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競技レベルの高い陸上短距離選手における

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Academic year: 2022

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(1)【課程内】 早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学). 競技レベルの高い陸上短距離選手における 走速度の決定因子: 短距離走の加速局面を対象として. Factors influencing performance of elite sprinters: focusing on the acceleration phase of running. 2011年1月. 早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科. 小 林 海 Kobayashi, Kai 研究指導教員: 川上 泰雄 教授.

(2) 目次. 第1章. 緒論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 第2章. 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の走加速度と 走速度の決定因子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 第3章. 22. 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の地面反力と その力積の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 第4章. 2. 36. 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の下肢関節の角度, 角速度,関節トルクの特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 55. 第 5 章 競技レベルの高い短距離選手の下肢筋腱複合体の機能特性・・・・・・・・・・・・・. 69. 第 6 章 総括論議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 86. 第 7 章 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 101. 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 102. 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 110. 1.

(3) 第1章 緒論 1-1. 序 走運動は,ヒトの身体運動の中で最も基本的な運動の 1 つであり,また,様々なスポー ツ種目において必要とされる運動でもある.陸上競技の 100 m 走に代表される短距離走で は,競技レベルの高い短距離選手ほど最高走速度が高いことが報告されている(阿江ら 1994 など) .この最高走速度は,加速局面における走加速度の大きさとその継続時間により 決定づけられる(渋川 1988)ため,スタートから最高走速度に至るまでの加速局面のスプ リントが,短距離走におけるスプリントタイムを決定する重要な要因の 1 つであるといえ る.さらに,加速局面における走加速度や,走加速度を規定する地面から受ける力の大き さ,およびそれを生み出す走動作を明らかにすることは,様々なスポーツ種目におけるス プリント能力の向上につながると考えられる. これまでに,短距離走の加速局面については,主に陸上短距離選手や陸上競技の短距離 選手以外を対象に,下肢関節の角度や角速度変化(Dillman 1975 など) ,地面反力や関節ト ルク(Munro et al. 1987 など) ,下肢の筋活動(Jacobs and Van Ingen Schenau 1992 など)の観 点から検討がなされてきた.しかし,競技レベルの高い短距離選手を対象として,加速局 面における走加速度や,地面から受ける力の大きさ,走動作について検討した例は少ない. 加速局面におけるスプリントレベルの向上を目的としたトレーニングを立案するうえでは, 競技レベルの高い短距離選手におけるそれらの特性を明らかにすることは非常に有用であ ると考えられる.また,競技レベルの高い短距離選手の腱の力学的特性や発揮筋力を検討 することで,筋腱複合体の機能特性が加速局面のスプリントに果たす役割を理解すること ができると考えられる.しかしながら,これまでに,国際大会出場に出場するレベルにあ る競技レベルの高い短距離選手における下肢の筋腱複合体の機能特性を明らかにした報告 はなく,疾走時の関節キネティクスとの関連から下肢の筋腱複合体の機能特性を検討した 報告もない. 2.

(4) 本学位論文は,競技レベルの高い短距離選手と低い選手の走加速度や接地期において地 面から受ける力の大きさ,走動作,下肢の筋腱複合体の機能特性の比較を通じて,競技レ ベルの高い短距離選手のそれらの特徴を検討し,短距離走における走速度の決定因子を明 らかにすることを目的とする.. 3.

(5) 1-2. 本研究で用いる用語の説明 ・加速局面 短距離走の加速局面は研究によりその定義が異なる.Delecluse et al.(1995)は,1 ステッ プの平均走速度が増え続けるまでを加速局面と定義している.一方で,羽田ら(2003)は スタートから 25 m 地点までの走速度が急激に増加する局面を第 1 加速局面, 25 m から 45 m までの緩やかに走速度が増加する局面を第 2 加速局面と定義している.また,短距離選手 の走速度はスタートから 40 m 地点で,最高走速度の約 95%に達するという報告(阿江ら 1994)も考慮し,本論文では,スタートから 40 m までを分析の対象とした.. ・競技レベルの高い短距離選手 本論文では,オリンピックあるいは世界選手権の 100 m 走に出場経験のある選手,およ び日本選手権あるいは全日本大学選手権(全日本インカレ)の 100 m 走で入賞経験のある 選手を競技レベルの高い短距離選手とした.. ・短距離走とスプリント スプリントとは広義に短距離を全力で走るという意味を有し,先行研究では,陸上競技 の短距離種目に限らず,スポーツ競技における全力疾走に対して「スプリント」という言 葉が用いられてきた(Harrison and Bourke 2009 など) .一方,陸上競技における短距離走は, 陸上競技連盟が定めた種目においてそのタイムを競う競技である.そこで本論文では,陸 上競技連盟の定める陸上競技の短距離種目を「短距離走」とし,陸上競技に限らず,全力 での走運動を「スプリント」と定義した.. ・関節トルクと発揮筋力 本論文では,2 種類の関節モーメント(外力の影響によって回転させられる回転力に対抗し ようとする生体内部にはたらく正味の抵抗力)を測定している.1 つは,身体を剛体リンクモ. 4.

(6) デル(リンクセグメントモデル)によりモデリングし,身体を各セグメントに分割し(図 1-1), 地面反力計測装置より得られた反力を用いて,セグメントに関する並進運動およびセグメ ントの重心回りの回転運動の運動方程式を立てて算出した関節モーメントである(Winter 1990 など) .もう 1 つは,筋力測定装置を用いて等尺性の筋力発揮を行なわせた際に,筋の 収縮力により発揮されたものである.そこで,前者のスプリント中の関節モーメントを「関 節トルク」 ,後者の筋力測定装置を用いて測定した関節モーメントを「発揮筋力」と定義し た.. 5.

(7) 1-2 研究小史 ヒトの走運動に関する研究は,古くは 1920 年代から,疾走中に経時的に変化する走速度 を測定することを中心に行われてきた(Furusawa et al. 1927) .1960 年代に入ると,走動作 をフィルムに撮影することで,走動作を分析する方法や(Deshon and Nelson 1960) ,光電管 を用いて走速度を測定する試みがなされてきた(猪飼ら 1963).その後,スプリント中の 地面反力や関節トルクが検討されるようになった(Mann and Sprague 1980) .また,1980 年 代以降,短距離選手の下肢の筋力を測定する試みがなされ(Williams 1985) ,2000 年代に入 ると,超音波法を用いて,短距離選手における筋腱複合体の力学的特性を測定することで, スプリントタイムと筋腱複合体の特性との関係が検討されてきた(Kubo et al. 2000) . 陸上競技の 100 m 走における世界記録は最近 20 年で約 0.3 s 短縮された(9.86 秒[1991 年 世界陸上東京大会]から 9.58 s [2009 年世界陸上ベルリン大会]) .その間,日本記録は 0.2 s 短縮された(10.20 s から 10.00 s) .その際の,日本人選手のスタートから 20 m までのスプ リットタイムは 2.98 s から 2.96 s に短縮し(阿江ら 1994,松尾ら 2010),20 m から 40 m の スプリットタイムは 1.91 s から 1.86 s に短縮した. つまり, 日本記録が 0.20 s 短縮した中で, スタートから 40 m のタイムは 0.07s 短縮したことになる.スタート時,走速度は 0 m/s であ ることを考慮すると,加速局面における走速度の増加率が 100 m のスプリントタイムを決 める重要な要素であることがわかる. 本項では,これまでに報告されてきた走運動,特にスプリントに関する研究を 1. 走速度 の決定因子に関する研究 2. 短距離走の加速局面における地面反力とその力積に関する研 究 3. 短距離走の加速局面における走動作と下肢三関節の関節トルクに関する研究 4. ス プリンターにおける下肢の筋腱複合体の機能特性に関する研究の 4 つに分類し,これまで の主な知見を概説する.. 1-2-1. 走速度の決定因子に関する研究 走速度は,ピッチ(単位時間あたりの歩数)とストライド(歩幅)の積によって決まる 6.

