宮元 万菜美 提出
博士学位申請論文審査報告書
論 文 題 目
コグニティブな戦略グループの相互関係と経時的変化の研究
-国内ISP業界の事例を通じた命題の提示-
宮元 万菜美 提出 博士学位申請論文審査報告書
『コグニティブな戦略グループの相互関係と経時的変化の研究
-国内 ISP 業界の事例を通じた命題の提示-』
I 本論文の主旨と構成
1.本論文の主旨
戦略論には業界内で展開される競争をさまざまな軸によって分類するフレームワークがあるが、戦略グルー プとは業界内のプレーヤーを、戦略の類似性によってグルーピングすることを一般に意味する。本研究は競争 環境が変化している業界で、競争優位性を作り出すために各企業が着目する資源が企業によって大きく異なる ときの、経営者の主観的なグルーピングである「コグニティブな戦略グループ」の相互作用と変化を、資源と 戦略的な競争行動の観点から論じる。本研究ではある業界で、共通的な資源に基づく経営者の主観的(コグニ ティブ)なグルーピングと、行動の共通性によるコグニティブなグルーピングとが半独立的な関係性を持ちつ つ変化することを「資源と行動の相互作用による戦略グループの変化」と呼び、そのプロセスに焦点を当てる。
本研究は事例を通して、コグニティブな戦略グループの存在には一定の根拠があることを示しつつ、他社戦 略の参照行動を行う経営者のコグニティブなグルーピングが、資源と競争行動の相互関係を通じて変化してい くメカニズムの解明を通じ、戦略グループ理論の動学化に貢献することを目指す「主観主義的・動的・記述型」
の戦略グループ論である。そのため本研究は大きくは 2 つの目的を持つ。第一の目的は競争の現場には各社の 保有資源や戦略行動といった、企業のある共通性への着目による経営者のコグニティブなグルーピングが存在 することを例証すること、第二の目的は他社戦略の参照行動とその変化を通じて、経営者の主観によるグルー ピングが新たな戦略グループを生み出し、変化していくメカニズムに関する一つのモデルを示すことである。
第一の目的は、言い換えれば、分析者がツールを用いて人為的に業界を分類した便宜的なグルーピングとは異 なる戦略グループが存在することに一定の根拠を示し、戦略グループの実在論を支持する根拠を示すことであ る。理論的には、まず客観主義的戦略グループ論と主観主義的戦略グループ論を分離する。その上で、経営者 による心理的なグルーピングには、資源の共通性に着目したコグニティブな戦略グループと行動の共通性に着 目したコグニティブな戦略グループが両方存在し得ることを示す。そして、コグニティブなグルーピングは同 時に複数存在し得ることを支持しつつも、経営者がある時点で何の共通性に着目してグルーピングをしており、
それが何に変化していくのかを明らかにする。
第二の目的のために、具体的には以下の二つのことを行う。
2-① コグニティブな戦略グループの変化のメカニズムの前提には、他社戦略の参照行動があるということ の実証的な確認を行う。
2-② コグニティブな戦略グループが資源と競争行動の相互関係を通じて変化していくことを実例で示す。
本研究では競争環境が変化するとき、競争の当事者である経営者の主観的なグルーピングが他社戦略の参照 行動を通じて競争行動に影響を与え、新たな戦略グループが作り出される要因となることを例証し、そのメカ
ニズムをモデル化する。すなわち、資源ベースのコグニティブな戦略グループが他社戦略の参照を通じて、資 源をまたがる行動ベースの戦略グループに変化し、新たな資源ベースの戦略グループが生成され、それが業界 内で共同主観化されていくプロセスをモデル化する。本研究は、資源と行動とは関係しつつも資源が行動を規 定するパターンは必ずしも一致しないことおよび、行動から資源への影響の経路が存在し得ることを主張する。
(このことは、保有資源が行動とパフォーマンスを規定するとする、一方向に固定的なパラダイムに一石を投 じるという意味もある)。
以上の作業は以下のように、「戦略グループ理論の動学化」に貢献する。まず、本研究は戦略グループの成 立過程の考察に役立つ。これまでのコグニティブな戦略グループ論は理念的な提示がほとんどで、グループの 変化を連続的かつ実証的に論じた研究が極めて少ない。コグニティブな戦略グループの変化は、環境や保有資 源の競争力の変化を経営者が認識し、それを戦略構想の意識の中に取り込むことが前提となる。参照対象企業 の中からある新たな優位性をもったグループの認識が確立されれば、それもまたある特徴的な資源や能力を持 った新たなコグニティブな戦略グループとして成立するということが示唆できると考える。
次に、戦略グループ論の資源ベース戦略論からの接近である。戦略グループ論には、グループの境界は保有 資源の違いであり、グループは移動障壁に基づき識別されるべきだ(Mascarenhas and Aaker,1989)という見か たがある。資源障壁の概念を間にはさんで、一般的にはポジショニングアプローチに属すると言われる戦略グ ループ論にも資源ベース戦略論との接合点がある。競争環境が変化すれば、時につれて競争優位性に資する資 源が何であるかもまた変化するだろうという着想は比較的容易である。本研究の縦軸が主観主義的な戦略グル ープ論とすれば、横軸にあるのは資源ベース戦略論的なアプローチである。戦略グループが変化する過程で、
新たな資源蓄積のモーメントが示されることは、「初めに資源ありき」型の資源ベース戦略論にも動学化の光 を投げかけるものとなるだろう。ある業界で戦略グループの変化のプロセスが駆動し、グループ性を持つ競争 的な行動が繰り返し性や持続性を持つことで、競争優位性につながる能力や特徴的な資源となり蓄積されてい くことを、本研究では「行動が資源化する」という概念でとらえる。本研究を資源ベース戦略論の観点から説 明すれば、競争的資源の獲得にかかる動学化研究と位置づけることもできる。すなわちある業界に、保有資源 の相対的な競争力が異なるグループが存在し、環境の変化によって資源の競争力が変化していくときに、行動 の共通性を有する戦略グループが新たな競争資源を集団的に獲得していくプロセスと見ることができる。なお 本研究は、コグニティブな戦略グループを研究対象とするため、この時の保有資源の違いとは経営者が競争に 有効であると考える資源の違いを指す。また本研究における「行動」とは、「組織としての意思決定に基づく 現実への介入」を意味する。
