博 士 ( 環 境 科 学 ) 松 浦 裕 志
学 位 論 文 題 名
棘皮動物幼生の変態誘起物質 学位論文内容の要旨
海に生活する多くの無脊椎動物は受精後浮遊型幼生となり、変態して成体となる。底棲の無脊椎動 物は特に成体期の行動範囲が限定されるため、浮遊型幼生の問に成体で生活する場所を選択すること は重要である。その際に底質や化学物質を認識し定着・変態することが示唆されている。ウニは磯焼 け地域に密集していることが知られており、ナマコも泥中の有機物を捕食するなど沿岸生態系におい て重要な位置を占めている。一方、北海道沿岸に生息しているウ二(エゾバフンウニェStrongylocentrotus intermediusおよびキタムラサキウニ&nudus)は漁業的な価値があることから種苗生産事業が行われ ている。種苗生産の現場では経験的に緑藻アワピモUlvella lensを用いてウニ幼生を変態させている が、実際なぜ変態するのかは解明されていない。また、ナマコ幼生変態に関する報告は少なく、付着 珪藻や緑藻アワピモによる変態誘起現象が報告されている程度で、物質レベルでの報告はまだない。
ナマコは近年中国での需要の増加から日本国内でのナマコ種苗生産事業が進められている。しかし、
ウ二種苗生産ほど技術が確立されてはおらず、生活史の解明は重要である。そこで、本研究では棘皮 動物のウニおよびナマコ幼生の変態機構の基礎的な知見を得るため、変態誘起物質の探索およびその 作用について検討した。
第1章では、マナマコApostichopus japonicus幼生の変態誘起物質の探索およびその作用について 述べた。マナマコドリオラリア幼生を用いて45種類の生理活性物質の効果を検討した結果、ドーパ ミン、L‑DOPA、L―アドレナリン、L‐ノルアドレナルンの4種の化合物に変態誘起活性が認められた。
どの化 合物で も24時間後 には管 足が出現 し、60時 間後から 変態個 体が出現し始めた。120時間後 に は10 UMの濃度 でドーパ ミンは96%、L‑DOPAは98%の幼生 の変態 を完了さ せたが 、L‐ アドレ ナリンは23%、L‐ノルアドレナリンは25%の個体しか変態しなかった。ドリオラリア幼生は、24時 間以上ドーパミンに曝露されていれば、その後新鮮海水に移しても96時間後に変態を完了した。こ れらの化合物は幼生に管足の出現を誘起していることが示唆された。次に、ドーパミン受容体のアゴ ニスト および アンタゴ ニスト の効果を 検討した 。まず 、Dl様受容 体アゴ ニスト(SKF 77434)およ びD2様受容体アゴニスト((‑)‑quinpirole)ともに幼生の変化はなかった。一方、2種のDl様受容体 ア ンタ ゴ ニ スト(SKF 83566、LE300)は10LiMでドー パミンに よる変 態を阻害 したが 、D2様受容 体アンタゴニスト(sulpirideヽnemonapride)はio rrMで阻害しなかった。以上より、これらのDl様 受容体 アンタ ゴニスト(SKF 83566、LE300)に 結合する受容体の存在が示唆された。しかし、これ らのアゴニストおよびアンタゴニストは哺乳類の受容体のものなので、マナマコのドーバミン受容体 を検討する必要がある。
第2章では 、緑藻ア ワピモU lens水抽出物および培養海水からのウ二幼生変態誘起物質の探索に ー140―
ついて述べた。水抽出物を得るために緑藻アワピモを付着しているプラスチック板(波板)からはが し ホモ ジナ イズ ・遠 心 後、 上清をODSカラムク口マト グラフイーに付した。20%ヌタノール溶出 画 分に 活性 が認 めら れ たの でC30カ ラム およ びPhenylhexylカラムを用いてHPLCで分離したとこ ろ 、1 tig/mLでウ二幼生の変態を誘起する画分が得ら れた。IH NMRの解析とHPLCによる標品との 比較から、活性物質をフェニルアラこンと同定した。しかし、水抽出物のアミノ酸分析によルアワピ モから変態誘起に必要十分なフェニルアラニンの分泌はされていないことが示唆された。そのため、
