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〈翻訳〉ゲッツ・ラントヴェーア「16-19世紀のリューベック法における法実務と法律学」--我が師ヴィルヘルム・エーベル(1908年6月7日-1980年6月22日)を回想しつつ

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(1)16-19世. 紀 の リュ ーベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. 翻訳. ゲ ッ ツ ・ラ ン トヴ ェ ー ア 「16-19世. 紀 の リ ュ ー ベ ッ ク法 に お け る 法 実 務 と法 律 学 」. 我 が 師 ヴ ィ ル ヘ ル ム ・エ ー ベ ル(1908年6月7日 一1980年6月22日)を. 回 想 しつ つ. 稲. 1.は. 1.本. 格. 兀. じ め に. 稿 で 拙 訳 を 試 み る ゲ ッ ッ ・ ラ ン トヴ ェ ー ア(G6tzLandwehr). 「16世 紀 か ら19世 紀 ま で の リ ュ ー ベ ッ ク 法 に お け る 法 実 務 と 法 律 学(RechtspraxisundRechtswissenschaftimLifbischenRechtvom16.bis zum19.Jahrhundert)」(1)は,そ. の 表 題 か ら,そ. して,そ. れ に 付 け られ た. 副 題 一DemAndenkenmeinesLehrersWilhemEbe1(7.6.190822.6.1980)一. か ら も推 測 で き る よ う に,彼 の 師 で あ る ヴ ィル ヘ ル ム ・エ ー. ベ ル の 中 世 リ ュ ー ベ ッ ク 法 史 研 究 を 踏 ま え な が ら,近 の リ ュ ー ベ ッ ク 法 の 変 遷 を,法. 世 か ら近 代 に か け て. 実 務 と 法 律 学 の 相 互 関 係 に お い て 明 らか に. し た も の で あ る。 こ の 意 味 で,こ 載 した拙 訳. の 論 文 は,『 近 畿 大 学 法 学 』 の 前 号(第48巻. 第1号)に. 掲. 「ヴ ィ ル ヘ ル ム ・エ ー ベ ル 『バ ル ト海 地 域 に お け る リ ュ ー ベ ッ ー216一.

(2) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. ク法 」」の続 編 と称 して もよ い。 な ぜ な ら,後 者 の エ ー ベ ル論 文 は,12世 紀 半 ば の リュ ー ベ ック市 の誕 生 か ら16世 紀 末 の校 訂 都 市 法 典 の成 立 ま で を主 に扱 い,近 世 以 降 に お け る リュ ー ベ ッ ク法 の歴 史 的 な展 開 につ い て必 ず し も十 分 に記 述 して は い なか ったか らで あ る。 確 か に,近 世 に入 る と と もに,中 世 に経 済 的 に繁 栄 した 自治 都 市 が,総 体 的 に,経 済 的 ・政 治 的 に歴 史 的 な重 要 性 を失 って い った か ら,近 世 以 降 の都 市 法 の展 開 を追 跡 す る必 要 は な い よ うに も思 え る。 例 え ば,本 稿 で の 対 象 で あ る 自 由帝 国 都 市 リュ ー ベ ッ ク も,ド イ ッ ・ハ ンザ の衰 退 と と と も に,そ の 歴 史 的 な 重 要 性 を 失 っ た か ら,リ ュ ー ベ ッ ク法 の 発 展 の 頂 点 を 1586年 の校 訂 都 市 法 典 の成 立 に見 て,そ れ以 降 の近 世 に お け る 同法 の展 開 の停 滞 ま た は衰 退 を予 想 して も不 思 議 で な い よ うに見 え る。 しか し,エ ー ベ ル 自身 も前 述 の 論 文 の中 で 既 に指 摘 して い た よ うに{2), 実 際 に は,近 世 に入 って も,リ ュー ベ ッ ク市 で は,前 述 の校 訂 都 市 法 典 を 主 要 な法 源 と して,さ. らに市 参 事 会 の法 判 告 活 動 等 を通 じて,独 自 の法 学. が 形 成 され て い った。 そ して,こ の こ とが,19世. 紀 に入 ってか ら も,同 法. が 現 行 法 と して効 力 を有 し続 け る法 的 な基 盤 とな った の で あ る。 本 稿 で紹 介 す る ラ ン トヴ ェ ー ア論 文 は,ま さ に,エ ー ベ ルが 十 分 論 じ尽 くす こ との で き なか った,こ の 中 世 と近 代 の間 の リュ ー ベ ック法 の展 開 を実 証 的 に論 及 し,言 わ ば,研 究 の空 白 を埋 め る こ と も目的 の1っ と して い る。 2.本. 論 文 の内 容 を簡 略 に紹 介 しよ う。 まず 「1.1586年. ク校 訂 都 市 法 典 」(原 文,24-34頁)で. の リュ ー ベ ッ. は,そ の編 纂 者 の1人 が ロー マ法 学. を学 ん だ 学 識 法 曹 で あ っ た こ とか ら,同 法 典 一 そ して,そ. の素 材 と な った. 16世 紀 の 法 典 一 に も,不 十 分 で は あ る にせ よ,人 文 主 義 法 学 の影 響 が 見 ら れ る こ とが 述 べ られ,「 ロー マ 法 の継 受 」 「を法 思 考 の学 問 化 の一 般 的 な過 程 と理 解 す るの で あ れ ば,校 訂 都 市 法 典 も継 受 立 法 と見 な され るべ きで あ る」(原 文,30-31頁)と. され る。 さ ら に同法 典 の 内容 が詳 し く紹 介 され, 一215一.

(3) 16-19世. 紀 の リュ ーベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. そ の実 体 法 と して の 実 効 性 も法 分 野 別 に細 か く論 じられ て い る。 rll.リ. ュー ベ ッ ク法 学 」(原 文,35-44頁)で. は,同 法 典 が成 立 した後,. 17世 紀 に入 る と と もに,同 法 典 の註 釈 か ら1つ の 法 律 学 派(Jurisprudentia)が 誕 生 した こ とが 明 らか に され る。 この ラ ン トヴ ェ ー アの 指 摘 は興 味 深 い。 なぜ な ら,学 問 的 な法 律 学 が 成 立 す る前 提 と して,普 遍 的 な,不 十 分 な もの にせ よ,体 系 的 で 実 定 法 的 な 法 典一 場 合 によ って は法 書 も あ りう る ので あ ろ うが一 の 存 在 の必 要 性 が 暗 示 され て い るか らで あ る。 換 言 す れ ば,尾なぜ,同 法 典 の 成 立 以 前 に は,リ ュ ーベ ック市 参 事 会 の 活 発 な 法 制 定 活 動 と裁 判 活 動 に もか か わ らず,法 学 識 者 で はな く,法 の素 人 で あ る市 参 事 会 員 が その 役 割 を 果 たす こ とが で きた の か,と い う疑 問 に も答 え る こ と が で き る ご ど に もな るで あ ろ う(な お,皿 の54頁 も参 照)。 次 に,こ の法 律 学 派 を 形 成 した 学 識 法 曹 の中 の,代 表 的 な 人 物 の学 問 的 な 傾 向 が 詳 細 に論 じ られ る。'その 発 端 に位 置 す るの は,普 通 法 を リュー ベ ック法 の 補 充 的 な 法 源 と して 利 用 した メ ヴ ィウ スで あ る。 さ ら に18世 紀 にな る と,'シ ュ タ イ ンを 始 あ とす る,主 にハ レ大 学 出 身 の 多 くの 学 識 法 曹 が リ'ユーベ ッタ法 学 を 形 成 じて ゆ く。 彼 らは,新. しい法 学 傾 向 で あ る近 世 自然 法 学 説 や 「実 務. 的 ・歴 史 的 な法 律 学 」 の 影 響 を 受 けな が ら,校 訂 法 典 の 解 釈 を 試 み て い る こ とが 指 摘 され,リ. ュ ー ベ ック法 学 が 当 時 の ドイ ッ全 体 の 学 問 傾 向 と無 関. 係 に展 開 した もの で はな い こ と も強 調 され る。 「皿.17・18世. 紀 に お け る学 識 的 な法 実 務 」(原 文,44-54頁)で. っ の事 例 を 挙 げて,校 訂 都 市 法 典 の 規 定 を め ぐって,彼. は,2. ら学 識 法 曹 が 実 際. に ど の よ うな法 解 釈 を 試 み,そ れ が 時 代 と と も に どの よ う に変 遷 して い っ た のか が 詳 論 され る。1っ. は,中 世 ドイ ッ法 の 法 原 則 で あ る 「手 が 手 を 守. れ 」 の適 用 対 象 を め ぐる論 争 で あ り,も う1つ は 「世 襲 財 産 」 の 定 義 を め ぐる もので あ る。璽特 に後 者 の 事 例 にお いて は,世 襲 財 産 の 伝 統 的 な 概 念 を 変 化 させ る法 慣 行 が 次 第 に普 及 して い く中 で,そ れ を 学 識 法 曹 が 学 問 的 に 一214一. 嶺.

(4) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. ど の よ うに再 定 義 して い っ た の か が 明 らか に さ れ て い る。 彼 らの 法 解 釈 は,彼. らが市 参 事 会 の 鑑 定 書 や宣 言 等 の作 成 に関 与 す る こ と に よ っ て,法. 実 務 に お い て直 接 適 用 され る もので もあ っ たか ら,こ こ に は,法 律 学 と法 実 務 との極 め て密 接 な協 力 関 係 が 見 られ る こ と に な る。 「IV.4ド. イ ッ 自由 都市 の上 級 控 訴 裁 判 所 の法 判 告 」(原 文,55-61頁). で は,1820年. か ら1879年 まで 存 続 した リュ ーベ ックの 上 級 控 訴 裁 判 所 の判. 決 活 動 が,同. じ く法 律 学 の 学 問 的 な傾 向 と の 関 係 に お い て論 じ られ て い. る。 同 裁 判 所 の判 決 の根 拠 に,校 訂 法 典 の 条 文 が 利 用 され つ つ も,実 際 に は,一 方 で,ロ. ー マ法 や 新 しい慣 行,他 方 で は,ザ クセ ンシ ュ ピーゲ ル 等. の様 々 な法 源 を 利 用 した こ とが 指 摘 され,換 言 す れ ば,同 裁判 所 が,新 た な法 学 潮 流 で あ るパ ンデ ク テ ン法学 や ゲ ル マ ン法学 も考 慮 しな が ら,裁 判 活 動 に専 念 して いた こ とが論 じられ て い る。 さ ら に商 法 にっ いて言 え ば, H・ テ ール を 通 じて,間. 接 的 で はあ るが,こ. の裁 判 所 の裁 判 実 務 が 商 法学. と商 法 典 の成 立 に貢 献 した こ と も指 摘 され て い る。 最 後 の 「V.終 章:19世. 紀 の改 革 立 法 」(原 文,62-65頁)で. は,地 方 特. 別 法 で あ った リュー ベ ッ ク法 が ドイ ッ帝 国 の成 立 と と もに,そ の役 割 を終 え た こ とが述 べ られ,結 論 と して,近 世 以 降 の リュー ベ ッ ク法 の活 発 な展 開 は,「法 実務 と法律 学 は一 互 いを実 り豊 か に し,助 長 して一 共 同 して昔 か らの法 遺 産 を執 行 し,リ ュ ー ベ ック法 を300年 以 上 にわ た って,そ の都 度 変 化 して い った社 会 ・経 済 的 な諸 関係 に適 合 させ て きた」(65頁)こ. とに よ. る,と い う こ とが再 度 確 認 さ れ て い る。 以 上 の論 述 が,き は,300近. わ め て 実 証 的 で 広 汎 な史 料 的 な裏 付 け に 基 づ くこ と. い膨 大 な原 註 か ら も明 らか で あ る。 しか も,い ず れ の原 史 料 に. も,詳 細 な分 析 が施 さ れ て い る。 訳 者 の管 見 す る限 り,リ ュ ー ベ ッ ク私 法 史 に関 す る研 究 と して は,本 論 文 は最 も実 証 性 の高 い研 究 の1っ. と言 え. る。 さ らに,一 方 で リュ ー ベ ック法 の独 自 の展 開 を追 跡 しつ っ,他 方 で そ 一213一.