伝統的な戦略グループ概念は業界参入を論じる際に用いられることが多いが、企業が going concern である ためには、どの業界やどの戦略グループに参入するかだけではなく、参入後も競争環境をよく認識し、資源を 具体的な戦略行動に結び付けていくことが重要である。ただし環境の変化が早いと、競争優位に資する要因が 何であるかも変化しやすい。このとき、ある1時点の業界構造をとらえようとするタイプの戦略論では、環境 変化に適応しながら生き残っていく企業の活動を論じることができない。移動障壁をグループの境界とし、安 定的な業界における静的なフレームワークであると捉えられがちな戦略グループ論も、参入後の競争戦略や競 争環境の変化という今日的な課題に対応する理論としての補強や発展が必要である。一方、競争環境をよく理 解するという意味では、競争の当事者は顧客を取り合う関係にある他社の戦略行動を常に観察している。この
「他社戦略の参照行動」を通じて得られた経営者の認識が、自社の意思決定や競争行動に影響を与え、結果的 に業界の勢力図も塗り替えていくという変化のメカニズムが、本研究における「コグニティブな戦略グループ と戦略的行動の相互作用」という基本的な想定となっている。資源は企業の行動を可能にしたり制約したりす るが、行動は完全には資源に還元できない。経営者がどのような行動を取るかの決定は経営者の主体性に依存 するために、現在保有している資源が何であるかだけでは企業の行動を完全に説明することはできないのであ る。本研究が経営者のコグニションや、資源と行動によるグルーピングの間の相互関係に着目する理由はここ にある。戦略グループの定義は「各戦略次元上で同じか、あるいは類似の戦略をとっている企業グループのこ と(Porter, 2002, 邦訳 p.183)」という定義や、「それぞれのグループの企業間で、ある戦略的に重要な違い を作るもの 」(Reger and Huff, 1993)という定義が知られているが、本研究ではコグニティブな戦略グルー プを「競争の当事者がある共通性に着目して業界内部をグループ分けしたもの」と捉え、「競争上の主要な意 思決定や行動に違いをもたらす、資源や行動などの共通性に着目した、経営者の主観に存在するグルーピング」
と定義する。
戦略グループ論には理論の視座に関して一つの分岐点がある。それは、競争に従事する経営者の主観を分析 の対象として取り扱うか否かという問題である。コグニティブな戦略グループ論は、戦略グループは経営者の 主観に基づき存在するとする視座を有し、産業組織論を直接の起源とする客観主義的な戦略グループ論より少 し遅れて登場してきた。本研究がベース理論とするコグニティブな戦略グループ論は、M.E.Porter 等の経営者 の認識を考察対象としない研究とは視座が異なるタイプの研究である。競争環境の分析者は時として競争の当 事者である経営者でもあるにも関わらず、ある種の戦略グループ研究が経営者の主観問題を全く取り扱わず、
戦略グループを経営者の意識とは無関係に設定していることへの違和感が、本研究をコグニティブな戦略グル ープ論に向かわせるモチベーションの一つとなっている。競争行動に係る意思決定が、経営者の認識するとこ ろにしたがって行われるのだとすれば、そしてまた、その認識の一部は他社の戦略行動の観察を通じて形成さ れるのだとすれば、業界内の構造を示す戦略グループの「実在性」と経営者の認識は、どのように関わりあう のだろうかという議論を避けて通ることはできない。本研究におけるリサーチクエスチョンは、経営者の認識 の中にあると言われているコグニティブな戦略グループはどのような形で存在し、資源の共通性に着目された グルーピングは競争環境の変化の中で、競争的行動を通じどのようなプロセスで変化するのかということであ る。本研究は、コグニティブな戦略グループの存在およびグループ変化の例証を、経営者インタビューに基づ くケース・スタディによって行い、一般化された命題を提示する。
戦略グループ論には、研究者による分類のための便宜的ツールに過ぎない(Barney,2002 他)という批判や実 在懐疑論の外側に 2 つの大きな混乱があり、このことが戦略グループ概念やこれをめぐる議論をわかりにくく しているのではないかと思われる。一つは前述の経営者の認識を考察の対象にするか否かという視座の問題、
もう一つは保有資源や競争行動、パフォーマンスなどをめぐる説明対象の混乱である。これについて本研究は、
先行研究のレビューや事例分析を通じて一つの道筋を示す。キー概念は「経営者による他社戦略の参照行動」
である。本研究の成果は国内のコンシューマー向け ISP(Internet Service Provider:インターネット接続事 業者)業界のケース・スタディを通して、コグニティブな戦略グループが資源と競争行動の相互関係を通じて 変化していくメカニズムに関する命題と、一つのモデルを示すことである。事例から読みとれるプロセスは以 下のように整理される。
(t=0):企業がある安定期に競争資源に着目しながらプレーヤーを分類する時、そのグループとは移動障 壁となる資源による「資源ベースのコグニティブな戦略グループ(資源グループ)」を指している。
(t=1):このグルーピングが業界内で競合に関する情報が流通することで、ある程度の共同主観化が進む。
(t=2):競争力を生み出す環境が変化する業界ではやがて、当初の資源グループの境界を越えて仲間性を 認め合い、協調的に競争行動を起こすことを企図する「行動ベースのコグニティブな戦略グループ(行 動グループ)」が新たに生まれる。コグニティブな戦略グループは、ある程度の時間をかけてメンバー 間でのパーセプションの共有とグループ認識の形成が進む。
(t=n):上記の行動グループが協調的にその他の競合への差異化行動を繰り返すうちに、実行された行動 が市場で存在感やパフォーマンスを顕在的に発揮すれば、グループは仲間内だけでなくグループ外のプ レーヤーからもある一定の競争力を有したグループとして認知される。
(t=n+1):この競争力が一過性でなくある程度の期間持続したとき、グループは新たな持続的競争力とな る資源を有する資源グループとして、業界内で安定化していく。
2.本論文の構成
本論文の章立ては以下のとおりである。
序章
1. 本研究の主旨 2. 研究の背景 3. 研究の目的
4. 研究の方法と解題のステップ 5. 本研究の構成
第 1 章.戦略グループ論の今日的意義の検討 1. はじめに
2. 戦略グループ論の黎明
3. 伝統的な戦略グループ論の論点 4. 日本の戦略グループ研究
5. 戦略グループ論に残されている課題
6. 小括:戦略グループ論の発展に向けての着眼
第 2 章 先行研究と戦略グループ論をめぐる論点整理 1. はじめに
2. 異なる視座の戦略グループ論と説明概念 -客観主義型と主観主義型- 3. 2 軸による戦略グループ論の研究類型の検討
4. 3 軸による戦略グループ論分類とその意義