フェニルアラニンのみで変態が誘起されるのではなく、他の物質の関与もあってウニ幼生の変態が誘 起されることが示唆された。そこで、アワピモ培養海水から変態誘起物質の探索を試みた。アワピモ 培 養水 槽の 海水 を合 成 吸着 剤ア ンバ ーラ イトXAD‑4樹脂に吸着させ、メタノール 溶出部をODSカ ラ ムクロマトグラフイーおよびC18カラムを用いた逆相HPLCに付し、3l‑l,g/mLで変態を誘起する 画分を得た 。この画分の作用は、6時間程度で変態が完了すること、ウ二原基の積極的な外部への進 出 の 促 進 が 認 め ら れ た こ と か ら 、 ア ワ ピ モ に よ る 変 態 誘 起 作 用 に 非 常 に 近 し ゝ 。 第3章では、ウ二幼生に対するフェニルアラニンの作用に加えて各種生理活性物質の作用を述べた。
フェニルアラニンの変態誘起作用は、幼生の組織の退縮が先に進み、それからウ二原基が消極的に外 反して変態 が完了する。フェニルアラニンによる変態完了には24時間ほど必要であり、最小有効濃 度 は3 pMで あっ た。 フ ェニ ルアラニンに1時間程度曝 露すれば、その後新鮮海水に移しても24時 間後に変態を完了した。また、ヒスチジン、アルギニン、リシン、システインに変態誘起活性が3ー10 uMの濃度で 観察された。これら4種のア ミノ酸は幼生の組織を残しつっウ二原基の外反が観察され たことから、フェニルアラニンとは違うシグナル伝達経路を経ている可能性が示唆された。さらに、
ヒ スタミンには10uMの濃度で管足の出現のみ誘起する 活性がみられた。既に報告のあるドーバミ ンやジプ口モメタンを含めて整理すると、幼生の腕の組織の退縮を誘導するもの(フェニルアラニン、
ドーバミン)、数時間でウ二原基の出現を誘導するもの(乙珈e胞培養海水、ジプロモメタン)、1日 から2日ほどでウ二原基の出現を誘導するもの(ヒスチジン、アルギニン、リシン、システイン)、
管足の出現を誘導するもの(ヒスタミン)など化合物によって変態様式が違うことが明らかとなった。
第4章では、本研究結果を総括した。本研究はウ二種苗生産現場で幼生の変態誘起に用いられる緑 藻アワビモ から変態誘起物質を3種同定した。特にフェニルアラニンに関しては他のアミノ酸、生理 活性物質による変態誘起と比較し、ウ二幼生の変態には様々なシグナルが存在することが示唆された。
これらのことから、ウ二幼生の変態にはこれまで報告されている化合物も含めいくつかの要素が複合 的に作用し ていると考えられるが、その解明にっながることが期待される。ナマコ幼生には4種の神 経伝達物質が変態を誘起することが示され、ナマコ幼生の変態にも化学物質の関与が明らかとなった。
今後はナマコの変態機構解明だけではなく、棘皮動物幼生の変態機構の解明にっながることが期待さ れる。
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学位論文審査の要旨
主査 准教授 沖野龍文 副査 教授 田中俊逸 副査 教授 上田 宏 副査 教授 松田冬彦
副査 客員研究員矢崎育子(首都大学東京大学院 理工学研究科)
学 位 論 文 題 名
棘皮動物幼生の変態誘起物質
棘皮 動物は 、海藻群 落が衰退 して植 食動物で あるウ ニが集ま って食 圧をかけることにより 衰退 した状態 が持続 する磯焼 けや、 近年北海 道沿岸 でみられ るヒトデ の大量発生などにみら れる ように沿 岸の環 境問題に 関わっ ている。 これら 棘皮動物 の生息に あたっては、浮遊型幼 生か ら行動範 囲が限 定される 底棲の 成体期へ 移る時 に、成体 で生活す る場所を選択して着底
・変 態する現 象が成 功するか どうか が鍵を握 ってい る。海洋 無脊椎動 物では、浮遊型幼生が 着底 ・変態す る際に 着底基質や化学物質を認識することが知られてしゝる。本研究では、北海 道沿岸に生息し、漁業的価値も高いウ二(エゾンヾフンウ二|9trongylocentrotus in terrneば珊 お よ び キ タ ム ラ サ キ ウ 二Sロu血 尚 と ナ マ コ ( マ ナ マ コ4兀 庇 を 血p珊 カ 脚Hみ に 着 目 し て、変態誘起物質の探索およびその作用を検討した。
