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Ⅰ 消費者教育の方向性

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Academic year: 2021

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消費社会における成人の学習の意義に関する研究ノート (Ⅱ)

――消費者教育の方法論的基礎としての社会的学習理論――

永 井 健 夫

Ⅰ 消費者教育の方向性

1)消費者教育政策の進展

学校教育の分野では、第二次世界大戦後の早い時期に民主化教育の一環としての

「消費者教育」が始まったが、高度経済成長期に入り教育全体が「生活」と遊離して 主知主義化するなかで、その比重が弱まると同時に、内容的にも「消費者問題とその 解決を目指した消費者保護」に軸が移ることとなった。その間、消費者行政からの教 育支援は積極的に展開したものの、学校教育における消費者教育の位置づけは消極的 なまま推移していった。しかし、1986年に国民生活審議会が消費者教育の必要性を提 起したことなどが契機となり、1989年の学習指導要領の改訂では、高等学校公民科に

「消費者保護と契約」という単元が、また家庭科に「消費生活と消費者としての自 覚」という小単元がそれぞれ設けられるなど、消費者教育が学校教育の教育課程に明 確に位置づけられることとなった。その後、「総合的な学習の時間」が導入される第 7次改訂(1998年・1999年)に際しては、社会科における消費者教育の位置づけに後退 が見られた一方、技術・家庭においては消費と環境の関連への配慮という新しい視点 が加わるという前進もあった(西村,1999,pp.83−88)。

21世紀に入ると、消費者教育を取り巻く政策的・法制度的な環境は大きく変わって ゆく。すなわち、2004年6月には、それまでの消費者保護基本法に代わって消費者基 本法が制定され、更に2009年には消費者行政を統一的・一元的に推進する政府機関と して消費者庁が創設されるなど、消費者政策は従来とは異なる次元の法制度によって 進められることになった。

このような新たな消費者行政のフレームが構築される流れのなかで行われた2008 年・2009年の学習指導要領改訂に際しては、「児童生徒が消費者としての自覚をも ち、主体的に判断し責任を持って行動できるようにする観点から、消費者教育に関す る内容の充実」(消費者庁企画課,2010,p.208)が図られた。その「充実」に向けた教 員の養成や消費者庁による副教材の作成が進められるなど、近年、学校教育における 消費者教育への取り組みが飛躍的に進んでいる。

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2)消費者教育の目的

ところで、上述の基本法においては、「消費者に対し必要な情報及び教育の機会が 提供」されることが消費者の権利である(第2条)と明記され、同時に、消費者自ら 消費生活に関する知識の習得・情報の収集に努めることが求められている(第7条)。 端的に言えば、消費者教育の機会を得ることは消費者にとっての権利であり義務でも ある、というわけであるが、当然、その消費者には成人も含まれる。学校教育が主た る対象とする青少年の立場に比べ、より複雑で一層と多様な消費生活を送っているの が成人である。ゆえに、消費者教育は学校から離れた成人に対してもその機会が拡充 されなければならない。文部科学省としても「大学等及び社会教育における消費者教 育の指針」を作成したり、成果報告や情報交換の場となる「消費者教育フェスタ」を 開催したりするなどして、成人段階の消費者に対しても消費者教育を広げるための施 策を展開している。しかしながら、意識的・自覚的に消費者教育の機会を求める一般 市民はまだまだ少数派であるのが現実であろう。生涯学習行政としても、社会教育行 政としても、消費者教育の機会の拡充を図っていくことが喫緊の課題となっていると 言える。

では、どのような意味での消費者教育が推進されるべきなのか。社会教育の研究者 として消費者教育の問題に取り組んできた宮坂は、消費者教育の主目的は消費者問題 の予防・解決や消費者被害に遭わない「利口な消費者」の育成にあるのではなく、消 費生活の意味を問い直して行動様式やライフ・スタイルを改めてゆくことにあると主 張している(宮坂,1995;永井,2014)。これと同様のことも含め、上記の「指針」の なかで、消費者教育の目的は次のように記されている:

①消費者の権利を実現し、消費生活の安定と向上を図るため、消費に関する基礎 的・基本的な知識及び技能を習得し、これらを活用して消費者被害等の危機を自 ら回避する能力、将来を見通した生活設計を行う能力、及び、課題を解決する実 践的な問題解決能力をはぐくむ。

