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博士学位論文審査結果報告書

(2020年32 日 提出)

1.審査委員 主査 山口 隆英 印 副査 秋山 秀一 印 副査 長野 寛之 印

2.提 出 者 亀井 芳郎

3.論題 小規模企業のための戦略フレームワークについての考察

4.論文の要旨

この論文は、中小企業の経営者・コンサルタントという論文提出者の経験上、中小企 業の戦略を分析して、立案する場合に、既存のフレームワークの中に、そのまま使える ものがないという問題意識が出発点である。経営戦略に関して様々な先行研究があるに もかかわらず、なぜそのようなことになっているのか。この疑問に答えながら、中小企 業、特に小規模企業にとって使いやすい戦略フレームワークとは何かを考察し、小規模 企業のための戦略フレームワークを提示することが本論文の課題である。論文の構成は 以下の通りであり、序論と結論を含む8章に、補論の2章が加えられている。

序論

第1章 戦略フレームワークの成り立ちについての歴史的考察とその定義 第2章 日本の中小企業研究における戦略フレームワークの空白

第3章 トップダウン分析型戦略論の考え方:Ansoff,H.I.の戦略論

第4章 分析型戦略論に対する批判ともう一つの視点:Mintzberg,H.の創発戦略 第5章 日本の企業に組み込まれた創発型戦略論を支える組織

補 論 1 日 本 的 経 営論 の 議 論 に 見 る ボ ト ムア ッ プ 創 発 型 戦 略 論 の源 流 と 集 団主 義

第6章 創発型戦略論のマネジメント手法:リーン・スタートアップ

第7章 小規模企業がリーン・スタートアップを使うための戦略フレームワーク の考察

第8章 戦略フレームワークの実証のための実験と事例

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補論2 創発戦略のための中小企業の組織課題とその支援法について 結論

第1章では、戦略フレームワークの成り立ちの歴史から既存のフレームワークが中小 企業向きではない2つの理由を明らかにしている。1つ目の理由は、戦略フレームワー クの開発が、大企業が行う多角化をコントロールするためのなされたことである。1960 年代から1980年代にかけて、経営戦略のフレームワークは BCGをはじめとする戦略コ ンサルタント会社によって開発されたが、そのクライアントは、大多数が大企業であっ た。それらの企業の課題が多角化であった。どう多角化をコントロールするかという課 題に向けて戦略フレームワークが研究され、開発された。その結果として、中小企業に 適合しないフレームワークが開発されたと述べている。2つ目の理由は、戦略 フレーム ワークが難解であったと指摘している。分析と形式が重視され、莫大なデータを必要と する。戦略をつくる主体はトップに近いスタッフ部門であった。 戦略策定は、スタッフ 部門によって行われるために、人材を雇用できる経営資源が必要であった。以上の理由 から、中小企業が実際に活用できる戦略フレームワークであるといい難かった と主張し ている。

第2章では、日本の中小企業研究の歴史的変遷を示し、その変遷から日本の中小企業 研究において戦略フレームワークが主要な研究課題 とされてこなかったことを指摘して いる。日本の中小企業研究は、中小企業という経済主体が問題性を有した主体であると する見解が分析の出発点であり、研究の主流であった。中小企業研究の軸となっていた のは、初期においては、中小企業の問題性をとりあげたもの、下請問題に代表されるよ うな中小企業の企業間関係の研究が主とされていた。そして、1960年代以降、高度経済 成長下において、中小企業の技術水準の向上、中堅企業の出現等により、中小企業に対 する見方も多様化されるようになった。それまで問題性の視点からの中小企業の企業間 関係の経済合理性に、研究の焦点は移ったが、これらの議論の中に、中小企業の戦略分 析や立案のためのフレームワークに関する研究がほとんどなかった。

第3章では、古典的な戦略論であるアンゾフ(1965)の経営戦略を批判的に検討して いる。アンゾフ(1988)において、アンゾフ(1965)で自身が提示した経営戦略のフレ ームワークの問題点を明らかにしている。アンゾフ(1988)によると、自身の戦略論の 問題点は、第1に過剰分析による機能麻痺、第2に戦略計画の社内への導入に対する組 織的抵抗への対応が必要であったことを指摘している。要するに 、戦略それ自体の問題 が過剰分析で、分析するためには膨大なデータと労力が必要であるにもかかわらず、そ の分析の結果が機能しないということである。これは、現場から離れた部署が作成した

