• 検索結果がありません。

-141- 森   佳  子

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "-141- 森   佳  子"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)18世紀フランスにおけるトラジェデイ・リリックの変容‑マルモンテルの《アテイス》 森. 佳. 子. (2). デイヴェルテイスマンdivertissementが一つ以上挿入さ. はじめに. (3). れる。レシタティフ、エールがおもに登場人物によるド. 芸術においては、必ずなにかしらの要素が過去の伝統. ラマの展開を担い、声楽アンサンブル、器楽アンサンブ. から引き継がれ、改革される。だからこそ、その芸術と. ル、合唱、ダンスがおもにそれ以外の働き(デイヴェル. しての存在意義が示されるのだ。オペラも当然、その例. テイスマンなど)を担う。台本は神話あるいはイタリア. にもれない。. やスペインの騎士物語から採用され、テーマは「愛と栄. 1600年ごろイタリアで誕生したオペラというジャンル. 光」である。大きな特徴と. してメルヴェイユー. は、マザランMazarinによってフランスでの導入が試. merveilleuxの使用が挙げられるo. みられたが、そのままでは趣味に合わず受け入れられな. 仕掛けによって見た目を楽しませる要素であり、神々や. これは、第‑に機械. かった。後にジャンエバテイスト・リュリJean‑Baptiste. アレゴリカルな登場人物の出現によって、観客を信じが. Lully (1632‑1687)がオペラをフランス風に作り変えた、. たい世界に引き込むことを目的とする。. トラジェデイ・リリックtragedie lyriqueが出現して初 めて、フランスでもオペラが愛好されるようになった。. 2)トラジェデイ・リリックの歴史. (1). これこそが元祖フランス・オペラである。. リュリのトラジェデイ・リリックは、≪カドミュスと. しかしながら、別にフランス人がイタリア的なものを. エルミオーヌCadmus et Hermione≫ (1763)を第一作と. 嫌う傾向にあるわけではない。実際、舞台芸術における. して、計13曲作曲された。これらは18世紀になっても上. イタリアの強い影響はそれ以前からあり、多くのイタリ ア人がフランスで活躍していた。リュリのオペラの前段. 演され、たとえば《テゼThゐde≫ (1675)は、 1779年ま. 階ともいえるバレ・ド・クールballet de cour、コメデ ィ‑バレcomedie‑balletは宮廷で大変好まれていたが、. パンティエCharpentier、カンプラCampra、デトウシ ユDestouches、マレMarais、モンテクレールMonte‑. そのなかにイタリアの影響がたしかにうかがえる。そし. clair、ラモーRameauらがこのジャンルに貢献してい. て18世紀になって、フランス・オペラは再びイタリアの. る。ラモー1683‑1764)は5つのトラジェデイ・リリ. 強い影響を受け、改革されることになるのだ。. ックを残したが、 1733年以後パリの音楽界はラモー派と. 本稿では、トラジェデイ・リリックの傑作である≪ア. でに104回も上演されている。他の作曲家では、シャル. リュリ派に二分された。 トラジェデイ・リリックはその後、イタリアのオペ. テイスAtys≫ (リュリ作曲、キノーQuinault台本、 1676 初演)の改作に着目する。リュリの≪アテイス≫から約. ラ・ブッフア流行の兆しをきっかけに、百科全書派をは. 百年後の1780年、イタリア派として知られるマルモンテ. じめとするイタリア派から、時代遅れのものと見なされ. ルMarmontelはキノーの台本を改作し、それにピッチ. 批判されるようになる。それらの事実はブッフォン論争. ンニPiccinniが作曲した。この作品において、フランス. La Querelle des Bouffons (1752‑1754)など、さまざま. の伝統的要素はイタリアの影響によってどのように変わ. な記録に残されている。一般的に、この名高い論争は、. ったのだろうか。そして一般的に言われているように、. イタリア・オペラ対フランス・オペラの構図を呈しなが. イタリア派の台頭によってリュリの伝統的トラジェデ. ら、オペラはより音楽的であるべきか、演劇的であるべ. イ・リリックは衰退したと言えるのだろうか。. きかを問うものであったと言われる。フランス・オペラ. 1. 17、 18世紀におけるトラジェディ・リリックを取り 巻く状況. 派は、イタリア・オペラではアリアが重んじられすぎて 劇的表現に乏しいと批判し、イタリア・オペラ派は、フ ランス・オペラが朗請的表現に凝りすぎて旋律を犠牲に <a>.. していると批判したという。. 1)トラジェデイ・リリックの定義 トラジェデイ・リリックを定義する場合、通常、対象. グルックGluck 1714‑1787)は「国際的」作曲家に. となるのはリュリからラモーまでの作品である。この時. なることを望んでいたが、フランス・オペラにも多大な. 代(ほぼ1673年から1764年ごろまで)において、トラジ ェテざィ・リリックはトラジェテざィ.アン・ミュジーク. 貢献をした。彼は1769年、 《アルセストAlceste≫の序文. tragedie en musiqueとも呼ばれていた。 リュリ、ラモー時代のトラジェデイ・リリックは通. を示したが、おそらくフランス・オペラからの影響を受. 常、 1プロローグと5幕で形成されるが、プロローグは. ス語による作品を残した。このことは逆に、ラモー以来. 国王礼賛を示すもので本筋とは関係がない。一幕に必ず. 停滞気味であったトラジェデイ・リリックを含むフラン. において、イタリアの古いオペラ・セリアの改革の意思 けていると思われる。 1773年に彼はパリへ赴き、フラン. ‑141‑.