(5) 16-19世. 紀 の リL一 ベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法律 学. の 担 い手 た ち の 法 学 識 と 当 時 の ドイ ッ の 法 律 学 の 潮 流 と の 交 錯 も視 野 に収 め る と い う;個. 別 的 ・地 域 的 な 事 象 と,普. こ こ で は活 き活 き と描 か れ て お り,こ. 遍 的 ・全 体 的 な 事 象 と の 交 錯 が. の 論 文 は量 的 ・質 的 に も優 れ た 作 品. に仕 上 が っ た こ と は ま ち が い な い。 た だ し,こ. の よ う な 首 尾 一 貫 した 論 旨 を 展 開 さ せ る た あ に,そ. 景 に あ る社 会 的,国. れ らの背. 制 的 な 事 実 は ほ と ん ど言 及 さ れ て は い な い{3)。 こ の 点. で は,本 論 文 が 余 り に も 「法 学 史 」 的 す ぎ る と い う印 象 を 受 け る 。 しか し,' こ れ に つ い て は∴ こ の 論 文 が 本 来 的 に 法 実 務 家 を 前 に し た 記 念 講 演 の 原 稿 で あ っ た こ と を 想 起 す べ き で あ る。 む し ろ,こ. の よ う な 法 律 学 と法 実 務 の. 在 り方 と,.そ の 歴 史 的 な 背 景 と の 相 互 関 係 に っ い て は,我 れ た 宿 題 と言 え る で あ ろ う。 ・93 ..こ. の よ う に,極. 々 読 者 に与 え ら. 磁1. め て 実 証 的 で,'手 堅 い 研 究 手 法 を 駆 使 す る ラ ン ト. ヴ ェ ー ア教 授 本 人 に っ い て も紹 介 し て お き た い'。', 彼 は,1935年11月24日,現. 在 の ニ ー ダ ー ザ ク セ ン州 の,ア,ラ"一 一(Aller).. 河 沿 い の フ ェ ル デ ン(Verden)市. に お い て 誕 生 した 。 父 の ヴ ィ ル ヘ ル ム は. 検察官 ・ ・L'(LdtenderOberstaatsahwalt)で. あ っ た 。1950年. ま っ た 後 〆 ラ ン トヴ ェ ー ア は ハ ノ ー ヴ ァ ー(Hannover)に. ま で 同市 に留 移 り,こ. 1956年 ∴ 大 学 入 学 資 格 試 験(Abitur)に. 合 格 した 。 同 年 か ら2年. ル ブ ル ク(Marburg)大. か ら1960年. (G6ttingen)大. 学 で,1958年. 学 で,彼. 合 格 し,ツ. に お い て 修 習 生(Referendar)を. ェ レ(Celle)の. 勤 め る 傍 ら,ゲ. 間,マ. ー. ま で ゲ ヅテ ィ ン ゲ ン. は 法 律 学 を 学 ん だ 。1960年,同. 験(Referendarexamen)に. こで. 市 で 第1次. 国家試. 上 級 ラ ン ト裁 判 所. ッ テ ィ ン ゲ ン大 学 の ヴ ィ. ル ヘ ル ム ≧エ ー ペ ル 教 授 の 下 で 研 究 員(WissenschaftlicheHilfskraft)と し て 働 い た 。1963年,彼 sistent)と. な り,同. は エ ー ベ ル の 研 究 助 手(WissenschaftlicherAs年,彼. althannoverschenLandgerichte)」. の下 で. 「旧 ハ ノ ー バ ー の ラ ン ト裁 判 所(Die 論 文(1964年. に 公 刊)で. 法学博士号を. 一212一. 喫㍑.

(6) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. 取 得 し た 。 さ ら に2年. 後 の1965年. に は 「中 世 に お け る ドイ ッ帝 国 都 市 の 質. 入 れ(DieVerpfandungderdeutschenReichsstatdeimMittelalter)」 論 文(1967年. に 公 刊)(4}に よ っ て,早. い て の 教 授 資 格(venialegendi)を. く も,ド. イ ツ法 制 史,民. 取 得 した 。 同 年,彼. 法,商. 法 にっ. はハ イ デ ル ベ ル ク. 大 学 法 学 部 の 一 前 任 者 の ジ ー ク フ リー ト ・ラ イ ケ(SiegfriedReicke)の 後 を 受 け て 一 ドイ ッ法 制 史 と民 法 の 正 教 授 と し て 着 任 し た 。 弱 冠30歳 て 正 教 授 の 地 位 を 得 た こ と は,彼 分 で あ ろ う。 そ れ か ら4年. に し. の学 者 と して の力 量 を推 測 させ る に は十. 後 の1969年,彼. は ハ ン ブ ル ク 大 学 法 学 部 に 移 り,. 前 任 者 の ヘ ル マ ン ・シ ュ ル ツ ェ ・フ ォ ン ・ラ ゾ ー(HermannSchultzevonLasaulx)の. 後 任 と して ドイ ッ ・北 欧 法 制 史 と民 法 の 正 教 授 と し て 教. 壇 に 立 っ こ と と な っ た 。 彼 が 担 当 す る講 義 科 目 は,法 ッ 法 制 史,中. 世 ド イ ッ 私 法,近. 世 私 法 史,ザ. (exgese)で. あ り,民 法 関 係 で は,総 則,債. 動 産 法),家. 族 法,相. そ の 後,何. ク セ ン シ ュ ピー ゲ ル 読 解. 権 法 総 論,物. 権 法(動. 産 法 と不. 度 か ハ ン ブ ル ク大 学 を 離 れ る可 能 性 が 彼 に訪 れ た。 ビ ー レ. エ ア ラ ン ゲ ン大 学(1990年)か 折 り合 わ ず,彼. ュ ン ヘ ン大 学(1972年),ケ. ル ン大 学(1989年),. ら の 招 聰 の 話 で あ る。 し か し,条. 件面等 が. は 現 在 も ハ ン ブ ル ク に留 ま っ て い る。 こ れ は,彼. に と って. そ ら く不 満 の 残 る所 で は あ っ た ろ う が,1986年. か ら ハ ン ブ ル ク大 学. に 留 学 す る よ う に な っ た 訳 者 に は ま こ と に幸 運 で あ っ た 。 な ぜ な ら,地 的 に も リ ュ ー ベ ッ ク に 近 い ハ ン ブ ル ク に,リ 教 授 と,豊. イ. 続 法 で あ る。. フ ェ ル ト大 学(1968年),ミ. は,お. 制 史 関 係 で は,ド. 理. ュ ー ベ ッ ク法 史 に 造 詣 の 深 い. 富 な 法 史 料 が 所 蔵 さ れ た ゼ ミナ ー ル 図 書 室 が 存 在 し た こ と は,. 訳 者 に と っ て は 理 想 的 な 研 究 環 境 と な っ た か ら で あ る。 訳 者 の こ れ ま で の リ ュ ー ベ ッ ク法 史 研 究 は,彼 4.本. な しに語 る こ と はで きな い。. 稿 で は 彼 の リ ュ ー ベ ッ ク法 史 に 関 す る論 文 の1つ. い る が,彼. の翻 訳 を試 み て. の 法 史 学 的 な研 究 は リュ ー ベ ッ ク法 史 に と ど ま る もの で は な 一211一.

(7) 16-19世. い 。'こ の 論 文 は,・ 極 論 す れ ば,.彼 の 枝 葉 の1っ. 紀 の リュ ー 一 一ベ ッ ク 法 に お け る 法 実 務 と 法 律 学. の ド イ ツ ・北 欧 法 史 の 全 体 の 中 の,,ほ. ん. に す ぎ な い と 言 っ て も よ い 。 そ の 多 岐 の 法 分 野 に わ た る,な. '・ ㍉ .∵. お か っ 原 典 か.ら 論 旨 ー を 組 み 立 て て い く実 証 的 な 彼 の 法 史 学 的 な 研 究 を 総 括 し,紹. 介 す る こ と は 訳 者 の 学 問 的 な 力 量 を は る か に 越 え る か ら,本. 邦 訳 の 際 に,ラ. ン ト ヴ ェ ー ア 教 授 に,特. で い た だ い た 。 以 下,そ. 論 文 の. に ご自身 の主 要 な研 究 の み を選 ん. れ を 転 載 す る。 ,1.・. (1)・. ド イ ツ 国 制 史,1特. に 中 世 に っ い て:'…. 、. 、1・t-,i,'一. ・1':1. DieLitenindenaltsachsischenRechtsquellen.(1982),Verpfandung derdeutschen'.Reichsstadte(1967)〔5),RechtshistorischeEinordnung der.Reichspfandschaften(1970)iBedeutungderReichs-'undTerritorialpfandschaften:(1967),K6nigtumundLandfrieden〈1968)sMobilisierung'undKonsolidierungderHerrschaftsordnung(1971)〔6),"Nation'f und"Deutsche.'Nation"幽(1979),Staatszweckund.Staatstatigkeitin 亡.,. Preu13enwahrenddererstenHalftedesl19.Jahrhunderts.(1987).・. ②. ∫レ∼. 裁 判 制 度 史 と 訴 訟 法 史:. AlthannoverscheLandgerichte(1964)(7},GogerichtundRifgegericht (1966),GenossenschaftlicheRechtsverfolgungimMittelalter(1975), {`Urteilfragen'und``Urteilfinden'1(1979)〔8),RechtsstellungderGutsherren,derHofbesitzerundderGlaubigerindenAbauBerungsverfahrenvordetnGogerichtaufdemDesum(2000).昌 ド;'. ㈲. 』 . ←1・.・,・.・1.・. 民 事 法 学 と商 法 学 の 歴 史:二. ,tt∴}. 『・:'・:・ ・.・.・. ・.一. 』te・1・ ・. ・し 、.、. Rechtspraxis,undRechtswissenschaftimLilbischen.RechtL(1980), JohannGeorgB廿schunddieEntwicklungdesHandelsrechtsim,18;. 一210一. 働. 3 唱 ♂. ρ 7. ▼. ◎.

