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【同志社大学労働法研究会】就業規則の人的適用範 囲の判断方法 : 適用範囲問題の法的性質と契約解 釈の方法

著者 岡村 優希, 土田 道夫

雑誌名 同志社法學

巻 66

号 5

ページ 1613‑1653

発行年 2015‑01‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015224

(2)

    同志社法学 六六巻五号三二五一六一三 ◆同志社大学労働法研究会◆

―適用範囲問題の法的性質と契約解釈の方法―

  大興設備開発事件(大阪高裁平成九年一〇月三〇日判決  労判七二九号六一頁)

                       

【事実の概要】

  被控訴人は、電気、冷暖房、給排水、消防防災設備の管理及び法定検査、並びに運転業務、その他の業務を目的とする会社であり、通常勤務の従業員(正社員)の他に、年齢が六〇歳を超え、年金を受給しながら働き、日給が正社員よりも低い高齢の従業員(高齢者)、勤務時間その他勤務条件が正社員のように恒常的な定時労働ではないパートタイム

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    同志社法学 六六巻五号三二六一六一四

の従業員を雇用している。

  控訴人は、昭和五八年一月に他の会社を退職し、年金を受給できるようになったが、同年九月に被控訴人に高齢者として採用され、同年九月一〇日から控訴人が六五歳に達した昭和六三年二月一日までは請負契約に基づく請負人として、翌昭和六三年二月二日から平成七年九月一〇日までは従業員(高齢者)として、勤務した。控訴人が被控訴人に請負制で採用されたのは、年金受給に障害を生じないようにするためである。

  ところで、被告は、労働基準監督署から就業規則が提出されていない旨の指摘を受けて、正社員の代表の意見を聞いたうえ、平成六年一二月、本件就業規則(退職金支給規定)を作成した。その際、被告は、正社員を念頭に置き、従来の取り扱いを明文化するつもりで退職金支給規定を設けただけで、﹁高齢者﹂に退職金を支給しない従来の取り扱いを変える意思はなかった。

  被控訴人が平成六年一二月一五日付で制定し労働基準監督署に届け出た本件就業規則は、規定の上で、適用対象を正社員に限定しておらず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものではなく、又、被控訴人がそれ以前に制定し労働基準監督署に届け出ないまま事実上使用していた旧就業規則でも、規定の上で、適用対象を正社員に限定せず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものでもなかった。

  本件就業規則は、第一章総則、第二章採用及び異動、第三章服務規律、第四章労働時間、休憩及び休日、第五章休暇等、賃金、第六章諸手当、第七章定年、退職及び解雇、第八章退職金、第九章安全衛生及び災害補償、第一〇章福利厚生、第一一章表彰及び制裁、並びに付属の諸規定をもって構成されており、規定の内容も正社員に限定せず従業員全般に及ぶものとなっている。本件就業規則に定める労働条件は、制定当時の正社員の労働条件と符合するが、高齢者の労働条件とは符合していない。具体的には、労働時間や昇給などの基本的な労働条件を始めとして、多くの相違点が存在

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    同志社法学 六六巻五号三二七一六一五 した。本件就業規則第六条五項は﹁高齢者中途採用は、別途定めるものとする﹂と規定し、第二〇条一項には﹁短時間労働者の年次有給休暇については別に定める﹂との規定がある。本件就業規則には、﹁会社は、従業員が退職したときは退職金を支給する、但し勤続三年未満の者については退職金を支給しない、退職金の計算は基本給×勤続年数÷二とする、退職金は退職手続完了後一か月以内に支給する﹂旨の定めがあるが、被控訴人がそれ以前に制定し労働基準監督署に届け出ないまま事実上使用していた旧就業規則には、従業員の退職金は別に定める退職金規定により支給すると定められていたものの、退職金規定の定めがなかった。

  控訴人は、被控訴人に対し、従業員として勤務した昭和五八年九月一〇日から平成七年三月一〇日までの勤務したとして、就業規則に基づき、退職金などの支払いを求めて訴えを提起した(原審)。原審(京都地判平八・一一・一四労判七二九号六七頁)では、控訴人への就業規則の適用を否定し、請求が棄却されたため、控訴人は控訴審を提起した(本判決)。本判決は、同規定の適用を肯定し、控訴人の請求を一部認容した。

  なお、被控訴人は、控訴人から本件訴訟が提起された後である平成八年一月に、正社員に関する就業規則(退職金支給規定あり)と﹁高齢者﹂及び﹁パートタイム従業員﹂に関する就業規則(退職金を支給しない旨明示)の二つを作成した。

【判旨】

  後の研究の際に必要であるので、原審と本判決の双方の判旨を示す。先に述べた通り、原審は就業規則の適用を否定したが、本判決はこれを肯定した。

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    同志社法学 六六巻五号三二八一六一六

一  原審―請求棄却

。なといえるくもない そ文の規業就件本、でこ認。るれらめだがとこるあも言則けもあが用をの則規業就件本適にれ﹂取りげ上ば、﹁高齢者 をよ前提にするかの条うな規定(六五項)ことるりにておれ、また、本件就業規則は定﹁高齢者﹂も﹁従業員﹂に含まし   ﹁件対条一(りおてしに象を就﹂員項業従﹁は則規業一本)、れ規旨)条三(るあでたさ﹁用採に告被はと﹂員業従者   しかし、前記認定事実によれば、本件就業規則が定める労働条件は実際の原告の労働条件とは符合しないのに対し、正社員の労働条件とは符合していること、被告は正社員だけを念頭に置いて本件就業規則(退職金支給規定)を作成したこと、被告は労働基準監督署からの指摘を受けて本件就業規則を作成したところ、労働基準監督署は本件就業規則が正社員にのみ適用があることを前提に被告を指導していたと推認できることなどを考慮すると、本件就業規則は、正社員に関するものであり、﹁高齢者﹂である原告にそのまま適用されることはないというべきである。