(2) (5). メルヴェイユーについて‑マルモンテルは、すべての. スの悲劇オペラに多大な影響を与えた。 また、百科全書派たちの議論は、リュリのトラジェデ. 主題(喜劇、悲劇を含めて)においてメルヴェイユーは. イ・リリックに特有の、メルヴェイユーの要素への批判. 排除されないが、超自然、神話、魔法をありそうもない. に向かった。このような流れを経て、18世紀のフランス・. ことで、興味を半減させるものと見なした。そして、自. オペラは、アリア(旋律)を重視し、メルヴェイユーを. 然のなかで起こる驚異をメルヴェイユーとして尊重した. 使用せずに全体を単純化するイタリア派の方法を、フラ. のである。. (9). ンスの新しい理論と融合することによって改革されてい. 彼は自著『文学の諸要素Elemens de litterature』 (10 1787 のなかでメルヴェイユーを二つに分類し、それ. く。. ぞれ「自然のメルヴェイユーIe merveilleux naturel」、 「超 自然のメルヴェイユーIe merveilleux surnaturel」と名. 3)リュリのトラジェデイ・リリックへの評価. づけている。彼によれば、自然のメルヴェイユーは「可. リュリのトラジェデイ・リリックを評価する試みは、 すでにそれが現れたときから、ペローPerrault対ポワロ. 能性の最後の限界において使われる」もので、 「そこで. ‑Boileau、ラシーヌRacineによる論争において始まっ. 真実に達し、単純な理由がそこで信用を与える」として. ている。 17、 18世紀を通じて、フランスの理論家たちが. いる。そして、例のない出来事、人物、驚くべき犯罪、. 演劇を語る上で重要なキーワードはメルヴェイユー. 自然の災害などを例として挙げている。そして、超自然. merveilleux (驚異、非現実)とヴレサンブランスvrais‑. のメルヴェイユーは「自然の法則に従っていない存在を. (6). emblance (真実らしさ)であったが、オペラを演劇の. 仲介するもの」であり、 「その力の外で、あるいはそれ. ‑ジャンルと考えたオペラ支持者たちは、この用語によ. から抜け出して事件が生じる」としている。 (ll). ってオペラを正当化しようとした。たとえばペローはア. そして彼はこの項目の最後で、メルヴェイユーを叙事. リストテレスの『詩学』を引き合いに出し、オペラでは. 詩のなかに導入する二つの方法について示している。一. (7). 理論的にメルヴェイユーが使えると主張した。ラモーの. つ目は、それを「二次的で一過性のものとすること」と. 台本作者であるカユザックCahusacも、これに近い考. しており、二つ目は、もしそれが自然のメルヴェイユー. えを示している。. であるなら、 「寓話的ではなく現実における悪徳や徳、. しかし18世紀になると、前述したように、メルヴェイ. 人間の情熱を使うこと」とし、もし超自然のメルヴェイ. ユーをオペラから排除しようとする百科全書派の人々が. ユーを使うことを望むなら、 「その驚くべき出来事を信. 現れた。とくにルソーRousseau (1712‑1778)は急進的. 用できるような時と場所の設定にすること」としてい. な改革者であったが、彼は「メルヴェイユーは叙事詩に. <a?o. おいてのみありえたが、劇場では奇妙なものであった」. イリュージョンについて‑17、 18世紀において、イリ. 「もともと詩、音楽、言語はひとつのものであったが、. ュージョンはオペラに欠かせないものとされ、この用語. 文化が発達するにつれそれらは分裂してしまった。メル. はメルヴェイユー同様、理論家たちによく使われてい (12). ヴェイユーはこのジレンマを解決するためのものであっ. る。真実を明らかにすることが芸術と科学の目的だとす. た」 「人間の模倣において、音楽と言語の一致が不自然. れば、イリュージョンはそれを知覚し、感じることを可. (8). であるゆえ、メルヴェイユーが試された」と述べ、メル. 能にするための、科学にはない芸術特有の手段によって. ヴェイユーがやむなく存在したことを証明している。ル. 生じるものである。 同じくマルモンテルの『文学の諸要素』において、彼. ソーの他、ダランベールd浪Iembert、デイドロDiderot、. (13. グリムGrimmらがメルヴェイユーの使用に否定的であ. はイリュージョンの項目の冒頭で、 「模倣の芸術におい. った。. て、真実は存在しない。真実らしさ(ヴレサンブランス). このように長い年月をかけて、トラジェデイ・リリッ. がすべてである。そして、それらには真実らしさばかり. クから、次第にその大きな特徴であったメルヴェイユー. でなく、厳格な類似であるべき見せかけしか求められな. が消え去っていくことになる。しかし一方、マルモンテ. い」と述べている。続けて、 「悲劇(トラジェデイ)に. ルはメルヴェイユー自体の意味を捉え直し、オペラとメ. おいて、イリュージョンは完全でないと思われる」とし、. ルヴェイユーをうまく融合させようとした。. 完全なイリュージョンは芸術では避けるべきだとも述べ. 4)マルモンテルのオペラ観. ている。そして、節度あるイリュージョンが快く、逆に、 イリュージョンが完全であればひどいものになることも. 本稿で取り上げる≪アテイス≫の台本を改作した、ジ ャン‑フランソワ・マルモンテルJean‑Francois Mar‑ montel (1723‑1799)はイタリア派として知られ、デイ ドロやダランベールとも親しく、百科全書の音楽関係の 項目も執筆している。彼はイタリア音楽に心酔し、 『フ ランス音楽の変遷に関する考察Essai sur les revolutions de la musique en France』 (1777)において、グルック を激しく攻撃し、イタリア音楽を賞賛している。. あると述べている. 0 14). さらに同じ項目で、彼は模倣において、 「実例が示す 絶対的真実と、模倣の不完全な類似は区別される」とし ている。たとえばある登場人物が嫉妬に燃えて殺人を犯 したとする。そしてその後、彼自身も絶望感から自殺す る‑このような場面でイリュージョンが完全であっては ならない。このようなとき、愛の嫉妬と怒りが人を残忍 なものに変えてしまう‑これは、この出来事から我々が. ‑142‑.

