従前の保険金受取人が有していた 抽象的保険金請求権が1億円から5000万円に減額されるといった場合に,当 然に保険契約者は保険金受取人の同意を必要としないし,保険金受取人から も何も言えない。保険金受取人は抽象的保険金請求権の消滅についてさえ何 も言えない立場にあるのだから,このような契約内容の変更に文句が言えな いのは当然であろう。同様のことは保険契約者が保険金受取人に与えている 抽象的保険金請求権に質権を設定する場合にも言えるのではないだろうか。

すなわち,上記の契約内容の変更のように,保険契約者はそれまで何の制約 もない抽象的保険金請求権を保険金受取人に与えていたが,質権付きの抽象

25) 西島・前掲注1)372頁。

26) 桜沢・前掲注6)22頁。

27) 中込・前掲注6)9頁〔山野嘉朗教授コメント〕。

(13)

的保険金請求権を与えることに変更したのである。これにより,保険金受取 人は質権付きの抽象的保険金請求権を有することとなり,質権者の質権のほ うが被担保債権の範囲において保険金受取人の保険金請求権よりも優先する ことになる 。保険契約者は従前の保険金受取人の有する抽象的保険金請求 権の存亡についてさえ権利(処分権)を有するのだから,その内容の一部を 制限するだけの質権設定が行えないというのは均衡を失する 。したがって,

保険金受取人としては自らの知らぬ間に抽象的保険金請求権に質権が設定さ れていたとしても,保険契約者に対して何の主張もできないと解するのが妥 当であろう 。保険金受取人の有する保険金請求権を質権付き保険金請求権 に変更することが契約内容の変更と同様であると考えると,今度は保険者の 同意が必要であると考えなければならないかもしれない。しかし,そもそも 抽象的保険金請求権に質権を設定すること自体が禁じられているわけではな いのだから,当該質権設定によりモラル・リスクの懸念がある等の正当な理 由のない限り,そのような質権設定を保険者が拒むことはできないであろ う 。したがって,保険契約者は,第三者を保険金受取人に指定したまま,

保険契約者固有の権利として抽象的保険金請求権に質権を設定できるとする

28) 山下孝之 生命保険の財産法的側面 75頁(商事法務,2003年)。道垣内弘 人 保険契約に基づく権利の担保化(上) 金融法務事情1419号30‑31頁(1995 年)。

29) 竹濵・前掲注5)18‑19頁,佐野・前掲注6)18頁。

30) 否定説の立場からは,保険法において保険金受取人に介入権が認められたこ とを理由に保険金受取人の法的地位を従前よりも評価していることの表れとみ ることができ,明示の手続きを経てはじめて質権設定が有効となると解される 可能性が高いという見解がある。田中・前掲注6)70頁。確かに,介入権の導入 自体は保険金受取人の法的地位を従前より評価しているといえるが,だからと いってそれが保険金受取人の抽象的保険金請求権に対する処分権を保険契約者 であっても処分することができない不可侵なものと評価し得る根拠になるとは いえない。

31) 桜沢隆哉 保険契約上の権利の担保的譲渡と保険金受取人の法的地位 保険 学雑誌610号98頁(2010年)。

し 1行送り出

(14)

立場が妥当であると考える 。

仮に抽象的保険金請求権が保険金受取人にしか処分権を許さない性質の権 利であるため,保険金受取人しか抽象的保険金請求権に質権設定を行うこと ができないと考えるしかないとしても,保険契約者の質権設定通知には従前 の保険金受取人の撤回(または保険契約者自身への受取人変更)の意思があ るものと解釈することは可能であるし,そう解釈すべきであろう。これに対 しては否定説の立場から,保険法では受取人の変更は保険者に対する変更の 意思表示が効力発生要件となったこと(保険法43条2項,72条2項)を理由 に,質権設定の通知を発しただけでは受取人の撤回の効果は生じないため,

黙示の意思表示を根拠とする肯定説の立場は保険法の下では後退したとの見 解がある 。確かに保険金受取人の変更も実務においては通常保険者所定の 書式に基づいてなされるものと思われるが,通知の方法がそのような方法に 限定されているわけではなく,通知の方法を制限するような約款規定は43条 2項・3項が強行規定である以上認められない可能性が高い 。したがって,