  ところで、前記認定事実によれば、﹁高齢者﹂及び﹁パートタイム従業員﹂に関する就業規則が平成八年一月に作成されるまでは、﹁高齢者﹂に関する就業規則はなかったのであるから、それまでの間は、特段の事情がない限り、その性質に反するものを除いて、本件就業規則が﹁高齢者﹂に準用されるというべきである。

  しかし、前記認定事実によれば、被告は﹁高齢者﹂に退職金を支給する意思はなかったこと、原告は﹁高齢者﹂である自分が退職金の支給を受けられないことを承知しながら、被告と雇用契約を締結して勤務していたこと、本件就業規則が労働基準監督署からの指導により作成されたものであり、過渡的なものといえなくもないこと、被告は労働基準監督署から﹁高齢者﹂の雇用条件が不明確であることなどを指摘されて、各﹁高齢者﹂との間で雇用契約書を作成したこ

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    同志社法学 六六巻五号三二九一六一七 と、さらに被告は平成八年一月に﹁高齢者﹂に関する就業規則(退職金を支給しない旨明示)を作成していることを考慮すると、原告には少なくとも本件就業規則の退職金支給規定は適用されないというべきである。﹂

二  本判決―請求一部認容

1  本件就業規則の一般的適用の有無について

。就齢高は則規業件に本てっがたし者、もの適るあで相が当る解とるれさす用 規本件就業適則が用にさもー員業従のムイタトパび及るれとこ第。るあが定の項一条〇二規、し項を前提とた第六条五 たのいてっなと全もぶ及に般員でのはあの者齢高従に中則り規業就件本、業もけて容者に分て規定しおらず、規定の内 件れた本二就業規則及定さ、制に月一年六成平そ間のびはれも齢高と員社正を象対用適れ以ずい、ま則規業就旧の前で   ﹁年者かうどかるれさ用適に齢つ高が則規業就件本、ずにい七り成平らか年八五和昭、おてとたみに先。るす討検ま   被控訴人は、本件就業規則を高齢者やパートタイムの従業員を除く正社員に適用することを念頭に置いていたので、制定に当たり、正社員には説明会を開き、代表者の意見を聞き、できあがった規則を正社員に見せたが高齢者には示していないと主張する。しかし、就業規則には法的規範性が認められており、本来的に労働条件の画一的、統一的処理という点にその本質があり、それ故に合理性をもつものといえるから、その解釈適用に当たり就業規則の文言を超えて使用者である被控訴人の意思を過大に重視することは相当ではない。したがって、被控訴人主張のような事情があるとしても、先にみたとおり、平成八年一月に至るまでは高齢者やパートタイムの従業員に適用される就業規則が別に定められていたものでもなく、本件就業規則の規定の内容が従業員全般に及ぶものとなっていて、高齢者には適用しないとい

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    同志社法学 六六巻五号三三〇一六一八

う定めはないのであるから、本件就業規則は高齢者である控訴人にも適用されると解するのが相当である。﹂

2  退職金支給規定の例外的適用排除の有無

。るれない項があ事とうべきであるい 条規則の各齢項が高者件就な本、らか要必のど全定限のに業面ず的さ用適てっよに柄事、はえるい適用れさものとはに らいなはになとこう理と別差な合不、のらい制で抑る数日務勤間月、のあ当手諸、金賃、てっかあのもるれさ認是もで 日ると異なて取扱をし社員つ正もていりに等数務勤、おう、しらか場立の者齢高るいて給こ受を金年は扱取な手よの当   ﹁諸て年を金賃の者齢高、はい受おに人訴控被、もとっ金給て額し連関にれそ、え抑に低のにうよいならなに害障も   そこで次に、本件就業規則中の退職金に関する定めが控訴人に適用されるかどうかについて検討する。   先にみたとおり、本件就業規則には高齢者に退職金を支給しないという明文の定めがなく、勤続三年未満の者には退職金を支給しないとの定め以外の適用排除規定が見当たらず、退職金は基本給と勤続年数を基礎にして算出される定めとなっており、控訴人についても右定めによって退職金を計算することが可能であることが認められる。そして、控訴人は、他の会社で働き六〇歳に達し、年金を受給できるようになってから被控訴人に採用された者であり、六〇歳時に被控訴人から退職金を支給された者ではない。このような事実関係のほかに、就業規則によって支給条件を定められた退職金には賃金という性質があることを否定できないこと、退職後の支給であるため年金を受給しつつ労働を続けるために賃金や諸手当を低額に抑えるという要請を受けないことを併せ考えると、高齢者である控訴人について、本件就業規則の退職金の定めを適用できないと解すべき根拠はないというべきである。

  被控訴人は、控訴人が高齢者には退職金が支給されないことを知っていたと主張する。しかし、控訴人が平成七年三

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    同志社法学 六六巻五号三三一一六一九 月一一日付で作成して被控訴人に提出した退職金がない旨の記載の雇用契約書⋮は平成七年三月一一日から同年九月一〇日までの雇用に関するものであり、これに先立ち被控訴人に提出した雇用契約書に関する意見書⋮は控訴人が平成七年三月の時点で労働条件をどのように定めるのが望ましいと考えていたかを示すものであり、いずれも控訴人の平成七年三月一〇日以前の労働について退職金請求権がないという趣旨のものと認めることはできない。