(8) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. Jahrhundert(1976),JohannGeorgBiischsPlaneinerKreditversicherungvon1769(1976),die・HandelsrechtswissenschaftanderUniver・ sitatHeidelbergim19.Jahrhundert(1985),dieZHRalsOrgander Handelsrechtswissenschaft(1986),dieEinheitderRechtsordnungin derRechtsgeschichte(1994).. (4)商. 法 を 含 む 私 法 史:. DieVerfassungderAktiengesellschaften(1982),OrganisationsstrukturenderAktienuntemehmen(1982),dasAllgemeineLandrechtinder RechtspraxisseinererstenJahre(1988),AbstrakteRechtsgeschtiftein WissenschaftundGesetzgebung(1990),Ubergabe(Traditio)undEigentumserwerb・beimHandelskaufim19.Jahrhundert(1995),EigentumserwerbanSeeschiffenimdeutschehRechtwahrenddes19。Jahrhunderts(1999),VertrauensschutzdesDrittenbeidergewillkUrten StellvertretunginderGesetzgebunginDeutschlandseitdem18. Jahrhundert(1999).. ㈲. 海 商 法 史:.. DieHanseatischenSeerechtedes16.und17.Jahrhunderts(1984), BedeutungdesLUbischenSee'rechtswahrenddes18.Jahrhunderts (1986),dasPreu.BischeSeerechtvon1727(1986),dasSeerechtim OstseeraumvomMittelalterbiszumAusgangdes18.Jahrhunderts (2000/1),dieHavereiindenmittelalterlichendeutschenSeerechtsquellen(1985),PrinzipiendergemeinschaftlichenKosten-undSchadenstragungimSeerechtim18.Jahrhunderts(1987),BegriffsgeschichtederHavereivom16.biszum18.Jahrhundert(1991),Prinzipiender. 一209一.

(9) 16-19世. 紀 の リュー ベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. RisikotragungbeimSeefrachtsvertragvom13.bis17.Jahrhundert (1997).. (6)法. 学 識 者 に つ い て:. CarlJosephAntonMittermaier,1787-1867(1968,1986),HansWtistend6rfer,1875-1951(1987),HeinrichMitteis,1889-1952(1988),Max KaserinHamburg,1959-1971(1998),HeidelbergerJuristeninsechs Jahrhunderten(1986).. (7)編. 著:. DienichtehelicheLebensgemeinschaft(1978);StudienzudengermanischenVolksrechten.GedachtnisschriftfilrWilhelmEbe1(1982); DasnachfriderizianischePreuBen1786-1806(zusammenmitHans Hattenhauer,1987);Freiheit,Gleichheit,Selbstandigkeit.zurAktualittitderRechtsphilosophieKantsf自rdieGerechtigkeitinderGesellschaft(1999).. 以 上 の 研 究 論 文 リス トか ら も明 らか な よ うに,彼 の主 要 な研 究 対 象 は, 商 法 史,特. に,北 欧. バ ル ト海 地 域 にお いて 中 世 以 降 妥 当 して き たハ ンザ. 海 法 を 中 心 とす る海 商 法 史 に あ り,そ の 研 究 傾 向 は 最 近 ま す ま す 顕 著 に な って きて い るよ う に思 わ れ る。 そ の 際 の,彼 の 研 究 手 法 は,本 論 文 に も 見 られ るよ う に,こ れ まで の 研 究 の 空 白地 帯 を 埋 め て ゆ くこ と,ま た は, これ まで の 通 説 的 な 見 解 を,様 々 な 法 史 料 を 駆 使 して 再 検 証 す る こと,と い う極 あ て 実証 主 義 的 な 方 法 に基 づ いて い る。 我 々 は,法 史 学 的 な理 論 が この よ うな 研 究 の 基 礎 の 上 に 構 築 され ね ば な ら な い こ と を痛 感 さ せ られ る{91。 一208一.

(10) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. 本 訳 は,以 上 の こ とか ら も明 らか な よ うに,必 ず し も ラ ン トヴ ェー ア教 授 の本 来 的 な,特 に最 近 の,研 究 を的 確 に紹 介 した こ とに は な らな い で あ ろ う。 しか し,本 稿 が 契機 とな って,我 が国 で も,海 商 法 史 を含 む彼 の ヨー ロ ッパ 法 史 研 究 へ の関 心 が 一 層 高 ま る ので あれ ば,訳 者 に と って も,そ れ は望 外 の喜 びで あ るα ① 。 5.邦. 訳 に際 して は,で き るだ け直 訳 を試 み た。 そ の分,幾 分 奇 妙 な 日. 本 語 の 羅 列 にな って しま って い る ので は な いか と恐 れ る。 しか し,原 文 を 自分 の 言 葉 や 表 現 方 法 に全 く変 え て しま うこ と は,邦 訳 な らぬ 改 作 に陥 る ので な いか と い う危 惧 も感 じるか ら,で き るだ け,原 文 の 雰 囲 気 も残 す こ とを 心 掛 け,努 め て意 訳 は避 け るよ うに した。 しか し,そ うで はあ って も, 訳 者 の ドイ ツ語 能 力 や,ド. イ ッ法 史,と. りわ け近 世 私 法 史 に関 す る浅 学 さ. か ら,専 門 用 語 の 選 択 ミスや 稚 拙 な 誤 訳 等 は避 け られ な いで あ ろ う。 この 点 につ い て,読 者 に は ご海 容 を お 願 い した い。 本 文 にお い て,ド イ ツ語 が 括 弧()で の 固 有名 詞 が登 場 して い る個 所,あ. 括 られ た 個 所 は,人 名 や 地 名 等. るい は他 の邦 訳 も可 能 な個 所,ま た は. か な り意 訳 せ ざ るを え な か った 個 所 を 示 す。括 弧[]の. 個 所 は,訳 者 が,. 読 み や す くす るた あ に,別 に邦 文 を追 加 ・挿 入 した個 所 で あ る。 な お 原註 に も[]の. 個 所 が数 ヵ所 存 在 す るが,こ れ も本 稿 で は()に. 示 した。 括 弧 「 」 の個 所 は,原 文 に お い て""や`'の 個 所,ま. よ って表 付 け られ た. た は イ タ リッ クに よ って記 述 さ れ て い る個 所 を示 す。 段 落 の文 頭. に付 け られ た頁 数 は,原 文 の頁 数 を示 す。 最 後 に,原 註 に登 場 す る文 献 の 書 名 にっ い て。 当初,邦 訳 を付 け る こ と も考 慮 した が,そ れ らを参 考 文 献 と して紹 介 す る ので あ れ ば,原 文 の ま ま の方 が む しろ有 益 で は な い か と判 断 した。 それ ゆ え,書(題)名. に は,本 稿 で は,邦 訳 を付 け て い な い。. 一207一. 3顧. 畳層べ. 馬'"..

(11) 16-19世. 紀 の リュ ーベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. 註 (1)こ. の 論 文 は 『リ ュ ー ベ ッ ク 歴 史 協 会 雑 誌(ZeitschriftdesVereinsfnrLnb-. eckischeGeschichteundAltertumskunde)』 掲 載 さ れ て い る 。 訳 者 は,拙 『近 畿 大 学 法 学 』,第38巻. の 第60巻,1980年,21-65頁. に. 稿 「「リ ュ ー ベ ッ ク 法 」 研 究 の た め の1っ. 第1∼4合. 併 号,1991年,に. お い て,こ. の 覚 書 」,. の ラ ン トヴ ェー. ア 論 文 を 不 十 分 な が ら紹 介 し た こ と が あ る。 (2)拙. 訳,177-178頁. (3)原. 文 の註 ㈹. 。 に 挙 げ ら れ て い るUlfPeterKlause,DieGeschichtederLU-. beckerGerichtsverfassung,jur.Diss.Kiel,1968は. リュ ー ベ ック市 政 の通 史. 的 な研 究 で あ る。 (4)本. 論 文 は,我. が 国 で も,平. 城照介. 「ヨ ー ロ ッパ に お け る 中 世 的 支 配 と都 市 一. 中 世 後 期 西 南 ドイ ッ の 帝 国 都 市 を 中 心 に 一 」(『中 世 史 講 座3中 和57年,学 (5)こ. 生 社)に. れ は,前. (6)註(4)で. 世 の 都 市 』,昭. よ っ て紹 介 さ れて い る。. 述 の 教 授 資 格 申請 論 文 で あ る。. 挙 げ た 平 城 論 文 に は,RechtshistorischeEinordnungderReichsp-. fandschaften,BedeutungderReichs-undTerritorialpfandschaften,MobilisierungundKonsolidierungderHerrschaftsordnungに る 。 同 論 文,註 (7)こ. れ は,前. (8)若. 曽根健治. 述 の 法 学 博 士 号 申 請 論 文 で あ る。 「判 決 発 見 過 程 と訴 訟 当 事 者 」(『 熊 本 大 学 法 学 部 創 立 十 周 年 記 念. 「法 学 と政 治 学 の 諸 相 」』,1989年,所 (9)た. っ い て の言 及 もあ. ⑱ と㈲ を 参 照 。. だ し,教. 収)は,こ. の 論 文 を 詳 細 に 紹 介 して い る 。. 授 は 決 し て 過 去 の 史 料 の 中 に の み 沈 殿 し,現. で い る 訳 で は な い 。 例 え ば,本. 論 文 の 中 の,1586年. 成 立 し た こ と に 寄 せ て 「400年 以 上 も 前 に も,し う に]時. 在 の 法 状 況 に無 関 心. の校訂都市法典が拙速的 に. た が っ て 法 典 は[今. 日 と同 じよ. 間 不 足 と 不 注 意 の 中 で 成 立 し て い た の で あ る 」(29頁)と. 現 在 の 法 状 況 に 対 す る 警 句 と も 言 え る。 本 論 文 の 結 論(65頁)に. い う 指 摘 は, も同 様 の 趣 旨. が 込 め ら れ て い る よ う で あ る。 (1① 訳 者 も,当. 初,PrinzipienderRisikotragungbeimSeefrachtsvertragvom. 13。bis17.Jahrhundert(1997)の る 限 り,我. 翻 訳 を 試 み て い た 。 な ぜ な ら,訳. が 国 の ヨ ー ロ ッパ の 海 商 法 史 研 究 に は,な. さ れ て い る よ う に 思 わ れ た か ら で あ る 。 し た が っ て,こ は,た. 者の管見す. お 研 究 の 余 地 が か な り残 の 論文 を 邦訳 す る こ と. と え そ れ が 拙 訳 で あ っ て も,我. が国 で は少 な か らず学 問 的 意 味 を持 っ の. で は な い か と 考 え て い た 。 さ ら に,こ. の 論 文 も リ ュ ー ベ ッ ク法 史 と少 な か ら ず. 関 連 し て い る か ら,邦. 訳 も 不 可 能 で は な い よ う に 思 わ れ た 。 しか し,邦. 訳作業. の 過 程 で,彼. の 北 欧 法 史 に 関 す る 博 識 と,訳. に よ っ て,単. 独 の翻 訳 作 業 が 決 して容 易 で は な い こ とを次 第 に痛 感 さ せ られ る. に い た っ た 。 そ こ で,今 こ の よ う に,彼. 回 は,同. 者 の海 商 法 に関 す る不 十 分 な 知識. 論 文 を活 字 にす る こ と を断 念 す る こと に した。. の 法 史 学 的 な 研 究 が,我. 一206一. 々 が 未 だ 研 究 の 糸 口 を 捜 し求 め て い る.