5. 小括およびディスカッション
第 3 章.コグニティブな戦略グループ論の深耕と論点整理 1. はじめに
2. コグニティブな戦略グループ論が準拠する理論 3. コグニティブな戦略グループをめぐる論点 4. 戦略次元における資源と行動
5. 参照行動に関する基本的想定および構成要素の検討 6. 小括
第 4 章. 事例の選定および予備調査-経営者インタビューを通じたプレーヤーマップに関する考察 1. はじめに
2. 事例の選定
3. 予備調査としてのインタビュー 4. 予備調査の findings
5. 戦略グループ概念との比較によるプレーヤーマップの考察 6. 本調査に向けての示唆
7. 小括
第5章 国内のコンシューマー向けISP事業の顧客獲得競争に関する経営者の認識と事業行動の記述 1. はじめに
2. インタビューの実施概要
3. 国内の商用インターネット接続サービスの創成 4. キャリア系 ISP 参入と最初の敗退者
5. 「メーカー系」のケース 6. DTI のケース
7. ASAHI ネットのケース 8. @nifty の先行戦略 9. ASAHI ネット 10. IIJ
11. 常時接続ブロードバンドの時代 12. 電話会社の代理戦争 IP 電話セット 13. 資本政策と ISP 統合
14. 光アクセスの時代
15. 誰をどのように認識していたのか 16. 小括
第 6 章.他社戦略の参照行動とコグニティブな戦略グループ -データ分析と分析結果-
1. はじめに
2. インタビューの実施 3. インタビューの分析 4. 観察される事実
5. 参照行動および新たなグループの形成
6. コグニティブな戦略グループの存在についての結論
7. コグニティブな資源グループと参照行動に関するデータ分析 8. 参照行動に関する考察
9. コグニティブな戦略グループの変化と参照行動の変化の時間的な関係性 10. 小括
第 7 章.結論 1. はじめに
2. 一般化された命題の提示 3. 本研究の貢献
4. 実務上のインプリケーション 5. 本研究の総括および本研究の限界 6. むすびにかえて -今後の課題-
【付表】
・インタビュー質問票
【参考文献】
【Appendix】
・図表
・発言対応付き業界年表
II 本論文の概要
本研究の概要は以下のとおりである。
序章では本研究の関心の所在と研究の意義、目的および研究方法について論述する。多くの伝統的な戦略グ ループ論は経営者のコグニションを考察対象とせず、業界は資源による参入障壁や移動障壁で隔てられた境界 で、戦略は静的に画定されると前提している。これはおそらく産業組織論という経済学を源流としていること
で、人の行動の完全合理性を暗黙の前提にしているからだと思われるが、実際のビジネスの世界では類似の経 営資源を有する企業が異なる戦略行動をとる場合もあれば、異なる経営資源を有する企業が同じ土俵で顧客を 取り合っている場合もある。コグニティブな戦略グループ論では、競争の当事者が競争環境について自ら理解 する物ごとが彼らの戦略的な競争行動に影響を与えていると考えられているため、数理的な手続きのみに依存 して戦略を論じようとする研究とは立脚点が対極的に異なっている。
競争環境の変化が早い業界では、何が競争優位性をもたらす資源なのかをあらかじめ特定することが難しい。
仮に特定できたとしても、安定的な業界のように時間をかけて調達蓄積することは状況が許しにくく陳腐化も しやすい。また、比較的安定的な業界と異なり、このような業界ではプレーヤーを現在の保有資源を基準にし て静的に捉えて見せることよりも、それがどのように変化をしていくか、他社はどのような戦略で競争に臨も うとしているかといったことに関心が集まりやすい。安定的に競争が推移するビジネスよりも、変化の激しい 業界が増えている今日は、変化を前提とした競争戦略論により多くの関心が集まるだろう。この文脈において、
「ある業界の特定の時期はそう分けられるだけだ」といういわゆる「静的スナップショット批判」や、「戦略 グループは単なる分析上の都合」(Hatten and Hatten, 1987)、「単なる計算の結果得られた人為的カテゴリ ーに過ぎない」(Barney, 2002)といった批判を背負うこれまでの戦略グループ論は分が悪い。本研究は経営者 の経験的なコグニションに踏み込むことによって、戦略グループにおける参照行動を通じた、資源と行動の相 互作用および、グループ変化のプロセスを一般化された命題の形で報告するものである。
第1章「戦略グループ論の今日的意義の検討」では、競争環境が変化する、プレーヤーの入れ替わりが激し い、また、競争をする企業の相対的な関係が頻繁に変化するといったことが多い今日の市場競争を念頭に置き つつ、伝統的な戦略グループ論を概観し、理論の発展の可能性と研究の方向性を探る。
従来の戦略グループ論の中心的論題は、業界は比較的安定しているという暗黙の前提のもとで、戦略グルー プというものが存在するのかどうか、存在するとすればそれはどのようにして形成されるのか、戦略グループ で企業間やグループ間の収益性の差が説明できるかどうかといった内容が主であった。これまで、多くの実証 研究によってさまざまな業界における戦略グループの存在は支持されてはきたが、論者によって根拠はさまざ まである。一方で、クラスター分析などの統計的な方法で定義された戦略グループは実在するとは限らず、単 なる人工物に過ぎない(Barney and Hoskisson, 1990、Barney, 2000)とする研究者もおり、戦略グループ研究 は未だ結論的な解明に至ってはいない(Leask, 2004)。さらには、「現状分析偏重」「戦略形成の議論が手薄」
(Mintzberg et al,1998、Fleisher & Bensoussan,2003)といった批判も少なくない。
本章では伝統的な戦略グループ論における基本的な論題および上記のような、伝統的な戦略グループ論が突 き当たっている批判や課題の概観をする。これ通じて、競争が絶対的に膠着した状態でない業界では、当事者 がある戦略上の共通性を基準に業界内の企業をグルーピングしながら動向の認識をしている可能性に注目し、
1. 分析者や戦略策定者のコグニションの取り扱いについての検討を行うこと
2. プレーヤーの入れかわりや競争軸が頻繁に変化する今日的な状況の中で変化する、業界内の競争関係を、
事例を使い時系列で記述すること
3. 競争の進展によって変化する戦略グループを論じる、動学的な理論を検討すること
の 3 点に研究の方向性を定める。本研究ではこの後、章を追ってコグニティブな戦略グループ論の深耕を進め