(3) 得られる真実であり、イリュージョンがとまっても印象 として残るものであるという。. 2)リュリ、キノーの≪アテイス≫‑プロット (15). 何人かの研究者が指摘しているように、模倣芸術であ. このオペラにおけるプロットは、 17世紀のオペラに使. (16. る演劇におけるイリュージョンの機能プロセスは17世紀. われたものとしてはめずらしく、フランス古典悲劇に準. と18世紀では全く違っており、それは17世紀的なメルヴ. じて時と場所、筋の一致が守られている。. ェイユーの消失と深い関係にあると言える。 18世紀の理. モンテルはメルヴェイユーをまったく否定することはし. デュロンDuronはこの作品について詳細な分析を行 っており、この物語における一連の状況がまるで喜劇の ように錯綜したものであり、取り違えの連続であること に注目している。その複雑さゆえ、この作品はあまり宮 廷人には好まれなかったが、ルイ14世はこれを愛したと. なかった。このことは、彼がイリュージョンを「節度あ. SH. 論家たちにとって、模倣の対象は自然の抽象的関係では なく人間の真実であり、もはや機械仕掛けは必要ではな く、メルヴェイユーは邪魔なものになった。しかしマル. るもの」にとどめておくことを尊重したことと、深く関 係しているように思われる。マルモンテルは、オペラが. (26). 27). 第一幕一夜明け、アテイスは神々の女神シベールの到 着にむけて、プリジア人たちを集め、準備をしている。. 演劇として正当化されるために必要とされたメルヴェイ. 今日、サンガリードとプリジア王セレ一二ュスとの結. ユーの理論が、もはや理論にしかすぎないことに気づい. 婚が行われるのだ。しかし彼女はアテイスを愛してい. (17. ていたという。つまり、もはや前世紀の法則に縛られる. る。しかしアテイスに愛は許されていない。アテイスは. 必要はないと考えた彼の改革は、まさに「しんがりの戦. サンガリードの苦悩を知り、驚くが、彼も実は彼女を愛. 18). いun combat d'arri占re‑garde」と呼ぶにふさわしいのか. していると告げる。 第二幕‑フリジア王セレ一二ュスとアテイスは、ダラ. もしれない。 2. ≪アテイス≫について. ン・サクリフイカトウール(大司祭)として、シベール に選ばれる名誉について議論をしている。彼らは二人と. 1)二つのトラジェデイ・リリック≪アテイス≫. もサンガリードを愛しているが、アテイスはそれを隠し. 15年ほど前、リュリの没後三百年を記念して、クリス ティ指揮、レ・ザール・フロリッサンの演奏による≪ア. ている。 女神シベールは、実はアテイスを愛している。彼女は. 19. テイス≫完全復活上演が行われた。筆者がこの復活上演. アテイスに愛を告げたいのだが、その気持ちを隠してい. を見たとき、いささかも古臭い感じがなく、現代人にも. る。. 共感を呼び起こすドラマとして受け入れられたのが意外 であった。. アテイスは新しい任務を負う名誉を受け入れ、喝乗を 受ける。. 18世紀において、リュリ、キノーの≪アテイス≫は、. 第三幕‑アテイスはセレ一二ュスへの友情を犠牲に. 1747年にパリで、 1753年にフォンテンブローで上演され た。一方、ピッチンこ、マルモンテルの《アテイス≫は、 (20) 1780年にパリ・オペラ座において初演され、その三年後. し、彼を裏切ろうと決める。 シベールの力によって、深い眠気がアテイスを襲う。 夢の中で、楽しい夢と不吉な夢が交互に出てくる(眠り. (21). の1783年と、革命期の1791年に再演され、三回目の再演. の場)。不吉な夢は、神を裏切ることに対する警告をお. (22). くる。アテイスが目覚めると傍らにはシベールがいる。. でようやく成功したという。 イタリア八二コロ・ピッチンニNiccoloPiccinni (1728. 彼は夢のなかでの、彼女の愛の告白に困惑する。. ‑1800)はグルック、ピッチンニ論争において有名なイ. サンガリードが取り乱しながらやってきて、シベール. タリア派作曲家として知られる。マルモンテルはピッチ. にセレ一二ュスとの結婚を止めてもらえるよう嘆願す. ンことの共作によって、二つのオリジナルのトラジェデ. る。アテイスは困惑して、サンガリードを制止する。シ. イ・リリックと一つのコメディを創作したが、同じくリ. ベールは彼らの混乱した様子を見て、すべてを理解す. (23). ユリ、キノーの《ロラン≫ (1685)も改作している。. る。彼女の心は悲しみと嫉妬で一杯になる。 第四幕‑シベールがアテイスを愛していると知ったサ. 出版されたピッチンこ、マルモンテルの≪アテイス≫ は、 1780年版と1783年版(再演とは別である)の二つの. ンガリードは、困惑するアテイスを見て、すっかり誤解. スコアが存在する。出版された台本は初演と再演(1783. してしまう。そしてセレ一二ュスとの結婚を決意する。. 午)の二つにはっきり分かれるが、スコアはどちらも初. しかしアテイスは誤解を解き、二人は永遠の愛を誓い合. 演の台本と一致している。 1783年版では多くの曲が省略. う。. されているが、オーケストラなどが完全な形で書かれて. シベールのグラン・サクリフイカトウールとなったア. (24. い'J.‑.. テイスは、その権力を利用することを思いつき、サンガ. 次章で行う分析では、リュリ、キノーは1704年の第二 (25) 版をファクシミリとして再版した楽譜を使用し、ピッチ ンこ、マルモンテルは前述した1783年の第二版の改版 を、やはりファクシミリとして再版したスコアを使用す. リードの父サンガールに、シベールの名において婚礼を 中止することを命ずる。 第五幕‑アテイスによる婚礼の中止を知って、セレ一 二ュスとシベールは怒りのあまり、アテイスとサンガリ ードへの復讐を決心する。アテイスはシベールの力によ. V.一. ‑143‑.

