論 文 内 容 の 要 旨
論文提出者氏名 田 中 章 浩 論 文 題 目
A more realistic approach, using dynamic stimuli, to test facial emotion recognition impairment in temporal lobe epilepsy
論文内容の要旨
表情やボディーランゲージにより他者の感情を認知することは人間社会の生活や非言語意思疎通にお いて極めて重要である。表情は一般的に基本6 表情(恐怖、喜び、怒り、悲しみ、嫌悪、驚き)で表現さ れる。内側側頭葉てんかん(mesial temporal lobe epilepsy, 以下 MTLE)の表情認知の過去の研究では、 表情認知機能はてんかんの発症時期が早期ほど、また病変部位は右や両側で低下し、表情別では「恐怖」 「悲しみ」「嫌悪」で低下することが報告されている。これらは静止画表情刺激課題(写真や絵)を用いて 評価されている。そこで、今回我々は実際の表情により近い動画を用いた表情認知の評価法である動画表 情刺激課題をてんかん患者に実施し、社会的認知機能を評価することを目的とした。そして、罹病期間、 病変部位、てんかん手術の影響についても検討した。
【方法】対象はMTLE 群 63 名、MTLE 術後(post-temporal lobectomy, 以下 PTL)群 25 名の計 88 名 を設定した。PTL 群は MTLE に対して側頭葉切除術および選択的扁桃体海馬切除術を受けた患者と定義 した。MTLE 群は複雑部分発作の病歴、ビデオ脳波モニタリングによる発作間欠期・発作時脳波、3T-MRI、 などの包括的検査により診断した。また、抗てんかん薬の血中濃度が中毒域以上、精神発達遅滞、うつ病 の患者は対象者から除外した。さらに神経精神疾患がない健常対照者(HCs:healthy controls,以下 HCs) 32 名を設定した。 表情認知機能の評価は従来行われていた静止画表情刺激課題とは異なりビデオを用いた動画表情刺激 課題で行った。本課題は12.1 インチ型モニタを使用し、俳優男女各 1 名が基本 6 表情(喜び,怒り,悲 しみ,嫌悪,恐怖,驚き)を行い、各々の表情を正面と斜め(45 度)から撮影した動画を被験者に提示し、 各表情がどの表情を呈しているのかを選択肢により回答するものである。 【結果】本課題の正答率は、HCs 群が 93.1% ± 3.8 (SD) に対し MTLE 群は 86.5% ± 7.4、外科治療を 受けたPTL 群は共に 86.2% ± 7.2 であり、後者 2 群の方が健常対照者群より有意に低かった。MTLE 群とPTL 群の比較では有意差を認めなかった。MTLE 群において、病変部位による正答率の比較を行っ たところ、両側、右、左の順で低かった。次に基本6 表情の解析では,「嫌悪」,「恐怖」,「悲しみ」の表情 の正答率がHCs 群と比較し MTLE 群および PTL 群において低かった。また MTLE 群では、てんかんの 発症年齢が低い程、さらにてんかんの罹患期間が長い程、正答率が低下する傾向が認められた。海馬硬化 の有無による比較では正答率に有意差を認めなかった。 【考察】動画表情刺激課題を用いた解析からMTLE 患者および PTL 患者において、表情認知機能の障害 が認められた。これは以前、内側側頭葉てんかん患者に静止画表情刺激課題を使用して検討した報告と同 様の結果であり、本研究はてんかん患者にビデオ動画表情刺激課題を用いて評価した最初の報告である。 そして、社会的認知機能の一つである表情認知機能の障害は、対人関係を困難にさせる可能性があること を示唆する。6 表情の解析においては、MTLE 群,PTL 群ともに「嫌悪」,「恐怖」,「悲しみ」の表情認知 機能が低下した。表情を処理する神経システムに部位特異性があるとされており、「恐怖」への扁桃体の関 与は機能画像の研究で報告されている。MTLE 患者は扁桃体が障害され、PTL 患者の一部は扁桃体が切 除されているため、我々の研究においても扁桃体の障害が恐怖と関与していると考えられた。また、扁桃 体は「悲しみ」の認知にも関与しており、MTLE 患者においても低下していた。また「嫌悪」については 島皮質の関与が報告されており、MTLE 患者はてんかん性放電が島皮質におよび影響を受けている。手術 後の患者である PTL 群においても表情認知の低下を認めた。これはてんかん手術後も表情認知機能が改 善されないことを示唆し、手術前に患者に伝える重要な情報である。 【結論】本研究で内側側頭葉てんかんの患者での表情認知の低下を明らかにした。「悲しみ」,「恐怖」,「嫌 悪」を認知する障害は、内側側頭葉てんかんの患者の社会生活を困難にしていることが示唆された。