原
著
聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 45, pp. 161–166, 2017 聖マリアンナ医科大学 外科学 (心臓血管外科)胸部大動脈瘤に対する
debranching
とステントグラフト留置術を併用した
ハイブリッド手術の有用性: 人工血管置換術との比較
北 きた 翔しょう 太た 千ち葉ば 清きよし 杵きねぶち渕 聡さと志し 鈴すず木き 寛ひろ俊とし 桜 さくら 井い 祐ゆ加か 盧ろ 大だい 潤じゅん 永なが田た徳とく一いち郎ろう 小お野の 裕ひろ國くに 大 おお 野の 真まこと 近ちか田だ 正まさ英ひで 西にし巻まき 博ひろし 宮みや入いり 剛たけし (受付:平成29年8月16日) 抄 録 胸部大動脈瘤に対する治療の第一選択は人工血管置換術とされているが,近年Total de‐ branchingを含むハイブリッド手術も行われるようになってきた。そこで胸部大動脈瘤に対す る治療として人工血管置換術とステントグラフトを用いたハイブリッド手術の成績を比較検討 した。当院における2009年7月から2014年10月までの真性瘤と慢性解離の広範囲胸部大動 脈瘤の48症例を対象として早期治療成績の比較を行った。人工血管置換術群 (T群) は38症 例,ハイブリッド手術群 (H群) は10症例であった。術前のリスク評価として算出したJapan Scoreでは30日死亡率+合併症率は,H群で有意に高値であった (p<0.01)。結果は,両群間に 手術死亡率,入院死亡率に有意差を認めなかった。H群はT群よりも手術時間およびICU滞 在期間が有意に短かった (p<.001,p=0.0162) が,人工呼吸器装着時間,術後入院期間に有意差 を認めなかった。術後合併症としては低拍出量症候群と脊髄梗塞をT群では認めなかったのに 対して,H群ではそれぞれ1例ずつ認め,有意に高率であった (p<0.05)。H群は,T群に比べ てより高齢で術前リスクスコアが高い症例が多かったが,術後の手術死亡率,入院死亡率に有 意差を認めず,有効な治療法と考えられる。今後,手術適応を厳密に行い,手術手技の安全性 を高めることにより,胸部大動脈瘤に対するステントグラフトを用いたハイブリッド手術が有 効な治療法として確立される可能性が示唆された。 索引用語 胸部大動脈瘤,DebranchingTEVAR,ハイブリッド手術 緒 言 胸部大動脈瘤に対する人工血管置換術は,安全性 と有効性が確立された術式として広く普及してい る1)2)。胸部ステントグラフト留置術は人工血管置換 術がハイリスク症例に対する代替法として始まった。 早期成績は従来の人工血管置換術と比較して良好で あることから近年症例数は増加している3)4)。しかし, 解剖学的制約から遠位弓部大動脈瘤などに対するス テントグラフトは制限され,今も人工血管置換術が 行なわれることも多い。 近年,その制約を解消するため開窓型ステントグ表 1 両群の術前状態,併存疾患,Japan score T 群 n=38 H 群 n=10 P 年齢(歳) 69.2±9.9 77.9±4.2 性別(男性/女性) (男 29 女 9) (男 6 女 4) 0.3152 併存疾患 開心術後(%) 0(0.0) 5(50) <0.0001 虚血性心疾患(%) 4(10.5) 1(10) 0.9613 低心機能:EF<30%(%) 1(2.6) 1(10) 0.2995 脳梗塞後遺症(%) 4(10.5) 1(10) 0.9613 呼吸機能障害(%) 1(2.6) 5(50) <0.0001 糖尿病(%) 3(7.9) 2(20) 0.2649 閉塞性動脈硬化症(%) 2(5.3) 0(0.0) 0.4586 慢性腎不全: 透析(%) 1(2.6) 1(10) 0.2995 大動脈炎症候群(%) 1(2.6) 0(0.0) 0.6042 免疫抑制剤使用(%) 1(2.6) 0(0.0) 0.6042 担癌 1(2.6) 0(0.0) 0.6042 JAPAN SCORE 30-day mortality 3.6(2.6-6.3) 15.6(5.5-38.5) 0.0561 (%,中央値、25-75 パーセンタイル) 30-day mortality 12.3(9.6-31.2) 37.0(27.4-55.3) 0.0385 + major complications (%,中央値、25-75 パーセンタイル) カテゴリー変数の比較はカイ二乗検定を用いた。 連続データの比較はマンホ イットニーU 検定を実施した。 P 値<0.05 を統計的有意性を示すと考えた。 <0.001 ラフト,枝付きステントグラフト,chimney法,de‐ branching手術など様々な方法が考案されている5–11)。 当施設では人工血管置換術を第一選択としていたが, 当施2013年1月よりTotaldebranchingを含むハイ ブリッド手術を行ってきた。