(4) って気が狂い、怪物を見たと信じ込む。そしてサンガリ. に関して大きな変更を与えていないように思われる。そ. ードをナイフで刺す。アテイスは正気に返り、すっかり. れは、マルモンテルがリュリの時代からの伝統であった. 自分に嫌気がさし、自ら死のうとする。シベールはそれ. デイヴェルテイスマンを重視し、それをできるだけ残そ. を止め、アテイスを彼女が好きな松の木に変えてしまう。. うとしたというだけでなく、 『文学の諸要素』に書かれ ているように、彼にとって夢という時間、場所の設定が、 17世紀的な超自然のメルヴェイユーの使用において好ま. 3)プロットにおける、リュリ、キノーとピッチンこ、 マルモンテル(1780年初演時の台本による)の違い 台本を単純化し、サブプロットを省略するというの は、グルックの改革をはじめとして18世紀ではさかんに 行われていたことだが、この作品の改作もその例にもれ. しいものであったからでもある。 3.分析一≪アテイス≫第四場「眠りの場」を中,いこ リュリ、キノーの≪アテイス≫第三幕第四場「眠りの 場」は大変有名なデイヴェルテイスマンであり、慣習に よっておそらく何人かの器楽奏者がステージに上がって 演奏する場面である。紙面の都合もあるため、この第四 (28). ない。リュリ、キノーの第一幕、第二幕は、ピッチンこ、 マルモンテルの第一幕に、リュリ、キノーの第三幕はピ ッチンこ、マルモンテルの第二幕に、リュリ、キノーの 第四幕と第五幕はピッチン二、マルモンテルの第三幕に ほぼ対応する。後者の作品は全体が短く単純化され、デ ュロンが言うところの「錯綜した」印象はほとんどない。 とくに注目すべき変更点は二つある:(ヨリュリ、キノ ー第四幕の事件はピッチンこ、マルモンテルではほとん ど省略される‑さまざまな感情が交錯することが避けら れ、すっきりとした形に変えられている。(ヨリュリ、キ ノー第五幕のエンディングはアテイスの変身(シベール によって松の木に変えられる)で終わるのに対し、ピッ. 場「眠りの場」を中心に、台本と音楽の関係に焦点を当 てて分析を試みる。 二つの作品を比較できるように、台本の一致した部分 をもとに、この場を便宜上大きく三つに分ける。第二の 部分の始まりを眠りの神であるモルフェのせりふ、 "丘coute, ecoute, Atys,"「聞け、聞け、アテイス」からと し、第三の部分の始まりを不吉な夢のせりふ、 ̀̀Garde‑toi offenser un amour glorieux;"「栄誉ある愛を傷つけぬよ う用心しろ」からとする。. チンこ、マルモンテルではアテイスの自殺によって締め くくられる‑このラストの変更はかなり大胆なものであ り、より悲劇的でリアリスティックな印象を与えるよう に思われる。 全体として見ると、マルモンテルは「眠りの場」 (リ ュリ、キノー第三幕、ピッチンこ、マルモンテル第二幕). 1)第二幕第四場(ピッチン二、マルモンテル)、第三 幕第四場(リュリ、キノー)、 「眠りの場」分析 *紙面の都合上、マルモンテルによる台本のみ、そのま ま挙げておく。 β分はリュリ、キノーと一致して いる部分。. 第一の部分 マルモンテルによる台本. 合唱(夢. CHCEURDESSONGES. 台本と音楽の関係 ピッチン二、マルモンテル. リュリ、キノー. 前の場の、アテイスのレシタティフから途切れなく入る。 「半分の声でえdemivoix」の指示があり、まずアルトパート によって主題が(これは、前の場の最後「歩くような速さで 音を保ってandantino sostenuto」の部分ですでに暗示されて いる)、 "Regnez divin Sommeil,"「支配せよ、聖なる眠りよ」 (リュリ、キノーと同じ)と歌われ、対位法的な手法で次々 に各パートが歌い始める(譜例1)0 続いて、 "Calmez les soins, charmez les sens;"「心配をやわ らげ、善を愛しなさい」では、合唱は2パートずつに分かれ、 こだまのように応答しあう。 同じように最後の行、 "Retenez tous les coeurs dans une paix profonde."「奥深いやすらぎにすべての心情を留めてお きなさい」でも、まずアルトパートから始まって全員が歌い、 その後再び「心配をやわらげ・=・・・」が繰り返される。その間 ヴァイオリンで6連符による、静かな川の流れを模したよう. 小川のせせらぎのような前奏である。弦楽器に2声部のフ ルート(リコーダー)が入る(譜例2)0 プレリュードのモチーフを使った音楽による、長大なエー ル・モノローグである。三人のソリストが次々とソロを歌 う。ソメイユ(オ…トコントル)は、 "Dormons, dormons tous,"「眠ろう、すべて眠ろう」と出だしを歌い、モルフェ(オ ート・コントル)が、 「支配せよ、聖なる眠りよ」と続ける. フォベトール(バス)は、 "Ne vous faites point violence. Coulez, murmurez, claires ruisseaux,"「荒々しくしてはなら ない。流れろ、ささやけ、明るいせせらぎよ」と歌う。 途切れずに、最後のソメイユの歌詞を繰り返したトリオ(モ ルフェ、フォベトール、ファンタ‑ズ、(テノール))に入り、 その後終止する。. ‑144‑.

(5) 第二の部分 マルモンテルによる台本 レシタティフ(モルフェ) MORPHEE(RECI¶. Toujours aime, toujours五d占1e, Pour une immortelle beaute, BraIe d'une flamme immortelle.. 台本と音楽の関係 ピッチンこ、マルモンテル. リュリ、キノー. 弦楽オーケストラ伴奏のついたレシタティフで、 「弱音器 なしでsans sourdines」と指示がある。おそらくここでは強 い声で、モ)i,フェ(バス)のレシタティ7、 "丘coute,ecoute, Atys, la gloire qui t'apelle,"「聞け、聞け、アテイス、栄光が お前を呼んでいる」 (リュリ、キノーと同じ)が歌われる。 それ以外はすべて省略される。次にヴァイオリンが鋭い符点. 少し雰囲気が変わり、モルフェ(オート・コントル)のソ ロでアテイスに、 「聞け、聞け、アテイス、栄光がお前を呼 んでいる」と語りかける。すぐに続けて次のトリオへ入る。. 音符のフレーズ急はさみ、オーボエなどの管楽器が入って、 続けて減七の和音が一斉に鋭く鳴らされる(これはリュリの 時代では使用されない)。次に「速く、快活にviteetamine」 の指示があり、途切れなく不吉な夢のレシタティフに入る。. "Mais souviens‑toi que la beau縫 「だが覚えておきなさ い、美がもしも、女神であるならば、永遠の愛への忠誠を求 めるであろうことを」は前と同じ雰囲気のまま歌われ、その 後終止する。 メヌエット風の三拍子に変わる。ファンタ‑ズ(テノール) が、 "Que l'Amour a d'a仕raits,.‥"「愛に魅力があるとき、その 力を感じさせてくれはじめる」と歌う。. 前の三拍子のエールと同じモチーフによる音楽でダンスが 行われる(メヌエット)0. 拍子は4拍子に戻り、 2声のフルート(リコーダー)を伴 奏に、フォベトール(バス)が、 "Gouteenpaixchaquejour une douceur nouvelle,..."「日々新たなやさしさをやすらかに 味わいなさい。神が与えた幸福を分かち合いなさい」と歌う。 途中、 「だが覚えておきなさい、美がもしも、女神であるな ら‑‑・」からトリオになる(前の部分の繰り返し)。 エール(ファンタ‑ズ)、楽しい夢のアントレに再度戻っ て終止する。. 第三の部分. ENSEMBLE (CHCEUR). マルモンテルによる台本. Des plaisirs sans五n de ton choix dependent.. レシタティフ(不吉な夢). Des malheurs sans丘n de ton choix dependent.. UN SONGE FUNESTE(R丘CIT). Ces plaisirs fa仕endent. Choisis ton destm. Ces malheurs t'a仕endent. Choisis ton destin. (Danse des Songes Heureux et des Songes Funestes.) SONGES FUNESTES Si ton cceur rebelle, ingrat, infidと1e, Irrite Cybとle, Tu cours au trepas.. 合唱. CH(EUR. SONGES HEUREUX Combien de delices ton cceur va gouter! SONGES FUNESTES Combien de supplices tu dois redouter! ‑145‑.