(8) ため,走速度を増加させるには,ピッチかストライド,あるいはその両方を増加させる必 要がある.これまでの走速度を変えて,等速度でランニングやスプリントを行った際のピ ッチとストライドに関する報告によると,低い走速度下ではストライドの増加により走速 度は増加し,高い走速度下ではピッチの増加により走速度が増加することが明らかにされ ている(Hay 1993,Hay 2002,松尾と福永 1981,Mero 1992,Mero et al. 1981,Wood 1987, Yanai and Hay 2004) .Yanai and Hay(2004)は,接地期における股関節の可動域の解剖学的 な制限があるため,接地脚が地面に対して力を加え続けることができる範囲には限界があ り,結果的に,高い走速度での疾走時はストライドが低下することを報告している.一方, 被検者間のピッチとストライドの差異を観察した報告によると,最高走速度の違いはスト ライドの差(Armstrong 1984),あるいはピッチとストライドの両方の差(Kunz and Kaufmann 1981,Hunter et al. 2004a)に起因することが明らかにされている. ピッチとストライドを検討する上では,ピッチとストライドの決定因子を知る必要があ る.Hay(1993)は決定因子モデル(deterministic model)をもとに,ピッチとストライドの 決定因子を示した.図.1-2 に,Hay(1993)の決定因子モデルを改変した Hunter et al.(2004a) のモデルを示す.このモデルによると,ピッチとストライドの決定因子は多岐に亘り,1 つ の要因からではピッチあるいはストライドの大きさを説明し得ないことがわかる.また, Hunter et al.(2004a)は,ピッチとストライドの決定要因には,負の相互作用(negative interaction)が存在することを報告している.例えば,図.1-2 のモデルにおいて,ストライ ドを構成する遊脚期の重心水平移動距離(flight distance)には,力積の水平成分(relative horizontal GRI)と鉛直成分(relative vertical GRI)が影響することが示されている.力積は 力を時間について積分した値であるため,地面に対して加える力が小さくても,地面に接 地する時間を増加させれば力積は増加し,結果的にストライドは増加する.一方,ピッチ の大きさは接地時間(stance time)と遊脚時間(flight time)の和によって決まるため,ピッ チを高めるためには,接地時間と遊脚時間を短縮させる必要がある.つまり,接地時間の 増加はストライドの増加には有利にはたらくが,同時にピッチの増加には不利にはたらく 7.

(9) ことになる.したがって,高いピッチと大きなストライドの最適な組み合わせで疾走する ことが,高い走速度の獲得には必要不可欠となる(Kunz and Kaufmann 1981).これらの知 見から,加速局面において,ピッチとストライドのどちらか,あるいは両方を変化させる ことが走速度の増加に寄与すると考えられる. 短距離走の加速局面におけるピッチとストライドの変化を観察した研究によると,選手 間にばらつきはあるが,スタート後,主にストライドを増加させることで走速度は増加し, ピッチはスタートからほぼ一定であった(阿江ら 1994,土江ら 2005).しかし,これま でに,競技レベルの異なる短距離選手の 100 m スプリントタイムの違いにより,加速局面 におけるピッチおよびストライドの変化にどのような差異が生じるかを検討した報告はな く,加速局面におけるピッチとストライドの変化パターンにみられる競技レベルの影響に ついては明らかにされていない. また,陸上競技の 100 m 走では 50 m 付近で最高走速度に達し,競技レベルの高い選手ほ ど最高走速度が高く,最高走速度が 100 m スプリントタイムを決定する重要な要因の 1 つ であることが報告されている(阿江ら 1994,杉田 2003,渡木 2000).この最高走速度は, 加速局面における走加速度の大きさとその継続時間により決定づけられるため,加速局面 における走加速度が最高走速度に大きな影響を与えることになるが,これまでにスプリン ト中の走加速度を検討した報告は少ない(猪飼ら 1963).猪飼ら(1963)は,発育期にお いて,加齢に伴い最高走加速度が増加することを報告している.しかしながら,猪飼ら (1963)の報告においても,走加速度の決定因子については言及されておらず,短距離選 手の加速局面における走加速度の決定因子については不明な点が多い.. 1-2-2. 短距離走の加速局面における地面反力とその力積に関する研究 陸上競技の短距離走は,クラウチング方式(腰をかがめて,地面に両手をついた姿勢か らスタートする方式)で,スタートの合図を聞いてからスタートする.Mero(1988)は, スタートから 10 m までの平均走速度と地面反力の正の水平成分との間に有意な正の相関関 8.

(10) 係が認められたことから,筋の力発揮能力がスタート直後の走速度に影響を及ぼすと結論 づけている.短距離走の加速局面では,走速度の増加に伴い,接地時における力積の負の 水平成分(ブレーキ方向)と正の水平成分(推進方向)が増加し,1 ステップ内の重心水平 速度の減速と加速が増加する(Munro et al. 1987) .福田と伊藤(2004)は,走速度が高い選 手ほど,スタートから最高走速度局面に至るまでの間に,地面反力の負の水平成分および 正の水平成分が増加したことから,走速度の増加は地面反力の負の水平成分の増加を伴い ながらも,それを上回る正の水平成分を獲得することが特徴であると報告している.また, Slawinski et al.(2010)はスタート直後の 2 ステップまでに獲得する力積の水平成分がエリ ート選手の方がサブエリート選手よりも有意に大きいことを明らかにしている.さらに, 小松ら(1995)は,最も走速度の高い選手(100 m ベストタイム:10.73 s)が,スタートか ら 8-11 ステップまでの間に,最も大きな地面反力の水平成分を獲得していることを報告に している.これらの報告から,加速局面に高い走速度を獲得する選手ほど,力積あるいは 地面反力の水平成分が大きいことが理解できる.また,走速度を変えながら一定速度で疾 走させた条件のもとでも,走速度の増加に伴い地面反力の負の水平成分,正の水平成分お よび鉛直成分(Mero and Komi 1986,Mero et al. 1992,Nilsson and Thorstensson 1989),ある いは,力積の負の水平成分および正の水平成分が増加し(Hunter et al. 2005,Munro 1987), 最高走速度局面では,力積の負の水平成分がはたらく局面は接地時間の 43%以上を占める (Mero and Komi 1986)ことが報告されている. 一方,走運動は接地期と遊脚期を繰り返し,身体重心が上下にバウンドしながら前方に 進む運動である(Cavagna and Kaneko 1977) .そのため,常に鉛直下方にはたらく重力に抗 して身体重心の鉛直方向の周期的な上下運動を維持させるためには,接地期において重心 の下向きの速度を減速させ,上向きの速度を生じさせる鉛直上向きの力積を獲得する必要 があるが,短距離走の加速局面における地面反力の鉛直成分に着目した研究は少ない(土 江ら 2005) .土江ら(2005)は,一流短距離選手において,加速局面の 50 m までの各ステ ップの走速度と地面反力の鉛直成分の最大値との間に有意な正の相関関係が認められたこ 9.

(11) とを報告している.しかしながら,加速局面の各ステップにおける,力積や地面反力の鉛 直成分が加速局面においてどのような変化パターンを示すか,また,それらの変化パター ンは競技レベルの異なる被検者間でどのような違いがみられるかについては明らかにされ ていない.. 1-2-3. 短距離走の加速局面における走動作と下肢三関節の関節トルクに関する研究 a) 股関節 加速局面において,股関節は接地期全体を通して伸展動作がみられる(伊藤ら 1994,宮 下ら 1986).伊藤ら(1994)は,加速局面において増加する各ステップの走速度と股関節 最大伸展速度との間には有意な正の相関関係を示したことから,股関節伸展速度の大きさ が走速度の増加に寄与することを報告している.股関節は接地直前から接地期前半にかけ て伸展トルクを発揮し,股関節伸展トルクの最大値は,接地期における膝関節伸展トルク の約1.5倍にあたる(Johnson and Buckley 2001) .このことから,大きな股関節伸展トルク発 揮が加速局面の走速度の増加に影響を及ぼすことが示唆されてきた(馬場ら2000,伊藤ら 1997,Johnson and Buckley 2001) .最高走速度局面においても,遊脚期後半から接地期中盤 にかけての股関節伸展トルクの大きさが最高走速度局面における走速度の維持に重要な役 割を果していることが報告されている (阿江ら 1986,Bezodis et al. 2008, 羽田ら 2003,Hunter et al. 2004b,Mann 1981,Mann and Sprague 1980) .Dietz et al.(1979)は接地前100 msから大 殿筋の筋放電がみられることを報告しており,最高走速度での疾走中の筋放電を観察した 他の研究においても,同時期に大腿二頭筋にも大きな筋放電がみられることから,両筋が 股関節伸展筋としての役割を担っていることを報告している(馬場ら 2000,Jacobs and Van Ingen Schenau 1992,Mann et al. 1980,松下ら 1974,Mero and Komi 1987,Nummela et al. 1994, Simonsen et al. 1985) .これらの報告から,短距離走では,スタートから最高走速度局面に至 るまで,大きな股関節伸展筋群の筋活動による,股関節伸展トルク発揮能力が重要である とされている. 10.

