限界自治体における安全性に着目した 生活質と居住意向に関する研究
森田 哲夫
1・下風 笑美子
2・長塩 彩夏
31正会員 群馬工業高等専門学校 環境都市工学科(〒371-8530 群馬県前橋市鳥羽町580)
E-mail:[email protected]
2群馬大学 工学部 社会環境デザイン工学科(〒376-8515 群馬県桐生市天神町1-5-1)
2長岡技術科学大学 環境システム工学課程(〒940-2188 新潟県長岡市上富岡町1603-1)
過疎化,高齢化が急速に進行している山間地域では,近年,高齢化率50%を超える限界自治体が出現し ている.現在は少数の自治体ではあるが,近い将来において増加が見込まれる.これら自治体内の集落の 多くは限界集落であり,日常生活やコミュニティの維持が問題となっている.
過疎・高齢地域において,多くの高齢者を含む住民が,安全・安心な生活を維持していくためには,全 ての集落を維持していくことは困難であり,集落の生活質や居住意向を踏まえた住まい方の検討が必要と 考える.本研究は,住民の生命に関わる災害危険性に着目し,限界自治体の生活質,居住意向を把握し,
安全・安心な今後の住まい方についての知見を得ることを目的とする.
Key Words : depopulated area. aged area ,Quality of Life, Compact City
1. はじめに
(1) 研究の背景・目的
過疎化,高齢化が急速に進行している山間地域では,
近年,高齢化率50%を超える限界自治体1)が出現してい る.現在は少数の自治体ではあるが,近い将来において 急速な増加が見込まれる.これら自治体内の集落の多く は限界集落であり,日常生活やコミュニティの維持が問 題となっている.過疎・高齢地域において,多くの高齢 者を含む住民が,安全・安心な生活を維持していくため には,全ての集落を維持していくことは困難であり,集 落の生活質や居住意向を踏まえた住まい方の検討が必要 と考える.
本研究は,住民の生命に関わる災害危険性に着目し,
限界自治体の生活質,居住意向を把握し,安全・安心な 今後の住まい方についての知見を得ることを目的とする.
(2) 既存研究と本研究の位置づけ
過疎・高齢地域の居住意向に関する研究は数多い.ま とまった研究群としては,日本交通政策研究会において,
「「限界集落」を対象とした中山間地域のモビリティの 確保と地域再編戦略に関する研究」2)が進められ,住民 の居住・移住意向には地域への愛着が大きく影響し,移 動利便性が低いことにより直ちに移住意向につながらな
いことを明らかにした.森田ら3)は,山間地域の群馬県 六合村を対象に居住意向を分析し,生活に不便さを感じ ていながらも定住意向が高く,高齢者ほどこの傾向が高 いことを明らかにしている.さらに,分析結果に基づき,
移転を伴う集約型居住のあり方を提示しているが,定住 意向が非常に高いため,実現性には課題が残るとしてい る.塚井・桑野4)は,中山間地域の住民の移住意向と移 住要件との関係を分析し,移住に係る費用等の条件が整 えば移住意向を示す世帯が存在することを明らかにした.
本研究において着目する災害危険性については,片田 ら5)が,高齢避難困難者の避難問題とその地域的対応に ついて研究しており,地域住民の自主防災組織など協力 体制のあり方を検討する必要があることを明らかにした.
また,田中・湯沢6)は,世帯のライフステージに着目し,
地方都市の郊外型住宅団地居住者の定住・転居意向につ いて分析しており,過疎・高齢地域を対象としている研 究ではないが,分析の着眼点,分析手法は参考とすべき 点が多い.
本研究は,過疎・高齢地域を対象とし,住民の生命に 関わる災害危険性に着目し,安全・安心を確保するため に,高齢者の移転を含む方策を用い,集約型居住につい て検討する.対象地域は,今後,増加すると考えられる 限界自治体を対象とする.したがって,本研究の特徴は,
既存研究における過疎・高齢地域の居住意向に関する研 1
2
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0
-40.0 -30.0 -20.0 -10.0 0.0 10.0 20.0 30.0 南牧村(群馬県)
人口増減率(%)
図-1 居住イメージ
究系列上に位置し,既存研究で課題としている転居の条 件として,住民の生命に関わる災害危険性に着目してい る点が特徴である.