(6) 台本と音楽の関係 ピッチンこ、マルモンテル. リュリ、キノー. 途切れなく不吉な夢(バス)のレシタティ7、 "Garde‑toi offenser un amour glorieux;"「栄誉ある愛を傷つけぬよう用心しろ」 (リュリ、キノーと同じ)に 入る。 2小節(一行)歌うごとに、オーケストラによる技巧的な旋律が間に入 り、和音が鋭く鳴らされる。調性はト短調と変ロ長調の間をゆれながら最後は イ短調で終止する。この後、リュリ、キノーで使われた歌詞はほとんど省略さ れ、新しくつけ加えられる。. 変ロ長調へ転調し、興奮した雰囲気にな る。不吉な夢(バス)が、 「栄誉ある愛を 傷つけぬよう用心しろ」と歌う。. この合唱は三つの部分に分かれる。 I : 「歩くテンポで、少し快活にandante un peu animej と指示があり、壮 麗なオーケストラの長い前奏が始まり、まずヴァイオリンが主題を提示する(語 例3)。 次第にオーケストラの音は厚みを増し、ヴァイオリンの32分音符による音階 の上行下行を含めた激しい動きになる。一瞬ハ短調に転じ、不吉な未来を予告 するかのような感じを与える。 II :幸せな夢がソプラノパートだけで、 "Combien de delices ton coeur va gouter!"「何という無上の喜びを、お前の心は味わうことだろう!」とヴァイオ リンが提示した主題で歌う。続けて「半分の声でademivoix」の指示があり、 幸せな夢全員で同じせりふを繰り返す。 この後、弦楽器が32分音符で下行型の音階を演奏し、ハ短調へ転調する。 「十 分な声でapleinevoix」の指示があり、不吉な夢が登場し、全員で、 "Combien de supplices tu dois redouter!"「なんという苦しみを、お前は恐れねばならか、 のか!」と歌う(語例5)。 続けてハ長調にもどって、幸福な夢が、 "Des plaisirs sans且n de ton choix de‑ pendent."「終わりのない喜びはお前の選択にかかっている」と歌い、不吉な夢 がハ短調で、 "Des malheurs sans五n de ton choix d匂)endent"「終わりのない不 幸はお前の選択にかかっている」と応答する。幸せな夢が、 "Ces plaisirs t'a仕en‑ dent. Choisis ton destin."「この喜びはお前を待っている。運命を選びなさい」 と歌い、不吉な夢が、 "Ces malheurs t'attendent. Choisis ton destin."「この不幸 はお前を待っている。運命を選びなさい」と応答する(常に幸福な夢はハ長調、 不吉な夢はハ短調で歌う)。 その間オーケストラは激しさを増し、弦楽器の32分音符による音階の上行や 下行が見られ、その後半終止する。 Ⅲ:「弱くp」の指示がある。ハ長調にもどって、新たに幸せな夢が「終わ りのない喜びは‑‑‑」を繰り返す。不善な夢もそれに応答し、 「強くfJの指 示で、全員一緒にそれぞれの歌詞を繰り返し、そのまま終止する。 この合唱は三つの部分に分かれる。 I : 「速く、大変快活にallegro trとs anime」の指示があり、まず前奏でヴァイ オリンとオーボエが主題(モチーフAとする)を提示する(譜例6)。 その後ヴァイオリンはⅠの部分の最後まで16分音符で下行型の音階(モチー フBとする)を繰り返す(語例7)O 合唱は一斉に、 "Si ton cceur rebelles, ingrat, in五d占Ie,"「もしお前の心が逆ら うなら、恩知らずにも、不実にも」と歌い始め、途中でノ(30)パートのレがレb (フラット)へ半音下がり、属七の和音の第三転回形を作り、インパクトを与 える(語例8)0 次の、 "Irrite CybとIe,"「シベールを怒らせる」で一瞬変イ長調に転調し、続 けて、 ̀Tii cours au trepas."「お前は最期だ」で、 「半分の声でa demie voix」 の指示があり、ユニゾンでシb・ソb・ミbと下行する音型を2回作り(歌詞 も2回繰り返す)この部分を強調する(語例9)。 次に合唱は一斉に、 "L'amour qu'on outrage,..."「侮辱された愛は激しい怒り に変わる」 (リュリ、キノーと同じ)と歌いだす。最後の行、 "nepardonnepas." 「許しはしない」が、 "Non, non, ne pardonne pas."「いや、いや、許しはしない」 と繰り返される。この間調性は変ホ長調を経て、変ロ長調への転調を準備する。 Ⅲ :弦楽器による新しい旋律(モチーフCとする)が変ロ長調で現れる(語 例10)。 続けて、 「コントラバスなしでsans contre‑basses」の指示があり、モチーフ Cの後半部分が弦楽器のユニゾンで間奏風に演奏される(モチーフCの後半 には必ずこの指示がある) (語例11)。 合唱が2パートずつに分かれて始まり、こだまのように「侮辱された愛は・・・ ・・・」を繰り返す。このときヴァイオリンにモチーフAが変ロ長調で出てくる。 「許しはしない」がまた繰り返され、再びモ4‑‑7Cの後半が間奏風に演奏さ ‑146‑. ダンスが行われる部分。 16分音符による 音階の下行型が、嵐のような雰囲気を演出 する(譜例4)0 速く軽快な感じの三拍子。単純なホモフ ォニーの手法によって一斉に、 "L'amour qu'on outrage se transforme en rage,"「侮 辱された愛は激しい怒りに変わる」と歌わ ・tLto.‑,. 前の合唱に続いて、同じモチーフの音楽 によるダンスが始まる。軽快で力強い。ダ ンスが終わると終止して、アテイスのレシ タティフから始まる次の場へ変わる。.