(12) これまでに,加速局面の接地期後半では,股関節の屈曲トルクがみられることが報告さ れている(馬場ら 2000,Jacobs and Van Ingen Schenau 1992,Simonsen et al. 1985) .接地期後 半から股関節屈曲トルクが発揮されることで,接地期全体を通して伸展する股関節を,直 後の遊脚期前半にすばやく屈曲させることを可能にしており(Johnson and Buckley 2001, Jacobs and Van Ingen Schenau 1992) ,100 m タイムが短い選手ほど,この股関節屈曲動作が 速いことが明らかにされている(Kunz and Kaufmann 1981) .離地後の遊脚期前半では,股 関節が屈曲することで,脚は振り子のように動き(伊藤ら 1994,宮下ら 1986) ,遊脚の振 り戻しの後半には上向きの速度が生じる.その反作用で接地脚には下向きの速度が生じる ため,接地脚の地面反力を増やす効果をもつ.接地期前半に大きな股関節伸展トルク発揮 がみられる(馬場ら 2000,伊藤ら 1997,Johnson and Buckley 2001)ことを考慮すると,遊 脚をすばやく振り戻すことで,接地脚の股関節伸展トルク発揮時に接地脚に下向きの速度 を加えることができる.したがって,短い接地時間に大きな地面反力を獲得するためには, 接地期後半に股関節屈曲トルクを発揮し,離地後すぐに脚を振り戻す必要があると考えら れる.. b) 膝関節 加速局面において,膝関節は接地期前半で屈曲し,後半で伸展する(伊藤ら 1994,Hunter et al. 2004b) .スタートから15 mまでの接地中における膝関節屈曲角度変化は,最高走速度 局面の膝関節屈曲角度変化よりも小さい(高木と田口 1994).一方で,スタートからの走 速度の増加に伴い接地期後半の膝関節伸展角度および角速度は低下することが報告されて いる(伊藤ら 1994).筋活動に関する研究によると,遊脚期後半から接地期中盤にかけて 外側広筋あるいは内側広筋の筋放電がみられるが,接地期後半にそれらの筋放電はみられ ず(馬場ら 2000,Jacobs and Van Ingen Schenau 1992,松下ら 1974) ,これは最高走速度局 面においても同様である (馬場ら 2000, Mann et al. 1980,松下ら 1974,Mero and Komi 1987, Nummela et al. 1994,Simonsen et al. 1985) .また,Delecluse(1997)は,加速局面の初期(0 11.

(13) mから10 m)において,膝関節伸展筋が身体を加速させる重要な役割を担っているが,スタ ートから10 m以降では,膝関節は周期的な重心の上下運動を維持するために,接地期にお ける重心高を維持する役割を担っているとしている.伊藤ら(1998)は,1991年当時の男 子100 m世界記録保持者と日本の女子短距離選手との走動作を比較した結果,男子100 m世 界記録保持者の方が,接地期後半の膝関節伸展角度が小さいことをモデルにより表してい る(図. 1-3) .図. 1-3のように,股関節が同一角度だけ伸展した際に,膝関節角度変化が小 さい方が,水平後方への足部の移動距離が長くなる.すなわち,膝関節角度変化を小さく することで,身体の大きな前方への移動を可能にしていることが示されている.逆に,接 地期後半の膝関節伸展角度を小さくし,遊脚期前半に膝関節をすばやく屈曲させることで, 遊脚中の下肢の回転半径を小さくし,下肢の慣性モーメントの減少させることも可能にな る(湯と豊島 1998)と考えられる.この膝関節角度変化を小さく保つという見解は,加速 局面の膝関節トルクを検討した研究においても示されている(馬場ら 2000,伊藤ら 1997, Johnson and Buckley 2001) .さらに,Johnson and Buckley(2001)やJacobs and Van Ingen Schenau (1992)は,加速局面後半における膝関節伸展トルクが重心高の維持に加えて,股関節伸 展パワーを足関節に伝達させる役割を担うことを示唆している. 最高走速度局面においても,接地期前半において伸展トルクが発揮されることが報告さ れており(阿江ら 1986,Bezodis et al. 2008,羽田ら 2003,Mann 1981,Mann and Sprague 1980) , 阿江ら(1986)やMann(1981)は,接地期前半に伸展トルクを発揮することで,膝関節は 主に着地時の衝撃を受け止めて重心高を維持させる役割を果していると考察している.こ れらの報告から,スタート直後は膝関節伸展トルク発揮が身体の加速に貢献し,加速局面 後半から最高走速度局面にかけては,膝関節伸展トルク発揮が着地時の衝撃を受け止めて 重心高を維持させる役割を果していると考えられる.. c) 足関節 加速局面の接地期において,足関節は接地期全体を通して底屈動作を行っているが,走 12.

(14) 速度の増加に伴い底屈角度変化量は減少し,足関節底屈角速度はスタートから 2-3 ステップ までは増加するが,その後,角速度は大きく変化しない(伊藤ら 1994) .また,筋電図に 関する報告では,加速局面と最高走速度局面に共通して,接地期全体を通じて下腿三頭筋 に筋放電がみられるが(馬場ら 2000,Jacobs and Van Ingen Schenau 1992, Mann and Sprague 1980,Mann et al. 1986,松下ら 1974,Mero and Komi 1987, Nummera et al. 1994,Simonsen et al. 1985) ,筋放電量はスタートから最高走速度局面(50 m 付近)まで大きな差異はみら れない(馬場ら 2000,Jacobs and Van Ingen Schenau 1992,松下ら 1974)ことが明らかにさ れている. 加速局面では,接地期全体を通じて足関節底屈トルクが観察され(伊藤ら 1997,Johnson and Buckley 2001) ,走速度の増加に伴い底屈トルクの最大値は増加することが明らかにされ ている(伊藤ら 1997) .走速度の増加に伴い底屈トルクの最大値は増加するにも関わらず, 足関節底屈角速度は変化しないが,走速度の増加に応じて地面反力の最大値が増加する (Mero and Komi 1986,Mero et al. 1992,Nilsson and Thorstensson 1989)ため,足関節底屈角 速度は変化せずに,底屈トルクが増加すると考えられる.さらに,伊藤ら(1997)は,特 にスタート直後に非常に高い足関節底屈パワーがみたれたことから,足関節底屈パワーが スタート直後の走速度の増加に貢献することを報告している.最高走速度局面では,接地 期において足関節は一峰性の底屈トルクおよびパワーが観察される(阿江ら 1986,Bezodis et al. 2008,羽田ら 2003,Hunter et al. 2004b,Mann 1981) .Mann and Sprague(1980)や松 下ら(1974)は,接地期後半には両筋の活動が低下することから,最高走速度局面におい て,足関節は接地期前半における重心の鉛直方向の低下を抑えるためにはたらく可能性を 示唆している.. これまでの加速局面における走動作と下肢三関節の関節トルクに関する報告をまとめる と,加速局面では,下肢三関節の伸展あるいは底屈トルク発揮により,走速度が増加する ことが明らかにされている.また,上体が徐々に起き上がる加速局面中盤から最高走速度 13.