本研究で想定している将来の居住イメージを図-1に示 した.過疎・高齢地域においては人口減少と高齢化は免 れ得ない状況である.この問題に対し手をこまねいてい ると,自治体自体の存続が危ぶまれる.そのため,水害 等の災害を受けた実績のある集落,急傾斜地を有し崖崩 れなどの潜在的な災害危険性を有する集落を,生活サー ビス水準の高い自治体中心部や,モビリティの高い幹線 道路沿いに移転することを居住イメージとして抱き,分 析をすることとする.すなわち,災害危険性が高いと転 居の可能性が高くなるという仮説を設定する.
2. 対象地域の設定と調査の実施
(1) 対象地域の設定
2005年国勢調査によると,限界自治体は全国に 6町 村存在し,最も高齢化率が高いのは,群馬県南牧村の
53.43%であり,2000年からの人口減少率は12.3%である
(図-2).また,南牧村は,2007年9月の台風9号で道 路の寸断,孤立集落の発生など大きな被害を経験してい るため,本研究では南牧村を研究対象とすることとした.
南牧村は,1950年に1万人を超えた人口が,2005年に
図-2 人口増減率と高齢化率の関係(全国市町村)
注:65才以上の表示は1985年以降のみ
図-3 南牧村の人口推移
2,929人(国勢調査)となり,2010年7月1日現在(住
民基本台帳,外国人を含む),人口2,623人,1,216世帯 となり,存続が危ぶまれる.
南牧村の60集落別の高齢化率を表-4に示した.役場 付近の中心部は高齢化率が低いが,中心部から離れた地 区には高齢化率の高い集落が分布する.台風9号による 河川の決壊地点の奥部にも集落があり,それら集落の高 齢化率は高い.
高齢化率(%)
中心部 急傾斜
災害
集落
幹線道路 集落
0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000
65才以上人口 総人口
0124大上下 0125大上上
0131羽根沢 0132勧能下 0133勧能中 0134勧能上 0141熊倉下 0142熊倉上
0213宮ノ平 0214森下
0215日影雨沢 0218日向雨沢1 0221中棚
0222万地 0223日向
0224山仲 0225下底瀬下
0226下底瀬上 0227上底瀬
0231久保 0232峯 0233落合 0234奥ノ萱
0351堂所
0352萱 0353沢
0354大倉
0355大入道 0211大日向 0212門札
0314日向 0311下叶屋
0312上叶屋 0313野々上
0316日影 0321塩沢 0322小塩沢 0323黒滝
0324大久保 0325下高原 0326上高原
0331大千原 0332上千原
0341東磐戸一 0342東磐戸二 0343中磐戸
0345桧平 0344西磐戸
0114田 0115日影下
0116日影上 0113日向上
0112日向中 0111日向下
役場
高齢化率50%以下 50~60%
60~70%
70~80%
80%以上 台風9号決壊地点
図-4 南牧村の集落別高齢化率と台風9号による河川決壊箇所
3 表-1 アンケート調査の概要
調査日 配布:2010年11月1日
回収:2010年11月21日(郵送投函期限)
対象地域 群馬県南牧村甘楽郡南牧村全域
対象者 全1,117戸の世帯主あるいは代表者
調査方法 配布:分区長(60分区)による戸別配布 回収:郵送回収
調査内容 1)世帯属性(世帯主属性,世帯構成,住宅,自
動車)
2)災害による被害経験(2007年9月台風9号)
3)生活質(23項目,総合評価)
4)居住意向(居住年数,定住/転居意向,転居 理由)
5)自由記述(南牧村のイメージ)
回収数 配布数:1,117票,回収数:637票,回収率:
57.0%
有効回収数:631票,有効回収率:56.5%
調査主体 群馬工業高等専門学校 環境都市工学科 群馬県 県土整備部 都市計画課
(2) 生活質・居住意向アンケート調査の実施
表-1に示すように,2010年 11月に,南牧村の全世帯 を対象とし,分区長による配布,郵送回収によりアンケ ート調査を実施した.調査内容は,世帯属性,災害によ る被害経験,生活質,居住意向である.有効回収率は約 57%と良好な結果となった.
3. 生活質・居住意向に関する分析
(1) 災害による被害経験
図-5の台風9号による被害の経験をみると,自宅・建 物の被害21%,田畑の被害29%があり,家族の避難(家 族の一部を含む)15%,自宅の孤立21%となっている.
