小笠原の「乾性低木林」とは何か
清 水 善 和(駒澤大学総合教育研究部自然科学部門)
要 約
小笠原の乾性立地に成立する低木林と倭低木林のうちで、シマイスノキが優占し、特有 の随伴種群をもつ森林を乾性低木林とよぶ。乾性低木林は父島と兄島にまとまった林分が あり、とくに父島の中央山東平に希少種の分布が集中している。現在の立地は雲霧の発生 と密接な関係にあり、乾湿の絶妙なバランスの上にかろうじて維持されている。また、母 島南部や属島にある、シマイスノキを欠くが組成・構造が乾性低木林に近い低木林は、乾 性低木林に準ずる森林である。乾性低木林の構成種の多くは耐乾性を備えており、地中海 性気候の硬葉樹林に内容が近い。筆者による長期モニタリング調査では、近年の希少種の 減少、および全体の種多様性の低下傾向が認められる。
1.はじめに
2007年1月、環境省は小笠原の世界自然遺産登録へ向けての第1歩となる暫定リストを ユネスコに提出した。その中で小笠原の「乾性低木林」とそこに生息・生育する動植物が 重要な価値の一つとして取り上げられた。乾性低木林は文字通りの意味では「乾燥した立 地に成立する低木林」であるが、小笠原の場合、ある組成構造をもつ特定の植生をさす 言葉として用いられている。筆者は小笠原の植生を一般向けに紹介する際に、「小笠原の 植生を代表する父島の乾性低木林と母島の湿性高木林」という表現をよく用いてきたため、
この言葉の定着にはある程度の責任がある。しかしながら、乾性低木林という言葉から受 ける印象は人によって様々であり、とくに小笠原の事情に詳しくない人にとっては誤解を 招きやすい言葉であるとも言える。そこで本稿では、筆者の考える小笠原の「乾性低木林」
について、その内容や分布、由来、更新様式等をまとめてみたい。
皿.範囲と内容
一般に植生を立地環境(湿性、乾性)や優占種の生理・生態(常緑・落葉、広葉・針葉、
高木・低木)を組み合わせて類型化することが行なわれている。筆者は当初、相観(主に
樹高)に基づき、小笠原の森林(自然林)を1型(高木林)、II型(低木林)、 III型(倭低
木林)に分け、II型をさらにシマイスノキの優占するシマイスノキ型(IID型)とシマ シャリンバイの優占するシマシャリンバイ型(IIR型)とに区分した(清水・田端、1979)。
その後、聾島列島のII型はモクタチバナの優占する独特の内容をもつことからこれも一つ のタイプとして独立させ、1型とIII型の内容も整理して、最終的に7つの森林タイプを識 別するに至った(図1)(清水、2002)。また、これらを大きく湿性タイプと乾性タイプに 分け、湿性高木林や乾性低木林などの言葉でよぶことにした。
さて、後述のように、シマイスノキ型の乾性低木林(図1のシマイスノキ・ムニンヒメ ツバキ型乾性低木林)は現在、父島列島の標高150m以上の山地平坦面を中心に分布する。
シマイスノキが優占するものの全体で30−40種の樹木が混生し、7つの森林タイブの中では もっとも種多様性の高い内容をもつ(清水、1989)。また、構成種の多くは小笠原固有種 であり(構成樹木の約80%が固有種)、小笠原全体で個体数が少なく国レベルの絶滅危惧 種に指定されている種も多く含まれている(清水、1999)。これに対してシマシャリンバ イ型の乾性低木林(図1のシマシャリンバイ・オガサワラビロウ型乾性低木林)は、シマ イスノキ型よりは低標高の谷や山腹の斜面、土壌が薄く不安定で乾燥した立地等に成立し、
シマシャリンバイの他、タコノキやオガサワラビロウなどが優占する(タコノキやビロウ
乾性低木林(狭義)
高
標高
氏
{
シマシャリンバイ・オガサワラビロウ型乾性低木林 (シマシャリンバイ型) モクタチ六ナ・ヤロード型乾性
乾性
マツ・ム=ンヒメツバキ型湿性高木林1
1二次林
環境
図1 小笠原の森林植生のタイプ分け
湿性
雲霧の発生
一2一
清水:小笠原の「乾性低木林」とは何か
の純林状の部分も含む)。シマイスノキ型に比べると構成種は少なく、固有種の割合も低 く、含まれる絶滅危惧種も少ない。両者の構成種を比較するとアカテツ、シマシャリンパ イ、タコノキ、テリハハマボウなど共通する樹種も多いが、それぞれ独自の構成種(随伴 種)も見られる(図2)。特に、シマイスノキ型には特有の随伴種群があり、シマイスノキ
の出現とともにシマイスノキ型乾性低木林のよき指標となる。筆者はシマイスノキ型の立 地環境が悪化する(より乾性し地表が不安定になる)とこれらの随伴種が順次脱落してい き、最後にはシマイスノキ自身も消失して、シマシャリンバイ型に移行すると考えてい
る。