(15) 局面では,膝関節伸展および足関節底屈トルク発揮が,着地時の衝撃を受け止めて重心高 を維持させる役割を果していると考えられる.しかし,これまでに,競技レベルの高い短 距離選手と競技レベルの低い短距離選手の加速局面における走動作と下肢三関節の関節ト ルクの差異について詳細に検討した報告はなく,それらの違いが加速局面の走速度に及ぼ す影響については明らかにされていない.. 1-2-4. スプリンターにおける下肢の筋腱複合体の機能特性に関する研究 これまでに,等尺性あるいは等速性股関節屈曲および伸展発揮筋力とスプリントタイム や走速度との関係を検討した研究によると,等速性股関節屈曲発揮筋力は 100 m スプリン トタイムとの間には有意な負の相関関係が認められること(Alexander 1989) ,100 m スプリ ントの最高走速度との間には有意な正の相関関係が認められること(渡邉ら 2003)が報告 されている.また,スプリントトレーニングを行っている被検者は,ウェイトトレーニン グを行っている被検者よりも,高速度(270 deg/s)での等尺性股関節屈曲および伸展発揮筋 力が有意に高値を示す(Blazevich and Jenkins 1997)ことが明らかにされている.さらに, Deane et al.(2005)によると,8 週間の股関節屈曲トレーニングにより,10 yd および 40 yd スプリントタイムは有意に短縮し,等尺性股関節屈曲発揮筋力は有意に増加することが報 告されている.Mann and Sprague(1980)は,スプリントの遊脚期におけるすばやい股関節 屈曲の重要性を示唆しており,これまでの等速性股関節発揮筋力とスプリントタイムや走 速度との関係を検討した報告は,Mann and Sprague(1980)のスプリントにおける報告を裏 付けるものであるといえる. 等尺性あるいは等速性膝関節発揮筋力とスプリントタイムや走速度との関係を検討した 報告によると,競技レベルが高い短距離選手は,競技レベルが低い短距離選手よりも高速 度(180 および 300deg/s)での膝関節屈曲発揮筋力が有意に高く(山本ら 1992) ,等速性膝 関節伸展発揮筋力とスプリントタイムとの間には有意な負の相関関係が(Alexander 1989, Dowson et al. 1998) ,等速性膝関節伸展および屈曲発揮筋力と 100 m スプリントの最高走速 14.

(16) 度との間には有意な正の相関関係が(杉田ら 1991,渡邉ら 2003)認められている.これら の結果から,等速性での膝関節伸展筋力の発揮能力がスプリントタイムを決定する要因の 1 つになる(Thorstensson et al. 1977)と考えられている.一方,等尺性での膝関節伸展発揮筋 力と 30 m スプリントタイム(Kukolj et al. 1999)や 100 m スプリントの最高走速度(杉田ら 1991)との間には有意な相関関係は認められないことが報告されている. ランニングやスプリント,ジャンプといった反動動作を伴う身体運動では,筋が一度引 き伸ばされる伸張性収縮時に,筋腱複合体に蓄積される弾性エネルギーを短縮性収縮時に 再利用することにより,短縮性収縮のみによる運動時よりも高いパワーが発揮される(伸 張-短縮サイクル) (Komi 1992) .筋腱複合体内の弾性要素の大部分は腱にあり,伸長され た腱に弾性エネルギーが蓄積される(Alexander and Bennet-Clark 1977) .ドロップジャンプ における伸張-短縮サイクル運動では,接地期前半に外側広筋の腱に蓄積される弾性エネ ルギーを接地期後半に放出することで短縮時の正のパワーが増加し,最大跳躍高が増加す ることが報告されている(Finni et al. 2003, Ishikawa et al. 2003, Ishikawa and Komi 2004).ラ ンニングやスプリントに関する研究においても,走速度の増加(6-7 m/s 以上)に伴い,伸 張-短縮サイクル運動により接地期前半の伸張性収縮時に筋腱複合体に弾性エネルギーが 蓄積され,接地期後半に弾性エネルギーが放出されることで,発揮される正のパワーが増 加することが報告されている(Cavagna et al. 1971,Cavagna 1977) .これらの知見から,短 時間に高いパワー発揮を要求されるスプリントにおいて,弾性エネルギーの蓄積と放出を 担う腱の力学的特性がパフォーマンスに影響すると推察される.また,シミュレーション により腱の力学的特性がスクワットジャンプにおける最大跳躍高に及ぼす影響を検討した Bobbert(2001)の研究においても,最大等尺性収縮時の下腿三頭筋腱の伸長率を 1-10%に 変化させたとき,伸長率が大きいほど最大跳躍高が増加することが明らかにされた. 近年では,超音波法を用いてスプリンターの腱や筋束の長さ変化を推定することにより, 筋腱複合体の力学的特性とスプリントパフォーマンスとの関係が検討されてきた.Kubo et al.(2000)は,スプリンターの外側広筋の腱は,スプリントトレーニングを行っていない 15.

(17) コントロール群よりも最大随意収縮の 10 から 20%の発揮張力に対する腱の伸長性が高く, スプリンターの外側広筋腱の伸長性は,100 m スプリントタイムと有意な負の相関関係にあ るとしている.また,Stafilidis and Arampatzis(2007)によると,優れたスプリンターの外 側広筋腱の伸長性は,最大腱張力の 30%以上の腱張力において 100 m スプリントタイムの 劣るスプリンターよりも高く,100 m スプリントタイムと外側広筋腱の最大伸長との間に有 意な負の相関関係があるとしている.しかし,Kubo et al.(2000)や Stafilidis and Arampatzis (2007)の報告では,100 m スプリントタイムと腓腹筋腱の伸長性との間に有意な相関関係 は認められておらず,腓腹筋腱の伸長性が 100 m スプリントタイムには影響を及ぼさない と結論づけている.また,馬場ら(2000)は,加速局面のスプリント中の足関節および膝 関節の関節角度変化から,屍体の筋腱複合体長を実測した Grieve et al.(1978)値を用いて, 腓腹筋およびヒラメ筋の筋腱複合体長を算出した結果,腓腹筋およびヒラメ筋は接地期前 半では筋腱複合体は伸長し,接地期中盤以降は短縮することを確認している.しかし,馬 場ら(2000)は,下腿三頭筋の筋腱複合体の接地期後半における短縮速度変化はスタート から最高走速度に至るまでほぼ一定であることから,下腿三頭筋が果す伸張-短縮サイク ルとしての役割は加速局面において一定であり,走速度の増加に伴い弾性エネルギーの貢 献度が高まると報告している Cavagna(1971)とは異なる見解を示している. これまでに筋腱複合体の力学的特性とスプリントパフォーマンスとの関係を検討した Kubo et al.(2000)や Stafilidis and Arampatzis(2007)の研究では,対象とした被検者の 100 m タイムは 10 秒台後半から 11 秒台であり,10 秒台前半の一流短距離選手を含めた被検者 を対象とした 100 m タイムと腱の力学的特性との関係は不明である.また,Wilson and Murphy(1996)は,等尺性発揮筋力が動的な運動を評価する指標になり得るとしているが, これまでのスプリントタイムや最高走速度と発揮筋力との関係を検討した報告の多くは, 等速性での発揮筋力によるものであり,これまでに,競技レベルの異なる短距離選手の等 尺性発揮筋力を検討した報告はみられない.Kukolj et al.(1999)で対象とした被検者には 短距離選手は含まれていないため,競技レベルの異なる短距離選手の等尺性発揮筋力の差 16.