本研究の目的は,de‐ branchingとステントグラフト留置術を併用したハ イブリッド手術と人工血管置換術による弓部大動脈 瘤に対する早期治療成績を比較することにより,ハ イブリッド手術の有用性を検討することである。 材料および方法 対象は2009年7月から2014年10月の間に,真 性瘤と慢性解離の弓部大動脈瘤に対して手術が施行 された48症例である。ただし,StanfordB型解離や 急性解離,外傷によるもの,感染によるものは除外 した。 当施設における弓部大動脈瘤に対する治療方針と しては,人工血管置換術を第一選択としている。し かし,人工血管置換術においてリスクとなる①年齢 ②心機能③呼吸機能④腎機能⑤中枢神経障害等の身 体的要因と,ステントグラフト留置術においてリス クとなる⑥瘤の場所⑦ステントグラフトのlanding zoneの血管径⑧瘤壁の性状等の解剖学的要因,さら に⑨患者の希望⑩社会的背景,等を考慮し,総合的 に判断して人工血管置換術またはハイブリッド手術 を選択した。 カテゴリーデータは絶対および相対頻度として提 示され,連続データは平均±SDとして示した。カテ ゴリー変数については,比較のためにFisher’sexact testを用いた。連続データは,マンホイットニーU 検定を実施した。P値<0.05を統計的有意性を示す と考えた。全てのデータは,統計分析システムソフ トウェアJMP12.0(SASInstituteInc.,Cary,NC)を 用いて分析した。
本研究は,聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会 より「通常診療により得られた診療情報を用いる観 察研究」として承認を受けている (承認番号3718)。
結 果
全弓部置換術 (Totalarchreplacement:T群) を38
例に,頚部分枝へのバイパスとステントグラフトを 組み合わせたハイブリッド手術 (Hybridoperation:H 群) を10例に施行した。両群の術前状態を表1に示 す。 年齢は,T群69.2±9.9歳,H群77.9±4.2歳で有 意にH群が高かった (p<0.01)。併存疾患としては, 呼吸機能障害 (中等度〜重度) をH群で有意に高率に 認めた (p<0.01)が,虚血性心疾患,脳梗塞後遺症, 糖尿病,閉塞性動脈硬化症,血液透析,低心機能, 大動脈炎症候群,免疫抑制剤使用,悪性腫瘍に有意 差を認めなかった。 術前のリスク評価としてJapanScoreを計算すると,
30day mortalityは有意差を認めなかったが,30day
mortality+complicationsは,H群で有意に高値で あった (p=0.038)。 術式の詳細を表2に示す。当施設での全弓部置換 術では脳灌流は逆行性脳灌流と選択的脳灌流を併用 し,循環停止は25度としている。末梢側吻合後に 下半身の循環を再開,中枢吻合後に冠循環を再開し て大動脈遮断を解除,最後に頚部3分枝を再建して 加温している。全弓部置換術と併施された手術とし て,冠動脈バイパス術が12例,大動脈弁置換術が2 例,Bentall手術が1例,三尖弁形成術が1例であっ た。 ハイブリッド手術では,弓部分枝の再建本数は1 本2例,2本2例,3本すべてを再建したtotalde‐
表 2 両群の術式 T 群 n=38 併施手術 冠動脈バイパス術 12 大動脈弁置換術 2 ベンタール術 1 三尖弁輪形成術 1 H 群 n=10 debranching 本数 1 2 2 2 3 6 ステントグラフト中枢側 zone 0 4 zone 1 2 zone 2 4 表 3 手術成績,合併症 T 群 n=38 H 群 n=10 P 30 日死亡率(%) 0(0.0) 0(0.0) - 入院死亡 (%) 1(2.6) 1(10) 0.300* 手術時間 9.5(8.8-10.2) 4.4(2.8-5.4) <0.001** (時間,中央値、25-75 パーセンタイル) 呼吸器装着時間 44(16-78) 0(0-48) 0.054** (時間,中央値、25-75 パーセンタイル) ICU 滞在期間 5(4-6) 1(1-4) 0.016** (日,中央値、25-75 パーセンタイル) 入院期間 28(22-34) 15(12-42) 0.163** (日,中央値、25-75 パーセンタイル) 合併症 気管切開 (%) 0(0.0) 0(0.0) -慢性腎不全:透析(%) 1(2.6) 1(10) 0.300* 低心拍出量症候群 (%) 0(0.0) 1(10) 0.049* 脳梗塞:後遺症なし(%) 1(2.6) 0 0.604* 脳梗塞:後遺症あり(%) 1(2.6) 1(10) 0.300* 脊髄梗塞 (%) 0(0.0) 1(10) 0.049*
* Fisher’s exact test, **Mann-Whitney’s U test
branching6例であった。ステントグラフトの中枢側
landing zoneは,zone 0が4例,zone 1が2例,
zone3が4例であった。