  被控訴人は高齢者に対し退職金を支給したことがないと主張する。証拠⋮によれば、被控訴人が平成四年一〇月八日に別所一郎に書簡を発して同年一一月二〇日に勇退することを求め、平成五年二月末まで顧問として活動すれば慰労金一〇万円を支払うと申し出たことが認められるものの、被控訴人が同人に対し退職金を支給したと認めることは困難である。しかし、そうだとしても、右事例は本件就業規則制定以前のことであり、これをもって被控訴人が高齢者である控訴人に対し退職金を支給しなくてもよいということにはならないというべきである。又、控訴人の場合を除いて、被控訴人に採用され平成六年一二月一五日制定の本件就業規則が適用されれば退職金を支給される場合に該当する勤務実績を有する高齢者の退職自体の存在が不明確であることから、被控訴人が高齢者に退職金を支給したことがないといえるかどうかは必ずしも明らかではない。

  そうすると、本件就業規則中の退職金に関する定めは高齢者である控訴人にも適用されると解するのが相当である。﹂

【研究】本判決の結論・理由ともに反対。

一  はじめに   本判決は、複数の種類の労働者が雇用されている場合において、就業規則の適用範囲をどのように判断するのかとい

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    同志社法学 六六巻五号三三二一六二〇

う問題について、詳細な判断基準を示すものである。

  従来、就業規則をめぐっては、その法的性質や内容の合理性に焦点を当てた議論が蓄積されてきたが、近年、労働形態の多様化に伴って、その﹁適用﹂そのものが問題となるケースが起こっている。具体的には、正社員への適用を前提とした就業規則が、作成した使用者の意図を越えて、異なる種類の労働者へ適用されるのかが争われるケースが出てきたのであり、本判決は、この系譜に属するものである。

  この問題を検討するにあたっては、次の二点を明らかにしなければならない。   第一に、適用範囲問題の体系上の位置づけを検討する必要がある。この点については、議論がほとんどなされていないが、労働契約法(以下、労契法)七条・一〇条との関係性など、検討すべき課題が山積している。この問題の位置づけは、次に述べる判断基準の議論にも影響する重要なものである。

  第二に、適用範囲に関する判断基準をどのように考えるべきかである。原審・本判決は、これを契約解釈の問題と解する点について共通していると考えられるが、その判断要素の軽重については、極めて対照的な判断を示している。つまり、原審が、私的自治原理に還り、使用者の意思を尊重すべく多様な事実を考慮するのに対して、本判決は、私的自治を埒外においてきた判例法理(=労契法七条、同法一〇条)を参照したうえで、使用者の意思を推断すべき事実を文言に限定する立場をとるのである(詳細は後述するが、前者の立場を包括的契約解釈説、後者の立場を制度的契約解釈説と呼ぶ)。

  これらの説のいずれかに立つかで、結論が大きく左右されることは言うまでもない。包括的契約解釈説に立てば、就業規則の規定内容に不備がある場合であっても、使用者が想定しない労働者グループへの適用を否定しうるのに対し、制度的契約解釈説の場合では、これが許されないからである。

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    同志社法学 六六巻五号三三三一六二一   本件のように、就業規則の適用そのものが争われる事例は、今後、増加すると思われる。というのも、高年者はもとより、二〇一二年労契法改正により導入された無期転換労働者や、近年導入が議論されている限定正社員制度など、新たな労働者グループが生じ、さらなる労働形態の多様化が予想されるからである。ここで、多様化が大きく見込まれるのが、いずれも正規社員と非正規社員の中間形態であることに照らせば、これらの労働者が、より有利な正社員用の就業規則の適用を争うという本件に類似した事例が発生することは、想像に難くない。労働市場から自然発生的に生じる任意的な多様化のみならず、法が創設して導入を強制する多様化も存在する中で、これらの存在を使用者があらかじめ予見することは困難である場合もあり、たとえ、一方的な就業規則制定権限を有していたとしても、事例によっては、使用者に不利益を甘受させることに疑問の余地がある。適用範囲の問題は、法が複数の種類の労働者を異なる就業規則によって処遇することを許容したことによる、就業規則制度に内在する問題であり、慎重な検討が必要である。

  さらに、制度的契約解釈説のもとでは、新たな労働者グループの存在を具体的に予見できた段階で定義規定等を改定することすらも就業規則の不利益変更に該当しうることから、雇用の多様化に対応できない可能性を孕んでいる。特に、労契法一八条との関係では、この問題が深刻なものとなる。詳細は本文で触れるが、同条は、有期雇用時の労働条件を継承する形での無期転換を原則としているにもかかわらず、制度的契約解釈説によれば、﹁正社員転換﹂ともいうべき現象が起こりうるのであり、同条の立法趣旨と鋭く対立する可能性があるのである。

  本判決は、一九九八年に出されたもので、一六年も前の古いものであるが、以上の状況に鑑みると、現在の日本社会にとって極めて重要なものであるといえる。さらに、本判決に対しては、既に優れた研究が存在するが 1

、数も少なく、また、労契法制定前のものである。

  以上の点を考慮し、現在においても本判決を検討する意義があると判断したので、ここに取り上げる次第である。

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    同志社法学 六六巻五号三三四一六二二

二  本判決の射程―就業規則の「適用」の意味   就業規則の﹁適用﹂という場合に、法的には二つの意味がある。つまり、就業規則には、労働条件の最低基準としての効力(最低基準効)と﹁契約内容となって労働契約当事者を規律する効力(契約内容補充効)の二つの効力が認められている

)2

。それ故、その﹁適用﹂といった場合には、これらの効力のうち、どちらが問題となっているのかを決定する必要がある。

1  両効力を分かつ判断基準

  これらの効力の根本的な違いは、就業規則によって私法上の義務を創設出来るか否かというところにあると考える。つまり、最低基準効は労働条件を部分的に修正する役割しか持たないが、契約内容補充効は、私法上の権利義務を新たに創設する役割を担っていると解される。この理由は、それぞれの趣旨・条文構造から導かれる。詳細は、以下の通りである。