②自己の利益だけを求めるのではなく、他者や社会とのかかわりにおいて意思決定 し、よりよい社会を形成する主体として、経済活動に関して倫理観を持って責任 ある行動をとれるようにする。

③消費を、持続可能な社会を実現するための重要な要素として認識し、持続可能な 社会を目指してライフスタイルを工夫し、主体的に行動できるようにする。

(消費者教育推進委員会,2011,p.2)

ここに示されている通り、経済的な不利益やトラブルを回避・解決する能力の習得 ももちろん大切なことであるが、同時に、グローバル化が進む経済社会・市民社会の

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一員として為すべき消費行動や消費生活を実践できる能力の習得も重要であり、その ことのほうがより本質的な課題であろう。だとすれば、そうした能力・資質の習得に つながる消費者教育とはどのようにすれば可能か。近年、社会的課題を扱う学習の方 法論として「社会的学習理論(social learning theory;以下、SLT)」が注目を集めている。

この小稿では、以下、今後の消費者教育の在り方を考えるうえでの要となるであろう SLTについて、若干の検討を試みる。

Ⅱ 社会的学習理論の特徴

1)「社会的」の意味

「社会的」という言葉それ自体に多様な意味があるように、「社会的学習」にも様々 な解釈・用法がある。たとえばGlasser(2007,p.47)が列挙する「社会的学習」の捉 え方の例からは、「学習が社会的文脈で生じること」「有機体が周囲の環境を認知し調 整的に行動すること」「順応的管理と政治的変革の連結」「変化に対処するための社会 制度改革」「個々の利害関係者の間の学習の共有」などの意味や論点が見て取れる。

社会的学習に関して様々な観点・発想が多くの論者によって示されているわけだ が、他方、SLTの議論の先駆者であり代表的な論者と呼べる人物もいる。それは Albert Banduraであり、1977年に彼は「人間の行動と思考を分析するための統一的な 理論的枠組を提供する」ものとしてSocial Learning Theory(『社会的学習理論―人間理解 と教育の基礎―』)を著した。その翻訳書の巻頭にある「日本版に寄せて」のなかで、

BanduraはSLTの特徴について次のように解説している:

社会的学習理論は、様々な学習の様式――モデリング、反応結果による学習、言語 教示――を認め、それらが反応パターンと環境に関する情報をそれぞれ違った仕方 で伝達する媒体として働くと考える。これら多様な学習形態は、それらが伝える情 報の型、量、明瞭度の点で異なるが、しかしそれぞれの学習様式が行動に影響する 過程には一つの共通性が認められる。すなわち、概念一致過程がそれである。学習 者は、他人の示範行動や自分自身の行為の結果を観察したり、他人から言われたこ となどから、行動パターンの概念を構成する。そして、こうして作られた観念が反 応するための内的モデルとなり、更に反応を修正するための基準の役割を果たすこ とになる。(バンデュラ,1979,p.1)

ここに示唆されるように、Banduraは「社会的」という用語を、学習の内容や意義 に関わる言葉として用いているのではなく、学習過程の特質を表すものとして用いて

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いる。つまり、この「社会的」には、学習主体と他者存在との、あるいは学習過程と 他者の行動や環境との相互作用関係という意味合いがある。とりわけ、Banduraは学 習者が他者を観察しモデリングする過程に着目する。たとえば、彼が注目する能力の 一つに、他者の経験を介して何かに気づく「代理的喚起(vicarious arousal)」(Bandura,

1977,p.65[訳書p.73])がある。学習の展開に繋がるであろう、この vicarious (他 者の立場になって)という語で表わされるような関係性がSLTにおける「社会的」の 意味であるようだ。

2)主要概念

McGregor(1999)は、消費の社会的次元について理解し責任感ある消費者として行 動できるための市民的資質、つまり「消費者シティズンシップ(consumer-citizenship)」 を 高 め る こ と が 消 費 者 教 育 の 中 心 目 標 で あ る と 考 え る(cf.永 井,2012)。そ し て McGregor(2007)は、上述のような意味での社会的学習――人は自ら直に学ぶだけで なく観察した他者の経験を通じて学ぶ――の考え方に消費者教育における学習方法論 の基礎を置こうとする。彼女は、Banduraに代表されるSLTを特徴づける11の主要概 念を指摘している。概念の名称と、その概念が意味するSLTの特徴や前提を要約し て記すと以下のとおりである(McGregor,2007,pp.351−361;なお、McGregorは「10の主 要概念」と記述しているが[p.351]、実際には11項目の記載がある。):