(12) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. よ うな 未 着 手 の 法 史 学 分 野 にっ いて,極. めて 有 意 義 な方 法 論 的 な示 唆 も与 え て. くれ る場 合 が 少 な か らず 存 在 す る。 この意 味 か ら も,彼 の研 究 は も っ と注 目 さ れ て よい よ う に思 わ れ る。. 皿.ゲ. ッ ツ ・ラ ン トヴ ェ ー ア. 「16-19世. 紀 の リ ュー ベ ッ ク 法. に お け る 法 実 務 と 法 律 学 」*). 21頁 1879年10月1日 gesetze)(1)は. に,1877年[に. 施 行 さ れ,こ. 制 定 さ れ た]帝. れ は ドイ ツ に,全. 国 司 法 法(Reichsjustiz-. 帝 国 に統 一 的 な 司 法 制 度 と 統. 一 的 な 裁 判 手 続 き法 を も た ら した 。[し か し]上 昇 しつ つ あ る 市 民 層 に と っ て 重 要 な 法 分 野 で あ る 商 法 ・手 形 法 の 統 一 は,既 年(4〕の ドイ ッ 同 盟2)の. 条 約 に よ る 立 法(Vertragsgesetzgebung)に. て 準 備 さ れ,統 一 的 な 刑 法[も],1871年. 変 わ らず]な. 者 は]1871年. nach)。[よ. 有 の 意 味 で の(eigentliche)民. お 地 方 特 別 法(Partikularrecht)の. に 成 立 し た ドイ ツ 帝 国 を 構 成 す る,全. (Bundesstaaten)の,そ. よっ. の ドイ ッ 帝 国 の た め の 刑 法 典(5)に. よ っ て 創 出 さ れ て い た 。 こ れ に 対 して,固 法 は,[相. に 古 く1847年(3}と1861. ま ま で あ り,[後 部 で25の. 帝国 構成 国. れ ぞ れ の 法 秩 序 ご と に 異 な っ て い た(richtetsich. う や く]1873年12月20日. [連 邦 参 議 院 の 同 意 を え て]ド. に は,[帝. 国]議. 会 で の長 い議 論 の後. イ ッ帝 国 憲 法 は修 正 さ れ,す. べ て の民 事 法 に. つ い て の 帝 国 の 立 法 権 が 認 あ ら れ る こ と に な っ た(eingefOhrt)(6}。. 間 もな. 22頁 く連 邦 参 議 院(Bundesrat)は,著 ミ ッ ト(LevinGoldschmidt)(7}を. 名 な 商 法 学 者 レ ヴ ィ ン ・ゴル トシ ュ 委 員 長 と す る[準. 一205一. 備]委. 員 会 を 招 集 し,.

(13) 16-19世. こ[の. 委 員 会]は,ド. 紀 の リュ ーベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. イ ッ 民 法 典 の 構 想(Plan)と. い て の 専 門 家 に よ る(gutachtliche)提. 方 法(Methode)に. っ. 案 を 作 成 す る も の と さ れ た{8)。こ の. 委 員 会 の 意 見 に 基 づ い て,1874年7月2日,民. 法 典 の 草 案 の 作 成 の た め の,. い わ ゆ る 第1委. 員 会]は,そ. 員 会 が 任 命 さ れ だ9)。 こ の[委. の 任 務 を,帝. 上 級 商 事 裁 判 所 長 官 エ デ ュ ア ル ト ・パ ー ペ(EduardPape)uo)の 下 に13年 か け て 完 了 し たao。 そ の 結 果,[今 も,私. か ら]100年. 国. 委員長の. 前 の 同 時代 の 人 々. 法 の 領 域 で の 地 方 特 別 法 に よ る 多 様 さ が 終 り,こ. の法 領 域 で の法 の. 統 一 が 時 間 の 問 題 に す ぎ な い こ と を 看 取 す る(absehen)よ. うに な った。. 当 時 な お 有 効 で は あ っ た が,し 別 法 に 目 を 向 け る な ら ば,そ. か し[言. こ に 我 々 は[ま. 法 典(Naturrechtskodifikationen)を yern)に. お け る1756年. Landrecht),ア teilen)に. わ ば]死. ず 第1に]自. 見 出 す 。 ア ル トバ イ エ ル ン(Altba-. ル トプ ロ イ セ ン(altpreuBischen)の. 諸 領 邦(Landes-. の 一 般 ラ ン ト法(AllgemeinesLandrecht)az,そ. て プ ロ イ セ ン の ラ イ ン州(Rheinprovinz),ラ フ ァル ッ(bayerischenPfalz),か. る1809年. 然 法 に 基 づ く諸. の バ イ エ ル ン選 定 公 領 ・ラ ン ト法(Kurbayerische. お け る1794年. 1804-07年. 刑 を宣 告 さ れ た地 方 特. イ ン ヘ ッ セ ン,バ. っ て の ベ ル ク(Berg)公. の フ ラ ン ス 民 法 典,並. び に バ ー デ ン(Baden)大. の バ ー デ ン ・ラ ン ト法(BadischesLandrecht)等. に[第2に]我. し イ ェル ン. 領(13に お け る 公 国q① に お け で あ る。 さ ら. 々 は16世 紀 と17世 紀 の 継 受 立 法(Rezeptionsgesetze)(lsiや,. 23頁 最 終 的 に は,[第3に]そ 法 令(Rechtssatzungen)も の 自 由 都 市 で は,ブ リ ュ ー ベ ッ ク の1586年 ハ ン ブ ル ク の1603-05年. れ ど こ ろ か 中 世 的 な 都 市 と農 村(landliche)の 見 出 す 。[例 え ば]当 レー メ ン(Bremen)の1433年. 時 な お 存 続 して い た3っ の 中 世 的 な 都 市 法(m,. の 校 訂 都 市 法 典(RevidiertesStadtrecht),そ の 都 市 法(Statuten)q9が. 一204一. 諸. して. 見 出 さ れ る。 こ の よ う.

(14) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. な 法 秩 序 と 並 ん で,[第4に]1863年 も 存 在 し た 。 こ れ は,19世 schaft)に. の ザ ク セ ン(Sachsisches)民. 法 典{19). 紀 の パ ン デ ク テ ン 法 学(Pandektenwissen-. よ っ て 刻 印 さ れ た,多. くの 点 で,我. 々[=ド. イ ッ]の 現 在 の 民 法. 典 の 先 駆 者 で あ った 。 こ の よ う な 多 様 で 多 彩 な[当 [も]時. 代 錯 誤 で あ り,そ. して. 時 の 法 源 の]画. 像 は,今. に れ は]前[=19]世. 日 の 我 々 か ら見 て. 紀 の後 半 に絶 え る こ. と な く一 層 大 き くな りっ っ あ っ た 法 の 統 一 へ の 叫 び 声 も説 明 す る 。 し か し な が ら,こ. の よ う な 要 求 は,[他. な っ た 。 後 者 の 人 々 は,法 し,[法 律 学 の]学 は,地. 方 で]断. 固 と し た 敵 対 者 も見 出 す こ と に も. の 統 一 が,法. 活 動 の 生 気 の な い画 一 化 を もた ら. 問 的 な 展 開 と実 務 的 な 法 適 用 を 阻 害 し,そ. 方 特 別 法 の 生 き 生 き と し た 多 様 さ[ま. て い た ⑳。 しか し な が ら,こ. で]も. して最 終 的 に. 後 退 させ る こ とを恐 れ. れ ら の 警 告 者 た ち は 少 数 派 に 属 して い た 。[な. ぜ な ら]彼. ら の,立. 法 の 課 題 と法 律 学 の 役 割(Funktionen)に. え 方 は,到. 来 しつ つ あ る 産 業 的 な 大 衆 社 会 の 経 済 的 ・社 会 的 な 問 題 を 解 決. す る こ と に 役 立 た な か っ た[か こ こ か ら は,そ fahigkeit)と. つ い て の考. ら で あ る]。 そ う で は あ っ て も(jedoch),. れ 以 前 の 諸 世 紀 に お け る 地 方 特 別 法 の 活 動 能 力(Lebens諸 成 果 に っ い て の,い. 出 て く る訳 で は な い 。 こ れ ら[の. か な る[消. 極 的 な]評. 活 動 能 力 や 成 果]は,明. 価(Urteil)も らか に一 部 分 的. に は 既 に19世 紀 の 問 に 一 忘 れ 去 ら れ て しま っ た 。 そ れ ゆ え,我 特 別 法 の 意 義 を,リ. ュ ー ベ ッ ク 法 と,そ. 展 を 事 例 と し っ っ,[再. 度]回. 々 は,地. の16世 紀 か ら19世 紀 に か け て の 発. 想 して み た い の で あ る 。. 24頁 1.1586年 1.1586年 recht)は. の校 訂 リ ュー ベ ック都 市 法 典 の 校 訂 リュ ー ベ ッ ク都 市 法 典(RevidiertesLifbeckerStadtリ ュ ー ベ ッ ク に お け る 法 史 の1つ 一203一. 方. の 転 換 点 を 示 し て い る(mar一.

(15) 16-19世 紀 の リュ ー ベ ッ ク法 に お け る法 実 務 と法律 学. kiert)。 中 世 末 期 ま で は,リ な 力 強 さ と,激. ュ ー ベ ッ ク 法 の 発 展 は,尽. き る こ との な い 内 的. しい ば か りの 外 形 的 な 能 力 の 発 揮(Kraftentfaltung)に. よ って 特 徴 づ け ら れ て い た 。 [さ ら に]リ. ュ ー ベ ッ ク 法 は,マ. ク デ ブ ル ク 法 と 並 ん で,東. 欧 に お い て傑. 出 し た 都 市 法 家 族 を 形 成 し て い た 。 バ ル ト海 沿 岸 に 沿 っ て,リ 法 は ホ ル シ ュ タ イ ンか ら,メ. ク レ ン ブ ル ク,ポ. て,リ. で 広 ま っ た 。 そ の 普 及 の 担 い 手 は,東. フ ラ ン ト(Livland)ま. 遍 歴 す る リ ュ ー ベ ッ ク 商 人 と,[リ. ロ ス ト ッ ク,ス. ト ラ ー ル ズ ン ト,グ. ン ク(Elbing),メ. メ ル(Memel)を. い た る ま で の,全. ロイ セ ンを経 欧 へ と. ュ ー ベ ッ ク]市 に よ っ て 拡 大 さ れ た バ ル. ト海 商 業 で あ っ た 。 ト ン デ ル ン(Tondern)や. (Narwa)に. ン メ ル ン,プ. ュー ベ ッ ク. キ ー ル か ら,ヴ. ラ イ フ ス バ ル ト,ダ 経 て,レ. ィ ス マ ー ル,. ン ッ ィ ヒ,エ. ヴ ァル(Reval)と. ル ビ. ナル ヴァ. 部 で100以 上 の 都 市 に リ ュ ー ベ ッ ク法 が 授 与. さ れ た ⑳。 リ ュ ー ベ ッ ク 法 は,そ. の 内 的 な 力 強 さ を,商. 人 に よ っ て 占 め られ た. リ ュ ー ベ ッ ク 市 参 事 会 の 法 判 告(Rechtssprechung)か た 。 同 市 参 事 会 は 民 事 事 件 に お け る 第1審 級 裁 判 所(Niedergericht)と あ っ た の み な らず,す. [残 存 す る]3,500以 約1,000例. の 一[最. 初 は,都. 市 君 主 の]下. 競 合 しな けれ ば な らなか ったが 一 裁 判 所 で. べ て の 同 市 の 下 級 の 裁 判 所(Untergerichte)の. ま た は 控 訴 裁 判 所 と して,そ 法 廷(Oberhof)と. ら汲 み 上 げ て い. 上級. して リ ュ ー ベ ッ ク 法 を 授 与 さ れ た 都 市 の 上 級. し て 活 動 して い たOP。 市 参 事 会 の 法 判 告 は 今 日 で も な お 上 の 市 参 事 会 判 決 に よ っ て 証 明 さ れ て お り,そ. は,上 級 法 廷 の 判 決 と して の,リ. 決 で あ っ た ㈱。 そ れ ら の[判. 決]内. の内 の. ュ ーベ ック娘 都 市 に下 され た判. 容 は 「法 的 な 思 考 の 強 烈 な 連 続 性 」 を 証. 明 して い た ⑳。 [こ れ に 対 し て,校. 訂 法 典 が 編 纂 さ れ る]16世. 上 級 法 廷 と して の 役 割 は も は や,か. 紀 に は,リ. ュ ーベ ック の. な り消 滅 して い た 。 既 に1496年. 一202一. に は,.