ていくが、事例分析を通じて戦略グループ論を、変化が激しく、不確実性が高いといわれる今日的な業界にも 適用できる理論に発展させることができると考えている。
第 2 章「先行研究と戦略グループ論をめぐる論点整理」では、先行研究について時間性(通時・共時)、論述 の型(記述・規範)による 2 軸整理を行い、次に視座(客観・主観)の違いに着目しながらレビューを行う。
レビューでは、さまざまな視点を持つ戦略グループ論の代表的な先行研究を、上記の型によって再整理する。
先行研究を分類しながらそれぞれの研究を見ていくことは、類型ごとに有する研究上の貢献と課題を明確にす ることができ、さらにどの領域の検討を強化していくべきかがわかるところに意義がある。全体を先取りして 言えば、本研究は先行研究には少ない「主観主義的(コグニティブ)・記述型・動的」の研究に位置づけられ る。戦略グループ論に対する中心的な批判の一つである戦略策定局面への貢献強化は、パフォーマンスに対し て決定論的な戦略グループ論ではなく、「主観的・動的」な戦略グループ論を発展させていくところにある。
これまでの戦略グループ論は、研究上の興味によって異なる視座やアプローチが、位置づけ未整理のままに 混在してきた。しかしレビューによって例えば、「客観主義・動的・記述型」の研究には戦略グループの動学 化に最初の布石を打った研究である Mascarenhas(1989)があるが、主観主義(コグニティブな)戦略グループ 論の研究は手薄で、しかも動的な戦略グループ論研究が特に少なく十分な議論が不足していることがわかる。
コグニティブで動的な戦略グループ論は、競争の変化が早いために戦略の切り替えの必要性に迫られることが 多いという、本研究が着目する今日的な競争環境の考察に役立つ。以上より、次章ではコグニティブな戦略グ ループ論について概念の深掘りをすることを予告し本章の小括としている。
第 3 章「コグニティブな戦略グループ論の深耕と論点整理」では研究のベース理論となるコグニティブな戦 略グループ論について論考を行う。
まず、コグニティブな戦略グループ論が暗黙的に依拠してきたと思われる、二重の解釈学や共同主観性につ いて論考を行い、さらに加護野(1988)や、1989 年から 2011 年にわたる Porac, Thomas and Barden-Fuller の Competitive group as cognitive community に関する研究について再考を加えることで、本研究の立脚点 を明確にしていく。論考に基づき本章では、①「コグニティブな資源グループ」と「コグニティブな行動グル ープ」という分離されたグループ概念の設定、②他社戦略の参照点としてのコグニティブな戦略グループに関 する基本的な想定の整理、③経営者のコグニション形成の駆動要因となる参照行動の構成要素の提示を行う。
コグニティブな戦略グループの先行研究に対して、本件が着眼する事項の 1 番目はグループ分けに関するイ シューである。Porac et al., (1989)は、同じような製品を作っていても、当事者たちが強く競合し合ってい ると考えるかどうかによって戦略グループと呼べるかどうかが違うと考えた。この考え方を受けて、
Fiegenbaum and Thomas (1995)は「コグニティブな戦略グループは参照点として働き、戦略行動に影響を与え る」と言っている。このように、先行研究が資源だけでなく競合の行動にも着目していることを受け、本研究 ではコグニティブな戦略グループを「主要な差別化要因を何にするかの意思決定や行動に類似性や共通性をも たらす、経営者の主観に存在するグルーピング」と定義する。客観主義的なグルーピングとは異なり、コグニ ティブなグルーピングは収益性を直接説明するものではないとの考えは、中心的論者である Fiegenbaum and Thomas(1995)や Peteraf and Shanley (1997)、Panagiotou(2007)等に見られるが、それに代わる説明対象はあ
まり明確ではない。また、コグニティブな戦略グループ論でもしばしば援用される Porter(1980)の定義の曖昧 さに見るように、グループ分けの基準は資源と行動のどちらなのかがしばしば混同的である。本研究ではグル ープを論じる際には、当該のグルーピングがどちらを基準にしているかを明確にしながら対象を論じていく。
2 番目の着眼点は戦略参照点としてのコグニティブな戦略グループである。山田(1994)や、Fiegenbaum and Thomas(1995)はグルーピングが競争当事者にとっての参照点となることが、戦略行動に影響を与えるという可 能性を示し、Reger and Huff (1993)や Peteraf and Shanley (1997)は、経営者たちの認識が相互に流通する ことで、コグニティブな戦略グループは業界内で、ある程度共通認識化(共同主観化)するとも考えている。
一般的な企業は他社の行動を継続的に観察し、環境のスキャンを行うが、業界内に戦略的な共通性がある企 業が複数存在する場合には、当事者たちはその共通性で企業を括って物事を論じることがある。つまり、業界 内に多数存在する競合他社をいちいち全部見て回るのではなく、ある種の代表性を持つ企業に対する戦略参照 が事実上、似たような戦略を採用している企業に対する参照とみなせるということである。戦略グループ単位 での戦略参照は経営者にとって実務的な効率性があると思われる。この時の括り方、すなわちグルーピングに 対して何らかの納得性を当事者たちが感じれば、それは Peteraf and Shanley(1997)が言うような形で共同主 観化していくだろう。Peteraf and Shanley(1997)はこれを「戦略グループアイデンティティ」と呼んでいる。
コグニティブな戦略グループ論は関係者のコグニションを十分に集めることが必要だが、その難しさのため 概念的な検討から先へなかなか進めず、何に対して説明力を発揮するのか、企業の競争行動にどう結びつくか の解明は進んでいない。本章では、経営者の意識に内在する入れ子構造(二重の解釈学)や、経営者が着目す る資源は必ずしも一つではないという理解から、コグニティブな戦略グループの存在の重層性や相互作用、可 変性について言及する。これらの考察は、次章以降の事例分析で確認していくことを企図しており、本章で提 示される位置づけの認識と競争的姿勢からなる構造化された参照行動の構成要素は、後の事例でその対応物が 提示される。
第4 章「事例の選定および予備調査 -経営者インタビューを通じたプレーヤーマップに関する考察-」は、
本研究の事例の選定(後述)と予備調査である。