①相互決定論(reciprocal determinism)

人、行動、そして人が行為する環境、これらは互いに影響し合い、そのことが行 動を決定する

②観察学習とモデリング(observational learning and modeling)

人は他者の行動や経験を観察することにより学び、望ましい行動のモデルを得る ことができる

③期待(expectations)

行動を学習者が実際に行う可能性は、観察される行為から得られるところの、結 果に関する期待に影響される

④行動実行能力(behaviourial capability)

見習うべきパターンや方法などが明確に理解できなければ、学習者はモデルを実 際に模倣することはできない

⑤自己可能感(self-efficacy)

行動の実行、対処、目標の可視化、状況に影響を与えること、等々の能力に関す る学習者本人の自覚の高低が模倣や行為の成否に影響を与える

⑥自己省察的能力(self-reflective capacity)

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自らの経験を分析し、思考プロセスについて考え、考え方を改め、実際の行動を 改めることに関わる能力で、自己可能感や様々な感情に結びつく

⑦自己制御(self-regulation)

単に社会的に条件づけられて行動するのではなく、学習者は自ら事前に考え、道 義的に検討してから取り組む

⑧予見的行動(foresightful behaviour)

予見的行動と観察学習が組み合わされることにより、人は将来に備えて記憶に蓄 えられる「要点(stuff)」を実際的に学ぶことができる

⑨自己尊重(self-esteem)

自分自身についての評価の高低が自己可能感の高低に影響し、行動にも影響する

⑩行動可能性(behavioural potential)

何らかの方法で行動することの可能性は、行動の結果に対する主観的な思い(期 待感)と特定の結果に対する願望に左右される

⑪統制の所在(locus of control)

生活に対する統制力が自分の内部にあると感じる人は自分の生活を律していると 思い、外部にあると感じる人は他者に支配されていると思うのだから、自信、自 己尊重、主体感覚が育成・維持されなければならない

Ⅲ SLT の変容的・省察的な側面

SLTを構成する主要概念のうち、学習方法論としての中心的な特徴を表している のが「観察学習とモデリング」である。McGregorは、学習者が他者の行動を観察し てモデル化できるための条件について、消費者教育に絡めて、次のような点を挙げて いる:1)観察対象となるモデルの人物のことに気づき、その人に注意を向けなければ ならない、2)見たり気づいたりしたことを想起できなければならない、3)観察された 消費者行動を再現することが情緒的・知的・金銭的に可能でなければならない、4)消 費や行動の新たな方法を習得したことを証明したいと思うようにならなければならな い(ibid., pp.353−354)。教育の視点から言えば、学習者がこれらの条件を満たしてい くよう促すことがSLTに基づく教育ということになろう。

このように学習の鍵として「観察」に注目する議論としては、既に1940年代に、刺 激−反応理論や強化理論に基づく模倣学習に関する理論が提起されていた。それは行 動主義心理学をベースとするものであったが、観察における認知プロセスにもっと焦 点を当て、観察と模倣を区別することによって、行動主義そのものの枠から離れた社 会的学習の理論を提起したのがBanduraであった(Merriam and Cafferella,1999,pp.258−

259)。

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McGregorが指摘した主要概念のうち、もう一つ特に注目したいのが「期待」、つま り、ある行動を取った場合に何かが生じるだろうと予見することである。この精神機 能に関して、McGregorは、Wals and Heymann(2004)の議論に基づいて、次の4つの 在り方や作用があることを指摘している:1)肯定的な結果に至る可能性に影響する問 題に関して人々が抱く紋切型で予断的な感覚、2)決定過程への参入(input)の意識ま たは過程それ自体についての意識(perception)、3)特定の結果が好まれる状況が問題 解決の唯一の基準枠組となってしまうこと、4)情報源についての感じ方が問題への対 応方法に予断を与えてしまうこと(McGregor,2007,pp.355−356)。