(16) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. [シ ュ レ ス ヴ ィ ヒ]公 [領 内 の]リ. フ リー ド リ ッ ヒ1世(ゴ. ュ ー ベ ッ ク 法[を. ッ ト トル フ(Gottorf)家)は. 継 受 し て い た]ホ. ル シ ュ タ イ ン 都 市 に,. リ ュ ー ベ ッ ク へ の 上 訴 を 禁 止 し,そ の 代 わ り に,[上 ル(Kie1),イ. ッ ッ ェ ホ ー エ(ltzehoe),オ. 訴 裁 判 所 と して]キ. ー. ル デ ス レ ー エ(01desloe),レ. ン. ズ ブ ル ク(Rendsburg)市. に よ っ て 占 め られ る ホ ル シ ュ タ イ ン4都. 市裁判. 所(Vierstadtegericht)を. 設 置 して い たua。1558年,1570年,1622年. のメク. レ ン ブ ル ク の ラ ン ト ・宮 廷 裁 判 所 規 則(Land-undHofgerichtsordnungen),並. び に1566年. の ポ ン メ ル ン宮 廷 裁 判 所 規 則 も,同. へ の 上 訴 を 廃 止 し,そ Wahl),後. れ ら は 一 当 初,市. 様 に リュ ー ベ ック. 民 の 選 択 権 を 認 め て い た が(zur. に は 排 他 的 に 一 同 宮 廷 裁 判 所 へ の 上 訴 を 規 定 した ㈱。 最 終 的 に. 17世 紀 半 ば,領. 邦 君 主(Landesherren)に. よ る,こ. の よ う な,そ. して 同 様. 25頁 の 措 置 に よ って,リ た だ し,リ. ュ ー ベ ッ ク の 上 級 法 廷 の 組 織(Verband)が. ュ ー ベ ッ ク 都 市 法 家 族 ま で も崩 壊 し た 訳 で は な い 。 そ れ[=上. 級 法 廷 制 度 の 崩 壊]と. と も に リ ュ ー ベ ッ ク の 市 参 事 会 の 法 判 告 か ら,そ. 外 形 的 な 輝 き の み な らず,広 sforderung)も. 2.1586年. 崩 壊 した。. の. 範 な 法 創 造 と い う成 果 を 求 あ る 意 欲(Herau-. 奪 わ れ る こ と に な った。. の 校 訂 リ ュ ー ベ ッ ク 都 市 法 典 は,市. 参 事 会 の 委 任 に よ り,市. 長 ヨ ハ ン ・フ ォ ン ・ リ ュ ー デ ィ ン ク ハ ウ ゼ ン(JohanvonLUdinghausen)と,法 Schein)と. 律 顧 問(Syndicus)カ. リ ク ス ト ス ・シ ャ イ ン(Dr.Calixtus. 市 参 事 会 員(Senator)ゴ. ン(GottschalkvonStiten)に. ッ ト シ ャ ル ク ・フ ォ ン ・シ ュ テ ィ テ. よ っ て 編 纂 さ れ た(geschaffen)。[こ. 典 編 纂 の き っ か け と な っ た の は]法. の法. 的 安 定 性 の ひ ど く損 な わ れ て い た 時 期. が 先 行 し て い た こ と で あ っ た ⑳。 一201一.

(17) 16-19世 紀 の リュー ベ ッ ク法 に お け る法 実 務 と法 律 学. リュ ー ベ ッ ク 法[に. 服 し た]諸 都 市 で は,13世. ク 市 参 事 会 に よ っ て 発 せ ら れ た 真 正 な[法]写 紀 の 私 的 な 法 文(Rechtstexte)も な 法 典[さ ゆ え,そ. え]も. 本 と並 ん で,15世. 様 々 な 編 纂 物(Redaktionen)を. れ ら は 互 い に 一 致 し て お ら ず,さ. 私 的 な 作 品[=法. 編 纂 物]は[さ. ほ と ん ど 独 占 し(gepachtet),そ. 営 業 と も して い た ㈱。[そ れ ゆ え]そ な く一 法 文(Rechtstext)の. riften)を さ ら に,個. に市 外 か らや って来 た 本(Ursch-. う で あ っ た こ と は 全 く疑 う余 地 も な か っ た 。 書 き込 ま れ た 欄 外 註(Rand-. た な 条 文 と い う体 裁 を と り な が ら,法 規 範 と して 写. 本 の 法 文 に 挿 入 さ れ る(eingefifgt)こ. と もあ った⑬ ① 。 し た が っ て,極. ュ ー ベ ッ ク法 の 多 く の 都 市 に お い て,そ. い た 多 く の 写 本 に お い て,何 が,全. 書写. れ を利 益 の あ が る. 低 地 ドイ ッ 語 を 理 解 せ ず(mtichtig),原. 人 の 手 に よ っ て 原 本(Vorlage)に. 多 く の 場 合 に,リ. ド ミニ コ会. の 際 に一 多 か れ 少 な か れ 意 図 す る こ と. 変 更 や 曲 解 が 生 じ,特. 誤 解 す る場 合 に,そ. bemerkungen)が,新. ので. い リ ュ ー ベ ッ ク 法 の 法 文(Texten)の. 作 業(Abschriften)を. ら. れ らが 混 ざ り. 源 と し て は 非 難 の 余 地 の あ る(anfechtbar)も. 修 道 士(Dominikaner)は,古. 正. ら に は そ れ ら は部 分 的 に は 時 代. あ っ た㈱。 特 に リ ュ ー ベ ッ ク の ブ ル ク 修 道 院(Burgkloster)の. 書 写 員(Schreiber)が. 紀 や16世. 基 礎 と して い た 。 そ れ. ら ゆ る 非 リュ ー ベ ッ ク 的 な 法 に よ っ て も補 充 さ れ,そ. 合 っ て い た か ら,法. ュ ーベ ッ. 利 用 さ れ て い た 。[そ れ ど こ ろ か]真. 遅 れ に な っ て し ま っ て い た(veraltet)。 に],あ. 紀 や14世 紀 の,リ. めて. して利 用 され て. が 真 正 な リ ュ ー ベ ッ ク法 と見 な さ れ る べ き か. く不 明 確 に な っ て し ま っ た と して も不 思 議 で は な か っ た 。 そ の 結 果,. 以 下 の よ う な 語 呂 合 わ せ[ま. で も]が. ク 法 は 「陰 険 な(glupisch(hinterlistig))」. 横 行 す る こ とに な った。 リュー ベ ッ 法 で あ る と か,あ. ベ ッ ク 法 は 「さ か り の っ い た(lobbisch(laufig))」. 一200一. る い は リュー. 法 で あ る とか。 さ らに.

(18) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. 26頁 [以 下 の よ う な]慣. 用 句 も広 ま っ た 。 リ ュ ー ベ ッ ク 法 は. 「1台 の 荷 車 で あ. り,そ れ を 人 は思 う が ま ま に 引 き 回 す こ と が で き る 」 と か,人. は そ れ で 「手. 品 の 袋(Gauckeltasche)」. とができる と. か,で. の よ う に ご ま か す(spielen)こ. あ る⑳。. 1581年,メ う な]苦. ク レ ン ブ ル ク 公 ウ ル リ ッ ヒ(Ulrich)は. 情 を 呈 し た 。 す な わ ち,彼. 「リュ ー ベ ッ ク 法 に 関 す る2冊 が 提 出 さ れ,余. 市 参 事 会 に[以 下 の よ. の 面 前 で の 係 属 中 の 訴 訟 に お い て,. の 印 刷 本 と20冊 の 書 写(geschriebene)本. が そ れ ら を 相 互 に 念 入 り に 対 照 さ せ て み る と,リ. ク法 の か な り の 条 文 が 理 解 で き な い も の と な っ て い る こ と,そ. ューベ ッ. あ る本 に は,他. して さ らに. の 本 よ り も多 く の 条 文 が 収 録 さ れ て い る(verfaBt)こ. あ る こ と が 判 明 し た 」 と 。 さ ら に 彼 に 報 告 さ れ た こ と は,市 「リ ュ ー ベ ッ ク 法 が 印 刷 さ れ た 文 献[=印. 刷 本]も,そ. が 書 き写 さ れ て い る文 献[=書. も,リ. 写 本]を. と も. 参 事会 は. れ ど こ ろか 同 じ もの. ュ ー ベ ッ ク 法 と して は 認 識. し て い な い 」 と い う こ と で あ っ た 働。 既 に1497年 stock),ヴ. に,そ れ か ら1538年. と1542年. ィ ス マ ー ル(Wismar),エ. ク法 の 「無 秩 序(Unordnug)」. ー ル,ロ. ル ビ ン ク(Elbing)市 に つ い て,激. お い て 申 し 立 て て い た 。1579年6月29日 リ ュ ー ベ ッ ク市 と ロ ス ト ッ ク,ス マ ー ル の3市. に も,キ. は,リ. つ い て の 」1つ. そ の 中 で,[リ. ュ ーベ ッ. し い 苦 情 を リ ュ ー ベ ッ ク市 に. に 再 度 の 苦 情 が 述 べ ら れ た 後,. ト ラ ー ル ズ ン ト(Stralsund),ヴ. の 聞 で 「リ ュ ー ベ ッ ク 法 の 校 訂(Revidirung)と. licirung)に. ス ト ッ ク(Ro-. の 合 意(Vereinbarung)が. ィス. 出 版(Pub-. 取 り決 め ら れ た 。. ュ ー ベ ッ ク]市 参 事 会 は,同 市 参 事 会 が 彼 ら の 「父 祖 伝 来 の. リ ュ ー ベ ッ ク法(peculiareiusLubecense(seinerbeigenesLifbisches Recht))を. 自 ら見 直 し(ilbersehen),そ. して(nachGelegenheit),正. し く,そ 一199一. れ ら を 秩 序 づ け,こ. の時 期 を利 用. して 明 白 に す る つ も りで あ る 」 と 申.

(19) 16-19世. し 出 たcm。 た だ し,そ の[作 か っ た 。[そ の 後 の]何. 業]た. 紀 の リュ ーベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. め の1年. 間 の 期 間 は遵 守 さ れ る こ と は な. 度 か の 督 促 の 後 に,そ. 市 法 は以 下 の タ イ トル で1586年. 由 な 帝 国 の 都 市 リュ ー ベ ッ ク の,新 正 さ れ,そ. して古 い ザ クセ ン語 か ら高 地 ド. イ ッ語 へ と転 訳 さ れ た 諸 法 令(Statuta)と. 3.校. 都. に 印 刷 さ れ 出 版 さ れ る こ と に な っ たan。. 『皇 帝 に 属 す る(Keyserlichen),自 た に 見 直 さ れ(ubersehen),修. の 校 訂 作 業 は 実 行 さ れ,同. 都 市 法 』。. 訂 都 市 法 典 の 序 言 に は次 の よ う に 書 か れ て い る。す な わ ち,350年. も経 過 し,フ. リー ド リ ッ ヒ赤 髭 王[=1世]以. 来,歴. 認 さ れ て き た 法 が 「新 た に も う一 度 見 直 さ れ,そ た も の や,こ. 代 の皇 帝 によ って承. の 中 で古 くな って し ま っ. の 時 代 に 耐 え な い よ う な も の が 取 り除 か れ,そ. (hiebevorn)混. 同 さ れ た も の は す べ て,正. して これ まで. し い 順 序 に 配 置 さ れ,様. 々 の編. 27頁 (BUcher)と. 章(Tituln)に[下. 位 区 分 さ れ],ド. て 収 録 さ れ た(vorfassen)。. そ れ ゆ え,誰. (umbgehet)事. 例 を 見 出 し[う. い 。 そ して[誰. で も,こ. 言 を]見. る か ら,人. で も容 易 に,自 は]こ. の 法 典 に お い て]自. 出 す こ と もで き る で あ ろ う即. イ ッ語 と ラ テ ン語 に よ っ. れ に従 わ な け れ ば な らな. 分 で 助 言 を う る こ と も[,助. と。. 校 訂 都 市 法 典 は418条 か ら な る 法 素 材(Rechtsstoff)を6編 後 者 を,さ. ら に,全. 法(Personenrecht)を と 義 務 ⑳,市 [=第1編]に. 部 で61章. 分 が関 係 す る. に 小 区 分 し たen。第1編. 扱 っ て い る 。[す な わ ち]市. は,広. に 区 分 し, い意 味 で の人 の. 長 と市 参 事 会 員 の権 利. 民 と住 民 の 法 的 地 位 劔 の よ う な 憲 法 的 な 規 定 と 並 ん で,こ は 債 務 隷 属 制 度(Schuldknechtschaft)as},婚. こ. 姻 法(40「,夫婦 財. 産 制 度 ω,後 見 法 吻 な ら び に 動 産 と 建 築 物 の 取 得 時 効 ㈹,そ して 終 わ りの 所 一198一.