保険金受取人変更の通知の方法に制限はない以上,保険契約者の意思がわか る方法であれば問題なく,抽象的保険金請求権に質権設定を行えるのは保険 金受取人しかいないという立場を貫くのであれば,少なくとも保険契約者か らの質権設定通知には従前の保険金受取人の撤回(または保険契約者自身へ の受取人変更)の意思が含まれているものと解するべきである 。また,否

32) 本稿の立場では保険契約者が受取人変更権を留保していることを前提としな い。確かに受取人変更権を留保していない場合,保険金受取人の変更は行えな い。しかし,契約内容の変更等により保険金受取人が有する抽象的保険金請求 権を減少させたり消滅させたりすることはできる。したがって,このような保 険契約自体に対する処分権を保険契約者は有するのであるから,受取人変更権 を留保していない場合であっても,抽象的保険金請求権に対する質権の設定を 保険契約者が当然に単独で行うことができるものと解する。

33) 河合・前掲注3)373頁。

34) 井上亨 保険法施行に伴う生命保険約款の改正―法施行後の契約に適用され る旧法主義条項を中心に― 生命保険論集171号134頁(2010年)参照。

35) これに対して,本稿では質権設定通知により自身を保険金受取人に変更し質

(15)

定説からは,当事者が約定によって物権的効果を生じさせるためには設定者 が処分権を有することが必要であるのに,質権設定時に保険契約者が抽象的 保険金請求権に対して処分権を有していないことを理由にその有効性を否定 するものがある 。しかし,保険契約者とその債権者の質権設定契約は,保 険者に当該質権設定の通知が到達することを停止条件とする停止条件付質権 設定契約であると解すれば ,質権設定の効力は保険者に当該通知が到達す るときに生じるものであるから,そのような処分権の所在については問題が ない。また,保険法は,そもそも保険金受取人変更の通知が保険者に到達し たときは,発信時に遡って変更が認められる旨定めているのである(保険法 43条3項)から,保険者に到達した時点で発信時から保険金受取人は保険契 約者であると言えるので問題はないものと思われる。したがって,私見は保 険契約者が保険契約の処分権に基づき抽象的保険金請求権に質権設定を行え るものと考えるが,仮に抽象的保険金請求権を保険金受取人のみが処分権を 有する性質の権利であると解したとしても,そのような場合には保険契約者 の質権設定の通知に保険金変更の意思を読む込むべきであると思われ,いず れにしても保険契約者が単独で抽象的保険金請求権に質権設定を行えるもの と考える。

以上で本稿では肯定説②の立場を採るが,否定説の立場からはこのような 肯定説を採ることによる問題点が指摘されている。そこで,以下ではそれら

(否定説からの肯定説に対する批判)がどのようなもので,肯定説を採る上 で致命的な問題となり得るかどうかについて検討を行う。

権設定を行うことまでは読み取れるし読み取るべきだと考えるが,質権設定通 知だけで従前の保険金受取人を質権付きの保険金請求権の受取人に変更するこ とまで可能か否かは別途検討を要すると思われる。

36) 井上 ・前掲注6)154頁では,否定説の立場に立てば 質権設定通知の保険会 社への発信と到着にはタイムラグがあるため,保険契約者・債権者間の質権設 定契約時にはいわば本来の権利者である受取人ではない非権利者による質権設 定が行われているのだから質権設定自体無効であるというような批判を避ける ことができる点で理論的には一貫するように思われる と指摘する。

37) 竹濵・前掲注6)132頁。

(16)

まず,所定の書式によらない保険契約者からの質権設定通知では,質権が 設定される対象債権の特定が不十分で,その範囲が不明確になるという点が 指摘される 。例えば,保険契約者からの通知における記載が 下記生命保 険に質権を設定したので通知する や 下記生命保険契約の保険金請求権に ついて質権を設定したので,その旨通知する 等の記載であると,前述した ように生命契約には質権の対象となる様々な保険金請求権が存在するのに,