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計画が現場から拒否されるということであった。アンゾフ(1965)において提示された 戦略フレームワークは、大企業においてさえも手間がかかり、戦略の実行段階に問題が 抱えていることが指摘されている。

第4章では、ミンツバーグ(1994)による戦略策定におけるプランニング・スクール とポジショニング・スクールの批判を説明した上で、創発戦略について検討している。

ミンツバーグ(1994)は、戦略策定に関する先行研究を 10 グループに分類し批判的に 検討している。中でも、プランニング・スクールとポジショニング・スクールに対して 厳しく批判しており、予測することは可能である、戦略策定者は現場と別世界で存在で きる、戦略策定プロセスは定型化すべきであるという誤ったメッセージを発信している としている。これらの学派では、戦略分析から戦略策定、そして実行にいたるプロセス を一方的に見ており、環境変化によって生じる戦略と実行との乖離を見過ごしていると している。これに対して、創発戦略の視点では、環境変化に対応することによって、戦 略を柔軟に変化させ、現場レベルで創発的に対処することが可能となる と述べ、ラーニ ング・スクールこそが重要であるとしている。環境変化への柔軟な適応が中小企業経営 の視点からは重要であるために、環境変化への適応に弱みがあるプランニング・スクー ルとポジショニング・スクールよりも、環境変化への適応に柔軟に対応できるラーニン グ・スクールが適しているとの主張がなされている。中小 企業の戦略フレームワークは、

ラーニング・スクールの考えによる創発戦略に基づいて作成されることに合理性がある ことが主張されている。

第5章では、ミンツバーグ(1998)がいうラーニング・スクールと日本企業との関係 が議論されている。ミンツバーグ(1998)は、ラーニング・スクールが 1980 年頃の日 本の優位性の研究から注目されてきたとし、明確な戦略形成プロセスではなく、創発的 に現れた戦略をいかに組織に根付かせるかという組織学習が焦点となっている。日本的 仕組みの代表であるトヨタの生産システムを、ライカー(2004)の研究を参考に、作業 員が生産システムの中で問題分析や問題解決を行っており学習する組織と考えている。

日本企業の組織は、学習する組織であるので、その都度の問題解決の中から、イノベー ションが発生する。この部分が日本企業の創発戦略であり、分析され立案された戦略が なくても日本企業が戦略的の行動できる部分であるととらえている。創発戦略ではトッ プが戦略を分析・立案し、実行を現場がするという機能分化ではなく、トップと現場が 一体となって、戦略策定と実行をする、つまり少ない人的資源を最大限活用する方法で あり、中小企業に適した戦略であるとしている。

補論1として日本的経営論の議論の整理が行われている。集団主義や経営家族主義に 日本的経営の特質があるとし、その経営風土によって創発戦略につながる学習する組織

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4 が生成されたことが説明されている。

第6章では創発戦略を実施する戦略フレームワークを考える上で、リーン・スタート アップという概念に注目し、リーン・スタートアップを考察している。創発戦略におい ても、戦略フレームワークの必要性はあるが、ミンツバーグ&ゼンゲ(1990)からは、

明確なフレームワークの提示がない。つまり、試行錯誤型の創発重視ボトムアップ型が 有効であり、創発型であるがゆえに、その実施方法 が示されていない。リーン・スター トアップは、最低限のコストと最短のサイクルで検証を繰り返しながらビジネスを形に していく(リース、2011)。最も重要なことは、検証を通じて持続可能な事業の構築方 法を学ぶことである。顧客は誰なのか、顧客が本当にほしがっている製品かの検証を通 じて学ぶことが必要である。リーン・スタートアップでは、複雑な計画を立てるのでは なく、できるだけリスクの少ない方法で迅速に検証を繰り返し、その検証を通じて戦略 内容を変化させることで、確実に成長を図っていく。大きなリスクを負うことができな い中小企業からすると、この実用的かつ最小限でスピーディーに試行錯誤を繰り返すリ ーン・スタートアップの方法論は中小企業が戦略を策定する上で最適であると主張して いる。事前のしっかりした市場調査の活用や分析に基づいた戦略や計画よりも、実行を 繰り返す中でデータを集め、戦略を変容させていくという方法は、経営資源が少ない中 小企業にとっては最適になると述べられている。