(18) 異を検討する必要があると考えられる.. 1-3. 本論文の目的 短距離走における最高走速度は,加速局面における走加速度の大きさとその継続時間に よって決まり,走加速度には力積が直接的な影響を及ぼす.また,大きな力積の獲得に必 要な下肢関節のはたらきや,競技レベルの高い短距離選手が有している筋腱複合体の機能 特性,また,その機能特性が下肢のどの関節に所在するかを明らかにすることができれば, 競技レベルの高い短距離選手の走りを理解することができると考えられる.そこで本学位 論文では,競技レベルの高い短距離選手と競技レベルが低い短距離選手の走加速度や接地 期における地面反力,走動作,下肢の筋腱複合体の比較を通じて,競技レベルの高い短距 離選手の走加速度や地面反力,走動作,下肢の筋腱複合体の特徴を検討し,短距離走にお ける競技レベルの高い短距離選手の走速度の決定因子を明らかにすることを目的とした. 目的を達成するために,以下の実験を行った.. 第 2 章 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の走加速度と走速度の決定因子 競技レベルの高い短距離選手と競技レベルの低い短距離選手を対象として,加速局面に おける走加速度やピッチ,ストライドの変化を観察することで,競技レベルの高い短距離 選手の走加速度の特徴を明らかにすることを目的とした.. 第 3 章 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の地面反力とその力積の特徴 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の地面反力とその力積の変化パターンを 観察するとともに,走速度やピッチ,ストライドとの関係を検討することを目的とした.. 第 4 章 加速局面における競技レベルの高い短距離選手の下肢関節の角度,角速度,関節 トルクの特徴. 17.

(19) 加速局面における競技レベルの高い短距離選手および競技レベルの低い短距離選手の下 肢関節の角度,角速度,関節トルクの変化パターンを明らかにすることで,競技レベルの 高い短距離選手の下肢関節の角度,角速度,関節トルクの特徴を検討することを目的とし た.. 第 5 章 競技レベルの高い短距離選手の下肢筋腱複合体の機能特性 短距離選手の下肢関節の等尺性最大発揮筋力や腱の力学的特性を観察し,競技レベルの 高い短距離選手の下肢の筋腱複合体の機能特性の特徴を明らかにすることを目的として実 験を行った.. 第 6 章 総括論議 総括論議では,1.競技レベルの高い短距離選手の走加速度の決定因子について,2.同一走 速度時の走加速度や地面反力の群間比較について検討した.. 18.

(20) Rpy Rpx α. ay Mp. Dpy ax. m g. Ddy Rdx Md Rdy. Dpx. Ddx. 図 1-1. 二次元剛体リンクモデルを用いた関節トルクの算出 ここで,Rdx および Rdy はセグメント重心から遠位端までの距離を,Rpx および Rpy は近位端からセグメント重心までの距離を,Rdx および Rdy は遠位の反力を,Md は 遠位端のモーメントを,αはセグメントの各課速度を,ax および ay はセグメントの 加速度を,m はセグメント質量を,I0 は慣性モーメントを,g は重力加速度を,Mp は 近位端のモーメントを,Rpx および Rpy は近位の反力をそれぞれ示す.. 19.

(21) 図 1-2. Hunter et al.(2004a)の示したピッチ(上図)とストライド(下図)の決定因子モデ ル(deterministic model). 20.

(22) 図 1-3. キックフォームのモデル(伊藤ら 1998) 股関節伸展角速度が同じであっても,膝関節を固定した脚の後方伸展動作(A)の方 が膝関節伸展を伴う脚の後方伸展動作(B) より足が大きく後方へ移動する (∆Fa>∆Fb) .. 21.

(23) 第2章 加速局面における 加速局面における競技 における競技レベル 競技レベルの レベルの高い短距離選手の 短距離選手の走加速度と 走加速度と走速度の 走速度の決定因子. 2-1. 緒言 これまでの短距離走の走速度やピッチ,ストライドに関する研究によると,加速局面で はスタートから 40 m で最高走速度の約 95%に達し,ストライドも走速度と同様の増加パタ ーンを示すが,ピッチはスタート後 10 m でほぼ最大に達し,その後は大きく変化しないこ とが報告されている(阿江ら 1994,Kersting 1999) .最高走速度は加速局面における走加 速度の大きさと加速の継続時間により決定されるため,加速局面における走加速度の高低 は加速局面におけるスプリント能力を評価するうえで重要な要因である.しかしながら, 競技レベルの高い短距離選手と競技レベルの低い短距離選手の加速局面における走加速度 やピッチ,ストライドの変化を比較し,競技レベルの高い短距離選手の走動作の特徴を検 討した報告はない.競技レベルの高い選手の走加速度や走速度の決定因子の特徴を知るこ とは,加速能力の向上に必要な知見を得ることにつながると考えられる.そこで本章では, 競技レベルの異なる短距離選手を対象として,加速局面における走加速度やピッチ,スト ライドの変化を観察することで,競技レベルの高い短距離選手の走加速度や走速度の特徴 を明らかにすることを目的とした.. 2-2. 方法 2-2-1. 被検者 被検者は,大学の陸上部に所属する短距離選手 19 名であった.被検者は 100 m ベストタ イムにより Fast 群(n = 9)と Slow 群(n = 10)の 2 群に分類した.各群の被検者の身長, 体重および 100 m ベストタイムを表 2-1 に示した.身長および体重には群間で有意差は認め られなかったが,100 m 走のベストタイムは Fast 群が有意に短く,Fast 群の平均走速度は Slow 群よりも有意に高かった.実験に先立ち,各被検者には実験の目的,内容,測定中に 22.

(24) 起こりうる危険性に関して十分な説明を行った後に,書面による同意を得た.本実験は早 稲田大学スポーツ科学学術院倫理委員会の承認を得た後に行った.. 2-2-2. 実験方法 被検者に,十分なウォーミングアップを行わせた後,スターティングブロックを用いて, クラウチングスタートからの最大努力での 40 m 走を行なわせた.実験には 4 台のハイスピ ードデジタルビデオカメラ(EXILIM EX-F1,CASIO,Japan)を用いて,フレームレート 300 Hz,シャッター速度 1/1000 s でスタートからの走動作を撮影した.4 台の各カメラはそ れぞれ 5 m,15 m,25 m,35 m の各地点の走路側方に配置し(図 2-1) ,0 m から 40 m まで の各 10 m 区間の走動作が撮影できるように配慮した.. 2-2-3. 分析方法 本研究ではスタート後,スターティングブロックから両脚が離地し,次に接地した脚を 1 ステップとし,1-20 ステップまでを分析の対象とした.得られた画像から,接地時間と遊 脚時間を算出した.接地時間(tcon)は支持脚が地面に接してから離地するまでの時間,遊 脚時間(tair)は各ステップの接地前後の遊脚に要した時間の平均値とした.ピッチ(SF) は算出された接地時間と遊脚時間の和の逆数として求めた.また,動作分析ソフト (Frame-DIASⅡ V4,DKH,Japan)を用いて各ステップの接地時のつま先をデジタイズし, 対象とするステップの前後のつま先の移動距離の平均値からストライド(SL)を算出した. 各ステップの走速度(V)はピッチとストライドの積から求めた. 動作分析ソフトを用いて走動作中の右肩と右上前腸骨棘をそれぞれデジタイズし,重心 の近似点として両デジタイズポイントの中点を定義した後,以下の式を用いて重心の近似 点の水平速度を算出した.. V = (l / tair) 23.

(25) ここで,V は遊脚期の平均走速度を,l は遊脚期における右肩と右上前腸骨棘の中点の水平 移動距離を,tair は遊脚時間をそれぞれ表す.算出された平均走速度とステップの関係は 5 次の多項式により近似し(阿江ら 1994),近似式により得られた各ステップの遊脚期にお ける走速度を算出した.得られた遊脚期の走速度と接地時間(tcon)から,以下の式を用い て,接地期の平均加速度(ar)を算出した.. ar = (Vn. - V n-1) / tcon. ここで,V n は n ステップ目の遊脚期の平均走速度を,V n-1 は n ステップ目の 1 ステップ 手前の遊脚期の平均走速度を,tcon は V n と V n-1 との間の接地期における接地時間をそれぞ れ表す. 上記の式により算出した走加速度が走者の重心加速度を表す値として妥当かどうかを検 証するために,1 名の被検者を対象として,スタートから 8 ステップまでの二次元動作解析 により算出した走加速度と上記の式により推定した走加速度とを比較した.二次元動作解 析は動作解析ソフト(Frame-DIASⅡ V4,DKH,Japan)を用いて,身体分析点(頭部 3 点, 上肢 9 点,下肢 10 点)をデジタイズした後,3 点移動平均法により平滑化した.デジタイ ズにより得られた身体各部位の座標から,阿江ら(1992)の質量部分慣性係数を用いて, 身体の各セグメントおよび全身の重心座標を算出した. デジタイズは同一試技で 2 回行い, 2 回の分析により求められた各ステップの走加速度の変動係数は 3.7 ± 4.9 %であった.その 結果,二次元動作解析により算出した走加速度と上記の式により推定した走加速度との各 ステップにおける変動係数は平均で 4.0 ± 1.9 %であった.. 2-2-4. 統計処理 24.