(7) れる。再び変ホ短調で「侮辱された愛は‑‑」が歌われ、さらに、 "non, non, 「いや、いや」と繰り返され、その間弦楽器(バスパート)がモチーフCの前 半を演奏し、最後は半終止を行う。 Ⅲ : 「大変強くtr占s fort」の指示とともにヴァイオT)ンのモチーフBが再び 繰り返される。調性は変ホ長調に戻り、冒頭の合唱「もしお前の心が逆らうな ら‑‑」が再現される。再び「お前は最期だ」が、シb・ソb・ミbの音型で 歌われるが、続けて「侮辱された愛は激しい怒りに変わる」が、それを模倣し た、同じ三度ずつの下行による(シbトドb・ラb・フア・レ、さらにドb・ ラb・フア・レという音型で歌われ、強いインパクトを与える。その後、合唱 は一斉に「侮辱された愛は、許しはしない」を繰り返し、再びヴァイオリンで モチーフAが演奏される。最後は一旦終止するが、次の場のためにド・ミ・ ソの和音が「大変強くtr占sfort」の指示で準備される。. 2)考察. 面のように、情景描写を音楽で行うことはあった。ある. 二つの作品は百年の隔たりがあるため、当然ながら和. いは、主人公の心を何かに摸して(たとえば怒りを、波. 声や様式などの音楽的方法はまったく違っている。しか. のうねりのような音楽で表現するなど)一定に表現する. し、両方において、この「眠りの場」はデイヴェルテイ. こともあった。しかし、人間の感情の動きはやはりレシ. スマンとして機能しており、おもな人物は登場せず、 17. タティフのせりふに頼っており、ピッチンこのようにそ. 世紀の慣習に従ってメルヴェイユー特有のアレゴリカル. れを細かく音楽で表現する方法はほとんどなかった。. な登場人物によって進行していく。. ところで、この「眠りの場」以外ではどのような類似、. 第一の部分はどちらも小川のほとりでアテイスが眠る. 相違点があるのだろうか。前述したように、マルモンテ. 様子を絵画的に措こうとするが、リュリ、キノーの場合、. ルはキノーの台本の多くの部分を削除し、デイヴェルテ. この場面がソロの歌手や楽器奏者たちの大きな見せ場な. イスマンも例外ではなかった。そのため、この「眠りの. のに対し、ピッチンこ、マルモンテルはそれらをすべて. 場」以外にデイヴェルテイスマンと呼べる箇所はない。. 省略している。第二の部分は両方ともモルフェのせりふ. しかし、フランス・オペラの大きな特徴である合唱は、. 「聞け、聞け、アテイス」をきっかけにして、音楽も雰. リュリ、キノー同様、随所で効果的に使われている。た. 囲気を変えているが、二つの作品からかなり違った印象. とえば、リュリ、キノー第五幕第四場(この部分はデイ. を受ける。リュリ、キノーの場合は、相変わらずアレゴ. ヴェルテイスマンではない)の、サンガリードの死の場. リカルな人物が愛について歌い、楽しい夢のダンスが行 われる。ピッチンこ、マルモンテルの場合、それらもす. 面で、 ̀̀Atys, Atys lui‑meme fait perir ce qu'il airae."「ア テイス、アテイス自身が、彼の愛するものを傷つける」. べて省略され、モルフェのせりふからすぐに不吉な夢の. と合唱で歌われる印象的な箇所がある。リュリ、キノー. 場面‑移る。第三の部分では、どちらもオーケストラが. ではこの悲しみに満ちた重々しい合唱が、主人公たちが. 急激な下行型の音階によって嵐のような感じを演出し、. 心の内を吐き出すレシタティフにコントラストをつける. 音楽の印象が不吉な夢らしく変わる。リュリ、キノーの. ことで、より一層の劇的効果をあげている。ピッチンこ、. 場合、ここではダンスが主となっている。しかしピッチ. マルモンテルの場合、同じせりふによるこの合唱は、第. ンこ、マルモンテルの場合、この部分がアテイスの心の. 三幕第六場においてやはり同じように重々しく現れ、同. 葛藤を表現する二つの合唱によって拡大される。この部. じような効果をあげる。これは、舞台の外で歌うように. 分はダンスもついているが、合唱によって不吉な未来を. 指定されており、遠くから合唱を響かせることで立体感. 予告する場面がリアルに措かれ、ドラマの悲劇性がより. を与えようとしている。. 強調されている。 第三の部分において、ピッチンこ、マルモンテルの二. 4.結論. つの合唱における手法はある面、リュリの手法と共通し. リュリ、キノーのトラジェデイ・リリックにおいて、. たものである。最初の幸福な夢と不吉な夢の二重合唱の. エンディングが悲劇的な場合でも、レシタティフ以外の. スタイルは、二つの合唱隊がこだまのようにダイアログ. 部分は必ずしもドラマの悲劇性を高めようとしている訳. をなす方法であり、すでにリュリのトラジェデイ・リリ. ではない。むろんリュリ、キノーによるデイヴェルテイ. ックでも戦いなどにおけるコントラストを表す場合によ. スマンのメルヴェイユーもドラマの進行に関与している. (31). く使われていた。ただしピッチンこの場合、コントラス トを作る音楽的方法が、ハ長調とハ短調の同主調による 転調を繰り返すなど、同時代のなかでもかなり大胆であ る。二番目の合唱ではダイアログ以外に、音楽のモチー フを巧みに使い分け、転調を多く使い、オーケストレー ションもそれに合わせて不吉な予感を盛り上げるような 歌詞の感情表現を細かく行っている。リュリの時代にお いても、この「眠りの場」冒頭や、不吉な夢の登場の場. し、主人公の心を映し出すこともある。しかし、それら はなによりもまず、聴覚的、視覚的喜びのためのもので あり、観客に真実としての悲劇性を感じさせるものでは ない。 ピッチンこ、マルモンテルの≪アテイス≫における唯 一のデイヴェルテイスマン、 「眠りの場」を考察すると、 リュリ、キノーよりも合唱の配分が多くなっており、お もにそれは悲劇的結末を予告し、アテイスの心の葛藤を. ‑147‑.