第7章では小規模企業がリーン・スタートアップを可能 にする戦略フレームワークの 条件を明らかにしたうえで、そのフレームワークの戦略要素とフレームワークデザイン、

そして、マネジメント手法が示されている。このフレームワークの特長は、スピードが 求められるリーン・スタートアップに向けて、戦略分析・立案が短期間に分かりやすく 可能となることである。ここでは、3C(Customer(市場・顧客)、Company(自社)、

Competitor(競合)の頭文字を表している)、4P(Product(誠品)、Price(価格)、

Place(流通)、Promotion(販売促進)の頭文字を表している)、PEST(Politics(政治)、

Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字を表している) のフ レームワークを統合したCPチャート(上記の3C、4P、PESTを統合した図という意 味)が提案されている。CP チャートは、商流に沿って考えるべき要素がピックアップ されている。自社のシーズが商品となり、販路、販促を通して、顧客に到達する、とい う流れをつかむことが目指されている。各要素については次のように説明されている。

分析を簡略化し、具体的な戦略を練るために、4 Pのプロセスが真ん中に置かれている。

4Pの要素を顧客にアプライするために3Cに分割し、最後に顧客が配置されている。

リーン・スタートアップでは、まずは顧客に製品を届け、その反応を検証するというシ ステムとなる。顧客=市場の定義、市場のセグメンテーション、ターゲティングと製品

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のポジショニングを行うのではなく、検証を通じて考えるという戦略マネジメントとな る。リーン・スタートアップを組み込む上では、このサイクルをスピードアップしてい くことが必要である。

第8章では、前章で示したフレームワークの特長、 つまり、スピードが求められるリ ーン・スタートアップに向けて、CP チャートが戦略分析・立案を短期間に分かりやす く可能かということを実証するために実施された、教室内での実験結果が示されている。

実験においては、①戦略分析・立案がスピーディーにできる、②戦略を実行に移行する ための具体性にすぐれている、③中小企業の経営者、従業員が理解しやすい という 3つ の点が検証された。この実験では、CPチャートとSWOT分析との比較が行われた。実 験に参加した学生に対して質問票を配布し11 の質問がなされた。その結果、CPチャー トが高得点であった質問が8、SWOT分析が高得点であった質問が3であった。t検定 において有意差(両側 5%レベル)が見られた項目は、CPチャートが「各項目の記入が 簡単にできた」という項目であった。一方で、SWOT分析が「立案した戦略が具体的で 実行に移しやすいと感じた」という項目では高く、予想と逆の結果となった。次に実際 に中小企業で使ってみた。CP チャートを使い、戦略分析と立案を試みた結果として、

被験者から「スピーディーにできる」という感想を得た。

補論2では、CP チャートが、小規模企業において、企業の戦略にかかわる組織学習 のツールになるかという視点が補足的に議論されている。CP チャートが学習効果を上 げるためには、小集団で身近な課題を自分たちで考える ことが必要になることがわかっ た。加えて、現場経験のある支援者がおり、その支援者は参加者が考え られるような場 づくりをすることが重要であるという指摘がなされている。

5.論文の評価

日本の中小企業研究において、経営戦略を立案し、実行に至らしめる戦略フレームの 研究がなされてこなかったことから、中小企業が実際に使える戦略フレームに関する研 究が必要であるという問題意識から研究が出発している。本研究 を通じて、評価できる 点は次の3点である。

第1に、日本の中小企業研究を渉猟し、中小企業研究における経営戦略研究が不足す る理由を明らかにした点である。日本の中小企業研究は、長い間、中小企業が存立する 理由を問う研究が主流であり、経営主体としての中小企業の経営の在り方 が十分に研究 されてこなかった。その研究の推移の中で、親会社との企業間取引を主体とする日本の 中小企業が、親会社からのオーダーに応えるという現実的な生き残りの道以外に、主体 的に戦略を立てて行動するという部分が研究対象になってこなかったという主張は、中

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小企業戦略研究が研究の盲点になっていた理由として説得力を持つ主張であった。