(26) 本研究では,1 から 19 ステップまでの奇数ステップを分析の対象とした.Fast 群および Slow 群の群間差の検定には,二元配置の反復測定(群×ステップ)による分散分析を用いた. 交互作用が認められた際には,対応のない一元配置の分散分析により群間の差の検定を行 った.一元配置の分散分析の結果,F 値が有意と認められた場合,平均値の差の検定には Tukey の多重比較検定を用いた.すべての検定は危険率 5%未満(p < 0.05)を有意とした. 統計量の算出は,SPSS(12.0J for Windows, Japan)を用いて行った.. 2-3. 結果 各ステップの走加速度は,1-7 ステップにおいて Fast 群の方が Slow 群よりも有意に大き かった(図 2-2) .Fast 群の走速度は 7 ステップ以降すべてのステップで Slow 群よりも有意 に高かった(図 2-3) .Fast 群と Slow 群との間のピッチに交互作用は認められなかったが, 群に主効果が認められ,Fast 群が有意に高値を示した.ストライドは 15-19 ステップにおい て,Fast 群の方が Slow 群よりも有意に大きかった.接地時間は Fast 群と Slow 群との間に 交互作用は認められなかったが,群に主効果が認められ,Fast 群が有意に短かった.遊脚時 間はすべてのステップで群間差はみられなかった(図 2-4) .. 2-4. 考察 本章では,7 ステップ以降の走速度に群間差が認められ,Fast 群が有意に高い走速度で疾 走していた.また.加速局面前半における Fast 群の走加速度は,Slow 群よりも高値を示し, 1-7 ステップにおいて群間に有意差が認められた.これらの結果から,加速局面後半の走速 度の群間差は,加速局面前半の走加速度の有意差が影響したと考えられる.つまり,加速 局面におけるスプリントでは,加速局面前半,特にスタート直後の走加速度の大きさが, 加速局面後半以降の走速度を決める重要な因子であることを示唆するものである.さらに, 本章では,7 ステップ以降の Fast 群の走速度は,Slow 群のそれよりも有意に高かったにも かかわらず,Fast 群の接地時間は,加速局面全体を通して Slow 群よりも有意に短かったこ 25.

(27) とから,Fast 群は短い接地時間に Slow 群と同等の地面反力を獲得していたと推察される. 本研究から,走加速度を定量することで,走速度からのみでは説明できない加速局面にお ける Fast 群の特徴が明らかとなった. 接地中に走者が獲得する地面反力の水平成分は遊脚時間および遊脚距離を決める要素と なり,地面反力の鉛直成分は遊脚期における鉛直方向の移動距離を決める要素となる.福 田と伊藤(2004)は加速局面においてスプリントパフォーマンスが高い選手の方が大きな 地面反力の水平成分を獲得することを報告している.このことは,加速局面における高い 走速度の獲得にはことを示唆している(福田と伊藤 2004,Slawinski et al. 2010) .本研究に おける走加速度の結果を踏まえると,Fast 群は短い接地時間に大きな走加速度を獲得するこ とで,大きな地面反力の水平成分を獲得していたと推察される.大きな力積の水平成分の 獲得と接地時間の短縮との間には trade-off が存在するが,Fast 群は 1 ステップから 7 ステッ プにおいて,高い走加速度を獲得することで,大きな力積の水平成分を獲得しているとい える. 9 ステップ以降は,Fast 群が Slow 群よりも有意に高い走速度で疾走していたにも関わら ず,両群の獲得した走加速度には有意差が認められなかった.走速度と走加速度の相関関 係をみると(図 2-5) ,回帰直線の傾きには両群間で有意差は認められなかったが,Fast 群 の回帰直線の y 切片は Slow 群のそれよりも有意に高値を示した.これらの結果は,加速局 面において,同一走速度に対して獲得できる走加速度に両群間差があることを示している. 本研究では算出した走加速度と体重との積から,各被検者の身体が発揮した平均の力の水 平成分を算出した(図 2-6) .図 2-6 に示した力-走速度関係は,走運動中の走速度-力関係に ついて報告している先行研究(Jaskólska et al. 1999,Tsuchie et al. 2008)と同様に直線的な関係に あり,両群ともに,走速度の増加に伴い平均の力の水平成分は減少した.一方,競技レベルと は無関係に,走速度-力関係の傾きはほぼ一定であったにも関わらず,Fast 群と Slow 群との回 帰式の y 切片には群間差が認められたことから,Fast 群の被検者の多くは,Slow 群の被検者と 同一走速度に対して Slow 群の被検者よりも大きな平均の力の水平成分を獲得していることが 26.

(28) 明らかになった.特に,本研究で対象とした被検者の中で,最も 100 m ベストタイムが短かっ た(10.07 s)被検者の走速度-力関係(図 2-6 の太線)は,すべての被検者の走速度-力関係の 中で最も右上に位置していた.これらのことは,加速局面全体を通じて同一走速度のもとでよ り大きな力を地面に対して発揮することができる被検者がより高い加速を可能にし,その結果 として,より高い走速度で疾走することができることを意味する.. Fast 群のストライドは,すべてのステップで Slow 群のそれよりも大きい傾向にあり,15 から 19 ステップで群間差が認められた.さらに,Fast 群の走速度は 7 ステップ以降すべて のステップで群間差が認められた.走速度を変えて,等速でランニングあるいはスプリン トを行わせた際のピッチとストライドの変化を検討した先行研究(Hay 2002,松尾と福永 1981,Mero et al. 1981,Wood 1987,Yanai and Hay 2004)によると,低い走速度域では走速 度の段階的な増加に伴いストライドの増加がみられ,高い走速度域ではピッチが増加する ことが報告されている.本研究の加速局面においても,走速度の増加に伴いストライドが 増加したことから,加速局面後半の走速度の群間差には,ストライドの群間差が影響する といえる.また,本研究における加速局面のピッチとストライドの変化パターンは,国際 大会の 100 m 走を対象とした先行研究(阿江ら 1994)と同様の傾向を示した.本研究や先 行研究の結果も考慮すると,加速局面における短距離選手のピッチやストライドの変化パ ターンは,競技レベルに関係なく一定であり,大きなストライドで疾走することが走速度 に影響することが明らかとなった. 本研究では,加速局面後半の走速度とストライドには群間差が認められたが,ステップ とは無関係に,Fast 群のピッチは Slow 群よりも有意に高値を示した.これらの結果は,Fast 群は,加速局面においてストライドを増加させるだけでなく,スタートから高いピッチを 維持することが,高い走速度を獲得につながるといえる.接地中は遊脚期における重心の 水平移動距離を伸ばすための力積を獲得しなければならないため(Hunter 2004a),力積を 獲得するために必要な接地時間を保持しなくてはならない.本研究では,接地時間はすべ てのステップで Fast 群の方が短かったことから,Fast 群は短い接地時間に地面に対して大 27.

(29) きな力を発揮する能力が Slow 群よりも優れていることが,結果的に,Slow 群よりも高いピ ッチで疾走することも可能にしていたと考えられる.. 2-5. 要約 本章では,Fast 群と Slow 群の加速局面における走加速度やピッチ,ストライドの変化を 観察することで,競技レベルの高い短距離選手の走加速度や走速度の特徴を検討した.そ の結果,競技レベルの高い短距離選手は加速局面の前半(1-7 ステップ)において,競技レベル の低い短距離選手よりも有意に高い走加速度を獲得していた.競技レベルの高い短距離選手は 競技レベルの低い短距離選手よりも有意に高い走速度で疾走している加速局面中盤以降(7-19 ステップ)においても,競技レベルの低い短距離選手と同等の走加速度を獲得していた.結果 的に,Fast 群は同一走速度に対して Slow 群よりも高い走速度の獲得を可能にしていた.これら の結果から,加速局面全体を通じてより大きな力を地面に対して発揮することができる被検者 が,より高い加速を可能にし,加速局面後半において高い走速度で疾走できることが明らかに なった.. 28.