(8) 表現するのに使われている。分析結果によれば、ここで. 合、ルソーが定義したように、オペラなどの音楽付. はメルヴェイユーが生かされており、このような合唱の. き劇作品のなかで、ダンスなど視覚的要素で占めら. 使用法はリュリ、キノーからの伝統を引き継いでいると. れる部分のことである。合唱が多用されるのが大き な特徴である。. 言えるが、その本質的役割はかなり変化している。つま り、ここでは視覚的な楽しみよりも、ドラマの悲劇性を 描き出すほうにウエイトがかけられているように思われ. (3)この場合、エールairはアリアとほぼ同義語である。 P.‑M. Massonは自著(L'Opera de Rameau, New York: Da Capo Press, 1972)において、リュリからグルッ クまでのエールを対話のエール(l'air du dialogue)、. 3,一. 前述したように、悲劇オペラにおけるイリュージョン は不完全であるべき‑つまり、どこかに作り物らしさを 思わせなくてはならない‑と考えたマルモンテルにとっ. 独白のエール(le monologue)、格言のエール(l'air de maxime)、歌われるダンス(la danse chantee)の 四つに分類されるとしている。. て、この《アテイス≫のように超自然のメルヴェイユー. (4)戸口幸策『オペラの誕生』東京書籍、 1995、 301項。. を夢という限定つきで使用することは、そのための良い. (5)トラジェデイ・リリックはあくまでも17世紀のリュ. 方法であったと思われる。メルヴェイユーは「非現実感」 をもたらすものであり、観客を完全なイリュージョンに 巻き込まない程度に、悲劇における「非日常性」をバラ ンスよく演出するために、このやり方が必要だったの だ。. リによる形態を引き継いだものと考える。それ以外 のものと区別するため、すべてのオペラにおける悲 劇作品を指すとき、あえてここでは「悲劇オペラ」 という語を使用している。たとえばグルックのオペ ラは、トラジェデイ・リリックと呼ばれていない。 (6)メルヴェイユーmerveilleux、ヴレサンブランスvrais‑. マルモンテルは音楽より台本が優位であるべきだと主 張していた。彼はこの「眠りの場」において、人間の真. emblanceは、対立する意味で使われる。 17世紀当時 メルヴェイユーの演劇への使用が避けられていたた. 実を観客の感情に強くうったえる部分を拡大し、そのた. め、最初、メルヴェイユーを不可欠とするオペラを. めには美しく詩的な描写を削ぎ落とすことさえためらわ なかった。イタリア的な手法によるピッチンこの音楽 は、人間の真実の模倣という芸術の目的において、たし かに十分すぎるほど役目を果たしている。しかし彼の音 楽はグルックに比べると技巧的に目立ちすぎ、台本を上 回るほど印象が強すぎるきらいもある。その点におい て、おそらく二人の考えは一致しなかったのではないか と思われる。. 演劇として正当化できなかった。 7 ) C. Perrault, Parall∂le des Anciens et des Modernes, 1688‑1697. (ただし、 M. Couvreur, P. Vendrix, "Les en‑ jeux theoriques de l Opera‑Comique", P. Vendrix,台d.: L'Opera‑Comique en France au XVHI" si∂cle, Li占ge:. Mardaga, 1992, p.215から引用) ( 8 ) J.‑J. Rousseau, Dictionnaire de musique, 1768; rep., Gen占ve: Minkoff, 1998. (operaオペラの項目) 9 ) A. S. Garlington, "Le merveilleux and operatic reform. 以上の結論から、イタリア派として知られるマルモン. in 18th century French opera", Music Quarterly, 1963, p.496.. テルを再評価することは、今後必要であると思われる。. (10) J.‑F. Marmontel, Elemens de litterature, 1787; rep.,. 彼は18世紀フランス・オペラの美学を実現するために、 当時まったく異質に思われたピッチンこの音楽をフラン ス的なキノーの台本に当てはめ、オペラの劇作法におい. (Euvres completes, Tome IV, Geneve: Slatkine Re‑ prints, 1968, pp.698‑9. (ll) ibid., pp.703‑4.. てリュリ的なフランスの伝統を自分流に引き継いだ。こ. (12)ルソーは、 『音楽事典Dictionnaire de musique』のop一. れこそ、フランス的なものとイタリア的なものの融合と 言えないだろうか。つまり一般的に言われているよう. 占raオペラの項目の冒頭で、 「オペラとは総合芸術で あり、楽しく、興味を引く、またイリュージョン的. な、 「18世紀フランスにおいて、イタリア・オペラ派は. な感覚の助けによって、人を魅了することのできる. 常にドラマより音楽(おもにアリア)を重視し、フラン. ドラマティックかつ拝情的なスペクタクルである」. ス・オペラ派に対抗していた」 「イタリア派の台頭によ. と述べている。. ってフランス派が次第に旗色悪くなり、トラジェデイ・ リリックが衰退した」という単純な見解から、導き出せ ないものも存在するということだ。マルモンテルはむろ んフランスの伝統を排除したのではなく、わざわざ百年 も前のキノーの台本を使ってそれを守ろうとしたのであ り、彼の改作においてリュリのトラジェデイ・リリック は、 18世紀風フランス・オペラとして変容をとげたので. (13) Marmontel, Tome IV, p.615. (14) ibid., p.616. (15) M. Hobson, The Object of Art, Cambridge: Cambridge University Press, 1992.は、イリュージョン、芸術に おける模倣について包括的に扱った著として優れて いる。特に音楽に関しては第五章で詳しく扱われて い.」1,. (16) 17世紀において、芸術の目的である自然の模倣とは、 知性でしか捉えられないような抽象的関係を模倣す ることであった。たとえば驚異(メルヴェイユー). はなかろうか。 注(1)正確には、初めてのフランス・オペラはペランPe汀in とカンベールCambertの《ポモーヌPomone≫ (1671)であるが、あまり成功しなかった。 (2)デイヴェルテイスマンdivertissementとは、この場 ‑148‑. の世界が構築されたとき、感覚的に楽しむだけでな く、それが機械仕掛けによって動かされているメカ、 ニズムを知覚し楽しむ。ここで17世紀フランス・オ ペラにおけるイリュージョンが機能する。 (この点に.