当該生命保険契約のどの請求権に質権が設定されたのか不明確になるという 指摘である。確かにこのような記載だけでは,仮に保険契約者が保険契約か ら生じる特定の請求権のみを質権の対象とする意思であったとしても,それ を保険者が認識することは難しい。しかし,このような場合,保険者として はおよそ保険契約にかかる請求権(または ○○保険金請求権 と呼ばれる もの)すべてに質権が設定されたと広く解すれば良いのではないか。保険契 約者としては質権が設定されるべき請求権を特定したつもり(例えば死亡保 険金請求権のみ)でいたのに,保険者がこのように広く解したことで不利益 が生じるかもしれない。しかし,広く解されても仕方がないような通知をし たのは保険契約者側なのであるから,保険契約者側に責任があり保険者に何 ら責任は生じないものと解される。また,通知を受けた際にその内容(対象 債権や設定範囲等)が不明確であるのならば,保険契約者に後日確認をすれ ばよいのではないだろうか。否定説の立場からは,保険者の大量処理を迅速 に行うことを要請される現状や第三債権者と保険者の関係が希薄であること 等から保険者が個別に確認することは困難であろうという指摘 がある。

しかし,所定の書式ではない通知による質権設定が一つ一つ確認を行えない ほど大量になされているとは思えないし,確認する相手は保険契約者(場合 によっては保険金受取人)であればよいのであるから,第三債権者(質権 者)との関係が希薄であっても問題はないのではないだろうか 。

38) 河合・前掲注3)359頁。

39) 河合・前掲注3)360頁。

40) 債権者が金融機関の場合にはほぼ保険実務に沿った形で質権設定がされてい

(17)

次に,肯定説では⑴保険金受取人が自身の知らないうちに抽象的保険金請 求権に質権が設定される可能性があること,⑵保険金受取人が抽象的保険金 請求権に質入していた場合,それを知らない保険契約者が第一質権として設 定した質権が第二順位質権になってしまうこと,⑶保険者は保険金の二重,

三重の請求を受けるおそれがあること,または⑷保険金受取人と質権者との 間で紛争になりかねないことを,否定説の論者は批判として挙げるが ,こ れらについては以下のように考えることができる。まず,保険金受取人が自 身の知らない間に保険契約者に質権を設定されてしまったとしても,それは 仕方がないことであると諦めるしかない。抽象的保険金請求権はその存亡す ら保険契約者の意思次第である脆弱な権利(期待権)でしかない。そもそも 保険契約者としては保険契約の内容の変更等により,保険金受取人の抽象的 保険金請求権を消滅させたり減額させたりするとしても,通知をする義務は ないのだから,質権設定の場合も同様であろう。したがって,保険金受取人 が自身の知らないうちに質権の設定をされていたとしても,それは甘んじて 受け入れるしかない。また,保険金受取人の債権者も保険金受取人が有する 抽象的保険金請求権はその程度の権利(担保的価値)でしかないと諦めるし かない。次に,保険契約者は自身の債権者が第一順位質権者であると思って いたのに,保険金受取人の債権者が既に第一順位質権者であったため,保険 契約者の債権者が第二順位質権者になってしまう可能性があることについて は,これもそのような状況になることを心配するのであるならば,保険契約 者は保険金受取人を自身に変更してから質権を設定すべきであり,そうしな かったために保険契約者がそのような不利益を受けるとしても仕方がないこ とであろう。しかし,保険契約者がこのような不利益を受けることと,保険 契約者が単独で質権設定を行えるかどうかは別の問題である。保険契約者に このような危険が生じるからといって保険契約者の権利を制限する必要はな

るようであるし(井上・前掲注6)154頁),生命保険契約の質権設定がそれ以外 のケースで頻繁に行われているとは思えない。

41) 巻之内・前掲注11)29頁。

(18)

いものと思われる。さらに,質権が二重,三重に設定されることにより,保 険者に二重,三重払いの危険性が生じるとの指摘についてであるが,そもそ も質権設定通知は対抗要件であり,保険者にその質権の存在を主張したけれ ば保険者に必ず通知がなされるはずであるから,通知に従えば保険者は誰に 対して保険金を支払えばよいかは把握できる。あとはいくら質権者に支払え ばよいかの問題がある。質権者は質権設定者である保険契約者または保険金 受取人に対する残債務の範囲においてのみ,保険者から保険金を受け取る権 限を有するが,残債務を超える保険金については受け取る権限は有していな い。したがって,本来保険者は質権者が有する権限を超えて支払ってはなら ないのであろうが,このような残債務がいくらであるかを保険者が正確に把 握することは容易ではないし,そもそも調べる義務もあるとは思えない。保 険者としては,質権設定者である保険契約者または保険金受取人が質権を設 定した金額(特に断りがなければ保険金全額)を質権者に支払えば,仮に質 権者に支払過ぎていたとしても準占有者弁済(民法478条)として免責され るものと思われる。あとは質権者と保険金受取人との間で調整されればよい。