(30) 表 2-1. 被検者の身体特性,100 m ベストタイム. group Fast Slow. height [m] 1.71 ± 0.04 1.71 ± 0.07. body mass [kg] 66.6 ± 5.4 61.8 ± 6.1. * は Fast 群と Slow 群の有意差を示す(p<0.05) .. 29. 100 m best time [s] 10.58 ± 0.28 11.37 ± 0.17 *.

(31) 20m. start. 40m. running direction. cam1. cam2. cam3. cam4. 図 2-1. 実験装置の概略図 実験は屋外の全天候型トラックの直線走路で行った.実験には 4 台のハイスピードデ ジタルビデオカメラを用い,4 台のカメラをそれぞれ 5 m,15 m,25 m,35 m 地点の走 路側方に配置し,0 m から 40 m までの各 10 m 区間の走動作が十分に撮影できるように 配置した.. 30.

(32) 12. acceleration [m/s/s]. * 10 8. * *. 6. *. 4 2 0 1. 3. 5. 7. 9. 11. step. 図 2-2. 加速局面における走加速度の変化 ●は Fast 群を,△は Slow 群を示す. *:Fast 群と Slow 群の群間差が有意であることを示す.. 31. 13. 15. 17. 19.

(33) velocity [m/s]. 12. *. *. 10. *. *. *. *. *. 8 6. stride frequency [step/s]. 4 2 6 0 5. # 4 3 2. stride length [m]. 2.5 1. *. *. *. 15. 17. 19. 2.0 0 1.5. 1.0. 0.5. 0.0 1. 3. 5. 7. 9. 11. 13. step. 図 2-3. 加速局面における走速度(上図) ,ピッチ(中図) ,ストライド(下図)の変化 ●は Fast 群を,△は Slow 群を示す. *:Fast 群と Slow 群の群間差が有意であることを示す. #:Fast 群と Slow 群とのピッチには交互作用は認められなかったが,群に主効果 (Fast > Slow)が認められた. 32.

(34) contact time [s]. 0.25. 0.20. 0.15. 0.10. #. 0.05. flight time [s]. 0.00 0.15. 0.10. 0.05. 0.00 1. 3. 5. 7. 9. 11. 13. 15. 17. 19. step. 図 2-4. 加速局面における接地時間(上図) ,遊脚時間(下図)の変化 ●は Fast 群を,△は Slow 群を示す. #:Fast 群と Slow 群との接地時間には交互作用は認められなかったが,群に主効果 (Fast < Slow)が認められた.. 33.

(35) acceleration [m/s2]. 10 Fast group y = -1 .27x + 1 3.39. 8. * 6. 4 Slow group y = -1.23 x + 11.1 9. 2. 0 0. 2. 4. 6. 8. 10. velocity [m/s] 図 2-5. 加速局面における走速度と走加速度の走加速度の相関関係 ●と実線は Fast 群を,△と点線は Slow 群をそれぞれ表す. *は両群の y 切片の有意差を示す(p < 0.05) .. 34. 12.

(36) 600. Fastest sprinter. 500. force [N]. 400 300 200 100 0 2. 4. 6. 8. 10. velocity [m/s]. 図 2-6. 加速局面における各被検者の走速度と力の相関関係 実線は Fast 群の被検者,点線は Slow 群の被検者をそれぞれ表す. 太線は 100 m ベストタイムが最も短い被検者の回帰直線を表す.. 35. 12.

(37) 第3章 加速局面における 加速局面における競技 における競技レベル 競技レベルの レベルの高い短距離選手の 短距離選手の地面反力とそ 地面反力とその とその力積の 力積の特徴. 3-1. 緒言 第 2 章では,Fast 群は高いピッチを維持しながら,高い走加速度を獲得しており,それら が結果的に加速局面後半の高い走速度やストライドの獲得につながることが明らかになっ た.ストライドは接地中の力積の水平成分および鉛直成分の影響を大きく受けるため,加 速局面の走速度やピッチ,ストライドの変化を理解する上で,加速局面における各ステッ プの地面反力やその力積の変化を検討する必要がある.これまでに,走速度が 3 m/s から 5 m/s に増加した際には,地面反力の負の水平成分(ブレーキ方向)と正の水平成分(推進方 向)の両成分が増加する(Munro et al. 1987)ことや,走速度の高い選手ほど,加速局面におい て,短い接地時間に大きな地面反力を受ける(福田と伊藤 2004)ことが明らかにされてい る.一方,ヒトの走運動は接地期と滞空期を繰り返し,バウンドしながら前方に進む運動 であるため(Cavagna and Kaneko 1977) ,地面反力の水平成分の力積だけでなく,常に鉛直 の下方にはたらく重力に抗して身体重心の鉛直方向の周期的な上下運動を維持させるため には,接地期において重心の下向きの速度を減速させ,上向きの速度を生じさせる鉛直上 向きの力積を獲得する必要がある.しかしながら,実際の短距離走中の加速局面における 地面反力の鉛直成分に着目した研究は少なく(土江ら 2005),加速局面の各ステップにお ける,地面反力や力積の鉛直成分の変化については不明な点が多い.また,第 2 章と同様 に,競技レベルが高い競技レベルの高い短距離選手と競技レベルの低い短距離選手の加速 局面における地面反力やその力積の変化を比較し,競技レベルの高い短距離選手の走速度 の決定因子の特徴を検討した報告はない.そこで本章では,加速局面における競技レベル の高い短距離選手の地面反力とその力積の変化パターンを観察するとともに,走速度やピ ッチ,ストライドとの関係を検討することを目的とした.. 36.

(38) 3-2. 方法 3-2-1. 被検者 被検者は,オリンピック出場経験者 3 名を含む国内の競技レベルの高い短距離選手 5 名 (Fast 群)と,大学陸上競技同好会に所属する短距離選手 5 名(Slow 群)であった.各群 の被検者の身長,体重および 100 m ベストタイムを表 3-1 に示した.身長および体重および 100 m 走のベストタイムに両群間差が認められた.各被検者には実験の目的,内容,測定中 に起こりうる危険性に関する説明を行った後に,書面による同意を得た.本実験は早稲田 大学スポーツ科学学術院倫理委員会の承認を得た後に行った.. 3-2-2. 実験方法 実験は屋内の直線 100m の陸上競技走路で実施した.被検者には反射マーカを貼付し(頭 部:4 点,上肢:11 点,体幹:9 点,下肢:12 点) ,スターティングブロックを用いたクラ ウチングスタートから 50 m までのスタートダッシュを行わせた.本章では,直線走路の中 間付近に分析区間(約 5.4 m)を設定した.加速局面における各ステップのデータを分析区 間内で取得するために,被検者には分析区間の後方 0 m から 50 m まで 5 m ごとにスタート 位置をずらし,それぞれの位置から全力で分析区間を走り抜けるスタートダッシュを合計 11 試行行わせた.各試行間の休息は 2 分以上とし,疲労の影響を排除するように配慮した. 実験には 12 台の 3 次元光学式位置測定装置(VICON,VICON Motion Systems,UK)を 用いて,サンプリング周波数 120 Hz で分析区間内の疾走動作を撮影した.また,走路に直 列に埋設した 6 枚の地面反力計測装置(90 cm×60 cm;Kistler-9287A,Kistler,Switzerland) より,サンプリング周波数 600 Hz で接地期の地面反力を測定した.疾走中の身体座標およ び地面反力のデータは,VICON システム内で同期信号により同期させた.. 3-2-3. 分析方法 VICON システムによって得られた身体マーカの位置より,各関節および重心の座標を求 37.