(20) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. で(schlieBlich)不 れ て い る。 第2編. 動 産 と動 産(Fahrnis)に は,相. 続 法 ㈲ と,市. 規 定 を 含 ん で い る。 第3編 法,相. っ い て の処 分 権 能 働 が 規 定 さ. 内 の 土 地,土. 地 税 と 関 税VIDに 関 す る. に は 債 務 法 が 見 出 さ れ,そ. 隣 関 係 も含 ま れ て い るlln。第4編. は,18章. こ に は破 産 法 と担 保. の86条. にお いて 刑 事 法 を. 28頁 扱 っ て い る ㈱。 第5編 に は,38条. は,裁. 判 制 度 ㈹ と 手 続 き 法anを. か ら な る 海 法 が 見 出 さ れ る の み で あ るeSD。. 校 訂 都 市 法 典 に お け る 法 素 材 の 配 列 は,独 者(Bearbeiter)に. 創 的 な も の で も,3人. よ る 独 自 の 創 造 物 で も 決 して な い 耽 彼 ら は,そ. ろ か 一 章 の 見 出 し(Titelttberschrift)の [記 載]が. 示 し て い る よ う に 一 「ロ ー マ 法 大 全 」 の 第1部 法 学 堤 要(Institutionen)の. て い る㈹。 こ こ で は,学. 識 法 曹 に して,し. 「法 学 博 士. ら か と思 わ れ る。 彼 は1529年. イ プ ツ ィ ヒ(Leipzig)(1545年)と. (1549年)に. お い て 両 法 を 学 ん だ 後,ラ. れ か ら キ ー ル 市 と,同. rich)2世,メ. 構 成 に 著 し く依 拠 し. 本 が[利. に マ イ セ ン(MeiBen)に. 用 さ 生 ま. ヴ ィ ッ テ ン ベ ル ク(Wittenberg) イ プ ツ ィ ヒ大 学 で 法 学 博 士 号 を 取 得 お い て 弁 護 士(Anwalt). ク レ ン ブ ル ク公 ヨ ー ハ ン ・ア ル プ レ ヒ ト,ザ フ ラ ン ツ(Franz)の. 問 と し て 活 動 し て い た 。 そ れ か ら,彼 リュ ー ベ ッ クへ 招 か れ,こ. ー ス テ ィニ. 時 に デ ン マ ー ク 国 王 フ レ ゼ リ ク(Fried-. エ ン ブ ル ク(Sachsen-Lauenburg)公. は1565年. ク セ ン=ラ. ウ. た め に法 律 顧. に 市 参 事 会 法 律 顧 問 と して. こ で 彼 は 市 の た あ に35年 間,外. 功 績 を あ げ た 後,1600年11月4日,71歳 た だ し,カ. の,ユ. 持 し て い た]写. し,最 初 ホ ル シ ュ タ イ ン伯 領(Holsteinischen)に と し て,そ. れ どこ. か も市 参 事 会 法 律 顧 問 で あ っ た. カ リ ク ス トス ・シ ャ イ ン」 の[所. れ た こ と は]明. の編 纂. ラ テ ン語 と ドイ ッ 語 の 並 列 的 な. ア ー ヌ ス(Justinian)の. れ,ラ. 含 む 。 最 後 の 第6編. 交 ・政 治 な ど で. で 死 去 し たan。. リ ク ス トス ・シ ャ イ ン に 由 来 す る の は,お 一197一. そ ら く校 訂 都 市 法.

(21) 16-19世. 紀 の リュ ーベ ッ ク法 にお け る法 実 務 と法 律 学. 典 の 構 成 の 構 想(Gliederungsplan)の. み で あ っ た で あ ろ う。本 来 的 に,彼. は外 交 的 な 任 務 を 果 た す た あ に頻 繁 に リュ ー ベ ッ クを 不 在 に して い た か らess,彼 は,細 に,特. か な 仕 事(Kleinarbeit)は. お そ ら く彼 の2人. の共 同 編 纂 者. に市 参 事 会 員 ゴ ッ ト シ ャ ル ク ・フ ォ ン ・シ ュ テ ィ テ ン に,任. ち が い な い ㈱。 こ こ か ら多 分 に,個. せ たに. 々 の章 の 見 出 し と内容 が必 ず しも一 致. 29頁 し な い こ と が 説 明 さ れ る よ う で あ るan。 こ れ は3人 さ れ て は い た 。 な ぜ な ら,彼. ら は こ れ を 校 訂 都 市 法 典 の 序 文 の 中 で,こ. 作 業 が 急 い で 行 わ れ な け れ ば な ら な か っ た,と い る か ら で あ る 。 「い か な る人 も,遠 velcognata)法. 素 材 が,時. (Titulis)に lassen)こ. と を,熱. い 関 係 ま た は 近 い 関 係 に あ る(affinis. 折 そ の 見 出 し(Rubrica)と. と の な い こ と を 望 む 。 しか し,今 ら,急. こ と を 行 う こ と は で き な か っ た 。 た と え,上 編(Codice)に. 4.内. 容 的 に 見 て,校. 作 業]は,近. 隣 の都 市. 回 す(zuschreiten)こ ら,こ. れ 以 上(anders)の. 記 の こ と(dergleichen)が. 時 折 見 出 さ れ る と して も,で. 以 上 も前 に も,・した が っ て 法 典(Gesetze)は[今 と 不 注 意(flifchtig)の. は一 致 しな い 章. 思 い 惑 う(sichirren. 回[の. い で 出 版(Edition)に. 心 に 求 あ ら れ て い た(angehalten)か. 列(Digestis)や. 日 と 同 じ様 に]時. 聞不 足. 中 で 成 立 して い た の で あ る 。. 訂 都 市 法 典 は ロ ー マ 法 の 影 響 を ほ とん ど 受 け て い. 語 だ け(durchaus)は. 見 出 さ れ る が,し. 見 れ ば,副. 面 的 な もの で あ る 。 こ の 点 で,リ. 法 典(Stadtrecht)は,他. 配. あ る 」。400年. な いua。 確 か に 散 在 的 に ロ ー マ 法 の 法 的 な 外 観(Rechtsfiguren)と. 次 的 で,表. の. い う理 由 を あ げ て 弁 明 して. 置 か れ て い る の で は な い か(ob),と. (Benachbarten)か. の 編 纂 者 に も既 に 意 識. の 都 市 の,内. か し こ れ ら の 模 倣 は,全. 法律用 体 と して. ュ ー ベ ック の都 市. 容 的 に もか な り ロ ー マ 法 化 さ れ た. 一196一. .、,一,.遭.

(22) 近 畿 大 学 法学. 第48巻 第3・4号. 継 受 立 法(Rezeptionsgesetzen),例 neburg)の. え ば,1577年. の リ ュ ー ネ ブ ル ク(Lif-. 改 革 都 市 法 典(Stadtrechtsreformation){60)や,1603-05年. の. ハ ン ブ ル ク都 市 法 ㈹ と は 根 本 的 に 異 な っ て い る 。 そ れ に も か か わ ら ず , 1586年 の 校 訂 都 市 法 典 は,古 (verbessert)新 ず,そ. い リ ュ ー ベ ッ ク の 法 文 の,単. に 改 定 され た. 版 に す ぎ な い と い う訳 で は な い 。 そ れ は 後 者 と は 少 な か ら. の精 神 と形 式 に お い て異 な って い た。. 3人 の 編 纂 者 は,法. 素 材 を 同 市 の 古 い 公 式 の 法 典 か ら引 き 出 し た の で は. な い 。 彼 ら は16世 紀 の 写 本 の 中 の1つ. を 利 用 し た[に. す ぎ な い]{6D。そ こ で. は,古. い リ ュ ー ベ ッ ク 法 が 採 録 さ れ て い る だ け で は な く,リ. ュ ー ベ ック法. を,と. り わ け ハ ン ブ ル ク法,ハ. 規 定,ヴ. ス ビ ュ(Wisby)の spiegel)が,さ. ンザ 決 議(Hanserezesse)の. 海 法(Seerecht),ザ. ィー. ク セ ン シ ュ ピ ー ゲ ル(Sachsen-. ら に は ロ ー マ 法 が 補 充 し,な. お か っ こ れ ら[の. 法 源]が. 混. ざ り合 っ て い た(63。し た が っ て,こ. の,全 部 で418条 か ら な る 都 市 法 の 約225. 条 の み が 「古 典 的 な(klassisches)」. リュ ー ベ ッ ク 法 と 見 な さ れ え(anspre-. chen),[そ. の 他 に は]約100条. が ハ ン ブ ル ク法 に 由 来 す る と い う も の で. あ っ た ㈹。. 30頁 彼 ら編 纂 者 た ち が 利 用 した リュ ー ベ ッ ク法 の scht)」 法 文(Texte)は,実. 務 的 な 法 適 用(Rechtsanwendung)の. で は な く,学 識 あ る 法 律 学 に よ る 表 現(Ausdruck)で は,法 sch)法. 「混 ざ り 合 っ た(gemi成果. あ った。 そ の背 景 に. の 体 系 的 な 記 述 と 概 念 的 な 完 全 性 を め ざ す 人 文 主 義 的(humanisti学 に 発 す る[学. 問]傾. 向 が 存 在 し て い た 。[内 容 的 に]混. ざ り合 っ. た 法 文 は以 下 の よ う な 苦 心 を 物 語 っ て い た 。 「我 々 の(heimischen)[法] 原 本(Vorlage)の し て い る欠 陥 を,で. 中 の,項. 目別 に 定 式 化 さ れ て い る に す ぎ な い 法 素 材 が 示. き る 限 り,内. 容 的 に 類 似 し,親 一195一. 縁 関 係 に あ る1っ. の法.