ところで、シマイスノキ型乾性低木林の分布範囲の中で、基岩が露出し、土壌が薄く乾 燥の厳しい尾根的な立地には、上記III型の乾性倭低木林(図1のシマイスノキ・アカテツ 型乾性倭低木林)が成立する。ここでもシマイスノキがもっとも優占し、アカテツやアデ ク、タコノキ、テリハハマボウなど共通する種も多いが、全体に構成種数は減少し、樹高 は0.5−2mほどになって飼旬型や株立ち状の生育形をとるものが多くなる(清水、1989)。
また、コバノトベラ、ウチダシクロキ、ウラジロコムラサキなど、この植生タイプに特有 の固有種がみられるのも特徴である。ただし、周囲のシマイスノキ型乾性低木林との間に
シマイスノキ型 シマシャリンバイ型
アカテツシマシャリンバイアデクタコノキテリハハマボウコヤブニッケイ アツバモチムニンネズミモチキンショクダモムニンアオガンピタチテンノウメ
シマイスノキムニンヒメツバキシマホルトノキシマタイミンタチバナ オガサワラクチナシオガサワラモクレイシオガサワラボチョウジ ムニンノキコブガシムニンイヌグスノヤシシマムロムニンフトモモ
ムニンヤツデオオトキワイヌビワシロテツムニンシャシャンボトキワガマズミ シマギョクシンカシマカナメモチムニンビャクダンムニンツツジ
噛゜一 塔mメ厘≧ヲヨ⊇L∠圭≡1LSzt1cS 1之遡旦圭zpm11±:2
一ジロコム■ マルバ ミン バ (ハハジマトベラムニンクロキ)
ムニンゴシュユムニンイヌツゲナガバキブシ ムニンピサカキムニンノボタンオオミトベラ チチジマクロキシマムラサキ
ハツバキヤロードシマモチオガサワラピロウムニンエノキ ウラジロエノキセンダンシマムクロジアコウザンショウシマグワ モクタチバナトキワイヌビワシロトベラオオバシロテツ
オオバシマムラサキシマモクセイマルバナワシログミシマザクラ ヒメマサキオガサワラモクマオヒレザンショウ
図2 シマイスノキ型とシマシャリンバイ型の随伴種の分布パターン
下線は乾性倭低木林の構成種、カッコ内は母島列島固有種を示す。
明瞭な境界はなく、組成、構造が移行的に変化するので、両者を一体として捉える見方も 成り立つ。とくに、小笠原の植生の成立過程を考える上では、その方が好都合である
(Shimizu,1992)。そこで、筆者は、これらのシマイスノキの優占する乾性低木林と隣i接す る乾性倭低木林とを合わせて、狭義の「乾性低木林」(Dystilium dry forest)とよぶこ とにした(図1参照)。ゆえに、以下、本稿で用いる乾性低木林はこの狭義のものを指す。
皿.植物社会学的植生区分との対比
奥富ら(1983)は植物社会学的な手法に基づき、小笠原の植生をタイプ分け・体系化し、
諸島全域の詳細な植生図を作成した。筆者の考える乾性低木林(狭義)と奥富らの植生区 分とをつき合わせてみると図3のようになる。奥富らによればシマイスノキの含まれる森 林タイプは3つの群集に分かれる。このうち、コバノアカテツーシマイスノキ群集が乾性 低木林の大半部分と重なる。この群集の中のムニンヒメツバキ亜群集タチテンノウメ変群 集と典型亜群集タチテンノウメ変群集が岩場周辺の背丈の低い乾性綾低木林に相当し、残 りの部分がシマイスノキ型乾性低木林の中核をなす。あとの二つはムニンヒメツバキーコ ブガシ群集のシマイスノキ亜群集と岩上荒原植物群落の範疇に属するシラゲテンノウメ群 落である。前者は乾性低木林の中で比較的土壌の発達した湿性な沢筋に成立するムニンヒ
奥富ら(1983)の植生区分 対応する清水の植生区分
●全島に適用
1.コバノアカテツーシマイスノキ群集 (1)ムニンヒメツバキ亜群集
①典型変群集一一一一一一一一一一一一シマイスノキ型乾性低木林 ②タチテンノウメ変群集一一一一一一一一乾性倭低木林
(2)典型亜群集
①典型変群集一一一一一一一一一一一一シマイスノキ型乾性低木林 ②タチテンノウメ変群集一一一一一一一一乾性倭低木林
2.ムニンヒメツバキーコブガシ群集
(1)典型亜群集一一一一一一一一一一一一マツ・ヒメツバキニ次林
(2)シマイスノキ亜群集一一一一一一一一一シマイスノキ型乾性低木林 3.シラゲテンノウメ群集一一一一一一一一一乾性楼低木林
●母島列島のみ適用
4.コバノアカテツームニンアオガンピ群集
(1)典型亜群集一一一一一一一一一一一シマイスノキ型乾性低木林に準ずる (2)タチテンノウメ亜群集一一一一一一一乾性蟻低木林に準ずる
図3 植物社会学的植生区分との対比
一4一
清水:小笠原の「乾性低木林」とは何か
メツバキやコブガシを伴う比較的樹高の高い林分であり、後者はほとんど露出した基岩上 でシラゲテンノウメを除いては樹木類がほとんど生育できない部分である。筆者はこうし た部分も基本的にシマイスノキの優占する本体の低木林と一体となって森林を構成してい るととらえており、一括して乾性低木林としている。