(2) 生活質の評価
生活質の評価結果(図-6)をみると,買物,通勤・通 学,郵便局・銀行,病院・福祉施設の利便性に関わる項 目,公共交通,自動車,自転車,徒歩の移動性に関わる 項目の評価は総じて低い.騒音,身近な緑,川,水辺に 関する項目は評価が高く,スポーツ・レクリエーション の場所については評価が低い.危険性に関連する「水害 に関する安全性(台風や大風)」は評価が低く,水害の 危険性が生活の質評価に与える影響が想定される.また,
日ごろの近所づきあいの評価が高い.
(3) 居住意向(定住/転居)
世帯主・代表者の年齢階層別(図-7,次頁)にみると,
若いほど転居意向が高く,加齢にしたがい定住意向が高 くなる.総じて村内への転居意向は低いことがわかる.
台風9号による被害の有無別(図-8,次頁)では,差異 は確認できない.
【自宅・建物の被害】
壊れた 8%
床上浸水
1% 床下浸水
12%
被害なし 73%
無記入 6%
【所有する田畑の被害】
被害あ り 29%
被害な し 47%
田畑な し 16%
不明 8%
【家族の避難状況】
全員が 避難 10%
一部の家 族が避難 5%
避難しな かった
80%
無記入 5%
【自宅の孤立状況】
図-5 2007年9月台風9号による被害
孤立し た 21%
孤立し なかっ た 72%
無記入 7%
図-6 生活質の評価
1 2 3 4 5
1.買物の便利さ 2.通勤・通学に便利 3.郵便局や銀行の近さ 4.病院・福祉施設の近さ 5.公共交通の便利さ(バスや鉄道) 6.自動車の使いやすさ(道路や駐車場) 7.自転車の乗りやすさ 8.歩きやすさ 9.まちなみや家なみのよさ 10.住宅、庭のゆとり 11.日あたりや風とおし 12.騒音・振動が少ない(自動車や工場) 13.身近な緑に恵まれている 14.身近な川、水辺に恵まれている 15.スポ・レクを楽しめる場所が身近にある 16.衛生状況(ゴミや排水) 17.交通事故の危険が少ない 18.地震、火災に関する安全性 19.水害に関する安全性(台風や大雨) 20.地区の防犯 21.日ごろの近所づきあい 22.地域の活動(祭、イベントなど)
23.趣味やスポーツ活動
満足 やや満足 どちらでもない やや不満 不満
4 図-7 世帯主・代表者の年齢階層別居住意向
図-8 台風9号の被害有無別の居住意向
表-2 生活の質の因子分析
4. 生活質の因子分析
生活質の評価結果に因子分析を適用し,二乗和が 1.0 を超える代表的な5つの因子を抽出した.表-2は因子負 荷量(バリマックス回転後)の値を整理したものである.
因子1は,「住宅,庭のゆとり」「日あたりや風とお し」「騒音・振動が少ない」「身近な緑に恵まれてい る」等により構成されるため「快適性」と名付けた.因
子2は,「買物の便利さ」「郵便局や銀行の近さ」「病
院・福祉施設の近さ」等により構成されるため「利便 性」と名付けた.以下,因子3を「生活空間」,因子4 を「地域活動」とした.因子5は,「地震,火災に関す
安全性」「水害に関する安全性」「地区の防犯」により 構成されるため「安全性」と名付けた.
以上より,生活質の因子は「快適性」「利便性」「生 活環境」「地域活動」「安全性」は抽出された.水害等 の「安全性」の寄与率は 8.6%であり,災害危険性が生 活質評価に影響を与えていることを確認した.
5. おわりに
限界自治体を対象に生活質と居住意向に関するアンケ ート調査を実施し,災害危険性が生活質に影響を与える こと,世帯主の属性により定住/転居の意向が異なるこ とを明らかにした.今後の研究展開は次の4点である.
0% 20% 40% 60% 80% 100%
合計 80代以上 70才代 60才代 50才代 40代未満
住み続ける 村内に転居 村外に転居 わからない 無記入
0% 20% 40% 60% 80% 100%
被害あり 被害なし
住み続ける 村内に転居 村外に転居 わからない 無記入
a. 個人/世帯属性,居住歴/被災歴,地区/集落特性に着目 し,生活質の評価構造の分析を進める.
b. 個人/世帯属性,居住歴/被災歴,地区/集落特性に着目 し,居住意向(定住/転居)の形成要因の分析,定住/
転居の条件に関する分析を進める.
c. 南牧村のイメージに関する自由記述データ(テキスト データ)を用いテキストマイニングを行うとともに,
生活質評価との関係を分析する.
