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貨幣資本家と資本(1) : 今日の「金融化」を背景にして

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Academic year: 2021

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はじめに

(1) 「金融化」という概念は,今日の資本主義の 特徴をいい表わすキーワードとして多くの論者 に用いられている。ただこれは,必ずしも学術 的定義の確立された概念ではない。それでも「金 融化」といった場合,普通は,実物経済の成長 から遊離した貨幣経済の肥大化,先進資本主義 諸国における生産機能の空洞化,金融部門にお けるマネーゲーム的な投機傾向の顕在化などの ことを意味するという見方が,一応の共通理解 として成立していよう。 たとえば,多くの金融化論者によって引用さ れるのは,「金融化とは,国内経済および国際 経済の運営において,金融的動機,金融市場, 金融的アクター,および金融機関の役割が増大 していることを意味している」という Epstein の 定 義 で あ る(Epstein[2005]p.3)。こ う し た最大公約数的な,やや抽象的な定義を骨格に して,そこに非金融企業の利潤に占める金融所 得の比率の拡大,株主価値重視型の企業ガバナ ンスへの傾斜,金融市場にたいする家計・財政 の依存度の増大(金融資産・債務両建てでの増 加),諸種の金融リスク自体をパッケージ化し て売買する新たな金融商品の登場などの細部を 肉づけしたものが,目下の「金融化」の全体像 である1) 「金融化」という概念には,「金融資本主義」 という類語がある。これは,「金融的」な資本 主義という程度のごく軽い意味で使われること も多いが,論者によってはもう少し特別な意味, 「金融資本」が主導する資本主義という意味で <要約> 商品は売れていないが資産の評価額は増えるというタイプの価値増殖は,非姿態変換型 W‥‥W と図式化される。脱物品化・投機化・情報化の傾向が純粋なかたちで表出する 金融市場では,このタイプの価値増殖が重要性を帯びる。しかし,その重要性を正しく評 価するためには,これまで売買概念や利潤概念の下位区分とされてきた貸借概念や利子概 念の位置づけを,根本的に見直す必要がある。 この見直しの鍵を握るのは,資本前貸という概念である。マルクスも,資本を論じる際 にはこの概念を多用している。マルクスの資本理論,特に利子生み資本論には,貨幣資本 家と企業者との貸借関係を重視したテュルゴーの資本理論との親近性が認められる。しか しマルクスは,自分への資本前貸を,他人への貨幣貸付と同列に扱っている。そのことは また,資本と貨幣資本との区別が曖昧になる結果を招いている。 宇野の「それ自身に利子を生むものとしての資本」論は,自己金融型の個人資本を偏重 した宇野自身の資本理論にたいするアンチテーゼを含んでいる。資本の物神性は,たんな る理念ではなく,資本の姿を自己金融型の個人資本から乖離させる現実的な因子である。 宇野はマルクスの利子生み資本論を批判して,原理論のなかから貨幣資本家を捨象するこ とを主張したが,そのことと,原理論のなかから非姿態変換型の価値増殖を捨象すること とは別の問題と考えなければならない。 JEL 区分:B11,B14,B24,B40,B51

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