第2に、中小企業の戦略として、ミンツバーグが主張する創発戦略がフィットし、リ ースが主張するリーン・スタートアップが創発戦略を実現するためのキーコンセプトと なり、戦略策定プロセスの簡便さと迅速さが重要になると主張している点である。中小 企業が置かれている現実は、アンゾフやポーターに代表される戦略を分析的にとらえ る 余裕がない状況である。その中で、生き残りをかけて中小企業が戦略を策定する場合、

状況の変化に応じて迅速に戦略の形を作っていく創発戦 略が有効になる。しかし、ミン ツバーグは、創発戦略のコンセプトを説明するが、どのように創発戦略を実現するかは 明確にしていない。ここにリースが提示するリーン・スタートアップのコンセプト、つ まり、短時間に不完全でも戦略を策定し、現実の中で戦略を検証しながら修正していく という考え方を導入している。このことにより、創発戦略の実現を戦略策定、戦略実施、

実施結果の検証までのサイクルを迅速に回転させることで、状況に応じて迅速に戦略を かえる、つまり、戦略を創発する機会を作ることを提案している。

そして、第3に、この創発戦略を実現するため戦略策定・戦略実施・実施結果の検証 というサイクルの速度を速めるツールとして、CP チャートを提案している点である。

CP チャートは、マクロな外部環境の分析手法である PEST 分析、外部環境と企業の関 係を整理するための3C、製品やサービスのマーケティングに関係する4P といった旧 来からあるマーケティングの分析手法を組み合わせたチャートである。これによって、

経営者が直感的に状況を把握する工夫を提案し、中小企業経営者が 迅速に戦略を策定す るための手法開発の可能性を示した。

以上が本論文の評価できる点である。本論文では、なぜ中小企業が利用できる戦略フ レームワークがないのか、中小企業が利用できる戦略フレームワークを提示するという 課題に取り組んできた。結果として、中小企業の戦略フレームワークがない理由を提示 し、不十分な形であるが戦略フレームワークの提示という点まで研究を進めた点は評価 できる。

しかし、本論文には課題がある。第1に、上述したように CPチャートは不十分な形 での戦略フレームワークといえる。第8章で示した戦略策定にかかわる実験において、

CP チャートは既存の戦略策定のフレームワークを超えて、環境状況を簡単に理解し、

戦略策定を迅速にするフレームワークとなっていなかった。ほとんどの質問項目で統計 上の有意差がなく、戦略の実行段階では既存のフレームワークのほうに軍配があがって いた。補論2で、CP チャートの運用に関して、補足的な調査を行っているが、論文提 出者が考えるように戦略の理解と戦略の策定速度を上げるためには、多くの条件をクリ アすることが求められている。

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この点は2つ目の課題とも関係している。繰り返すが CPチャートは既存の手法と比 べて統計的に有意差が出るほどの容易さや手軽さを持ち合わせていなかった。 このこと は2つの可能性を考慮する必要がある。1つは、補論2に示されているが、CP チャー トを使いこなすためには従業員の訓練や組み合わせに一定の条件がある可能性である。

2つ目は、社長の思考を従業員がたどるという点は意味があるのかもしれないが、実際 の戦略策定のスピードという点では多くの改良が必要である可能性である。創発戦略の 実現が検証を繰り返しながら戦略を形作ることであるという本論文で到達したコンセプ トとして、迅速な戦略策定に必要な戦略フレームワークの開発は不可欠である。そのた めに、CPチャートについては一層の実証的研究と改良が求められるといえる。

そして、第3に、創発戦略を中小企業の戦略フレームワークの中核的コンセプトに 置 いたために、中小企業の将来のあり方を考えるという長期の経営ビジョンの側面に照ら して、中小企業の経営戦略を論じることができていない。目の前の環境の変化に対応し ながら戦略を形成していくことと、将来、こうなりたいと思う姿を描く会社の将来ビジ ョンは、両方、中小企業が併せ持たないといけないものといえる。中小企業の創発戦略 的な視点と将来ビジョンの関係を今後議論していく必要がある。

以上の点については、今後の課題として論文提出者も認識しており、今後の研究に期 待したい。

6.判定

本論文の貢献および所定の試験の成績を考慮して、本論文の提出者が博士(経営学)

の学位を授与されるのに十分な資格を持つものと判定する。

参照

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