手術結果を表3に示す。術後30日以内の手術死 亡は両群に認めず,入院死亡をT群1例,H群1例 の計2例に認めた (P=0.2995)。T群の1例は術後敗 血症から多臓器不全により死亡した。H群の1例 は,totaldebranching施行後にTEVARを2期的に 行ったが,非閉塞性腸管虚血により死亡した。 H群はT群よりも手術時間およびICU滞在期間 が有意に短かった (p<.001,p=0.0162) が,人工呼吸 器装着時間,術後入院期間に有意差を認めなかった。 術後合併症としては,低拍出量症候群と脊髄梗塞 をT群では認めなかったのに対して,H群ではそれ ぞれ1例ずつ認め,有意に高率であった (いずれも p=0.049)。急性腎不全 (一時的に人工透析使用) を両 群に1例ずつ認めた (p=0.30)。一過性の脳梗塞は, T 群 に1 例 認 め た が ,H 群 に は 認 め な か っ た (p=0.60)。永続性の脳梗塞を両群に1例ずつ認めた (p=0.30)。 ハイブリッド手術群で中枢神経障害を認めた2例 のうち,脳梗塞の1例はステントグラフトがzone0 (上行大動脈)landingで,腕頭動脈の起始部にmobile plaqueを認めた症例であった。脊髄梗塞の1例は, 下行大動脈内に著明なアテローム病変 (shaggyaorta) が認められた症例であった。 考 察 胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療は, めざましい勢いで普及しており,その良好な成績が 報告されている3)4)。しかし大動脈分枝などの解剖学 的制約のため,ステントグラフトの適用される部位 は制限されている。大動脈分枝に対するバイパス術 とステントグラフト治療を組み合わせたハイブリッ ド手術は,高齢者などのハイリスク患者に対して, ステントグラフト治療が困難な部位における従来の 人工血管置換術よりも低侵襲な治療法として開発さ れた。しかし未だその臨床的評価は定まっておらず, 特に本邦からの報告は少ない。 今回の研究では,ハイブリッド手術群は,人工血 管置換群に比べて,より高齢で,術前リスクスコア が高いにもかかわらず,手術死亡率に有意差を認め ず,手術時間およびICU滞在期間は有意に短かっ た。術後の一過性または永続性の脳梗塞の発生率に も差を認めなかったが,脊髄梗塞の発生率はハイブ リッド手術群で有意に高かった。 DeRangoら12) は,弓部大動脈瘤に対する人工血 管置換術とハイブリッド手術を含むステントグラフ ト挿入術を比較して,その有効性を報告している。 Caoら13) は,ハイブリッド手術は特にハイリスク患 者に対して有効であるものの,死亡率と神経学的合 併症の発生頻度は無視できないと述べた。しかしな がら,メタアナリシスの結果,ハイブリッド手術は
死亡率を低下させず,脳梗塞の発生率を増加させる という報告もされている14)。われわれの検討でも, ハイブリッド手術群は,ハイリスク患者に対して, 手術死亡率及び術後の一過性または永続性の脳梗塞 の発生率の点で有用性を認めたが,脊髄梗塞の発生 率は高く,注意が必要であると考えられた。 ハイブリッド手術は主にハイリスク患者に対して 施行されるので,手術成績の比較は慎重になる必要 がある。マッチングによるハイブリッド手術群と人 工血管置換術の成績の比較がようやく最近報告され るようになった。 国立循環器センターのグループは,35例ずつの マッチング比較を行い,ハイブリッド手術群では人 工血管置換術と比べて,ICU滞在期間や在院日数は 有意に短縮したが,再治療の回数は増加したと報告 している15)。Tokudaら16)は,38例ずつのマッチン グ比較を行い,ハイブリッド手術群では人工血管置 換術と比べて,短期成績は差がなく,中期遠隔期の 生存率と大動脈イベントの回避率は有意に低かった と述べている。Preventzaら17) は,ハイブリッド手術 と人工血管置換術の25例のマッチング比較によっ て,術後4,5年の生存率は同等であるが,神経学的 合併症は,ハイブリッド手術群の方が高かったと報 告している。これらのマッチング比較では,未だハ イブリッド手術の優位性が示されていないのが現状 である。 われわれの検討は,ハイブリッド手術群で中枢神 経障害を認めたのは2例であり,脳梗塞の1例はス テントグラフトがzone0landingで腕頭動脈の起始 部にmobileplaqueを認めた症例であり,脊髄梗塞 の1例は,下行大動脈内の高度アテローム病変 (shaggyaorta) が原因であると考えられた。すなわ ち,ハイブリッド手術で行われるステントグラフト 術の弱点である血管内のアテローム病変が術後の中 枢神経合併症の大きな要因と考えられる。この血管 内のアテローム病変は上記のマッチング比較でも十 分に定量的に評価されていない。したがって,大動 脈内のmobileplaqueや下行大動脈内のアテローム 病変などを術前に十分に評価し,そのような症例に 対するハイブリッド手術を回避,または合併症を予 防する手段が講じられれば,ハイブリッド手術の有 用性を示すことができる可能性がある。