  第一に、最低基準効の趣旨は﹁就業規則作成義務によって就業規則上客観的に明示した労働条件を事業場の最低基準として確定し労働条件保護を図るとともに、使用者が個別交渉や黙示の合意の成立などを主張して引き下げることなど、労働条件をめぐる紛争を防止しようとした﹂点に求められる 3

。つまり、最低基準効は、就業規則規定の労働条件を切下げる形での個別的逸脱を禁止するために認められているのである。とはいえ、このような個別的逸脱の全てが禁止されている訳ではない。何故ならば、労契法一二条が認めている最低基準効は、無効とすべき契約条項などの存在を前提として必要としていると解されるからである 4

。つまり、同条は、﹁就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労

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    同志社法学 六六巻五号三三五一六二三 働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による﹂と定めている。このことからすると、ある契約条項などに、就業規則からの切下げ的逸脱をする部分を含有して初めて、当該規定を部分的に無効として、その欠缺を就業規則で補充することが出来るのである。このように、無効となるべき契約内容が前提として必要となる点に、最低基準効の射程の限界がある。

  第二に、契約内容補充効の趣旨は﹁各個の労働者と一々労働契約の内容につき協定する煩雑を避けるため定型的にその内容を定める﹂ 5

という実際上の必要性を法的に受容する点に求められる。そして、当時の判例の立場は 6

、﹁(就業規則の)条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒否する事は許されない﹂として、合理性などの要件を満たせば当該就業規則が労働条件を決定するという法命題を定立しているのであるから、契約内容補充効は契約内容を創設すべき機能を果たすことができる。

  以上を要するに、最低基準効と契約内容補充効との違いは、無効とすべき契約条項などの存在を必要とするか否かに求められる。前者はこれを必要とするが、後者はこれを必要としない。

2  本件で問題となっている効力

  以上の検討から、本件で問題となっている効力は契約内容補充効であると判断できる。つまり、個別契約に退職金支給条項が存在しないというのが本件における紛争の発端であった。ここでは、最低基準効が必要とする、無効とすべき個別契約上の条項が存在しないのであるから、最低基準効が労働契約との関係で効力を生ずる余地がないと解される。   これに加えて、本判決は、就業規則による画一的処理を受容して契約内容補充効を法的に認めた秋北バス事件大法廷判決の判旨を参照していると理解できる(詳細は後述する)にもかかわらず、最低基準効の問題として捉えてしまうと、

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    同志社法学 六六巻五号三三六一六二四

有利原則が承認されていることから、労働条件の画一的処理に矛盾する可能性を孕んでしまうことになる

)7

。この点からしても、本判決は、契約内容補充効について述べたものと理解すべきである 8

3  最低基準効の余地

  上記の通り、本件で問題となっているのは契約内容補充効と考えられる。評者は、本件において、これを否定する立場に立つが(後述する)、この場合でも最低基準効を及ぼすべきとの説がある。

  この説は、﹁当事者間に就業規則上の退職金支給の定めを適用しないとの明示又は黙示の合意が存在しても、就業規則に適用除外規定が存在しない限り、労基法九三条(※現在は労契法一二条)により、就業規則の定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効になる﹂ )9として、契約内容補充効が認められない場合においても、最低基準効が生じる余地を認める。その根拠として、﹁高齢者の労働条件が⋮正社員より低く設定されている⋮場合も、労基法九三条(※現在は労契法一二条)が防止しようとする個別的逸脱が行われていることにかわりはなく、多数の労働者について⋮就業規則の定める内容と異なる取り扱いがなされていることを理由として、同条の問題は生じないとすることはできない﹂ ₁₀

と述べられている。

  しかしながら、この説に対しては、形式面・実質面の双方から疑問がある。   第一に、上記に述べたとおり、最低基準効が生じるには、ある契約条項などに就業規則からの切下げ的逸脱をする部分を含有することが必要である。この点、上記の説は、不適用合意を無効とすべき個別的逸脱であると解釈しているようであるが、このような解釈をするためには、前提として、当該就業規則が適用されるという原則的状態を観念する必要性がある。つまり、契約内容補充効が生じ、当該就業規則の定める条件が契約内容となっている場合であれば、不適

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    同志社法学 六六巻五号三三七一六二五 用合意を同条が禁じる切下げ的逸脱と捉える余地があるが、そもそも就業規則が契約内容となっておらず、当事者間に拘束力が何ら生じていない場合には、切り下げるべき対象が存在しないと解さざるをえない。したがって、不適用合意を同条の禁じる逸脱と捉えることは困難であり、無効とすべき契約条項が存在しない以上は、最低基準効が生じる余地がないと解するべきである。

  第二に、最低基準効のみが生じるとする解釈は、高齢者に対して、正社員よりも有利な条件で雇用されることを認めてしまう危険性がある。非正社員は、当該事業場で雇用され、転居を伴う配転などが行われないのが通常である。その反面、賃金等の処遇が低水準に抑えられることとなる。一方、正社員は、配転による住居移転の不利益などを甘受しうる反面、賃金が高水準であり、福利厚生なども充実している。ここで、正社員用就業規則の契約内容補充効を否定し、最低基準効のみを認めれば、配転等の不利益な規定が適用されないまま、非正社員が正社員の水準の給与・福利厚生等の処遇を受けられることとなり、著しく結果の妥当性を欠く事態となる。

  上記の検討から、契約内容補充効が生じない状況で最低基準効を認めることはできないと解するべきである。

三  人的適用問題の体系的位置づけ――適用範囲問題の独自性(合理性審査との峻別)   上記の検討により、本件で問題となっているのは契約内容補充効であると考えることができるところ、これを前提に適用範囲の問題の体系上の位置づけを検討すれば、契約内容補充効が労働者に及ぶということについては、二段階に分けて検討する必要があるというべきである。つまり、①当該労働者が適用範囲に含まれるか否か、②当該就業規則に定める労働条件が合理的か否か、という検討が必要である。