まず 丶 マナ マコ」 り鉛鋤印 珊趣閉nを珊 の幼生に 関して はこれま でほとん ど研究 されてい なか った。わ ずかに 、緑藻勘 晩ぬ血 ぬsや 付着珪藻 が変態を誘起するのみで、その要因は明ら かに されてお らず、 化学物質 に関す る報告は まった くない。 そこで、45種類に及ぷ生理活性 物 質 のド リ オ ラ1jア 幼生 に 対 する 効 果を 網羅的に 検討し た結果、 ドーパミ ンとL,DOPAに5 uMでも 強い変 態誘起活 性が見出 された 。また、L. アドレナ リン、L・ノ ルアドレナリンにも 弱 い 活性 が 見 出さ れ た 。ド リ オ ラリ ア 幼生に約24時間暴 露してい れば、ほ ぼべン タクチュ ラ 幼 生に 変 態 し、 そ の 後新 鮮 海 水に 移 しても96時 間後に は変態を 完了し幼 体に変 化した。
さら に、哺乳 類のド ーバミン 受容体 に対する アンタ ゴニスト を用いた 実験により、哺乳類の D1様受 容体に 近い受容 体を介し て作用 すること も明ら かにした 。これ らの結果は、マナマコ の変 態に関与 する化 学物質に ついて 初めて明 らかに したもの である。 マナマコの種苗生産に おい ては、産 卵のコ ント口ー ル、変 態率の向 上など 課題が山 積してい る。種苗生産の現場か らも注目されており、本研究は実用的にも期待されてしゝる。
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次 に、 ウ二 幼生 の 変態 を誘 起す る物質を探索した。ウ ニは、これまで多くの研究者が研究 して きた 。し かし 、 実際 の海 でど のようなことが起きて いるかは明快に説明されているとは 言い 難い 。種 苗生 産 の現 場で も緑 藻Ulveぬ 血dこ よっ て変 態が 短時間に誘起されるが、この メカニズムははっきりしていない。そ こで、ひ血ぬ劬ゝら変態誘起物質を単離することを目的 とし た。 まず 、ひ 血 ぬ sの 水抽 出物 を検討したところ、フェニルアラニンが3脚で幼生の変 態を 誘起 する こと が 明ら かと なっ た。そこで、他のアミ ノ酸も調べたところ、フェニルアラ ニン は幼 生の腕の組織の退縮 を誘導し、ヒスチジン、アルギニン、リシン、システイ ンは1, 2日か けて ウ二 原基 の出 現を 誘導 する が、 ひ血 鱈 によ って 数時 間でウ二原基の出現を誘導す る 現 象 と は 異 な る こ と が わ かっ た。 そこ で、 ひ血2の培 養水 槽か ら海 水の み取 り出 し、 ひ 血ぬ劬ゝら分泌された化学物質につい て調べた。未精製の培養海水でも数時間でウ二原基の出 現を 誘導 する こと が わか った ので 、精 製を 進め たと ころ 、3ug/mLでウ二幼生の変態を誘起 す る 画 分 が 得 ら れ た 。 こ の 画分 の主 成分 はNMRやMSによ りあ る種 のポ リマ ーで ある と同 定 され た。 この ポリ マ ーカ 填の 活性 物質であるか、この画 分に含まれる微量物質が活性物質で あるかなどの検i寸が必要ではあるものの、ひ血ぬ,劫ジ懿啓した物質から海藻そのものと同じよ うな活性を見出したことは画期的であ る。従前の研究で多くの化学物質が報告されてきたが、
それ らは 確か に幼 生 を変 態さ せる ものの、ひ血珊によっ て変態させられる状態とはその過程 が異 なる もの ばか り であ った 。こ の知見を活かして、本 研究により得られた画分から真の活 性物質を明らかにすることが将来的に 可能と思われ、ひ|めヰこ含まれる真の変態誘起物質を 解明することができると期待される。
以 上の 通り 、申 請 者は 棘皮 動物 幼生の変態を誘起する 化学物質について新知見を得たもの で あ り 、 沿 岸 海 域 に お け る 海 洋 無 脊 椎 動 物 の 生 態 を 理 解 す る こ と に 対 し て 貢 献 す る 審 査 委 員 一 同 は 、 こ れ ら の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 ま た 研 究 者 と し て 誠 実 か つ 熱 心 で あ り 、 大 学 院 博 士 課 程 に お け る 研 鑽 や 修 得 単 位 な ど も あ わ せ 、 申 請 者 が 博 士 ( 環 境 科 学)の学位を受けるのに十分な資格を 有するものと判定した。
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