さらに,ハ イブリッド手術の有用性を明らかにするためには, 血管内のアテローム病変を術前に十分に評価し,マッ チングさせた,前向き無作為試験が望まれる。 本研究にはいくつかの制限がある。まず一施設の 後方視的研究であり,対象症例数も少ない。人工血 管置換群に比べてハイブリッド手術群は,よりハイ リスクな患者で,術前状態のマッチングがされてい ない。人工血管置換群の弓部大動脈の置換範囲は一 定でない。ハイブリッド手術群には,人工心肺を使 用してdebranchingを施行した患者も含まれており, 一定でない。 結 語 今回の研究では,ハイブリッド手術群は,人工血 管置換群に比べて,より高齢で,術前リスクスコア が高いにもかかわらず,手術死亡率,脳梗塞の発生 率に有意差を認めず,手術時間およびICU滞在期間 は有意に短かく,有用な術式であると考えられた。 しかし,血管内治療に伴う中枢神経合併症のリスク もあるため,今後術前に血管内のアテローム病変を 正確に評価し,高度のアテローム病変を認める症例 では,ハイブリッド手術を回避,または合併症を予 防する手段が講じられれば,ハイブリッド手術の安 全性は高まり,より有用性の高い治療法として確立 される可能性が示唆された。 引用文献
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St. Marianna University, Department of Cardiovascular Surgery Abstract
Comparison
of
Operative
Outcomes
of
Conventional
and
Hybrid
Aortic
Arch
Repair
Shota Kita, Kiyoshi Chiba, Satoshi Kinebuchi, Hirotoshi Suzuki,
Yuka Sakurai, Daijun Ro, Tokuichirou Nagata, Hirokuni Ono,
Makoto Ono, Masahide Chikada, Hiroshi Nishimaki, and Takeshi Miyairi
Objectives:Thepurposeof thisstudyistoevaluate theoperativeoutcomes ofconventionaltotalaorticarch repairandhybridarchrepair.
Methods:BetweenJuly2009andOctober2014,48consecutivepatientsunderwentaorticarchrepair(exclud‐ inghemiarchorpartialarchreconstruction)atSt.Mariannauniversityhospital.Wecategorized38totalaortic archrepairwithantegradecerebralperfusionundercirculatoryarrestasTgroupand10hybridaorticarchrepair withthoracic endovascularaortic repair as H group. Then, we compared early outcomes between T andH groups.
Results:Preoperatively,patientagesandJapanriskscoresformortalityandmajorcomplicationsweresignifi‐ cantly higher in H group than in T group (69.2±9.9 years vs 77.9±4.2 years; P. .0003 and 21.3±12.0 vs 37.8±16.2;P.<0.001).Therewerenosignificantdifferencesin30-dayandin-hospitaldeathsbetweentheTand Hgroups(0%[0/38]vs0%[0/10];P.>.99and2.6%[1/38]vs10.0%[1/10];P..2995).Althoughtherewereno significantdifferencesintheincidencesofothermajorcomplications,lowoutputsyndromeandspinalinfarction wereobservedmorefrequentlyinHgroup(0%[0/38]vs10.0%[1/10];P..0049and0%[0/38]vs10.0%[1/10]; P..0049)comparedwithTgroup.
Conclusions:AlthoughthereweremorehighriskpatientsinHgroupthaninTgroup,earlyoperativemortali‐ tieswereequivalentinbothgroups.