予備調査の目的は経営者に接し、彼らの生のグルーピング認識の原形(プレーヤーマップ)を入手し検討す ることである。予備調査では、経営者が自社と競争相手をめぐる環境をどのようにとらえているか、何らかの 括り(グループ)によるプレーヤーの識別意識が存在するのかを探る。ここで行うことは、「資源の共通性に 着目したグルーピング」や「行動の共通性に着目したグルーピング」が経営者の認識の上に実際に存在してい るかどうかを、まず確認するということである。このとき経営者自身に、競争のダイナミズム(Hitt, et al., 2008)やグループ間の相互作用など、理論的な意味が理解されていなかったとしても、まずは経営者の心中に グルーピング認識自体があるかどうかが確認できることが重要で、それがどのような形のものであるかをでき るだけ外部者による誘導や加工が加わらない状態で描き出し、具象化してみる必要がある。このとき経営者が 自由に描く業界図は、それが描けるというだけでは意思決定や行動に違いをどうもたらしているかまでは確認 できない。したがって、一旦はコグニティブな戦略グループと区別してこれを「プレーヤーマップ」と呼ぶ。
本章では予備調査によって得られた情報とその検討結果を通じて、理念的なコグニティブな戦略グループと経 営者が自在に描くプレーヤーマップの違い、概念上の包含関係の整理および定義の再確認を行い、本調査に臨
む前の着眼と方針を導出する。
事例研究の対象としたのは、競争環境の変化や競争が激しいといわれている国内のコンシューマー向け ISP 事業である。この業界を取り扱う理由は、第一に競争の軸となる主要プロダクトが技術革新と共に何度か変遷 しており競争環境の変化が早いため、各社とも戦略変化の必要性に迫られやすいことである。競争が膠着状態 にある業界では、過去・現在・将来に対する経営者の観測が固定化している可能性があり、この観点の検討が しにくくなる。このため、競争の変化に対する時間性が考察でき、時間の経過とともにグループ自体が変化す る可能性がある業界を選択した。第二には、本業界は異なるバックグラウンドを有する多数の企業からなり、
プレーヤーの資源の持ち方が大きく異なるということがある。つまり各企業が競争優位性を作り出す資源が、
業界内で不均衡に分布している状態の業界である。この業界は、資源の持ち方が大きく異なる多数の企業で構 成されている。業界には当事者が慣習的に使用している比較可能なグルーピングが少なくとも 3 つあり、当事 者たちはプレーヤーを資源の違いによって識別しながら認識している。第三には、この業界では頻繁な参入退 出によりプレーヤーの顔ぶれが変わることである。このような業界では経営者が他社を観察する必然性が高く、
他社に対する位置づけの認識も変化しやすいと考えられる。1992 年に国内の ISP 事業が商用化されて以来、業 界創成期から現在までの約 20 年間の歴史を追いながら競争の動きを見ることができることも、変化に着眼す る研究の材料としては適当である。競争の動きについては、インタビュー以外にもプレスリリースや公開資料 による客観的な記録が確保できる。
予備調査では国内を代表する大手 ISP の役員 2 名(事業責任者)にプレインタビューを行い、自社の属する 環境がどのような競争構造をしていると考えているか、また自らの認識を模式的に図で描けるかということに ついて聞き取り調査を行った。
調査の結果、時間的変化の認識を伴ういくつかのプレーヤーマップを手に入れることができた。同時に、理 念的なコグニティブな戦略グループ同様に、プレーヤーマップにおける分類のキーにも、保有資源の違いによ るものと、実行され表出した戦略行動の違いによるものがあることを確認した。中にはそれが、激しく競合す るライバルかどうかという仲間性の認識を含む、共同主観化されたグルーピングの場合もあることが追加的発 見事項である。一方で、プレーヤーマップのグルーピングには意思決定や戦略行動に直ちには影響を与えない ほとんど思いつきのような形で描いてみただけのものがあることが確認された。同じ経営者でも、時間の経過 とともに業界内のプレーヤーの分け方(グルーピング)は変化することも明らかになった。
プレーヤーマップは理論的な説明力の有無に関係なく経営者の意識の上に自由で雑多な形で存在する。した がって、これまでコグニティブな戦略グループの定義として概ね信じられてきた「経営者がある分類キーで業 界を認識したグルーピング」というのはかなり大雑把なものだということが理解できる。むしろこれは概念的 にはプレーヤーマップを指し、コグニティブな戦略グループとは「自在に描かれるプレーヤーマップの中に内 在する、戦略行動への影響性を有する主観的なグルーピング」だと考えた方が議論は精密化する。コグニティ ブな戦略グループとは、「経営者が資源や行動などのある共通性に着目して行う企業のグルーピングの中でも、
競争上の主要な意思決定に違いをもたらす認知的な構造物」と考えることができる。
予備調査の結果を受けて本調査では、直ちには戦略的意図として経営に反映されない茫漠としたグルーピン グの模索ではなく、戦略的行動に対する意味と影響力を有する、コグニティブな戦略グループの存在と戦略的 な作用の実際および、経時的変化の探索と分析に集中する。具体的には以下の 3 点がある。まず 2 社 2 名程度
の経営者のコグニションの単純比較ではなく、さらに多数の経営者のコグニションをデータに加えた分析を行 う。次に、経営者のコグニションがどのようなプロセスを辿って変化するのかを明らかにするために、時系列 でインタビュー内容を記述する。3 つ目には、資源や行動の共通性や仲間性に着目したコグニティブなグルー ピングが、他社戦略の参照という行動を間に挟みながら競争行動にどのように関係するのかを、当事者発言の 質的データ分析で明らかにする。
第 5 章「国内のコンシューマー向け ISP 事業の顧客獲得競争に関する経営者の認識と事業行動の記述」では、
インタビューおよび公開資料に基づく、顧客獲得競争に関わる各社の認知と戦略行動についての記述を行う。
インタビューは 2010 年 8 月から 2011 年 7 月にかけて、国内のコンシューマー向け ISP 事業 12 社の役員を 中心に、経営意思決定に直接携わる立場にあった 17 人に行った。競争環境をどのようにとらえ意思決定や戦 略行動をしてきたかについての、半構造化質問形式のインタビュー調査である。これを本研究の質的分析の基 礎情報とする。本章では経営者たちの発言と客観的事実が歴史的順序に沿って記述される。本章では経営者自 身の認知、主観的解釈、その帰結としての行動を本人たちの実際の言葉でできるだけ忠実に記述し、経営者が 競争環境や他社をどのようにとらえ、自社の戦略的行動に反映してきたかを当事者の言葉で浮彫りにする。