(9) 関しては、内藤義博「ルソーにおけるオペラの詩学」 『仏語仏文学第28号』関西大学フランス語フランス文 学会、 2001、を参照のこと) (17) M. Couvreur, P. Vendrix, "Les enjeux theoriques de l'Opera‑Comique", P. Vendrix, ed.: L'Opera‑Comique France au XVffl e si∂cle, Li占ge: Mardaga, 1992, p.219. (18) ibid.. (19) CDがHarmonia mundiより、 1987年に発売されてい る。. (29)減七の和音は、短9の和音の根音(バス)を省略し たものであり、 「憂欝、痛烈で、悲劇的な感じを有す る。」 (T.デュボワ『和声学』音楽の友社、 1978、 117 項) (30)属七の和音が第三転回形になると、低音から数えて 四度の音が増音程となるため、かなり強い響きにな る。 (31) Rosowは、リュリの合唱の多彩さ、とくにダイアロ グ的な手法について細かく分析を行っている。 L. Ro‑ sow, "Performing a choral dialogue by Lully", Early. (20)初演の評判は、リュリの信奉者はもちろん、ピッチ ンニストからもあまりよくはなかった。 Gingueneは 「おそらく彼はキノーの詩を多く残しすぎた。それに ほとんど自分の詩をつけていない」と批判し、メル キュール・ド・フランスには「我々の言語は、イタ リアのメロディには反逆的」と書かれたという。 (P. L. Ginguen占, Melophie a lhomme de lettres change de. la redaction des articles de Iopera dans le Mercure de France, Naples and Paris: Valleyre, 1783.ただし、 ̀̀Introduction", Niccolo Piccinni, Atys, 1780; 2nd edi‑ tion, 1783, Pans: Des‑Launers; rep., New York: Pen‑ dragon Press, p.12.から引用) (21) 1783年の再演の時、マルモンテルはグルックの《オ ルフェオ≫にならい、シベールを和らげて恋人たち を結婚させ、ハッピーエンドになるように変更した。 (20)の̀̀Introduction",Atysによると、この変更はフ ルスコアの形では残っておらず、手稿譜のみで出版 もされていない。 (22) G. Desnoirsterres, Gluck et Piccinni, Paris: Didier, 1872,p.281.また、この再演において、グリムGrimm は「アテイスにおいて、もっともドラマティックで 魅力的なアンサンブルが見られる」と述べた。 (F. M. von Grimm, Correspondance litteraire, philoso‑ phique et critique, Paris: Longchamps, F. Buisson,. 1812‑4.ただし、 (20)の"Introduction", Atys, p.14か ら引用) (23)古い台本の改作はイタリアにおいて特有のものであ り、 17世紀のフランスではあまり行われることはな かった。リュリのトラジェデイ・リリックは百年も たってから、ようやく改作が行われるようになった が、《アテイス≫《ロラン≫の他に、たとえば《テゼ Thゐe'e≫ (1675)が1782年にGossecによって初めて 改作されている。 (24) (20)の"Introduction", Atys, p.20に、この楽譜を再版 ファクシミリとして選択した理由が記されている。 ちなみに台本の表紙にキノーの名はあるが、マルモ ンテルの名は記載されていない。 (25) J.‑B. Lully, Atys; 2nd edition, Paris: Baussen, 1709; rep., Beziers: Societe de musicologie de Languedoc, 1987.. (26) 17世紀フランス演劇における三‑致の法則は、通常 オペラでは守られなかった。 (27) J. Duron, "R組exion sur Lully, architecte de la to‑ nalite", L'Avant scene / Opera, 1987. p.24. (28)他のリュリ、キノーの作品で眠りをモチーフにした デイヴェルテイスマンは、 《アルミ‑ドArmide≫ (1686)第二幕に見られる。. ‑149‑. music, 1987, pp.325‑35..

(10) 譜例1 常例6. n. i. ; 二二 \ f i‑*^ .. FM ‑iva w d. S n. ≡=. チ 手書. ts & j 」. 語例2. 語例8. 常例4. 常例9 帝例5. 譜例10. 常例11. ‑150‑. ■. l. q 屯. b. 、 ▼* * ">*. ナ土.

(11)

参照

関連したドキュメント

 3.胆管系腫瘍の病態把握への:BilIN分類の応用

わかうど 若人は いと・美これたる絃を つな、星かげに繋塞こつつ、起ちあがり、また勇ましく、

tiSOneと共にcOrtisODeを検出したことは,恰も 血漿中に少なくともこの場合COTtisOIleの即行

健康人の基本的条件として,快食,快眠ならび に快便の三原則が必須と言われている.しかし

ポンプの回転方向が逆である 回転部分が片当たりしている 回転部分に異物がかみ込んでいる

本論文での分析は、叙述関係の Subject であれば、 Predicate に対して分配される ことが可能というものである。そして o

としても極少数である︒そしてこのような区分は困難で相対的かつ不明確な区分となりがちである︒したがってその

第三に﹁文学的ファシズム﹂についてである︒これはディー