(23) 16-19世. 源,ま. 紀 の リュ ー ベ ック法 にお け る法 実 務 と法 律 学. た は よ く言 わ れ る よ う に,ど. こで も 有 効 で,補. 充 的 な1つ. の 法 源,. か ら取 り出 した 法 原 則 に よ っ て 埋 め 合 わ せ る 」 と い う こ と で あ っ た ㈲。 と り わ け,ヴ. ィ ッ テ ン ベ ル ク の 人 文 主 義 者 グ ル ー プ(Kreis)は,ド. け る体 系 的 な 法 律 学 の 開 拓 者 で あ り,そ stisch)帰. 納 論 的 な(induktive)方. し て 法 思 考 の 決 疑 論 的 で(kasui-. 法 に 代 わ る,総. 方 法 の 擁 護 者 で も あ っ た ㈹。 ま さ に(aber)[こ に お い て,カ. リ ク ス トス ・シ ャ イ ン は,彼. 合 的 な(synthetisch). の]ヴ の[リ. ィ ッテ ンベ ル ク大学. ュ ー ベ ッ ク で の]同. の 同 僚 ヘ ル マ ン ・ヴ ァ ル ム ベ ッ ケ(HermannWarmb6ke)㈱,彼. ヘル マ ン ・. フ ァ ン ・ フ ェ ヒ テ ル デ(HermannvanVechtelde)(69)と 大 学]か. ら,1536年. ン レ ー フ(JohannWynloeff)が,ヨ Oldendorp)㈲. 時期. の前 任 者. シ ュ テ フ ァ ン ・ク リ ン ケ ビ ル(StephanKlyngkebyll)uaと. た の で あ る 。 そ こ[=同. イ ッ にお. 勉 学 を共 に して い. に は,教. 授 の ヨ ー ハ ン ・ヴ ィ. ハ ネ ス ・オ ル デ ン ドル プ(Johannes. の 後 任 の 市 参 事 会 法 律 顧 問 と して リ ュ ー ベ ッ ク に 招 聰 さ れ. た よ う で あ るcn)。・ こ れ は 明 ら か に16世 紀 に お け る リ ュ ー ベ ッ ク と,ヴ. ィッ. テ ン ベ ル ク の 人 文 主 義 的 な 法 学 教 師 並 び に 彼 ら の 弟 子 た ち,と. の聞 の緊 密. な 結 び っ き を 明 らか に す る 。 も し都 市 法 典 の 編 纂 者 た ち が,校. 訂作業 にお. い て,「 混 ざ り合 っ た 」 法 典(Rechtstexte)の1っ れ ば,こ ungen)に. れ に よ っ て,彼. ら は,彼. ら の,当. 対 す る 精 神 的 意 味 で の 同 調 と,彼. よ っ て 刻 印 さ れ た 学 問[的 者 た ち の,法. 傾 向]と. か ら出発 して い た とす 時 の 方 法 論 的 な 探 求(Bemtthら[自 身]の. 人 文 主 義 の学 説 に. を 明 らか に し た こ と に な る 。 彼 ら編 纂. 素 材 の 論 理 的 な 秩 序[化]と,法. 典 の 体 系 的 な 完 全[化]へ. の. 努 力 は一 多 く の 欠 点 が あ る に も か か わ ら ず 一 疑 い よ う の な い も の で あ る 。 一 般 に ロ ー マ 法 の 継 受 と表 示 さ れ る過 程 が な 受 け 取 り(Ubernahme)と. ,ロ. ー マ 法 の諸 原則 の 実 質 的. 消 化(Verarbeitung)と. い う歴 史 的 な 観 点 か. ら の み 考 察 さ れ る な ら ば,1586年 (Schrittmacher)な. の 都 市 法 典 は 「ロ ー マ 法 の 導 入 の 主 導 者. ど で は 」 な か っ たma。[し か し]さ 一194一. ら に,こ. の継 受 を法.

(24) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. 思 考 の 学 問 化(Verwissenschaftlichung)の. 一 般 的 な過 程 と理 解 す る ので. 31頁 あ れ ば ㈲,校. 訂 都 市 法 典 も継 受 立 法 と 見 な さ れ る べ き で あ る 。 こ の 都 市 法. 典 は,確 か に 伝 統 的 な リ ュ ー ベ ッ ク の 法 制 度(Rechtseinrichtungen)を, と に も か く に も(durchaus)明 (bewahrt)の 衣 装 と,学. で は あ る が,こ. 白 に し,確 れ は,明. 実 な も の と し,守. ら か に,新. り続 け た. しい精 神 的 な構 造 とい う. 問 的 な 思 考 方 法 の 影 響 の 下 で 生 じ て い た の で あ る。. 5.1586年. の 校 訂 都 市 法 典 は,編. 纂 者 た ちが 期 待 して い た反 響 を至 る と. こ ろ で 見 出 した 訳 で は な か っ た 。 特 に,こ. れ ま で も っ ぱ ら古 い 一. 「混 ざ り. も の で は な い(unvermischen)」. 一 法 典 に したが って 法 判 告 が な され て い. た リ ュ ー ベ ッ ク 法 の 都 市 で は,こ. の,ハ. の]規. 定 を 取 り込 ん で(um)拡. ン ブ ル ク や そ の 他 の[様. 々 な法 源. 張 さ れ た 法 的 な 作 品(Gesetzeswerk)は. 決 し て 熱 狂 的 に 受 け 入 れ ら れ た 訳 で は な か っ た 。 こ の 校 訂 法 典 が,13世 の 最 初 の4半. 世 紀 に 建 設 さ れ て 以 来,リ. マ ー ル 市 に 伝 え ら れ た(bekannt)時 条 文 に は,必 れ ゆ え,特. ュ ーベ ック法 都 市 で あ った ヴ ィ ス. に{73a),人 々[=同. 要 な 解 説 が な お 欠 け て い る(vonN6then)」 に[校. 紀. 市 民]は. 「若 干 の. と判 断 した 。 そ. 訂 法 典 の]「 不 明 確 な 条 文 の ゆ え に 」,ヴ ィ ス マ ー ル 独 自. の 都 市 法 を 編 纂 す る こ と が 決 定 さ れ た 。 た だ し,こ. れ は 現 実[=法. 典]化. さ れ る こ と は な か っ た ㈹。 校 訂 都 市 法 典 の 低 い 評 価 は,お (entstandenen),粗 表 現 す る,意. そ ら く17世 紀 頃 に は 既 に 流 布 し て い た. 雑 に 法 文 を 切 り刻 む こ と(TextverstUmmelung)を. 地 の 悪 い,人. 口 に 胎 麦 し た 言 葉 の 「バ ル ホ ル ン化 す る[=改. 良 を 企 て て か え っ て 改 悪 す る こ と](Verballhornen)」 こ の 表 現 は,よ. く知 ら れ て い る よ う に,[リ 一193一. に も表 さ れ て い る。. ュ ー ベ ッ ク の]「 新 た に 見 直 さ.

(25) 1619世. れ(Ubersehene)」. 紀 の リュ ー ベ ック法 に お け る法 実 務 と法 律 学. 「改 訂 さ れ た(corrigirte)」. 都 市 法 典 が1586年. に,1531. 年 以 後 リ ュ ー ベ ッ ク で 印 刷 業 者 と し て 活 動 し て い た ヨ ー ハ ン ・バ ル ホ ル ン (JohanBalhorn)に. よ っ て 印 刷 さ れ,そ. の 結 果(und),彼. が 一 お そ ら く法. 典 の 表 紙 の 不 注 意 に 読 み 方 に 由 来 す る の で あ ろ うが 一 リ ュ ー ベ ッ ク 法 の 独 断 的 な 「改 訂 者(Verbesserer)」 こ の,1586年. と も な っ た よ うで あ る 。 す な わ ち,後. 都 市 に お い て,リ. ュ ー ベ ッ ク法 は,そ. 適 用 さ れ る べ き か,あ. そ ら く以 下 の こ. に,リ. ュ ー ベ ック法. の 校 訂 さ れ た 条 文(Form)に. る い は そ れ[=校. 訂]以. おいて. 前 の 条 文 にお いて 適 用 され. い う こ と が 論 争 と な っ た こ と で あ る(7sa)。1765年 に な っ て も,. キ ー ル に あ る シ ュ レ ス ヴ ィ ヒ=ホ sche)大. と に 由 来 し て い た ㈲。. の 都 市 法 典 の 真 正 さ に っ い て の 疑 念 が,お. と の 原 因 の1っ. る べ き か,と. と 見 な さ れ た,こ. ル シ ュ タ イ ン(Schleswig-Holsteini-. 公 領 の 法 務 局(Justizkanzlei)規. に 規 定 し て い た 。 す な わ ち,ホ. 則(Reglement)は. 以下 のよう. ル シ ュ タ イ ン 都 市 に お い て は,リ. ュ ーベ ッ. 32頁 ク法 と は,た emplar)に ら の,そ. だ. 「ホ ル シ ュ タ イ ン都 市 に 最 初 に 授 与 さ れ た 古 い 原 本(Ex-. 含 ま れ て い る も の 」[の み で あ る]と 理 解 さ れ る べ き と㈹。 こ れ し て 同 様 の 見 解 は,し. か っ た 。 な ぜ な ら,ど. か しな が ら ほ とん ど貫 徹 され る こ と はな. の 都 市 に も も は や 古 い 法 の 真 正 な 原 本 は存 在 し て い. な か っ た か ら で あ る 鵬 。 そ れ ゆ え,大. 抵 の 都 市,特. に 大 都 市 で は,リ. ベ ッ ク法 は ,1586年. の 校 訂 都 市 法 典 の 形 態 に お い て,妥. よ い(ausgehen)。. た だ し,ロ. ュー. 当 し た と言 っ て も. ス ト ッ ク で は,「 リ ュ ー ベ ッ ク法 と ロ ス ト ッ. ク 法 と の 違 い 」[と い う 文 献]ま. た は 「ど の 点 に お い て,リ. ュ ー ベ ッ ク法 は. ロ ス ト ッ ク で は 異 な る 形 態 で あ る と見 な さ れ る か,に っ い て の 解 釈 」[と い う文 献]が. つ く ら れ た り㎝,あ る い は 一 ま さ に そ こ[=ロ. 固 有 の 都 市 法 典 が 編 纂 さ れ た[か. ら,校 一192一. ス ト ッ ク]で. は一. 訂 法 典 が 利 用 さ れ る こ とは な か っ.

(26) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. た の で あ る](77a}。. 6.1586年. の 校 訂 都 市 法 典 は,前[=19]世. 紀 半 ば ま で,い. か な る本 質. 的 な修 正 を受 け る こ と もな か った。 しか し[こ. の 無 修 正 に っ い て,ま. な い こ と は,第6編. ず 第1に]言. に 規 定 さ れ た 海 法 は,校. 及 して お か な け れ ば な ら. 訂[法. 典 の 出 版]後,間. もな. く実 務 上 で は 適 用 さ れ な く な っ た と い う こ と で あ る 。 な ぜ な ら,1579年 取 決 め(Vereinbarung)に ル ズ ン ト,ヴ. お い て,リ. ィ ス マ ー ル は,海. 市 に 配 慮(deliberation)し ぜ な ら,こ. ュ ー ベ ッ ク,ロ. ス ト ッ ク,ス. の. トラー. 法 的 な 規 定 の 起 草 を 「名 誉 あ る 全 ハ ン ザ 都. て 」 行 う こ と で 一 致 して い た か ら で あ る 。 「な. の よ う な 法 は 彼 ら[=4都. 市]の. み な らず,名. 誉 あ る全 ハ ンザ. 都 市 に も関 係 す る か らで あ る 」「m。こ れ を 受 け て,1591年. の リュ ー ベ ック の. ハ ンザ 会 議 に お い て 「船 舶 所 有 者(Schiffs-Redere),船. 長(Schiffer),船. 員(Boths-Leute)が Ordnung)」. 今 後 遵 守 す(sichverhalten)べ. が 可 決 さ れ た ㈲。 こ の 海 法 は[さ. の ハ ンザ 会 議 に お い て 「新 た に 見 直 さ れ,か. き船 法(Schiffs-. ら に]1614年. の リュ ーベ ック. つ 改 訂 さ れ 」,そ し て 「名 誉 あ. る ハ ン ザ 都 市 の 船 法 に して 海 法 」⑳ と い う 名 称(Titel)と. と も に,バ. 海 の 海 商 法 と し て 妥 当 す る こ と に な っ た 。 こ れ は,1794年. の プ ロ イ セ ンー. 般 ラ ン ト法 の 海 法 に 関 す る規 定 と,さ の 海 法 に 関 す る規 定[の. 制 定 ま で]効. ら に 後 の1861年. ル ト. の 一 般 ドイ ッ 商 法 典. 力 を 失 う こ と に は な か っ たBO。[な お]. 33頁 こ の ハ ン ザ 海 法 は,リ. ュ ー ベ ッ ク に お い て は,1655年. の. 「略 式 海 上 裁 判. 所 ・訴 訟 規 則(OrdnugdessummarischenSee-Gerichts-Processus)」 に よ っ て 補 充 さ れ た ㈱。 [第2に,言. 及 す べ き こ と は]都. 市 法 典 の 第5編 一191一. の,裁. 判 制 度 と訴 訟 に 関.