(39) めた.それらの座標,地面反力および圧力中心を矢状面上に投影し,2 次元データとして分 析を行った.120 Hz の座標データは,4 次のデジタルローパスフィルタ(Winter 1990)によ り,遮断周波数 8 Hz(Arampatizis et al. 1999)で平滑化した後,600 Hz(土江ら 2005)にス プライン補間した.分析は,滞空期における重心の鉛直方向の最高点から,接地後の次の 滞空期の重心最高点までとし,1 ステップごとに分析した.その際に床反力計測装置から外 れて接地したステップ,あるいは 2 枚の床反力計測装置にまたがって接地したステップは 分析対象から除外した.. 3-2-4. 分析項目 走速度はピッチ(SF)とストライド(SL)の積により算出した.ピッチ,ストライドは 以下の式を用いて算出した.. SF = {1/( tair 1+ Tcon + tair 2)} SL = AL1+CL+AL2. ここで,tair1 は滞空期に重心が最高点に達してから接地するまでの時間,tcon は接地時間, tair 2 は離地から滞空期に重心が最高点に達するまでの時間,AL 1 は滞空期に重心が最高点に 達してから接地するまでの重心水平移動距離,CL は接地期の重心水平移動距離,AL2 は離 地から滞空期に重心が最高点に達するまでの重心水平移動距離をそれぞれ表す.また,各 ステップの走速度とその前のステップの走速度の差分から走速度の変化量を算出した.同 様に,各ステップのピッチ,ストライドとその前のステップのピッチ,ストライドの差分 からピッチ,ストライドそれぞれの変化量を算出した. 測定した地面反力から,以下の式を用いて地面反力の力積(Impulse)とその水平成分 (Impulsex) ,鉛直成分(Impulsey)をそれぞれ算出した.. 38.

(40) t con. Impulse =. ∫ Fdt 0 t con. Impulsex =. ∫ F dt x. 0 t con. Impulsey =. ∫ F dt y. 0. 接地開始の時刻をゼロ,接地の終了時刻を tcon とした.ここで,Fx は接地期に身体に作用 した地面反力の水平成分を,Fy は地面反力の鉛直成分をそれぞれ表す.また,地面反力の 力積を接地時間で除すことで,接地時の平均地面反力を算出した.さらに,図 3-1 の通り, 逆正接関数を用いて接地開始時の地面反力の作用角度(θ)を算出した. 各分析項目は 3 ステップごとに平均値を求め,それらを代表値とした.例えば 1 から 3 ステップまでは 1-3 ステップとし,16-18 ステップ目までを分析対象とした.. 3-2-5. 統計処理 Fast 群と Slow 群の群間差の検定には,二元配置の反復測定(Fast 群,Slow 群×各ステッ プ)による分散分析を用いた.交互作用が認められた際の各ステップにおける両群間の平 均値の差の検定は,対応のない t 検定を行った.各群のステップ間の差の検定は対応のある 一元配置の分散分析を行った.一元配置の分散分析の結果,F 値が有意と認められた場合, 平均値の差の検定には Tukey の多重比較検定を用いた.2 変数間の相関関係の算出にはピア ソンの積率相関分析を用いた.すべての検定は危険率 5%未満(p < 0.05)を有意とした. 統計量の算出は,SPSS(12.0J for Windows, Japan)を用いて行った.. 3-3. 結果 身長,体重および 100m ベストタイムにはそれぞれ両群間に有意差がみられた.走速度, ピッチ,およびストライドの結果を図 3-2 に示した.Fast 群の走速度は 7-9 ステップまで有 39.

(41) 意に増加し,Slow 群の走速度は 10-12 ステップまで有意に増加した.両群の走速度を比較 すると,10-12 ステップ以降で Fast 群が有意に高値を示した.ピッチは両群ともにステップ の増加に伴う有意な変化はみられず,両群間のピッチに有意差はなかった.ストライドは 両群ともに 7-9 ステップまで有意な増加を示した. Fast 群のストライドは 10-12 および 13-15 ステップにおいて,それぞれ Slow 群よりも有意に大きかった.走速度の変化量は両群とも に 1-3 ステップが最も大きく,ステップの増加に伴い減少した(図 3-3) .ピッチの変化量は 両群ともに 1-3 ステップが最大で,その後の変化量はほぼゼロであった.ストライドの変化 量は走速度と同様で,両群ともに 1-3 ステップが最も大きく,ステップの増加に伴い減少し た. 両群ともに,群内の地面反力の力積および力積の鉛直成分にはステップによる有意な変 化はなく,力積の鉛直成分および地面反力の力積には,交互作用は認められなかったが, 群に主効果が認められた(図 3-4, 3-5) .一方で,力積の水平成分は両群ともに 7-9 ステップ まで有意に減少し,1-3 および 4-6 ステップにおいて Fast 群の方が Slow 群よりも有意に大 きかった(図 3-5) .地面反力の平均値は両群ともに連続するステップ間での有意な変化が なく,地面反力の平均値に交互作用は認められなかったが,群に主効果が認められた(図 3-7) .接地時間は Fast 群では 7-9 ステップまで,Slow 群では 4-6 ステップまで有意に減少 し,16-18 ステップにおいて,両群間に有意差が認められた(図 3-8) .地面反力の作用角度 は,両群ともに 7-9 ステップまで有意に大きく,4-6 ステップにおいて Fast 群の方が Slow 群よりも有意に角度は大きかった(図 3-9) .. 3-4. 考察 加速局面において,走速度とストライドは両群ともに有意に増加したが,ピッチには変 化がみられなかった.また,ストライドの変化量は走速度と同様の減少傾向を示したが, ピッチの変化量は 1-3 ステップ以降ではほぼゼロであった.これらの加速局面のピッチとス トライドの変化パターンは,本論文の第 2 章の結果と同様の傾向であった.一方,各群に 40.

(42) おける 3 ステップごとの走速度の変化量とストライドおよびピッチの変化量をそれぞれ平 均した値との関係をみると,走速度の変化量とストライドの変化量との間には Fast 群で正 の相関傾向があり,Slow 群で有意な正の相関関係が認められたが,ピッチの変化量との間 には両群ともに有意な相関関係はなかった(図 3-10) .これらの結果から,スプリント走の 加速局面における走速度の増加の説明要因の 1 つとして,ストライドの増加があると考え られる. ストライドを規定する要因の 1 つは地面反力の力積の大きさである (Hunter et al. 2004a) . 本章では,加速局面前半において Fast 群が獲得した力積の水平成分は Slow 群のそれよりも 有意に大きかった.また,各群における 3 ステップごとの力積の水平成分およびストライ ドの変化量をそれぞれ平均した値との関係をみると,Fast 群では正の相関傾向,Slow 群で 有意な正の相関関係を示したことから(図 3-11) ,力積の水平成分が大きいステップほどス トライドの変化量が大きかったといえる.これらの関係から,力積の水平成分の大きさは 結果的に加速局面の走速度変化における被検者間の違いを説明する変数となることが確認 された.スプリント走の加速局面における地面反力の水平成分の重要性については,福田 と伊藤(2004)が,最高走速度の高い選手ほど,加速局面において短縮する接地時間によ り大きな推進力(地面反力の水平成分)を獲得していたことを報告している.また,本章 において,地面反力の作用角度は加速局面全体を通じて Fast 群の方が Slow 群よりも進行方 向に傾いていた.つまり,加速局面後半において,Slow 群は力積の水平成分を獲得するこ とができなくなるが,Fast 群はそれを可能にすることで Slow 群よりも有意に高い走速度で 疾走していたといえる. 一方,常に鉛直の下方にはたらく重力に抗して身体重心の鉛直方向の周期的な上下運動 を維持させるためには,接地期において重心の下向きの速度を減速させ,上向きの速度を 生じさせる鉛直上向きの力積を獲得する必要がある.選手が獲得しなければならない力積 の鉛直成分は,重力と 1 ステップに要する時間の積によって決定される(Hay 1993) .よっ て,一定のピッチを保とうとした場合,1 ステップあたりに獲得しなければならない力積の 41.

参照

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