日本で商用 ISP 事業が始まってから現在まで、各社は戦略的行動を繰り返しながら顧客獲得競争を展開して きた。各社が戦略行動として認識しているものには、料金の値下げ合戦のようなわかりやすい模倣・追随行動 もあれば、他社と異なる独自行動を取ろうとしたことも、ある仲間性を共有するグループを形成し共通的で協 調的な行動を取ろうとしたこともあった。経営者は他社、市場、自社に対して影響力を持つ親会社、新たな収 益モデルによって自社の利益を収奪する可能性を持つプレーヤーなど、自社を取りまく他社の行動を参照しな がらこれに解釈を加え、戦略行動を決定していることが事実として読み取れる。
第 6 章「他社戦略の参照行動とコグニティブ戦略グループ」では、第 4 章で検討したコグニティブな資源グ ループと参照行動について、インタビュー調査で得られた情報をベースに質的分析を行い、以下を確認する。
①経営者の認識にあるグルーピングの一部は、半ば趣味的に描かれたプレーヤーマップではなく、経営者 の意思や行動に影響を与えるコグニティブな戦略グループであること
②コグニティブな戦略グループは経時的に変化すること
③参照行動はコグニティブな戦略グループの形成や変化の伏線となり、競争環境が変化すると参照行動も 変化をすること
分析は第 5 章で記述された、経営者らのグルーピングの認識に関するエピソードの内容分析および、個々の 発言を文脈によってタグ付け分類する、グランデッド・セオリー・アプローチ(戈木,2006、佐藤,2008)に依 拠した質的データ分析からなる。データ分析では、コグニティブな戦略グループが変化する伏線的役割を果た す他社戦略の参照行動について、参照先、参照量、競合に対する位置づけの認識および、その変化の分析を行 う。データ分析は、大まかにはまずインタビュー録音を原稿化したものから回答者が戦略参照や自社の行動に ついて言及した部分を全て抜き出し、第 4 章で構造化しておいた位置づけの認識および競争的姿勢の分類タグ をつけていく(総発言数 245)。次に、大きな競争軸の変化をもたらしたと考えられる主力商品の変化によっ て、調査対象とした期間を、①キャリア参入前 ②ダイヤルアクセス時代 ③ADSL 時代 ④光アクセス時代に
区分する。「キャリア系」「メーカー系」「独立系」と呼ばれるグループごとに、さらに時代別にタグ付けさ れた発言データを集計することで、それぞれの参照先や参照活動量の違いおよび、時代による変化を確認する。
本事例では、経営者はある特定の資源が競争に影響を与えると考え、企業の競争力を特徴づける資源の有無 によって自社や競合をグルーピングし、それぞれのグループは異なる参照行動をとっていたことがわかる。グ ループによって保有する資源の競争力が異なると認識される環境では、グループ間の参照行動は相互に非対称 である。やがて資源の競争力に対する経営者の認識が変化すると、参照行動の量や方向性が変化し、仲間性の あるプレーヤーの探索が始まるなど、参照行動そのものが変化する。
各グループを分ける資源の競争力の認識に変化が現れる時、当初のグルーピングとは別に、戦略的行動の類 似性や共通性による、行動ベースのコグニティブなグルーピングが発生する。このことを本事例では、「メー カー系」と呼ばれる資源グループの参照行動と、「メーカー系」の ISP の度重なる積極的な働き掛けに呼応し た ISP の、仲間性の認識による行動エピソードによって確認する。特に、一方で顧客を取り合う競争関係にあ りながらの共通的で協調的な競争行動の結実として、「with フレッツ」という名称でサービスを開始すること に成功した、光アクセス利用契約事務の共同ワンストップ化の事例に注目する。これは、「with フレッツ」と いう新たな加入方法を顧客に提示できることが、差異化を実現する新たな持続的競争力として、彼らの内に蓄 積され資源化されたことを示す事例である。このことは、行動の共通性によるグループが、新たに資源の共通 性を有するグループへと変化していくことを意味している。行動と資源化された行動の意味的な境界は、ある 行動がアドホックなアクションではなく、繰り返し性や持続性を持っているかどうか、その行動パターンがあ る程度の期間競争力につながるかどうかというところにある。事例では、一部の仲間内だけでグループ性をア ドホックに認識する以上に、業界は「with フレッツ対応グループ」(A,B,C,N,S 社)と「非 with フレッツ対応 グループ」(G,O,K 社)に分けられる(調査対象のうち I,R,M,J 社はこの時点では競争退出)という共同主観化 がプレーヤーの間で進んだと考えられることから、行動は持続性を持ったと解釈できる。資源グループをまた がり、仲間性の認識を共有する行動ベースのグルーピングが市場で競争力を発揮し、業界内のその他のプレー ヤーの間でもグルーピングに関する共同主観化が進んだ事例である。
事例分析によって経営者の行動に影響を与えるコグニティブな戦略グルーピングは存在すると例証され、コ グニティブな戦略グループは単なる理解や分析上の便宜ではなく、戦略グループは実在すると結論づけられる。
また分析によって、コグニティブなグルーピングの存在と競争環境の変化、参照行動および、新たなグループ 認識の形成の間には、以下のような時間的な関係性があることが確認される(ただしこの新たなグループ認識 の出現は、当初あったグルーピング認識がこれに置き換わったことを意味しない)。
t=0 & t=1:ISP 業界において、「キャリア系」「メーカー系」「独立系」にグルーピングするコグニシ ョンが一般化している
t=2:仲間性の認識を有し、強く競合する相手との差別化行動を取ろうとするプレーヤーが共同して数度 にわたり「with フレッツ」を差別化手段にした行動を繰り返す
t=n:「with フレッツ対応グループ」と「非対応グループ」の存在が業界内で認知される
t=n+1:「with フレッツ対応グループ」であること(共通資源の保持)が顧客獲得に安定的に優位に働く
本事例は資源分布が不均衡な業界ではグルーピングは固定的なものではなく、環境の変化に起因する資源の
競争力の変化により新たなグループが生み出される可能性を示している。資源障壁が十分に機能すると考える 間はその競争力に依存する企業も、変調を感知すれば次なる戦略行動を模索する必要性に強く迫られることと なり、参照行動にも拍車がかかる。事例は、ある経営者が参照行動によって他社を位置づけ、単独に認知する だけでなく、あるタイミングでグルーピングは業界内で競争力を持つ存在として共同主観化されることを示し ており、「資源」と「戦略行動」の 2 つのコグニティブなグルーピングは相互関係を有することが示される。