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    同志社法学 六六巻五号三三八一六二六

1  中部カラー事件地裁判決 ((

  上記の区別を端的に表しているのが、中部カラー事件地裁判決である。事実関係は注に譲るが ₁₂

、この事件において裁判所は、﹁乙二九就業規則から乙二就業規則への変更は合理性を有していたものと認められ、実際にも乙二九就業規則が一部変更されて乙二就業規則が成立したものと認められる﹂として、就業規則の合理性を肯定し、乙二就業規則の契約内容補充効を認めた。

  その上で、裁判所は、本規則が全従業員に適用されるわけではなく、﹁(パートタイマー従業員は、)その他の従業員とは異なりパートタイマー就業規則の適用を受ける者であり、被告からパートタイマー就業規則の交付を受けていたことが認められ、⋮就業規則の適用を受ける従業員ではなかったことが認められる﹂として、専用就業規則の存在を根拠に、一部の労働者には適用されない旨を示している。

  このように、裁判所の判示するところによれば、就業規則が補充効を持ったとしても、当該労働者が適用範囲の外に位置するならば、結果として当該規則は適用されないということになる。

2  考察――独自性肯定

  就業規則の内容が合理性を持つか否かという問題と、そもそも当該規則が適用されるのかという問題が、理論的に峻別されるべきという点については妥当であると考える。中部カラー事件の判旨に見られる通り、適用範囲については、専用就業規則が整備されているかといった点等が問題となっており(この点の詳細については、考慮要素に関係させて後述する)、合理性判断における本来の内容審査とは、その判断の性質が根本的に異なるからである。

  これに対して、就業規則の契約への組入れ要件は、個別合意を除き、労契法七条・一〇条が規律するところであり、

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    同志社法学 六六巻五号三三九一六二七 適用範囲の問題もこれらの規定の範疇で捉えるべきであるとの反論も考えられる。確かに、両規定の文言上は、当該就業規則の内容を審査し、これを当該労働者についても適用するのが合理的であるとして契約内容補充効力を認める立場も成立するように思える。しかしながら、これらの規定の原型となった最高裁判例は、いずれも、﹁使用者の一方的な就業規則作成によって労働条件が設定されようとしていることに対して、労働者が反対している﹂という事例 ₁₃

であった。ここでは、作成者である使用者はもちろん、労働者も、当該就業規則が自らに適用されることを前提として争っているのであり、適用範囲については何らの判断も示されていない。そして、労契法七条・一〇条はこのような判例法理を﹁足しもせず引きもせず﹂ ₁₄

立法化したものであるから、適用範囲の問題は両規定の前提に位置する独自のものとして把握すべきである。

四  就業規則の人的適用範囲問題の法的性質

1  就業規則の適用範囲を判断する際の一般的基準

  次に問題となるのは、適用範囲の判断基準である。この点は、労契法七条・一〇条が適用されない以上、労動者・使用者間の合意が必要であるので、契約解釈の問題として処理すべきである。つまり、これらの規定は、労働契約の集団的性格に鑑み、合意原則(労契法三条一項 ₁₅

・八条)の例外を認めることで使用者の就業規則作成による一方的な契約内容の形成を例外的に許容するものであるが、上記の通り、適用範囲の問題に関しては適用されないのであり、同原則を修正すべき法的根拠がないと解されるのである。

  この見解に対しては、労使間に存在する交渉力・情報格差から合意が形骸化し、労働者利益への配慮が欠けるとの懸

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    同志社法学 六六巻五号三四〇一六二八

念が想定される。確かに、労契法は合理性要件を課すことで裁判所の後見的介入による労使間の利益調整を指向しているが、その前提問題である適用範囲の判断において労使間格差が放置されるとなれば、労働契約に内在する従属的性格を看過することになり、妥当性を欠くきらいがある。この点、配慮すべき問題状況を具体的に想定すれば、①低廉な労働条件 ₁₆

を定めた就業規則の適用をやむを得ず合意させられる場合、②同種の労働者に適用されている就業規則の不適用の合意 ₁₇

を事実上強制されたうえで低廉な労働条件を個別合意する場合、といった二つの局面が想定されよう。

  ①については、適用範囲を及ぼした後に合理性審査を行うことで、懸念を解消することが可能である。上述した通り、契約内容補充効が発効する際の二段階構造に照らせば、適用範囲に含まれることから直ちに効力が生じる訳ではない。就業規則の定める労働条件が実際に労働契約に化体 ₁₈

するためには、その後に、合理性審査を通過することが必要である。したがって、契約解釈構成を採ったとしても、裁判所による労使間格差解消の可能性が残されている以上、労働法の利益調節機能に悖ることはないと解される。

  ②については、平等原則に照らした判断が必要である。ここでは、後述する通り、不法行為を理由とする損害賠償による一定程度の救済策が予定されるが、就業規則の適用そのものを肯定できないことから、平等原則を保持すべき十分条件の提示には成功していないと解される。この点は契約解釈構成を採るが故の問題と考えるが、上記の通り、裁判所の介入を許すべき法的根拠の存在を欠いている以上、解釈の限界点である。特別の立法がない限りこのような労使間格差に完全に対処することは困難であるので、就業規則の適用を一度断念したうえで、低廉な労働条件への合意を公序により無効(民法九〇条)とする等、他の方法による利益調整を思案する他ないと考えられる(この点も後に検討する)。

  なお、念のため触れておくと、契約解釈構成に対しては、労契法七条・一〇条との整合性から、当事者意思を離れた純粋な客観的判断を行うべきとの反論も想定される。確かに、適用範囲の段階で労使間合意を要求すれば、両規定の定