(27) 16-19世 紀 の リ=一 ベ ック法 に お け る法 実 務 と法 律 学. す る 規 定 が,1631年 1642年. の 「校 訂 上 級 裁 判 所 規 則 」 と,1648年. の 「下 級 一,外. 国 人 一,控. 録 」uaに よ っ て 補 充 さ れ た[こ lich),不. の そ の 「追 録 」,. 訴 裁 判 所 の 校 訂 規 則 」 と,そ. の 後 年 の 「追. と で あ っ た]。 な お 付 言 す れ ば(schlieB-. 動 産 法 と土 地 取 引 に と っ て 重 要 で あ っ た の は,1637年. バ ー 都 市 帳 簿(Obern-Stadt-buchs)規 (Cantzley)規 [第3に]内. 則 」 と1639年. 「オ ー. の 「校 訂 書 記 局. 則 」 の オ ー バ ー 都 市 帳 簿 に 関 す る 規 定 で あ っ たmo。 容 的 に 注 目 に 値 す る の は,校 訂 都 市 法 典 が,例. 年 の ハ ン ブ ル ク 都 市 法(Statuten)anと. は 対 照 的 に,手. な る 規 定 も 含 ん で い な か っ た こ と で あ る 。1662年 か に手 続 き さ れ る(procedirt)べ 則 」 と,1669年. の. の 「校 訂 さ れ,改. 形 法 につ い て い か. の 「手 形 事 案 に お い て い. き か に っ い て の,名. 誉 あ る市 参 事 会 の規. 定 さ れ た 手 形 規 則 」enは,ほ. 名 前 に値 す る も の で は な か っ た 。特 に,[こ 名 な 手 形 規 則 ㈱ と 比 較 す る な ら ば,リ. え ば1603-05. れ を]1711年. と ん ど,そ. の. の ハ ンブ ル ク の有. ュ ーベ ックの 手 形 規 則 の 規 定 は ま さ. に 貧 弱 に 見 え る。 さ ら に 保 険 法,特. に 海 上 保 険(See-Assekuranz)に. つ い て は,1586年. の. 都 市 法 典 で は い か な る言 及 も な さ れ て は い な か っ た 。 こ れ は16世 紀 の 立 法 作 品 と し て は,さ 上 保 険 は,ド. し あ た り,特. イ ッ で は,そ. [る こ と に な る]か. に 驚 くべ き こ と で は な か っ た 。 な ぜ な ら海. も そ も1588年. ら で あ る ㈱。 しか し驚 くべ き こ と は,リ. 事 会 が 後 に な っ て も後 者 の 制 度(Materie)を [こ れ と は]対. に初 あ て ハ ン ブ ル クで 導 入 さ れ. 導 入 しなか った ことで あ る。. 照 的 に 近 隣 の 都 市 ハ ン ブ ル ク は,1731年,「. 規 則(Havereiordnung)」. に よ っ て,こ. ュ ー ベ ッ ク市 参. の 種 の 最 初 の[規. 保 険 そ して海 損 則]を. 創 造 し,. 34頁 これ に よ って市 の 境 界 を越 え て 名 声 を は せ る こ と にな った㈱。 後 者 の規 則 は,そ れ ゆ え リュ ー ベ ック に お い て も常 に引 用 され,適 用 され る こ と に 一190一.

(28) 近畿大学法学. 第48巻 第3・4号. なった ㊧ ① 。 最 後 に[な. お]注. 目 す べ き こ と は,幾. ブ ル ク の 都 市 法 ⑲Dと 比 べ て,校. 訂 リ ュ ー ベ ッ ク都 市 法 典 が,本. を 僅 か に規 定 して い る(behandelt)に frau)に. っ い て の5力. の5力. 条es,商. 1591年. と1614年. 条ez,商. 分 年 代 の 新 し い1603-05年. のハ ン. 来 的 な商 法. す ぎ な い こ とで あ る。 女 商 人(Kauf-. 事 会 社(Handelsgesellschaften)に. 業 帳 簿(HandelsbUcher)に. っ い て の1力. つ いて. 条 ⑨oと 並 ん で,. の ハ ンザ 海 法 に よ っ て 間 も な く時 代 後 れ と な っ た,そ. そ の う え 不 完 全ellな,海. 灘 ⑤ に っ い て の38条 の み が[規. ぎ な か っ た 。 こ れ は]「 商 業(HandelundWande1)に 人 の 都 市 」 に と っ て,ま 一方 において は. ,こ. た 法 素 材 が ㈱,た だ[実. 定 され て い る にす 捧 げ ら れ た]an「 商. さ に 驚 く べ き こ と(Befund)で. の よ う な,商 際 に]利. あ っ た 。 これ は,. 人 的 な 法 実 務 と 裁 判 慣 行 を 通 じて 成 立 し 用 さ れ て い る(gelebtes)だ. さ れ た 法 と して 伝 承 さ れ て は い な か っ た か ら,そ (Redaktionsauftrag)の. して. れ らの[法. 対 象 と は な らな か っ た(erfaBt),と. 帰 せ ら れ る。 他 方 に お い て は,商. け で,規. 範化. 慣 行]が. 編纂. い う こと に. 人 の 法 制 度 に対 す る 配 慮 の 不 十 分 さ は,. 都 市 法 典 の 編 纂 者 た ち が 人 文 主 義 的 な 法 律 学 の 法 思 考 に 完 壁 に と らわ れ て い た こ と の 結 果 で も あ っ た 。 な ぜ な らば,16世. 紀 の ド イ ッ の 法 律 学 で は一. 特 に イ タ リア と は全 く対 照 的 に一 商 法 は学 問 的 な 考 察 の 対 象 と は[な 見 な さ れ て い な か っ た(unbekannt)か ら も,校. ら で あ るeg)。そ れ ゆ え,こ. お]. の観点か. 訂 都 市 法 典 は 継 受 立 法 で あ っ た こ と が 判 明 す る の で あ る ㈹。. 35頁 】1.リ ュ ー ベ ッ ク 法 学(JurisprudentiaLubece皿sis) 17・18世. 紀 に お い て,校. 訂 リ ュ ー ベ ッ ク都 市 法 典 は,内. 容 豊 か な,そ. て そ の 在 り方 と し て は ドイ ッ で は 唯 一 の 地 方 特 別 法 に 関 す る法 律 学(Wissenschaft)の. 対 象 と な っ た 。 こ れ が リ ュ ー ベ ッ ク 法 学 で あ っ たeoD。 一189一. し.

(29) 16-19世 紀 の リュー ベ ッ ク法 に お け る法実 務 と法 律 学. 1.そ. の 発 端 に 位 置 し て い た の は,ダ. Mevius:1609-1670年)と,彼. ー ヴ ィ ド ・ メ ヴ ィ ゥ ス(David. の1642-43年[に. 書 い た]内. 『リ ュ ー ベ ッ ク 法 の 註 釈(CommentariusinjusLubecense)』 メ ヴ ィ ウ ス は1609年. ド,フ. 後 に,ま. 彼 が 死 亡 す る1670年 (Obertribunal)の. ま で,ヴ. 研 究]ま. で は,た. っ と め て い た ㈹。. だ ザ ク セ ン法 の み が,た. の 関 連 に お い て の み,個 対 象 と さ れ て い た 。[そ. 別 的 な,学. れ ゆ え]こ. ベ ッ ク 法 に っ い て の 註 釈 が 領 邦 を 越 え て[妥 な 論 文 と な[っ. か ら,. ィス マ ー ル に あ る ス ウ ェー デ ンの上 級 裁 判 所. と17世 紀 の 諸 立 法 に よ っ て 修 正 さ れ た 姿 に お い て,そ. beitung)の. に彼 の. れ か らス ト. して]1653年. 副 所 長(Vizeprasident)を. メ ヴ ィ ウ ス[の. 市. ング ラ ン. ず,1639年. ラ イ フ ス ヴ ァ ル ト]の 大 学 教 授 と な り,そ. ラ ー ル ズ ン トの 市 法 律 顧 問(Stadtsyndicus)に,[そ. inenRecht)と. 生 ま れ,同. の 後 の オ ラ ン ダ,イ. ラ ン ス へ の 研 究 旅 行(Studienreisen)の. 故 郷 の 都 市[=グ. で あ っ たmo。. に グ ラ イ フ ス ヴ ァ ル ト(Greifswald)に. と ロ ス ト ッ ク市 に お け る 法 律 学 の 勉 学 と,そ. 容 豊 か な. だ し,16世. 紀. し て 普 通 法(Geme-. 問 的 な 取 り組 み(Bearの メ ヴ ィ ウ ス の,リ. ュー. 当 し た]法. 圏 の最 初 の学 問 的. た 。]こ れ は校 訂 都 市 法 典 と い う(mit),そ. れ 自体 で完 結 し. た1、っ の 法 典 に,基. づ い て い た 。 こ の1586年. メ ヴ ィ ウ ス は リ ュ ー ベ ッ ク 法 に,そ. の 都 市 法 典 の 註 釈 と と も に,. の地 域 的 な適 用 領 域 を は るか に越 え た. 名 声 と評 価 を も た ら した 鵬。 こ の メ ヴ ィ ウ ス の 註 釈 は 都 市 法 典 の 第1編 ぎ な か っ た 。 海 法 を 含 む 第6編. か ら第5編. を含 ん で い る にす. は 省 略 さ れ て い た 。 な ぜ な ら,そ. リ ュ ー ベ ッ ク近 辺 に お い て の み,し. れ は,. か も補 充 的 な 効 力 を有 した に す ぎ な. か っ た か ら で あ っ たatW。そ の 代 わ り に[こ の 註 釈 書 に は]1614年 法 の 法 文 が 印 刷 さ れ て い た 。 メ ヴ ィ ウ ス は,[前 ば 市 法 律 顧 問 の 彼 の 前 任 者 で あ り,後. 者 の]註. の ハ ンザ海. 釈 の 際 に,し. ば し. に ス トラ ー ル ズ ン トの 市 長 に な っ た. ラ ンベ ル トス・ ・ス タ イ ン ヴ ィ ク(Dr.LambertusSteinwig:1629年. 死 亡). 一188一 饗. 矯. 、.

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