因子1 因子2 因子3 因子4 因子5
快適性 利便性 生活空間 地域活動 安全性 10.住宅、庭のゆとり 0.577 0.277 0.285 0.196 0.265 11.日あたりや風とおし 0.570 0.310 0.176 0.079 0.205 12.騒音・振動が少ない 0.638 0.140 0.231 0.217 0.238 13.身近な緑に恵まれている 0.738 0.240 0.254 0.194 0.174 14.身近な川、水辺 0.595 0.226 0.353 0.217 0.172 16.衛生状況(ゴミや排水) 0.516 0.342 0.293 0.273 0.250 17.交通事故の危険が少ない 0.491 0.256 0.209 0.215 0.470 21.日ごろの近所づきあい 0.540 0.345 0.166 0.263 0.238 1.買物の便利さ 0.182 0.642 0.206 0.098 0.190 3.郵便局や銀行の近さ 0.326 0.574 0.246 0.255 0.152 4.病院・福祉施設の近さ 0.256 0.656 0.200 0.230 0.147 5.公共交通の便利さ 0.243 0.614 0.263 0.133 0.161 2.通勤・通学に便利 0.201 0.239 0.534 0.161 0.042 6.自動車の使いやすさ 0.313 0.189 0.561 0.185 0.281 7.自転車の乗りやすさ 0.175 0.210 0.685 0.217 0.129 8.歩きやすさ 0.341 0.344 0.511 0.224 0.272 9.まちなみや家なみのよさ 0.333 0.230 0.508 0.250 0.280 22.地域の活動 0.347 0.230 0.330 0.638 0.263 23.趣味やスポーツ活動 0.304 0.246 0.349 0.672 0.237 15.スポ・レクを楽しめる場所 0.210 0.328 0.403 0.550 0.186 18.地震、火災に関する安全性 0.394 0.258 0.225 0.226 0.57
d. 以上より,限界自治体における,将来にわたり安全・
安全な居住をめざすための地域モデルを提案する.
謝辞:アンケート調査を実施するにあたり,群馬県都市 計画課,南牧村の全面的な協力を得た.本研究は,
2008-2010年度科学研究費補助金・基盤研究(c)(課題番号
20560499)の助成を受けた.ここに記し謝意を表す.
参考文献
1) 大野晃:山村環境社会学序説-現代山村の限界集落 化と流域共同管理,pp.10,社団法人農山漁村文化協 会,2005.3.
8 4 19.水害に関する安全性 0.412 0.274 0.171 0.169 0.50 2 .地区の防犯 0.366 0.250 0.269 0.349
二乗和 4.140 2.886 2.856 2.092
寄与率 18.0% 12.5% 12.4% 9.1% 8.
累積寄与率 18.0% 30.5% 43.0% 52.1% 60.
変数名
0 0.545
1.971 6%
6%
2) 日本交通政策研究会:日交研シリーズA-473,「限界 集落」を対象とした中山間地域のモビリティの確保 と地域再編戦略に関する研究,2009.4.
3) 森田哲夫,塚田伸也,佐野可寸志:過疎・高齢地域 における集約型居住に向けた人口動向・居住意識の 分析– 群馬県六合村におけるケーススタディ -,
(社)日本都市計画学会都市計画論文集 No.45-3,
pp.511-516,2010.
4) 塚井誠人,桑野将司:中山間地域住民の移住意向と 移住要件に関する分析,(社)日本都市計画学会都 市計画論文集No.45-3,pp.277-282,2010.
5) 片田敏孝,寒澤秀雄,山口宙子:高齢避難困難者の 避難問題とその地域的対応に関する研究,土木学会土 木計画学研究・講演集,Vol.23-2,pp509-512,2000.
6) 田中千晴,湯沢昭:ライフステージの異なる世帯属 性の変化と生活環境評価を考慮した郊外型住宅団地 居住者の定住・移転意向に関する検討- 前橋市を事例 として -,(社)日本都市計画学会都市計画論文集 No.45-1,pp.79-86,2010.