第 7 章「結論」では、コグニティブな戦略グループが存在するときの、他社戦略の参照行動および、資源と 行動の相互作用による戦略グループの変化について、一般化された命題およびモデルの提示をする。
本研究が示す「資源と行動の相互作用」とは、両者が半独立的な関係性を有しつつ新たなコグニティブな戦 略グループを生み出す一連の変化と戦略グループが業界内で共同主観化されていく過程、すなわちコグニティ ブな戦略グループが経時的に変遷するプロセスのことを指している。
■コグニティブな戦略グループの存在に関する命題
命題 1(コグニティブな戦略グループの存在):経営者の心中には、資源の共通性で競合を識別したグル ーピングすなわちコグニティブな資源グループが存在する。
・経営者は競争優位性や競合との違いを作り出すのに有効だと経験的に考える特定の資源を想定 し、その資源の共通性で業界内の企業をグルーピングしながら現在の競争環境を理解する。経営者 は着目している資源が企業の競争力を特徴づけ、移動や模倣の障壁として機能すると考える。
■コグニティブな戦略グループが与える影響に関する命題
命題 2(コグニティブな資源グループの参照行動):グループ間の保有資源が大きく異なる時、各グルー プへの参照は互いに不均等に行われ、コグニティブな資源グループは他社戦略の参照行動の違いに影響 する。
・各経営者が認識するそれぞれの資源障壁の高さには違いがあり、その競争力に関する認識の違 いから各グループへの参照は不均等になる。
命題 3(参照点としての戦略グループ):経営者は参照行動を通じて、競合しながらも仲間性を見出す企 業とそうでない企業とを識別する。
・競合に対する位置づけの認識には、敵対的に強く競合するか当面の共存を許容するかについて 程度の差がある。
■コグニティブな戦略グループの変化に関する命題
命題 4(行動ベースのコグニティブ戦略グループの創造と移動):仲間性の認識は保有資源に関わらず獲 得され、協調的に戦略的行動を起こす行動ベースのコグニティブな戦略グループを形成し、その他の強 く競合すると考える企業との差異を作り出す行動を起こす。
・行動グループは資源グループをまたがり、行動の共通性によってグルーピングされる。
命題 5(新たな資源ベースのコグニティブ戦略グループの登場):行動グループのパフォーマンスが市場 で顕在化し、ある程度の期間持続的な競争力を発揮した時、そのグループは新たな資源を有する戦略グ ループとして業界内で認知され、共同主観として安定化する。
ある企業がある時点(t=0)で競争資源に着目しながらプレーヤーを分類するとき、そのグループとは移動障 壁となる資源による「資源ベースのコグニティブな戦略グループ(資源グループ)」を指している。このグル ーピングは業界内で競合に関する情報が流通することで、ある程度の共同主観化が進む(t=1)。このとき参照 行動の活発さには、自社の資源の競争力の強さに関する自己認識が作用している。競争力を生み出す資源の変 化が早い業界では、やがて当初の資源グループの境界を越えて仲間性を認め合い、協調的に競争行動を起こす ことを企図する「行動ベースのコグニティブな戦略グループ(行動グループ)」が新たに生まれる(t=2)。
参照相手を競合と考えるかどうかには Reger & Huff (1993)の言う連続的段階性(程度の差:membership gradience)があり、参照行動が駆動要因となって上記のようなプロセスを経ながら、グループメンバー間でパ ーセプションの共有とグループアイデンティティの形成(Peteraf and Shanley,1997)が進むと考えられる。行 動グループが協調的にその他の競合への差異化行動を繰り返すうちに、ある行動が最終的に市場で存在感やパ フォーマンスを顕在的に発揮すれば、そのグループは仲間内だけでなくグループ外のプレーヤーからもある一 定の競争力を有するグループとして認知されることになる(t=n)。この競争力が一過性でなくある程度の期間 持続すれば、それは新たな能力や資源を有する資源グループとして業界内で安定化していくと考えられる (t=n+1)。この一連の動きは資源ベースの戦略グループ以外の、行動ベースの戦略グループが現れ、新たな資 源ベースの戦略グループが形成されていく過程を示している。
章の後半では本研究の問題意識に回帰しつつ、本研究の貢献と今後の課題を示し結びとする。
本研究の背後には、競争環境は変化すると考える今日的な経営者の姿がある。しかも競争環境の変化のスピ ードが早まっていると考える経営者も少なくない。昨今の戦略グループ論が、単にある 1 時点の業界を分析す るツールとして矮小化されてしまったようにも見える中で、戦略グループ論に変化の視点を持たせつつ、戦略 策定の局面で役立つ概念として再興し発展させていくことには意義がある。
本研究の事例だけではどの業界にも必ずコグニティブな戦略グループが存在するとは言えず、全ての戦略が 参照行動の影響によって実行されるとも限らない。コグニティブな研究の最大の限界は、言語化されない部分 も含めて人が頭の中で認識したり考えたりすることを完全に詳らかにすることは不可能と言わざるを得ない 点であるが、少なくとも本研究の結果は、「戦略グループはグループ分けが目的の便宜的分類に過ぎない・存 在しない」という主張には対抗しうると考える。また比較的安定的と言われる業界では、経営者の業界に関す るグルーピング認識の変化や他社戦略の参照行動をそれほど重要視する必要はないのかもしれない。このよう なことは本研究の限界ではあるが、本研究の理論的貢献には以下のような点がある。
まず、ケース・スタディによって経営者の心中には、資源や行動の共通性によるコグニティブなグルーピン グがあり、それが時につれて変化することを確認した。このことは戦略グループの成立過程の考察に役立つ。
戦略グループ論は静的で変化の少ない市場でしか説明力を持たないのではないかという従来の批判に対し、本 研究は、変化する市場では経営者のコグニションをベースにした、資源と行動の相互関係を有するグルーピン グが戦略的行動に対して影響力を発揮し、プレーヤー相互の関係性を変化させていくことを示している。
2 番目の貢献は、戦略グループ論の資源ベース論的発展である。経営者の資源に対するその時々の認識が企 業の行動に影響を与えると考えることは、「経営資源が競争優位を決定するとしても、価値ある資源が何であ ったかを事後的に説明しているにすぎない(Priem & Butler,2001)」という資源ベース戦略論批判に対して論 を補強する意味を持つ。本研究はコグニティブな戦略グループとパフォーマンスとの関係性について、さらに