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    同志社法学 六六巻五号三四一一六二九 める周知要件が、実際の知・不知を問わない実質的周知に留まると解されていることと一定程度矛盾するようにも見える。しかしながら、適用範囲の問題に争いがない事例のように、就業規則の内容を労働者が実際に知悉していなくとも、黙示の合意によって適用範囲が画される場合もあるので、契約解釈構成を採ることが両規定と矛盾するわけではない。そして、何よりも、上記の通り、契約解釈構成を放棄すべき実定法上の根拠が欠缺しているのであるから、このような見解は支持しえないと解される。

  上記の検討から、適用範囲の問題は契約解釈として処理されるべきであるとの結論をとりたい。

2  本件の評価

  以上を前提に、本件について検討する。   原審と本判決は、共通して、適用範囲の判断を契約解釈の問題として処理していると解される。   本判決は、適用範囲の判断において、﹁就業規則の文言を超えて使用者である被控訴人の意思を過大に重視することは相当ではない﹂として、使用者意思を限定的に考慮しながらも、これを完全には排斥していない。つまり、本判決は、①規則上、適用対象を正社員に限っていなかったこと、②規定内容が従業員全体に及ぶものとなっていたこと、③高齢者への適用を前提とした規定があることを検討し、就業規則の文言上現れている使用者意思に限って考慮要素としている。加えて、﹁控訴人(=労働者)は高齢者には退職金が支給されないことを知っていた﹂との被控訴人(=使用者)の主張を考慮している。ここでは、使用者・労働者双方の意思を考慮したうえで就業規則の適用が判断されており、裁判所は、適用範囲の判断を契約解釈の問題として捉えていると理解される。

  これに対して、原審は、﹁(使用者が)正社員だけを念頭に本件就業規則⋮を作成したこと﹂等を考慮するに過ぎず、

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    同志社法学 六六巻五号三四二一六三〇

労働者の意思について特段の検討をしないまま、就業規則の適用範囲を判断している。これは、労働者が原告となり、当該就業規則の適用を肯定すべく争っているという本件の特徴から、使用者意思に重点を置いて検討したものと解される。確かに、契約内容の形成が合意により行われる以上、使用者が就業規則を不適用とする意思を有していることが明らかになった時点で原告は適用範囲の外に置かれるのであるから、このような立場を取ったとしても、契約解釈構成と不整合であるとは言えない。とはいえ、契約解釈構成を徹底するには、訴訟の時点でなく、契約締結時に労働者がどのような意思を有していたかを明示的に検討すべきであったと解される。

  以上のように、本判決・原審は共に契約解釈構成を採っていると考えられるから、適用範囲問題の法的性質決定に関して、裁判所の判断は妥当であると考える。

  なお、原審・本判決ともに、適用範囲の判断の際の労使間格差を取り上げていないが、妥当であると解される。というのも、本件では正社員用就業規則の適用が排除されるか否かが争点となっており、上記の②の労使間格差が問題となりうるが、高齢者と正社員の間で就業実態が同一であるとの認定がないので、同一の労働者グループ内での雇用差別が生じているとはいえず、特段の配慮は必要無いものと解されるからである。

五  適用範囲を判断する際の判断要素についての相違点   上記の通り、裁判所は、原審・本判決ともに、適用範囲の問題を意思解釈の問題として扱っていると理解できるが、その考慮要素の取扱いについては、極めて対照的な判断を示している。この点を検討することで考慮すべき判断要素についての分析軸を帰納的に得ることができる。

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    同志社法学 六六巻五号三四三一六三一   原審は、﹁文言だけを取り上げれば、﹃高齢者﹄にも本件就業規則の適用があるといえなくもない﹂と述べながらも、その後、﹁被告(=使用者)は正社員だけを念頭に置いて本件就業規則(退職金規定)を作成し﹂たとして、作成者である使用者の意思を重視し、適用を否定している。

  これに対して、本判決は、﹁就業規則の文言を超えて使用者である被控訴人の意思を過大に重視することは相当ではない﹂としたうえで、﹁高齢者やパートタイムの従業員に適用される就業規則(=専用就業規則)が別に定められていたものでもなく、本件就業規則の規定の内容が従業員全般に及ぶものとなっていて、高齢者には適用しないという定め(=排除条項)はないのであるから、本件就業規則は高齢者である控訴人にも適用されると解するのが相当である﹂と述べ、就業規則の文言を重視する判断を示している。ここでは、考慮すべき事情を就業規則の文言に限定し、それ以外の事情を捨象していることから、原審と比べて、使用者意思と乖離する可能性が大きくなっている点が対照的である(例えば、正社員のみを対象とした意見聴取や説明会の開催なども使用者意思を推認する重要な客観的事情であるが、就業規則の文言上に現れていないという理由で考慮されていない)。

  もちろん、当事者の主観を重視する原審においても客観的事情は考慮されているが、その中身を見れば、本判決の考慮要素とは質的に異なっている。原審で考慮されているのは、就業規則の定める労働条件と実際の労働条件との同一性 ₁₉

や、行政機関の指導態様 ₂₀

といった使用者意思を推認させる外在的な事情であり、排除条項や専用就業規則は重視されていない。つまり、原審は、使用者の主観を外部的に認識するためにこれらの事情を考慮するに過ぎず、使用者意思を離れてまで客観的な要素を重視しているわけではないのであり、文言のみを根拠に使用者意思と乖離しうる本判決とは本質的に異なるのである。