このような関係当事者間の不要な紛争を避けたいのならば,質権設定者が被 担保債務が減少するたびにできるだけ質権設定を変更するべきであると考え る。

そして,肯定説の立場ではモラル・リスクの温床になりかねないとの指摘 もある 。確かに,保険者が質権設定に全く関与せずになされてしまうため,

ふさわしくない者が質権者となり,モラル・リスクの危険性が高まるといえ るかもしれない。しかし,これについてはそもそも保険者所定の書式を用い たとしてもモラル・リスクを理由に承諾を拒絶するのは容易ではないであろ うし,このような問題は質権設定の場面に限った話ではない。したがって,

この理由だけでは肯定説の立場を否定する根拠とはなりえない。

以上,否定説の立場からの肯定説への批判はいずれも肯定説を採ることの 致命的な問題とはならないものといえる。

42) 桜沢・前掲注6)22頁。

(19)

5.おわりに

本稿では,第三者のためにする生命保険契約の死亡保険金における抽象的 保険金請求権に対する質権設定に関して検討を行ってきた。肯定説の立場を とる高裁判決の存在とそれを支持する学説が多いことから,今後は保険者所 定の書式に従わないで,保険契約者が質権設定をするというケースがふえる かもしれない。しかし,現実問題として,金融機関を質権者とする質権設定 契約の場合,実務ではほとんどが保険契約者と保険金受取人を同一人にし,

保険者の用意する所定の書式で質権設定がなされているようであるし,それ 以外の生命保険契約における質権設定がそれほどあるとは思えないことを考 えると,この点についての問題が頻発するというような危険性は少ないのか もしれない。しかし,そうであったとしてもモラル・ハザードの発生や権利 関係の複雑化の危惧から,保険者としてはこのような質権設定についてある 程度コントロールできるように,あらかじめ用意した所定の書式で行っても らいたいと考えるのであろう。そこで,保険者としては,保険者の用意する 書式を用いた質権設定を保険契約者に義務付けるためには,約款にその旨の 規定を定めればよいとの指摘がある 。しかし,約款により現行実務で行わ れているような形式で質権設定を行うように義務付けることに何ら問題がな いかは,別途検討の余地がある。というのも,現行実務で用いられている形 式では,保険者と質権者にとっては望ましいものであるといえるが,質権設 定権者である保険契約者にとっては必ずしも望ましいとはいえないからであ る 。消費者契約法10条が 民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない 規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を 加重する消費者契約の条項であって,民法1条2項に規定する基本原則に反 して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする と定めていること から,このような質権設定者である保険契約者の権利を害することになる約

43) 巻之内・前掲注11)30頁,佐野・前掲注6)296頁。

44) 中込・前掲注6)8頁。

(20)

款条項は無効であると判断される可能性がないわけではないといえよう 。 したがって,第三者のためにする生命保険契約においても,保険契約者は単 独で質権設定をすることができると考えるのが妥当である。

保険金請求権の担保的利用については,そもそも促進されるべきなのか,

抑制されるべきなのかによって,ルールのあるべき姿は変わってくると思わ れる。保険金請求権の担保的利用に関しては,物権法と密接に関係するため 複雑で,かつ抽象的保険金請求権の法的性質についても検討を要する難しい テーマであるが,大変興味深いテーマである。したがって,本報告では扱う ことのできなかった諸外国の状況等も踏まえて,今後も検討課題としたい。

(筆者は岩手大学人文社会科学部准教授)

45) 生命保険契約のいわゆる無催告失効条項につき,消費者契約法10条から無効 であるとの判決を下した事例として東京高裁平成21年9月30日判決金判1327号 10頁がある(ただし,上告審である最高裁平成24年3月16日判決金判1389号14 頁は原判決を破棄差戻しした。)。

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