踏み込んだ検討が可能であることを示している。
実務上のインプリケーションとしては、企業が戦略グループの転換に成功すること自体も競争優位性に結び つく一つの要因だという示唆がある。そのことには経営者自身の機敏なコグニションの転換も含まれ、業界の 環境変化に取り残されないためには積極的な参照行動が必要であるということが言えるだろう。このようなメ カニズムの有効性は本事例以外にも、業界を規制する条件の緩和や環境変化によって、それまでの競争行動の ベストプラクティスが崩れつつある業界や、全体として幅広い基本ニーズに応えるようないくつもの製品を取 り込みながら競争領域が拡大していく(Porter and Heppelmann,2015)ような状況にある業界に適用できるので はないかと考える。そのような業界では参照行動やコグニティブな戦略グループの存在は、競争相手の敵対的 な動きへの直接的な対応だけでなく、変わりつつある業界構造の中で、戦略の方向性を探索するためにも意味 を持ちやすい。すなわち、変化する環境には適応しなければならないという宿命を持つ企業の、戦略的な柔軟 性や対応力を伸張させる可能性である。
本研究には限界はあるが、経営の主体が人である以上は経営に関わる人々の認識に関して研究上の関心を失 うべきではないと考える。図らずも Porac, Thomas and Barden-fuller(2011)が 20 年の時を経て結論に達した とおり、経営者のコグニションへの接近は戦略論や組織論の力だけでなく、社会心理学や経済学等の異なる学 問との統合的なアプローチおよび、研究方法の洗練が必要であることは確かである。本研究が主張してきた ことが、今後のコグニティブな戦略論発展の足掛かりの一部にでもなればと考える。
今後の課題には以下が挙げられる。まず、戦略グループや経営者のコグニションをトポロジカルに表現する 技術や手法の開発をしていくことが必要である。戦略次元や経営者の解釈によりコグニティブな戦略グループ は複数存在し得る。また、参照対象も常に一つとは限らない。このため、多重的、重層的な性質を持つと考え られるコグニティブな戦略グループの存在をより正確に表現していく必要性がある。2 番目に、他の業界での 検証を積み重ね、知見を蓄積し規範論への貢献をするということがある。コグニティブな戦略グループについ ての実証的な研究を積み重ねていくことを通じ、行動グループが新たな資源グループとして安定化していくた めの条件、コグニティブな戦略グループの存在と各社の戦略行動の駆動条件や関係性などの解明は進むだろう。
そのような研究が積み重ねられていって初めて、動的なコグニティブ戦略グループの規範論が確立されていく ことになる。3 番目に、個々の経営者はどうやって選択的にある組織や環境に注意を振り向けたり無視したり するのかという Ocasio(1997)をはじめとする、いわゆる Attention-Based View 研究や、経営者のメンタルモ デルの変わる早さと競争力への貢献といった研究上の関心との接合も今後の課題としていきたい。
III 審査要旨
本論文の審査結果は、大要以下のとおりである。
1.本論文の長所
(1)本論文は、経営者による主観的な「業界内の事業者のグルーピング」である「コグニティブな戦略グ ループ」認識の相互作用と変化を、競争行動への影響の観点から論じるものである。具体的には、業界内 の事業者(社)が誰を「同種の事業者」と感じ、誰を「異なる性質も持つ事業者」と感じるかに関する<
事業責任者の主観的「グルーピング」>について論じている。特に、グルーピングの変化のプロセスにつ いて論じている所に大きな価値がある。「戦略グループ」論について、既存の研究に新しい着眼を加える ものとして評価できる。
(2)<事業責任者の主観的「グルーピング」>について論じるためには、事業責任者の主観認識についての 丁寧な調査が必要である。本論文は、ISP業界における複数の事業責任者に長時間のインタビューを行 って、その情報から他社戦略への参照状況の質的データ分析と「コグニティブな戦略グループ」認識の変 化プロセスを抽出し、後者についてモデルを提案している。この膨大なインタビューは、簡単に実現でき るものではなく、その情報の希少性を高く評価できる。
2.本論文の短所
(1)業界内企業をグルーピングするという「戦略グループ」論の基本的着想の限界や問題点について本論文 でも言及されているが、その議論は十分に突き詰められているとまでは言えない。「他社戦略の参照」は、
必ずしもグループ分けして他社を認識していることを意味しない。「グループ」という捉え方は、グルー プ内であるか外であるかという境界を設定する発想であり、実務家が常にそういう発想で他社との関係を 認識しているは限らない。この点は著者も指摘しているが、一方では、「コグニティブな戦略グループ」
認識の変化の分析ではこのグループ境界があることが前提の分析になっている。このことの現実対応性あ るいは戦略構築における制約についてさらに考察する必要がある。
(2)他社戦略への参照状況の質的データ分析と「コグニティブな戦略グループ」認識の変化プロセスの関係 が必ずしも緊密に結びついていない。例えば、「参照状況がこう変化するとコグニティブな戦略グループ 変化が起きる」というプロセスまでは解明されていない。この点は、課題として残されている。
3.結論
本論文には上記のような短所も見受けられるが、長所と比較すると、本論文の優秀性を損なうものではない。
全体として、戦略グループ論の研究史に大きく貢献する研究であると認められる。
本論文の提出者は、同志社大学経済学部を卒業した後、NTTコミュニケーションズに勤務しながら早稲田 大学商学研究科のプロフェッショナルコース(当時)で商学修士を得、さらに後期博士課程に進学した。実業 界で働きながら研究を行ってきたので、進学したから博士論文提出まで8年を経ている。その間、日本経営学 誌に単著で2本の査読論文を投稿するなど、その継続的努力は、賞賛に値する。
本論文は、論文提出者が、関わってきた業界の実務経験を踏まえて研究を進めてきた長年の研究成果であり、
ビジネス経験を兼備した気鋭の研究者として、提出者の今後の活躍が期待される。
以上の審査結果にもとづき、本論文の提出者 宮元万菜美は「博士(商学)早稲田大学」の学位を受ける十 分な資格があると認められる。
2016 年 1 月 11 日
審査員
(主査) 早稲田大学教授 根来 龍之
早稲田大学教授 博士(商学)早稲田大学 藤田 誠 早稲田大学教授 博士(経済学)東京大学 淺羽 茂 上智大学教授 博士(経営学)神戸大学 山田 幸三