また、奥富ら(1983)は母島南部や属島(向島、姉島、妹島、姪島)によく見られる乾 性の低木林をコバノアカテツームニンアオガンピ群集に位置付けている(図3)。これは筆 者のシマシャリンバイ型乾性低木林の範疇に含まれるが、後述のようにシマイスノキを欠
くもののシマイスノキ型の随伴種のいくらかを含み、組成、構造ともにシマイスノキ型乾 性低木林と共通する点も多いので、シマイスノキ型からシマシャリンバイ型への移行的な 植生(父島列島の乾性低木林に準ずる内容をもつ森林)であると考えられる(清水、
1994)。
奥富ら(1983)の植生区分と植生図にその後の調査結果や植生変化を加えて修正した植 生図が環境省のホームページ(小笠原のGISデータhttp://ogasawara.prec.co.jp/
ogasawara.data.html)で公表されている。こちらとの対応関係では、コバノアカテツーシ マイスノキ群集、ムニンヒメツバキーコブガシ群集オガサワラモクレイシ亜群種シマイス ノキ変群集、岩上荒原植物群落の三つがほぼ筆者の乾性低木林と重なっている。
N.分布
1.父島列島
現在、乾性低木林(狭義)がもっとも広い面積でまとまって分布するのは父島列島の父 島と兄島である。父島では中央部の中央山東平(尾根、沢の入り組んだ平坦一緩傾斜地)
にもっとも大きな分布があり、その続きとして北部の夜明平から奥村稜線部にかけて比較 的まとまった分布がある(ShimiZu,1992)。これらは概ね標高150m以上の山地平坦面上に 位置しており、島を南北に走る主稜線の東側に面している(図4)。父島の南部や西部のそ の他の地域では、やはり標高150m以上の山地の尾根的な部分に断片的な分布が見られる
のみである。
一方、兄島瀬戸をはさんで父島の北隣りに位置する兄島では、島を取り巻く海食崖の上
(標高120m以上)にある広い山地平坦面のほぼ全域を乾性低木林が覆っており、小笠原で もっとも広くまとまった分布地となっている(清水、1991)。さらに、北方の弟島にも数 カ所のごく断片的な分布がみられるが、それらは父島南部の断片的な分布の状況とよく似
ている。
乾性低木林に随伴する個々の種の分布を調べてみると、父島の中央山東平にもっとも多
父島列島、
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母島列島
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図4 乾性低木林の分布
黒塗り部分:乾性低木林、斜線部分:乾性低木林に準ずる低木林 破線は海底の一100mの等深線を示す。
くの種の分布が集中し(全ての随伴種が出現)、あたかもここが分布のセンターになって いるかのようであった(清水、1989)。図5に父島、兄島、弟島で筆者が確認した乾性低木 林の随伴種の分布を示す。随伴種の中にはチチジマクロキ、オオミトベラ、ナガバキブシ など父島では中央山東平付近だけに分布が限られるものがある一方、シマタイミンタチバ ナ、オガサワラモクレイシ、オガサワラクチナシなど周辺の断片的な分布地にまで広く出 現するものもある。全体としては周辺にいくほど随伴種の種数が減少し林分の組成が単純
になる。
兄島においても似たような傾向が見られる。従来父島だけの分布とされていたチチジマ クロキやムニンフトモモなどが筆者らによる1980年代の調査で兄島でも見つかり、しかも 兄島中央部平坦面の東寄りの部分が多くの種の集中するセンター的な場所であることがわ かった。ただし、父島の中央山東平に比べると兄島における随伴種の個体数密度は低く なっており、全体に衰退傾向にあることが推測される(清水・安井、1992)。ちなみに、
弟島の断片的な乾性低木林では、父島の周辺部の分布に見られるのと同じようなごく限ら
一6一
清水 小笠原の「乾性低木林」とは何か
種名
ムニンノボタン オオミトベラ
ウチダシクロキ ウラジロコムラサキ マルバタイミンタチバナ チチジマクロキ ナガバキブシ アツバシロテツ シマムラサキ ムニンフトモモ
トキワガマズミ ムニンヤツデ ムニンイヌツゲ オガサワラモクレイシ コバノトベラ
ムニンビャクダン シマカナメモチ ムニンノキ シロテツ
シマタイミンタチバナ オガサワラボチョウジ オガサワラクチナシ ムニンピサカキ ムニンゴシュユ
十十十 十十十
十 十
十十 十十 十十十 十十十 十十十 十十 十十 十十
父島
Y
十
十
C:中央山東平、Y夜明平、0:奥村稜線部
0
十
十十十十十十
十
兄島
十十十十十
十
+++:比較的多い、++:少ない、+:非常に少ない
(+)は乾性低木林以外の場所で確認したもの。
図5 乾性低木林の随伴種の分布パターン
弟島
++++