  以上のように、原審は、作成者の主観面を重視すべく就業規則の文言外の事情も総合的に考慮して適用を判断し、本

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    同志社法学 六六巻五号三四四一六三二

判決は文言に限定して解釈するという点に根本的な差異があり、判断を分かつ重要な分水嶺となっている。

  なお、新生銀行事件 ₂₁

において、裁判所は、﹁就業規則の解釈適用は、その文言を中心として行うのが相当である﹂との判断を示しており、本判決と同様の立場に立つものと理解できる。また、学校法人佼成学園事件 ₂₂

においても、裁判所は、﹁いかなる者が退職金の支給対象者となるかは支給対象者の範囲を定める就業規則によって定めるべきであって、その適用を受ける一方当事者の認識によって、これを左右すべきではない﹂としており、同様と解される。このように、制度面に着目した客観的事情を重視する本判決の判断が、裁判例の潮流であると解される ₂₃

  ところで、このような重大な差異が生まれた要因は、就業規則と私的自治原理との関係をどのように捉えるかという根源的な点と、就業規則の社会的機能をどの程度考慮するのかという実際上の点の二点に集約されると思われる。

  第一に、就業規則と私的自治原理との関係について。労使の結合関係は契約概念から生じるものであるので、労使間の法的紛争の解決の際には、当事者意思の解釈が最も尊重されるのが原則である。この点からすると、当事者意思を重要すべく総合的に考慮する原審は、契約自由の思想に忠実な立場を示すものといえる。一方で、本判決は、考慮すべき事情を文言等に限定した上で、これに現れていない使用者意思を排斥しており、この意味に限っては、私的自治に一定程度背馳しうるものと言える。

  第二に、就業規則の社会的機能との関係について。労使間で契約自由が妥当するとはいえ、﹁他数かつ多様の労働者を生産の場に集め、そこで企業の目的にそって秩序正しく働かすには、労働者を規律する一定のルールがなければならない﹂ので、使用者は、﹁そのルールを就業規則として定立し、労働者がこれに従うことを企業の事実上の強制力によって要求する﹂ ₂₄

。言い換えれば、集団的性質を有する労働契約の特質に起因して、画一的・統一的処理の要請のもと、契約の自由が一定程度後退せざるをえない実体があるのである。この点からすると、本判決は、﹁就業規則には法的規

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    同志社法学 六六巻五号三四五一六三三 範性が認められており、本来的に労働条件の画一的、統一的処理という点にその本質があり、それ故に合理性をもつ﹂ことを根拠に、文言上現れていない当事者意思を排斥している点で、就業規則の社会的機能に親和的な判断を指向したものと言える。

  このように、原審は私的自治原理を基礎として、どの労働者グループに適用を予定しているのかという作成者の主観を重視して適用を否定し、一方で、本判決は就業規則の社会的機能を法的に受容したうえで、その文言等といった客観的事情を重視して適用を肯定しているものと理解できる。以下、本稿では、原審の立場を﹁包括的契約解釈説﹂(=意思を推認すべき事情を特定のものに限定せず包括的に考慮する立場)、本判決の立場を﹁制度的契約解釈説﹂(=意思を推認すべき事情を排除条項・専用就業規則といった制度面に現れているものに限定して考慮する立場)と呼称して検討して行きたい。

六  包括的契約解釈説と制度的契約解釈説の理論的当否

1  裁判所による「意味の持ち込み」

  契約解釈の際にどのような事情を考慮すべきかという点は、契約解釈に対する理論的立場に依存する。この点については様々に議論がなされているが、従来、通説とされてきたのは、いわゆる客観的解釈説である。この説は、意思表示が専ら表示行為を介してなされるものである以上、内心的効果意思が法律行為の内容に影響を及ぼすことは絶対になく、あくまでも、法律行為の解釈は表示行為の有する意味を明らかにすることであると説く ₂₅

  この見解に対しては、一定の批判が加えられているものの ₂₆

、表示行為を重視する点については現在の裁判実務でもお

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    同志社法学 六六巻五号三四六一六三四

おむね支持されているようであり、裁判所においては、﹁表示行為が当該状況において一般的にはどのように理解されているのかといったようなことを中心に、外形的事実から意思を推認する﹂理論操作が行われている ₂₇

。ここで特に重要視される外形的事実は書面であり、例えば、契約書が作成されて当事者がそれに自署等をし、契約書に記載された文言の通常の意味に合致する意思を双方とも有していたのではないかという強い推認が働くと、特段の事情がない限り、それ以外の意思を有していたとの反証を許さないといった取扱いがなされているようである ₂₈

  このように、書面を重視する立場を前提とすれば、一方で、就業規則の文言に現れていない事情をも考慮して使用者の意思を推認する包括的契約解釈説の立場は妥当でなく、他方で、就業規則の文言を最も重要と捉える制度的契約解釈説の立場を支持しうるようにも思える。

  しかしながら、原審が使用者の主観を重視する点について、裁判所は、外形に現れていない内心的効果意思のみを考慮しているのではなく、行政の指導態様などといった客観事情も総合して考慮することで、使用者意思を認定しており、表示行為を重視する通説・実務に違背するわけではない。加えて意思を推断する外形事実として書面が重要であるとはいえ、裁判においては、﹁当該表示が通常どういった意味を持つのか、当該契約をするに至った一切の事情はどういうものであったのかといったことから、当事者の内心の意思を推認していく﹂ ₂₉

のであり、考慮すべき客観的事情を書面の文言に限定する根拠は存在しないと解される。特に、就業規則法制においては、意見聴取・周知手続が必要であり(労基法九〇条パートタイム労働法七条、労契法七条)、使用者の主観を推認する外形事実の存在が制度上予定されているのであるから、むしろ、適用範囲について、考慮すべき事情を就業規則の文言に限定すべきではない。特別法たる労働法分野の契約解釈においては、特有の法制を前提にした解釈論が必要である ₃₀