これらは「期待」が理解、プロセス、判断、解釈などの在り方を方向付ける「枠組」

に関わるものであることを示している。実のところ、McGregorが依拠したWals and Heymannが論じているのは、問題解決に向けた「闘争(conflict)」における枠組と「再 枠組み」の意義についてである。つまり、Wals and Heymanにとって、SLTは、既存 の枠組について捉え直して別の望ましい枠組に転換していくという、変容的学習の過 程である。このことは、McGregorにとっても同様であり、彼女は次のように述べて いる:

市民には、自らの枠組(期待)や他者の枠組について認識することの支援が必要で ある。これらの期待は動態的であり、静態的なものではない。人々は慣れ親しんだ 期待を持つ傾向にあるが、他方、繰り返し、期待を変化させることもできる。自ら の期待についての自覚、期待がどのように成り立ってきたかを理解することへの開

放性(脱構築deconstruction)、新たな枠組や期待を創出する意思(再構築reconstruction)

は、持続可能教育(sustainability education)にとっての鍵である。(ibid., p.356)

このように、「期待」の概念は、SLTと変容的・省察的な成人学習理論(Mezirow,

1991)とをつなぐ鍵的な概念として重要な意味があると言える。むしろ、この「期待」

の他、自らの経験や思考過程について省察的に捉え返す能力(⑥自己省察能力)や行動 を実際に起こす前にその意味について検討すること(⑦自己制御)などが主要概念と なっている点も考慮すると、SLTも一種の変容的・省察的学習理論と見なしてよい のかもしれない。

いずれにせよ、社会的学習の理論は、社会的文脈における観察とモデル化をとおし て行動の在り方や期待の持ち方などが習得・更新される過程について説明するもので あり、行動様式やライフスタイルの次元での市民的な資質・能力の形成を狙いとする 教育・学習にとって、貴重なヒントを与えてくれるものと期待できる。

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引用・参照文献

Bandura, A. (1977)Social Learning Theory.Upper Saddle River, NJ : Prentice Hall[バンデュラ, A.

(原野広太郎監訳)『社会的学習理論―人間理解と教育の基礎―』金子書房,1979]. Glasser, H. (2007) Minding the gap : The role of social learning in linking our stated desire for a more

sustainable world to our everyday actions and policies. In : Wals, A. E. J. (ed.)Social Learning towards a Sustainable World : Principles, Pespectives, and Praxis.Wageningen, The Netherlands : Wageningen Academic Publishers.

McGregor, S. (1999) Towards a rationale for integrating consumer and citizenship education.Journal of Consumer Studies and Home Economics,23(4), pp. 207−211.

McGregor, S. (2007) Sustainability through vicarious learning : Reframing consumer education. In : Wals, A. E. J. (ed.).Social Learning towards a Sustainable World : Principles, Pespectives, and Praxis.Wageningen, The Netherlands : Wageningen Academic Publishers.

Merriam, S. B. and Caffarella, R. S. (1999)Learning in Adulthood : A Comprehensive Guide(2nd ed.).

San Francisco : Jossey-Bass.

Mezirow, J. (1991)Transformative Dimensions of Adult Learning.San Francisco : Jossey-Bass.

宮坂広作(1995)『消費者教育の現代的課題―原理と実践の諸問題―』(財団法人消費者教育 支援センター 消費者教育読本シリーズ No.2)たいせい.

永井健夫(2012)「消費社会における成人の学習の意義に関する研究ノート―McGregorによ る『消費者シティズンシップ』の提起―」『大学改革と生涯学習』(山梨学院生涯学習セン ター紀要)第16号,pp.93−101.

永井健夫(2014)「『消費者教育の現代的課題』について」『山梨学院生涯学習センター創設20 周年記念論集』(山梨学院生涯学習センター研究報告 第27輯)山梨学院生涯学習セン ター.

西村隆男(1999)『日本の消費者教育―その生成と発展―』有斐閣.

消費者庁企画課(2010)『ハンドブック消費者2010』全国官報販売協同組合.

消費者教育推進委員会(2011)「大学等及び社会教育における消費者教育の指針」(平成23年 3月30日)〈http : //www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/

10/31/1306400_01.pdf [accessed February 2014]〉.

Wals, A.E.J. and Heymann, F. (2004) Learning on the edge : Exploring the change potential of conflict in social learning for sustainable living. In : Wenden, A. L. (ed.),Educating for a Culture of Social and Ecological Peace.New York : State University of New York Press.

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