  それにもかかわらず、制度的契約解釈説が就業規則の文言を重視するのは、上記の通り、労働条件の画一的処理とい

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    同志社法学 六六巻五号三四七一六三五 う就業規則の社会的機能を根拠にするからであるが、このような解釈態度は妥当でないと解される。そもそも、契約の解釈には、﹁意味の発見﹂ ₃₁

と﹁意味の持ち込み﹂ ₃₂

といった二つの側面があり、特に、後者の場合には、裁判所の価値判断が大きく介入することとなる ₃₃

。適用範囲の問題に私的自治原理が通用する以上、この両者のうち、優先すべきは前者であり、これによって契約上の権利義務を決定できないときに初めて後者の操作を行うべきである ₃₄

。これを制度的契約解釈説について見ると、当事者意思を解釈する姿勢を一応は保持しており、この限りでは、﹁意味の発見﹂を行っているものとも見える。しかしながら、画一性・統一性を理由として、当事者の主観を推認させる事情を意図的に規則の文言に限定し、その他の事情を捨象していることから、ここでは、実質的に、﹁意味の発見﹂ではなく、就業規則の社会的機能を重視すべき ₃₅

という﹁意味の持ち込み﹂を行っているものと評価することができる ₃₆

。制度的契約解釈説のもとでは、たとえ正社員のみを対象とした代表者の意見聴取・就業規則の開示といった使用者意思を推認すべき重要な外形事実が存在していたとしても、これらの事情は就業規則の規定に現れていないという理由をもって捨象されるのであり、裁判所の価値判断による当事者意思との乖離が懸念される。その一方で、包括的契約解釈説は、あらゆる事情を総合的に考慮しながら当事者意思を探求するのであるから、制度的契約解釈説とは対照的に、﹁意味の発見﹂を行う姿勢を一貫させるものと解される。私的自治原理に照らすならば、実定法上の根拠もなしに﹁意味の持ち込み﹂を行う制度的契約解釈説は妥当でなく、﹁意味の発見﹂を行う包括的契約解釈説が採用されるべきと解する。

2  本件の評価

  以上を前提に、本件について検討する。   上記の通り、書面を重視する実務を前提とすれば、一方で、使用者の意思を直接的に考慮している原審の立場は妥当

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    同志社法学 六六巻五号三四八一六三六

でなく、他方で、就業規則の文言を最も重要と捉える本判決の立場を支持しうるように思える。しかしながら、原審が使用者の主観を重視する点について、裁判所は、外見に現れていない内心的効果意思のみを考慮しているのではなく、行政機関の指導態様などといった客観事情も総合して考慮することで使用者意思を認定している。つまり、原審は、就業規則が、労働基準監督署の指導を受け、正社員 444代表からの意見聴取を経て作成されたものであるという事実を認定したうえで、﹁正社員を念頭に置き従来の取り扱いを明文化するつもりで退職金支給規定を設けただけで、﹃高齢者﹄に退職金を支給しない従来の取り扱いを変える意思はなかった﹂という使用者意思を認定しているのであり、内心的効果意思を単体として取り上げて考慮しているわけではないのである。実務が書面を重視するとはいえ、その他の事情を排除するものではないし、理論的に見ても、契約解釈は外形的事実から当事者の内心的効果意思を推認していく作業であるから、文言外の事情から当事者意思を認定したとしても、表示行為を重視する通説・実務(六⑴)に違背するわけではないと解される。むしろ、原審では、意見聴取手続といった就業規則法制に特有の重要な外形事実の存在が適切に考慮されており、妥当な判断であると考えられる。

  これに対し、本判決は、排除条項の不存在(規則上、適用対象を正社員に限っていなかったこと、規定内容も従業員全体に及ぶものとなっていたこと、高齢者への適用を前提とした規定があること)・専用就業規則の不存在(高齢者に適用される就業規則が別に定められていないこと)の二点のみを考慮することで、就業規則の一般的適用 ₃₇

を判断している。ここでは、労働条件の画一的処理という就業規則の社会的機能を根拠に、①正社員にのみ就業規則の説明会を開いていたこと、②正社員にのみ代表者の意見聴取を行っていること、③完成した就業規則を正社員にのみ開示したこと、といった重視すべき事情を一切考慮することなく、就業規則の適用が肯定されている。このような判断は、裁判所による﹁意味の持ち込み﹂によって、考慮事実を当事者意思から乖離しうる形で限定する結果をもたらし、妥当ではないと

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    同志社法学 六六巻五号三四九一六三七 解される。もちろん、これらの事実が存在しないのであれば、排除条項や専用就業規則の有無のみを根拠に適用範囲を判断することは契約解釈として誤った姿勢ではないが、本判決には、これらの事情の有無を詳細に検討することなく、意図的に考慮要素を限定している点で首肯できない点がある。

  以上のように、本判決と異なり、考慮要素を意図的に限定することなく、就業規則法制に特有の事情を包括して考慮する原審の判断が妥当であると解する。

3  「

意味の持ち込み」を容認した場合の本判決の正当性について

  上記のように、﹁意味の持ち込み﹂は否定されるべきであるが、仮に、これを認めたとしても、本判決の論理では文言を最重要視する根拠の提示には成功していないと解される。ア  秋北バス判決と本判決との関係性――本判決の独自性   本判決は、契約解釈にあたって、就業規則による画一性の要求を根拠としているが、この点は、秋北バス判決 ₃₈

の枠組みを参照したものと考えられる。

  秋北バス判決では、﹁労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない﹂として、合理性要件のみによって契約内容補充効を肯定しており、当事者意思を媒介とする構成を採用していない。

  本判決も、就業規則による労働条件の決定における画一性・統一性に言及したうえで契約内容補充効を認めているので、当事者意思の取扱いについて、最高裁の立場を踏襲することを企図したものと理解することができる。

参照

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